(黄巾騒乱 其の一)
黄巾の乱が勃発する数ヶ月前。
冀州のとある場所に三人の旅芸人がいた。
一人はロングヘアで巨乳、彼女を見た者は癒されそうな感じを漂わせている天然娘の張角、真名を天和。
一人はポニーテールで可哀想なほどペッタンな胸と小生意気な雰囲気を持つ小悪魔娘である張宝、真名を地和。
そしてもう一人は一見、何事にも冷静沈着に振る舞い三人の中で最もまともな考え方ができる張梁、真名を人和。
「人和ちゃん、今日も野宿?」
夕暮れが近づいてくる中で天和はどこか物欲しそうに妹に声をかけた。
「仕方ないじゃない。天和姉さんとちぃ姉さんがお昼にあれだけ食べたから宿に泊まるお金も晩御飯を食べるお金もないんだから」
旅芸人と聞こえはいいが実のところただの無職でしかない三人。
それでも少しでも人が多く住んでいる街を訪れては自分達の生活の源である歌を披露していた。
一番末っ子でお金の管理もすべてしていた人和はお金が入ると効率よく使おうと計画を立てているのだが、今のところ貯蓄など夢のまた夢という状態だった。
「仕方ないじゃない。お腹空いていたんだし、歌うにしてもご飯食べないとダメだし」
「だからといってせっかく手に入れたお金を全て使うほど食べなくていいんじゃない?」
お金がたまらない理由、それは至極簡単なものだった。
人和にとって二人の姉の浪費に頭が痛く何度も注意をしていたのだが、まったく効果がなかった。
そればかりか、天和などは、
「人和ちゃん、これも美味しいよ♪」
などと満面の笑みを見せながら食べ物などを勧めてくるため怒るに怒れなかった。
その度に人和は自分の甘さに深いため息ばかりをついていた。
「あんまり考えすぎると胸が大きくならないわよ」
「……ちぃ姉さんにだけは言われたくないわ」
「なんですって!」
胸のことに関して話が出ると地和と人和は揃って天和の方を見て羨ましがった。
(お姉ちゃんが私達から胸を奪ったなんて事はないわよね?)
(まぁ天和姉さんだし)
自分達にないものが揺れるたびにそれぞれの胸に手を当ててため息をついていた。
「とりあえず、今晩は野宿だからそのつもりで」
「「えぇ~~~~~」」
非難の声を上げるが人和は右手の中指でクイッ眼鏡を押し上げた。
「だ・れ・の・せ・い・だ・と?」
お金に関しては口煩い人和に逆らうと怖いため天和と地和は肩を落とした。
食事はともかく野宿をするのだけは何とか回避したかったが、自分達のお財布を握っている人和がそうすると決めた以上、素直に従うしかなかった。
そして天和と地和の落ち込んでいる姿を見て、人和はヤレヤレと思って、こっそり残していたお金を取り出した。
「仕方ないわね。安い宿でいいなら何とかなるわ」
「「本当?」」
急に元気になる天和と地和。
二人の笑顔を見ると自分は本当に甘すぎると苦笑いを浮かべた。
「ただしこれが最後だからそのつもりで」
「うんうん。明日からまたお姉ちゃん、頑張るよ♪」
「ちぃも頑張ってあげるわよ♪」
こんなことを何度も繰り返してここまで生きている自分達の生命力に人和はもはや驚きも感じていなかった。
そんな三人に転機が訪れたのは翌日。
宿から出た三人がいつものように歌を披露していると、一人の男が近寄ってきた。
「いつ聞いても素晴らしい歌ですね。貴女達のその歌声に感服いたしました」
身なりからしてそこそこの家に住んでいるように見える男に人和が目を細めた。
「何か御用でしょうか?」
「いえいえ、ただいつも素晴らしい歌を聞かせていただいた代金をと思いまして」
そう言って服の裾から袋を取り出し三人の前に置いた。
その時に聞こえてきた音からして相当のお金だと人和は思った。
「それと是非、私の主が皆様を屋敷に迎えたいと言っておりまして」
まるで以前から知っているかのような言い方に人和は奇妙なものを感じた。
人和は男の笑顔を見てこれは何かあるかもしれないと警戒心を抱いた。
「せっかくですがそんな余裕はありません。お引取りください」
「そうですか、残念ですね。せっかくご馳走や湯をご用意させていただいていますのに」
その言葉にますます人和は不機嫌になっていく。
が、二人の姉は違っていた。
天和は置かれた袋を開いて中を見て、これまで手にしたことのない金額のお金を見て目が輝いており、地和もご馳走という言葉に喉を鳴らしていた。
「ねぇねぇ人和ちゃん、凄いよ。こんなにお金があるよ」
