No.139781

恋姫異聞録57

絶影さん

拠点は終わりです

次回からまた乱世は動き始めます

なんだかんだですっごく長くなってしまった

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2010-04-29 22:21:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:14997   閲覧ユーザー数:11587

「あれ?秋蘭様、兄様はどちらへ?」

 

「野暮用だ、このまま今日は帰ってこないから後片付けは私も手伝おう」

 

秋蘭の隣に座り、不思議な顔を浮かべる流琉に秋蘭は軽く笑顔を向けるだけ、そんな顔を見て流琉

は少し心配になってしまうが、何時も冷静で信頼の置ける秋蘭様には私などの心配など不要だろうと思ってしまう

 

「大丈夫ですよ、それほど片付けは時間が掛かるようなものはありませんから」

 

「いや、昭が作ったのだからな」

 

「有り難うございます。・・・あの、秋蘭様に聞こうと思ったことがあるんですが良いですか?」

 

「何だ?私に答えられることなら構わんぞ」

 

「はい、兄様なんですけど、最初会ったときよりもずっと落ち着いてきたっていうか、大人っぽいって言うか」

 

流琉が男と最初に会った時と今の男は随分と、と言うかずっと落ち着いてきたように感じてしまっていたらしく

素直に彼の妻である秋蘭に素直に疑問をぶつけてみた。前々から安心させられるような感覚はあったのだが

それが最近は前にもましてずっとそんな空気を纏うようになっていた

 

「そう感じるのも無理はない、昭は他人の倍は心が年老いているからな」

 

「心が・・・ですか?」

 

「ああ、寝ているときは天の記憶が心を成長させ、起きている時は我等と同じく心を成長させる」

 

「あ・・・だから『お父さん!』って感じてしまったのはそういうことだったんですね」

 

「はっはっはっ、お父さんか、なるほどな。確かにそう感じてしまうかも知れん」

 

秋蘭が笑うと流琉は顔を真っ赤にして慌ててしまう、つい口にしてしまったお父さんと言う言葉

自分も知らずに男に甘えていたのだろうかと思ってしまう

 

「あ、あのっ・・・そんなんじゃないんです」

 

「いいさ、昭はそういう男だ。だから私は安心して側にいられる」

 

「だから、他人の痛みを受け止められるのだ」そう小さく呟くと、男が向かった城門に悲しそうに視線を向けた

 

 

 

 

 

 

「まったく、アイツは本当に馬鹿よ。僕がいつまでも気がつかないと思ってるの?」

 

そう言いながら詠は孤児院に戻り、前に買った作業着に着替える。怒ったように何時ものメイド服ではなく作業着に

着替える詠を見て月は何かあったのかと心配になり詠に駆け寄っていく

 

「どうしたの詠ちゃん?」

 

「なんでもないわよ、心配しなくて大丈夫。今日は遅くなるかもしれないけどゴメンね」

 

「え?駄目だよ。詠ちゃん今から何かするんだね?私も行く」

 

詠の決意に似たものを見た月は子犬のような弱弱しさで詠にしがみ付く、そんなことをされては詠は強く言い返すことが

出来なくなってしまう

 

「うぅ・・・ずるいわよ月、大したことじゃないし子供達がいるでしょ?」

 

「今日は見てくれる人が多いから大丈夫だよ」

 

ニッコリ笑顔を向ける月に詠はなんにも言えなくなってしまう。まったくずるいことを覚えてしまったと詠は少し苦笑いに

なってしまったが、それを見た月は動じずただ笑顔を向けるだけだった

 

「仕方ないわね、でも着いて来るなら僕の言う事を聞かなきゃ駄目」

 

「解ったよ詠ちゃん」

 

そう応える月に本当に解っているわけではない、何かあったら口を出すだろうと諦めの溜息をつくと

孤児院を後にし、目的の場所へと向かう。

 

「なんや、詠たちも隊長の所に行くんか?」

 

「真桜!アンタも?」

 

途中で同じ場所を向かう真桜と出会うと、先ほどと着ている服が違うことに気が付いた。その服は男と同じ

作業用のツナギ、色は緑色で使い込まれ程よく良い色に落ち着いている

 

「その服、昭と同じね」

 

「そうや、秋蘭様に聞いて作ってみたんやけど、これが作業する時に着るとめっちゃ気合はいるんや」

 

