-夏候邸-
パシーン、パシーン、パシーン
「イタイッ!痛いのじゃっ!もう許してたもっ!」
「だめだっ!勝手に他人の財布からお金を取るなんて泥棒と一緒だぞ!」
屋敷には男が袁術のお尻を叩く音が響く、その光景を見て顔を青くしておろおろとする張勲
止めたいが男が怖くて手が出せないといったところだろう
「あ、あのお嬢様ももう反省しておられると思いますので許してあげてくださいー」
「なんだ張勲?お前も同じようになりたいのか?」
男の鋭い目線と身体から発せられる怒気に当てられ、自分にも被害が及ぶと思ったのか張勲は顔をぶんぶんと
横に振りあわてて愛想笑いを作り出した
「ひっ!め、滅相もないですぅ!加油(ファイト)!加油(ファイト)ー!お嬢様ー!」
「そ、そんな、何とかするのじゃ七乃!いたいっ!」
泣き喚きながら謝り続ける袁術に男は30回ほど叩いた後にやれやれといった風に溜息を一つ吐くと
抱えていた袁術を下ろして膝を曲げ、目線を合わせて話し始めた
「また蜂蜜水か?飲みたかったら小遣いを使いすぎるなと言っただろう?」
「うぅう、だってだって、もう無くなってしまった、あれじゃ全然足りないのじゃ」
「はぁ・・・一体どれだけ飲むんだ?蜂蜜も安くなってきたはずだが」
袁術達は男の屋敷に引き取られてからというもの特に何か仕事をするというわけでもなくただの居候と化していた
しかし放っておけばろくな事をしないので男は毎日袁術に文字や勉学を教えたり張勲に仕事を与えたりしていた
男は真直ぐ袁術を見つめると袁術は眼を伏せてうつむいてしまう、そんな仕草に自分の娘が重なって見えてしまった
男は首を捻り、何かを考えるようなそぶりを見せるとふと口を開いた
「・・・・・・蜂蜜を採りに良くか」
「な!なんと!蜂蜜がとれるのかえ?!」
「ああ、養蜂所ってのがあってな。まぁ行けばわかる」
そういって頭を優しく撫でると袁術は嬉しそうに顔を輝かせた。なんだか涼風のように見えるな、可愛いもんだ
俺たちは屋敷から出ると養蜂所へと向かった、道中袁術はずっと顔をほころばせていた
「昭も意地悪じゃ!そんなものがあるならはやく教えてくれてもよかったのじゃ」
「ん?そうだな、だが無料じゃ手に入らないぞちゃんと手伝いをしたらだ」
袁術は首をひねった、どうやら蜂蜜がどうやって作られるか、またはどうやって手に入れるものなのか解っていなかった
ようだな。まぁしかたがないか、今までそういったことを学ぶことが無かったのだろうからな
「あのー、そこってもしかして蜂が沢山いるのでしょうか?」
「それはそうだろう、なんたって蜂蜜を採るんだからな」
「ええっ!やっぱり!お嬢様やめましょう!私達蜂に襲われてしまいますよー!」
「何を言うのじゃ七乃!せっかく蜂蜜が手に入るというのに!妾は養蜂所とやらに絶対にいくぞ!」
張勲は俺の言ったことで養蜂所がどういった場所かなんとなく察したのだろう、手を組んで祈るように
袁術にその場所に行くのをやめさせようとしている。そりゃそうだ、詳しく袁術に話したら着いてこないかもしれない
「ん?なんじゃ?さっきから虫が飛んでいるのう」
「うぅ~、やっぱり」
「もうすぐ着くぞ・・・・・・あ・・・おーい!おじさーん!」
俺は作業をするおじさんに声をかけた、ここはもう養蜂所の施設内。
ここの養蜂所は鳳の知識を元に作った場所で、俺も養蜂所という言葉は知っていたがどうやって蜂を増やしたり
女王蜂を捕まえたりするのか解らなかった。何故知っているのかと聞いたところ鳳が羅馬からの行商人から
情報を木管で買ったそうだ、それで俺は真桜を呼んで知識で知っていた遠心分離機を作ってもらい養蜂所の
を作ることが出来たということだ
「おお、これはこれは昭様。今日はどういったご用件で?」
「ええ、蜂蜜を分けてもらおうと思いまして。御手伝いはさせていただきます」
