朝食を終えた白夜が部屋で寛いでいると、一人の兵士が部屋へやって来た。
兵士「周瑜様がお呼びです。ご案内致しますのでこちらへ」
兵士の後に着いて行くと、朝の散策で通った広場の一つに辿り着いた。
白夜(中庭ってここの事だったんですね)
そんな事を考えながら足を進めると前方に三つ、気配を見つけた。
足下を確かめながらゆっくりと近づくと、
穏「お早う御座います~白夜さん。昨夜はよく眠れました~?」
白夜「ええ。ゆっくり休ませて貰いました」
穏「そうですか~それは何よりです~」
祭「ほれ、ここじゃ。早う座れ」
白夜「あ、はい」
椅子を手探りで探し当て、腰を下ろす。
冥琳「では、早速始めよう。まずは我々の現状について説明しておく」
白夜「はい、よろしくお願いします」
居住まいを正し背筋を伸ばすと、冥琳さんは淡々と説明を始めました。
白夜「――――ふむ、なるほど」
彼女の話を端的に纏めると、
・この地は荊州といい、太守の名は袁術。
・雪蓮さんの母親である孫堅の戦死により、一時は荊州近くまで領土を広げていた孫策陣営が衰退してしまった。
・それに伴い内乱や逃走が相次ぎ、後継者となった雪蓮さんは仕方なく袁術の客将という立場に甘んじている。
・しかしいつかは独立し、天下統一に乗り出したいと思っている。
白夜「・・・・どうやら私は非常に大変な時期に保護されたようですね」
穏「まぁそういう事になりますねぇ~」
白夜「それで、こんな所で話し合いをしているんですね」
冥琳「ああ。ここが一番、他者の耳を警戒できるのでな」
祭「儂等を取り巻く環境は、なかなかどうして。厳しいものがあっての」
穏「私達の周辺には、常に袁術さんの目が光ってるんですよ」
冥琳「密談をするような事があれば、逐一袁術に報告されるだろう。だが普段からここで会議を行っていれば、いざ事を起こす時でもこそこそとせずに相談が出来るからな」
白夜「『壁に耳あり障子に目あり』。ならば、壁も障子も無い所で話をすればいい、という訳ですか。それで、雪蓮さんはどうしたんですか?」
冥琳「先日、袁術から雪蓮に召喚命令が届いてな。使者の話によると、漢王朝より各地方の有力諸侯に対して、『黄巾党』の討伐命令が下っているらしい」
『黄巾党』ですか。確か現在の政治に不満を抱いた庶人達の反乱――――早い話が日本で言う『一揆』の類であったと記憶していますが・・・・
白夜「ふむ。つまり、その程度の力すら失ってしまった、と言う事ですか」
『王朝が』とは言わずもがな、である。
冥琳「まぁ、その通りだな。そのため荊州の本城に向かっている。要件は十中八九、その事だろう」
穏「今、この時の出頭命令ですからね。それ以外は考えられないかと」
祭「それを見越して儂等は準備が出来次第この館を出発し、策殿と合流を果たす」
白夜「合流して直ぐに討伐、という事ですか」
冥琳「そういう事だ」
白夜「解りました」
冥琳「状況の説明を終えた所で、発生したいくつかの問題について意見を聞かせて欲しい。問題は三点、『兵糧』『軍資金』『兵数』についてだ」
その言葉で、場の雰囲気が一変する。
冥琳「ます最初に、兵数についてだが・・・・」
祭「敵の数は?」
穏「現在、荊州で暴れている黄巾党は北と南の二部隊です。北が本隊、南は分隊。・・・・袁術さんなら確実に私達を北の本隊に当てるかと」
祭「・・・・とするならば、兵数は多いに越した事は無いな。集められそうな人数はどうじゃ?」
冥琳「多くて五千といった所でしょうね。多少無理をすれば一万はいけそうですが」
祭「どちらにしろ少ないのぉ。その数で黄巾党の本隊と当たるのは勘弁願いたい所じゃが」
穏「まぁ・・・・無理でしょうねぇ。袁術さんなら絶対に本隊を宛がってきますから」
祭「じゃろうな。・・・・うーむ」
冥琳「兵数差は策で何とかする他に無いな。兵法としては邪道だが、無い袖は振れん」
穏「では必要最低限、と言う事で仮決定しましょう~。次は軍資金の問題ですが~・・・・」