胸元を大きく開けて着こなす姿は何処か様になっていて、まるで真桜のためにあるような服という印象を受けた

 

三人は真桜の服の話をしながら目的の場所、住民が多くすむ長屋のような所に歩を進めた時、近くの屋敷から

怒鳴り声と何かを打ち据える音が聞こえてきた

 

「返せっ!私の息子を返せぇっ!この人殺しっ!人殺しぃっ!」

 

声のほうに視線を向けると屋敷の前で棒立ちで女性の振り回す棒を無言で受け続ける男の姿

その姿に駆け寄りとめようとする月を詠が止める、男のしていることを無駄にしちゃ駄目と

 

「・・・」

 

「何が理想だっ!何が戦だっ!そんなものはあんた等が勝手にやれば良いっ!何で私の子供が死ななきゃならないんだっ!」

 

なおも棒を振り回し、男の口からは血が流れ、顔にまとも受けた場所は紫色にはれ上がる

それでも男は無言でただ女性が振り回す棒を受け続けるだけ

 

「・・・」

 

「どうしてっ・・・どうしてっ・・・アンタが死ねばよかったんだ、戦をするあんた達が死ねばよかったんだっ!」

 

屋敷の外で大声で泣き叫ぶ声を聞いたのか屋敷の奥から女性の夫と思われる男が飛び出し、

妻を抱きしめ振う棒を止めに掛かる

 

「やめろっ舞王様になんてことをっ!」

 

「構うもんかっ!殺してやるっ!息子と同じように殺してやるっ!あたしはどうなったって良いっ!放してっ」

 

「放してやってくれ、俺はいくら殴られても構わない」

 

男の言葉に妻は更に顔を怒りと憎しみに染め、夫の手を振り払い男に棒を振りかぶる

男は目を伏せ、動かないでただじっと打ち下ろされる棒を待つ、だがいつになっても棒は振り下ろされずに

棒を持つ妻の腕はわなわなと振るえ、泣きながら地面に崩れ落ちた。夫は直ぐに妻を抱きしめ男に視線を向ける

 

「も、申し訳ありません舞王様っ!私の妻がした事は私の罪でございますっ!どうか私に罰を」

 

「・・・いいんだ、それよりも息子の遺品を持ってきた。受け取ってほしい」

 

そういって男は膝を曲げ、右手に握った小さな指輪と刺繍の入った服の切れ端を差し出す

 

「そうでしたか・・・息子は勇敢に戦いましたか?」

 

「ああ、勇猛な涼州の兵に一歩も引かなかった」

 

「・・・そうですか・・・息子はっ・・・息子は勇敢に・・・ううぅ」

 

男の差し出す指輪と刺繍を受け取り、指輪と刺繍を握り締め目からはボロボロと涙を流した

 

「すまない、生きて帰らせることが出来なかった」

 

「良いのです。息子は自分で望み兵として志願しました。妻も本当は理解しているはずです」

 

「心はそうはいかない。俺の娘が同じことになったら貴方の奥さんと同じことをするだろう」

 

「舞王様・・・も、申し訳・・・本当にっ・・・うぅっ・・・あああああああああっ」

 

男は夫の手を優しく握り、頭を下げる。そして何も言わずにその場を後にすると道を塞ぐように

詠たち三人に囲まれた

 

「あ・・・えっと、何だ?」

 

「何だ?じゃないわよこの大馬鹿っ!!」

 

「そうです。昭さんがこんなことをしていたなんて」

 

詰め寄る詠と月に対して真桜は悲しそうに男を見るだけだった。真桜は前にも男が死んだ兵の遺品を遺族に

一人ずつ返していく様子を見たことがあったのだ、だから今回は男の手伝いをしようと着いてきていた

 

 

 

 

 

 

「あ・・・ぅ・・・これは・・・その」

 

「義眼の話から思っていたんだけど、何でアンタがこの魏で変に民から人気があるのかようやく理解したわ

民に近い将なんてアンタぐらいしかいないし、あんなことをする将なんてこの大陸にいないわよっ!」

 

「あはははは・・・なんで、俺がこんなことしてると解った?」

 

「前に袁家と戦った後、何時もは秋蘭と同じ日に休みを取るのに一人で休みを取って、次の日無傷のアンタが

傷を化粧で隠してたら何かあるって思うわよ、それに賊の討伐や何かで兵が死んだ時は必ずなんだから」

 