「そんな恐れ多い、舞王様にそんなことはさせられませんよ」
「やめてくださいよ、俺はそんなんじゃないですって」
まったく養蜂所のおじさんにからかわれてしまった。舞王なんてのは俺には過ぎた名前だ、だいたい
王だなんて器ではないし、舞だってそれほどのものではないんだから
「それで?蜂蜜はどこにあるのじゃ?」
「ああ、その前にあっちで着替えるぞ」
「着替える?なんでじゃ?」と首をかしげる袁術に俺は「いいから、いいから」と小屋へと案内して
作業服と面布と手袋を渡した。隙間から蜂が入り込まないように手首を紐で縛ることを忘れないように伝え小屋から出る
しばらくして小屋から出てきた袁術は不満顔で、張勲も溜息を吐きながら作業服を纏い小屋から出てきた
「まったく、何で妾がこんな格好をしなければならないのじゃ!」
「作業をするというのはそういうものだ、さて行くか」
まっている間に外で着替えてしまった俺は袁術たちを引き連れ、まずは蜂の巣箱に餌を与える
ために砂糖を水に溶かし始める
「なんで砂糖水なんぞ作るのじゃ?」
「今の時期は花があまり咲かないからな、こうやって餌を作ってあげたほうがいいんだよ」
「?花から蜂蜜ができるのかえ?」
「ああ、花の蜜を集めて作られたのが蜂蜜だ」
「おお!そうなのか!」と嬉しそうに水に砂糖を溶かして餌箱に入れ、それを蜂の巣箱へと運ぶのを繰り返す
さて、これから大量の蜂を見ることになるんだが大丈夫かな?
「よし、ここでいいぞ餌を巣箱につけるのはおじさんに任せて」
「うむ、それで蜂蜜はいつ取れるのじゃ?」
「ああ、おじさん見せてあげてください」
「わかったよ」というとおじさんは巣箱の巣礎枠を取り外すと大量の蜂が外へと飛び出し
二人は固まってしまう、巣礎枠にはまだ蜂が群がっており巣に幼虫も見える
「ひっ!ひぃ~!!」
「あわっ!あわっ!な、なななななっ七乃っ!なんとかするのじゃー!」
「大丈夫だ、その服と面布があるから刺されたりはしないよ」
俺が袁術の肩を両手で優しく握るとこちらを涙を溜めて不安そうな顔で見上げてきた
こういうところは本当に涼風みたいだな、可愛いもんだと思っていると張勲が俺の腕を振るえながら握ってきた
よくみればその顔は青ざめてプルプルと震えていて、相当怖いんだな
「落ち着け、刺されないよ。それに蜂も命がけなんだ、コイツラは俺たちを刺したら死んでしまうからな」
「え?」
袁術は少し驚いて俺のほうをまた見上げる。予想外だったのか張勲も少し驚いていた
「針に返しが着いててな、刺したら腹ごとはずれる。だから小さくっても命がけで巣を守ってるんだよ」
「は、腹ごとじゃとっ!・・・・・・こんなに小さいのに、命がけで巣を守っているのか」
「ああ、それで自分達の巣に花から集めた蜜を蓄えるんだ、みてごらん」
俺は巣礎枠に染み出す蜜を指差した。それをみて袁術は目を輝かせるが、すぐに目の輝きは
悲しみへと変わってしまう
「でもあれは命がけで守って、集めたものなのじゃろう?」
「そうだな、養蜂所はそんな蜂達の手伝いを俺たち人間がして、蜂蜜を分けてもらってるのさ」
「なるほどの、蜂たちから分けてもらったものが蜂蜜なのじゃな」
「ああ、そして蜂たちはみな女王蜂を守り子を残そうとしている」
「女王蜂?」
巣礎枠の中で少し大きい蜂を指差すと、恐怖が無くなったのか近づいておじさんの指差す蜂を
じっくりと見始めた
「女王は子を生むだけか?」
「そうだな、だがこの沢山の蜂はほとんどこの女王が生んだんだよ」
「な、それでは母をみな守ろうとしておるのか」
おれは無言で頷くと袁術は女王蜂をしばらく食い入るようにみて顔を伏せてしまう
「妾の領地でもそうだったのじゃろうか」
「・・・」
「蜂と同じようにみな妾を命がけで守ってくれていたのじゃろうか」
