No.130492

真・恋姫†無双~三国統一☆ハーレム√演義~ #23-3 一刀の見る夢|初めての… ~秋~

四方多撲さん

第23話(3/4)を投稿です。
~秋~とか言っておいて、作中では7月~12月初頭までという^^;
焔耶のネタがDNAアンソロの某御作と被ってますが、他意はございません! 
彼女を弄るなら、これは基本ということで……どうかお目こぼし下さいm(_ _)m
亦その次に連なるは、消ゆる間近き星月夜。蜀END分岐アフター、二十三が『秋』!

2010-03-17 00:31:24 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:33960   閲覧ユーザー数:24268

「陛下。本日より武術訓練を再開するとの由。以後、武術訓練と『錬功』を交互に行うとするそうです」

 

仕事モードの蓮華からそう告げられたのは、いよいよ夏到来といった感のある七月の下旬。昼食後、一刀が午後の政務に取り掛かった矢先であった。

 

現在、天子の政務室に在室するのは、皇帝・一刀、中書令・蓮華、侍中の詠・音々音・風の合わせて五人。

本来ならこれに桃香、穏の二人も在室するのだが、中書監である桃香はまだ出産後産休から復帰していない。

 

そして侍中の一人である穏は、つい先日出産したばかり。桃香と同様、出産後産休中であった。

また、政務室とは関係ないが、尚書左僕射(ぼくや)の稟も同様に出産を無事に終え、産休となっている。

生まれた娘たちは陸延(えん)、郭奕(えき)と名付けられ、母子とも産後の健康状態は良好だった。

 

敢えて問題点を挙げるならば。

 

穏の子、陸延を見て触発された小蓮がぐずり。

 

「ずるいずるいずるい! シャオも一刀の赤ちゃん欲しい~! 夜伽なんて待ってられないもん。仕事仕事で政務室にばっかり籠もってないで、偶には後宮でのんびりしようよ~! そうすれば、中常侍のシャオがいっぱい、い~~っぱい持て成してあ・げ・る・か・ら♪」

 

稟の子、郭奕を見て触発された風がぐずり。

 

「ううう~、やはり稟ちゃんだけ先になんて、納得しかねるのですー。何ですか、えこ贔屓ですかー? 風のようなお子様体型に用はないということですかー#」

 

穏不在の穴を埋める為、連日政務室に詰めさせられている音々音が口を“3の字”にして頬を膨らまし。

 

「ねねは本来非常勤なのですぞ! 何故、恋殿の側に侍ることも出来ず、このようなところに……(ぶつぶつ)」

 

ということで、その対処……ご機嫌取りに気を揉み、またもやたっぷりと散財した一刀だったが、状況はそれだけに収まらなかった。

 

何と言っても小蓮は中常侍筆頭であり後宮の諸事一切の仕切り役だ。祭から一刀の精力増大に関して聞いた彼女は、すぐさま夜伽に関する制定改案を上奏。“子種の権利”を当番制から希望制に変更し、しかも夫側の拒否権を認めないという形式へと(一刀の弱腰な反論を強引に押し切り)即日改正した。

 

つまり、一刀は夜伽での『留保性交』を実質的に禁じられてしまったということだ。

 

加えて、前述のように小蓮と風が一時的にとても積極的になったことを切っ掛けに、正室の多くが場所・時間を問わず誘惑を仕掛けてくるようになってしまい、状況に流され易いというか、女性の誘いを断ることが出来ない一刀は、色々な意味で大変な毎日を過ごすこととなった。

 

それでもなお、(口ではひぃひぃ言いつつも)乾涸びるでもなく、日常を過ごすことが出来る彼を、城勤めの官吏らのみならず、洛陽の民も畏敬と敬服を以って『和の種馬』と呼んだ。

……元々そう呼んでいたという話もあるが。

 

『いや~、俺って幸せ者だよね。ハハハハ……』

 

この状況に、一刀はこう語ったという。……乾いた笑いと共に。

 

 

――閑話休題。

 

 

「……あー、とうとう解禁ですか……」

「『内功』によって肉体の耐久力が相当高まったこと、『氣』による怪我の治癒も可能になったことから、休職中ではありますが華琳――丞相も許可を出したそうです」

「これまでの訓練の結果が認められたってことだから、嬉しいことは嬉しいんだけど。以前は散々ボコボコにされたからなー……」

「……流石にもう祭も分かっていると思うわ……………………多分」

「その“多分”が怖いんだって、祭は……」

 

蓮華も思わず仕事モードを解除してフォローするものの、たっぷりと間を置いて“多分”の一言が付いた。

何せ彼女は当初の武術訓練において、事前に冥琳から十分に気をつけろと言われていたにも関わらず、一刀をボコボコにしてしまった前科持ちであるからして。

一刀も戦々恐々である。

 

「はっ、精々死なないようにしなさいよ」

「詠ぃぃ~! 縁起でもないこと言わないでくれぇぇぇぇ!」

「知ったことじゃないっての。で、蓮華。今日の“陛下”のお相手は誰なの?(にやにや)」

 

嫌味っぽく“陛下”を強調しつつ、意地の悪い笑顔で尋ねる詠。

 

「え、ええ。今日は祭と真桜が担当すると聞いているわ」

「おおー。どちらも調子付くと制動の掛からない性格ですねー。これはこれは……ご愁傷様なのです、お兄さん。ナムナム」

「的確なご指摘、涙が出るよ……。最近は仏教についても勉強してるの? 風は拝む姿が良く似合うね……ははは(がっくり)」

「ふっふっふ。これは面白いものが見られそうなのです。見学に行ってやるので、ありがたく思うと良いのです♪」

「ボクもコイツがボコボコに殴られるのを見に行きたいけど……正直、今日は身体がだるいのよね……どうしようかな……」

「ねねも詠も、酷いよ……というか、詠。体調が悪いなら無理せず休んでいいんだぞ」

「っさいわね。ほっといてよ」

「断固拒否する。だるいって……月のモノ?」

「違うわよ! ったく、どうしてアンタはそう、細やかな気配りが出来ないのよ……!////」

「詠の言う通りなのです! そんなことだから、鈍い鈍いと誰しもに言われるのですぞ、へぼ皇帝!」

「ううぅ……俺はただ、詠が心配なだけなのに……」

「心配の仕方が悪いのですよ、お兄さん。全く、仕方のない人ですねー」

「そういうことよ、一刀。もう少しその辺りも勉強してね?」

「……精進します……」

 

その場の全員から非難されてはぐうの音も出ない。一刀はしょんぼりと頷いた。

 

「では陛下。まずは此方の書類ですが……」

 

再び仕事モードに戻った蓮華に促され、一刀を初め、銘銘も各人の仕事に手を付け始めた。

 

時刻は夕刻。いよいよ武術訓練の再開である。

一刀の前には祭と真桜。その三人を囲むようにして大勢の正室が見学に訪れていた。

特に武官の正室らは、ここ最近の一刀の所作が安定していることに気付いていた為、実際にどれ程のものか己が目で確かめようとしているようだ。

この場にいないのは、朱里を初めとした仕事が手放せなかった文官と、帝都近郊の治安を司る『司隷校尉』の桔梗、宮中警備を担う『光禄勲』の紫苑、警邏のタイミングがかち合ってしまった『洛陽警備隊』二番隊組長の焔耶だった。

 

「暇人どもめーー!」

 

とは言え、一刀からすれば公開処刑でもされている気分である。

夢の中では随分修行を重ねてきた積もりだが、何せ祖父・孫十郎以外と立会い稽古していない為、自分の実力の程が分からないのだ。

 

(どこまで俺の“技術”が通じるか……やるだけやってみるしかないな……。ある程度の怪我は『気功』で治せるし、スタミナも増幅出来る。夢での立会い稽古よりは多少気が楽かも)

 

「さて、訓練を始める前に……真桜」

「あいよ。隊長、例のブツ、試作品が出来たんで確認してや」

 

真桜が一振りの刀を一刀へと放る。

それは僅かに反りのある細い刀剣……打ち刀サイズの日本刀だった。

 

「おおっ、やっと出来たんだ! ありがとう!」

 

一刀は早速抜刀し、幾度か振るってみる。

 

「うん、振った感覚もかなり近い。流石だな、真桜!」

「へへっ、そう言うてくれると作った甲斐があったっちゅーもんや♪ で、こっちが刃と先端を潰した模擬刀な~」

 

真桜は更にもう一振り、刀を一刀に渡した。

 

実はこの日本刀は、形状や重心が似ているだけで日本刀ではない。

所謂日本刀は、製法が非常にデリケートかつ複雑で、一刀も製法・材料の全てを暗記出来なかったのだ。おまけに材料も特殊な為、再現が非常に難しいということもある。

そこで、刀の形に鋳造した鉄に鋼を貼り付けた、日本刀モドキというか、似非日本刀を真桜に作成して貰ったのだ。

製法としては鋼を使用した(この当時では)高級な農具のものに近い。

わざわざ真桜に頼んだのは、農具の製法から重心などをなるべく日本刀に近づけた刀を作って貰う為である。

はっきり言って、切れ味も耐久性も日本刀とは比較にならない程お粗末な代物だ。しかし、本当に日本刀を開発するよりも製造が容易で、かつ非常に安価である為、使い捨ての消耗品として使用することが出来る。

そもそもこのタイプ、つまり日本刀を使うのは現在の大陸では一刀唯一人だ。しかもその用途はほぼ護身に限られており、戦場で使う訳でもない。ならばこの程度で十分と言うわけだ。

 

 

「よし、それでは武術訓練を開始する。おぬしの言う“夢の中の修行”がどれ程のものか、見せて貰おう」

「正直自信はないぞ? まだまだ修行中で、修めた訳でもないし」

「修行に終わりなんぞありゃせんわい。段階が存在するだけじゃ」

 

(あ、爺ちゃんと同じこと言ってるや。武人の心得ってのは国や時代に関わらず共通なのかね、はははっ)

 

「さあ。いい加減、おぬしの名を呼ばせてくれよ?」

「ええっ!? 一本取らない限り名前で呼んでくれないの?」

「手加減までしとるんじゃ。我が夫ならば、それくらいはやって貰わねばな」

「む。なんか急にやる気が出てきた……!」

 

一刀は刃のある方の似非日本刀を鞘に納めて地面に置き、刃のない模擬刀を抜き放つ。

そしてゆっくりと『蜻蛉』――刀を持った右手を右耳の辺りまで上げて、左手を軽く添える示現流独特の構え――に構えた。

 

(正眼や下段で防御優先に構えても、祭の一撃を受けたら刀が折れる。なら『虎歩』の歩法で回避し切るしかない!)

