No.147119

続・雛里の災難(後日編)

jesさん

一応前回の話の続きということで書いてみました。
駄文ではありますが、よろしくお願いしますww

2010-06-01 22:45:15 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:4495   閲覧ユーザー数:3720

―――今日も蜀の空は晴れだった。 

 

太陽もうるさいくらいに眩しく輝き、活気あふれる蜀の街を照らしている。

 

こんな日は街にでも繰り出すか、さもなければ外でゆっくり昼寝するのもいい。

 

・・・・・・まぁ、仕事さえなければの話だが。――――

 

一刀 「うあ“~~~!」

 

今日もやはりというかもう約束事のように、城の廊下には一刀のうめき声が漏れていた。

 

執務室の前を通りかかった侍女たちは、またかといった様子で“クスクス”と笑う。

 

愛紗 「ご主人様!朝から情けない声を出さないでください!」

 

今日は朱里に代わって一刀の向かいに座って仕事を手伝っていた愛紗が、呆れたように言う。

 

彼女の場合、手伝いだけでなく一刀の見張りも兼ねているため、一刀からすれば一緒にいられるのが嬉しい反面プレッシャーだ。

 

一刀 「う・・・ごめん。やってもやっても仕事が減らないから、つい・・・。」

 

あいかわらず一刀の仕事が減ることはなく、机の上にはいつものように大量の書簡が山を成しており、なかなかその山が低くなることはなかった。

 

とはいえ、それだけの仕事を片付けるのに時間がかかるのはもちろん当然なのだが、ここ一日、二日に限って言えば、一刀には仕事が思うように手に付かない理由があった。

 

愛紗 「はぁ・・・よそ事ばかり考えているから、いつまでたっても仕事が片付かないのですよ。」

 

一刀 「!?・・・な、なんのことかなぁ~・・・ハハハ。」

 

自分の考えを見抜かれているかのような愛紗の言葉に、一刀は無理やり笑顔をつくってごまかそうとする。

 

愛紗 「ご主人様のことですから、どうせ雛里の心配でもしているのでしょう?」

 

一刀 「ぐっ・・・・」

 

ズバリ的中だった。

 

名探偵愛紗さんだ。

 

愛紗 「まったく・・・心配するくらいならあんな罰を与えなければ良いのです。」

 

一刀 「いや・・・あれは、その・・・その場の勢いというか、ね?」

 

あの騒動があった日の夜、一刀は雛里に一つ罰を与えた。

 

――――三日間はたとえ体が良くなっても、一切仕事は禁止!―――――

 

そう言ってはみたものの、すぐに少しかわいそうだったかと後悔していた。

 

仕事が好きな雛里にとって、三日もの間まったく仕事ができないというのは相当辛いことだろう。

 

まぁ罰なのだから本人が嫌がることでなければ意味がないのだが。

 

あれから二日が過ぎ、今日で三日目。

 

一度言ったことを取り消すわけにもいかず、この三日間雛里がどんな思いで過ごしているかと考えると、気になって仕事が手に付かなかった。

 

愛紗 「とにかく、今は仕事に集中してください!」

 

少し厳しい口調で愛紗は言う。

 

もちろん一刀が雛里を心配する気持ちは十分わかるが、目の前に積まれている書簡をみれば、ゆっくりとしている時間などなかった。

 

一刀 「うぅ・・・はい。」

 

半ば強制的に、一刀は手元の書簡に目を向けて仕事を再開する。すると、一つの書簡に目がとまった。

 

一刀 「ん?・・・なぁ愛紗、これはどうすればいいんだ?」

 

それは街の代表者との会合に関してのものだった。

 

こういった街との交流関係はどちらかというと桃香の担当だ。

 

どう処理したものかと、手に取った書簡を愛紗に渡す。

 

愛紗 「え?・・・あぁ、この件に関しては桃香様にきいてみなければなりませんね。私が行ってきましょう。今ならお部屋にいらっしゃるでしょうから。」

 