男は目を丸くして詠を見ると、大きく溜息をつく。そして頭をかきながら苦笑いになり、逃げようとした所で

首に腕を回され真桜に捕まってしまう

 

「逃がさんで~」

 

「ううぅ、真桜も同じか?」

 

「いんや、うちはたまたま見かけただけや」

 

「そうか、良かった他の奴らには内緒にしておいてくれ」

 

「本当にアンタは華琳の影ね、きっと昔からこうしていたんでしょう?華琳を支える為?」

 

「・・・本当は華琳がしたいことを俺が変わりにしているだけだ。だけど王はそんな事は出来ない、威厳が無くなるからな

秋蘭たち将も同じだ、俺は昔からやっているから変わらないだけで」

 

そこまで言うと真桜は何時も纏めている髪留めを外して髪を下ろす。その姿は同じ女の子と思えないほど別人に

なっていた。

 

「これなら別人に見えるやろ?」

 

「へぇ~、良いじゃない私も軍師の姿って訳じゃないし」

 

いきなり詠は男の手から荷物をひったくり、中身を空けて均等に分け始める

 

「お、おい、何する気だ?」

 

「手伝うに決まってるでしょ?」

 

慌てて止めようとするが詠の威圧的な「動くな」との言葉で動きが止まってしまう

 

「詠ちゃん、私もやるよ」

 

「えっ?駄目よっ!これは駄目、さっき言ったわよね?!」

 

「詠ちゃん」

 

月は一瞬にして強い瞳の色を作る。月が今まで人を救ってきた経験は彼女の中で

大きく強いものとなり、男に似た意思の光を瞳に宿す

 

「うぅ、余計なものを覚えたわね月」

 

「ゴメンね詠ちゃん」

 

「仕方ない」と言いながら遺品についている名前を確認しながら詠はあまり気性の荒くない兵の遺品を

月に振り当てていく、兵もそうなら身内もそうだろうと一瞬で考えたようだ

 

「おい、俺一人で回るから大丈夫だっ」

 

「・・・黙れ」

 

ボソリと怒りが込められた声を詠から叩きつけられ、男はびくりと身をすくめると額に汗を一筋たらし黙ってしまう

 

「僕はアンタの何?アンタの軍師、相棒でしょ?こんなこと黙ってるんじゃないわよっ!」

 

「・・・詠」

 

「将の中じゃ一番仲が良いと思っていたのは僕だけっ?お酒呑みに行った時だって何でも話せなんて言ってるくせに」

 

「・・・」

 

「このぐらい僕を頼ってくれればいくらだって協力するし、他に手を考えたりしてあげるわよ大馬鹿っ!!」

 

「・・・ごめん」

 

目尻に少し涙を溜めて大声で罵る詠を見ながら男は頭を下げた。自分を相棒だといって信頼してくれる人を

心底心配させてしまったことと、信頼を裏切ってしまったのだと後悔しながら

 

「うちもやで、隊長の為ならうちは何だってやれるんや。だからうちにも手伝わせて」

 

そういって真桜は首に回した腕を解き優しく背中から男を抱きしめる。

 

「すまん真桜、ありがとう」

 

「私もきっと前よりもお役に立てると思います」

 

月もニッコリ微笑むと詠の仕分けた一番気難しい人が集まった遺品を袋に詰める

 

「ちょ、ちょっと月っ!」

 

「ふふふっ大丈夫だよ詠ちゃん、私に任せて」

 

「駄目よっ!」

 

「私がいろいろな人たちとお話をしてきた事は詠ちゃんが一番知ってるはずだよ?」

 

月は詠をニコニコ微笑みながら見つめると、スタスタと行ってしまう。邑で認められてからというもの

月の成長は凄まじく、真に聖女の風格を持ち始めていた。そんな月にやれやれといった溜息をつき

後姿を見送ると他の遺品を持ってきた袋に詰めて真桜と男に手渡す

 

「はい、まったく月はしっかりしてきたけどその分気苦労が多くなったわ。これもあんたのせいよ」

 

「俺のせいか?」

 

「そうよ、アンタが洛陽で言った言葉のせいでしょ。さぁ、さっさと行くわよ」

 

「よっしゃ!さっさと済ませてココに集合、今晩御飯おごってや隊長!」

 

