「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーー!!」
「ぬああああああーーーーー!!」
相沢祐一は、現在軽くピンチである。具体的に言えば、軽い命の危機である。
別に、喧嘩をしているわけではない。訓練である。
とりあえず、此処に至るまでの経緯をきちんと語ることにする。
時は昼を過ぎたころ。美汐との昼食後どれだけの時間が過ぎたのかもわからないが、当初の目的だった勉強中の桃香に会いに行くことはかなわないと思い、何かないかと庭をさまよっていた。
「桃香はもう政務に戻ってるし、愛紗は調練だったよな…今このタイミングで美汐に会いに行くのも微妙だし、太も次も三も今日どっかに買いだしに行くって話だったし…」
とりあえず工兵隊の宿舎に行って、とあるモノの発注を個人的に頼み、その後完全に持て余した暇をつぶすための何かを探していた。と、
ヒュン……フォ…ヒュゥン…
鋭い風切音が聞こえた。特に何とはなしにその音の方へ足を向けた。それが、相沢祐一の地獄の入口であった。
向かった先には、いつもニコニコしていて、この己の力量を上回るほどの仕事をこなしまくる劉備軍においてマイペースを保てている鈴々が蛇矛を振りまわしていた。
振るってる本人より武器の方が長い、というのはこのご時世、そんなにおかしなことではないだろうが、鈴々の場合その得物は鈴々の身長の三倍か下手すれば四倍はある。
だいたい、一丈八尺の長さの武器が本当に存在することがおかしい。馬上でそんな武器持って振りまわしてたら、普通馬が潰れると思うんだが。
まあ、鈴々が騎馬に乗るとこは見たことないが。
一振り、ニ振り、三振りと蛇矛が振るわれているが、祐一はまともに切っ先を追えない。体捌きと目線から狙いを読むこともできるし、本気で相対すれば切っ先も見えないとは言わないだろう。
限界ぎりぎりの集中力を駆使してその切っ先を追い続けることもできるだろう。しかし、それでも、
「普通にやったら、どんだけ搦め手で攻めても勝てないな…。」
どの一挙手一投足を見たところで隙らしい隙はない。一手と一手の間もほとんどないし、しかし繰り出される突きは決して軽いものではなく、まともに食らえば一撃で墜ちるだろうと思わされる。
「燕人、張翼徳…か。」
「にゃ!?そこに居るのは誰なのだ!!」
「ああ、鈴々、オレオレ!」
「あ、お兄ちゃん。何してるの~♪退屈なら鈴々と遊ぶのだ!」
ああ、そっか。このご時世にオレオレ詐欺なんて無いよな~とか思いながら完成度の低かったボケに軽い自己嫌悪を感じつつ祐一は返事を返す。
「ああ、退屈で散歩してたから鈴々と遊ぶのは望むところなんだけどな、鈴々。」
「うにゃ?」
「武器捨てるなよ。」
駆けよってきたときに蛇矛をその場にぶん投げた鈴々に苦言を呈する。
「ほえ?」
「武器は武人の魂とか言うじゃん。そこらにゴミのように捨てるなよ。」
「武器は武器なのだ。」
「いや、まあそうだが。」
無垢な瞳を向けて、鈴々は何を言ってるの?とでも聞いてくるように小首をかしげる。
「矛でも剣でも、包丁と変わらないよ。戦場で戦うのも、傷つけるのも鈴々なのだ。ただ、包丁は戦場では不便だから矛とか剣を使うだけなのだ。」
「…!」
「にゃ?」
当たり前の事実で、祐一が黄巾党の乱の最中で聞いて回った覚悟を、水は冷たい方がおいしいよ?とでも言うようなトーンで当たり前のように語られた。
誰しもが決意と覚悟と共に認識すると思っていた事実を、そんな当たり前のように語られたことに少なくない衝撃と、その当たり前の事実に羨望を抱いた。
「なんでもないよ。偉いな、鈴々は。」
「なんだか誉められてるのだ…」
内心をあまり気取られたくないと思いながら、思いっきりなでつけた。
「にゃ~くすぐった…うにゃ!なんかぐちゃぐちゃにされてるのだ!?」
なんか祐一としてもやりすぎた気がしているが、今更な気もするので、やめない。
「む―…髪の毛がぐちゃぐちゃなのだ。」
「いや、ごめん鈴々。」
珍しく真面目に謝る祐一。まあ、非が自分にあると認めているときはちゃんと謝るのである。
「そう言えば、鈴々は今日仕事休みか?」
「午前中は兵の調練とかやってたのだ。それで……そう言えば今は鈴々、鍛錬の途中だったのだ!」
「遊ぶのは後、ごめんねお兄ちゃん!構ってあげられないのだ。」
「そ、そんな…」
まるで、この世の終わりを眼にしたような態度で言う祐一。勿論わざとだが、これが引き金になったのだろう。
「それじゃあお兄ちゃんも鈴々と一緒に鍛錬するのだ!」
「あ、いや、鍛錬ていっても実力の差が…」
