No.150922

真・恋姫無双 EP.23 少女編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
名も無き少女として、華琳は一刀と出会う。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-06-15 23:48:08 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5256   閲覧ユーザー数:4464

 赤い火が揺れていた。朦朧とする意識を覚醒し、華琳は視線を巡らせる。

 

(ここは……)

 

 状況を思い出すように記憶を探り、華琳は起き上がろうと体を動かした。しかし、小さな痛みがあちこちにあり、思うように動かせない。

 

「気が付いたみたいだね? 大丈夫?」

 

 ハッとなり、華琳はようやくそこに誰かがいることに気が付いた。焚き火を挟んだ向こう側に、若い男の姿がある。彼は気が付いた華琳のそばまで来て、心配そうに手を貸してくれた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 男の優しい微笑みに、ガラにもなく照れた華琳は小さな声で礼を述べた。今まで一度として、男に心を動かされたことはない。だが、初めて会う目の前の男だけは、なぜか仕草の一つ一つに自分でも驚くほど気持ちが踊るのがわかった。

 

(どうしたというの、華琳)

 

 戸惑い、しかしどこか心地よい気持ちもある。

 

「君は、この辺りの子かな?」

「え、ええ。知り合いの家に遊びに来て、少し迷ったみたい……」

 

 咄嗟に、華琳は嘘を吐いた。武装をしていないので、近くの村の少女とでも思っているのだろう。男の勘違いを、訂正する気はなかった。

 男は華琳を発見した時の様子を説明し、しばらくここで待つことを提案する。

 

「そうね。たぶん、帰りが遅いと思って誰かが探していると思うから、もう少しここで待つわ」

「じゃあ、それまで俺も付き合うよ。女の子一人を残しておけないからね」

 

 華琳は少し嬉しそう笑い、視線を男から逸らした。顔が熱くなるのは、焚き火のせいだろうか。

 

(名前……)

 

 言いかけて、華琳は口をつぐむ。相手の名を聞いたら、自分も名告らなければいけない。そうしたらもう、ただの少女ではいられないのだ。

 あの、優しげな眼差しが失われると思うと、華琳は怖くなった。

 

(戦場を恐れたことのない私が、たかが一人の男の目を恐れるなんて……)

 

 なんと滑稽だろうか。だが少しだけでいい、この時間を守りたいと思ったのだ。

 

 

 ぽつり、ぽつりとたわいもない話をする。普通の少女がどういう話をするのかわからなかったが、華琳が身の回りで起こった出来事を語ると、男は楽しそうに笑ってくれた。

 

「妹の一人はとっても真っ直ぐでね、真っ直ぐすぎて勘違いも多いのよ。この前も――」

「へえ、でもその子のこと大好きなんだね」

「ええ、大切な姉妹ですもの」

 

 くすくす笑いながら、華琳は思う。こんなに自然と笑えたのは、いつ以来だろうか。きっとずっと幼い頃に遡らないと、思い出せないくらい昔のことだ。

 

(不思議ね……)

 

 素性も知れぬ相手に、ここまで素直になれる自分がいる。自分を知らぬからこそなのかも知れないが、それでもなんだか新鮮な気持ちになれた。

 男の笑顔は、華琳を安心させてくれるのだ。

 

(けれど、本当の私の気持ちはどこにあるのかしら)

 

 初めて、天の御遣いの話を聞いた時、彼を欲しいと思った。そして今も、初めて会う目の前の男を求める自分がいる。その節操の無さに、華琳は呆れると同時に、自分の女の性を呪いたいとも思った。

 

(自分はこれほどまでに、男を求めるような女だったの?)

 

 寂しい夜、春蘭や秋蘭を閨に呼んだことはある。男よりも女を求めるところがあることを、華琳は自覚していた。それなのに今、ロクに知りもしない二人の男を想っている。

 

(なんて淫らで、惨めなんだろう……)

 

 自己嫌悪に陥る。だが華琳は知らない。その二人の男が、同一人物だということに――。

 

 

 最初に見つけた時から、一刀の鼓動は激しく脈打っていた。どうしてだかわからないが、この少女を見ると胸が締め付けられる気がするのだ。初めて会うはずなのに、初めてという気がしない。

 小さな手に怪我を見つけ、ハンカチを巻いて手当をする。焚き火の炎に照らされた寝顔を見つめていると、やがて少女が目覚めた。

 

「ふふふ……」

 

 世間話に花を咲かせ、楽しそうに笑う少女に一刀の心は弾んだ。彼女の仕草、一つ一つに目を奪われる。

 綺麗な髪を手櫛で梳き、小さな体を細い腕ごと抱きしめたかった。湧き上がる衝動を抑えるのに、一刀は必死だった。

 

(どうしてだろう……)

 

 男である以上、可愛い子を見れば心が弾むのは当然だ。けれどそういう気持ちとは、どこか違う気がする。もっと大切な、壊れ物のような想い。

 

「――!」

 

 じっと見つめる視線に気が付いて、ふと見やると、炎の向こうで顔を背ける彼女の横顔があった。

 

(綺麗だ……)

 

 照れたようなその表情に、一刀は切なくなった。彼女も恥ずかしかったのだろう、話題を変えるように最近の出来事を語り出す。だが、上の空の一刀の耳には何も入っては来ない。だが――。

 

「……らしいのよ。黄巾党が……」

「えっ……」

「ん? どうしたの?」

「今、黄巾党って言った?」

「ええ、言ったけれど、それが?」

 

 瞬間、頭が真っ白になった。しかしすぐに、怪訝そうにこちらを見る少女に気付いて、思いを振り払う。何事もない風を装い、笑顔を浮かべる。

 

(ダメだ。今は考えるのをよそう……)

 

 気持ちを切り替えて、一刀が少女に何か言おうと口を開き掛けた時、どこかで声が聞こえた。

 

「……さま~」

 

 少女も気付き、声の方を見る。

 

「……華琳さま~」

 

 その声は徐々に近付いて来るようだ。

 

「お迎えが来たみたいだね」

「ええ……」

 

 華琳、それが彼女の真名なのだろう。口に出して呼ぶことは出来ないが、一刀は心の中でその名を呟いてみる。すると、暖かな気持ちが広がった。

 

「じゃあ、俺は行くよ」

 

 自分で言いながら、一刀は心が引き裂かれそうな気持ちになる。けれど彼女には、自分が反逆者として追われているとは知られたくはない。今は誰にも会わない方が良いのだ。

 

(また、会えるかな?)

 

 そんな言葉を呑み込んで、一刀は少女に背を向けた。

 

 

 自分を探す声が聞こえた。夢の時間の、終わりだった。

 

「じゃあ、俺は行くよ」

 

 背を向ける彼に、華琳は思わず手を伸ばしかける。

 

(行かないで!)

 

 華琳は叫び出したかった。何もかも捨てて、あの背中に抱きつきたかった。けれどそれは出来ない。唇を噛み、溢れる想いを抑え込む。

 自分は覇王となるべく歩み、それを信じて付いてきてくれる仲間もいるのだ。

 

「さようなら……」

 

 闇の中に消えた姿に向かって、別れの言葉を投げかけた。華琳の顔からは少女の無邪気さが消え、覇王の決意に満ちた眼差しになる。

 後悔はしない。今までも、そしてこれからも――。


 
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