No.128834

真・恋姫無双 蒼天の御遣い16前編

0157さん

大変お待たせして申し訳ありませんでした。

実は諸般の事情により、しばらく書くことが出来なかったのです。

それに思ったより長文になってしまったっていうのも理由の一つですね・・・

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2010-03-08 12:37:11 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:36151   閲覧ユーザー数:24065

一刀はいつの間にか暗闇の中にたたずんでいた。

 

上下左右どこを見回しても先の見えない闇の空間。それなのに自分の姿は認識できるという不可思議な場所。

 

一刀はこの場所を知っていた。確かここは・・・・・・

 

『久しぶりだな、北郷一刀』

 

声のした方に目を向けると、そこには白いローブを身にまとった女性が立っていた。

 

「あんたは確か・・・・・・胡蝶・・・?」

 

『ほう・・・覚えていたのか?あれから随分経つというのにな』

 

確かに胡蝶と初めて出会ったときから、もう随分経っている。感覚的には半年以上はすぎたのではないか?

 

『まぁいい。君はあれからも無事に生き延びているようだな。結構なことだ』

 

「胡蝶、どうしてあんたがここに・・・いや、それよりもここは夢の中なのか?」

 

以前は色んなことが突然だったため、聞く暇がなかったが、改めて考えてみるとこの場所もこの女性も謎が多すぎる。

 

『そのような解釈で構わないよ。あの世界では君は今、寝台の上で寝ているのだからな。どうして私がここにいるのかは、君に話があるからだ』

 

「話?」

 

『ああ。・・・袁紹が各諸侯に檄文を送りつけたぞ』

 

「っ!?」

 

『内容は・・・言わなくても分かるな?』

 

「そんなっ・・・!彼女たちがそんなことをするはずがないし、それに洛陽には近づくなって伝えてあるはずだ」

 

『その他大勢の奴らにはそんなこと分かるわけがなかろう?おまけにその程度の干渉では本来の流れを変えることなどできんよ』

 

「・・・やはり・・・そうなのか?」

 

胡蝶は一刀の言わんとしていることを理解し、うなずいた。

 

『そうだ。ここから先も君の知っている通りの展開になる』

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

一刀は歴史上での董卓の末路を思い浮かべ、沈痛な表情を浮かべた。

 

『・・・で?君はどうする?』

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

押し黙ったままの一刀を気にせず、胡蝶はそのまま話しかける。

 

『君はこの展開を半ば予想していたのだろう?だから与えられた領土すらも断った。なら、君は彼女たちの名誉を守るため、彼女たちと共に偽りの大儀をかざす連中と戦うのかな?』

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

『それよりも彼女たちの命を第一にと考え、その連中と肩を並べながらも秘密裏に彼女たちを助け出そうと考えているのか?』

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

『・・・それとも何もせずに事態を静観し、彼女たちを見捨てるのかね?もしそうだとするなら、君には失望させられるが・・・・・・』

 

そこで胡蝶は一刀の目を見た。その瞳にはゆるぎない決意が見て取れ、いかなる苦難さえも突き進んでいく覚悟がうかがえる。

 

『・・・ふふっ、どうやらそうではないらしいな』

 

「胡蝶、一つだけ聞いてもいいか?」

 

『ん?何だ?』

 

「俺は月たちがそんなことをする人ではないことを知っている。なら、これは誰かが意図的にそう仕向けたことなんじゃないか?」

 

何故だか一刀は、胡蝶なら知っているだろうと確信に近いものを感じていた。

 

胡蝶は黙ったまま、自分をジッと見つめている一刀を見すえると、不意に『仕方ない』とでも言うようにため息を吐いた。

 

『・・・ああそうだ。この一連の騒動には裏で糸を引いている黒幕が存在する』

 

「やはりそうか・・・。それでその黒幕っていうのは?」

 

『悪いがこれ以上は言えん。後は自分で調べるなりしておくんだな』

 

胡蝶はそれ以上は何も言わずに背を向けて歩き出し、そして闇の奥へと消えていった。

 

一刀は黙ってそれを見送った。どうやら胡蝶の様子からして、今のでかなり譲歩してくれたようだった。

 

「・・・ありがとう」

 

一刀は胡蝶の消えていった闇に向かってそう言うと、自分の意識が浮上していくのを感じとった。

 

 

その日の定例報告会は華佗の報告から始まった。

 

「どうやら『反董卓連合』とかいうものが結成されるらしい」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

「華佗さん、何ですかそれは?」

 

一刀と雫が口を閉ざしていると、菖蒲が不思議そうに聞いてきた。

 

「何でも董卓とかいう奴が都(みやこ)に大量の兵を引き連れて、武力を背景に悪逆非道の限りを尽くしているらしい。たとえば――」

 

華佗は自分が聞いた限りの董卓が行った悪行を並べた。

 

「それは・・・・・・ひどいです・・・」

 

菖蒲が悲しげ表情でつぶやいた。

 

「だろう?だからそんな奴をのさばらしては置けないってことで、袁紹って奴が各諸侯が集めているらしい」

 

そこで華佗は一刀に向き直った。

 

「なぁ一刀、俺たちもその連合に参加するべきじゃないのか?罪のない民たちを救うことが俺たちの意義でもあるんだろう?」

 

「はい、わたくしもそう思います」

 

菖蒲も華佗に同調し、同じく一刀を見た。しかし、一刀はそれには答えずに雫に目を向ける。

 

雫も一刀に目を移し、互いに見つめあいながらも一刀が尋ねた。

 

「・・・・・・どう思う、雫?」

 

「聞くまでもないことかと・・・」

 

「ん、そうだったな」

 

「一刀?」「ご主人様?」

 

華佗と菖蒲は不思議そうにそんな二人の様子を見ていたので、一刀が話すことにした。

 

「菖蒲は俺と雫が共に旅をしていたのは知っているよな?」

 

「あ、はい。その途中で華佗さんも旅の仲間に加わったと聞いています」

 

「そう。そしてそれよりもさらに前、俺たちがまだ旅に出なかった頃の話なんだけど、俺たちはある人物の所で世話になってたんだ」

 

「その方は私たちに大変良くしてくださいました」

 

「へぇ・・・それは俺も初めて聞くな。誰なんだその人物って?」

 

華佗が興味深そうに聞いてきた。

 

「その人物とは月・・・董卓なんだ」

 

「何っ!?」

 

「それは本当ですか、ご主人様?」

 

「ああ」

 

雫もうなずいて肯定の意を示す。

 

「俺たちは彼女が絶対にそんなことをする人じゃないって知っている。つまり、この噂はまったくのデタラメだと俺たちは思ってる」

 

「そうだったのか・・・・・・すまん、一刀」

 

唐突に華佗は頭を下げた。

 

「ん、何がだ?」

 

「知らなかったとはいえ、お前の恩人を悪く言ってしまったんだ。だから謝っておかなくてはと思ってな・・・」

 