「ご馳走……ご馳走……どんなのがあるのかな」
「ね、姉さん!」
毎日を生きるだけで必死な彼女達にとってこれまで屋敷に呼ばれるようなことは一度もなかった。
それだけにこのような甘い誘惑に天和と地和は簡単に落ちた。
「はぁ~……」
頭を抱える人和だが二人からの熱い視線を受けて仕方なく男の提案を受け入れた。
ただし、決して隙を見せないように自分だけはしっかりしておこうと思った。
「ではついてきてください」
そう言って男は三人を案内していく。
「どんな所だろうね。美味しい物食べさせてくれるのかな?湯も用意しているって言っていたよね」
「もしかしてちぃ達って有名人なのかな」
「そんなわけないでしょう」
気楽な二人に対して呆れる人和。
案内される間、人和は男の方をじっと見ていた。
「ちーちゃん、何が食べたい?」
「ちぃはね、豚の丸焼き」
「私もそれ食べたい♪」
「お腹一杯食べたいなあ」
好き放題言う天和と地和。
今までお腹一杯食べたことなどなかっただけに人和としても姉達の欲求は満たしてあげたかった。
(それにしても私達を招待だなんて……何か裏がありそうね)
姉達に危害を加えるような動きがあれば二人を連れて逃げ回るしかなかった。
もっとも捕まってひどい目にあわされる方が可能性的には高かった。
「ねぇ人和ちゃんも楽しみだね♪」
屈託のない笑顔を見せる天和に人和は軽く息をつきながら笑顔で応えた。
何かと問題がある二人の姉達だが人和にとってこの世で大切な姉達には変わりなかった。
「天和姉さん、ちぃ姉さん、せめて行儀よくお願いね」
人和はそれだけ言って屋敷に着くまで黙った。
「もう食べられない~」
「こんなに食べたの初めて」
屋敷に着いてすぐに湯を勧められ、旅の疲れを存分に落とした後、通された部屋にはこれまで見たこともない豪華な料理が所狭しと机の上に並べられていた。
遠慮なくどうぞと男が言ったため、天和と地和は人和が止めるのを聞かずに椅子に座って片っ端から手を伸ばしていった。
一刻もしないうちに机の上にあった料理はほぼなくなり、天和と地和は満面の笑みでいた。
「いかがでしたか?」
頃合を見計らって男が三人の前に現れた。
「凄く美味しかったです」
「ちぃも生まれて初めてこんなにたくさん食べた」
「それは何よりです」
二人の喜びの声に満足したかのように男も笑顔を見せる。
「ところでそろそろ私達に会いたいという貴方の主に会わせて頂けますか?」
人和は二人の姉達のように浮かれてはいなかった。
なぜ旅芸人の自分達のような者に会いたいのか、その理由がまだわからなかった。
「それが大変申し訳ないのですが、主は急な用件で出かけておりまして」
「つまり会えないと?」
「申し訳ございません。されど託がありますので」
「託?」
男は手を叩くと別の男が現れ手には包んだ何かを持ってきていた。
それを手にした男は遠慮なく三人の前に差し出した。
「これは?」
一番初めに手にしたのは人和だった。
男は何も答えずただ笑顔を崩さずに彼女達を見ていた。
不審に思いながら人和は包みを取っていくとそこには一冊の古びた本があった。
そしてその本には、
『太平要術の書』
と書かれていた。
人和からすればどう見ても妖しすぎるその本の、天和と地和は何なのかわからなかった。
「皆様の才能をこのまま世に示されることなく朽ちていくことはあまりにも惜しいと我が主は申しております。そこで少しでもお役にと思いまして」
「これを?」
「はい」
男の笑顔はまったく崩れることはなかった。
それが余計に人和の警戒心を招いていた。
「どうしてここまで私達に力を貸していただけるのですか?」
タダより怖い物はない。
人和も自分達の今の境遇から抜け出したいと何度も思ったことがあった。
だからといって何でも頼ってもいいとは思ってはいなかった。
「皆様にそうする価値があるからですよ。我が主は才能がある者を知ればすぐに協力したいと常日頃申しております。それにです」
そう言いながら男は人和に近寄っていき、小声で続けた。
「お金があれば何かと便利だとは思いませんか?」
自分達、人和にとってもっとも痛いところを突かれた。
横を見ると二人の姉は楽しそうに話をしていたため、軽くため息を漏らし頷くしかなかった。
それからというものの、彼女達は太平要術の書に書かれていることを実践しながらいつも通りに歌などを歌っていた。
