―――魏・呉・蜀。長きにわたって続いたこの三国の戦いは、天の御遣い北郷一刀と桃香こと劉備をはじめとする彼の愛する仲間たちの活躍で終わりを迎えた。
三国は同盟を結び、大陸には少しずつだが平和が訪れていた。―――――
その日、蜀の空は快晴だった。
雲ひとつない抜けるような青空に、鳥の気持ちよく鳴く声が響く。
街にある市には活気があふれ、客引きをする店員や、通りを走り回る子供たちの元気な声で賑わっていた。
まだ戦いが続いていた時も街は賑やかだったが、三国が同盟を結んでからは他国からも多くの人々が訪れ、今では比べ物にならない数の人が街にあふれていた。
そんな街の一番奥に堂々と建っているひときわ大きな建物。この国を治める君主と、その臣下たちの住む城である。
ただでさえ存在感のある城だが、この日は空の青さと日の光に照らされて、いっそう輝いていた。
???: 「あ‘’~~!」
そんな外見の華やかさとは裏腹に、城内にある一室から悲鳴ともうめき声ともつかいない声が漏れていた。
その部屋は執務室だ。中では山のような書簡にうもれながら、一人の少年が頭を抱えていた。
彼こそ、仲間たちとともにこの大陸に平和をもたらした天の御遣い。北郷一刀である。
一刀はうなだれていた頭をあげると、右手でガリガリと頭をかきながらまた‘’う“~~‘’とうなった。
一刀; 「はぁ~。世の中が平和になったのはいいけど、何か前より忙しくなった気がするな~。」
同盟が結ばれてから約ひと月、少しずつ安定はしてきたものの、戦いで荒れた村の復旧や家を失くし新しく街に移住してきた人々の処置など、やらなければならないことは山積みだった。
しかも三国を締結させたことにより、その代表となった一刀のもとには、他国からの案件も回ってくるめ、仕事は減るどころか以前より格段に増えていた。
???:「仕方ありませんよー。人々が平和に暮らすということは、その分いろいろな問題点 も出てくるということですから。」
ため息まじりにグチをこぼす一刀にそう応えたのは、机を挟んで一刀の向かいに座っている少女、朱里こと諸葛亮だった。
北郷軍が誇る軍師である彼女も、戦いがなくなった今は内政のために一刀の仕事を手伝っていた。
朱里:「民の皆さんは・・・・いえ、民だけでなく曹操さんや孫策さん、もちろん桃花さまや私たちも、皆ご主人様を頼りにしているんですよ。」
一刀:「あはは。頼られてるかどうかはともかくとして、今が頑張らなきゃいけない時だってこ
とはわかってるつもりだよ。」
今ある平和は、決して簡単に勝ち取ったものではない。
それまでに多くの戦いがあり、数えきれない人々が涙を流し、血を流し、多くのものを失った。
それはどの国も同じだ。
だからこそ、互いの悲しみを理解し手を取り合える。
そして、犠牲になった人々の命を無駄にしないためにも、この平和を少しでも長く続かせたい。
そのためには、国を治める自分たちが頑張るしかないのだ。
一刀:「せっかく手に入れた平和なんだ。少しでも良い世の中にしないとな!」
“パンパン”と両手で自分の頬を叩き、気合を入れなおす。
朱里:「フフ。でも無理はいけませんよ。もう少しでひと段落しますから、そしたらお茶にしましょ
う。」
一刀:「うん。じゃあチャッチャとやっちゃうか。」
朱里:「はい♪」
そんな風に二人で笑いながら、手元の書簡に視線を戻し、仕事を再開しようとした時。
“コンコン”と扉が鳴り、聞きなれた声がした。
???;「ご主人様、入ってもよろしいですか?」
一刀:「ん、愛紗か。開いてるからどうぞ~。」
愛紗:「失礼します。」
礼儀正しいあいさつとともに入ってきたのは、予想通り愛紗こと関羽だった。
彼女も毎日多くの仕事をかかえ、相当忙しいはずなのだが、扉からのぞいたその顔には疲れの色は一切見えない。
