No.136801

リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.8

リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。

 今回のクライマックスに出てくる大技は、「全力全開!」ていうより「マキシマムドライブ!」って感じ。必殺技のカッコよさにおいては なのはと仮面ライダーは双璧だと思います。
 翔太郎! ツインマキシマムは危険だ! だから危険だったら使うなよ! …今回はそんな話です?

2010-04-17 04:11:18 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:15804   閲覧ユーザー数:14277

 

 対策本部へ次々と朗報が舞い込んできた。

 協力者の、変則狙撃によるロビー内のテロリスト完全沈黙。外周部の警戒テロリスト、突入部隊により制圧。エリオ=モンディアル二等陸士、ロビー到達による人質の安全確保。何故かシャマル先生がいました。ついでにマリーさんもいました。

 その中で唯一 対策本部を安心させてくれなかった報告は、主犯格と思われる女性テロリストの逃亡。

 その報を聞き、現場指揮官のフェイトは席を立つ。

 

フェイト「逃亡した主犯格は私が追います! 病院内部の鎮静化はエリオとキャロに任せ、総員は警戒を維持してください!」

 

 フェイトがその愛器・バルディッシュを握り、テントを飛び出そうとするのを、補佐官シャリオが呼び止める。

 

シャリオ「フェイトさん、ちょっと見てほしいものがあるんですが……!」

 

フェイト「ごめんシャーリー、さすがに今そんな暇はないよ…! 急がないと主犯を取り逃がしちゃう…!」

 

シャリオ「主犯格は、例の協力者も追跡に出ました。さっき その報告も受けています」

 

フェイト「そ、そうなの…?」

 

シャリオ「見てほしいものってのは、実はそれに関わりがあるんですが……」

 

 空間ディスプレイが開き、その中に膨大な数の名簿が映し出される。

 

シャリオ「さっき協力者の人が言ってたでしょ? 『デバイスを次元港で取られた』って。その線から正体を辿れないかなって、さっき入国管理室に問い合わせて、過去数日の間にデバイス預かりになった入国者のデータを送ってもらったんですが…」

 

 普通であったら閲覧不可能な個人データを あっさり入手できる辺り、執務官の権力は侮りがたい。

 

フェイト「……でもッ、次元港には毎日何万人もの人が出入りするんだよ? その中でデバイスの審査に引っかかる人っていったら、少ない割合でも百人ぐらいになる、その中から特定の一人を割り出すのなんて………!」

 

シャリオ「いいから見てくださいッ! いるんです、名簿の中に あの子がいるんですよッ!」

 

フェイト「あの子…?」

 

 シャリオが、羅列された名簿から弾き出した一項目を、フェイトも一瞥した途端、呼吸を忘れた。

 

フェイト「うそ……!」

 

シャリオ「私だってウソかと思いましたよ! でも精密射撃、現役執務官並みの判断力、どれも あの子の資質とピッタリです! これって偶然ですか? …ねえ、偶然ですかフェイトさんッ?」

 

 ディスプレイに映し出された写真と名前は、忘れようもない かつての仲間のものだった。

 なのはやスバルほどではないけれど、フェイトたちだって彼女のことを心配しなかったことなんてない、身を案じなかったことなんてない。

 

フェイト「アナタだったの……、ティアナ」

 

 ディスプレイに映し出された入国者の名は、ティアナ=ランスター。

 スピーカー越しに聞かされた、無愛想な声が、急に懐かしく感じられた。

 

 

   *

 

 

ティアナ「ぐうッ?」

 

 高威力の魔力弾が直撃し、ティアナは押し引いた。

 彼女と敵対するテロリストの女リーダー・メガイラ=ニューンの放つ魔法攻撃は、予想以上に鋭く、重い。

 

メガイラ「我ら黄昏教団の秘蹟を汚した罪、その程度であがなえると思うな! さらに苦しめ! 千の傷を負えッ!」

 

 彼女の装備するグローブ型のデバイスは、装備者であるメガイラのパワーをブーストし、スピードをブーストし、魔力弾を機関銃のようにバラ撒いて、ティアナに付け入る隙を与えない。

 さすがはテロ実行のリーダーに選ばれることはある、というべきか。…敵の実力は、けっして侮っていいレベルではなかった。

 激突開始から数分。

 逃亡者と追跡者の二人は、高速で移動しながら魔弾を撃ち合い、ミッドチルダの街中を縦横無尽に駆け回る。

 

メガイラ「―――はッ!」

 

 魔法で強化された脚力で、ビルの屋上まで駆け上がる。

 ティアナも それを追った。

 たどり着いたビルの屋上は、広さも充分で、遮蔽物も少ない。

 

