夢
夢を見ている
真っ白のはずの世界の中で
夕日の中、真っ赤に輝いていて
もう泣いたっていいんだよって
強がりなんて言わなくてもいいんだよって
わがままを言ってもいいんだよって
言いたかったのに
出かけた言葉は
声になる前に消えていって
君の姿が
赤く燃える雪の中に霞んでいって
悔しくて
悲しくて
苦しくて
後悔の涙を、いつまでも流していた
相沢祐一の役職は、一応、劉玄徳の親衛隊隊長ということになっている。その役職に本人がどれだけの思い入れを抱いているかは脇に置いておいて。
なので、基本的に桃香が市なんかに買い物なり、視察なりに行く時は祐一が大抵同伴する。
この日もまた、桃香の街を見に行きたいという要望に応えて、祐一が護衛として同伴している。
こうして領主が街を楽しみながらブラブラするというのも、文官の補強策が成功した最近になってようやくできるようになったことである。
街の人間の信頼も勝ち取り、買い物をしたら店のおじさんが笑顔でおまけをくれるようにもなった。
ただ、
「きょ~うも楽しくみっまわりだ~」
一応、警邏だということにしているから、遊んでばかりいるわけにもいかないのだが。
「ご機嫌だね~」
「だってだって、乱も終わってみんなが平和に暮らしてるのを見たら、私たち、ちゃんと頑張れたんだ~って楽しくなってくるんだもん♪」
「いや、まあ…」
「?祐一さん、何か気になることあるの?」
「いや、確かに黄巾の乱は終わったんだけどさ…」
漢の皇帝である霊帝の崩御によって、それまでくすぶっていた権力争いが具現化。
宮廷を牛耳る宦官・十常侍と、霊帝の母である菫太后は劉協を。
霊帝の妻である何大后と、その姉の大将軍・何進は弁太子をそれぞれ擁立したが、勝負はすぐに少帝弁の即位という形で決着がついた。
しかし、十常侍はそれで納得するはずもなく、何進を姦計にかけ、盾をなくした何大后を洛陽から追放した。
それに反発した軍部の将軍が報復とばかりに十常侍を急襲し、その数名を排除。
しかし、これを予期していた十常侍筆頭の張譲は、少帝弁と劉協をつれ都より逃亡した。
そんな報告を最近聞いた祐一としては、そろそろ平和な時間とかお終いなんじゃ?とも思い始めていた。
だが、あえて今このタイミングで当社比200%で幸せそうな顔をしている桃香に水を差すこともないと思い、何も口に出さずに言葉を濁した。
「なにはともあれ、今現在、平和にのんびりと、誰にとがめられることもなく散歩ができる。……平和なことは素晴らしき事哉。」
「二日に一回は仕事ほったらかして散歩しにいって、愛紗ちゃんに思いっきり怒られてた祐一さんが平和の筆頭に散歩をあげるんだ……」
ちなみに、黄巾の乱の最中も祐一は陣を抜け出して散歩をしていたりした。
「でも、みんながこうやって平和な時間を大切にすれば、戦いなんて起こらないと思うんだけどな……」
「でも、言っただろ?簡単には戦いは無くならないって。極論、そこに複数の人間が居れば争いが起きるのは当然だとも言える。」
「うーん…やっぱりそうなのかなぁ…」
「世界中の人間が桃香みたいなポケポケした天然ちゃんなら争いなんて起きないんだろうけどな。」
「うぅ…どうせ私は天然ですよーだ…」
「おお!?自覚してたのか!!」
「…祐一さん、ちょっとは励まそうとか思わないの?」
「思わない。」
「うぅー…」
祐一が、さてこれからが本番だと桃香いじりのネタを探していた、そんなとき、
「そこの人っ!」
という言葉が聞こえ、祐一はそちらに目を向けると、
「どいてどいて~!!」
すぐ目の前に、まったくスピードを落とそうとしないで走ってくる少女を見た。
「……うぐぅ……」
「………祐一、さん?」
「……………うぐぅ……」
ちょっと、桃香と目を合わせられない祐一である。
『さあ、からかおう』と意気込んだ相手に思いっきり劣勢に立たされているという、慣れない状況におかれて、とりあえず耳についた言葉を発して、一瞬で後悔した。
「(何だ、“うぐぅ”って。)」
何故こんなことになったかと言えば、祐一が桃香の親衛隊長としての仕事をこなしたからであろうか。
かなりのスピードで走ってくる少女A。彼女の進行方向には桃香。二人の間に祐一。かわせば桃香に強烈なタックルが決まると察した祐一はとっさに少女を投げ飛ばした。
一本背負いで。投げるときにとった右腕も容赦なく離して。結果、少女は上手く受け身をとることもできずに酒屋に叩きつけられた。
そうして気を失っている少女は、茶髪のセミロングに赤いカチューシャのような髪留めを付けて、背丈は朱里や雛里より若干高いくらいで顔立ちも幼さを感じさせる。
鳥の翼を彷彿とさせる装飾付きの鞄という風変わりなものを背負っていて、しかし着ている服は粗末な麻製の平民が着るようなもの。倒れた少女のそばには紙袋も転がっている。
そんなこんなで、祐一は一つ最悪の予想があるわけである。
友達と鬼ごっこで遊んでいる最中の女の子。または、親に頼まれたおつかいの帰り道の女の子。
大問題である。
とりあえず、今後似たようなことが起きたら桃香にセクハラまがいのことをしてでも“避ける”を選択しようと反省したところで、今のこの現状をどうにかするための行動を開始した。
「おーい、幼女A?大丈夫か?」
「ようじょえい?……えと、『要!除栄?』」
「……除栄さんとは医者か?この辺の人なのか?」
「え?えと、その…」
「まったく。桃香、慣れないヤツがネタに走ると大抵が墓穴を掘る結果になるんだぞ?」
「え?そ、そういうつもりじゃなかったんだけど…」
「いかんな~…俺の弟子なら即座に新たなネタをかぶせなきゃ失格だぞ?」
「え?え?」
「そうだな~例えば…」
人垣ができて、若干さらしものじみてきたが、祐一は引かず、言葉を止めない。
だが、きちんと視界の端には先ほど自分が投げ飛ばした少女をとらえている。
『幼女A』と声をかけた時に、少しではあるがちゃんと反応していたから大丈夫だとは思っていたので。
だが、
「うぐぅ…ボク、ほったらかし?」
起き上がらないまま出してきた“仮称・幼女Aこと少女うぐぅ”に即座に反応できず、微妙な敗北感を感じた祐一だった。
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十九話投稿です。
祐一君が桃香になんやかんや言ってますが、一月前の自分に言ってやりたいです。
もうちょっと祐一君のキャラをおとなしくしてほしかったと。
本当は土曜日には投稿する予定だったんですが、一話丸々書きなおしたため完成が今日になりました。すいませんでした。