「鈴々は天下で一番強いから、誰と戦っても差があるのだ!だから胸を借りるつもりで鈴々に鍛えられるのだ!」
「うわっ!なんか此処まで来ると腹も立たないな!」
「腕が鳴るのだー」
祐一はらしくもなく、所詮鍛錬だ。とたかをくくっていたらしい。
だからこそ、あえて兵士に支給する剣を持って対峙した。
普段使う鬼丸よりも重く、あまり使い慣れない武器。だが、なにかあるたびにかの妖刀鬼丸を抜くわけにもいかない理由もあったしちょうどいい機会だと、祐一は思っていた。
そう。思って“いた”。
場面は、冒頭に戻る。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーー!!」
「ぬああああああーーーーー!!」
相沢祐一は、現在軽くピンチである。具体的に言えば、軽い命の危機である。
最初のうち、互いに軽く流してる感じの時はいい感じだった。
鈴々が少しノッてきてから、祐一は攻撃をかわしたり、流したりが増えてきて、いわゆる防戦一方になってきた。まだ、鈴々は普通に楽しそうだった。祐一も鍛錬としてはいい感じだった。
だんだん、武器がぶつかり合う手ごたえもなく、なんかいいようにあしらわれているように勘違いした鈴々が若干ムキになりだして、雲行きが変わった。
鈴々の攻撃は見切られ武器で受けるまでもなく避けられ、なのに一つの反撃もしてこない祐一にムキになったのだろう。
祐一からすれば、あんな突きや薙ぎ払いを受け止めたら腕がイカれるという思いから回避を選択しているのだが。
そして、攻めに転じれるタイミングを見いだせられないから反撃できないだけなのだが。
二、三回ほど懐に入り込もうとしたがそれは罠だというほどの速度で反応され、結局懐には飛び込めなかった。
別に鈴々は戦略上隙を見せたわけではなく、懐に突っ込んでいこうとした時は驚いた顔をしていたのだが。
普段とは段違いに重たい武器を使っているから動きにくいとか、鬼丸を持ってないから氣によって行う身体能力の強化に向ける意識が普段より大きいとか祐一は言い訳を色々用意できるが、まぁとりあえず、鈴々は本物の規格外だった。
そして、もしも祐一の使用武器が鬼丸ならばこの事態はかなり後に起きたはずだった。
「…!…!?れ!?!」
それはガス欠。
体を強化する氣の枯渇である。
模擬戦五回目の懐への潜入を試みた祐一に対して鈴々は二歩下がりながらの薙ぎ払いを繰り出した。
ダメージ覚悟で突っ込むにしても、とりあえず間合いから逃れるために後退するにしても、氣で足を強化して一足飛びを予定していた。そこに氣の枯渇である。
「な、な、なあああぁぁあああぁーーー!!?」
結論だけ言うと、祐一はかなり本気になっていた鈴々の薙ぎ払いによって、庭の隅の方まで吹っ飛ばされた。
「いてえ…。」
それはもう、一時的に漢字を使えなくなるくらいに。
なんとか振りぬく前に一歩鈴々に向かい、手持ちの剣で攻撃を受け、自ら後方へ飛びのいた。
それでなお、威力を殺せない。
「不公平だよな…無意識で全身能力ブースト。出力も俺のソレとは比べるべくもないほどに強力。雑に見える技術もあの超スピードなら俺レベルの身体能力じゃ付け入れない。」
それでも、祐一の眼は暗い色を宿すこともなく。口元はつり上がる。
「それでも、いつか絶対に」
越えられないかもしれないと思わせる強さの壁も、面白いの一言に変わる。
「超えてやるよ。」
ここで諦められるなら、最初から相沢家は鬼丸なんてイカレタ妖刀に手を出してない。
ここで諦めるくらいなら、“あの”事件を契機に祐一は鬼丸ごと剣の道や、その他色々捨て去っている。
諦めが悪いから、この男は相沢祐一なのだ。
「燕人、張翼徳。」
そこでふと、吹っ飛ばした張本人がいた方を向くと、予想を超える狼狽ぶりを見せていた。
攻撃が当たったことに驚いているわけではないだろう。多分、散々攻撃をかわし続けていた相手が、無防備状態でもなかったのに、たったの一撃で此処まで吹っ飛ばされるのが信じられなかったんだろう。鈴々の相手をした雑魚兵士と同じようなふっ飛び方をしただろうから心配にでもなったんだろう。
「おーい、鈴々やーい!」
「お、お兄ちゃーん!!」
走り寄ってくる鈴々。
蛇矛をぶん投げて、
思いっきり踏み切り、
祐一に体当たりレベルの勢いでダイブ。
「ふぐああ!?」
「お兄ちゃん!?」
鳩尾はキツイ…と呟き、祐一は眼を閉じた。
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十七話投稿です。
一週間以上連絡なく更新が止まってしまいすみませんでした。
ちょっとゲームはじめたら止まらなくなってしまいました。