「ふうぅ~~~~・・・」
平和な日本から来た俺が、天下の豪傑と肩を並べて戦えるとはもちろん思えないけど、(護身用の)剣は預かってる。
鞘から抜くと、白刃が陽光を照り返す。
「ふっ、はっ。」
なんとなく素振り。来たるその日に向けて、地道な努力を始めてみた。じっとしていられないとも言える。
昨日、一刀から手紙が来たのだ。その内容に俺は驚いた。
一刀も飛鳥に襲われたらしい。やはり五胡は、俺達をどうにかしたいらしいと思える。しかし、詳しい目的は、まだ分からない。
一刀の手紙の最後に、こう書かれていた。
『飛鳥を助けだす』そう書かれていた。その考えに俺も同意していた。だからこうして、少しでも力になれるよう頑張っているのだが・・・。
「ふっ、ふっ・・・!」
たかが部活の剣道の実力で、力になれるのだろうか・・・。でも、その雑念も汗と一緒に流れ出ていく感じで心地よかった。
「ふう、忘れてたな・・・この感じ。」
部活で励んでいた頃が懐かしいぜ。あの頃は腕にかなり自信があったんだけど、今ではその自信の欠片もないよ。
「あうぅ~~~~~~~~ぅ・・・」
「・・・ん?」
素振りの手を止め、耳を澄ましてみる。あの声は・・・。
「ふえぇ~~~~~・・・」
声の調子で、頭を抱えている様が容易に想像できた。
一言で『庭』と言ってもこの広さだ。木陰を選んで、机やベンチは点々と用意されてる。
声もおそらく、その辺りから。ぐるんと周囲を見回して・・・。
「はうぅ~~~~~ん」
いた。傍らに硯、手には筆。さらに分厚い本が置かれてる。
何か勉強中かな?邪魔しちゃ悪いか・・・。
「・・・??あ、ご主人様・・・」
集中が乱れてたと見える。声を掛けずに立ち去るか迷う間に、向こうの頭が上がった。
「きゃーーーーーーーーーっ!?」
「うおっ!?」
「な、何で抜き身の剣をっ!殺さないでーーー!?」
「何でっ!あ・・・これか。」
さっきまで振るっていた剣を、思い出して鞘に収める。
「悪い悪い・・・。にしても、殺さないではないだろ。信用ないなぁ。」
「剣を握った人が無言で背中に立ってたら、誰だってびっくりするよぉ。」
そう言われて、剣を構えた桃香がじりじりと俺の背中に迫ってくる様を想像してみる。
「ごめんなさい。」
ちゃんと、桃香でも怖かった。
「こっちも驚きすぎてごめんなさい・・・」
律儀におじぎを返して、桃香はぴょこんと首を傾げる。
「ところで、何してるの?ご主人様。」
「俺は桃香の声が聞こえたから・・・」
「秘密の特訓?」
「う~ん、まあ、そんなものかな。」
はぁ・・・と、のんびりした相槌。
「ご主人様も、影ながら色々と頑張ってるんだね~。ちょっと感動かも。」
「桃香こそ、何か勉強してるみたいじゃないか。」
「これ?これは~~・・・」
歯切れが悪いなぁ・・・目を伏せて、一度筆も置いてしまう。
「字の練習か?」
「私そんなに字は汚くないもん。もっとちゃんとしたお勉強っ!」
分かってたけどね・・・ちょっと天然な桃香は、からかってやると面白い。・・・少し一刀に似ているのかも。
「いずれ国を治める身として、国がどう成り立つとかは身を入れて勉強しておくようにって。」
「愛紗が?」
「うん。愛紗ちゃんが。」
人差し指を立てて、桃香にくどくど言う愛紗の姿がすぐに思い浮かんだ。(あと、口を開けて『ほへー』と聞いている桃香も)。
「国を統治して、民のみなさんの生活を支えるには学問が必要なの。」
「って、愛紗が?」
「うん。愛紗ちゃんが。」
要するに、全て愛紗の受け売りらしかった。
「例えば国がどういう風に成り立って、国に生きるみんなが生活の糧を得るのかとか。」
桃香が愛紗をどれほど信頼しているかは知っている。つべこべ言わないとしても。
「知ってる?国家経済の仕組みって言うんだって。」
「多少はね・・・しかし、なかなか難しいことを勉強してるんだな。」
