数え切れないほど多くの足が、床を叩く。
ミッドチルダ次元港。
次元を切り拓き、人の足では到達できない場所にまで人と人とを繋ぐ超越技術の港は、今日も旅人たちの喧騒に溢れ返っていた。
出発する者、帰還する者、そして見送り、出迎える者。
そして今、到着ロビーで そわそわと立ち尽くしているショートカットの女性は、きっと出迎える者に属するのだろう。
青みがかった黒髪に、どこかの公務員と思しき白い制服を着た、にもかかわらず少年のような元気溌剌さを内に込めた女性。
スバル=ナカジマは、待ち人が到着ゲートを開いて現れるのを、今か今かと待ちわびていた。
スバル「……あッ! おーいッ、キャロ! エリオ!」
ゲートが開き、お目当ての二人を見つけて、スバルは欣然と手を振った。
相手の方も、スバルのことを すぐに見つけられたようで、手を振りながら駆け寄ってくる。
自然保護隊に従事しているエリオ=モンディアルとキャロ=ル=ルシエ。
二人が長期休暇をとって、懐かしきミッドチルダに戻ってきたのだった。
今回の集合目的は、同窓会。
かつて機動六課で共に戦った仲間たちが、旧交を温めるために再び集合する。再会の喜びと、互いの近況を述べ合いながら、三人は出口へと向かう人の流れに乗る。
エリオ「……スバルさん、こっちの方向ってメトロですよね? 乗り換え大変じゃないですか?」
スバル「へへへー、長いこと離れてたエリオたちは知らないだろーけどね、最近 直通の路線が一本できたんだ! 超速いよー、私なんか ここに来るのに10時起きで間に合ったもん!」
キャロ「わぁー、都会ってドンドン便利になっていきますよねー」
などと、とりとめもない会話が三人の間で交わされる。
スバルにも、エリオ・キャロにも、それぞれの仕事があり人生がある。だから離れて暮らすのは仕方のないことだ。だが それでもかつて同じ釜の飯を食い、共に困難を乗り越えた絆は断金で、こうして たまに会えた日は、それまでの無沙汰を埋めようとするかのごとく、際限なく会話が弾む。
スバル「なのはさんたちは、5時に仕事が終わってから こっちに合流。……そしたら前線メンバー再結集だね」
スバルが これからの予定を確認するかのように言う。
キャロ「ええ、すっごい楽しみ! ヴィヴィオちゃん、どれくらい大きくなってるかなぁ」
スバル「もしかして、もうキャロの背丈追い越してたりして~」
キャロ「スバルさんヒドイです、そんなこと言って~ッ」
かつて苦楽を共にした仲間であるだけに、久々の再会は全員の心を暖める。
この人たちとは心が通じ合っている、何でも分かり合える、そう感じた。
スバル「二人は、こっちいる間はフェイトさんとこ泊まるの?」
エリオ「ええまあ、必然的に なのはさんとヴィヴィオちゃんの家ってことにもなりますけど……」
キャロ「せっかくだからスバルさんも一緒に泊めてもらいませんか? そしたら機動六課前線メンバー、全員集合でお泊り会です!」
スバル「………全員じゃないよ」
スバルが、務めて穏やかに、しかし キッパリとした口調で言った。
気まずい空気が流れ、それを振り払おうと、意を決したようにエリオが言う。
エリオ「あの…、スバルさんは、まだ捜すのを やめてないんですか?」
スバル「…………」
スバルは答えない。今さら後には引けないエリオは、おずおずと、その後を続けた。
エリオ「……その、ティアナさんのこと」
ティアナ=ランスター
エリオにとっては その名を口に出したことすら久方ぶりのことだった。数年来 会ってもいない人間の名を口に上らせるほど、若い彼は閑穏とした人生を送ってはいなかった。
それを受け、スバルは懐からあるものを取り出す。
それは一枚のカードだった。タロット大の金属製のカード。それはミッドチルダで魔導師を名乗るものなら誰でも所持している魔法運用の補助デバイス、その通常待機モードの姿だった。
しかしこれは、スバル=ナカジマのデバイスではなかった。彼女には彼女用のデバイスが他にある。
では何故スバルは、自分のものでもないデバイスをこうして持ち歩いているのか?