メガイラ「殴り合いをやるにはピッタリの場所だな。―――我がデバイスの名は、“死の賢者”ブレインデッド」

 

 グローブ型のストレージデバイスをかかげ、周囲に炸裂型魔力弾を何発も生成する。

 

メガイラ「キサマにも“死”をくれてやろう! 罪の穢れを洗い流すための死をな!」

 

 襲い来る魔力弾を際どく かわしつつ、ティアナはクロスミラージュの引き金を絞る。

 一発必中の魔力弾が敵へ向けて あやまたず走るも、メガイラの張るシールドは予想以上に硬く、ティアナの魔力では貫通することができない。

 メガイラは嘲りの表情で言う。

 

メガイラ「……なるほど、病院内でのミラクルショットを決めただけあって、かなり正確な射撃だ。……しかし その正確さも、障壁を破れないのであれば何の意味もないッ!」

 

 凶悪な炸裂弾、堅固なシールド、それらを併せ持つメガイラは、時間が進むごとにティアナを圧倒し始めた。純粋な魔力値では、ティアナよりもメガイラの方が上であるように思えた。

 ティアナも懸命に踏ん張りながら、メガイラの魔力弾をクロスミラージュで撃ち落し、なんとか障壁を破ろうとする。しかしその戦局も次第に支えきれなくなってきた。

 撃ち漏らした炸裂弾が、ティアナの懐に飛び込む。

 

ティアナ「――くッ!」

 

 ティアナを八つ裂きにしようと爆ぜる炸裂弾を、その寸前で弾き飛ばす。射撃が間に合わないと瞬時に判断したティアナは、クロスミラージュの銃身で、炸裂弾を叩き出したのだ。

 

メガイラ「…ほう、器用な真似をする」

 

 その映画で見るような曲芸に、メガイラは余裕の感心をした。

 しかし、当のティアナは……

 

 Ga.Gagagagaga.....

 

ティアナ「うっわ、まずッ!」

 

 デバイスで直接魔力弾を叩いたことで、クロスミラージュのAIが激しく混乱している。

 無意識のうちにやってしまった。

 成長したティアナが愛用しているデバイス・ファントムレイザーは、非AIのアームドデバイスで、武器としてしか使用しないかわりに重厚で堅牢、それゆえに先ほどのような曲芸をやってもビクともしない。

 しかしインテリジェンスデバイスであるクロスミラージュでは、同じムチャをやるには あまりに構造がデリケートだった。

 5年間の経過で、自身の戦闘スタイルまで すっかり変わってしまったことを、ティアナは自覚せざるをえない。

 ともかくも、クロスミラージュのAI混乱によって、放たれた魔力弾の制御が一時不能になる。その隙を見逃すほど敵は能天気ではなかった。

 

メガイラ「これで終わりだッ! 喰らえ!」

 

ティアナ「きゃああああああああーーーーーッ!!?」

 

 雨のように降り注ぐ魔力弾。

 その直撃を浴び、ティアナは腹に穴を開けられ、左腕がもげ、肩を砕かれ、両足をズタズタにされる。

 ボロ雑巾のようにビルの屋上に叩きつけられ、コンクリートの床を、流れ出た大量の血が染めた。完全な致命傷だった。

 

メガイラ「……弱いな、弱すぎる」

 

 勝利を確信し、いささか物足りなさげな表情でメガイラが、虫の息のティアナを見下す。

 

メガイラ「その程度の実力で、何故私の前に立ちはだかった? これではバックアップ型の医者魔導師の方が まだマシだったぞ」

 

 イヤ待て、とメガイラは、ある可能性に気付く。

 この女は幻術魔法を使えたはずだ。病院立てこもり時には、その幻影にまんまと騙されて本体に自由を許してしまった。

 まさか、この弱い女も幻影?

 その可能性に思い至り、半死体となったティアナを思い切り蹴飛ばす、たしかに手応えがあり、ティアナはコンクリートの上を抵抗なく、ゴロゴロと転がった。

 

メガイラ「幻影であれば手応えなど あるはずはない。……やはり本物か」

 

 なにか釈然としないものを感じるが、作戦失敗の原因となった狙撃手に思うさま復讐できたことは、最高の憂さ晴らしだ。

 ドス黒い満足感をえたメガイラは、長居は無用とばかりに屋上から去ることにする。

 時空管理局からの追っ手は、この女以外にも多数いるはずだ。それら全員と戦っていては埒が開かない。自分は生きて教団のアジトへ戻り、新たな作戦のために この身を捧げねばならんのだ、とメガイラは決意を新たにした。