「わ、わたくしも申し訳ありませんでした・・・」

 

菖蒲まで謝りだしたので、一刀は身振りでそれ制した。

 

「いや、気にしてないからもういいよ。それよりも・・・」

 

「私たちはどう動くか・・・ですね?」

 

雫の言葉に一刀はうなずく。

 

「それならもう決まってるんじゃないか?その董卓って人が一刀の恩人ならその人を助けるべきだろう?」

 

「はい、ですが問題はその方法です」

 

「・・・?どういうことでしょうか、雫さん?」

 

「私も月さん達を助けたいとは思っています。そしてその上でもっとも手っ取り早い方法が、私たちが彼女たちの陣営につくことでしょう。しかし、ここで厄介なのが世間の風評なのです」

 

「世間の風評?」

 

華佗はますます訳が分からないといった感じに首をかしげた。

 

「私たちは黄巾党との戦い以降、義軍として周囲から注目をされはじめました。そんな私たちが真実でないとは言え、悪逆非道と噂されている彼女たちの陣営につくことは、一刀様も同じような目で見られてしまうことになってしまいます」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

華佗と菖蒲には考えもしなかったことを聞かされて唖然としてしまった。

 

この時代の庶人たちの情報源とはすなわち噂だ。他人が見聞きしたことを人づてに伝えることでしか、遠くで起きた出来事を知ることは出来ないのだ。

 

だから、ひとたび一刀が悪逆非道な領主に肩入れしていると噂されれば、多くの人が一刀も同類だと見られるだろう。ただでさえ、庶人はそういった噂話には耳ざといのだから。

 

人心を失った『天の御遣い』などただの道化に等しい。雫はそのことを危惧していたのだ。

 

「で、ですが、ご主人様が正しい行いをしているのなら周りも必ずそれに気づいてくださるはずです」

 

「そうですね。しかし、それがいつになるかは分かりませんが・・・」

 

人が信用を失うのは一瞬だ。しかし、失った信用を取り戻すには、さらに長い時間を要するのだ。

 

「俺はあまりそういったのは気にしないんだけどね」

 

一刀自身はそう言うが、自分の主を悪く言われるのは華佗や菖蒲としても避けたいことだ。

 

「他の方法としましては、あえて連合に参加してみるという手もあります」

 

「えっ?参加してもいいのですか?」

 

菖蒲が驚いた様子で尋ねた。

 

「はい。連合に加われば連合の動向が良く分かるようになります。ですから諸侯に先んじて彼女たちを助け出すことも不可能ではないはずです。それに、このように諸侯が集まる機会は、恐らくはもうないでしょう。だから、参加すること自体にも意味はあります」

 

「だが、その過程として月たちを裏切ることにはなるな」

 

一刀の言葉に雫は恥じ入るようにうつむいてしまった。

 

「気にしなくていいよ。雫はそういう方法もあるって言いたかったんだろ?」

 

「はい・・・・・・それで一刀様、いかがなさいますか?」

 

奇しくも、雫の言葉は夢の中で出会った胡蝶と似たようなものだった。

 

ふと見ると、華佗と菖蒲も一刀を見ていた。恐らく一刀がどっちを選んでも、この三人は迷わずに付いてきてくれるだろう。

 

一刀はしばらくのあいだ黙考し・・・・・・そして決断した。

 

「俺は――――」

 

 

ここ袁紹軍を中核とした反董卓連合軍、本陣の天幕の中では今・・・

 

「おーっほっほっほ!おーっほっほっほ!」

 

奇妙な高笑い声が響き渡っていた。

 

「お初にお目にかかりますわ。このわたくしが名家であり、この集まりの主催者でもある袁・本・初っ!・・・でありますわ!」

 

そんな無駄にハイテンションな人物とは裏腹に、周りは微妙に冷めた反応だった。

 

「・・・・・・幽州の公孫賛だ。よろしく頼む」

 

「平原郡から来ました劉備です。こちらはわたしの軍師の諸葛亮」

 

そのまま各々が自らの素性を名乗り、そして最後に曹操こと華琳が名乗り出た。

 

「典軍校尉(てんぐんこうい)の曹操よ。・・・・・・ところで麗羽、一つ尋ねたいのだけれど・・・」

 

「何かしら、華琳さん?」

 

「ここには北郷一刀は来ていないのかしら?」

 

ざわっ・・・

 

華琳の言葉に周囲がざわめいた。恐らく誰もが気になっていたことなのだろう。

 

「北・・・郷?誰ですのそれは?」

 

「・・・・・・『天の御遣い』のことよ」

 

恐らくこの中で知らないのは袁紹だけであろう。華琳は呆れた声で端的に説明すると、袁紹は得心がいったようだ。

 

「あー・・・そう言えば確かそんな名前でしたわね?どこの田舎者かと思いましたわ」

 

「それで?彼がここにいないのはどうしてなの?彼にも檄文を送ったのでしょう?」

 

「いいえ、送っていませんわ。だって北郷さんってば、どこにいらっしゃるのかまったく分かりませんもの。これでは送りようがありませんですわ」

 

「そう・・・(やはり・・・)。そういうことなら仕方ないわね。質問は以上よ」

 

その後は軍議が始まったのだが、決まったのは大まかなことと、総大将が袁紹だということだけだった。

 

 

軍議が終わり、自分の本陣に戻ってきた華琳を桂花は出迎えた。

 

「お疲れ様です、華琳さま。軍議のほうはいかがでしたか?」

 

「どうもこうもないわ。まったく、麗羽ってば相変わらずだったわね・・・」

 

華琳は疲れた表情を隠そうともせずにぼやいた。

 

「心中お察しします。どうせあの馬鹿のことですから、自分が総大将になりたいとでも言い出したのでしょう」

 

桂花は元々袁紹軍にいたからか、麗羽の性格を熟知しているようだ。

 

「ところで桂花、あなたに調べるように任せていた北郷一刀のことだけど、何か情報は入ってきた?」

 

華琳の言葉に桂花は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「・・・申し訳ありません。華琳さまに任されていただきながら、いまだに有力な情報を得るにはいたりませんでした」 

 

「それは別にいいのよ。どうやら麗羽の所でも彼の所在を特定することは出来なかったようなのだし」

 

あの派手好きな麗羽のことだ。『天の御遣い』と言われているあの男も連合に参加させようとしていたに違いない。

 

麗羽自身はアレだが袁家の人脈とは相当なものである。何せここまでかなりの距離があるのに、西涼の馬騰まで呼び寄せたのだから(来たのはその娘だが)。

 

その麗羽でも見つけられなかったのだから、桂花が見つけられなくても無理からぬことだ。

 

「・・・桂花、あなたは北郷が姿をくらませたことについてどう思う?」

 

調べたところによると、北郷一刀は恩賞としてもらえる領土を断ったらしい。そして集めた兵を解散させた後は、こつぜんとその姿をくらましてしまった。

 

華琳は彼の目的が何なのかが分からなかった。

 