このあたりは、さすが武神・関雲長といった感じだ。
一刀:「どうかした?」
愛紗:「いえ、少々朱里に用がありまして、侍女に訊いたらここだと。」
そう言って、愛紗は一刀の向かいに座っている朱里に目を向ける。
朱里:「私ですか?」
愛紗:「あぁ、街の警邏隊の編成について相談したいことがあるんだが、少し手伝ってくれないか?」
朱里:「・・・はい。私は構いませんけど・・・・」
言いながら、朱里は横目に一刀を見る。
どうやら自分が抜けることで、一刀の仕事が増えることを気にしているようだ。
そんな朱里の視線に気づき、一刀は笑って答える。
一刀:「いいよ。ここは俺がやっておくから。」
朱里:「でも・・・・」
愛紗:「あの、ご主人様。政務が忙しいようでしたら、私のほうは後でも構いませんので・・・・」
朱里の顔はまだ不満そうで、そんな二人のやりとりを見ていた愛紗も申し訳なさそうに一刀に言う。
一刀:「大丈夫だよ。こっちは俺だけでも何とかなるけど、そっちは朱里がいないと進まないんだろ?だから、な。」
朱里:「・・・・分かりました。それでは愛紗さん、行きましょうか。」
朱里は少し考えたが納得したようで、席を立って愛紗に言う。
愛紗:「あ、あぁ。ではご主人様、すみませんが朱里を借りていきますね。」
朱里:「私もこちらが終わったらすぐに戻りますから。」
一刀:「あぁ。二人とも無理はしないようにね。」
愛紗:「はい。ご主人様も、あまり無理をなさいませんように。お体を壊しては元も子もありませんからね。」
一刀;「あぁ。気をつけるよ。」
愛紗:「では、失礼します。」
入ってきたときと同じく礼儀正しく挨拶をして、愛紗と朱里は部屋を出て行った。
残されたのは一刀と山積みの書簡だけ。
一刀:「はぁ~、さてと、やるか。」
目の前に積まれた書簡を見まわして、もう一度気合を入れ、仕事を再開した。
――――――――それからどれくらい経っただろう。気がつくと、山のようにあった書簡は、半分ほどに減っていた。
一刀:「あ“~~、疲れた~~。おっ!もうこんな時間か。」
“ぐ~~っ”と伸びをして、窓の外を見ると、もう日はだいぶ高く昇っていた。
この時代に時計はないが、もしあればちょうど12時を指しているころだろう。
一刀:「そういえば腹減ったな~。そろそろ飯にするか。」
まだ仕事をしている愛紗たちには申し訳ないが、思い出したように空腹を感じ、右手で腹をさすりながら何を食べようかなどと考えていると、“コンコン”とまた扉が鳴った。
一刀:「は~い、どうぞ~。」
???:「しっ・・・失礼します。・・・」
扉が開き、どこかオドオドした様子で黒い三角帽子をかぶった少女が入ってきた。
北郷軍が誇るもう一人の軍師、雛里こと鳳統だ。
一刀:「やぁ、雛里。どうかした?」
雛里:「はっ・・・はい。・・・あの・・・」
さっき愛紗にしたのと同じ質問だが、雛里は愛紗のようにはっきりとは答えてくれない。
うつむいたまま、今にも消え入りそうな声ですこしずつ話していく。
雛里:「あの・・・村の復旧作業の進行状況について、ほ・・・報告書を持ってきました。」
顔は下を向いたまま、手に持っていた書簡を差し出す。
一刀:「あぁ、ありがとう。ちゃんと見ておくよ。」
差し出された書簡を受け取る。
そこで一刀は雛里に少しの違和感を感じた。
一刀:「ん?雛里、少し顔が赤くないか?」
雛里;「へ?」
つばの大きい帽子のせいでしっかりとは見えなかったが、ちらりとのぞいた雛里の顔は、少し赤いように見えた。
雛里;「そっ、そんなことありましぇん!!」
両手で顔を隠して必死に否定する雛里だが、その態度と言動から動揺しているのはみえみえだ。
一刀:「いいから。ちょっと見せてごらん。」
雛里:「あっ!」
少し強引に雛里の三角帽子を脱がせると、ようやくはっきりと見えた雛里の顔は、明らに普段より紅潮していた。