 そう、自分は終わりではないのだ。

 任務が失敗したとしても、自分は有能だ。生きて戻れば自分の才能を活かすための任務が、いくらでも自分を待っていよう。自分は まだやれる、教団に必要とされている。

 そう思って屋上を去ろうとしたメガイラの元へ、新たな追っ手が到着した。

 

ティアナ「待ちなさいよ、ダンスはまだ終わっちゃいないわ」

 

メガイラ「なにッ?」

 

 振り向いてメガイラは驚愕した。

 彼女を追ってきた二人目の追跡者は、現れた新しい敵は、今まさに彼女が倒したはずのティアナ=ランスターだったからだ。

 無論、先ほどの戦闘で負ったダメージなどなく、傷一つない芸術品のような肢体を誇らしげに見せ付けている。

 

メガイラ「どういうことだッ?」

 

 メガイラが視線を走らせると、屋上の床には血の海に沈んだ一人目のティアナが、確かにそこにいた。

 そして もう一人の無傷のティアナ。

 ティアナが二人いる。

 やはり幻影魔術か?

 しかし、倒された方のティアナの死体は、既に調べて実体であることは わかっている。では新たに現れた方が幻影? 本体が死んだのに幻影が持続するなどありえるのか?

 一体どういうことなのだ?

 

ティアナ「んじゃあ、種明かしをしましょうか」

 

 無傷の、新たに現れた方のティアナが、落ち着き払った態度で指をパチンと鳴らした。

 するとコンクリートに転がっている死体のティアナに、ザザッとノイズが走り、見る間に透明になって消えていく。

 

ティアナ「偽者は あっちでしたとさ」

 

メガイラ「バカなッ! 私は ちゃんと調べたぞ! あっちの女には、手応えがあり実体があった、幻影であるわけがない!」

 

ティアナ「幻影に、実体があるとしたら?」

 

メガイラ「ッ?」

 

 メガイラの困惑を無視して、現れた二人目のティアナ――、すなわち本物のティアナが語る。

 その前に尻ポケットからシガレットケースを取り出し、タバコを一本咥えて火を点けた。

 

ティアナ「……5年間、色んな世界を回ったわ」

 

 フッと煙を吐き出す。

 

ティアナ「そこで色んな戦歴を重ねた。管理局に留まってたんじゃ絶対に やりあえないようなフザけた敵もいたわね。そんな経験が私をレベルアップさせ、私に新しい力を与えた。………その一つが、実体をもつ幻影、名付けて幻態」

 

メガイラ「げんたい……?」

 

 実体をもつ幻影。触れることも、叩くこともでき、そしてその逆も可能となる。そんなティアナの新しい幻影術は、ますます本物と見分けがつかず、敵を惑わす有効な戦法として、ティアナのストックに加えられていた。

 実体なき幻影(ミラージュ)を越える、

 実体ある幻態(ファントム)。

 それが、5年間を経てティアナが獲得した成長の一側面だった。

 

メガイラ「バカな……、幻影など ただの虚像のはず、それに実体を付け加えるなど、聞いたことがないぞ!」

 

ティアナ「でしょうね、だってコレは私のオリジナルスキルだもの。そして、幻影に実体などないという常識に囚われたからこそ、アンタは偽者相手にガチンコで戦って、本体が来るまで ここでモタモタしていた」

 

メガイラ「ッ!?」

 

 幻態を先に戦わせたのは、本体が到着するまでの時間稼ぎだったのか。

 

ティアナ「幻態は、空間把握魔法とリンクしてるから、その範囲内なら どこにでも発生させることができるのよね。まあ本体の私が、基本 徒歩移動だし」

 

 しかし本体が到着した以上、時間稼ぎの必要はなくなった。

 ビル風吹く屋上に、黒豹の女と、銃の女神が、対峙する。

 

ティアナ「じゃあ、前座の試合は終わり、メインイベントを始めましょうか。―――やれる、クロスミラージュ?」

 

 Yes. My master.

 

 クロスミラージュが快活に応える。

 

ティアナ「さっきは悪かったわね、幻態との感覚リンクなんて初めての体験だからビックリしたでしょう?」

 

 No problem. and. May I ask you a question?

(問題ありません、それよりも、質問してよろしいでしょうか?)

 

ティアナ「なーに?」

 

 Do you keep One hand mode at war.

(戦闘中は、ワンハンドモードを継続して よろしいのですか?)