そういって、愛紗は席を立つ。

一刀 「あ、なら俺も行くよ。ちょうど少し気分転換したかったしね。」

 

正直このまま机に向っていてもまともな仕事ができるとは思えなかったので、これをチャンスに少しの間でもこの場から逃げたかった。

 

愛紗 「仕方ありませんね。では行きましょう。」

 

愛紗は少し呆れたように言いながらも納得してくれて、二人で桃香の部屋へと向かった。

 

 

 

――――結果から言うとその案件はすぐに片付き、一刀の気分転換はほんの数分で終わってしまった。

 

そして今から自分も執務室で仕事があるという桃香も連れて、三人で執務室へ戻るため廊下を歩いていた。

 

桃香 「今日も大変そうだね~ご主人様。」

 

一刀 「他人事みたいに言うなよ。桃香の仕事だってたくさんあるんだぞ。」

 

呑気に笑顔で言う桃香に苦笑しながら言い返す。

 

愛紗 「そうですよ。ご主人様も桃香様も、しっかり働いてもらわなければ。」

 

桃香 「うっ・・・はぁ~い。」

 

一刀 「・・・はい。」

 

グサリと突き刺さるような愛紗の一言に、二人はおとなしく返事をする。

 

この国を代表する二人も、愛紗には頭が上がらない。

 

 

そんな感じで冗談交じりに会話をしながら中庭の前を通りかかった時、一刀は何かを見つけて中庭に視線を向けた。

 

一刀 「ん?あれは・・・雛里?」

 

視線の先には、庭の木にもたれかかるように座りながら、本を読んでいる雛里の姿があった。

 

遠くて良くは見えないが、好きな読書をしているのにもかかわらずその表情はどこか沈んで見えた。

 

一刀 「・・・・・・・」

 

愛紗 「そんなに気になるのなら、行ってきてはどうですか?」

 

一刀 「え?」

 

立ち止まって、じっと雛里の姿を見つめていると、後ろにいた愛紗から思いもよらない言葉がかけられた。

 

愛紗 「雛里のことが心配なのでしょう?どうせあんな雛里の姿を見た後では、仕事に戻ったところで手に付かないでしょうから、それなら今日は雛里と一緒にいてあげて下さい。」

 

一刀 「いや・・・・でも、仕事が・・・」

 

愛紗の申し出は一刀にとってはこの上なく嬉しいものだったが、執務室に積まれている書簡のことを考えると、素直にはうなずけなかった。

 

その大変さは一刀自身が身をもって知っている。

 

桃香 「大丈夫だよ。仕事なら私たちでやっておくから。ね?愛紗ちゃん♪」

 

愛紗 「えぇ、まぁ最近はご主人様も相当忙しかったようですし、今日は特別に休みということにしておきましょう。」

 

桃香 「だってさ♪だから早く雛里ちゃんのところに行ってあげて。」

 

そう言って、桃香はいつもの優しい笑顔を見せてくれる。

 

愛紗もその横で“コクリ”と頷いた。

 

一刀 「本当に、いいの?」

 

そこまで言ってくれてもやはり申し訳なく思えて、もう一度きく。

 

桃香 「うん!雛里ちゃんはいっつも頑張ってくれてるし、ご褒美ってことで。その代わり、今度なにかおいしいものでもおごってね♪」

 

愛紗 「しかし外に出るのであれば、日が暮れるまでにはお戻りください。ご主人様と雛里の二人だけでは、何かと危険ですので。」

一刀 「・・・あぁ。ありがとう!二人とも。」

 

二人の優しさに心から感謝の言葉を言って、一刀は雛里のいる方へと走っていく。

 

離れていく一刀の背中を見ながら、愛紗は困ったような笑顔を浮かべる。

 

愛紗 「・・・まったく、やはりあの方は少々優しすぎる。」

 

桃香 「ほんと、雛里ちゃんがうらやましぃ~。私も熱で寝込んでみたいな~。」

 

愛紗 「とっ、桃香様っ!」

 