「・・・私の所感ですが、北郷は袁紹の誘いを断りたいがゆえに姿を消したのではないでしょうか?連合への参加は各々の任意ですが、北郷は義軍として名が通っています。もし袁紹が檄文を送っていれば、連合に参加せざるおえなかったでしょう」

 

「つまり、北郷はあらかじめこうなることを予見していたというわけ?」

 

そうなると、北郷一刀はこの連合が出来るまでのかなり前、少なくとも一月以上も前からこのことを予見していたことになる。

 

「もちろん、ただの戯言(ざれごと)と受け取ってもらって構いません。しかし、そう考えればつじつまが合うと思いましたので・・・」

 

「ふむ・・・」

 

華琳は桂花の推測を検討してみる。正直、そのようなことは神仙か悪霊のたぐいでもなければ出来ないと思うのだが・・・

 

「・・・・・・『天の御遣い』・・・か」

 

 

洛陽の城内で詠は慌しく月のもとへと駆けつけた。

 

「月!連合軍が攻めてきた!」

 

「うん。・・・・・・詠ちゃん・・・あの・・・」

 

月が言いにくそうに口ごもっている様子を見て、詠は月が何が聞きたいのか察した。

 

「安心して。連合の中にあいつはいないわ」

 

「そう・・・良かった」

 

途端に月は安堵の息を吐いた。

 

しかし、詠としては連合の中にいたほうが良かったのかもしれない。たとえどっちの陣営にいても私たちの味方でいてくれるだろうとあいつを信じているのだが、いまだにあいつの所在が知れないのだ。

 

あいつの性格からしたらこっちの陣営についてくれるかもという淡い期待もしていたのだが、一向にその姿を現さないのだ。詠の内心ではかすかに不安が芽生え始めていた。

 

「まったく・・・あいつってばいったいどこに消えたのよ?わたし達がこんな大変な状況に陥っているっていうのに・・・」

 

「仕方ないよ、詠ちゃん。せっかく一刀さんが警告をしてくれてたのに、それを無視しちゃったわたし達がいけないんだから」

 

月の言うとおりだ。一刀が未来から来たことも、奴らが何かをたくらんでいることも両方知っておきながら、自分の認識不足がこのような事態を招いてしまったのだ。

 

「・・・そうよね。ごめん、月。ボク少し弱気になってたわ」

 

「気にしないで、私はいつも詠ちゃんにそうやって励まされてきたんだから」

 

あの頃から比べようがないほど成長した月に感動しつつも詠は決意する。もはやいつまでも当てのない援軍など期待していられない。自分に降りかかる火の粉は自分で払わなくては。

 

「月、連合軍は今、汜水関を目指してこっちに向かっているわ。何とかして虎牢関までには連合軍を食い止めたいけれど・・・・・・その可能性は低いと思ってちょうだい」

 

今の月になら大丈夫だろうと、詠は現実的な意見を言う。そもそも数からして違うのだ。いくら二つの関があるからといっても、ここ洛陽に来るのは時間の問題だろう。

 

「最終的には恐らく、ここ洛陽で篭城戦(ろうじょうせん)を行うと思う。月にはつらい思いをさせると思うけど・・・」

 

「ううん、大丈夫だよ、詠ちゃん。もしそうなったとしても、私は最後まで諦めないから」

 

頼もしい主君の言葉に詠は感激しつつも、懸念すべきことはまだあった。

 

(・・・・・・奴らがまた変なことをたくらんでないといいんだけど・・・)

 

奴らも現在その行方をくらましている。恐らくこの件のとばっちりを受けないためなのだろう。

 

斥候(せっこう)を使って探させているものの、連合軍との戦いが控えている今、それほど多くの人員をさくわけにはいかなかった。

 

敵は外ばかりではない。内にも目を光らせておかねばならないのだが・・・・・・

 

詠は最悪、洛陽を捨てることも視野に入れながら、今後のことについて考えるのだった。

 

 

「・・・・・・うーん・・・」

 

連合軍が汜水関に向けて行軍している最中、桃香は残念そうな顔でいた。

 

「桃香お姉ちゃん、どうしたのだ?」

 

「え?ううん、何でもないよ、鈴々ちゃん」

 

桃香は何でもないよう装うが、二人の会話を聞きつけた星は、彼女がそのようになっている理由について尋た。

 

「もしや、北郷殿のことですかな?」

 

「・・・うん。せっかく北郷さんに会えると思って、どんな人か楽しみにしてたのに、肝心の北郷さんがいなくて残念だったなって思って・・・」

 

桃香が素直にその内心を吐露すると、さらに朱里もが会話に加わる。

 

「軍議の時の諸侯の反応を見る限りですと、多くの諸侯が桃香さまと同じような思いでいらしたようですね」

 

「ほほう?北郷殿も随分と有名になられたものだ」

 

朱里の話を聞いた星は、面白そうに笑った。

 

「桃香さま、そのようなお顔をされていては兵の士気にかかわります。ですからもう少ししっかりとなさってください」

 

「う、うん。・・・ご、ごめんね、愛紗ちゃん?」

 

口調は丁寧だがいつもより声音が堅い愛紗に、桃香は『何かあったのか?』と思いつつも、それを口に出さずにとりあえず謝っといた。

 

「どうしたんだろう、愛紗さん?何だかいつもより不機嫌そうだけど・・・」

 

「気にしなくていいのだ、雛里。お姉ちゃんが北郷って人のことばっかり気にしてるから、愛紗がヤキモチをやいているだけなのだ」

 

「あわわ・・・////」

 

「なっ!?や、妬いてなどおらぬっ!適当なことを言うな、鈴々!」

 

愛紗は本当に心外そうな顔をしていたが、顔が赤くなっているところを見ると、当たらずとも遠からずといったところか。

 

「にゃ?」

 

鈴々もそういった意味で言ったわけではないので、変に曲解した二人を見て首をかしげていた。

 

「はははっ!何ともほほえましいではないか、愛紗よ」

 

「くっ・・・からかっているのか、星」

 

「さて、それはどうであろうな?・・・ふむ、それにしても・・・・・・やはり妙だな・・・」

 

「なにが?」

 

唐突な星のつぶやきに桃香がたずねた。

 

「北郷殿のことです。私も北郷殿とは短い付き合いでしたので、彼を詳しく知っているわけではありませんが、彼の武勇伝を聞いていれば彼の性質が我らと同じ、善なるものだということが分かることでしょう」

 

「確かに・・・そうでなければ、十万の大軍に立ち向かうことなどはいたしませんですね」

 

朱里の言葉に星がうなずく。

 

「さよう。では、その北郷殿がこの連合軍に参加しないのはおかしいとは思わぬか?」

 

星の言葉に全員がハッと気づいたような表情をした。確かにこの『反董卓連合軍』は様々な諸侯の思惑が絡んでいるとはいえ、この連合の基本的な方針は『無辜(むこ)の民たちに悪逆非道を働いている董卓を打倒する』ことだ。だからそうなると本来、北郷一刀はこの連合には参加してくるはず・・・いや、していないとおかしい。