一刀;「ほら、かなり赤いじゃないか。熱は・・・」
一刀は右手で雛里の前髪をかきあげ、ひたいに当てた。
雛里:「ひゃっ!? あ、あの・・・」
恥ずかしがる雛里の声は聞こえないフリをして、一刀は空いている左手を自分のひたいに当て、目を閉じて手のひらに集中する。
両手から伝わる互いの体温を比べると、右手のほうが熱いのは明らかだった。
一刀;「やっぱり熱があるな・・・・今日は仕事はいいから、部屋で休んでなよ。」
雛里;「だ、大丈夫です。大したことありませんから・・・」
さっきと同じように否定するが、さっきとは違い帽子で隠れていないその顔は明らかに少し辛そうで、声もどこか弱弱しかった。
一刀:「ダメだよ。雛里は俺にとっても皆にとっても大切なコなんだから、倒れたりしたら大変だろ?」
雛里:「あぅ・・・でも・・・」
雛里は恥ずかしがってうつむきながらも、まだ納得していないようだった。
一刀:「はぁ~。しょうがないな、っと」
雛里:「ひゃわっ!?」
聞き分けようとしない雛里を見かねて、一刀は雛里の体を抱え上げ、いわゆるお姫様だっこの体勢になった。
こうして抱いてみると、あらためて雛里の体から伝わる体温がかなり熱いことが分かる。
雛里:「ご・・・ご主人様っ、自分で歩けますから降ろしてください。」
雛里は恥ずかしさから、熱で赤い顔をさらに赤くした。そろそろ顔からケムリが出そうだ。
一刀:「ダ~メ!こうでもしないと雛里は俺の言うこときいてくれなそうだからね。」
雛里:「あぅ・・・」
嫌味っぽく笑う一刀にもう何を言っても無駄だと判断したのか、雛里はまたうつむいて黙ってしまった。
雛里を抱いたまま彼女の部屋まで行き、小さな体をそっと寝台に寝かせてやる。
布団をかけ、侍女に頼んで持ってきてもらった水でぬらした手ぬぐいをひたいにのせると、”はぁ~”という小さな吐息とともに辛そうだった雛里の表情が少しだけ緩んだ。
一刀:「今日は一日、おとなしく寝てるんだよ。」
雛里:「はい・・・あの、ご主人様・・・」
一刀:「ん?」
雛里:「・・申し訳ありません・・・」
仕事を休んでしまったことをよほど気にしているのだろう。
今にも泣きそうな声で雛里は言った。
一刀:「気にしなくていいよ。最近は忙しかったから少し疲れが出たんだよ。しっかり寝れ
ばすぐ元気になるさ。」
雛里:「はい・・・それで、あの・・・」
今度は何かを言いかけて、恥ずかしそうに布団で顔を半分隠してしまう。
その様子に雛里が何を言いたいのか一刀は最初理解できなかったが、雛里の表情を見て答えはすぐに出た。
一刀:「大丈夫だよ。雛里が眠るまでここにいるから、ゆっくりお休み。」
笑って、雛里の頭を優しく撫でると、安心したように目を細める。
雛里:「・・・はい。おやすみなさい、ご主人様・・・」
少しずつ小さくなっていく声と一緒に、雛里はゆっくり目を閉じた。
するとすぐに”スー、スー”と静かな寝息が聞こえてきた。
本当は、今朝起きたときからずっと辛かったが、今がどれだけ大切な時期なのかはもちろん雛里も十分理解していた。
自分が休むせいで皆に迷惑をかけるわけにはいかない。
だから一刀にバレるまでずっと我慢していたのだが、寝台に横になったとたん、安心したせいか一気に疲労
感が襲ってきて、今はほとんど動けるような状態ではなかった。
そのため、目を閉じるとすぐに眠りについてしまった。
一刀:「おやすみ、雛里。」
雛里が眠ったことを確かめると、もう一度彼女の頭を軽く撫でて、一刀は部屋を出た。
――――――――
朱里:「雛里ちゃんが熱!?」
執務室に戻り、いつのまにか仕事を終えて戻っていた朱里と愛紗に雛里のことを伝えると、二人ともとても驚いた様子だった。
特に朱里はすぐに雛里の部屋へ行くと聞かなかったが、今眠ったところだからと言ってやめさせた。