「お嬢さま・・・」
「妾は女王蜂のように責任を果していたのじゃろうか、母のような役割をしておらなんだのではなかったのか」
この子はきっと何も教えてもらわなかったのかもしれない、周りの腹黒い人間達にいいように利用されてきたのかもしれない
内政もきっと任せきりで、子供の考えることだ、ただ自分の名をあげようとして戦をしていただけなのかもしれない
「決めたぞ七乃!妾はここで働く!」
「えっ!お嬢さまっ!?」
「大好きな蜂蜜水のために妾もここで女王蜂となるのじゃ!」
俺はその言葉をきいて思わず笑顔になってしまった。ここにつれてきたのは蜂蜜を採るためだけだったのに
この子は豊かな感受性でそこまで考えを大きくしてしまった。この子は大きくなる、きっとこの先多くのものを
残す子になるとそう感じさせてくれた
「そうか、偉いな・・・・・・おじさん、この子を働かせてあげてください、お願いします」
「そんな、頭など下げんでください。こちらのお嬢さんは蜂蜜がすきなようで、この仕事はそういった方に
手伝ってもらえるのが一番です。なにせ生き物を扱う仕事ですから」
「よろしくたのむぞ、妾がおればこの養蜂所を魏にとどろかせることが出来るじゃろう!」
「さすがお嬢さまっ!養蜂所を広げて魏を乗っ取る」
張勲が何か腹黒いことを言おうとした瞬間に俺の手が面布ごと頭を鷲掴みにした
また余計なことをいって変な方向に持っていくつもりかっ
「アイアンクロー!」
「ひやぁーーーーーー!!!!」
ギリギリと頭を握られ、パタパタと手を振る様をみて袁術が笑っていた。
それはとてもよい笑顔で、この子は自分のために命を落としていった者たちを背負うことを
この先きっとするだろう、そのときは必ず俺も力になろうと心に決めた
「うぅ、頭がキンキンしますぅ」
「まったく、せっかく頑張ろうとしてるのに水を差すな」
「はっはっはっ、昭さま今日は十分に手伝っていただきました。どうです食事でも」
「ええぜひ、あれを出してあげてくれませんか?」
「わかりました」というとおじさんは違う小屋に入ると俺は張勲に手伝って欲しいと頼み
食事の準備をすることになった。その時嬉しかったのが袁術が「妾も手伝うのじゃ」と言ってくれたことだ
「準備ができたな、さあ食べよう」
「うむうむ、しかしこれはなんなのじゃ?菓子なのか?」
そういって持ち上げたものは窯で焼き上げたパンのようなもの、この時代にベーキングパウダーなどないから
生地に華琳からもらった酒かす天然酵母を混ぜて焼き上げたがやはり膨らみはいまいちだ
「ええっとな、たしか米国風ビスケットだったか?」
「べいこくふう・・・なんじゃ?」
「まぁおじさんの持ってきた蜂蜜をつけて食べるものだよ、お願いします」
おじさんは待ってましたとばかりに小屋から持ってきたいろんな種類の蜂蜜の壷を並べる
そこには色々な花の名前が記してあり、袁術は目を輝かせ始めた
「こ、この壷に書いてあるのはなんじゃ?」
「食べればわかるよ、食べてごらん」
そういうとビスケットを目の前にある壷の蜂蜜につけて口に運ぶと、目に涙を溜めてニコニコとしながら
リスのように口を動かしていいる、随分と感動したようだ、しかし食べ方も子供だなほんとうに
「蜜柑じゃ!蜜柑の匂いがするぞ昭!」
「こっちは沢山の花が混じったにおいがしますよーお嬢さま!」
「蜂蜜水もあるぞ、今日は頑張ったからおじさんが沢山用意してくれた」
袁術の前に蜂蜜水を差し出すと、受け取ろうとした手が止まる。そして思案顔をして、何かを思いついたのか
口を開くと
「・・・もしかして蜂たちに妾が好きな香りの蜂蜜を作ってもらえるのか昭」
「よく気がついたな、そうだよ狙った花などに誘導したり花を周りに植えたりしてな」
「おお!では妾だけの蜂蜜水もつくれるのじゃな!」