スバル「ティアに会ったら、真っ先に渡したいから…」
クロスミラージュ
それがこのカード型デバイスの名称だった。
5年前、まだスバルやキャロたちが半人前だった頃、彼女らは機動六課という先進的なシステムを持った部署に配属され、みずからを鍛えていた。
尊敬できる先輩、困難な試練、みずからを磨き上げるために最高なものが、すべて揃った場所だった。そんな機動六課にいたからこそ、今の自分はあるのだとスバルもエリオもキャロも疑いなく思う。
そしてもう一人、あの頃は こうして並んで歩く列の中にもう一人のメンバーがいた。
それがティアナ=ランスター。
新人メンバーの中でも最年長、皆のまとめ役として頼りになって、冷静で、なのはやフェイトを母親とするならば、彼女は四人兄弟の長女、そんな存在の人だった。
かつて時空管理局始まって以来の大事件に立ち向かい、皆で試練を乗り越えて、自分たちの絆は誰にも断ち切れないと思っていた。
機動六課が その役目を終えて解散となり、スバルは特別救助隊へ、キャロとエリオは自然保護隊へ、そしてティアナは執務官補佐試験に合格し、当初からの目標だった時空管理局執務官の道へ大きな一歩を踏み出した、そう思った矢先だった。
ティアナ=ランスターが失踪したのは。
残されたのは彼女が相棒として使い込んできたインテリジェンスデバイス・クロスミラージュ。そして簡素な文面の除隊届け。
皆、必死になって彼女を捜した。
スバルは勿論、彼女らの直接の上司である なのはやヴィータも、警察機関にまで頼んでミッドチルダ中を捜したけれど、それでもティアナが仲間たちの前に現れたことは、あれから5年後の今日まで一度もない。
スバル「…私、ティアナのことなら何でもわかってると思ってた」
スバルは追憶するように言う。
スバル「……でも、私全然気付けなかったんだ。ティアが、皆の前からいなくなるほど何かに悩んでたんだって。ティアがいなくなって初めて気付いた。だから私は、ティアを見つけたい。見つけたら、このクロスミラージュをティアナに突っ返して、まずこう言うんだ、『コラ ティア、相棒を置いてっちゃダメだぞ』って!」
Thanks friend
クロスミラージュが、デバイスならではの電子音声で発声する。
スバル「それで、事情を聞く、なんで六課からいなくなっちゃたのか、5年経って本人が忘れてても絶対に聞く。5年前に やれなかったことを今からでもやり直すんだ」
それは口だけのことではなかった。
実際この5年間、スバルは特別救助隊の激務の間を縫い、休暇を見つけては、ティアナを探して様々な異世界を旅してきた。
旅の手がかりは、噂。
どこそこに、銃型のデバイスもしくは幻術魔法を使う凄腕の魔導師がいると聞けば、飛んでいって会いにいく。
「ティアぐらい凄い魔導師なら噂にならないわけないもんね」とスバルは自信たっぷりに言う。
無論成果は むなしいものばかりだ。不確かな噂を頼りに行っても会えないケースが ほとんどで、よしんば会えたとしても、まったくの別人などというオチが すべてだった。
そんなことを、もう何度も何度も繰り返しているスバルだった。
スバル「実はね、もう新しい情報を仕入れてあるんだ!」
スバルは、エリオとキャロに弾む声で言う。
スバル「第156異世界、……ここがまだ自然手付かずの開拓エリアなんだけど、そこのサバンナパトロールに、“クィーン”っていう凄腕の銃型デバイスの使い手がいるんだって!」
キャロ「くぃーん?」
キャロは首を捻る。
エリオ「聞いたことあります、同じ職種ですから」
スバル「アレ、そうなの?」
エリオの発言にスバルは拍子抜けした顔をする。
エリオ「ええ、自然保護隊もサバンナパトロールも、密猟者の摘発が仕事の一つですから。……156世界の“クィーン”っていえば、たしかに同業者の間では有名です、たしか現地を支配する幻獣と、一対一で戦って負けなかったとか……」
キャロ「その幻獣って、ヴォルテールと どっちが強いのかな?」
エリオ「あっちの方じゃないかな? なんでも その幻獣は、人の制御なんてまったく効かないそうだし…」
キャロ「…………」
エリオ「…いえ、ヴォルテールが最強です」
そんな二人のやりとりに、スバルはクスリと笑う。
スバル「だからさ、そんなに強い魔導師ならティアの可能性大なワケじゃない? だから私 次の休みに飛んで行くつもりなんだけど、未開拓エリアだから手続きが面倒でさーッ! ビザの申請とか、伝染病の予防接種とか、やることが超多くて たまんないんだよーッ! そうこうしてるうちに またティアどっかに行っちゃうかもなのにーッ!」
そう言って身悶えするスバルを見詰め、エリオはフッと寂しげな感情に襲われる。
…何故ティアナさんは、こんなに いい友だちを置いて消えてしまったんだろうと。
人に大切に思われるのは、本当に得難いことなのだ。それを ちゃんとティアナはわかっているのだろうか。
エリオは、この5年間一度も顔を合わせていない戦友の顔を思い浮かべようとして、…結局できなかった。もう5年、彼女だって機動六課にいた頃と まったく変わらずにはいられまい。変わってしまった彼女の顔を、もはや想像できない。
エリオ自身も この5年で まったく変わった。喉仏も出てきたし、顔つきも骨ばってきた、毎朝ヒゲも剃らなくてはならない。
ティアナさん、アナタは今、どんな顔をしているんですか?