お金をいくら使おうとも自分達を支援してくれている者がいるため、空腹や野宿と無縁になっており、以前のように何も心配をすることなど何もなかった。
そして何よりも大きな変化は自分達にファンができていたことだった。
それも次々と増えていき、気がつけば何十万というファンがいたるところに存在するようになっていた。
「みんな大好きーー!」
「てんほーちゃーーーーん!」
「みんなの妹」
「ちーほーちゃーーーーん!」
「とっても可愛い」
「れんほーちゃーーーん!」
などといった合言葉のようなものまで存在していた。
それだけに彼女達の人気はうなぎのぼりであり、まだまだ熱狂的なファンが増えていた。
「お疲れさまでした」
三人が公演を終えて各地に用意されている専用の屋敷に戻ると男が立っていた。
「いやはや、さすがは皆様のお力。これほどまで人気があったとは嬉しい限りです」
まるで自分のことのように男は嬉しそうに話す。
天和と地和は満面の笑みを浮かべており、人和も表面的には笑みを浮かべていた。
「これも貴方の主様のおかげです」
人和がそう言うと男は大きく頷いた。
「主もそう言っていただけると喜ぶことでしょう。さて今日、ここに来ましたのはあるお願いをしにきたのです」
「お願い?」
これまで多くの支援を受けていた人和としては多少のことならば我慢できると思いその内容を聞くことにした。
「実はこの国は今、大変な危機を迎えております。それもこれも漢の皇帝陛下が臣下に政を任せて一人、優雅な日々を送っているのです。そのために民の生活は酷いもので我が主はそれを正したいと思い、皆様にそれに協力していただきたいのです」
男は国を救うために、皇帝に善政をしてもらうために一度、大規模な騒乱を起こしてほしいと言っていた。
今の天和達なら何十万というファンがおり、またその大半が貧しい民達で構成しているため、漢王朝自体を倒すことは不可能であってもそれなりの喝を入れることはできる。
そしてそれがこの国を良き国へと変化させる。
「本当にそれだけですか?」
「もちろんです。騒乱を起こした者に対しては処罰されないようにこちらで手配しております」
事後処理は全てこちらがすると男は付け加えた。
これまで散々、お世話になっているだけに人和としては協力するのが筋だと思っていた。
だが、大規模な騒乱を起こしたとして男が言うように上手くいくのだろうか。
考えれば考えるほど人和は表情を険しくさせていく。
「もし成功した暁には皆様を国の歌姫としてお迎えいたします」
「本当ですか!」
それに飛びついたのは人和ではなく天和と地和だった。
「ちぃ達が国の歌姫になれるの?」
「はい」
「もっともっとたくさんの人に私達の歌を聞いてもらえるの?」
「もちろんです」
天和と地和はそれだけで快く了承をしてしまった。
「ね、姉さん!」
人和が止めに入ったが間に合わなかった。
結局、人和も悩んだ挙句、二人の姉と同じように男の願いを聞き入れた。
男と別れた三人は部屋に戻った。
「姉さん達、どういうつもりなの?」
一番に口を開いたのは人和だった。
そこには多少の批判が混ざっていたが天和と地和は気にしていなかった。
「だって人和ちゃん、これって人助けなんだよ」
「そうよ。それに成功したら国一番の歌姫になれるのよ」
この数ヶ月、二人は変わったように思う人和。
多少(?)の問題はあるものの人として踏み間違うことなどなかっただけに、進んで騒乱を起こすことに協力しようとしている二人の姉が心配でならなかった。
「大丈夫だって。人和ちゃんは心配しすぎだよ」
「そうよ。それにちぃ達が今こうしているのも誰のおかげなのよ」
未だに顔すら見たことのない恩人に天和と地和は無条件で擁護していた。
「わかったわ。そこまで姉さん達が言うのならば私はもう何も言うことはないわ。でも、一つだけお願いがあるの」
「なになに?」
「無茶だけはしないで。姉さん達が危ないことに巻き込まれるのだけは嫌だから」
人和としては最悪、それだけは回避したかった。
いつも一緒にいるだけに天和と地和を危険から守りたかった。
「大丈夫だよ。何にも心配ないよ」
天和は心配しすぎる妹に笑顔を見せる。
これまでの危機的状況からすれば十分すぎるほど安全性がある。
しかも処罰されないという保障まで付いている。
(でも失敗したらどうなるわけなの?)