(ほう。正眼ではなく、上段の構えとは……防御はせぬということか……?)

 

祭は一刀が構えたのを確認して、両手用の双手刀を片手で握り、肩に担ぐようにして構えた。

二人の間の空気に緊張が高まる。

 

「――往くぞ!」

 

祭が一足飛びに間合いを詰め、上段から真っ直ぐに切り落ろす。

一刀は祭の左側へと北郷流歩法『伏虎』でもって回避した。

 

(む!?)

 

その瞬間、ギャラリーの武官らに小さなどよめきが起きた。

武官の正室らは誰もが一流の武人である。今の一挙動……回避の歩法を見ただけで、彼の体術が今までとは比較にならないレベルにまで向上していることに気付いたのだ。

 

「ご主人様のあれ、なんか不思議な動きだな」

「そうだね。ふわふわしてるのに安定してるというか……」

「うむ。蒲公英の表現は言い得て妙、だな」

 

旧蜀勢の槍使い三人――翠、蒲公英、星――がそう所感を述べる。

 

「そうなの? う~ん、私には分からないよ~……」

「お姉ちゃんは武人じゃないから仕方ないのだ」

「そんな言い方があるか、馬鹿者! ……桃香様。ご主人様の動きは、簡単に言えば“どう動くか悟らせない動き”、と言ったところでしょうか」

「へぇ~……ホントにご主人様、夢の中で修行してたんだねぇ。すごーい!」

 

桃香には全く分からなかったようだが、流石愛紗と鈴々は一刀の動きの目的を見切っていた。

 

「…………まだまだ粗いけど、悪くない」

「なっ、なんですと!? (恋殿にここまで言わせるとは……奴め、本当に夢の中で修行していたというのですか!?)」

「ご主人様、頑張って下さい~!」

「もう、月ったら……あんな奴に応援なんていらないわよ……」

 

恋……天下の武人、呂奉先にこう言わせたのだから、修行の成果は十分出ていると言えるだろう。一刀には聞こえていないが。

そんな恋の反応に、音々音は驚愕。彼女は正直、夢の話は眉唾(一刀の思い込み)だと思っていたのだ。

月はある意味いつも通り。

詠も、結局体調不良をおして見学に来ていた(月が来たから、というのもあるだろうが)。

 

「うぅっ、これで私が北郷に剣で負けるようなことになったら……悔しいなぁ」

「白蓮様、そりゃいくらなんでも卑屈過ぎじゃないっすか?」

「だ、だってさ~……」

「あ、あはは……」

「一刀さんが多少強くなったところで、大した意味はないと思いますけれど……まあ男の方ですものね。意地があるのかしら」

 

白蓮が零した弱気な言葉に、猪々子が突っ込む。斗詩は苦笑いだ。

対して麗羽は余り興味なさそうに見ていた。

 

「……春蘭。どう見るかしら?」

「はっ! 北郷はかなり極端な構え……確かに振り下ろす斬撃などには適しますが、防御は捨てたも同然です。あの妙な歩法で回避し切る気かと」

「ほっほー! 一刀とは思えへん、思い切った戦術やな。ええやんええやん、ウチは好きやで~♪」

「うーん、ボクや流琉とは相性悪そうな感じだなー」

「……そう、だね。威力重視の人は、結構当てるのに苦労するかも」

「僅か半年で、ここまでの体術を身に付けるなんて……隊長、本当に夢の中で修行していたのかな……」

「隊長は『天の御遣い』だもん。何が起きても不思議じゃないの~♪」

「……そうね。沙和の言うことが、案外当を得ているのかも知れないわね」

 

一方、華琳を初めとした旧魏勢も、一刀の戦術を冷静に判断していた。

 

「きゃー♪ かっずとぉ~、頑張れ~~!」

「頑張って下さい、一刀様!」

「「…………」」

「……っ」

 

旧呉勢では小蓮がはしゃいでおり、明命は普通に応援中。

雪蓮と思春はじっと様子を窺っている。

一見蓮華も無言。だが、よく見れば肩に力が入っており、内心では小蓮や明命のように応援していた。

 

 

(くっくっく……『気功』の才と言い、此度の“夢”の件と言い、本に非常識で面白い男よ。――さぁ、どこまで躱し切れるか、見せて貰おう!)

 

一撃目を躱された祭だったが、とても両手用の武器を片手で振るっているとは思えないスピードでもってその隙をフォローし、逆に攻勢へと転じた。

 

(くぅっ! やっぱ速い! 斬り込むチャンスだったのに!)

 

四、五撃と回避した一刀だったが、回避するたびに少しずつ追い詰められていく。

そして、祭の攻撃が十を数えたとき、とうとう躱し切れず、横薙ぎの一撃をまともに喰らった。

 

「げはっ!」

 

数メートルを吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

常人ならば悶絶(場合によっては死亡)しているだろう状況だったが、一刀は転がるように受身を取り、すぐさま起き上がると、『蜻蛉』に構え直して、再び祭と対峙した。

 

「はっはっは! 流石の『内功』じゃのう! これなら手加減が適当で良い分、楽じゃわい♪」

「げほげほ……あのね! 適当とか言わないで、ちゃんと手加減してくれよ!?」

「適当には手加減すると言うておるじゃろ?」

「真桜~! いざというときは割り込んでくれよ!」

「ええ~。ウチに祭様の攻撃に割り込めって……たいちょー、無茶言わんといてや~」

「やる気ない声だな、オイ! 何の為の二人一組のお目付け役なのさ!?」

「そぉら、続けて往くぞ!」

 

 

……

 

…………

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

訓練が開始されて一時間強が過ぎた。

一刀は休憩すら挟まず、まだ意識を保っている。しかし、息は切れ、体中が悲鳴を上げている。

『気功』によって体力を増強し続け、攻撃を受ければ怪我を治癒し。さしもの一刀の膨大な『氣』も効力を失い始めていた。

また、何度か似非日本刀で祭の一撃を受け止めてしまい、刀を数本折られてもいた。

 

しかし、手加減されているとは言え、古強者である祭を相手に、一刀はかなりの粘りを見せている。

祭も、両手用の双手刀を片手で振るい続けて疲労が見えており、時折逆手を用いたり、両手で受け止める場面もあった。

流石に両手を用いて攻撃することはなかったが。

 

「すぅぅー……往くぞ、祭!」

「来い!」

 

力感を消して移動する『伏虎』をメインに、素早く移動する『跳虎』でフェイントを掛ける、北郷流『虎歩』。その歩法を駆使し、一刀は祭の“虚”を突き、彼女の“死角”へと入り込もうと動き続ける。

祭は気配・力感を消しきれていない一刀の動きから、動作を予測し、豪撃でもって押し返す。

 

(……祭も、両腕にはかなり疲労が溜まってる……! ここからが勝負だ!)

(全く、この耐久力と持久力には恐れ入るわい。そろそろ腕もきつくなってきおったしの……これは根競べじゃな)

 

最初は圧倒的に祭が攻勢を掛けていたが、腕の疲労の影響もあり、段々と一刀の攻撃の機会が増えていた。

 

「ィヤァァァァァァッ!!」

「ふんっ!」

 

ガキィン!

 

金属同士がぶつかり合う音が響く。

 

一刀の袈裟斬りはまだまだ威力・速度共に衰えていない。

対して祭は両腕の疲労から、攻撃そのものは未だ鋭いが、攻撃後の隙が明らかに大きくなっていた。

 

(何が何でも一撃入れる! その為には、なんとしても“死角”に……!)

 

「チェェェェェェェィッ!」

「ぐっ!」

 

僅かに“死角”に入り込んだ一刀の一撃を祭がまともに受け止めた。

 

(――ここだ!)

 

受け止めたことで動きを止めた祭に対し、更に視界の外へ外へと移動する。

 

「甘いわ!」

「がぁっ……ま、だまだぁ!」

「なっ!」

 

“死角”とは言え、祭ならば僅かに消しきれぬ気配を察知して攻撃することは十二分に可能。その一撃が一刀の脇腹を強かに打ち据える。しかし、僅かに打点を逸らすことに成功した一刀は、吹き飛ばされることを防ぐことが出来た。

脇の激痛にも一刀は全く怯まず、そのままそこから渾身の袈裟切りを見舞う。

 

「――ァァァァァァァァッ!!」

「むぅん!」

 

上段から振り下ろされる一刀の日本刀と、振り切った状態から切り返して振り上げられる祭の双手刀。

交叉する互いの一撃。

 

次の瞬間、一刀は痛烈な一撃を胴に受け、中空へと打ち上げられていた。

 

「げはっ……!」

 

冗談のように放物線を描いて、一刀の身体が十メートル近くも弾き飛ばされる。

吹き飛びそうな意識を無理矢理保ち、受身を取る為に身体を丸め、殆ど無意識に『氣』を発する。

一瞬の後、地面に叩きつけられ……一刀は精根尽き果て、大の字に寝転がった。

 

「げほっ、ごほっ……げ、限界だ。降参……」

「お疲れさーん。そこまで!」

 

真桜が合図を出し、祭との立会い稽古の終了を宣言した。

 

祭は双手刀を鞘に納め、両手をぷらぷらと振りながら一刀の下へと歩いてきた。

 

「うむうむ。儂と半刻(一時間)以上打ち合えるとは、期待を大幅に上回る出来じゃったな」

「褒めてくれるのは嬉しいけど。……あ~、畜生。結局一撃も入れられずか~……最後、手ごたえはあったんだけどな。俺と祭じゃ鍔迫り合いになんてなりゃしないか」

 

寝転がったまま、悔しがる一刀。

確かに打ち込んだ感触が掌に残っている。一刀はそれが刃と刃がぶつかった際のものと考えたようだった。

しかし、一刀の独白に祭が笑い出した。

 

「くっくっく……。何を言っておる。ホレ、見てみい」

 

祭が一刀の目の前に自身の右手を差し出した。

よくよく見ると、手首の辺りが赤く腫れ上がっている。

 