「そうなの・・・難しいの。」
少々、荷が重すぎるという気がしなくもない。いつもはツヤツヤのほっぺたも張りを失って、五歳は老けて見えるよ。
「白蓮ちゃんは、たくさん本を持ってるから・・・必要なものは借りてね?ふう・・・。さっきからずっとお勉強してるんだけどぉ~・・・」
「難しいか。」
「私、自分で思ってたよりおバカだったかも・・・。都で白蓮ちゃんと一緒にお勉強したのに、あんまり覚えてないの。」
「素直に忘れたと言いなさい。」
「白蓮ちゃんに教わろうかなぁと思ってお部屋を覗いてみたら、忙しそうで・・・」
「だろうな。」
けっこう手一杯な感じだったしな~。さすがに無理だな。
「愛紗ちゃんにお願いしたら、怒られそうでしょ?」
「そりゃあ、そうなるわ。」
「ご主人様は分かる?じゅよーときょーきゅーとか、かへーの流れ、とか。」
「・・・今、言った言葉くらいならなんとか。」
「・・・・・!」
桃香の瞳に星が見える・・・。
「分かるだけじゃなくて、あんまり頭がよくない私に噛み砕いて説明もできる?」
「分からん。」
「すっごく真面目に授業を受けるからぁ・・・お願い、先生。力を貸して!」
先生なんて初めて言われたよ・・・。手で俺を仰ぐみたいに、桃香は何度もひれ伏す。
「俺も、そんなに専門的なことは分からないぞ?」
「謙遜しなくていいからぁ・・・。それとも、私なんかにはもったいなくて、知識を分け与えてなんてあげられないの?」
哀願から苛立ちへ、桃香の機嫌は分かりやすく変化を見せた。それだけ真剣ってことだよな・・・。
「よし、分かった。俺に出来る限りの協力をするよ。」
「大好き!」
歓声と共に握られた俺の手は、この一秒で汗まみれになった。
「だ、大好きとか、冗談はいいから・・・っ、ごほごほ、、ほら、勉強だろ?」
「ほんとに大好きだし、感謝でいっぱいなの!」
胸に俺の手を寄せるなっ!恥ずかしいから止めれ!
「隣に来て!聞きたいことがい~っぱいあるの!」
「イス、一個しかないじゃん!」
「どうぞ♪」
お尻を動かして、イスを半分譲ってくるようだ。
「・・・・・気が散るから、立ったままでいい。」
「何で?」
いくらなんでも刺激が強すぎるので、桃香の側面に回って屈む。
「変なの。隣からだと、文字も読みづらいと思うのに。」
分かって言ってるなら、けっこうな悪女だ・・・。
「いいから。で?どこが分からないんだって?」
「んっと~・・・」
集中集中、っと。
スレンダーなのに豊かな胸元とか、淡いピンク色に咲いた唇とか。
「・・・聞いてる?ご主人様。」
「あ、ああ!」
ぜ、全然気にしてませんよ?本当に。
「・・・そうそう。だからね、ここで言う経済の流れは、生産と供給のことを言うんだ。」
「生産は、お米とかのことでしょ?」
「まぁそうだな・・・米とか野菜とかの生産者がいて、それを売る人がいる。」
「市で?」
「いや、市はまだ。例えばだな・・・桃香はお昼にラーメンを食べるとする。」
桃香は飲み込みの良い生徒ではなかったけど、熱心に聴く生徒ではあった。
「ラーメンに必要な・・・え~と、小麦粉とか作ったり、焼豚を作る豚を飼育している農家のみなさんがまずいるよな? で、そういう原材料を買って、ラーメンを作るお店の人がいると。」
「うん、さっき言ったことでしょ?市でって・・・」
「最後まで話を聞けっての。違う違う、市で売る前のラーメン屋さんはお客さんなんだよ。ラーメンに必要な材料を手に入れないと商売ができない。」
「あ、そっか・・・一度お客さんなんだね。」
「そう。なるべく安く材料を仕入れて、ラーメンという商品に加工して売る。 この場合、お店の人は仕入れで使ったお金より高く売らないといけないよな。」
「あ、うん・・・そうだね。」
「ほら、ラーメンの価格の水準値が生まれたよな。」
「材料の値段より高くないとダメなんだぁ。」