祭「金の事は解らん、二人に任す」
冥琳「任されましょう。現在、館にある金子は多く無い。武器や兵糧を揃える為にも軍資金を集めなくてはならないが・・・・」
穏「街の有力者に協力を要請する事は出来ますが、それでも多くの資金は集まらないでしょうね」
冥琳「ふむ・・・・こちらも無い袖は振れんという事か・・・・」
穏「ですねぇ~・・・・どうしましょう?」
三人が頭を捻っていると、
白夜「・・・・袁術さんに出させたらどうですか?」
冥琳「ふむ?どういう事だ?」
白夜の言葉に、三人の視線が自然と集中する。その瞳の奥に、僅かに期待を含ませて。
白夜「話を聞いている限り、袁術さんは黄巾党との戦いは避けたい。ならば、本隊の相手をしてやる代わりとして兵士、資金、兵糧の供出を袁術さんに依頼すれば良いのでは?」
冥琳「拒否された場合は?」
白夜「直ぐに雪蓮さんと合流し、南の分隊を撃破。その後、その勝利を荊州各地で喧伝すれば、太守としての面子がある以上、袁術は北の本隊と当たらざるを得なくなります」
『まぁ、確信は有りませんけどね』と付け足し、苦笑を浮かべる。そんな白夜を見て、
冥琳(やはり、お前は我等にとって『吉』であったようだな・・・・『あの件』、検討しておくか)
冥琳は唇の端を僅かに釣り上げた。
穏「中々良い案ですね。凄いですよ~白夜さん」
冥琳「我等の現状ではそれが精一杯かもしれんな。北条の案を採用しましょう」
祭「了解した。ならば直ぐに伝令を発し、策殿に交渉をお願いするかの」
冥琳「それが良いでしょう」
祭「うむ。誰かある!」
祭の声に兵士が一人、こちらへ駆け寄る。
祭「策殿に伝令を放て。内容は――――」
祭が伝令役の兵士に指示を与えている最中、白夜がふと自分に向けられた視線に気が付く。
冥琳であった。
白夜「・・・・どうかしましたか?」
冥琳「いや・・・・中々良い洞察眼の持ち主だ、と思ってな」
白夜「そうですかね?」
そう言って苦笑を深める白夜だったが、
冥琳「・・・・ふむ。どうしようかと悩んだが・・・・北条。お前も出陣しろ」
白夜「・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
完全に思考がストップした。この人は、今何と言った?
冥琳「その智謀、戦場でも充分に役に立つだろう」
白夜「・・・・私は戦場に立った経験なんて一度もありませんよ?」
冥琳「お前の過去を聞けば、それくらい容易に想像できる。だがな、北条よ」
『ここは、お前が今まで生きてきた世界ではない』
その言葉に、私は何も言えなかった。
冥琳「お前が先程提示した案が採用された今、お前は自分が示した策の責任を取らなくてはならん」
その言葉が、私に重く圧し掛かっていた。
冥琳「勝つにしろ負けるにしろ・・・・お前の策によって大勢の人間が死ぬ事になるのだからな」
その言葉が、私の頭の中を埋め尽くしていた。
冥琳「自分の吐いた言葉には責任を持て」
一つだけはっきりと解った事は、
私には、『覚悟』がまだ無かったという事だ。
ここは、『軍議』だ。
自分達の目的の為に人を動かし、
自分達の目的の為に人を殺す為の策を練る場所だ。
そういう場所で私は、
自分達の目的の為に人を動かし、
自分達の目的の為に人を殺す為の策を提案したのだ。
例え私にその気が無かったとしても、
私の意志で言葉にしたのだ。
ふと、幼き日の養父の言葉が脳裏に蘇る。
『白夜、人として絶対にやってはいけない事は何だか解るか』
その問いに、当時の私は首を振った。
『白夜、覚えておきなさい。絶対にやってはいけない事。それはな――――』
『自分の言葉に、行動に、責任を持たない事だ』
当時は、良く解らなかった。
今は、痛いほど良く解る。
こういう事か、と。
こういう事だったのか、と。
白夜「・・・・それで、責任を取った事になるんですか?」