桃香 「あはは、冗談だよ。じょ~だん♪さ、早くお仕事やっちゃおう。今日はご主人様の分もあるんだし。」

 

愛紗 「・・・はぁ、まったく。」

 

笑顔で走り出す桃香の後を追って、愛紗もゆっくりと歩き出す。

 

そうして二人は執務室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

――――――

雛里 「・・・・はぁ。」

 

読んでいた本をパタンと閉じ、雛里は小さくため息をついた。

 

雛里 「・・・暇だなぁ。」

 

一刀に三日間はおとなしくしているようにといわれたものの、実際体は二日で完治し、最後の一日をどう過ごしたものかと悩んでいた。

 

暇つぶしにと趣味の読書をしてみても、仕事のことが気になって集中できない。

 

いっそのこと市にでも行ってみようかとも考えたが、城のみんなが働いているのにそんなことできるはずもなく、それ以前に一人で市になんか行こうものなら、いつかのように人混みにのまれたあげくに道に迷うのが関の山だ。

 

あの時は偶然一刀に会えたからよかったものの、次は本当に帰ってこれないかもしれない・・・。

 

雛里 「・・・・はぁ。」

 

すでに今日何度目か分からないため息を漏らす。

 

一刀 「暇そうだね?雛里。」

 

雛里 「ひゃわ!?」

 

突然かけられた声に驚いて、雛里の体は“ビクっ”と跳ねた。

 

顔をあげると、そこには笑顔の一刀がいた。

 

雛里 「ご、ごご・・ご主人様!」

 

今は仕事で忙しいはずの一刀が自分の前にいるのが信じられないといった様子で、雛里は目を見開いていた。

 

こんな表情の雛里はなかなか見られない。

 

一刀 「あははは、驚かせてごめんよ。。・・・・仕事ができなくてそんなに退屈かい?」

 

雛里 「へ!?い、いえ。そんなことは・・・・」

 

いきなりの一刀の質問を雛里は慌てて否定するが、その顔はどこか暗い。

 

一刀 「・・・・本当に?」

 

雛里 「あの・・・その・・・本当はずっとやることがなくて、今もご本を読んでてもお仕事のことばかり気になっちゃって、それで・・・・あぅ。」

繰り返しの一刀の問いかけに、隠し通すことを諦めたのか、必死に正直な気持ちを伝えようとする雛里の顔は少し涙目だった。

 

一刀 「ぷっ、あっははははは!」

 

雛里 「・・・ご主人様?」

 

雛里は目の端に涙を浮かべたまま、急に笑い出す一刀を不思議そうに見上げる。

 

一刀 「あぁ、ごめんごめん。あんまり正直に言う雛里が可笑しくてさ。」

 

雛里 「あ!いえ、その・・・決してご主人様から与えられた罰に不満があるわけではなくてですね・・・その・・・だから・・・・」

 

雛里は自分がとんでもないことを言ってしまったのではと思い、顔を真っ赤にしてに弁解する。

 

一刀はそんな雛里の肩をとり、そっと抱き寄せた。

 

一刀 「いいんだよ。・・・ごめんな、さみしい思いをさせて。」

 

雛里 「ご主人様・・・」

 

雛里は自分を包む優しい温もりを感じて、目を細める。

 

三日前のあの夜も自分を包んでくれたこの温もりが、雛里は大好きだった。

 

一刀 「それでさ、その代わりってわけじゃないんだけど、今から一緒に出かけないか?」

 

雛里 「へ?・・・今からですか?」

 

抱いていた雛里の体を離し、一刀は笑顔で問いかける。

 

そんな思いもよらない一刀の誘いに、当然雛里は驚いた様子できき返す。

 

一刀 「うん。城にいてもやることないんだろ。っていっても俺のせいだけど・・・・だったら市でも覗きにいこうよ。・

 

雛里 「そ、そんなっ、ご主人様のせいでは・・・もとはと言えば私が悪いんですから。それにご主人様はお仕事が・・・」

 