こんなに いい友だちを置き去りにして、
満ち足りた顔をしているんですか?
*
そして場所は変わり、ここは第156管理外異世界。
時空管理局が付けた文化レベルは1、ほとんど山と草原に囲まれただけの広大な土地に、ホンの一握りの人間が入植し、ささやかな街を築き上げている程度の世界だった。
エリア内の自然は手付かずで、他世界においては絶滅したと思われていた希少種が、まるで奇跡のように群れをなし生き延びている。そんな希少動植物を保護し、研究することを目的として人の移住を許されたのが、この156世界。
地平の限りに広がるサバンナの草原。
草原の緑を、空の青を染め替える、極彩色の鳥の羽。
我が物顔に陸を練り歩く大型肉食獣、巣穴から顔だけを出す小動物、肉食魚が潜む濁った川。
そんなものたちで溢れかえった世界だった
そして、そのような貴重なものがあるからこそ、保護とは まったく別の目的で、ここへやってくる者がいる。
密猟者だった。
密猟者「………くそッ!」
一台のジープがサバンナを激走する。周囲の環境など気にすることなく、サバンナの草を踏み倒し、虫や小動物の巣穴を壊して、それでもジグザグに、行く先を見失うかのように蛇行する。
密猟者「…くそッ! くそッ!」
ジープの運転手は またも悪態をついた。
その後方、サイドミラーでハッキリ確認できるほどの距離には、魔法動力バイクがピッタリと併走している、オフロード仕様で どんな悪路であろうと難なく走破できる機体だ。
ジープの運転手は、このバイクが鬱陶しくて鬱陶しくて仕方がなかった。もう殺してやりたいほどに。
運転手の若い男は、前方の原っぱに何の障害物もないことを確認するとハンドルを放し、代わりに助手席に立てかけてあったショットガンを掴む、運転席から立ち上がり、180度後ろを向いた。
密猟者「喰らいやがれッ!」
罵声と共に吐き出される銃弾。
猛獣を仕留めるために用意されたスラッグショットの散弾が、今は人間に襲い掛かる。
バイクに乗った追っ手は、浴びせられた散弾を避ける術もなく、完全に命中した。体中に穴が開き、バイクの走行も右へ左へとブレ回る。
密猟者「fxxk! ザマあ見ろッ!」
運転手の若者は、自分の応援する野球チームのバッターがホームランを打ったときのような、能天気な歓声を上げる。
しかし その爽快感は、すぐに困惑へと変わった。
何故なら、散弾を まともに浴びたバイクと その乗り手の様子が変わったからだ。散弾に穴だらけになったライダーは、その姿が急速に薄れていく、まるでテレビの砂嵐でも見るかのように画像が乱れ、人とバイクの輪郭も崩れ、最後には まったく無となって消失した。
人間一人と、バイク一台が。
まるで虚空に映った幻であるかのように。
密猟者「……幻術魔法?」
ジープの若者が思い至った その瞬間、今度は彼の方が大きな衝撃に見舞われた。
いつの間にか彼の すぐ隣に、さっきの幻影と まったく同じ外見をしたバイクが、完全併走していたからだ。
ライダーは、何も言わずにホルスターから拳銃を抜き出すと、ジープの前輪目掛けて、これまた無言で2発叩き込む。
ズドン! ズドン!