「ただし、競争店がいる。だからほどほどのところで安定するんだよ。これを『見えざる神の手』と言ってだな・・・」
違ったっけな?まぁいいや、この辺は。桃香の口が開いてるし。
「そのラーメンを食べる人は、ラーメンを買うためにお金を得なければいけない。例えばどうやって?」
「お仕事!」
「そうだな。豚を飼って売ったり、小麦粉を作ったりするんだよ。」
「あ・・・・・!」
桃香は理解したように声を上げる。
「例えばね。あくまで今のは経済上の連鎖の一環。そうやって、需要と供給を満たしながら、経済は輪を作ってるんだ。」
「おっきいねー・・・」
「でっかいぞー。こういうものを上手く調整して、管理するのが為政者の仕事だ。」
「・・・??」
また、なんで?って顔だ。
「ラーメンを売ってる人が、安全に商売を出来るように保障する代わりに税金を取ったりしてな。じゃないと、為政者はどうやってラーメンを食うんだ?」
「そっか・・・安全を売るお仕事なんだ。」
「安全を売るお仕事『も』するの。ま、おおまかなことは分かっただろ?」
「んっと、うん・・・なんとなくは。」
「なんとなくて上等だよ。簡単には扱えない、化け物みたいなものだって認識しておけば、無茶はしなくなるだろ?」
「・・・・・多分。」
「なら、桃香はちゃんと政治ができるよ。」
混乱させてばかりじゃしょうがない。頃合を見て腰を上げる。
「桃香はちゃんと人の話を聞く子っていうのは、良く分かった。ならさ・・・周りが助けてくれるよ。愛紗とか色々な。」
「・・・それ、ちょっと無責任かも。」
「じゃあ自分で全部やるのか?政治も戦争も。」
「・・・・・あ。」
手応えありだな。経済云々より、よっぽど大切な話が出来たつもりだ。
「そっか、そうだね・・・ホントだ。」
そう相槌を打つと、桃香はふにゃっとした笑顔をみせる。久しぶりに見たなぁ、桃香のふにゃっとした笑顔。
「だから、勉強しないでいいってわけではないと思うけど・・・うん、ご主人様にそう言ってもらえたら、凄く楽になった♪」
「そりゃよかった。」
「うん、私お友達をたくさん作る!私に足りないたくさんのものを持ってて、優しくて、私の力になってくれる人を。 需要と供給!その代わり、私もその人達に足りない何かになるね!」
「はははっ、いいんじゃないか?それで。」
「あ・・・えへへへ♪」
頭を撫でて、笑いあうと・・・俺もなんだか晴れやかな気分になる。
「俺も、桃香にとって足りない何かになれるように頑張るよ。」
「じゃあ、私もご主人様の『大切』にしてね。」
「はいはい。それじゃな。」
「あ、行っちゃうの?」
「ああ、さっきの秘密の特訓の続きをな。ははっ。」
「そ、そうなんだ。」
「じゃな、勉強頑張れよ!」
手を振って・・・多少の名残惜しさがあった。
俺の大切、か。
「ははっ。」
いいなぁ・・・そういう、満たし満たされる関係って。そんな風に苦笑しながら、特訓の続きを開始した。
「はいはい、だって・・・あっさり流されちゃった。・・・ちょっと勇気出したのになぁ。はぁ。」
軽く受け流されて、ため息一つ。
「ご主人様は不思議。私が持ってない、たくさんのものを持ってて。なのに、ちっとも飾らないで・・・あれ?ご主人様のことを考えてたらドキドキしてきちゃった。」
気づかない内に、胸の鼓動が早まっていく。
「はにゃ~ん、お勉強が手に付かないようぉ・・・」
そんな風に時間が過ぎていった。
※どうもお米です。やっぱり桃香可愛いわ~。天然は私の好物です、異論は認めます。さて、次回はまだ蒼介√が続きます。ご感想ご指摘ドンドンお待ちしています。それでは失礼します~。
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第十八話となります。Basesonの新作、「真・恋姫無双 萌将伝」をみんなで応援しようー!・・・なんというか波乱の予感がします。