「おぬしの最後の一撃は、真剣だったならば儂の右手を斬り落としておったわ。見事な一撃じゃった」

「マジでっ! ……って、あんまり“真剣だったら”って仮定は意味がないんじゃない? それを言ったら、俺何回死んでるか分からないし……」

「ついでに言えば、儂の最後の一撃は、思わず両手で攻撃してもうたしの」

「……納得。それであんなに吹っ飛ばされたのな。あぁ、俺が感じた手ごたえって手首に打ち込んだ感触だったってことか……つーか、手首を打ったのに、そのまま振り切られるとは……流石は黄公覆」

「儂は『外気功』で肉体の防御力も高められるからのう」

「成る程、尚更納得。あー、なんか一撃入れた気にならないなぁ……」

「よいではないか。儂は十分満足しておるぞ? はっはっは!」

「……そう? 祭がそう言うなら、まぁいいか。じゃあ祭」

「む? なんじゃ」

「早速だけど、名前で呼んで貰おうかな~?(にまにま)」

「…………。そ、そうじゃったのう」

「今更やっぱナシとか言わないよな?」

「む、むう……(や、やはりどうにも気恥ずかしい……)」

「ささ、どうぞ♪」

「い、いや……今晩は儂も伽役じゃし、そのときに……」

「えー、いいじゃん。ここで一回だけでも呼んでよ。ご褒美だと思ってさ」

 

躊躇する祭だったが、訓練が終了したことでギャラリーだった者達がこちらへ向かって来ていることに気付いた。

衆人環視状態で言うには、尚更の覚悟(或いは羞恥)が必要になってしまう。

 

「ぬぅぅ……かっ……////」

「うん♪」

「ええい、嫌な笑みを……! すぅ、はぁ……か、一刀。今日はよう頑張ったの////」

「――へへっ、ありがとう、祭♪」

「くぅ~……////」

「おお~、祭様を赤面させるとは、さっすが隊長やわ~」

「喧しいわ、真桜!」

「うひゃっ、すんまへん」

 

そんな遣り取りがされている内に、寝転がったままの一刀の周囲に正室らが集まってきた。

最初に来たのは蓮華を筆頭とした旧呉勢。

 

「とりあえず、お疲れ様。手加減されていたとは言え、祭相手によくやった方なんじゃないかしら」

「うわ~、何その態度? お姉ちゃんが静かだったのは最初の一撃目だけだったじゃん。ねぇねぇ一刀。お姉ちゃんったらねぇ、ずぅ~っと必死に応援してたんだよ。終わった途端、急にそっけない振りなんかしちゃって」

「な、何を!? わ、私は必死になんて、別に……」

「もう、お姉ちゃんは素直じゃないんだから……」

「ははっ、二人とも、応援してくれてありがと」

 

どうにも人前……特に小蓮の前では蓮華は素直になれないらしい。

 

「ふふっ、まあ蓮華はともかく。頑張ったわね、一刀。……そのうち私の相手もしてね?(ぺろり)」

「は、ははは……そ、そのうち、ね?」

「復帰後の楽しみが増えたわね。ふふふふ……♪」

 

ぞぞっ!

 

舌なめずりしながら“お誘い”してきた雪蓮に、一刀の背筋に悪寒が走る。

最悪、組み手中に“熱狂”されたら……ある意味、祭よりも余程怖い練習相手となりそうだ。

 

「お疲れ様でした、一刀様! 私にも参考になりそうな歩法でした!」

「……あー、明命ならすぐに俺より上手くなるね、きっと……」

「ふん。結局、一撃入れたとは言い難いな」

「それを言うなよ、思春~……。もう身体ボロボロなんだ、追い打ちしなくてもいいだろー……」

「私は事実を言ったまでだ」

「確かにそうなんだけどさぁ~……。で、種類は違うけど“刀剣使い”としては、どうだった?」

「はい! 鍛え上げれば、武器を問わず非常に有用な技術だと思います!」

「……その点に関してだけは、明命に同意しておこう。精々精進することだ」

「おっ、結構好感触だな。ありがとう、二人とも。頑張るよ」

「えへへ~////」

「っ……ふん!」

 

素直な明命と一見冷静な思春。対照的な二人だが、一刀の戦法を認めているという点では概ね同じようだった。

思春は素直に認めるのが癪なようで、結局そっぽを向いてしまったが。

 

「全くもう。相変わらずね、思春ったら」

「そう、ですね……」

「お姉ちゃんには言われたくないんじゃない?」

「小蓮! それはどう言う意味!?」

「はいはい、喧嘩しないの。じゃ、私達は先に後宮へ戻るわ。まだ感想を言いたい子たちがいっぱいいるみたいだし、ね♪」

 

雪蓮が旧呉勢を引き連れて後宮へと戻っていく。

入れ替わるようにして来たのは旧魏勢の面々。

 

「祭とこれだけ打ち合えるなら、今後の武術訓練は問題なさそうね。もう普通に会話出来るようだし」

「あー、そうだね。程々で宜しく、とは言いたいけど」

 

華琳も丞相としては十分満足のいく結果だったようだ。

一刀もようやく身体を起こしたものの、まだ立ち上がる程の気力・体力は戻っておらず、取り敢えず胡坐を掻いた。

 

「何を軟弱な! そのうち私がびしっと鍛えてやるわ! 首を長くして待っておれ!」

「この場合、首を洗って、が正しい気がするけどな……」

「雪蓮やないけど、こら楽しみが増えたわ♪ 得物の長さに差があってもちゃーんと戦えるか……しっかり確かめたる♪」

「お手柔らかに頼むよ、霞……」

 

春蘭と霞は予想以上の“鼠”――それとも玩具と言うべきか、遊び相手と言うべきか――の生きの良さに、早速腕を疼かせている。

 

「兄ちゃん、身体は大丈夫なの?」

「んー、もう『氣』も限界だし、暫く休まないと無理~……」

「今晩はご馳走にしちゃいます! 精のつくものを用意しますからね、兄様!」

「おー、ありがとう流琉。っと撫でたいんだけど、腕が上がらねー……」

「あははは♪」「ふふふふっ♪」

 

一刀の溜息混じりの一言に、季衣と流琉が笑った。

 

「お疲れ様でした、隊長。正直、ここまでとは思いませんでした」

「耐久力の方はね。剣術の方はまだまだだなー」

「それはこれから武術訓練でいくらでも向上しますよ。微力ながら私もお手伝い致しますから」

「うん。ありがとう、凪。でも暫くはお休みだぞ?」

「は、はい……////」

 

身重の凪を一刀が気遣うと、沙和が頬を膨らませる。

 

「あ~あ、凪ちゃん羨ましいの~……。ねえ、隊長。今晩って沙和も当番の一人なの。ちゃんとお相手してくれるよね?」

「え? あ~、まあ大丈夫、だと思うけど……やっぱ休みにはならないよなー……」

「当然なの! 甘ったれんななの!」

「あー、分かりました。お任せ下さい、お嬢様。だからこう言うときには訓練官の口調は抑えてくれな」

「んふふ~、それでこそ隊長なの♪」

「……はいはい、夜の話はまた後にしなさい。流琉、そういうことなら先に戻って準備なさいな」

「あ、はい! ありがとうございます、華琳様!」

 

流琉は華琳の計らいで先に退去。どこか嬉しげに走り去った。

 

「しかし、護身の為の武術訓練だと言うのに、構えが攻撃偏重なのには最初呆れたけれど。まあ祭との一戦を見た限り、悪くない戦術だったわ。これからも精進なさい」

「ああ、分かってるよ華琳。……でもさぁ、褒めろとは言わないけど。もう少し、こう色気があるというか、頑張った夫を慰める方向はないの? ほら、頭を胸に抱えてくれるとかさー」

「……沙和ではないけれど、甘ったれんじゃないわよ……?」

「なら、華琳様の代わりに沙和がしてあげるのー♪」

 

突如一刀と華琳の会話に割り込むように、沙和が胡坐を掻いていた一刀を背後から抱き締める。

 

むにょっ。

 

(おおっ!?)

 

「どうどう、隊長~? 気持ち良いの~?」

 

むにょむにょ。

 

後頭部に感じる柔らかな感触。沙和が身体を揺すると、尚更にその柔らかさが強調される気がして、一刀はだらしなく顔を緩ませた。

 

「あ~。気持ち――」

「……#」

「……(汗)」

 

が、すぐに正面に立つ華琳から発せられる迫力に気付き、言葉を失った。

 

「あらあら。良かったわねぇ、一刀。沙和とて立派なあなたの妻だものね……?」

「ソ、ソウデスネ……」

「そんなに大きい胸が良いのかしら……?」

「か、華琳だってもう少しすれば大きくなるよ!」

「そんなもの授乳期間だけでしょうがッ!!#」

 

ごす。

 

「へぐぅっ!?」

 

華琳が怒りに任せて放った蹴りが、一刀の股間を強打した。

 

「ふんっ!」

 

そのまま背を向けて歩き出した華琳。

旧魏勢は揃って苦笑いしつつ、彼女に追随して去っていった。

 

「お、お、おぉぉぉ……ココを蹴るのは反則だろ……」

 

土下座のような体勢で股間を押さえて痛みを堪えていた一刀に、旧蜀勢が話し掛けて来た。

 

「ご、ご主人様、大丈夫?」

「……うぅ~……この痛みばかりは、みんなには分からないよな……」

「どうせご主人様が華琳に失礼な言葉を掛けたのでしょう」

「……」

 

愛紗のツッコミが余りにも図星だった為、一刀は沈黙せざるを得なかった。

 

「あはは……ちゃんと後で華琳さんに謝ってね、ご主人様。今日はすっごい格好良かったよ♪」

「桃香様の仰る通りです。華琳のこともそうですが……祭殿を相手にここまで戦えるとは、本当に感服致しました」

「お兄ちゃん、今度は鈴々とも戦ってね!」

「はは、ありがとう。そのうち鈴々ともやる機会はあるだろうけど、ちゃんと手加減してくれよ?」

「自信ないのだ!」

「それを自信たっぷりに言われても困る! 俺を殺す気か!?」

「あうー、なるべく努力はするのだ」

「……(覚悟は決めておくか……)」

 

鈴々の“なるべく”も一刀の“節操”並に、かなりの信用の無さを誇る。故に一刀も諦めの境地と言ったところか。

 