 

「そう言われてみれば・・・確かにそうですね。・・・どうしてなんだろう?」

 

雛里が不思議そうにつぶやく。

 

「・・・思うのだが、この連合には何か裏があるのではないだろうか?」

 

「裏がある・・・とはどういうことだ、星?」

 

「言葉どおりの意味だ、愛紗。どこか我々のあずかり知らぬところで何かが動いているような、そんな気がするのだ。・・・無論、あくまで推測の域を出ないがな」

 

星の話を聞いていると、たしかにそのような気がしてきた。そもそも、最初の檄文からして妙な感じはしていたのだから。

 

「はてさて、どうなることやら・・・」

 

顔を見合わせる桃香たちを尻目に、星は一人、洛陽のある方向へ空を見上げるのだった。

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・!」

 

男は一人、山の中を突っ走っていた。

 

山道で疲れた足をこれでもかとぶん回し、まさしく脱兎の勢いで疾走している。

 

すでに全身汗だくになり、のどはカラカラ。走りすぎたせいで横っ腹に痛みがこみ上げるが、それでもその足は止まらない。

 

何故なら、足を止めたその時点で自分の命は終わってしまうのだと男は分かっているからだ。

 

今でも自分の命を狙う追跡者たちが背後に迫ってきているのを感じる。

 

男は悲鳴を上げる体にムチを入れてさらにペースを上げようとするが、突然、不幸な出来事が彼を襲った。

 

ガッ

 

「うわぁっ!!」

 

張り出した木の根に男はつまずき、男は盛大に地面に転がってしまった。

 

男は慌てて立ち上がろうとするが、時はすでに遅く、彼は取り囲まれてしまっていた。

 

彼を取り囲んでいる四人の男たちは全員、表情を変えずに男を見下ろしている。

 

彼らは兵士ではない。しかし、彼らはとある一つの点においては、他の誰よりも抜きん出ている者たちだ。

 

追跡者たちのうちの一人がおもむろに小剣を抜き放った。そして、地面にへたり込んでいる男へとゆっくりと歩み寄る。

 

――絶体絶命――男の脳裏にはそのような言葉が浮かび上がった。

 

追跡者の振り上げられた小剣が、今まさに振り下ろされようとした瞬間・・・・・・

 

「そこまでだ」

 

死角からかけられた声に反応して、追跡者たちはすぐさまその場所から飛び退いた。

 

声のした方を見ると、そこには一人の青年がたたずんでいた。その手には光り輝く棒を持っている。

 

そしていつの間にか、その青年の足元には彼らの仲間の一人倒れていた。

 

青年を敵だと認識した追跡者たちの動きは素早かった。中央にいた一人が短剣を投げ、左右にいた二人が小剣を手に青年を挟撃しようと肉迫する。

 

無駄のない見事な連携だ。しかし、青年にとっては大した脅威ではなかった。

 

青年はまず、飛んできた短剣を手に持った棒ではじき返した。すでに二投目を投げようとしていた中央の男は避けることすら出来ず、短剣が肩に突き刺さってしまう。

 

残りの二人は左右から同時に青年に切りかかった。しかし、青年は軽く後ろに飛ぶことでそれを回避する。

 

そして、青年は棒をヤリのように構え、間合いに入った二人に神速の突きを繰り出した。

 

ドガガァッ

 

猛烈な勢いで吹き飛んだ二人は木にぶつかって崩れ落ちた。

 

負傷した最後の一人はそれを見て敵わないと思ったのか、後ずさりして距離をとり始める。

 

「逃げても無駄だよ。ここはすでに包囲されている」

 

それを聞いて気が付いたのだろう。いつの間にか周囲には複数の兵士たちによって包囲されていた。

 

そして、追跡者が視線を外したわずかな隙を狙って、青年は瞬く間に距離を詰めていた。

 

「ふっ!」

 

ブォンッ

 

青年の横に払った一撃は追跡者の側頭部に当たり、追跡者はその場で倒れ伏した。

 

青年は周囲が安全であることを確認すると周りの兵士たちに合図を送った。

 

それにより周囲の兵士たちも青年のもとへ集まる。

 

「お怪我はありませんか、北郷様?」

 

「俺は大丈夫。それより・・・・・・そこの人、怪我はない?」

 

そこで男は自分が話しかけられているのだと気がついた。

 

「・・・あっ、は、はい、大丈夫です。助けていただきありがとうございました」

 

「一刀、こいつらは縛っておけばいいのか?」

 

「ああ。手加減はしてあるから、肩を怪我した奴は治療して、それ以外はそのまま縛っておいても構わないよ、華佗」

 

(((・・・・・・あれで手加減してたんだ・・・)))

 

その時、その場にいた兵士たちはそんなことを考えていたそうな・・・

 

「北郷・・・一刀・・・。で、では、やはりあなたがあの・・・!」

 

「ん?俺を知っているのか?」

 

「は、はい。あなた様のことはお噂でかねがね・・・」

 

慌てて立ち上がって居住まいを正した男に、一刀は苦笑しながらも尋ねた。

 

「それで・・・君はどうして彼らに追われていたんだ?良ければ話してくれないか?」

 

男は若干、迷う素振りを見せたが、すぐに意を決した表情でうなずいた。

 

「・・・・・・分かりました、御遣い様になら・・・。実は私は賈駆様の命により、十常侍の行方を探っておりました」

 

「詠・・・賈駆文和が?」

 

「はい。十常侍は董卓様にあらぬ汚名を着せ、そればかりか多くの諸侯をけしかけた後、その行方をくらませてしまいました。そして私は何とか彼らの隠れ家を発見しましたのですが・・・・・・相手にも発見されてしまい、刺客を差し向けられてたのであります」

 

「なるほど、そういうことか」

 

「一刀、お前の読み通りだったな」

 

「・・・あ、あの、あなた方はもしや、董卓様を助けてくださるためにこちらにまで来てくださったのですか?」

 

華佗の話を聞いた男は恐る恐る尋ねた。

 

「ああ。俺たちはその十常侍っていうのを懲らしめるためにここまで来たんだ」

 

「だからすまないけど、その隠れ家の場所を教えてはくれないか?後は俺たちが何とかするから」

 

華佗と一刀の返事を聞いた男は嬉しそうにうなずいた。

 

「わ、分かりました!そういうことでしたらお教えいたします」

 

男から隠れ家の場所を聞いた一刀たちはその場所へ向かうべく兵をまとめた。

 

「それじゃあ君は、賈駆にこのことを伝えておいてくれるかな」

 

「はっ、かしこまりました!改めて助けていただきありがとうございます!それでは!」

 

男は敬礼すると茂みの奥へと消えていった。

 

「・・・じゃあ俺たちも行くか、華佗」

 

「ああ・・・・・・それにしても、今回のことといい、お前にはいつも驚かされるな、一刀」

 