冥琳「ああ。お前が起こした行動による結果、それを真正面から受け止める。・・・・それが『責任を取る』という事だ」
白夜「そう、ですか・・・・」
ならば、『覚悟』を持とう。
ならば、『責任』を持とう。
怖いけれど。
逃げ出したいけれど。
自分の発した『言葉』なのだから。
自分の起こした『行動』なのだから。
白夜「・・・・解りました。私も出陣しましょう」
冥琳「・・・・うむ、そう言ってくれると信じていたぞ」
白夜「色々と葛藤はありますけどね。それよりも・・・・私は戦えませんよ?人を殺したり、傷つけたり、そんな事とは無縁の生活でしたから・・・・」
冥琳「ああ、それで良い。何もお前に武器を持って戦えと言っている訳ではないし、そもそもお前のその目では戦場に立たせられん。それに・・・・」
――――お前に、そんな物は持って欲しくないしな。
白夜「・・・・はい?」
冥琳「っ!?いや、何でもない・・・・」
その呟きは微風にすら掻き消されるほど弱々しく、白夜の耳には届かなかった。
まぁ届いていても彼がその意味に気づく事は無かっただろうが、それはあくまで仮定の話。
冥琳は仄かに赤く染まった顔を僅かに逸らして、
冥琳「敵の刃からは、黄蓋殿が守ってくれよう。・・・・私も、お前を守ってやる。だから、安心しろ」
白夜「・・・・はい」
『女性に言われるのは情けないなぁ』などと思いながらもその言葉はやはり嬉しいもので、
張り詰めていた糸がフッと緩んだような脱力と共に柔らかな笑みが自然と浮かび、
その笑顔を向けられていた当人と、
実は結構早い段階からその様子を傍らで見ていたその弟子と、
とうに伝達を終えて面白そうに二人を眺めていたこの場で唯一の武官が、
淡く朱に染まった顔でその笑顔に見惚れていたという事にも、
やはり彼は気付かないのであった。
太陽が空に燦々と輝く昼下がり、とある荒野にて。
雪蓮「いよいよ戦乱の幕開けね。・・・・ふふっ、ゾクゾクしてくるわ」
白夜「・・・・危ない発言ですねぇ」
雪蓮「あらどうして?待ちに待った大陸の混乱なのよ?・・・・この乱に乗じる事こそ私達の独立に向けての第一歩なんだし、ゾクゾクしちゃうのも仕方無いでしょ?」
その言葉に白夜は『あははは・・・・』と何処か乾いた笑みを浮かべ、冥琳は『はぁ』と溜息を吐く。
そこに込められた感情は正反対のものであったが。
冥琳「気持ちは解るが・・・・初陣の相手が黄巾党というのは物足りないにも程があるな」
祭「まぁ、勘を取り戻すには丁度良いとも言えるがの」
穏「兵の練度を維持する為に、調練だけは欠かさずにしてましたけどね~。やっぱり実践を経験しないとその仕上げも出来ませんし~・・・・」
雪蓮「そういう事♪この戦いで私達の強さを喧伝出来れば、これからの戦いが楽になるでしょ。ここは最高の勝ち方をしないとね~♪」
冥琳「ええ・・・・北条。雪蓮の言葉の意味が解るか?」
白夜「・・・・完膚なきまでに圧倒的な勝利、でしょうか?」
冥琳「その通りだ。よく解ったな」
白夜「口先だけの人間に、人は付いてきません。『終わり良ければ全て良し』。過程がどうあれ結果が全て、ですからね」
冥琳「ふむ・・・・良い答えだ」
雪蓮「なぁに腹黒くやりあってんだか。・・・・そんな事よりさっさと黄巾党を皆殺しにするわよ」
祭「まぁ待て、策殿よ。北条の言う通り、我等に大切なのは圧倒的勝利じゃ。ならばそれなりの策を用意した方が良いじゃろう」
雪蓮「策ねぇ・・・・策なんている?相手はたかが盗賊の集団じゃない」
冥琳「圧倒的勝利とは、敵に与える損害が大きな事、そして人の記憶に残るほどの痛快さが必要なの。たかが盗賊だからこそ、最も大きく損害を与え、最も痛快な勝ち方をしなくてはならないわ」
雪蓮「ふーん。・・・・で?」
冥琳「そうね・・・・火を使うなんてどうかしら?」
雪蓮「焼き殺す、って事?」
冥琳「ええ」
雪蓮「・・・・良いわね、それ。真っ赤な炎って好きよ」