「あー、何だかあたしもウズウズしてきちゃったよ。早く運動解禁にならないかな……」

「はっはっは! その気持ちは良く分かるぞ、翠」

「もぉー、お姉様も、星お姉様も。その前に出産でしょ!」

「たんぽぽの言う通りだ。翠も星も、暫くは安静にしなきゃ駄目だぞ」

 

春蘭や霞もそうだったが、相応の攻防を見せた一刀に触発されてか、武人としては身体を思い切り動かしたくなるようだ。

 

「…………ご主人様、頑張った」

「……まぁ、よくやった方ではないですか? まさか夢の話が本当だったとは……そちらの方が驚きなのです」

「ありがとう、恋、ねね。つか信用ないなぁ。知識だって随分出したのに」

「元々の知識を思い出したのか、夢で見たのかなど、本人以外に判別がつくはずがないのです!」

「ああ、そりゃそうか……これで信用出来たなら、かっこ悪いとこを見られた甲斐もあった……かな?」

「(ふるふる) ご主人様、格好悪くない。頑張った(なでなで)」

「あははっ、いつもと逆だね。ありがと」

「むぅぅぅぅ……」

 

一刀の健闘を称えて、恋が一刀の頭を優しく撫でる。その様子を音々音が羨ましげに睨んでいた。

 

「お疲れ様でした、ご主人様。お怪我は大丈夫ですか……?」

「うん。ありがとう、月。暫く休めば大丈夫だから心配しないで。骨とかは平気だしね」

「……ったく、ゴキブリ並のしぶとさよね。あんだけボコボコにされて、打ち身だけなんて」

「よりにもよってゴキブリかい……そりゃないよ、詠……」

「はっ、アンタにはお似合い……だっての……うぅっ」

『詠っ!?』「「詠ちゃん!?」」

 

いつも通りの憎まれ口を叩いた詠だったが、途中で口を押さえ、膝を付いてしまった。

 

「詠ちゃん、大丈夫!?」

「うぅ……気持ち悪い……吐きそう、かも……」

「今日は気分が悪いとか言ってたのに、無理するから! ――うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

一刀は搾り出すように『氣』を発すると、すぐさま立ち上がり詠を抱き上げる。

 

「きゃあああっ! な、なにすんのよ!?////」

「なるべく揺らさないように行くけど、ちょっと我慢しろよ!」

「ご主人様、詠ちゃんのこと、宜しくお願いします!」

「任せとけ!」

 

一刀は詠の文句を無視し、月の言葉を背に受けて、早足で歩き出した。

 

 

 

診断の結果、詠もまた一刀の子を身籠っていることが判明した。

一刀を初め、正室の誰もがその吉報に喜んだが。

 

「これって絶対そうよねえ?」

「うむ。疑い様もない。月は意外と策士じゃのう。詠の月のモノとも時機を計っておったのか」

「は、はい。最近、詠ちゃんの白(はく)ちゃんを見る目が、その……」

「羨ましげ、だったと」

 

祭の確認するような一言に、月はこくりと頷いた。

 

「はー、あの小旅行にそんな裏事情があったとは」

「も、申し訳ございません、ご主人様。お忙しい中……」

「謝ることなんてないんだよ、月。俺だって、詠との子が出来て、本当に嬉しいんだから」

 

一刀、月、紫苑、桔梗、祭。そして詠本人は、先月の小旅行こそが懐妊の原因……“仕込まれた”日だろうと確信していた。

 

「うぅぅ……////」

 

繰り広げられるそんな会話に、詠はただひたすら赤面して俯く他なかったのだった。

 

暦の上では十月も半ば過ぎ。秋深まる季節である。

洛陽の秋は、長い日照時間を得られる日が多く、暖かで過ごし易い日が続いている。

 

『洛陽拡張計画』の市街部分はその大半が完成し、いよいよ宮殿の工事に取り掛かり始めていた。

また、『医者増員計画』においては、各種薬草なども収穫され、漢方薬に加工されて、少しずつ備蓄量も増えている。これらは各地方の自治体へも配布される予定だ。今後は地方でも栽培を開始することになる。一方、医者の育成にはまだまだ時間が掛かるが、“芽”は確実に育っている。

 

万事上手くいっていると言うわけでもないが、取り立てて大きな問題もなく、『和』王朝は建国から一年以上を安定して全国を治めている。

 

皇室においては、八・九・十月にそれぞれ桔梗・祭・霞が懐妊、恋・雪蓮・華琳が無事出産を終えていた。

生まれた皇女は呂紅昌(こうしょう)、孫紹(しょう)、曹丕(ひ)と名付けられた。

 

 

そんなある日の夜。

夕餉も疾(と)うに済み、誰もが思い思いの時間を過ごしている時間。

 

後宮の中庭に設置された東屋では、華琳と桂花の二人が眠る赤子……曹丕を見つめている。

 

「……本当に、日に日に華琳様に似てこられて……」

「そうね。赤子というのは、人が日々成長する生き物なのだということをはっきりと見せてくれるわね……」

「……あの男に似なくて本当によろしゅうございました」

「あら、そう? 父親似の娘は見目麗しく成長すると聞いたことがあるけれど」

「っ! あ、あんな男のどこを見ても、華琳様の足元にも……」

 

語気荒く、そう言い放とうとした桂花だったが、自身をじっと見る華琳の視線の圧力に押され、尻すぼみに言葉を失った。

それを確認した華琳が口を開く。

 

「――まあそうね。一刀が私に勝るところがあるとすれば……庶人への馴染み方と、精力くらいのものでしょう」

 

しれっと言った華琳だが、その言葉は自信に満ち溢れている。事実、彼女の言葉は自惚れなどではない。

三国時代における屈指の天才。乱世においては独自の理論と類稀な実行力を以って最大勢力である曹魏を興し。『和』王朝が建立されてからの治世においては、皇帝たる一刀の政(まつりごと)をその辣腕をもって実現させてきた、正に能臣である。

 

「そ、そう! 華琳様の仰る通りです! 英雄色を好むとは言いますが、奴の振る舞いには王者の威厳が足りなさ過ぎます!」

 

そんな華琳の言葉に、桂花が我が意を得たりと同調した。

なお華琳は続ける。

 

「侍る女を皆、正室にするなんて、先々の不安材料を作ってしまうし」

「全くです! 今後、跡目争いが起こったら、全て奴のせいです!」

「碌に護身も出来なかったのに、警備隊の一員になって市井にふらふら出かけるし」

「奴が警邏なんて、何の冗談だか! 遊びに出たいだけでしょう! 暗殺されたとて自業自得というものです!」

「庶人優先は良いけれど、俗物共には随分恨まれてしまったし」

「馬鹿共の非難を少しでも和らげる為に、華琳様がどれ程お心を砕かれたことか!」

「自身はちっとも着飾らないし、蓄財も碌にしていないようね。清貧とでも言えばいいのかしら?」

「奴のみすぼらしい見た目では着飾ったところで無駄です! 清貧については……儒学者としては、まあ認めなくもないですが……」

「天の知識は素晴らしいけれど、色々無駄遣いも多いのよね。まあ、綺麗な衣装を贈って貰えるのは悪い気はしないわね」

「た、確かにあの知識は……他の者には真似出来ない発想が多いのは認めます……。あれ程有効に真桜の技術力を発揮させているのも、認めざるを得ない……かもしれません……」

「私が休職中は随分色々やってくれたようね。新しい部署も作ったようだし。幾つかは相談されたけれど」

「そ、それは華琳様と朱里が中央集権の為の基本的方策を授けていたからこそです! ……御庭番や『開発†無双』、御史再編は……よ、よく考えたとは……思いますが……」

「洛陽の増設では、あなたに随分無茶をさせたわね」

「そ、その通りです! あんな短期間での大規模工事を計画する身になれと言うものです! しかも足りない予算を“寄付”で集めようなど、支配者としてあるまじき……!」

「でも、あの計画と。わざと宮殿設計を遅らせて市街増設を優先した、一刀の策がなければ。洛陽は凍死者で埋もれていたでしょう」

「そ、それは……! ……そ、うかも……しれません……」

「正直、私は医者の存在を重要視していなかったわ。でも、こうして子を成し。華佗や張機に頼ることが増えたことを鑑みれば……一刀がごり押しした『医者増員計画』は、今後の国家十年。いえ、それ以上にも及ぶ、とても有効な方策だったと言えるでしょう」

「…………」

 

結局、最後には桂花は俯き、黙り込んでしまった。

最初は一刀を卑下しているように話し出し、段々とその功績を認めさせるという、華琳の話術に完璧に嵌ってしまったのだ。

 

「……桂花もそれなりに一刀を認めているようね?」

「そっ、そんなことは……!」

「ここにきて、まだ言い訳? 見苦しいわよ、桂花」

「私はっ! 私には華琳様さえいらっしゃれば、それで良いのです! あんな、あんな男に……心の幾分かでも占められるなんて……有り得ません! 虫唾が走ります!」

「あら。私は、為政者としての話をしていただけよ。誰も男と女の話なんてしていないわ」

「っ!?」

「ふふふっ♪」

「……華琳様……それは、余りにも意地がお悪うございます……」

「そう、その表情が見たかったの♪ 私の可愛い桂花……」

「華琳さ、ま……」

 

華琳の唇が桂花のそれに重ねられる。

 

「……不満に沈黙するしかないなんて、あなたらしくないわ。桂花」

「…………」

 

それは言うまでも無く、桂花の一刀への態度に関して。

 

「あなたは、戦乱の時代から常に私の下で知略を司ってきた荀文若よ。アレに思うことがあるならば、徹底的に口で叩き伏せてみせなさい」

「……宜しい、のですか? アレは……あの男は。華琳様の……」

「言った筈よ、桂花。私は愛する者に順列をつけることをしないわ。そして有能な者には立場を問わない。だから……あなたは、あなたの思うままに、一刀を屈服させればいいのよ」

「……はい!」

 

勢いある返事と共に。ここ暫く見ることが出来なかった桂花の笑顔を見た華琳は、自身もまた顔を綻ばせた。

 

「うぅ~……ぬぅ~……」

 

華琳と桂花が中庭で話していたその頃。

唸りながら後宮の庭園を歩いているのは、厳顔こと桔梗だった。

八月に妊娠が確認されてより、既に禁酒三ヶ月目(ほぼ丸二ヶ月)。

ここまではどうにか我慢しているものの、特に食事の後は酷く誘惑に駆られる毎日を過ごしていた。

 