タイヤをパンクさせられたジープは、これは溜まらんとばかりに地面の凹凸につまずき、横転する。
密猟者「ぎゃああああああああッ?」
走行の勢いのままに投げ出される運転手の若者。
そして彼と同じくジープの後部座席から投げ出された物品は、動物から切り取った牙や角、剥ぎ取った毛皮、いずれも貴重な絶滅危惧種から奪ったもので、ミッドチルダで売りさばけば何百万もの金品に変わるものばかりだった。
?「………密猟者ね」
ライダーが、バイクから降り、地上に投げ出された密猟者の頭部に拳銃を……、いや、拳銃型の魔法デバイスを押し付ける。そのデバイスは見るからに大きくて厳つく、その銃口から吐き出された弾丸なら猛牛の頭も爆散させそうだった。
いわゆるハンドキャノンだった。魔法デバイスといえど人間相手に使う代物ではない。
そんなものを突きつけられるワケだから、ジープの若者改め、密猟者の若者は噴出す脂汗が止まらない。
密猟者「幻術魔法にバケモノみたいな拳銃デバイス……、そ、そうか、テメーがクィーンだな?」
密猟者は、このサバンナに入る前にガイドの現地人から聞いた注意を思い出した。
―――このエリアにパトロールは数多くいるが、クィーンにだけは見つかってはいけない。もしクィーンに見つかったら、何も考えずに逃げろ、ゲットした獲物も捨てて全力で逃げろ。
―――そうすれば、運が よければ捕まらずに済むだろう。
と。
その後聞いたクィーンの特徴を当てはめるに、コイツが そうであると思って間違いない。
クィーン…、それが本名とは思えないが、ともかく そう呼ばれるサバンナパトロールは、機械のような抑揚のない声で言う。
?「このエリアでの密猟に対する罰則は知ってる?」
拳銃を突きつけたまま続ける。
?「中央刑務所に5年以下の服役か、2万ドル以下の罰金。パトロールの詰め所に着くまでの間どっちを選ぶか よく考えておくことね」
クィーンは密猟者の腕を引っ張り、無理からに立たせようとする。
しかし密猟者の若者は それを振り払った。まるで自分に そうする権利があるとでも言うかのように。その若者は軽薄そうな長髪をしていて、それが笑うたびにフルフルと揺れる。
密猟者「………弁護士を呼んでくれ、それまでオレは何も喋らねえ」
密猟者は ふてぶてしく言った。
密猟者「オレは密猟者なんかじゃねえよ、ただの善良な観光客さ。あの象牙や毛皮は、あっちの草原で拾ったんだ。多分ホンモンの密猟者が置いて行ったんだろうぜ?」
?「そんな言い訳が通じると思っているの」
密猟者「通じるさ、なにせオレのオヤジは中央ミッドチルダの上院議員だからな!」
バカめ! と この密猟者の若者は思った。
密猟をやるのが貧乏人ばかりだと思ったら大間違いだ、このオレみたいに趣味と実益も兼ねたヤツだっているんだよ。
都会でやるような、動かない的を撃つのにも もう飽きた。だから今度は生きている獲物を撃ちたかったのさ! しかもバカどもが有り難がるような珍しい動物を! それから剥ぎ取ったモノでアクセサリーやコートを作って、彼女にプレゼントすれば一石二鳥じゃねえか。
そんなオレ様の崇高な趣味を邪魔しやがって! 何様だよ! 超ムカつく! 若者の腹中にドス黒い悪意が渦巻いた。
密猟者「ミッドチルダの議員の息子をよ、こともあろうに密猟者と間違えて逮捕したんだ。…大失態だよな? パトロールなんてチンケな組織の存続があやうくなるぐれーな?」
若者は今や立ち上がり、逆にクィーンの方を見下ろさんばかりだった。
そして改めて、
自分の邪魔をした、この憎い役人を見て、ふと思った。
今さら言うのもなんだが、このクィーンとかいうパトロールは女だった。
まあ、クィーンとか言われるぐらいだから当たり前かもしれないが、しかも物凄い上玉だ。陽光をキラキラと反射するオレンジに近い赤毛。充分に発育した肢体は、サバンナパトロールの無骨な制服の上からでも魅力が溢れて隠し切れない。痩せすぎず太りすぎず、見事に均整の取れたプロポーションだった。