「どうしたんだ、急に?」

 

「お前はいつも俺たちの予想のつかないことを考え付くからな。あの砦の時のことだって随分と驚いたんだぞ?」

 

「・・・ああ、あれか」

 

一刀は目的地にたどり着くまでの間、あの砦の中での会話を思い返した。

 

 

「俺は・・・・・・この戦いを止めたいと思う」

 

「「「えっ?」」」

 

三人がそろって呆然と聞き返した。

 

「俺は納得できないんだ。月たちは悪政など行っていないはずなのだから、こんな意味のない戦いをする必要はないはずだ」

 

「・・・確かに一刀様のおっしゃるとおりです。・・・・・・しかし、いったいどうやってお止めになるつもりですか?」

 

雫は率直に尋ねた。軍師である彼女には根拠のない推論や、希望的観測な方法でうなずくわけにはいかないのだ。

 

「妙だとは思ったんだ。突然、袁紹が連合を結成したことといい、華佗が聞いてきた噂といい・・・これらは何者かの思惑が働いているような気がしてならないんだ」

 

ここまで歪んだ情報が飛び交っているということは、何者かの意思が働いているとしか思えない。

 

「確かに・・・そのように見受けられます}

 

菖蒲が納得したようにうなずく。

 

「だから、その何者か・・・黒幕というのを見つけ出せば、この状況を打開できると思う」

 

「だが一刀、見つけ出すって言ってもいったいどこを探すんだ?もうそんなに時間は残されていないだろ?」

 

華佗の言うとおりだ。頑張って黒幕を見つけたはいいが、すでにすべてが終わった後でした、では意味がない。

 

「大丈夫、大体の見当は付いている。そいつらは洛陽か、洛陽からそう離れてない所に潜んでいるはずだ」

 

「・・・?どうしてそんなことが分かるんだ?」

 

「こういう陰謀を張り巡らす奴らって、たいてい自分が陥れた相手がどうなるか高みの見物をしようとするもんだ。だから月たちのいる洛陽からそう離れてはいないはずだ」

 

「へぇ、そういうものなのか・・・」

 

華佗は感心したようにつぶやいた。

 

「それでは一刀様。我々は洛陽とその周辺を探る、ということでよろしいのですね?」

 

「そのことだけど、雫と菖蒲には別行動を取ってもらいたい」

 

「わたくし達が・・・ですか?」

 

「うん。今回は月たちの命もかかっているからね。だから打てる手は出来るだけ打っておかないと」

 

そう言って一刀は二人にするべきことを伝えた。

 

「・・・・・・なるほど、分かりましたそういうことでしたら」

 

「見事、お役目を果たして見せます、ご主人様」

 

「ああ、よろしく頼んだよ、二人とも」

 

 

洛陽の郊外にある山奥、そこにはどこの大富豪が住んでいるのかと思わせるようなお屋敷がひっそりと巧妙に隠れて建てられていた。

 

そこにあるお屋敷の一室では、数名の男たちが話し合っていた。

 

「・・・それで、あの方の容態は?」

 

「駄目です。あれ以来、まったく口をきかなくなってしまいました」

 

「食事も全然手をつけてないようじゃの?」

 

「やはり、あれは少々刺激が強すぎたようですな」

 

「まぁ、過ぎたことはどうでもいいだろう。それよりもどうやって『アレ』を見つけ出すかだが・・・」

 

「やっぱり、あの方が回復するのを待つしかないのでしょうか?何でしたら、多少痛めつけても・・・」

 

「やめておけ。万が一、死なれでもしたら困るのはこっちのほうだ」

 

「ふむ・・・まぁ、それはひとまず置いておくとして、先ほど報告にあった曲者(くせもの)の件についてだが・・・」

 

「十中八九、奴の手のものですな」

 

「うむ。一応、刺客を放っておいたが、万が一が無いとも限らん。早々にここを引き上げるべきだと私は思うが・・・皆もそれでよいな?」

 

その場にいた全員がうなずいたちょうどその時、何やら外のほうが騒がしくなっていた。

 

やがて部屋の外から悲鳴交じり人の声が聞こえてきた。

 

「て、敵襲ーーっ!敵襲だーーっ!」

 

それを聞いた全員が驚きで目を見開いた。

 

「て、敵襲だとっ!?いったいどこの・・・・・・もしかして奴らかっ!?」

 

「それにしたって早すぎるっ!?それよりも敵の規模はっ!?いったいどれぐらいの数なんだっ!?」

 

「そ、そんなことより早く逃げるのじゃっ!誰かっ!誰か早う馬車を用意せいっ!」

 

(・・・ふん、使えぬ奴らだ)

 

たちまち恐慌状態に陥った彼らを、彼ら十常侍の長である張譲は冷めた目で見ていた。

 

(やはりこんな奴らは切り捨てておいても問題あるまい)

 

張譲は内心でそう結論付けると、周りに気づかれないよう静かに部屋を出て行った。

 

彼は部屋を出てすぐにとある部屋へと向かった。

 

その部屋にたどり着くなり、中にいる人にも声をかけずに無遠慮にその扉を開け放つ。

 

部屋の中は寝台に椅子と円形の卓だけといういたって簡素なものだった。

 

そしてそこには少女が一人、寝台に腰掛けている。

 

その少女は、腰まで届くような長くつややかな髪を首の辺りでまとめ、簡素な衣服を身にまといながらも、ある種の高貴な雰囲気を漂わせていた。

 

「さぁ、――様、ここはもう危険です。わたくしめが安全な場所までご案内いたしますので、一緒についてきていただけますか?」

 

男の口調は丁寧だが、有無を言わさない響きが含まれていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

それに対して少女は答えることもなく、虚空を見つめている。

 

チッ、と思わず舌打ちがもれてしまう。この少女はあれ以来、ずっとこうして口を閉ざしたままなのだ。

 

卓の上に目を移すと、そこには少女のために用意された食事がほとんど手付かずのまま残されていた。

 

仕方なく、張譲は少女の腕を引き無理やり立たせた。

 

少女は抵抗することもなくそのまま引っ張られるままに部屋を出ていく

 

張譲はこのまま自分だけが知っている秘密の脱出路へ向かおうとしたが、

 

「どこに行くつもりだ?」

 

背後からかけられた声に慌てて振り向くと、そこには聖天を持った一刀が立っていた。

 

「あんたが十常侍の長、張譲だな?」

 

「な、何者だ貴様っ!?」

 

「俺の名は北郷一刀。世間では『天の御遣い』だなんて呼ばれている」

 

「なっ!?」

 

思っても見なかった名を聞いて張譲は目をむく。

 

(・・・・・・・・・天の・・・・・・御遣い・・・?)