「はぁ~……星や雪蓮を見て、厳しそうだとは思っておったが、よもやこれ程とは……」

 

今日も今日とて我慢が続く。

漫画的に表現するならば、目がぐるぐる渦巻きに描写されそうな調子であった。

 

「……ん?」

 

そんな彼女は、せめて口寂しいのを誤魔化そうと、茶の一式を持って庭園は池のほとりの東屋を目指していたのだが。

どうやら後宮から一番近い東屋には先客がいるようだった。

 

(あれは、星と愛紗か)

 

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ~。いや全く、やはりメンマを肴に呑む酒は格別よ♪」

「…………(じぃ~)」

「……愛紗よ。そのように睨まれては、折角の酒が不味くなるではないか」

「それは悪かった。しかし、私はご主人様と桃香様より、おぬしが上限を超えて呑まぬよう、監視するよう言い付かっているのだ」

「それは分かっておる。しかし、それはそれ、これはこれ。呑む量が制限されておるのだ。せめてその分くらいは美味く呑ませて欲しいものだ」

「……それはそうだな。済まん」

「ふふっ、しかし愛紗よ。赤子を抱く姿も随分と様になったな」

「か、からかうな!////」

「からかってなどおらんよ。本当にそう思うのだ。私も時期で言えば、そろそろということだしな。尚更に“母親”の姿が印象的に見えるのやも知れぬ」

 

手酌で杯へ酒を注ぎ、一気に呑み干した星は、柔らかく微笑み、自身の腹を撫でる。

 

「身体の内から“蹴られる”というのは、不思議な感覚だな……」

「……そうだな。正直、平(ぺい)……赤子には困らされてばかりだが。手が掛かるからこそ、一息吐くたびに愛しさも一入(ひとしお)と言ったところだろうか。此処には手助けしてくれる者達も多いし、不安は少ない。星ならば不器用な私よりも余程早く慣れることだろう」

「はっはっは。こればかりは経験してみんと分からんがな」

「寧ろ私は、おぬしがここまで禁酒や飲酒制限を良く守ってきたものだと感心しているのだ。結局、強奪したのは一度きりだったしな」

「…………済まん。そのことには触れんでくれ……」

「???」

 

敬愛する主の一方である桃香の叱責(星と雪蓮は“変身”中だったが)は、星の心にトラウマにも近しいものを残したらしい。

 

 

(むぅ。わしにも感慨深い話ではあるが……。い、いかん! 目の前で酒を呑まれると、余計に……!! こ、これはもう、さっさと部屋に戻ってしまおう……!)

 

結局、桔梗は後宮の自室を目指し、逃げるように早足でその場を後にした。

 

 

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同刻、庭園の別の場所では。

 

「うぅ~……ぬぅ~……」

 

黄蓋こと祭が、唸り声を漏らしながら後宮の庭園の奥、東屋でぐったりしている。

九月に妊娠が確認されてより、既に禁酒二ヶ月目(ほぼ丸一ヶ月)。

ここまではどうにか我慢しているものの、特に食事の後は酷く誘惑に駆られる毎日を過ごしていた。

 

「うぅ~む。禁酒がこれ程厳しいとは……少々甘くみておったか」

 

今日も今日とて我慢が続く。

漫画的に表現するならば、目がぐるぐる渦巻きに描写されそうな調子であった。

 

……どうにも既視感バリバリな状況である。

 

「オギャア! オギャア!」

 

(赤子の泣き声……はて、誰の子か)

 

東屋に備え付けれらた机に突っ伏していた祭だったが、聞こえてきた甲高い泣き声に身体を起こした。

 

 

「おー、よしよし。アンタは元気ね~。何が気に食わないんだか」

「オギャア! オギャア!」

「言葉が通じないってのはホント厄介ねぇ。はいはい、泣き止んで頂戴な、紹」

 

赤子相手に少々苦戦中なのは、元・孫呉の王である雪蓮だった。

 

「うーん、お乳はあげたばかりだし。粗相って訳でもないみたいね」

「シャオが一刀の真似してみよっか?」

「一刀の?」

「うん。いくよ~……いないいない、ばぁ~~♪」

「…………なにそれ?」

「泣いてる赤ちゃんをあやす方法のひとつだって言ってたよ? いないいない、ばぁ~~♪」

「……きゃっきゃっ」

「ほらほら♪」

「すっごーい! やるわね、小蓮」

 

 

(ほほぅ。策殿もすっかり母親じゃのう。尚香殿も準備は……む、権殿?)

 

 

「雪蓮姉様。彼方の東屋に用意させました。紹も落ち着いたようですし、参りましょう」

「準備させちゃって悪いわね、蓮華♪」

「……解禁されたとは言え、呑み過ぎないで下さいね」

「も~、散々我慢してきたんだから、ちょっとくらい見逃してよ~」

「駄目です。出産というのは、母親の身体に相当の負担を強いるものだと華佗にも言われているではないですか。解禁されたからと言って、いきなり呑み過ぎるのは良くありません」

「相変わらず固いわねぇ……責任感が強すぎると、子育てで精神的に参っちゃうこともあるって一刀も言ってたわよ? あなただってあと少しで出産だし、もう少し気楽に構えなさいよ」

「……性分なのですから、仕方ないじゃありませんか……」

「ぶぅ~……雪蓮姉様も、蓮華お姉ちゃんも、羨ましいなぁ……あ、そうだ! 雪蓮姉様のお手伝いはお姉ちゃんに任せて、シャオは一刀のとこに行こうかな♪」

「なっ、何を言い出すの、小蓮!?」

「だってぇ~! シャオはまだ赤ちゃん授かってないんだもん! そのくらい良いでしょ~!」

「それとこれとは……」

「まあまあ蓮華。そのくらいは大目に見てあげなさい。と言う訳で、蓮華。お酌して頂戴?」

「雪蓮姉様! はぁ……もう、分かりました。雪蓮姉様が呑み過ぎないように見張っておけと冥琳にも言われてますから」

「えぇ~っ!? 冥琳ったら余計なことを……! うぅ~、まぁ呑めるだけいいか……」

「……。ねぇねぇ、お姉ちゃん。考えてみたら、よく雪蓮姉様が八ヶ月も禁酒できたよね?」

「……そうね。でも、お腹の赤子に悪影響があると一刀や華佗に言われていたのだし……あ、でも一度だけお酒を持って逃げたことがありましたね。結局飲酒自体は未遂だったと桃香から聞きましたけど」

「う゛っ……お、お願い。そのことは忘れさせて……今でも偶に夢に見るのよ……」

「「???」」

 

雪蓮も星と同様、あの時のことがトラウマ的なものになっているようだ。

 

「じゃ、シャオは後宮に戻るね~♪」

「全くもう。余り一刀を困らせては駄目よ!」

「はいはい、蓮華も行きましょ。早く紹もお酒呑めるようになるといいわね~」

「……気が早すぎです、雪蓮姉様……」

 

小蓮は後宮へと戻っていき、雪蓮と蓮華は別の東屋を目指して歩き出した。

 

 

(そ、そうか。策殿は既に飲酒を解禁されておるのじゃな……羨ましい……。うぅ、尚更呑みたくなってきおった……茶でも飲んで誤魔化すか……)

 

そう考えた祭は、東屋から出て、小蓮と同じように後宮へと歩き出した。

 

 

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更に同刻。後宮の中庭で、こそこそと気配を消し、潜む者があった。

 

(くぅ~……もう我慢でけへん! ちょっとだけや、ホンマちょっとだけ……)

 

先日、十月の上旬に妊娠が確認されてより、ご多分に洩れず禁酒令を受けた霞である。

まだ禁酒を始めたばかりで、どうにも我慢の仕様がなくなってしまったようだ。

 

(厨房の食料庫は人が多いし、月や詠、流琉がいつ来るかも分からん。となると狙い目は……食糧貯蔵用の倉庫や!)

 

相応に夜も更けている。明日の仕込みも終わっている今時分ならば、後宮の側にある貯蔵庫には禁兵が見張りにいるだけの筈。

その見張りの目さえ掻い潜れば……という目論見らしい。

 

霞は猫背でこそこそと影から影へと移動していく。

 

「……何をしておるのだ、霞」

「ひっ!? ……って、なんや。桔梗と祭かい。脅かすなや……」

「勝手に驚いたのは其方じゃい。で、何をしておるのじゃ」

「う……いや~、その……」

 

ちらっと貯蔵庫の方へと目線を向ける。

 

「「「…………」」」

 

それだけで呑兵衛三人は意思疎通出来てしまった。

 

「ちょっとだけや、な? 見逃してぇな!」

「ぐぅ……誘惑を断ち切りに来たら、寧ろ誘惑に近付くことになるとは……」

「……こ、こうなっては茶を飲んだ程度では収まらんのう……」

「にゃはは♪ よう考えたら、ウチらは同じ境遇やったんやな。どや、手ぇ組まへん?」

「「…………」」

 

一瞬、禁酒を課した際の一刀の顔が浮かんだものの……結局、誘惑に負けてしまった二人だった。

 

 

……

 

…………

 

 

ガラン、ガラン、ガラン!