 

 クロスミラージュの言うワンハンドモードとは、デバイス本体である拳銃が一丁のみで使われる状態のことだ。六課時代ティアナは、状況によって二丁拳銃で戦うことも多かった。

 敵と直接対峙する以上、両手に銃をもつモードに変更した方が よくないか? というアドバイスだった。

 

ティアナ「ああ、いいのよ。私スタイル変更したの、二丁拳銃はやめたんだ」

 

 I see.

(そうなのですか)

 

ティアナ「だって、左手が塞がるとタバコ吸えなくなるでしょう?」

 cigarette is bad for you.

(煙草はアナタの健康を害する恐れがあります)

 

ティアナ「うっさいわね、私はタバコと結婚したの」

 

 ティアナは右手にクロスミラージュ、左手にタバコをつまみ、悠然と煙を吐く。

 その仕草が、いかにも目前の敵を、鼻にも掛けていないような余裕の態度に見えて、敵の神経を逆なでする。

 

メガイラ「おちょくるのも大概にしろッッ!!!」

 

 グローブ型ストレージデバイス・ブレインデッドの炸裂魔力弾。

 怒り心頭のメガイラからの攻撃を、本体のティアナは蝶のようにヒラヒラかわす。

 

メガイラ「よかろうッ! こうなれば偽者だろうが本物だろうが、出てくる限り何度でも殺してやるッ! 忘れたかッ、キサマの分身は、私に手も足も出なかったことを!」

 

 魔法力でメガイラがティアナを上回っていることは、先の幻態戦で実証されていた。

 

メガイラ「本体が出てこようが結果は変わらん! 再び醜態をさらすがいい!」

 

ティアナ「……たしかに私は未熟者」

 

 ティアナが、襲い来る炸裂弾をクロスミラージュで撃ち落す。

 

ティアナ「実体をもつ幻影って言ってもね、その出来栄えは 決して良くないの。姿かたちは似ていても、詳しい動きは 本体からだいぶ劣化してしまう。なにせ幻態の戦闘能力は、本体の1/10になっちゃうんだから」

 

 炸裂弾の雨を精密射撃で相殺し、その余裕でメガイラ本体を狙う。

 しかし幻態の際にはティアナの魔力弾は、敵のシールドを貫通できなかった。

 

ティアナ「逆に言うと、本体の能力は、幻態の10倍」

 

 ズドン!

 

 本体のティアナが放った魔力弾は、メガイラのシールドをいとも容易く貫通した。その貫通弾はメガイラの頬を掠り、その後方を通過していったが。その威力を見せ付けられたメガイラの表情は、凍り付いて動かない。

 違う。

 本体の能力は、偽者とは段違いだった。

 5年間の放浪の中、くぐった修羅場の数だけ磨かれてきた魔導師の実力が、今 牙を剥く。

 

ティアナ「そして…、幻態の方も一回使えば終わりってワケじゃないのよ?」

 

 ブン、ブン。

 電子機器が起動するかのような音をたて、ティアナが三人に増える。一人は本体、そして他の二人が、実体をもちながら虚像である幻態だった。

 一の本体と二の偽体は、まったく同じ顔で艶然と微笑む。

 

ティアナ1「幻態は所詮 偽者だから、殺されても問題なし、そして本体の魔力が続く限り何体だって生み出せる」

 

ティアナ2「そして、幻影でありながら戦闘力をもつってのも曲者よね。実体をもってるんだから殴られれば痛い、それはさっきの戦いで充分わかってるでしょ??」

 

ティアナ3「無論 幻態は、直接戦闘に併用可能。本体に交えて幻態を使用した場合、その戦闘は……」

 

 

 

 事実上の3対1。

 

 

 

ティアナ×3「「「さあ、どうやって切り抜ける?」」」

 

 一斉に襲い掛かってくる三人のティアナ。

 迎え撃つメガイラは、視線が泳ぐ。注意を一点に絞れない。

 

メガイラ「(慌てるな、所詮本物は一人、ソイツさえ倒せれば……!)」

 

 相手の話では、幻態の戦闘力は本体の1/10しかないという。なれば なおのこと本体さえ潰せば決着はつく、そう自分に言い聞かせて魔力を振るうものの………。

 

メガイラ「―――ぎゃんッ!!?」

 

 事態は、彼女が考える何十倍も複雑だった。

 幻態は、外見上 本体と何の差異もなく、目視で真贋を見極めるのは完全に不可能だった。

 しかも本物を見分けようと目を凝らせば凝らすほど、返って注意力が散り、敵の攻撃をもらってしまう。

 

メガイラ「がぁッ?」

 