 

その言葉に、そばにいた少女がピクリと反応したが二人は気づかなかった。

 

「そ、その『天の御遣い』がいったい何の用でここにいるっ!?」

 

「俺の仲間が今、あらぬ疑いをかけられて大変な状況に陥っている。だから俺はその疑いを晴らしに来た」

 

「き、貴様は奴ら手の者なのかっ!?」

 

「仲間だって言っただろう・・・まぁ、それはいい。すでにお前以外の奴らは全員捕らえている。後はお前だけだ」

 

そう言って一刀が近づくと、張譲は慌てて少女を自分の前に立たせて隠し持っていた小剣を少女に向けた。

 

「う、動くなっ!?動くとこの御方の命はないぞっ!?」

 

「この御方?」

 

「この御方は現在の漢の皇帝の唯一の直系である劉協様であられるぞっ!分かったならこれ以上近づくなっ!」

 

一刀もこの少女が意外な人物だと知って軽く目を見張った。

 

「へぇ・・・この子が」

 

そして少女――劉協に目をやった一刀はあることに気が付いた。

 

劉協の瞳には光が宿っていない。まるで生きることを放棄したような無気力な気配が劉協に漂っている。

 

一刀は以前、これと同じようなのを見たことがある。初めて雫と出会ったときも、このような瞳をしていたのだ。

 

もう一つ気付いたことがあった。劉協の生気のない瞳は一刀をジッと見つめていたのだ。

 

一刀は劉協に向かって話しかけた。

 

「君は・・・生きたいか?」

 

「・・・・・・・・・えっ・・・?」

 

唐突に自分に向けられた質問に劉協は思わず声をもらしてしまった。

 

「恐らく君はとってもつらい思いをしたんじゃないか?生きるのが嫌になるくらいの?」

 

「っ!!」

 

劉協は思わずあの時のことを思い出してしまい、表情が苦しそうに青ざめた。

 

「君が何に苦しんでいるのか俺には分からない。だけど、それでも君は諦めないで生きていたいと願うのなら・・・」

 

劉協は息を呑む。一瞬、彼の姿が『あの人』の姿と重なって見えたからだ。

 

そんなはずはないのに、声も姿かたちもまったく違うというのに・・・・・・

 

「俺が君を助ける」

 

「・・・・・・わ、私は・・・」

 

自然と劉協の目から涙が流れ出ていた。あれ以来、出尽くしたと思っていた涙がとめどなくあふれていく。

 

「い、いったい何なんだっ!?」

 

自分を無視して話す二人に、張譲はヒステリックにわめき散らした。

 

「貴様はこの状況が見えてないのかっ!?もういいから貴様はさっさと消え――――」

 

 

 

「私は・・・・・・生きたい・・・!」

 

 

 

張譲の言葉を断ち切って、劉協は明言した。彼女の言葉には明確な意思が感じ取れる。

 

「・・・・・・だから・・・助けて欲しい」

 

「・・・うん、分かった」

 

それを聞いた一刀は満足そうにうなずいた。

 

「だから何を言って――――」

 

ドゴォッ

 

「ぐはぁっ!?」

 

気が付いたら張譲は吹っ飛んでいた。遅れて強烈な痛みが体を駆け巡る。さらに遅れて新たな衝撃(壁にぶつかった)が加わり、彼の意識は闇に沈んだ。

 

「言い忘れてたけど、この距離はまだ俺の間合いだよ・・・って聞いてないか」

 

一刀が一人ごちると、一刀の後方から華佗と兵士が数名やって来た。

 

「一刀、館の制圧と十常侍の捕縛、完了したぞ」

 

「ああ、ご苦労様、華佗。そこに倒れてるのが最後の一人だから」

 

何のことはなく言う一刀に華佗は盛大なため息を吐いた。

 

「・・・一刀、頼むから一人で突っ切って先を行くのはやめてくれないか?お前にもしものことがあったらどうするんだ?」

 

「悪い。だけど、これからの為にどうしてもこいつ等を逃がすわけにはいかないんだ。それに、もしもの時は華佗が治してくれるんだろう?」

 

「馬鹿、怪我をしないのが一番いいに決まってる・・・って一刀、その子は誰だ?」

 

信じられないほどの早業を見せられていまだに呆然としている劉協を見て、華佗は尋ねた。

 

「ああ、この子は劉協だよ」

 

「そうか劉協か・・・・・・劉協・・・?」

 

『こ、皇女殿下っ!?』

 

華佗が首をかしげていると、いち早く気が付いた兵士たちが飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「おお、そう言えばそんな名前だったな」

 

「気づくのが遅いよ、華佗」

 

皇女を前にしても、いつもと変わらぬ二人に、兵士たちは尊敬やら呆れやらが混ざった目で見ていると、劉協が彼らに気付いた。

 

「あ・・・うむ、そなたが北郷一刀・・・『天の御遣い』なのだな?」

 

「そう呼ばれてはいるね。でも、出来れば北郷か一刀のどっちかで呼んで欲しいな」

 

「う、うむ。それなら北郷と呼ぼう」

 

皇女に対してあまりにもなれなれしすぎる一刀の態度に、兵士たちは戦々恐々とそれを見守る。

 

「そう言えばどうしてここに皇女様がいるんだ?」

 

華佗の率直な質問に気を悪くすることなく、劉協は答える。

 

「それはわらわを押さえて奴らの言いなりになるようにすれば、今後も宮廷で好き勝手できると思っておったのだろう。実際、父上・・・霊帝の代ではそうしていたようだしの。それに・・・・・・」

 

「・・・?」

 

そこで急に言葉を切った劉協に華佗は首をかしげた。

 

触れられたくないことでもあるのだろう。一刀は話を進めるにした。

 

「華佗、とりあえずこの後も予定通りにいくけど、この子をあそこへ連れて行くわけにはいかない。だから、兵の半分を置いていくからこの子と一緒にここに残っててくれないか?恐らく、詠・・・賈駆たちもここに来るだろうから、その時にいきさつも説明して置いて欲しい」

 

「それは別に構わないが・・・いいのか?兵を半分も置いていっても?」

 

「大丈夫だよ。多分これから先、兵は必要ないだろうと思うし」

 

「・・・分かった、そういうことなら。じゃあ俺は怪我人がいるだろうから、そいつらの面倒を見てくるよ」

 

そう言って華佗はもと来た通路を戻っていった。

 

「君たちも華佗を手伝ってあげてくれないか?ここはもう大丈夫だから」

 

「はっ、分かりました!」

 

兵士たちは一刀に礼をして華佗の後を追って行った。

 

そしてそのまましばらく二人でジッとしていると、唐突に劉協が口を開いた。

 

「ねぇ、北郷・・・一つ聞いてもいい?」

 

「なに?」

 

急に口調を変えた劉協に一刀はいたって普通に返した。

 

「・・・驚かないのね」

 

「まぁ、一人称が変わってたから何となく。・・・それで聞きたいことって?」

 

「・・・もしあの時、私が『死にたい』って答えてたら貴方はどうしていたの?」

 

実際、そうなることだって十分にありえたのだ。それに、今でも心の片隅には、死んで楽になりたいという気持ちもかすかにある。

 