 

「鳴子!?」

「いかん! 急げ、霞!」

「おう! ブツは確保したで!」

 

貯蔵庫の見張りを当て身で気絶させ、倉へと入った三人。

しかし、倉庫内の酒瓶が保管されていた一角には鳴子の罠が仕掛けられていた。

武将であって、密偵でない彼女らはそれに気付かず、見事に引っ掛かってしまったのだ。

とは言え、鳴子自体は警報機であって、防犯には用を成さない。

三人は、酒瓶を抱えて貯蔵庫を飛び出し、庭園へと凄い勢いで逃げて去った。

 

 

 

「ふぅ……ここまで来れば大丈夫やろ」

「うーむ。しかし鳴子とは……恐らく後々バレるな、これは」

「そうじゃのう。今、完全禁酒令を直接課されておるのは、我等三人のみじゃからな」

 

一刀から直接禁酒を言い渡されたのは、今のところ星・雪蓮・桔梗・祭・霞の五人。恐らく今後紫苑が懐妊すれば、同様の処置となるだろう。要は三国時代から呑兵衛として有名な者達のみに、直接の禁酒令が課されているのだ。

他の面々はわざわざ禁酒を命じなくても、医者からの助言に逆らってまで呑もうという者はいないだろう、という判断である。

 

「大量に呑まなければ、一刀も大目に見てくれるやろ……多分」

「……愛紗の説教くらいは覚悟せねばならんだろうが……正直辛抱堪らん」

「最早我等は共犯者じゃ。毒を喰らわば皿まで。酒瓶ひとつ、三等分して戴くとしよう」

「よっしゃ。んじゃご開帳~♪」

 

霞が酒瓶の封を解くと、辺りに芳しい酒精(アルコール)の香りが漂った。

 

のだが。

 

「「「…………おえぇぇぇぇぇっ!?」」」

 

その香りに、途端にえずく三人。

 

「な、なんじゃこらぁ!?」

「ううっ、は、吐く……!?」

「と、とにかく封をせい、霞!」

 

霞が酒瓶の蓋を閉じると吐き気はすぐに治まった。

 

「ど、どーいうこっちゃ?」

「…………まさか」

「祭殿の想像通りじゃろうな。恐らく……悪阻で、わしらの味覚や嗅覚の嗜好に変化が出ておるのよ」

 

悪阻の症状には“食べ物の嗜好の変化”や“匂いに敏感になる”などがあり、中でも有名な例に“炊きたてのご飯の匂いが吐き気を催す”というものがある。

要するに……三人揃って、酒精(アルコール)の匂いが駄目になっていたのだ。

 

「そ、そんなんありかぁーーーーー!?」

「説教の受け損になりそうじゃの……」

「くぅぅ……これが天罰という奴か……」

 

がっくりと膝と手を地に付け項垂れる三人。

 

勿論この後、酒瓶を貯蔵庫から盗んだことが露呈し。

一刀や愛紗、冥琳からのみならず、かつての星と雪蓮のように、桃香から涙ながらの激しい叱責を受け、霞・桔梗・祭の三人の心にもトラウマが出来たそうな。

 

十一月中旬。そろそろ寒さが本格化し始める頃合だ。

 

先日、星が出産を無事終え、一刀にとって十人目の実子が誕生。彼女は趙統(とう)と名付けられた。

ようやく飲酒解禁だと、いきなりがぶ呑みしようとする星を周囲の人間が慌てて止めたりと、相も変わらず日々騒がしくも賑々(にぎにぎ)しい洛陽城の後宮である。

 

そんな日々の中の、とある昼過ぎ。

 

「まだ準備出来ないのか!?」

「もちょっと待ってくれ~」

「護衛を待たせるとは、どういう了見だ!」

「いやいや、その理屈はおかしいだろ……」

 

自室で外出の準備をしている一刀と、それを部屋の前でぎゃいぎゃい騒ぎながら待つ焔耶の姿があった。

 

「ごめんな、待たせちゃって」

 

部屋から出てきた一刀は、警備兵スタイルに真桜謹製の似非日本刀を帯に差した姿だった。

今日は警備隊の隊長として、これから焔耶とその配下の二番隊と共に市街警邏の予定なのだ。

 

「……その格好、一向に似合わないな」

「え、焔耶。もう少し婉曲に言ってくれ……本気でへこむから」

「あ、いや! そう言う意味ではなくて……こう、なんというか……」

「うん。無理に言い訳しなくてもいいんだぞ? 余計に泣きたくなるから」

「だから違うと言っているだろう! お、お館と言えば銀色の衣服……ガクセイフクだったか? あれの印象が強くて、見慣れないというかだな……」

 

必死とは言わないまでも、誤解を解こうと語気を強める焔耶に、一刀は呆然としてしまった。

 

「……なんだ、お館。その呆けた面(つら)は」

「え? あー、ほら。以前の焔耶だったら『似合わないものを似合わないと言って何が悪い』とか言っただろうなー、とか考えちゃって」

「っ!」

「焔耶って会ったばかりの頃はツンツンしてたからさ。今更だけど、心を開いてくれたんだなーと思うと感慨深いなあ、なんて……」

「――そういう事を本人を前に言うなッ!////」

 

ごすっ。

 

「ごふっ! げほげほ……ははは、ごめんごめん」

 

一刀のデリカシー皆無な一言に、焔耶が照れ隠し込みでボディーブロー(籠手装備済み)を見舞ったが。

焔耶の拳が一刀の腹に深々と突き刺さるも、今の一刀ならばこれくらいどうということもない。多少咳き込んだものの、すぐに軽い謝罪の言葉と共に親愛の笑みを浮かべた。

 

「くそっ、本当にしぶとくなったな……」

「はっはっは。おかげさんでね」

「そうか、考えてみれば……手加減しないでいいのは、寧ろ楽になったというべきか」

「……手加減抜きは勘弁して下さい……」

 

思わぬ反撃に一刀が下手に出ると、ようやく焔耶も普段の調子を取り戻したようだ。

 

「全く。お館は毎度毎度ウカツなのだ。そんなだから愛紗や華琳に散々突っ込まれるんだろうが」

「ご尤もで……」

「ふん。準備はいいな?」

「ん~。よっし、問題なし。行こうか」

 

 

……

 

…………

 

 

「おっと隊長さん、熱々の饅頭はいかが?」

「おう、精が出るねぇ。じゃあ……う、焔耶。睨むなよ~。寒い日に熱々饅頭とか、定番だろ?」

 

 

「いつもお疲れ様でございます、御遣い様。今日は少々風が冷たいですなぁ」

「ホント冬が近づいて来たなぁ。爺さんも風邪には気をつけてね」

 

 

「わーい、たいちょーだぁ♪ ねえねえ、遊ぼうよー! どうせ魏延将軍より弱いんだから、いてもいなくても変わんないでしょー!」

「余計なお世話だ、こんちくしょー!」

 

 

……

 

…………

 

 

半日掛けて予定経路の警邏を終えた一行は夕方で解散。

一刀と焔耶は後宮へと戻ってきた。

 

「……蜀時代、成都でも思ったが……」

「ん? どうした、焔耶」

「お館はどこでも市井の者と打ち解けるのが上手いが……少々舐められ過ぎではないか?」

「威厳がないんだから仕方ないんじゃない?」

「皇帝として、支配者としてどうなんだ、と言う話だ!」

「蜀のときだって、王の桃香はこんなもんだったろ? まあ俺より人望あったろうけど」

「当たり前だ! 桃香様が貴様より人望がない訳がないだろうが!」

「話が逸れたぞ~。じゃあ逆に訊くけど、貫禄たっぷりで、ふんぞり返ってる俺って想像出来る?」

「…………」

 

言われた通り想像してみる。

焔耶が口にすることはないだろうが、一刀が皇帝になって以来、彼から貫禄や威厳を感じることがかなり増えたと感じていた。

しかし、ふんぞり返って偉そうにする一刀、というのを想像すると。

 

「……何の冗談かと思うだろうな」

「やっぱそう思うだろ? 実は華琳や蓮華からもっと貫禄付けろって言われてるんだけどさ~。儀式や朝議ではそれなりに堂々とはしてるし、いいでしょ?」

「ワタシに言われても困る。そう言われるという事は駄目なのではないのか?」

「無理したって似合いやしないし、バレバレだと思うんだ。なら最初から自然体が一番。俺は俺なりに、貫禄とか威厳とか、そういうのじゃない方向で政を執るよ」

「そう、だな。確かにそれがお館らしいかもな……」

「さ、取り敢えず風呂入って汗流そうぜ」

「ああ……って一緒に入る気かっ!?」

「駄目? 偶にはいいじゃないガゼルパンチっ!?」

「――何が偶にはだ! 貴様となど一度とてないだろうが!」

 

ガゼルパンチの理論がこの時代にある筈もなく、実際は身を屈めて水月へ打ち込むアッパー気味の右ストレートだった。どちらかと言うとガゼルパンチよりスマッシュに近いだろう。何にせよ無駄な理屈だが。

ただ、手加減が少な目だったか、その威力に一刀はその場で崩れ落ちた。

 

「げふ……さ、さっき食った饅頭戻しそう……」

「ちょっと油断するとコレだ!」

「……最近、結構風呂を一緒にする娘が多かったから、ちょっと感覚が麻痺してたか……」

「まさか……桃香様とも……?」

「(びくっ)」

 

うつ伏せに倒れていた一刀だが、焔耶の疑念の言葉にびくりと身体を震わせた。

 

「やはりか、おのれ……! 桃香様を風呂場に連れ込んで、あの柔肌に不埒を働いたのだな!?」

「ごめんなさい! 次からは焔耶も誘うから!」

「……まぁ、それなら……」

「……俺から言っといて何だけど、それでいいんだ……」

「う、うるさい!」

「それに考えてみたら、俺なり桃香なりが焔耶の身体を洗ったら……」

「うっ!?」

 

一刀(と桃香)と結ばれて、幾度となく身体を重ねた焔耶であるが、その敏感肌は全く変わっていない。

他人に洗って貰うなどとなれば……どうなるかなど自明の理というものだ。

況(ま)してや、相手が思慕の相手であるとなれば尚更である。

 

「それはさておくとしても、この間は愛紗と鈴々が一緒だったから、他の娘は誘い辛かったんだ。あと、誤解があるようだから言っておくけど、そのときは本当に一緒に風呂に入っただけで、何もなかったからな?」

「お館がそんなことを言っても信用出来るものか」

「……そりゃないよ……。もしまた桃香と入ることがあって、問題ないようなら焔耶も誘うから。今はそれで勘弁してよ」

「ふん、勝手にしろ。とにかくワタシはお館と一緒に風呂に入る気はない。ワタシが出るまで待っていろ」

「はぁーい、分かりました。ちぇっ」

 

この世界、この時代ならば上位者を先にするのが常識だろうが、一方が一刀であった為、自然女性優先となった。

ところが、焔耶が風呂場に入ろうとすると、入れ替わりで真桜と数人の男等が風呂場から出てきた。

 

「お、焔耶……と隊長やん。ああ、そういや警邏やったっけ。おつー」

「そう言うお前は風呂で何をしていたんだ?」

「隊長から提案のあった『蒸し風呂』の設置をな」

「おおっ、完成したの?」

「おう、もういつでも入れるで~。ホンマなら準備に二、三時間要るトコやけど、今なら実験したばっかりやから丁度ええ具合やで」

 