失敗をすれば今の自分達はどうなるのだろうか。
手のひらを返されて責任を取らされ密かに抹殺されるかもしれない。
人和はどこまでも心配が尽きなかった。
「ねぇ、姉さん達は今の生活をどう思っているの?」
そんな考えの中でふと人和は聞きたくなった。
今の生活よりも昔のように貧しくとも気楽な旅芸人の時の方がよかったと言ってくれるかなと密かな願いがあった。
「凄く楽しいよ♪」
その一言は人和にとって辛いものだった。
何の迷いもなく嬉しそうに答える天和。
「毎日美味しいご飯食べられて、お湯も使える。それにいくら無駄使いしてもお金が尽きないもんね」
毎日の苦労が嘘のような今の生活に身も心も委ねている地和。
今の生活になってからというもの、人和に二人の姉は愚痴などを言ってこなくなった。
そればかりかいつも苦労をかけていたことを謝ってきた。
(なんだか姉さん達であって姉さん達のように思えない……)
確かに目の前にいるのは自分にとって大切な姉達だった。
だが、どこか違うように感じていた。
まるで何かと中身が入れ替わっているかのように人和は思えてならなかった。
「それよりも頑張って準備しないとね」
「そうね。恩返しだもんね」
張り切る二人に人和はこれ以上、何も言わなかった。
いや、言えなかった。
こうなれば最後まで二人の傍にいて守っていこうと堅く決意をした。
だが、事態は人和が予想していたよりも早く動き始めた。
いつものように公演を無事に終えた三人の前に粗末な服を着て顔や手などが泥などで汚れた男の子がやってきた。
「どうしたの?」
天和が男の子に声をかけると、どこか怯えていた。
「もしかして迷子?」
地和が周りを見るが男の子の親らしい姿は何処にも見当たらなかった。
そして人和は男の子の姿を見て妙なものを感じた。
よく見ると身体は痩せており、小さい頃の自分達の姿を見ているような感じだった。
「お腹、空いているの?」
人和がそう言うと男の子は小さく頷いた。
このまま突き放すことなどできるはずがなかった三人はとりあえず自分達のために用意されている屋敷に連れて行った。
親が捜しているのであれば後で連れて行けばいいと気楽に考えていた。
屋敷に戻ってすぐに料理を持ってきてもらうと、男の子はどうしたらいいのかわからず三人を見た。
「遠慮なんていらないよ。お姉ちゃん達のお屋敷だし」
天和は笑顔でそう言うと、初めは戸惑っていた男の子も一口食べると空腹が後押しをして次々と食べていった。
「よほどお腹が空いていたのね」
無我夢中に食べる姿にかつての自分達の姿を思い出す三人。
こんな幼い子供が飢えるような世の中にしたのが漢の皇帝なら世直しをするのも悪くないと思った。
男の子は料理を全て平らげると嬉しそうにお礼を言った。
「せっかくだから湯も使いなさいよ」
地和にしては優しい言葉をかけたため、天和と人和は軽い驚きを覚えた。
だがそれは別に変なことでもなかったので同じように勧めた。
「それじゃあ、お姉ちゃん達と入ろうか?」
「ち、ちょっと姉さん!」
さすがにそれは恥ずかしいと思った人和は天和を注意する。
と、その時だった。
部屋の扉が乱暴に開けられ、屋敷を守っている兵士達と三人の世話をしている男が入ってきた。
「いけませんね。ここは貴女達のために用意した屋敷ですよ?そのような者を入れてはなりません」
そう言っている間にも兵士達は男の子の近くに行き、乱暴にその小さな腕を掴んで引きずっていく。
「ち、ちょっと待ちなさいよ」
地和が慌てて止めようとしたが兵士達は誰も耳を貸さなかった。
「ご安心を。この者はすぐに両親の元へ送らせますから」
「本当に?」
「はい」
「乱暴なことをしないって約束できる?」
「もちろんです」
そう言って礼をとった男は兵士達を連れて部屋を出て行った。
残された三人は自分達が何か間違ったことをしたのかと思い返したがそんなことは何一つなかった。
「あの子、大丈夫かな?」
地和はもっと強く言えばよかったのではないかと思った。