「・・・そうだな、もしそうだったとしたら・・・・・・」

 

一刀はそうなった時に自分が起こした行動を想像してみた。

 

「・・・どっちにしろ、やっぱり君を助けていたね」

 

「・・・そう」

 

やはりこの青年らしい答えだったのだが、

 

「そんで、その後はゲンコツしてお説教かな?」

 

その後は予想のななめ上をいっていた。

 

「・・・・・・ゲンコツして・・・お説教?」

 

「ああ。こう、『命を粗末にしてはいけません!』・・・みたいな感じで」

 

どこぞの肝っ玉母さんを髣髴(ほうふつ)させられる一刀の仕草に劉協は思わず噴き出してしまった。

 

「ぷっ、あははっ・・・そ、そうだったの、ふふふっ」

 

単純に嬉しかった。この人は自分が皇女であるとかは関係なく、自分が間違ったことをすれば叱ってくれるというのだ。

 

「北郷、改めて礼を言わせて。私を助けてくれてありがとう。このお礼はいつか必ずするわ」

 

「そうか、それなら楽しみにしているよ」

 

一刀は何てことはなしに受け取るが、まったく分かってない。彼女がお礼をするということがどういうことなのか。

 

いくら漢王朝の権威が落ちているとはいえ、現在、劉協は大陸の最高権力者に最も近い存在なのだ。彼女がその気になれば叶えられないことのほうが少ないだろうが、一刀は全然気づいてない、っていうか気にしない。

 

まぁ、そこが一刀の一刀たる所以(ゆえん)なのだが。

 

(・・・・・・この人になら・・・話してもいいかな)

 

内心、密かにそう決意した劉協だった。

 

 

ここ、軍議のために連合軍の諸侯が集まる天幕の中では重苦しい空気がただよっていた。

 

誰しもが言葉を発しないギスギスした雰囲気のなか、最初に華琳が口火をきった。

 

「・・・麗羽、あなたこの件に関してどう責任を取るつもりなの」

 

「せ、責任とはどういうことですの?」

 

袁紹はとぼけたわけでなく本当に疑問に思ったのだが、それがかえって華琳のカンに触った。

 

「どうもこうもないわっ!あなたの無茶な突撃のせいで、我が軍だけでなくて連合軍全体に甚大な被害が出てしまったではないのっ!これについてどう責任を取るつもりなのかって聞いてるのよっ!」

 

華琳の怒声には鬼気迫るものがあった。桃香や袁術など他、何名かが思わず首をすくめてしまうほどだ。

 

「・・・それに、そのせいで私の大切な部下が怪我を負ってしまったわ。これ以上、このような無謀な進軍を続けるのなら、我が軍は連合を抜けさせてもらうわよ」

 

華琳が怒っている本当の理由はそっちなのだが、ここで個人の感情をぶつけるわけにはいかなかった。

 

「・・・そうだな。曹操の言うとおり、これ以上、作戦もなく進軍するわけにはいかないだろう。まずはそれを話し合おうじゃないか」

 

公孫賛が場を取り持つようにそう提案した。

 

「さ、作戦ならあるじゃありませんですのっ!」

 

「あれのどこが作戦だっていうのよ・・・」

 

雪蓮が呆れた声も隠さずにぼやいた。

 

その作戦とは『雄雄しく、勇ましく、華麗に進軍』という、桂花いわく『作戦って言葉に対する冒涜(ぼうとく)』、冥琳いわく『これを作戦と呼ぶのは軍師としての誇りが許さん』と言わしめるほど酷い作戦だった。

 

「とにかく、汜水関の二の舞だけは避けないとな」

 

馬超の発言に袁紹を除く全員が重々しくうなずいた。

 

汜水関での戦いはそれはもう酷いものだった。

 

連合軍が汜水関にたどり着くなり、いきなり袁紹が関に向かって突撃するように命令したのだ。

 

先陣を任されたのは劉備軍。連合軍の中では弱小の部類に入る彼女たちにとうてい務まることではなかった。

 

無論、桃香たちとて、ただ座しているわけではない。何とかして相手を関から引きずり出そうと、相手の将を挑発したりしたのだ。

 

しかし、効果はまるでなかった。相手は耳せんでもしているかのように、挑発を聞き流していたのだ。

 

頭を引っ込めた亀のような相手に、戦況はさっそく硬直状態に陥った。

 

そして、それを我慢できないのが連合軍の総大将、袁紹だった。

 

なんと袁紹は中曲にあった自分の軍勢を前進させるという暴挙に出たのだ。

 

袁紹軍は連合軍の中でも特に大軍だ。その中曲にいる大軍が前進してしまえば、どうなるかは想像に難くないだろう。

 

前曲にいる軍勢は袁紹軍に押し出される形で関に突っ込んでしまったのだ。

 

その結果、数を頼りに何とか汜水関を落とすことには成功したものの、連合軍の、それも前曲にいた軍勢の被害は相当なものだった。

 

「汜水関を守っていた将・・・華雄だったわね。まさか、あれほどの良将が董卓軍にいるなんてね・・・」

 

「はい・・・あれほど挑発しても出てこないなんて、とっても我慢強い人なんですね、華雄さんは」

 

華琳、桃香の二人が汜水関を守っていた将、華雄を褒め称える。

 

実際に華雄の戦いぶりはとても堅実なものだった。挑発には乗らず、そして連合軍が関を攻撃し続けて疲れた頃合いを見計らってうって出たのだ。

 

それは今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすかのような、とても苛烈なものだった。もし、曹操、孫策軍が劉備軍の援護に向かわなければ劉備軍は壊滅的な打撃を受け、その後方の袁紹軍にまで及んでいただろう。

 

二人にしてみれば袁紹軍がどうなろうと知ったことではないが、腐っても総大将なのだ。万が一、討たれでもしたらこの戦いの負けは確定してしまう。華雄軍にはそれだけの勢いがあったのだ。

 

そして何よりも驚くべきことは、そうして連合軍に痛撃を与えた華雄軍は、そのまま攻め続けたりや、関にこもって守り続けることはしないで颯爽(さっそう)と撤退したことだ。

 

撤退するには早すぎると思う人もいるかもしれないが、これは普通、中々出来ないことだ。篭城戦はなまじ関の防御力に頼ってしまい、逃げ時を失ってしまうことが多々あるからだ。

 

汜水関での戦果は十分にあげたと判断した華雄は、欲を張ったりはせずにそのまま悠々(ゆうゆう)と虎牢関へと退却した。

 

関はまだある。だからその時の戦いの為に兵力を温存した華雄に他の諸侯は脱帽する思いだった。

 

「次の虎牢関では先ほどの華雄に加え、神速とうたわれる張遼、そして天下無双の武を持つという呂布が相手・・・か。・・・それに比べてこっちは・・・・・・」

 

そう言って雪蓮はチラリと袁紹を見た。

 

「・・・な、なんですの?」

 

「ため息しかでないわね、本当に」

 

本当にため息を吐いてみせる華琳を見て袁紹はいきり立った。

 

「きぃーーーっ!何なんですの!その人を馬鹿にしたような態度はっ!いいですわっ!そういうことなら、次の虎牢関はこのわたくしが先陣を務めてさしあげますわっ!」

 

「あら?いいのかしら麗羽?そんなことを言ってしまって」

 

「この袁本初に二言はありませんわ!」

 

「さすが、麗羽姉さま。自ら率先して損・・・じゃなくて先陣を買って出られるとは、さすが袁家の誉(ほま)れじゃのう」

 

「おーっほっほっほ!このわたくしにかかれば虎牢関なんて、ぱぱーっと落としてさしあげますわっ!