真桜(と『開発†無双』の職員)が設置したのは、蒸し風呂……つまりサウナだった。

かつて麗羽が持ち帰った、様々な効能のある温泉を湧かせる神秘の石『湧泉真玉』。現在の後宮の風呂はこの石から湧き出す温泉な訳だが、『開発†無双』の研究により、この石の新たな特性が判明したのだ。

それは、この石に冷たい水を掛けると高熱を発するということだった。

使い道は色々あろうが、何分貴重な石である。どうしたものかと真桜が一刀に相談したのだが、そこで一刀が提案したのがサウナだったという訳だ。

 

「へぇ~、じゃあ早速入らせてもらうとしようかな。焔耶はどうする? 入るなら水分補給用の水とか、準備してくるよ」

「……そうだな。折角だし試させて貰うとしよう」

「真桜、入浴方法の看板は設置してくれたよな?」

「モチ。抜かりはないで」

「じゃあ後で水を持っていくよ。先に入ってて」

「分かった」

 

という訳で、早速サウナを試すことにした焔耶。

後宮の風呂場の浴場は室内と露天の二つに分かれており、サウナには露天浴場から入る形になっている。

焔耶は風呂場の脱衣所で手早く衣服を脱ぐと、室内浴場を通り抜け、露天浴場へと進んだ。

すると確かに目新しい建物がすぐ横手に建てられていた。その入り口には、サウナ使用上の注意が書かれた板が壁に設置されていた。

 

(使用準備は出来ていると言っていたな。ふむふむ、基本的には蒸し暑い室内で汗を掻いては外に出て水で冷やし、水分補給。これを繰り返すのか)

 

焔耶は説明文を読むとサウナ……蒸し風呂へと足を踏み入れていった。

 

「えっと、水分補給用の水と、少量の塩と。手ぬぐいもオッケー。さて、焔耶を待たせないように……」

 

焔耶と自分、二人分のサウナ用品を揃えた一刀が風呂場を目指そうとすると。

 

「た、た、た、たいちょぉぉぉぉぉ!!」

「うわっ! なんだ、どうした、真桜!?」

「あうあう、ど、ど、どないしたらええの!?」

 

相当に慌てた様子の真桜が飛び込んできた。一刀の質問も耳に入っていない……というか、平常心を欠いているせいで、状況を整理出来ていないのだろう。

 

「いいからまずは落ち着け。ほら、水」

「お、おおきに……んぐんぐ」

「……で。一体どうしたの?」

「ああ~、もう見てもろた方が早い!」

 

言うや否や、真桜は一刀の手を引き走り出す。

 

「そ、そこまで緊急事態なのか!」

「めっちゃヤバイ! このままだと焔耶の貞操が……!」

「なんだって!? くそっ、急ぐぞ!」

 

 

二人が全力疾走で来たのは、当然と言うべきか、後宮の風呂場、その中の露天風呂だった。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

一刀がそう叫ぶのも無理もない。

露天の浴場は、数えることも出来ないほどの犬の群れに埋め尽くされていたのだ。

 

「アオォォォォォォォン!」

「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

「ワン! ワン! ワン!」

 

どの犬も興奮状態で手が付けられない。盛大に尻尾を振り、浴場内を駆け回り、雄叫びをあげる。

だが、よく見ると一部の犬たちは新しい建物……サウナへと飛び込もうとしている。しかし、サウナ内は既に満員状態らしく、はじき出されていた。

 

「…………ご主人様」

「れ、恋! まさか……焔耶は!?」

「そのまさかや! あん中に焔耶がおる!」

「…………(こくり)」

 

耳を澄ますと、犬たちの雄叫びの中、確かに焔耶の声らしき、か細い女性の声……

 

「ひぃ! ひゃあ! や、やめ……! ひぃぃぃぃぃぃん!」

 

「一体、この犬たちはどうしたんだ!?」

「…………分からない。けど、多分……焔耶の汗のせい、だと思う」

「「……汗?」」

 

焔耶は元々犬の好む匂いがするらしいことが知られている。これは恋が愛犬・セキトから聞き出したものだ。

犬嫌いの焔耶は、そのままでは仕事にならないということで、真桜がその匂いを誤魔化す香水を作成し、普段はそれで犬の接近を防いでいた。

 

「蒸し風呂で大汗掻いたせい、なのか……?」

「…………でも、ここにいる犬(コ)たちは……みんな、“酔っ払って”る、みたい」

「「酔っ払って?」」

 

一刀と真桜の異口同音の質問に、恋は頷いて同意した。

 

「つまり……猫にとってのマタタビみたいな状態になってるのか?」

「……もしかしたら……『湧泉真玉』のせいかもしれへん。アレから出た水蒸気と焔耶の汗の“匂い”が混じって、妙な効果を発揮しとるんかも」

「当て推量してても始まらない! とにかく焔耶を救出しないと!」

「…………セキトも中にいる。あのコが言うには……」

「言うには?」

「…………『犬には舐めねばならないときがある!』……だって」

「あ゛?」

 

ぶつん。

 

「……だ」

「た、隊長?」「……ご主人様?」

「……は…………なだ」

「ひっ!?」

 

真桜は思わず一歩後ずさっていた。

一刀の体内で高まっていく膨大な『氣』……放出されることのない、そのうねりが、彼女の本能へと凄まじいプレッシャーを与えたのだ。

 

一刀が一歩足を踏み出す。

すると、狂乱していた周囲の犬もまた、一刀が放つ重圧に尻尾を丸めて逃げ出していく。

 

 

「――その女(ひと)は……俺の女だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

それはまさしく咆哮だった。

強大な『内息』に裏付けられた裂帛の気合の如き一声。『氣』こそ放出出来ずとも、その大音声は物理的と言ってもいい程のプレッシャーを放った。

殺気にも近しい圧迫感に、その場にいた犬たちは正に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

(……ご主人様、凄い……)

(――はっ! う、ウチまで気圧されてもうた……。これも『内功』で鍛えられた成果かいな……っと今はそれどころやない!)

 

恋と真桜が戸惑うそのうちに、一刀はサウナの建物内へと駆け込んだ。

 

「焔耶! 大丈夫か!?」

 

その場にいるのは床に寝転がる焔耶。そして、もう一匹。

 

「……お前は逃げなかったのか、セキト……」

「ウゥ~~~……」

 

聞き慣れた声だったからか、それともセキトの肝が据わっているのか。

この小型犬は、未だに焔耶の頬を舐めていた。

しかし、見るからに様子がおかしい。足元は覚束なげ、どこか目も虚ろ。その声も唸り声というよりは、呻き声のようだ。

確かに“酔っ払って”いるようにも見える。

 

(酔っているだけならセキトは問題ない筈。とにかく、まずは焔耶だ)

 

「焔耶、俺だ。分かるか?」

「あ、あ、あぅ……お、や、かた? う、うぅぅ……う゛ぇぇぇぇぇぇん!」

「ああ。もう、大丈夫だから……」

 

感極まって泣き出した焔耶を一刀が抱き締める。

身体中、犬の唾液でべとべと。只でさえ犬が苦手な彼女には筆舌に尽くし難い恐怖だったろう。

焔耶も一刀の背に腕を回し、泣きながら抱きついてきた。

 

「ワタシは、ワタシは……もう、嫁に行けない……! え゛ぇぇぇぇん……!」

「いや、お前は俺の嫁だろ。……よっと」

 

泣きじゃくる焔耶を抱きかかえ、一刀は服を着たまま露天の湯に一緒に浸かった。

片手で彼女の身体を支え、もう一方の手で湯を掬い、顔や髪を濯(すす)いでやる。

 

一刀が倒れた焔耶を包むように抱き締めた為、焔耶の頭は自然、一刀の胸に密着する形となっていた。

 

(……あ……お館の……鼓動が、聞こえる……)

 

暫く二人は抱き合っていたが、一刀の鼓動を聞き、湯の温かさも手伝ってか焔耶も落ち着いてきたようで、ようやく泣き止んだ。

 

「……ぐずっ……お館、ありがとう……」

「……うん」

 

そこへ恋がセキトを抱いて来た。隣には真桜もいる。

セキトは多少正気を取り戻したらしく、恋の胸で大人しくしており、情けない鳴き声をあげている。

 

「…………焔耶。ごめんなさい」

「……くぅ~~~ん……」

「……ふぅ。そのような様子では怒る気にもならん。結局、アレは何だったのだ……」

「ん~、まだウチにも確証はあらへんけど」

 

恋と真桜が先程の推測を述べる。

 

「……結局、ワタシの体質のせい、ということか……」

「…………焔耶の汗が凄くいい匂いで、舐めると気分が良くなったって言ってる」

「ワタシの汗は酒か何かか!?」

「焔耶は蒸し風呂を禁止するしかないな。取り敢えずはそれで問題ないはずだ。今まで入浴は普通に出来てたんだから」

「そうだな。こんなことはもう二度と御免だ……」

 

ぐったりとした様子でそう零す焔耶だったが、調子は段々と取り戻していた。

すると今度はそれを見ていた恋が、逆に段々と微妙な表情になってきた(その変化が分かるのは音々音を初めとした、相当恋に近しい者だけだろうが)。

 

「…………恋も、お風呂、入る」

 

そう言うや否や、恋も着衣のまま湯に浸かり、焔耶を支えている一刀の左腕(ほぼ左肩)に抱きついた。

 

「むっ……」

「なんや、恋もええなぁ。ウチもウチも~♪」

 

真桜もそれに倣う。左腕に恋、右腕に真桜、中央(胸)に焔耶という状態だ。

 

(右から順に超大、大、普通……とか言ってる場合じゃないって!)