祭「では決定じゃな」
・・・・・・・・ちょっと待って下さいよ。
白夜「焼き殺すって・・・・それはどうかと思いますけど?」
雪蓮「何?何か懸念でもあるの?」
白夜の疑問に、雪蓮はしれっと答える。
白夜「いくらなんでも残酷過ぎじゃないですか?相手は人間ですよ?」
冥琳「だからこそ、名が上がるのだ」
雪蓮「そういう事」
淡々とした答えだった。
まるで今朝の朝食の献立でも答えるかのように、
当たり前のように答えるその二人に、
白夜は戦慄を覚え、言葉を失っていた。
祭「北条、いい加減理解せい。今はそういう時代なのじゃよ」
穏「それに盗賊さん達はもっと酷い事を、抵抗出来ない人達にやってますからねぇ」
冥琳「そういう事だ。戦う力も無く、いいように盗賊に虐げられていた庶人の代わりに天罰を下す。それが人気に繋がる」
解らなくはない。
でも、何処か受け入れなれない。
雪蓮「白夜、貴方の理想は尊いものよ。でも、この世界では通用しない」
祭「策殿の言う通り。お主のその考えは、絶対的強者にのみ許されるものじゃ」
冥琳「力無きものがそうしたとしても、それは単なる自己満足でしかない」
穏「私達は未だ、絶対的強者って奴にはなっていませんからねぇ」
雪蓮「ええ。だから黄巾党は殺す。完膚なきまでに殺し尽くして庶人の怒りや悲しみを解消する。それが私達の評価に繋がる。評価が上がれば人が、物が、金が集まる。・・・・それが現実というものよ」
白夜「・・・・・・・・」
祭「ふむ、北条は賛成出来んようじゃな」
白夜「理屈は解ります。でも・・・・個人的感情で言えば、賛成しかねますね」
そう、理屈は解る。筋も通っている。
『理解できても納得できない』とは、こういう事を指すのだろうか?
雪蓮「優しいのも良いけど、現実を見ないと死ぬよ?」
冥琳「間違いなくな」
穏「盗賊達は弱い人から全てを奪います。お金、服は言うに及ばず、尊厳を奪い、命を奪う。・・・・飢えた獣と思わないと」
雪蓮「奴等は人間じゃない。・・・・いいえ、人間だったかもしれないけど、人としての誇りを無くし、賊に成り下がった事で獣に墜ちたも同然なの」
白夜(・・・・・・・・?)
何か、違和感を感じた。
雪蓮「躾のなっていない獣は・・・・殺すしかないのよ」
白夜(・・・・・・・・!)
違和感は、確信に変わった。
今の言葉は、先程までの淡々としたものではなく、
明らかに、『感情』が含まれていた。
『悔』『辛』『悲』『哀』『怒』『諦』
その何れかなのか、それとも全てが入り混じっているのか、
何にせよ間違いなく、
それは『負の感情』であった。
白夜(私だけじゃあ・・・・ないんですよね)
自分よりも遥かに長くこの世界で生きてきた彼女達が、その疑問を抱かずにいた筈がない。
白夜(むしろ、私よりも彼女達の方がずっと・・・・)
平和な世界で生きてきた自分が、題目だけの理想を言ったとしても、何にもなりはしない。
白夜「・・・・解りました。もう何も言いません」
冥琳「どちらが正しいか、正しくないか。そんな観念による判断などは、後の歴史家にでも任せれば良い。今の私達に必要なのは『どうしたいのか』『どうなりたいのか』を考え、それに向かって形振り構わず進む事だ」
祭「負ければ死。どんな綺麗事をほざいたとしても、死んでしまえばそれでお終いじゃ。我等は我等の立場、そして状況を理解した上で、形振り構わず生き抜かんとな」
白夜「はい・・・・その通りですね」
ここは、こういう『世界』なのだ。
日常的に人が死に、
日々を生きるのに死に物狂いな、
そんな、過酷な『世界』なのだ。
それを、私は本当の意味で『理解』していなかった。
白夜(『甘え』・・・・なんでしょうね)
そう考えていた、その時だった。
一人の兵士がこちらへと駆け寄り、
兵士「孫策様!前方一里の地点に黄巾党本隊と思しき部隊の陣地を発見しました!」
一瞬で辺りに緊張が走った。