 能力が1/10というのも曲者だ。

 本物との差異があれば、それだけ対応に優先順位をつけようとしてしまう。本物からの弾だけを食らうまいとする。

 むしろそれがメガイラの迷いを助長させる。襲い来る魔力弾が本物なのか どうか、などという余計な吟味が、肝心の対処を遅らせてしまうのだ。結局は低い威力の幻態魔力弾をかわしながら、高威力の本物を食らってしまうという本末転倒を犯してしまう。

 

メガイラ「ぐあぁぁッ!」

 

 しかも幻態からの攻撃だって食らえば痛い。それが まったく実体のない幻影との最大の相違点だった。実際のダメージがある以上、幻態を まったく無視するわけにもいかない。

 何を注意し、何を無視すればいいのか。

 何が本物で、何が偽者なのか。

 そのような思考の迷宮に入り込んでしまったメガイラは、まさに亡霊に惑わされる旅人のようなものだった。ティアナ=ランスターという亡霊の手の平の上で、死に向かうダンスを踊り続ける。

 

ティアナ「…いいの? そんなところに立って?」

 

メガイラ「はっ?」

 

 指摘されて、メガイラは今の自分の、絶望的なまでの立ち位置の悪さに気付いた。

 右斜め前方にティアナがいる。

 左斜め前方にもティアナがいる。

 両斜めのティアナの目線が、ちょうど交わる交差点に立っているのが自分。そこは十字砲火点だった。

 

ティアナ「――クロスファイア」

 

 号令と共に、二方から集中砲火を浴びせる二人のティアナ。左右二面からの同時攻撃に、メガイラは悲鳴を上げる。

 

メガイラ「ぎゃあああああああああッッ!」

 

 機関銃のように のべつまくない連続射撃である。絶え間ない魔力弾の つぶてにメガイラは、障壁を張って踏みとどまるのが精一杯だった。

 自然 彼女は、十字砲火に動きを封じられる形となる。

 そうして釘付けとなったメガイラの正面に、三人目のティアナ、本体のティアナがいた。

 

ティアナ「幻態からの攻撃じゃ、アンタのシールドは破れない。……でも本体なら どうかしら?」

 

 ピルケースから例のカプセルを取り出し、口の中に放り込む。

 

 

 

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 

 

 

 爆発的に活性化する魔力を銃身に込め、狙いを定める。

 幻態たちの十字砲火で足を止められた格好の的へ―――。

 

ティアナ「―――ダックショット」

 

 スタンドポジションで、惚れ惚れするほど良い姿勢から放たれた魔力弾が、当然のようにメガイラの胸に命中した。

 その途中の、敵が張ったシールドなどは、まるで紙であるかのように容易く貫かれ、あってなきがごとしだった。

 それが本来のティアナの魔法威力。

 

メガイラ「がはああああああああああッッ?」

 

 メガイラに命中した魔力弾は、対人用の麻痺弾だった。全身を突き抜ける痺れが、四肢の自由を奪っていく、白昼のミッドチルダを混乱に陥れた女テロリストの陥落のときだった。

 

 Good shot! master!

(お見事です!)

 

 クロスミラージュが勝利の歓声を上げる。

 幻態によって、戦力になりえる自身の複製を作り出せるティアナは、単独にして幾通りものチームプレイを遂行可能とする、非常に希少な特性をもつに至った。

 フロントウイングも、センターバックも、ガードウイングもフルバックも関係なく、そのすべてになることのできる たった一人の軍隊。

 ワンマンアーミー。

 それこそが5年の末に辿りついたティアナ=ランスターの戦闘スタイルだった。

 

ティアナ「思ったより早く終わったわね、拍子抜けだわ」

 

 タバコの煙を吐き出して言う。

 

ティアナ「麻痺弾を食らった以上、あの嬢ちゃんも しばらくは動けないし。……今のうちにバックレとくかな、後はフェイトさん辺りが片付けてくれるでしょ」

 

 すでに後始末の算段をし始めているティアナだった。

 

メガイラ「……ご、……が、………」

 

 メガイラは、麻痺弾によって唇の動きまでが停止し、詠唱すらできない状態だった。コレでは もう何もできない。

 彼女にとって すべては終わった、かに見えた。

 彼女にはもう何もない。

 仲間もない。

 武器もない。

 自分自身の体すら動かない。

 すべてが停止した。

 

 

 そして それこそが、『最悪』を作動させるために用意されたスイッチだったのだ。

 

 

 メガイラ=ニューンを送り込んだ黄昏教団は、虫唾の走るような犯罪集団だった。その母体にとってメガイラ程度の構成員は、いくらでも替えの効く消耗品に過ぎなかった。この立てこもりテロすら、実行者たちが生還することを度外視した自滅テロだったのだ。