「大丈夫だよ。確かに黙って連れてきたのは悪いわけだし、それに乱暴なことはしないって言っていたから大丈夫だよ」
元気のない地和を天和は励ます。
その姿を見ていた人和も天和と同じ気持ちだった。
「とりあえず、私達も今日は休みましょう。明日でここの公演も終わりだし」
「……」
人和の言葉に天和と地和は小さく頷くことしかしなかった。
「ちょっと外に行ってくる」
「ちぃ姉さん……」
いつもの元気がない地和の背中を見て天和と人和は静かに見送ることしかなかった。
「ねぇ人和ちゃん」
「どうしたの姉さん?」
「私達って世直しのためにするんだよね」
ここにきて天和は男から言われたことを確認するように妹に質問をする。
あの時は深く考えることなどなかった。
ただ恩返しができればそれでいいと。
だが、さっきの光景を見ているととてもそのような態度を感じさせているようには思えなかった。
いくら天然で無責任なところがあってもそう感じることは天和にもあった。
「姉さん……」
「ごめんね。今の私達があるのは拾ってくれた人がいてくれたからだよね。だからその人の為に恩返ししないとダメだよね」
人和が無理に笑顔を作る天和を見たのはこの時が初めてだった。
(姉さんは何かに気づいているの?)
いつものように姉とは思えない数々の子供じみた行動の裏側では自分が想像もできないことを考えているのだろうか。
今の生活もただ無邪気に喜んでいるのではなく何か打算があってのことなのだろうか。
もしそうであれば自分は姉達を誤解していることになる。
それを表面に出さなかったのはもしかしたら自分に余計な心配をかけさせたくなかったからなのではと思った。
「姉さん」
「どうしたの?」
「姉さんがこれでいいと思うのならそれでいいと思う。私はその後にしっかりついていくから」
「ど、どうしたの、急に?」
訳がわからないでいる天和に人和は微笑むばかり。
「なんでもない。それよりもちぃ姉さんが戻ってきたらご飯にしましょう」
「……?そうだね」
無理やり話題を切り替えた人和に天和はまだ不思議そうに眺めていた。
「ねぇ人和ちゃん」
「なに?」
「私達ずっと一緒だからね」
「ねぇ……さん?」
「どんなことがあってもずっと一緒だから。ちーちゃんと人和ちゃんと一緒だからね」
生まれて一度も離れることなくいつも傍にいてくれる姉達。
人和にはそれだけでも十分幸せだった。
「当たり前じゃない。私がいないと天和姉さんもちぃ姉さんも食べていけないわよ」
「そうだよね。うんうん」
嬉しそうに頷く天和に人和はこの姉がどうしても憎めなかった。
それ以上にこうして自分達を必要としてくれていることが嬉しかった。
「ちーちゃんが戻ったらご飯食べようね」
そう言っていると部屋の扉が開き、地和が血相を変えて駆け込んできた。
激しく肩を揺らし息も途切れ途切れのその姿に天和と地和は何事かと思った。
「どうしたの、ちぃ姉さん?」
「そんなに慌てなくてもまだご飯はできてないよ?」
妹からは何事かと思われ、姉からはそんなに空腹なのかと思われている地和。
「ち、違うわよ。それよりも大変なの」
「何が?」
「さっきの男の子が……」
「さっきの男の子がどうしたの?」
それならば無事に家まで送ってもらっているはずではと二人は思った。
地和は息を落ち着かせるとどこか怯えているような表情で姉妹にこう言った。
「見ちゃったの……。あの男に乱暴されてるとこ」
「「乱暴?」」
天和からすれば信じられないことだった。
これまで何でも自分達の願いを聞いてくれた男が今回ばかりはそうでないとは思えなかった。
「嘘だよね?だってちゃんと送ってあげるって言ったじゃない」
「でもちぃは見たんだもん。凄く痛そうにしていたんだよ?」
だがそれを止めようと地和はしなかった。
いや、あまりにも男の表情がこれまで見せたことのない冷たさを感じさせていたため、助けることができなかった。
「ちぃ達は世直しをするんだよね?貧しい人達を助けるためにするんだよね?」