しかし、そんなものとは無縁と言わんばかりに雪蓮は楽しそうに言い放つ。
雪蓮「ありがと。・・・・さって、久々の実戦ね。派手に決めましょ♪」
冥琳「了解した。黄蓋殿、先鋒は伯符に取らせるので、その補佐をお願いします」
祭「心得た」
冥琳「私と伯言は左右両翼を率い、時機を見て火を放ちます」
祭「ふむ、では公謹の合図と共に軍を退けば良いのじゃな?」
冥琳「ええ」
祭「了解した。・・・・策殿、くれぐれも暴走せんようにしてくれよ?」
雪蓮「ん~・・・・解んない」
祭「やれやれ。・・・・まぁ策殿のお守りは儂がしよう。公謹と伯言は時機を見失わんようにせい」
穏「了解してますからご安心を♪」
祭「頼むぞ。・・・・では策殿。出陣の号令を」
雪蓮「了解♪」
その言葉と共に雪蓮は剣を鞘から抜き取り、兵たちの前に立つ。
天に掲げる刃は陽光を反射し、その曇り一つ無き輝きを放つ。
桜色の髪は風に揺れ、
蒼穹の如き青の瞳は殲滅すべきを真っ直ぐに捉える。
雪蓮「勇敢なる孫家の兵達よ!いよいよ我等の戦いを始める時が来た!」
その声は高らかに響き渡り、
雪蓮「新しい呉の為にっ!!先王、孫文台の悲願を叶える為にっ!!」
眠れる獅子達の目覚めを此処に知らしめる。
雪蓮「天に向かって高らかに歌い上げようではないか!!誇り高き我等の勇と武を!!」
轟くは戦士達の雄叫び。
雪蓮「敵は無法無体に暴れる黄巾党!!獣じみた賊共に、孫呉の力を見せつけよ!!」
煌くは千万の剣。
雪蓮「剣を振るえっ!!矢を放てっ!!正義は我等孫呉にありっ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!』
今、戦乱の火蓋が落とされた。
始まってみれば、それは『戦闘』と呼べるものでは無かった。
いくら数で勝るとはいえ、その実は絶対的優位からの一方的な『略奪』しか知らぬ『素人』。
対してこちらは、本当の『戦闘』を知る者に指南を受け腕を磨いた『玄人』。
『赤子』がどうして『大人』に勝てようか。
『数』と言う利点を生かすこと無く押され始めた暴徒達はまるで亀の首のように陣地の中へと雪崩れ込み、
そこに放たれた炎の雨によってその混乱をより一層激化させ、
そこに『好機』と突撃を掛けた部隊によって、
まるで道端の小石でも払い除けるかのように、
文字通り『一掃』されていった。
炎の燃える音。
刃のぶつかる音。
兵士達の叫び声。
黄巾党の叫び声。
断末魔。
『助けて』
『死にたくない』
『嫌だ』
聞こえる。
聞こえている。
聞きたくない。
聞いていたくない。
でも、聞かなきゃならない。
それが、私の『覚悟』だから。
鉄の匂い。
炎の匂い。
血の匂い。
焦土の匂い。
人の焼ける匂い。
逃げたい。
逃げ出したい。
忘れたい。
忘れてしまいたい。
でも、それは出来ない。
それが、私の『責任』だから。
気持ちが悪い。
嘔吐感が止まらない。
もう胃の中が空っぽなのに。
吐き出す物も残って無いのに。
涙が止まらない。
足下も覚束ない。
頭が朦朧とする。
それでも、私は立つ。
この全てを。
この場で起きている全てを。
真正面から受け止めなければならない。
それが、この『世界』だから。
やがて感覚が無くなり始めて、
気付いた時には大地に横たわっていて、
そして私と『世界』を繋いでいたものが、
ぷつりと切れた。
夜。
とある天幕。
目を覚ますと、私は其処にいた。
誰かが運んでくれたのだろう。
口の中が酸っぱい。
まだ胃液の味が残っている。
白夜(気持ち悪いですね・・・・)
ふと、枕元に水差しがある事に気が付いた。
口の中を濯いで吐き出し、少し胃の中に入れたら、ほんの少し楽になった。
白夜「ふぅ・・・・」
鮮明に覚えている。
『私が起こした結末』を。
白夜(これが・・・・『ここで生きる』という事)
正直、今でも怖い。
いや、きっと私はこの先もずっと怖いままだろう。
それが『北条白夜』だから。
ふと、立ち上がった。