そもそも、本当ならば今は執務室で仕事をしているはずの一刀が、こうして自分と話していることだけでも驚きなのだ。

 

その上一緒に出かけようなどと誘われては、雛里の不安ももっともだった。

 

一刀 「大丈夫だよ。実は桃香と愛紗からお休みを貰ったんだ。今日は雛里と一緒にいてあげてほしいってね。」

 

雛里 「へ!?そ、そんなのいけません!こうなったのは私のせいなのに・・・・」

 

あれだけ皆に迷惑をかけておいて、その上自分のために一刀が休みを取るなんて、絶対にあってはならないと思った。

 

一刀 「桃香が言ってたよ。雛里はいつも頑張ってくれてるからご褒美だって。それに、そこまで言ってくれたのに雛里がずっと城にいたら桃香や愛紗も気を使うだろ?」

 

雛里 「でも・・・他の皆さんは働いているのに私だけなんて・・・」

 

桃香たちの厚意は素直に嬉しかったが、やはり今日も仕事に追われている仲間たちのことを思うと、簡単にはうなずけなかった。

 

一刀 「城のみんなには、ちゃんとお土産を買ってくればいいさ。それに正直に言っちゃうとさ、ただ俺が雛里と一緒にいたいだけなんだ。だから、ね?」

 

雛里 「!・・・・はい♪」

 

最後まで悩んだが、一刀の優しい言葉に、雛里は精いっぱいの笑顔で頷いた。

 

 

 

 

―――――

一刀 「さてと、どこにいこうか・・・」

 

城を出て市まで歩いてきたのはいいものの、とくにどこに行くかは決めていなかったため、一刀と雛里は目的もないまま通りを歩いていた。

 

一刀 「雛里はどこかいきたいとことかある?」

 

雛里 「えと・・・それじゃあ、本が見たいです。」

 

一刀 「あはは、雛里は本当に本が好きだね。それじゃあとりあえず本屋に行こうか。」

 

そう言って一刀は歩き出す。しかし本屋などめったに行かない一刀は、本屋がどこにあるのかすら知らなかった。

 

一刀 「う~ん、この辺で本屋ってどこにあるんだ?雛里はどこかいい店知ってるの?・・・・て、あれ?」

 

振り向いてすぐ後ろを歩いているはずの雛里に尋ねるが、そこにはさっきまでいた雛里の姿はなかった。

 

一刀 「雛里?」

 

辺りを見渡すが、雛里の姿は見当たらない。

 

一刀は少し不安になる。

 

雛里 「ご主人様ぁ~~。」

 

一刀 「雛里っ!?」

 

ふと聞こえた自分を呼ぶ声に遠く前を見据えると、人混みのなかで必死にもがく雛里の姿があった。

 

雛里 「ご主人様ぁ~~。」

 

一刀 「雛里―ーーー!!」

 

慌てて追いかけて、人混みの中へ飛び込んでいく。

 

 

 

 

―――――

一刀 「はぁ~。まったく、気をつけるようにって前も言っただろ?」

 

雛里 「・・・すみません。グスっ。」

 

なんとか人の波の中から雛里を助け出したが、すでに雛里の顔は半泣きだった。

 

しかし、まだ市に来てほんの数分しかたっていないのにもかかわらずもう迷子になりかけるとは・・・この子なら本当にいつか誰かにさらわれてそのままどこかに売られてしまうかもしれない。

 

なんて言うとまた泣き出してしまうので、心の中にとどめておく

 

一刀 「もういいよ。じゃあ本屋に行こうか。」

 

雛里 「・・・はい。」

 

雛里の目に溜まった涙を拭いてやり、再び歩き出す。

 

一刀 「あ、そうだ。・・・・ほら、これでもうはぐれないだろ?」

 

雛里 「あ・・・」

 

いつかと同じように雛里の手を握る。

 

雛里 「・・・♪」

 

笑顔になった雛里の手を引いて、本屋へ向かおうとしたその時。 

 

“ぐぅ~”

 