愛紗:「しかし雛里が熱を出すとは・・・よほど疲れていたのでしょうね。」
朱里:「はい。心配です・・・」
一刀:「まぁ寝てれば治ると思うから、今はそっとしておいてあげよう。」
本当は一刀も雛里が良くなるまでずっと傍にいてあげたかったが、残っている仕事のことを考えればそうはいかなかった。
愛紗:「そうですね、それでは私たちは雛里の分まで仕事を片付けてしまいましょう。」
朱里:「はい!」
一刀:「ああ。」
愛紗の言葉に朱里も力強く頷き、手分けして残っている書簡を片付けていった。
―――――――
体の暑さとベタつく汗の不快感で、雛里は目を覚ました。
横になったままふと窓の外を見ると、空はもう茜色に染まっていた。
雛里:「こんなに寝ちゃったんだ・・・」
ちいさく呟き、寝台から体を起こそうとするが、体が重くて上手くいかない。
どうやら体の状態は昼からほとんど変わっていないようだ。
雛里:「はぁ・・・」
そんな自分に情けないと感じながらも、少しでも早く治そうともう一度目を閉じる。
すると扉の向こうから、廊下を歩きながら話している侍女たちの声が聞こえた。
侍女1:「今日のご主人様はまた一段と忙しそうだったわね。」
侍女2:「ええ、今は鳳統様も熱を出して休んでいらっしゃるし、大変なんじゃないかしら。」
それを聞いた雛里は、胸の中を鷲づかみにされたような感じがした。
自分のせいで、一刀や皆に迷惑をかけている。
やっぱり休むんじゃなかった。一刀の言葉を拒んででも、我慢するべきだったと後悔ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
遠ざかる足音と共に、侍女たちの声が聞こえなくなると、雛里は重い体を寝台からむりやり起こした。
雛里:「・・お仕事・・・しな・・・くちゃ」
寝台から降りて床に足をつける。しかし立ち上がろうと両足に力を入れた瞬間、視界が揺れて体制を崩す。
雛里:「んっ・・」
壁に手を着いてなんとか倒れずにすんだが、支えがなければとても立ってはいられない。
雛里:「はぁ・・・はぁ・・・」
壁に手を着いたまま、壁を這うようにして扉へと向かう。
普通に歩けば数歩でたどり着くその距離が、今の雛里にはとてつもなく遠く思えた。
なんとか扉へとたどり着き、いつもの何倍も重く感じる木製の扉を開けて外へ出る。
しかしそこで先ほどとは比べならないほどのめまいが襲ってきた。
雛里の視界はぐるりと回転し、もはや立っていることはできなかった。
雛里:「ご・・・しゅじん・・・さま・・」
”ドサッ”
雛里はそこで意識を手放し、廊下へと倒れこんだ。
―――――――――――
朱里:「―――ちゃん!」
朱里:「――りちゃん!」
朱里:「雛里ちゃん!」
自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声に、ゆっくりと目を開ける。
朱里:「雛里ちゃん!よかったぁ。気がついたんだね。鈴々ちゃん、ご主人様を呼んで来て。」
鈴々:「わかったのだっ!」
周りの声に、少しずつ意識がはっきりしていく。
雛里:「・・・・しゅり・・ちゃん?」
ようやく鮮明になった視界に移ったのは、目に涙を浮かべている親友の顔だった。
同時に今自分がいるのは寝台の上だということも理解した。
朱里:「もぅ! 心配したんだよ! 侍女さんが廊下で倒れてる雛里ちゃんを見つけて。」
雛里:「・・・そっか、わたし、ご主人様の所へ行こうとして・・・」
体を半分起こしておぼろげな記憶をたどり、ようやく自分がどうしてここいいるのかを思い出した。
熱で寝込んでいたくせに無茶をして、結局廊下で倒れた―――
自分でも馬鹿馬鹿しくなるほど間抜けな話だ。
そう思えて、雛里の表情は暗かった。