 だからこそ教団母体は、メガイラに“このような仕掛け”を施せた。

 彼女が死ぬか、意識を失うかなどして行動不能に陥った際、彼女の装備したストレージデバイス・ブレインデッドに組み込まれた圧縮魔法式が解凍され、ある魔法が自動的に作動する。

 

ティアナ「!!!?」

 

 ティアナは、倒れたメガイラを中心に魔法陣が展開されるのを見た。

 戦いは終わっていないという認識が、即座にティアナを戦士に戻す。

 

ティアナ「でも どういうこと? アイツは もう指一本動かせないはず……ッ?」

 

 そうしている間にも、“死の賢者”ブレインデッドは、マスターであるメガイラから魔力を吸い出していく、一滴も残さぬとでも言うかのように。

 そうして吸い出された魔力を原動力に、空間を捻じ曲げ、異界へと続くゲートを開放。

 そして呼び出す。

 この世に在ってはならないものを。

 恐ろしくも禍々しい破壊の化身を。

 

ティアナ「…召喚魔法ッ?」

 

 メガイラのデバイスが自動発動させる魔法の正体を知ったとき、彼女の目の前には既に、見上げるほど巨大な召喚獣が現れていた。

 それは巨大な竜だった。

 トカゲを連想させる硬くてゴツゴツした皮膚をしながら、その巨躯は、ビルの屋上にいるティアナですら見上げねばならぬほど巨大。頭部はワニに近く、鋭い牙を何十本も並べ、爬虫類の目でギラギラと獲物を探している。

 そんな巨竜がミッドチルダの都市部に召喚されてしまったのだ。地上からは名もなき市民たちの悲鳴が聞こえる。

 

メガイラ「ハハハハ、ハハハハハハハハハッ!!!」

 

 動けぬメガイラが、壊れた笑い声を放つ。

 

メガイラ「見たかッ! これが黄昏教団が誇る最終兵器、堕ちた幻獣クレルカルだッ! この邪竜の前では管理局の魔導師などザコ同然! もうどうにもならん、すべて破壊するまで止まらんぞッ!」

 

ティアナ「アンタ馬鹿でしょ」

 

 ティアナが、倒れたメガイラの額に銃口を突きつける。

 

ティアナ「召喚獣なんて、それを呼び出した召喚師さえ押さえれば解決したも同然。……さ、召喚魔法をキャンセルしなさい、でないと頭に風穴が開くわよ」

 

 しかしメガイラは、侮蔑を込めた微笑を浮かべるのみ。

 

メガイラ「…アレはもう、私には止められん」

 

ティアナ「なんですって…?」

 

メガイラ「幻獣クレルカルを召喚する術式は、我がデバイス・ブレインデッドに組み込まれていたものだ。召喚ゲートの構築にこそ私の魔力が使われるが、その後はもう何もない。クレルカルが暴れるに任せるだけだから、制御用の魔力も必要ない。ただあの凶暴な魔獣が、目の前にある すべてを壊し、止めに入るであろう管理局の優秀な魔導師もまた皆殺しにするのを見守るだけだ」

 

ティアナ「何を言ってるのアンタはッ!」

 

 ティアナが声を荒げる。

 その向こうでは、醜い巨竜が早くもビルを崩し始めている。

 

ティアナ「そんな制御不可能な魔獣を召喚して、すべてが思い通りになると思ってるのッ? アンタも死ぬわよ、敵味方も区別がつかない狂った獣に、動けないアンタなんか格好のエサじゃないのッ!」

 

メガイラ「覚悟の上だ。クレルカルの召喚式は、私が行動不能になることで発動する仕組みになっていたからな。これで、黄昏教団の障害を一つでも排除できれば本望……!」

 

ティアナ「……何バカなこと言ってんのよ?」

 乱暴に胸倉を掴んで、引き上げる。

 

ティアナ「教団のヤツらはね! アンタのことなんて道具程度にしか思ってないのよ! アンタが死んでも代わりはいる、消耗品なんて いくらでも使い捨てればいい! その程度にしか思ってないヤツのために なんで そこまで義理立てすんのよッ!?」

 

 邪竜が咆哮を上げる。

 大砲のような魔力弾を いくつも作り出し、狙いもつけずに乱射する。巻き起こる爆風が、ティアナの髪をはためかせる。

 

メガイラ「キサマに何がわかる……!」

 

ティアナ「わかるわよ! 私はアンタんとこの上層部と戦ったことがある、アイツらがどんなゲス野郎かなんて充分すぎるほど知ってるわよ!」

 