二人に確認をする地和。
助けなければならない者を助けず、暴力を振るっている姿を見た地和にとって男の言っていることが本当なのか不安になっていた。
「ちぃ姉さん」
「みんなが幸せになってちぃ達の歌をもっと聞いてくれるようになるんだよね?それなのに……」
何かの誤解ならよかった。
だが地和が嘘をつくようなことはしないことは天和も人和も知っていた。
「ちぃ達もあの子みたいになるのかな?」
「ちーちゃん……」
「嫌だよ。ちぃ達もあの子みたいに乱暴されたくないもん。でも……」
何もかもが満たされても裏で自分達の思っているような奇麗事とはかけ離れた行為が行われていると思うと、地和でなくても嫌な気持ちになった。
そんな姉の姿を見て人和はようやく自分が感じていた何かを発見したように思えた。
「天和姉さん、ちぃ姉さん」
そして意を決して人和は二人の姉に対してこう言った。
「もうこんな生活はやめましょう」
「人和ちゃん?」
「私達は利用されているのかもしれない。それに世直しなんてする気なんてあの男やその主はないんだと思うの」
その誰かまでは人和もわからなかった。
だが、成功しても失敗しても自分達の辿る運命は一つしかないと確信した。
「だからもう今の生活は終わりにしましょう」
「人和ちゃん……」
「大丈夫。たくさんの応援してくれる人がいるのよ」
行き着く場所が決まっているのであれば自分達でそれを切り開いていく方がまだマシに思えた人和の想いに天和と地和も頷いた。
そして計画を実行する日よりも早く、天和達は騒乱を起こすことを決めた。
自分達の歌で世直しをして、すべての人達に幸せをもたらしたいと願った。。
翌日の公演前。
三人はステージ衣装を身につけて静かに始まるのを待っていた。
「ねぇちーちゃん、人和ちゃん」
「なに?」
「どうしたの?」
「大丈夫……だよね?」
これから自分たちがしようとしていることに不安を口にする天和。
だが、もう引き返すことはできなかった。
引き返せば後悔する。
引き返さなくても後悔する。
どちらかを選べといえば後者がまだマシに思えるのは、それだけ無意識のうちに追い詰められているということだった。
「大丈夫よ。ちぃと人和がついているんだもん。それに、ちぃ達に味方してくれる人だってたくさんいるじゃない」
地和は一晩中、考えて翌朝にはしっかりと自分の意思を再確認していた。
自分達は本当の意味での世直しをするのだと。
「そうだよね。大丈夫だよね」
自分に言い聞かせるように天和は何度も繰り返して「大丈夫大丈夫」とつぶやく。
「姉さん、私とちぃ姉さんがついているから」
ある意味では人和が二人に推し進めたようなものだった。
それだけに罪悪感を感じずにはいられなかった。
「もう二人ともそんな暗い顔をしたら皆が逃げるわよ?」
いつも通りの調子で二人をからかう地和。
「ちぃ姉さん、声が震えているのは気のせい?」
「ふ、震えてなんかないわよ。そういう人和はどうなのよ?」
「私はもう覚悟を決めたから今更怖がっても仕方ないって思っているわ」
どうせ同じ結末を迎えるのであれば納得できる方を選んだ人和。
地和もそんな妹と同じ気持ちだった。
「ちーちゃん、人和ちゃん」
そして彼女達の姉の表情も真剣そのものだった。
「私も頑張るよ。だからこれからもずっと一緒にいてね」
天和の言葉に地和と人和は笑顔を見せた。
どんな運命が待ち受けていようとも決して離れることはない。
「よし、それじゃあ、いこうか♪」
「ちぃの歌声で皆を魅了してあげるんだから♪」
「私達の歌でしょう?」
「細かいことは気にしないの」
地和はそう言って前に歩いていく。
「姉さん、行こう」
人和にそう言われて天和も前に進んでいく。
舞台袖に立った三人はお互いの顔を見て大きく頷きあい、舞台へ上がっていった。
「みんなーーーーー!会いたかったよーーーーー!」
いつもより元気な声で目の前にいる大勢のファンに手を振っていく天和達。
彼らと共に世直しをする。