桃香:「でもよかった~。ホントに心配したんだよ。」
そんなやさしい声に顔を上げると、そこには桃香をはじめとする城の幹部たちが勢ぞろいしていた。
皆雛里が倒れたと聞いて、まだ終わっていない仕事も顧みずに駆けつけたのだ。
愛紗:「まったく、ご主人様に寝ていろと言われていただろうに、無理をするものではないぞ。」
紫苑:「そうよ、雛里ちゃん。あなたは代えの聞かない大事な軍師なのだから。」
星:「まぁ、愛する男の役に立ちたいと思う気持ちは分かるがな。」
集まった仲間は、思い思いの言葉で雛里を元気付けようとする。
しかし、その一言一言が雛里にはとても辛く聞こえた。
皆に迷惑をかけまいとして無理をした結果、結局もっとひどい結果になってしまった。
そんな考えが頭から離れず、仲間の言葉にも素直に反応できなかった。
雛里:「・・・申し訳ありませんでした。」
桃香:「もういいよ。雛里ちゃんが無事だったんだから。」
朱里「そうだよ。でも、二度とこんな無茶しないでね。」
雛里:「・・・うん。」
二人の優しい言葉に返事をするものの、雛里の顔は暗いままだった。
雛里:「そういえば・・・ご主人様は・・・?」
集まってくれた仲間たちの中に一刀の姿が無いことにきづき、朱里に問いかける。
朱里:「別の部屋でお医者さまの話を聞いてるよ。雛里ちゃんが倒れたって聞いて、街から来てもらったの。
今鈴々ちゃんが呼びに行ってる。」
雛里:「・・・そっか。」
言いつけを守らなかった自分に愛想をつかしてしまったのではないかと心配していた雛里は、それを聞いて安心して、暗かった表情も少しだけ和らいだ。
”ガチャッ”
桃香:「あ、ご主人様。」
扉が開き、鈴々に連れられて一刀が入ってきた。
しかし、一刀は目覚めた雛里の様子に笑顔を見せることもなく、その表情はいつになく真剣だった。
そして表情は変えないまま、雛里が座っている寝台の傍へと歩み寄る。
雛里:「・・・・・・・・・」
言いつけを破ったことと、迷惑をかけてしまったという思いから、雛里は一刀と目を合わせることができなかった。
それでもとにかく謝らなければと思い、ゆっくりと口を開く。
雛里:「あの・・・その―――」
一刀:「この馬鹿!!!」
雛里:「ひぅっ!」
皆:「!?」
雛里の言葉をさえぎり、一刀の怒鳴り声が部屋に響き渡った。
普段怒ることなどほとんど無い一刀だけに、これにはその場にいた全員が驚き、言葉を失った。
一刀:「何でこんな無茶をしたんだ!俺や皆がどれだけ心配したと思うんだ!?」
先ほどと同じ強い口調で、雛里に怒鳴りつける。
目覚めたばかりの雛里には少々酷かもしれないが、一刀が怒っている理由はそこに居る誰もが理解しているだけに、誰も口を出さなかった。
雛里:「申し訳・・・ありません・・・」
雛里はうつむいて、消え入りそうな声で言う。
その目には涙が滲んでいた。
怒られたことが悲しいのではない。
いつもは優しい一刀が本気で怒るほど、自分のことを心配してくれていたことがわかったからこそ、それに対する罪悪感の涙だった。
雛里:「・・わたし・・・わたし・・・」
何を言ったらいいのか分からず、必死に言葉を探す。
それでも見つからず、ただ目にたまる涙が流れ出さないようにこらえる。
考えれば考えるほど、悲しみばかりが積み重なる。
悲しくて、切なくて、苦しくて、できることなら今すぐ飛び起きてここから逃げ出したかった。
だが次の瞬間、そんな雛里の感情はどこかへ吹き飛んだ。
雛里:「へ!?」
先ほどまで厳しい目で雛里を見つめていた一刀は、うつむいたままの雛里をその腕で強く抱きしめた。
雛里:「ご・・ご主人様・・・?」
一瞬何が起きたのかわからず、問いかけるように自分を抱きしめる一刀の名を呼ぶ。
一刀:「・・・無事でよかった。・・・本当に。」
噛みしめるように一刀は呟いた.