雛里のおなかが小さく鳴った。

 

雛里 「あぅ・・・」

 

雛里は恥ずかしそうに帽子で顔を隠してしまう。

 

一刀 「あははははっ!そう言えばお腹がすいたね。本屋に行く前にお昼にしよっか。」

 

雛里 「・・・・(コクリ)」

 

雛里は黙って小さく頷く。

 

一刀 「よし、じゃあ行こうか。」

 

こうして二人は近くの飯店へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

入った店は昼時にもかかわらず思いのほか空いており、それほど待つことなく二人は昼食にありつけた。

 

そうして空腹を満たした後は雛里の希望通りに本店へ行き、雛里が欲しいと言った文学書を一冊買って、今は

 

当面の目標を果たしまたどこへ向かうでもなく二人で通りを歩いていた。

 

もちろん手はつないだまま。

 

一刀 「欲しい本があってよかったね。」

 

雛里 「はい♪」

 

つないでいない方の手で買った本を抱える雛里の顔は満足げだ。

 

一刀 「こと後はどうしようか?雛里は他に行きたいところはないの?」

 

雛里 「えと・・・特には・・・ご主人様が行きたいところがいいです。」

 

一刀 「う~ん、そうだなぁ~・・・」

 

もともと目的があって城を出たわけではないため、自分の行きたいところと言われてもなにも思いつかなかった。

 

このまま雛里とただ散歩するというのも一刀としては十分楽しいが、それでは雛里が退屈してしまう。

 

かといってこのまま城に帰るのももったいない。

 

まだ日は高いのだ。せっかくの雛里との二人きりの時間をもう終わりにしてしまうのはとても惜しく思えた。

 

一刀 「ん~・・あ!」

 

そんなことを考えながら歩いていると、何かを思いついたように一刀は声をあげた。

 

一刀 「そうだ!これからちょっと森の方に言ってみないか?」

 

雛里 「え?森・・・ですか?」

 

いきなりの一刀の提案に、雛里は不思議そうに隣を歩く一刀を見上げる。

 

一刀 「うん。とくに行くところもないしさ、せっかくの休みだし静かなところでゆっくりするのもいいかなと思って。」

 

とっさの思い付きだったが、なかなかいい案だと一刀は思っていた。

 

森ならばお金もかからないし、何より誰も来ないので二人きりでゆっくりできる。

 

日ごろの疲れをとるにはもってこいの場所だ。

 

雛里 「・・・はい。行きましょう♪」

 

この提案を雛里も気に入ってくれたようで、笑顔でうなずいてくれた。

 

一刀 「よしっ、決まり!それじゃあ行こうか。」

 

二人は笑顔で森へと向かった。

 

 

 

 

――――――――

雛里を連れていたこともあり少し時間がかかったが、二人は無事に森の中ほどまでたどり着いた。

 

そこはそばに小川が流れており、“サラサラ”と水の流れる音が耳に心地いい。

 

二人は川辺にある大きめの木にもたれかかって、寄り添うように座っていた。

 

一刀 「ふぅ~。涼しくて気持ちいいね。」

 

雛里 「はい。」

 

柔らかい風が体をふきぬける。

 

こうしてただ自然の中に身を任せていると、本当に仕事のことなど忘れてしまいそうだった。

 

雛里 「あの、ご主人様・・・」

 

一刀 「ん?」

 

雛里 「今日は本当に、ありがとうございました。」

 

視線は一刀の方を向いていなかったが、そう言った雛里の横顔は本当にうれしそうで、その言葉が本心だと思えて一刀もうれしかった。

 

しかし、一刀にはひとつだけずっと気になっていることがあった。

 

一刀 「いやいや、おかげで俺も楽しかったよ。・・・それより、雛里・・・」

 

雛里 「はい?」

 

声は優しいまま、真剣な目で一刀は雛里の方を見る。

 

雛里もそんな一刀の変化に気づき、顔を向ける。

一刀 「この前のこと、まだ気にしてるのか?」

 

雛里 「っ!?」

 