「ああ、そのためには植物の知識もつけなければならないぞ」
「うむ、ならば早速植物の知識もつけねばの」
俺は本当に驚いてしまった、この子はきっと植物の知識も自分のものとするだろう、なんて可能性を秘めてるんだ
これは華琳に見せたらどうなるだろうか、きっと召抱えるなんて言い出すかもしれない、その時はやめさせねば
きっとこの養蜂所から出たらその意欲は消されてしまう、何せ女王蜂なのだから
「む?なんじゃ?急に頭を撫でよって」
「いや、凄いなとおもってな」
「そうか、ふふふ!そうじゃろう!妾は凄いのじゃ!」
俺が頭を撫でると少し不思議な顔をしていたが、俺の言葉を聞くと胸を張って腰に手を当てて
もっと褒めろといった様を見せる。この子に俺の真名を預けたい自然とそう思った
「ああ、よかったら俺の真名を預かってくれないか?」
「な、なんと!良いのか?昭の真名は魏にとってとても大事なものだと」
「魏の皆がそう思ってくれているんだよ、それに袁術はもう魏の人間だろう?」
「・・・そうじゃな、確かにそうじゃ!妾は魏の民の一人じゃ、それなら妾の真名も受け取って欲しいのじゃ」
「お、お嬢様!よろしいんですかー!」
袁術は座っていた椅子から飛び降りると俺のほうに近づき、俺も椅子から立ち上がり握手を交わした
「妾の真名は美羽じゃよろしくたのむぞ」
「俺の真名は叢雲だ、何かあれば必ず力になることを約束するよ」
「私もお兄さんに真名を預けますよー!これからは七乃と読んでください」
張勲は俺たちが真名を交わすのを見てニコニコと近寄ってくると、自分もとばかりに
俺に握手を求めてきた、きっと美羽の支えになってくれるはずだと喜んで握手を返した
「あまり余計なことを言うなよ?」
「もうしませんよぅ!さすがにこれ以上は頭を握りつぶされかねないので」
手を七乃の目の前で握ったり開いたりするとあわてて首をふるが、きっと多少はあるだろうな
とそう思った。なにせそれが楽しくてやってるところもあるようだし
「うむうむ、では七乃!手始めにここの仕事を全て覚えるのじゃ!」
「はい!お嬢様ー!」
そういうとおじさんから手渡された木管を七乃に読ませながらもりもりと食事を取っていく
行儀は悪いがこれからの仕事に対する意欲と考えてしまって俺は注意するどころか
隣でわからないことを一緒になって調べてあげたりしていた。
-数ヵ月後-
「頼む袁術、八味地黄丸が足りないんだ」
「駄目なのじゃっ!今月分の蜂蜜はもう出したはずじゃ!」
養蜂所では美羽に頭を下げて蜂蜜を分けてもらおうとする華佗がいた
元の美羽を知っている人が見たらきっと驚く光景だろう
「手術後の病魔を押さえるのに使ってしまったんだ、今月は手術が多くてな。人を助ける為に頼む」
「蜂とて同じじゃ!命がけで蜂蜜を集めておるのじゃ!それに先月は薄荷葉も多く持っていったのじゃ!」
「そ、それは解熱剤にだな・・・」
彼女は養蜂所に住む歌う女王蜂・蜂姫・蜂王(ホウオウ)・などと民から呼ばれ慕われていた
また彼女は植物の知識を更に研究して蜂の為に薬草や栽培に対する知識まで大きくしていったのだ
「頼む袁術!」
「黄花黄耆だってこのあいだ昭が言うから仕方なく譲ったのに!だめったらだめなのじゃー!」
華佗と美羽の交渉は続く、結局は美羽が折れるのだろう。だからこそ民から慕われているのだろう
今日も養蜂所では彼女の歌声と蜂達の羽音が響き渡る
これからも彼女は蜂と民の為に知識を広げ続けるだろう、真名にあるよう美しい羽を広げるように
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番外編 -女王蜂-
副題変えました^^;
私の小説の袁術はこうなりました><
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