 アレクタの復讐心に付け込み、思いのままに操ってきた黄昏教団。

 聖王オリヴィエを悪玉にし、自分たちの正当性にしようとする黄昏教団。

 そのために、現代に生まれた聖王の遺児すら邪悪に仕立てようとする黄昏教団。

 そして今、目の前の憐れな女を、狂信によって使い捨てようとしている黄昏教団。

 

 ああ、ハラたってきた。

 

 すでに諦観してるメガイラを投げ捨て、ティアナの視線は、暴れまわる巨竜を向く。

 幻獣クレルカル。

 それがあのドラゴンの名だという。

 

ティアナ「幻獣ね、…もしフェリックスもヤツらの手に落ちてたら、こういう風に使い捨てられてたのかしら?」

 

 巨竜が吠える。

 ティアナを獲物として認識したようだ。その爬虫類の目が、ギロリとこちらを向く。

 ティアナは そんなものに臆することなく、例のピルケースを取り出した。一錠の飲むごとにティアナの魔法力を爆発的に増大させるカプセルだ。

 ティアナは それを一錠、などとはいわず、ケースごと直接口へ運び、数もかまわずジャラジャラと流し込む。

 

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 

 

 

 

 

 

    ――― Extra Power charge!!

          (エクストラ パワー チャージ!!)

 

 

 

 

 

 ティアナの山吹色の魔力光が、眩いばかりに輝きを増し、白色に輝く。

 その凄まじさは、凶暴な邪竜すら たじろがせるほどだった。

 ティアナは、自分の体を内側から粉々にしそうな魔力の噴出に耐えながら、次の行動に移る。

ティアナ「クロスミラージュ! 全機能強制停止! シャットダウンから6秒後に再起動設定!」

 

 No. master!

(従えませんマスター!)

 

 クロスミラージュが、命令を拒否する。

 

 No Turn off now! Pleas manage me! I'm your device!

(今は それどころではありません、今こそ私を役立ててください、私はアナタのデバイスです!)

 

 しかしティアナは、命令に従おうとしない己のデバイスを、無言のまま床に投げ捨てた。

 

ティアナ「………借り物をブッ壊すわけにはいかないのよ」

 

 そうして、今度は自身の右足の靴を脱ぐティアナ。

 一体何をしようとしているのか。

 靴を脱ぎ、その下から現れた素足は、なんと金属製の足だった。

 

メガイラ「………義足ッ?」

 

 地に伏しながら、ことの成り行きを見守るのみのメガイラは呟く。

 

メガイラ「まさか…ッ! その義足…ッ! 魔法デバイスか……ッ!」

 

ティアナ「一流の魔導師は、奥の手を隠しもっておくものよ。………私の場合は、奥の手じゃなく奥の足だけど」

 

 機械機構をもつ、義足型のデバイスの中へ、魔法カートリッジを挿入する。

 チャージカプセルによって爆発的に増加する魔力もあいまって、ティアナの義足は、今にも破裂せんがごとき超魔力を漲らせる。

 目の前には邪竜の巨体、対峙するのは小さな人間、しかしその人間は、百戦を潜り抜け、経験と傷を積んだ猛者として立っている。

 

ティアナ「……この5年、私も色々経験してきた。痛い思いもしてきたし、もう二度とゴメンだって目にもあった。……それでもまだ、心のひなびた私が怒りを覚えることはね…………ッ」

 

 他人を利用すること。

 他人の人生を、自分の思い通りに操れると思い込むこと。

 

ティアナ「それだけには腸が煮えくり返るわッッ!」

 

 ティアナは跳んだ。

 魔力で強化されたティアナの跳躍力は、一飛びにして、巨体をもつクレルカルが首を上げなければならないほどだった。

 重力に従って、その熟れた肢体が落下する。

 その先には邪竜の頭部。

 ティアナは計算どおり、その脳天に狙いを定め。

 その右足を鉞(まさかり)のように振り上げる。

 それと同時に、義足型のデバイスから空薬莢が吐き出される。

 

ティアナ「猛毒の白光……ッ! ヴェノムブレイカーッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ――― Venom Breker!!