今日一日一緒にいて、雛里は本当に楽しそうだった。

 

しかし笑顔の中に時折見せる少し沈んだ表情を一刀は見逃さなかった。

 

雛里 「・・・・・」

 

一刀 「雛里?」

 

雛里 「・・・・(コクリ)」

 

黙ってしまった雛里にもう一度優しく問いかけると、今度は黙って小さくうなずいた。

 

一刀 「・・・・そっか。」

 

うつむいた雛里の頭に、一刀は“ポン”と軽く手をのせる。

 

一刀 「あの時、もう気にしなくていいって言ったろ?それに、この三日間ちゃんと約束を守ってくれたじゃないか。」

 

そう言ってみても、雛里の表情は変わらない。それでも一刀は言葉をつづけた。

 

一刀 「それにさ、本当のことを言うと・・・嬉しかったんだ。」

 

雛里 「え?」

 

一刀の意外な言葉に雛里は顔を上げたが、その顔にはまだ不安の色が残っていた。

 

一刀 「あの日雛里が倒れたって聞いた時、本当に心配したし、無茶をした雛里に少しだけど腹も立ったよ。だけどそれ以上に、雛里が俺なんかのために頑張ってくれたことが本当にうれしかった。」

 

雛里 「・・・・・♪」

 

少しずつだが、雛里の表情が明るくなっていく。

 

その髪を優しくなでながら、一刀はさらに続けて言う。

 

一刀 「だからさ、これからも雛里の力を俺に貸してほしい。」

 

雛里 「は、はい。もちろんです!それが私の仕事ですから。」

 

自分を必要としてくれたのがよほどうれしかったのか、さっきまでが嘘のように力強くうなずいてくれる。

 

一刀 「はは。ありがとう。・・・でもね、雛里。一つだけ覚えておいてほしいことがあるんだ。」

 

雛里 「?」

 

一刀 「俺は頭がいいわけでもないし、戦が強いわけでもない。何の能力もないから、世の中を良くするためにはさっきも言ったとおりこれからも雛里や皆の力を借りなきゃいけない。・・・でもね、それでたとえ良い世の中になったとしても、そのせいで無理をして誰か一人でも倒れたら、それじゃあ意味がないんだよ。」

 

それは一刀がこの世界に来て愛紗たちと出会い、大陸に平和をもたらすと誓ったあの日からずっと思っていたことだった。

 

もし自分たちの力でこの大陸を平和にできたとしても、そこに大切な人の姿が一人でも欠けていれば、それは一刀の望む平和ではない。

一刀 「全ての人を幸せにするなんていうのはただの理想論だし、実際そんなことはできっこないと思う。平和のためには必ず犠牲が出てしまうからね。でも、それでも俺は、一人でも多くの人を救いたいと思ってる。その人たちの中には、当然雛里も入ってるんだよ。」

 

雛里 「!・・・・」

 

平和のためだろうと何だろうと、大切な仲間たちを誰一人として犠牲にはしたくない。

 

もしも彼女たちが何かの犠牲になると言うなら、自分が代わりになってやる。

 

一刀はずっとそう考えてきた。そして今、その思いを雛里に語っている。

 

一刀 「いつか雛里は言ってくれたよね?自分の身も心も俺に捧げてくれるって。」

 

雛里 「はっ、はい!」

 

一刀 「だったらなおさら、自分を大事にしてほしいんだ。今は大変だけど、もう少し頑張れば本当に平和な時代が来ると思う。そしたら、雛里や愛紗や桃香や朱里。皆とその平和を過ごしたいから。」

 

雛里 「・・・ご主人様・・」

 

一刀 「だから約束してほしんだ。これから先どんなことがあっても、絶対に前のような無茶はしないって。」

 

雛里 「あ・・・」

 

雛里の手を握ってまっすぐに目を見つめる。雛里の顔はすでに真っ赤だった。

 

雛里 「・・・・はい。約束します。」

 