やがて持って来ていたバイオリンのケースを左手に掴むと、
杖を右手に、白夜は天幕を後にした。
荊州本城。玉座の間。
雪蓮「あなたのお望み通り、黄巾党の本隊を殲滅してあげたわよ。これで満足かしら?」
袁術「うむうむ。御苦労なのじゃ」
雪蓮に答えたのは、年端もいかぬ少女であった。
先を螺旋状に丸めた金色の長髪が特徴的なその少女の傍らには、バスガイドの制服に酷似した衣服に身を包んだ青い短髪の女性が一人。
少女の名は『袁術』。傍らの女性は『張勲』。
雪蓮達にとって『目の上の瘤』である、荊州太守その人である。
雪蓮「それだけ?労いの言葉じゃなくて、私が欲しいのは約束の履行なんだけど?」
袁術「約束?何の事じゃ?」
雪蓮「・・・・反故にしようよ言うの?時機がくれば呉の再建の為に兵を貸すという約束を」
雪蓮が僅かに殺気立つ。
しかし平気なのか、それとも鈍いだけなのか、袁術は平然とした様子で、
袁術「おおー、そういえばそんな約束もしておったのぉ。・・・・しかしじゃな、孫策よ。妾にはまだ時機が来たようには思えんのじゃが?」
張勲「そうですよねぇ~。それに今は黄巾党が暴れ回ってて、そんな余裕もありませんしぃ~」
袁術「張勲の言う通りじゃ。・・・・ま、約束については追々考えて進ぜよう。それで良いじゃろ?」
その話し方が雪蓮の機嫌を逆撫でしている事など露知らず、この主従コンビは得意げにそう言い放つ。
雪蓮「・・・・まぁ良いわ。荊州に侵攻していた黄巾党の本隊は殲滅した。分隊はあなたたちで何とかしなさいな」
袁術「言われんでも直ぐに殲滅してみせるのじゃ」
張勲「そうだそうだぁ~」
雪蓮「あっそ。じゃあお手並み拝見と行くわ」
袁術「うむ。御苦労、孫策。下がってよいぞ」
雪蓮は怒りで背中を震わせながら玉座の間を後にした。
夜空の下、月の光が四つの人影を照らす。
雪蓮「あぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~腹立つ~~~~~~~~~~!!!!!!!」
冥琳「お疲れ様。・・・・その様子では吉報は無さそうね」
雪蓮「また約束をはぐらかされたわ。むかつくったらありゃしない」
穏「・・・・袁術さんの狙いは精強で鳴る孫家の軍団をこき使う事でしょうからねぇ~」
冥琳「本人達は隠してる積もりらしいがな」
雪蓮「見え見え過ぎるから余計にむかつくのよ!!」
言って、雪蓮は頬を膨らませる。愚痴として吐き出す事で多少は気分が晴れたのか、先程までの殺気立った雰囲気はかなり薄れていた。
冥琳「しかし、腹が立つからといって、今袁術に楯突くのは得策では無かろう。・・・・雪蓮、もう少し機が熟すのを待ちましょう」
雪蓮「解ってる。解ってますってば。でも・・・・むかつくのは止めらんないのよ。・・・・そういえば、白夜は?」
祭「戦場で吐いて倒れよったんじゃよ。今は天幕で眠って居る」
雪蓮「・・・・・・・・そっか」
冥琳「・・・・雪蓮?」
突如変わった彼女の雰囲気に、三人は首を傾げた。
そして、
雪蓮「・・・・・・・・本当に、これで良かったのかしら?」
呟いた声に、三人は思わず口を噤んだ。
雪蓮「彼にあんな事言っちゃった私がこんな事言うのもなんだけど・・・・何も昨日の今日じゃなくてもよかったんじゃあないかしら・・・・」
冥琳「早いか遅いか、ただそれだけだ。いつかは必ず受け入れなければならない事だろう」
祭「その通りじゃ。何時までもあのままでは、いつか本当に命を落とす事になっておったろうよ」
穏「・・・・私は、ちょっと急ぎ過ぎたかもって思いますけど」
穏の言葉に多少なりとも同感ではあったのだろう、冥琳と祭も少し暗くなる。
雪蓮「今まで『当然』だった事が『当然じゃない』場所に突然放り込まれれば、私だって少しは混乱すると思う。それに、白夜はあの目でしょ?余計に大変だったと思うのよね・・・・」