 

 

 

 

 

 

 ティアナの蹴脚が、幻獣クレルカルの頭部を捉えたインパクトの瞬間、空が白色に包まれた。

 すべてを洗い流す漂白の光。

 究極の清浄こそが究極の毒であるとばかりに つんざく白光は、邪竜を頭から包み込み、細胞一つ一つからして消滅させる。

 巨大な魔獣がなすすべなく消去されていく様を、ミッドチルダの人々は地上から見上げた。

 それはまるで、魔獣が天に喰らい尽くされているかのような光景だった。

 あるいは彼もまた黄昏教団の被害者であったのかもしれない魔獣は、こうして世界から完全に消去された。

 

 ――――どすん、

 

 という音をたててビルの屋上に転がり落ちたのは、大技を成功させたティアナだった。

 受身を取るのも忘れて、コンクリートに全身を打ち付ける。

 

ティアナ「げはっ! ……が、ぐえふ……ッ!」

 

 見事 魔獣の撃退に成功したものの、彼女の全身には その代償にしても過大すぎるダメージが刻まれていた。

 特に、最後の大技を放った右足の義足デバイスは、異常な高熱と煙を放ち、フレームもひしゃげ、完全に大破してしまっていた。

 成長したティアナ=ランスター最大奥義・ヴェノムブレイカーを放った代償だった。

 

ティアナ「……元々、ファントムレイザーのジェノサイドモードでしか撃てない魔法だもんねー。…クロスミラージュでやらなくて本当によかった」

 

 と悪態をつきつつ再び咳き込む。痙攣する体を押さえつけ、震える手で新しいタバコを取り出し、火をつける。

 …ニコチンが動脈に乗って全身に行き渡るのを待ち、やや落ち着いたところで立ち上がり、大破した義足を引きずり進む。

 満身創痍ではあったが、今度こそ戦いは終結した。

 投げ捨てたクロスミラージュを再び拾う。

 

 Are you all right? Are you all right?

(大丈夫ですか? 大丈夫ですか?)

 

ティアナ「平気よ………」

 

 平気だ、という声と共に血を吐いた。

 ヴェノムブレイカーの反動は それほどまでにティアナを蝕み、ダメージを与えていたのだった。

 周囲は、クレルカルが放った魔力弾で起きた火災と、ヴェノムブレイカーの爆風で半壊したビルの粉塵で、騒然となっていた。

 その中で、すべての元凶となったテロリスト・メガイラは、相変わらず動くこともできずに、倒れ伏している。

 足を引きずってきたティアナと目が合う。

 テロリストの計画を、何から何まで台無しにした憎い女。

 

メガイラ「………悪魔め」

 

ティアナ「いいわよ、悪魔で」

 

 ティアナは艶然と笑った。

 

ティアナ「悪魔らしい やり方で、アンタの悪戯を清算してあげる」

 

 クロスミラージュの照準が、動けぬメガイラの頭部に狙いを定める。それはまさに死刑囚を捉えたギロチンの刃そのものだった。

 

ティアナ「アンタの神に、祈りなさい。天国にいかせてくれってね」

 

 そして、トリガーが引き絞られ―――、

 

 

 

フェイト「やめなさいティアナ!」

 

 

 

 ―――る寸前、ティアナの腕が掴まれる。

 黒い軍服のごときバリアジャケットを着た魔導師が、いつの間にかティアナの すぐ隣に立っていた。

 ティアナは それを虚ろな目で見返す。

 

ティアナ「……フェイトさん」

 

フェイト「……ティアナ、本当にアナタなのね」

 

 5年ぶりの再会。

 幻獣クレルカルの出現と、炸裂した巨大白光によって この場所を特定したのだろう、息を切らしたフェイトは、ティアナの腕をシッカリと握って放さない。

 ティアナは憫笑した。

 

ティアナ「よかったわね、テロリストさん。神様はアンタを助けてくれたわよ?」

 

 もしフェイトが到着するのが少しでも遅れていたら、ティアナは本当に敵の頭を撃ち抜いていただろうか?

 クロスミラージュが、銃形態から待機モードのカード型に戻る。

 ティアナは無言のまま、その場から去ろうとした。

 もう この場に用はない。テロリストは倒したし、本職の執務官も来てくれた、あとは この人が どうにでもしてくれるだろう。素人が介入していい時間は過ぎたのだ。無関係者は すみやかに消え去ることにする。

 だが それはできなかった。

 フェイトが、ティアナを掴まえる手を、依然として離そうとしなかったから。

 

ティアナ「……フェイトさん、相手が違いますよ、アナタが捕まえるのは そっちでしょう?」

 

 テロリストを指し示す。

 しかしフェイトの手は、やはりティアナを握ったままだった。

 

フェイト「………お願い」

 

 フェイトが言う。

 

フェイト「……お願いだから、ティアナ、ここにいて」

 

 手で掴むだけでは飽き足らず、今度は全身で抱き寄せる。彼女は泣いていた。声が震えているので、そう気付いた。

 でも なんで この人は泣いているんだろう?

 ヴェノムブレイカーの反動で混濁した意識の中、心底 不思議に思うティアナだった。

 

       to be continued


 
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