しかし今回ばかりは雛里も顔をそらすことなく、まっすぐ一刀を見つめたまま答えた。

 

一刀 「ありがとう、雛里。・・・“ちゅ”」

 

 

雛里 「ひゃっ!?・・・あぅ。」

 

おでこに優しくキスをすると、さすがに限界といった様子ですぐに下を向いてしまった。

 

 

 

 

 

――――――――

それから二人は初めと同じように気に寄りかかり、いろいろな話をした。

 

二日間寝てばかりで退屈だったこと。仕事が手に付かず愛紗に怒られたこと。

 

どれも他愛のない話だったが、今の二人にはどんな会話も最高に楽しかった。

 

気がつくと、空は少しずつ赤く染まってきていた。

 

一刀 「おっと、そろそろ帰らないと皆心配するな・・・戻ろうか、雛里。」

 

雛里 「・・・・・」

 

一刀 「雛里?」

 

雛里 「・・・ス――、ス――」

 

返事をしない雛里のほうを見ると、おそらく昼間歩いて疲れたのだろう。

 

雛里は一刀の肩に頭をのせて気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

一刀 「はは。これじゃあ動けないな。起こすわけにもいかないし・・・しょうがない、もう少しこのまま枕の役でいようか。」

 

そう言って木の幹に頭をもたげると、一刀も少し疲れが出たのか、急にまぶたが重くなってきた。

 

そしてそのまま、二人は夢の世界に落ちて行った。

 

 

 

―――――――――――

愛紗 「ご・しゅ・じ・ん・さ・まぁ“~~!いったいこんな時間までどちらに行かれていたのですか

!?」

 

城に戻った一刀たちを待っていたのは、怒り心頭の愛紗だった。

 

けっきょくあの後しばらく眠ってしまい、一刀が目を覚ますと空には満天の星が広がっていた。

 

かわいそうだとは思いながらも隣で眠る雛里を無理やり起こし、寝ぼけ眼の彼女を背負って急いで帰ってくると、城門の前で青龍刀を持った愛紗が仁王立ちしていた。

 

一刀 「ごめん!でも、これにはいろいろと訳が・・・」

 

愛紗 「言い訳無用!!あれほど日が暮れる前には帰るようにと言ったでしょう!雛里と二人きりで、もし賊にでも襲われたらどうするつもりだったのですか!?」

 

一刀 「う“・・・(雛里、助けてくれ)」

 

雛里 「(へ?)」

 

やっとしっかり目を覚まし、一刀の背中から降りて隣で“あわあわ”と震えている雛里に小声で助けを求める。

 

雛里 「あ、あの・・・・愛紗さん・・・」

 

愛紗 「なんだ・・・?“ジロリ”」

 

雛里 「ひぅ!・・・なんでもありません・・・」

 

一刀 「雛里ーー!」

 

愛紗のするどい視線に一括された雛里は、蛇に睨まれたカエルよろしくその場で固まってしまった。

 

まぁ雛里に愛紗が止められるとは思ってなかったが・・・

 

愛紗 「とにかく、二人とも話はお部屋の方でゆっくり聞きます。早く中へお入りください。」

 

一刀 「・・・・はい。」

 

雛里 「あぅ・・・・。」

 

その日、部屋からは夜遅くまで愛紗の説教だけが聞こえていた。

 

だが一刀は、この日だけはあまり辛く感じなかった。

 

自分の隣で“コックリコックリ”と眠そうに愛紗の説教を聞いている雛里には悪いと思ったが、今日一日雛里と一緒にいられたなら、これくらいは安いものかと思った。

 

明日からまた山積みの書簡を相手にしなければならないが、明日はいつもより少しだけ頑張れそうな気がした。

 

~一応あとがき~

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。正直この話はただ自分の自己満足で書いたので、なんだこれ?と思った人もいると思いますがお許しください。 (汗

 

実は近々、調子に乗って長編作品を書いてみたいな~なんて思ってます。

まだほとんど話も考えていませんが、もし機会があったらその時はよろしくお願いしますww


 
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