その想いが彼女達をさらに元気にさせていく。
「それじゃあ今日も楽しんでいってね♪」
そう言って彼女達は精一杯歌を歌い始めた。
公演の終盤に差し掛かる頃、会場は熱気に満ち溢れていた。
誰もが舞台上の三人に熱狂している。
「ここで皆にお知らせがあります」
天和は元気な声で目の前に埋め尽くされているファンに声をかけていく。
「私達はこれまで皆と一緒に頑張ってきたけど、これからも一緒に頑張りたいと思ってるの。だから、これから私達が言うお願いを聞いて欲しいの」
彼らの憧れである三姉妹からのお願い。
それだけでも彼らは心躍るものを感じた。
「これから私達は世直しのためにもっともっと頑張ろうと思うの。でも、そのためには皆の力が必要なの」
世直しとは何のことか理解できなくとも彼女達に力を貸すことは何も問題はなかった。
「皆が幸せになれば私達も幸せになれるから。だからそのために皆で立ち上がりましょう」
彼女達の言葉のあと静けさが訪れたがそれもほんの僅かな時間だった。
「ほわあああああああああああああああああああああああ!」
その場にいた者の全員が雄叫びのごとく声を上げていく。
まるで催眠術にかかったかのように、一糸乱れることがなかった。
「それじゃあ、まず初めに役人を倒しちゃうよ」
「ほわあああああああああああああああああああああああ!」
舞台袖でいつものように三人の公演を見ていた男は何が起こっているのか理解できなかった。
そして気がついたときには屈強な男達に取り囲まれていた。
「こ、これはどういうことですか!」
目の前にやってくる天和達に非難の声を上げる男。
「あのね、凄く私達は感謝しているの。でも、約束は破ったらダメだと思うんだよね」
「ちぃ達はあの男の子のように乱暴されたくないもん」
「貴方の主様がどう思っているか知りませんが、こちらとしては許せないこともあるんです」
天和は申し訳なさそうに、地和と人和はこれまでの感謝の気持ちがほとんど消えていた。
昨日の事を見られていたとは思いもしなかった男は三人を睨みつけた。
「我々の言うとおりにしてなければ後悔するぞ」
「何もしないよりマシだと思うわ」
「……」
人和はそう言ってファンの男達に連れて行かせた。
あの男がどうなるかなどもはや人和にとってどうでも良かった。
「天和姉さん、ちぃ姉さん」
「もう、あんたがそんな顔してどうすんのよ」
「そうだよ。もう決めたんだから、出来るだけのことをしようよ」
人和に笑顔を見せる二人の姉。
自分達がこの国に大きな騒乱を起こすことは国家反逆罪となり捕まれば処刑されることを考えれば、二人の大好きな姉を巻き込んでしまったように後ろめたさがあった。
「とりあえず大陸中の皆と一緒に頑張ろうね」
「ちぃ達の歌を聞けば何だってしてくれるわよ」
「そうね」
もう引き返すことはできない。
後は進むだけだった。
そして彼女達の行動が後に百花と一刀にも大きな影響を与えるなど知る由もなかった。
(あとがき)
前ふりでも書きましたがこの三人は私にとって難しい存在です。
どう書けばいいのか、どのように反乱まで持っていくか書いていると、色々と納得できないところもあったりで大変でした。(滝汗)
たぶん、数え役満☆姉妹が表立って出るのはこの黄巾騒乱編ぐらいかな~。
(もし一刀と接点が出来ればそのうち出てくるかも?)
というわけですが黄巾騒乱編、何かと摩訶不思議な部分があると思いますが最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
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いよいよ黄巾の乱編に突入です。
書いてて思いました。
あの三人って書くのが難しいなあと。
よって内容はほとんど私の妄想の元構築したのでご了承ください。
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