冥琳「・・・・まぁ、確かにな。『天』という言葉に惑わされていたのかもしれんな」
祭「うむ・・・・」
穏「・・・・取り敢えず、様子を見に行きませんか?」
穏の言葉に、四人は白夜の眠る天幕へと歩き出した。
そして辿り着いた天幕の中を覗き込んで、
雪蓮「白夜~、起きて・・・・・・・・あれ?」
白夜の姿は、そこには無かった。
冥琳「どうした、雪蓮?」
雪蓮「白夜がいないのよ。厠にでも行ってるのかしら?」
冥琳「何?」
続いて冥琳が天幕の中を覗き込み、
冥琳「・・・・あの楽器がない?」
穏「ふぇ?楽器って、あの『ばいおりん』・・・・でしたっけ?」
祭「・・・・厠、ではないな」
四人が首を傾げていると、
―――――――~~~~♪
雪蓮「あら?」
冥琳「ん?」
穏「はれ?」
祭「ぬ?」
聞き覚えのある音色が、四人の耳に届いた。
雪蓮達が張った陣地から少し離れた場所。
平原のど真ん中に、白夜は一人立っていた。
左手にはバイオリンを、
右手に弓を携え、
まるで空を見上げるように、空を仰いでいた。
夜の何処か冷たく澄んだ空気を、深く深く吸い込む。
そしてゆっくりとバイオリンを構えると、
ピンと張り詰めた四本の弦を、
弓の弦が震わせ始める。
奏でるのは、『レクイエム』。
死者へ捧げる鎮魂歌。
1791年、モーツァルトが死の直前に書き残した、
『三大レクイエム』の一つとして数えられる、彼の最後の作品。
悲しさの中に優しさを秘めた、
死者の安らぎの為の儚き旋律。
――――怖くたっていい。
――――辛くたっていい。
――――苦しくたっていい。
――――私は、『私』のままであり続けよう。
――――だって
――――それが、『北条白夜』だから。
――――『私』が『私』であるという、何よりの証だから。
――――これまでも、
――――これからも、
――――『私』は『私』でしかないのだから。
――――だから。
「せめて私だけでも、『人として』貴方達を送り出させて下さい・・・・」
私達は、その光景を遠くから眺めていた。
頬を滴る涙の滴が、
光沢を放つバイオリンが、
月の光を浴びて琥珀色に輝いているようで、
昨夜彼が過去を打ち明けてくれた時のように、
彼の周囲だけが時の流れが止まったようだった。
雪蓮「心配は、要らなかったみたいね」
冥琳「そのようだな。どうやらあいつを甘く見ていたらしい」
祭「まったく、これが弔いの曲だと解ったら兵士達は大騒ぎじゃぞ・・・・」
穏「まぁ、いいじゃないですかぁ~。折角白夜さんが頑張ろうとしてらっしゃるんですから~」
空に佇むのは、無数の星々と真円の月。
闇夜の世界に波紋が広がっていくように。
その音色は穏やかに夜の帳に溶けて行った。
(続)
後書きです、ハイ。
ちょっと展開急ぎ過ぎたかなぁ?
何時にも増して駄文になってる気がします・・・・
なんかこの話書いてたらいつの間にか徹夜しちゃってました。
そのせいかなぁ・・・・?
さて、白夜君の『決意』の回、って感じで書いた積もりですが、いかがでしたでしょうか・・・・?
ちょっと評価を頂くのが怖い気もします・・・・(--;)
さて、白夜の本格始動まで秒読み入りました。
彼が呉という場所でどのような存在になっていくのか、ちょっとでも楽しみにしていただけると嬉しいです。
それでは、次回の更新でお会いしましょう。
でわでわノシ
・・・・SURFACE解散ってマジかよ~(TへT)
(追記)
うpした後に『やっぱりこうした方がいいかなぁ』と思い、少々加筆しました。
変になってしまっていたら御指摘願います。
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色々と意見や感想や質問、
『ここはこうしたらいいんじゃねえの?』的な事がありましたらコメントして頂けると嬉しいです。
では、どうぞ。
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