その上 顔もよい。鼻筋のスラリと通った逆卵型の輪郭に、瞳の色は冴え冴えとするほど冷たい、気品が漂うほどに。これだけの美しさをもつのなら、クィーンなどと仇名されるのも頷ける気がした。
若者の腹中に、先ほどとは別の意味でのドス黒い感情が渦巻いた。
密猟者「なあ姉ちゃん、アンタの誠意次第では、この件 水に流してやってもいいんだぜ?」
若者は下心丸出しで言う。
?「……どういう意味?」
乗ってきた! 若者は笑いを必死で噛み殺した。
密猟者「なあに簡単さ、オレが ここを旅行中、アンタが俺の恋人になってくれたらいいのさ。それで今日アンタがオレにやった悪行は全部忘れてやるよ? いや、もっとイイ思いができるかもだぜ?」
?「何を すればいいの?」
密猟者「オッケー オッケー! 話が早いのはイイ女の条件だ! ……そうだな、じゃあまず ここでキスしてもらおうか?」
そう言って若者は、自分の唇を突き出す。
?「……わかったわ」
それに応えてクィーンは、この御曹司の言うとおりに、相手の唇に口付けた。
自身の持つ、拳銃デバイスの銃口を。
密猟者「げぼぇッ?」
若者は、一瞬何が起きたのか理解することができなかった。彼の口に捻じ込まれているのは、あの凶悪なまでに巨大なハンドキャノンの銃身。それを無理やり捻じ込んだ衝撃で、若者の前歯が3、4本折れた。口からブザマに血を流すが、それすらも かまっていられないほど、この場は殺気を帯び始めている。
?「キスがしたいんでしょう? ならタップリとしなさい、――このファントムレイザーの銃口とね」
彼女のもつ拳銃型アームドデバイスが鈍く光る。
逆に若者は、つい先ほどの傲岸さとは打って変わって、涙を流しながら泣き叫ぶ。
密猟者「ふごーッ! ふごーッ!」
拳銃デバイスを口に捻じ込まれて人の言葉も喋れないが、命乞いのようなことを言っているのかもしれない。
それでも、この銃身は、慈悲によって引き抜かれることはなかった。
?「アンタの神に、祈りなさい……」
クィーンは、言った。
?「………天国に行かせてくれってね」
サバンナの青空に、銃声が響いた。
その轟音に、草を食んでいた草食動物は怯えて逃げ、逆に死肉を喰らうハゲタカやハイエナたちが、引き寄せられるように集まってくる。
バカなボウヤだ、と、クィーンと呼ばれる女性は思った。
正確にはサバンナパトロールは公務員ではないのだ。完全な宮仕えである自然保護隊とは違い、彼女らは密猟に憂う地元の名士が、私費によって雇ったアルバイトのようなもの。だから中央の議員の命令になど従う必要はないのだ。
せめて彼女がパトロール詰め所で引き渡す保安官相手に言えば、少しは結果も変わっただろうに。
今、彼女の眼下では、スカベンジャー(死肉専門の肉食獣)たちが掃除の真っ最中だった。あともう10分と経たずに、この若者がいた形跡は この世の何処にもなくなる。
あとは、大自然を舐めた青年が、サバンナをフラフラしているうちに行方不明になった、という事実が残るだけだ。
哀れな動物たちの象牙や毛皮は、埋めれば土に返るだろうし。乗り捨てられたジープは街の目ざといジャンク屋が この日のうちにパクって解体してしまうだろう。
クィーンは、街へ帰ることにした。
パンツの尻ポケットからシガレットケースを取り出し、タバコを一本 咥えて火をつける。
紫煙が、サバンナの乾いた空気の中に 気だるげに漂った。
このクィーンの本名を、ティアナ=ランスターといった。
21歳になった彼女の顔には、もはや希望に満ち溢れた少女の可憐さはなく、大人の色香と憂いとが浮かび上がっていた。
to be continued
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リリカルなのは のifモノ。strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。
人間 真っ直ぐよりも多少ねじくれてた方が魅力がある。そんな筆者の世迷言をアウトプットした作品です。気に入ってもらえるかどうか はなはだ不安ですが、どうかお読みください。