それは先ほどとは違い、雛里が大好きな優しい声。
雛里がどうしてこんな無茶をしたのか、それが自分のためだということぐらい一刀には分かっていた。
だからこそ、自らの体を顧みずに行動した雛里を怒らずにはいられなかった。
しかし一度怒鳴り終わると、自分のために頑張ろうとしてくれた目の前の小さな少女が愛しくてたまらなくなり、気がついたら抱きしめていた。
そして雛里が無事だったということに心の中で誰にでもなく感謝し、心からの言葉を口にした。
その言葉を聞いたとたん、雛里の目からさっきまでこらえていた涙が一気に溢れ出した。
雛里:「・・・ひっく・・ごめっ・・・な・・さい・・・グス・・」
だがそれは先ほどまでの物とは違い、純粋に嬉さからの涙だった。
もはや雛里は流れ出る涙をこらえよとはしない、一刀の胸に顔を埋め、思いっきり泣いた。
雛里:「・・・ごめん・・・なっ・・・さい・・・ひっく」
一刀:「・・・辛かったね。もう大丈夫だから。」
部屋には雛里の鳴き声だけが響き、一刀はしばらく泣き続ける雛里を抱きしめていた。
――――――
一刀:「さてと、皆もご苦労様。雛里は俺が診てるから、もう休んでくれていいよ。」
泣き続けていた雛里もようやく落ち着き、雛里から離れた一刀はそこに集まっていた仲間たちに言った。
窓の外はもうすっかり真っ暗だ。
桃香:「は~い。それじゃあご主人様、雛里ちゃんをよろしくね♪」
そう答えた桃香を先頭に、仲間たちは自分の部屋へと戻っていった。
朱里だけは最初は自分も残ると言っていたが、雛里に気をつかったのかおとなしく引き上げた。
部屋には一刀と、さっきまで泣いていたせいでまだ目の赤い雛里の二人だけが残った。
一刀:「だいぶ落ち着いた?」
雛里の寝ている寝台の横に座り、一刀は問いかける。
雛里:「はい・・・本当に、ご心配をおかけしました。」
一刀:「もういいよ。でもこれからは気をつけてくれよ?」
雛里:「はい。」
優しく答えてくれる一刀に、雛里は自然と笑顔になる。
一刀:「う~ん、だけど言いつけを破った雛里には何か罰を与えなくちゃね。」
雛里:「へ?罰・・・ですか?」
ニヤリと笑う一刀の言葉に、雛里は少し不安げな表情を浮かべた。
しかし、一刀が次に口した内容は、雛里もまったく予想しないものだった。
一刀:「そう。雛里は明日から三日間、たとえ体が良くなっても一切仕事は禁止!」
雛里:「えぇー!?」
思いがけない罰の内容に、雛里は悲鳴のような声を上げる。
一刀のために働くのが生きがいの雛里にとって、それはどんな罰よりも厳しかった。
一刀:「もし今度約束をやぶったら、もう二度と仕事はさせないからね。」
雛里:「で・・・でも・・・」
一刀:「雛里?」
雛里:「あぅ・・・わかりました・・・」
今回は完全に自分が悪いだけに、一刀の言うことには逆らえず、雛里はしぶしぶ納得した。
一刀:「ちゃんと良くなったらまた頑張ってもらうから、それまではおとなしくしてるんだよ?」
雛里:「・・・はい。」
返事はするが、雛里の表情はどこか元気がない。
そんな雛里を見て、一刀を思いついたように言う。
一刀:「そのかわり今夜はずっといっしょにいてあげるから、ゆっくりお休み。」
雛里:「♪・・・はい。」
昼間と同じように優しく頭を撫でると、雛里は満面の笑みを見せた。
その夜、雛里は一刀と二人きりの夢を見たが、それは誰にも言わなかった。
こうして、平和な日常に起こったひとつの騒動は終わりを迎えた。
――――一応あとがき―――――
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
誤字脱字も多々あると思いますが、見つけたら遠慮なくご指摘ください。
この話は何となくこんな話があったらいいな~という思いつきで書きました。
小説なんて書いたことがないので、これを読んで気分を悪くした方は申し訳ありません。 (汗)
もし時間があればこの話の後日談なんかも書けたらいいなと思っています。
その時はまた読んでやってくださいww
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初投稿です。おかしい部分も多々あると思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。