 

「ふふ~ん♪ 焔耶、何不貞腐れてん?」

「不貞腐れてなどおらん!」

「…………ご主人様」

「何?」

「…………焔耶ばっかり、ずるい」

「「……何がだ?」」

 

恋の言う『ずるい』が何を指すのか分からず、一刀と焔耶が声を重ねて尋ねる。

 

「恋も、ご主人様の、女だって。言って欲しい」

「「「!!」」」

 

溜め無しの恋の発言に、一瞬固まる三人。

最初に硬直から立ち直ったのは、恋と同じ立場の真桜だった。

 

「……あー、そういやそうやんな。あん時は状況がアレで、隊長の迫力に呑まれてもーたから気にならんかったけど。確かに焔耶だけ言うて貰えるんは不公平やん」

「う、お、あ~……聞かなかったことには……ならない?////」

 

一刀にとってあの言葉はブチギレた状態だったからこそ言えた台詞だったらしい。恥ずかしさの余り、顔どころか上半身が真っ赤になっていた。

 

「……そ、そんなことを、お館が?」

 

一方焔耶は、犬に揉みくちゃにされていたあの状況では、流石に一刀の声が聞こえていなかったようだ。

最後に硬直から立ち直った焔耶が一刀へとそう尋ねる。

胸に抱きつかれている状態のため、一刀からすると焔耶の上目遣いという、これまたレアな状況。

 

「あ、あはは……つ、つい……ね? 俺ってホラ、皆からは節操無しとか言われてるし。だから、皆のこともあんまり束縛する気はないんだけど……ぐえぇぇぇぇぇぇ!?」

 

ぎゅうぅぅぅぅぅぅ~~~~!

 

焔耶の強烈なハグに、一刀が悲鳴を上げる。しかしその悲鳴は、一刀と変わらぬほど赤面した焔耶の耳には届いていなかった。

 

「(お、お館が……ワタシを……そんな風に!?)」

 

「も、もう少し力弱めて焔耶! 流石にキツイっす!」

「…………焔耶、ずるい」

「おいおい、隊長が気絶してまうで?」

「はっ!? す、すまん……。ほ、本当にお館がそんなことを?」

「…………(こくり)」

「ホンマやで~。『その人は、俺の女だ』って、そりゃものごっつい大声で……」

「やめてー! これ以上言わないでー!////」

「そ、そうか……////」

「ちぇっ、ええなーええなー。ウチも言われたいでー」

「…………恋も」

「素面じゃ無理! 勘弁して!」

 

湯の中で土下座でもしそうな勢いで許しを乞う一刀であった。

 

 

……

 

…………

 

 

暫く四人はそのまま入浴していたのだが、おもむろに一刀が口を開いた。

 

「……焔耶」

「……なんだ、お館」

「その~……大丈夫、だったんだよな?」

「正直、大丈夫じゃない……暫く犬には近づきたくもない……」

「いや、そうじゃなくて」

「???」

「……ヤられてない、よね?」

「――死ねッ!!」

「ブゴふっ! ……い、一応確認したかっただけなのに……」

「犬共は汗を舐めていただけだ! ヘンな想像するな、馬鹿お館!」

「そっか、それならいいんだ。うん」

「(……ちゃんと死守したに、決まってるだろう……! 桃香様とお館以外に触れられて堪るか!)」

「何か言った?」

「何も言っていない!」

 

ごつん!

 

「おがっ! つぅ~、何なんだ、もう……。あ! そうだ、お願いがあるんだけど」

「……何故か嫌な予感がするが……なんだ」

「犬に舐められっぱなしなのは癪だから、全身舐めさせてくれ!」

「阿呆かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ごぉーーーーーん。

 

焔耶の手加減無しのアッパーカットで、一刀は空高く舞い上がったのであった。

 

 

後日。

無理からぬことであるが、焔耶は犬恐怖症をすっかり再発してしまった。結局、相当ウンザリしつつも、セキトと恋に手伝って貰い、克服訓練をやり直している。

また、犬たちの狂乱の原因はやはり『湧泉真玉』が高熱を発した際に発生する水蒸気と、焔耶の汗が混じることで生成される“犬用マタタビ”的物質だった。

結局、新設された蒸し風呂は、焔耶のみ使用禁止と相成った。

 

 

おまけ。

この月の末頃、焔耶は食欲不振に陥った。

事件の精神的ショックのせいかとも思われたが、念の為と検査したところ、懐妊による悪阻症状と診断された。

誰もが祝福の言葉を掛ける中、焔耶はこっそりと華佗を尋ね、問い詰めた。

 

「こ、これはお館との子だな!? そうだな!? そうに違いないな!?」

「ぎ、魏延、首を放してくれ! ……ふぅ。一刀殿以外と性交渉を持っていないなら、他に何が考えられるんだ?」

「い、いや、その……うぅぅ~……////」

「(ぽん) ああ、この間の事件を気にしているのか。それなら心配無用! 人と犬――」

「やっぱり言うなぁぁぁぁぁぁ!」

 

ごぉーーーーーん。

 

「ぐはぁぁぁぁぁっ!」

 

焔耶の手加減無しのアッパーカットで、華佗は天井に頭から突き刺さった。

華佗のデリカシーの無さは、一刀のそれに匹敵するのかも知れない……。

 

焔耶の懐妊が判明して暫し。いよいよ日付は十二月へと入った。

年末年始の行事準備が始まった頃、蓮華が産気づき、無事出産。生まれた子は孫登(とう)と名付けられた。

 

 

自室で蓮華は眠る我が子を撫でながら、自身もまた寝台に寝そべっている。

その隣には側近である思春の姿があった。

 

「……無事ご出産、おめでとうございます。蓮華様」

「ええ……ありがとう、思春。姉様や桃香たちからも聞いていたけれど……本当に大変なものね」

 

蓮華が語るのは勿論出産について。孫登を撫で微笑みながらも、どこか苦笑いのような雰囲気を滲ませた。

それだけ出産とは、身を裂き、命を分ける程の荒行にも等しい行為なのだろう。

 

「本当にお疲れ様でした。御身と御子様がご健康で何よりです。華佗も現状問題ないと申しておりました」

「うん……? ねえ、思春。どうしてそんなにしかめっ面しているの?」

「そのようなことはございません」

「……思春?」

 

見るからに顔をしかめて、強情にそう断言する思春に、蓮華が首を傾げる。

 

ドタドタドタドタドタ……バタン!

 

「……チッ」

 

足音も騒がしく、扉を開け放って入室してきたのは一刀だった。

 

「蓮華!」

「騒がしい! 孫登様が眠られておるのだ!」

「ひぃ! って思春か……そうだね、ごめんなさい。孫登、起こしちゃったかな……?」

「……大丈夫みたい。もう、思春ったら、あなたの声も十分大きいわよ?」

「は、はっ! も、申し訳ございません……」

「「???」」

 

どうにも挙動不審というべきか。いつもの冷静さが見られない思春に、蓮華だけでなく一刀も首を傾げた。

 

「思春。一体どうし――」

「貴様が心配すべきは蓮華様と孫登様だろう。私になどに係(かかずら)うな。……では蓮華様、コレと共に明命も側におります故、私は一旦これにて失礼致します」

「え? 別に思春が出て行かなくても……」

「いえ。ようやくコレが来たのです。邪魔者は退散すると致します。それでは」

「コレコレって酷いな。あっ、ちょっと思春――」

 

一刀も制止の声を無視し、一礼して思春は私室を出て行ってしまった。

 

「一応、気を利かせてくれたんだろうけど……どうにも思春らしくないな」

「そうね……一刀もそう思ってくれているのね」

「へ? だって、明らかにおかしいだろ」

「ふふっ、そうよね。でも、思春は余り感情を表に出さないから、理解者が少ないの。だから……一刀が今の思春に違和感を覚える程に理解してくれているのが、とても嬉しい」

「そ、そうなの?」

 

蓮華はよく分からないといった顔の一刀に目を細めた。

 

「きっと……三国会談であなたと出会った頃の私と同じ壁にぶつかっているのだと思うわ。暫くはあなたに辛く当たるかもしれないけど……どうか、目を離さないであげて?」

「勿論。思春は大事な『仲間』だからね」

「……それだけではないのだけど……まあ一刀じゃ仕方ないかしら」

「えーっと、何か馬鹿にされてない? 俺だってちゃんと思春を見てるとも……一人の女性としてさ」

「一刀も、それが分かるくらいには成長したのね。ふふふっ」

「そりゃないよ、蓮華……」

 

口に手を当てて可愛らしく笑う蓮華の、きっぱりとした言い様に一刀は肩を落とした。

 

 

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「…………」

 

思春は中庭を目指して後宮の廊下を歩いていた。

部屋を出た際、皇帝である一刀の(本日の)親衛だった明命に、中庭で小休止を取ることを伝え、一刀が政務に戻るときには呼んで貰うよう頼んだ。

 

本来ならば自身も部屋から離れるべきではない。

しかし、彼女は自身でも理解出来ない感情に翻弄され、その場に留まることが出来なかった。

部屋で蓮華とあの男が和やかに話していると思うだけで、ざわつく心を抑えることが出来なかったのだ。

 

(北郷、一刀……ッ)

 

かつて自分に“弱さを認める王”を語った男。

そして皇帝となって以来、“誰もが平和を享受出来る世界”を目指す男。

徹頭徹尾、庶人優先のその姿勢、政は正にその為だ。

 

頭では分かっている。

この男の根本にあるもの。

戦乱という無慈悲な時代に、劉備こと桃香の“甘ったれた”理想を認め、共に実現させた、その信念の礎石。

それは民を愛し、誰にも等しく、他者を慮る慈愛の心。

その“優しさ”こそが、平和な時代を築かんとする“王”に必要な資質であることも。

だからこそ、敬愛する主・蓮華が心を許し、一人の女性として愛するのだということも。

 

それでも。

 

(……この苛立ちは何なのだッ……!)

 

正室の一人として、また『親衛隊』の一員として、北郷一刀にも侍るようになって一年以上。

思春はこうして折に触れて苛立つことが段々と増えていた。

 

一刀が蓮華以外の女性を見ることに苛立つのは分かる。思春にとって、蓮華の幸せこそが最優先事項なのだから。

 

その一刀が自分をもまた同じく、一人の女性として見て、扱おうとしているということもまた分かってはいる。

自分から女を漁るような真似はしないが、ある程度近しく、好意ある女性に無節操なのは紛れもない事実。

 

そんな一刀に対し、思春は口では完璧に拒絶してきた。

にも関わらず、彼が思春への態度を改める気配は全く無い。それどころか、何かにつけて会話を試みようとしており、また周囲の者もそれを当然と捉えている節があった。

 

一刀が話しかけてきても。真面目に政務に取り組んでいても。蓮華と話していても。他の女に感(かま)けていても。

 

彼の姿を見るだけで。

 

思春の心は掻き乱され、ざわつき、苛立つばかり――

 

 

 

(~冬~に続く)

 


 
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