真桜と詠は身を翻し、遺品に書かれている住所と名前を確認しながら走り出す。男はそんな仲間の後ろ姿を

見送りながら頭を下げ、自分の分の袋を持ち次へと走り出した

 

 

全ての遺族に配り終え、分かれた場所へと男が戻るとそこには別れた時のまま綺麗な姿の月と

全身びしょ濡れで手ぬぐいで拭いている詠、頬を赤く腫らした真桜が待っていた

 

「大丈夫か?特に真桜、頬はどうした?」

 

「ん?大した事あらへんよ、行った先で渡したとたんいきなり頬を張られただけや」

 

「・・・馬鹿野郎」

 

男は泣きながら真桜を優しく強く抱きしめ、腕の中の真桜は満面の笑顔で「うち野郎とちがうでー♪」と言うだけ

男は更に涙を流して「有り難う」といい、強く抱きしめていた

 

「詠、怪我はないか?」

 

「うん、僕は水かけられただけよ。その言葉そっくり返すわ、ずたぼろじゃない」

 

帰ってきた男の姿は着ている服がところどころ破けていて、血が流れ出していた。それなのにも関わらず両腕

だけは綺麗で傷一つ、破れた場所一つ無い

 

「器用に腕だけ避けてたのね。それとあんた僕達に渡さなかった遺品があるんでしょ」

 

「あはははは・・・・・・」

 

「そうでなければその怪我は説明が付かないわ。まったく結婚する相手の決まった兵とか?」

 

真桜を抱きしめた手を放し、男は顔を暗くして伏せてしまう。そんな男の顔を見て詠はしまったと思った

顔を上げる男の顔は悲しそうに笑うだけ

 

「ごめん」

 

「いや、それより月は凄いな。無傷とは」

 

「私も覚悟をしてましたよ。ですけど皆さん何も言わず、わざわざ有り難う、舞王様によろしくと」

 

「そうか、一番きつい所ほど優しかったということか」

 

男は優しく微笑むと月と詠を抱きしめて「有り難う」そういって放し、頭を下げた。二人はそんな男に

笑顔で返し「僕たちに何でも話しなさい」と詠は男の額を突付いた

 

「昭」

 

聞きなれた凛とした声、その中に優しさや暖かさを込めて男の名を呼ぶ声の主は男の妻

 

「秋蘭、終わったよ。皆手伝ってくれた」

 

秋蘭は泣きそうに顔を歪ませ、ゆっくり男に抱きつく。男は無言で秋蘭を優しく抱きしめ返す。

大丈夫だよ安心してくれ、そういった意味を込めて

 

「・・・すまない、皆手伝ってくれたのだな。ところでそこの御仁も手伝ってくれたのか?」

 

目線の先には髪を下ろした真桜、どうやら本当に気が付かないらしい、何時も見ている秋蘭でさえ気が付かない

ほどだからよほど別人に見えるのだろう、真桜は急いで髪を纏め秋蘭に笑顔を向ける

 

「おお、真桜だったのか、髪型一つで変わるものだな。頬は大丈夫か?」

 

「はい、こんなん直ぐに治りますよ」

 

「そうはいかん、私達と一緒に華佗のところへ行こう。どうせ昭も見せなければいけないからな」

 

「確かに隊長ボロボロですからねー」

 

「それだけではない、昭は腕をかばってわき腹で受けることが多い、だから肋骨が折れている時があるし危険だから

華佗に診てもらっているのだよ」

 

秋蘭の言葉で真桜達は男のわき腹に目線を移すと、そこから僅かに赤いものが滲んでいるのが目に入り

三人は慌てて男に駆け寄り身体を支えようとする

 

「おいおい、大丈夫だよ」

 

「フフッ、皆昭を連れて行くのに手を貸してくれ」

 

そういって秋蘭は診療所に向かい手を引く、三人も男を支えながら歩いていく

 

「今度から僕達が手伝ってあげるから言いなさいよ」

 

「そうやで、ウチら誰にも話さへんし、ウチなら将やってばれへん」

 

「私もお手伝いできます。いえ、やらせてください」

 

男を支えて歩く三人に男の顔は笑顔になり、その瞳からボロボロと涙を流す。三人はお互いに笑顔になり

手を引く秋蘭も柔らかく笑っていた。

 

 

 

 


 
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