 

袁術にあおられて気を良くした袁紹により、袁紹軍が先陣を務めることに決まったのだった。

 

 

「おーおー。来とる来とる」

 

虎牢関の関の上で、霞はこちらに向かってやって来る連合軍を眺めていた。

 

「まーったく。こんなとこまでわざわざご苦労なこっちゃなぁ、なぁ恋?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(コクリ)」

 

「・・・えらく長い間やな」

 

「そんなことより、敵の先陣の数が思っていたのよりも多いのです。これはいったいどういうことでありますか、華雄」

 

「ぬぅぅ・・・・・・そんなはずはないのだが・・・」

 

「いや、ねねよう見てみぃ。敵の先陣には袁の牙門旗がつっ立っとるで」

 

霞に言われて気づいたねねは、信じられない表情でそれを見た。

 

「ほ、ほんとうなのです!それでは総大将が自ら先陣を切っているのでありますか!?」

 

「ほう?連中、なかなか潔(いさぎよ)いではないか」

 

「そんなわけないのです!洛陽で決戦を行うとかならまだしも、こんな所で総大将が先陣を切る意味など何一つとしてないのです!」

 

「これはねねの言うとおりやな。おおかた、汜水関での失態の責任を取らせるために、先陣にさせられたか、もしくは自らが買って出た・・・ってトコやないか?」

 

霞の的を射た発言に、ねねは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふふん、もしそうだとしても汜水関ではなく、恋殿のおわすこの虎牢関で先陣を切るなど相手の底が見えるのです」

 

「おい陳宮、それはどういう意味だ」

 

ねねの言葉に華雄が反応した。

 

「別に深い意味などないのです。ただ、もし恋殿が汜水関におられたのなら関を落とされることはなかったとねねは思っただけなのです」

 

「こいつっ!」

 

華雄はねねにウメボシ(ゲンコツで頭を挟んでグリグリするやつ)を発動させた!

 

「いたたたたたたっ!れ、恋殿~~~っ!ケダモノがいじめるであります~~~っ!」

 

ねねは助けを求めた!

 

「・・・・・・今のは・・・ねねが悪い」

 

しかし、助けはやってこない!

 

「恋殿~~~~~っ!」

 

「確かに今のはねねが悪いな。汜水関には念のためにウチもおったんやけど、汜水関での華雄の働きぶりはもう見事としか言いようがなかったで」

 

「ふ、ふん、下手な世辞はよせ張遼。関からうって出たのも、退却をする時機すらも、私はお前の言う通りにしていただけで、私自身はただ武器を手に暴れていただけはないか」

 

霞の純粋な賞賛に華雄は若干顔を赤くしつつもそう反論する。

 

「いーや、そんなことはないで。あん時、相手の挑発を我慢しきったところなんて、ホンマにすごいとウチは思うとる。さすが、董卓軍きっての猛将、華雄将軍や」

 

「ううっ・・・・・・わ、私は兵の確認をしてくるからなっ!」

 

霞のホメ殺し攻撃に耐え切れなくなったのか、華雄は早足でその場を去っていった。

 

「・・・・・・華雄も変わったもんやなぁ・・・」

 

霞は感慨深そうにそうつぶやいた。恐らく以前の華雄のままだったら、自分の武をけなすような挑発にこらえきれずに関を飛び出していただろう。

 

「いたた・・・・・・確かに今の華雄にはある種の余裕が感じられますぅ・・・」

 

頭を押さえて弱々しくうめくような、ねねの言葉に霞はうなずいた。何が華雄をあそこまで変えてしまったんだろうか?

 

ふと、霞は一人の青年を思い浮かべた。

 

「一刀・・・か。そういえば一刀は今、どないしとるんやろう?」

 

「・・・・・・一刀・・・会いたい」

 

恋が寂しそうな声でつぶやいた。

 

「あんな薄情な奴のことなどどうだっていいのです!ねねがあれほど面倒を見てあげたというのにまったく助けに来ないなんて!きっとどこかで女をたぶらかしているに決まってやがるのです!」

 

「んー・・・一刀のことやから、何かしとるんやと思うけど。・・・・・・まぁ、今は目の前の敵を何とかしようやないか。どないするん?」

 

霞としては軍師である、ねねに聞いたつもりだったのだが、ねねの代わりに恋が答えた。

 

「・・・・・・うって・・・出る」

 

「ほぉ、・・・んで、その心は?」

 

「・・・・・・あれを倒せば・・・戦いが終わる」

 

そう言って恋は袁家の牙門旗を指差した。

 

「さすがは恋殿なのです!その大局を見通すご慧眼(けいがん)、ねねは感服いたしましたですぞーっ!」

 

確かに恋の案は一理ある。せっかく敵の総大将が前に出てきているのだ。篭城をして敵の戦力をそぐことより、ここでうって出て相手の総大将を討ち取れば決着がつけられるかもしれない。

 

「なるほどなぁ、確かにここで決着をつけるのも悪かない・・・・・・おい、そこのアンタ」

 

霞は近くに控えていた兵士に声をかけた。

 

「はっ!」

 

「話は聞いておったんやろ?出陣や、準備しとき。それとこのことを華雄にも伝えておいてくれや」

 

「はっ!了解しました!ではすぐに出陣準備を整えます!」

 

(さて、これが吉と出るか凶と出るか・・・やな)

 

関の下へと降りていく兵士を見送りながら霞は密かにそう思っていた。

 

 

「・・・まずいわね」

 

「・・・ああ、まずいな」

 

虎牢関から出てきている相手の軍勢を見ながら、雪蓮と冥琳は共に同じことをつぶやいた。

 

「あらら~、敵さんは決着を望んじゃってますね~」

 

穏の言うとおり、相手の狙いは決着をつけること、つまり総大将を討ち取ることだろう。

 

「どうするの、冥琳?あんなのでも一応は総大将なんでしょう?万が一、討たれでもしちゃったら、この戦い私たちの負けよ?」

 

「どうすることも出来んさ。汜水関での戦いですでに我が軍の兵はかなりの被害が出ている。これ以上、兵を消耗(しょうもう)すれば後のことに差しさわるわ」

 

「でもそれってこの戦いに負けてしまっても同じことなんじゃないかしら?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

さすがの冥琳もこの難題には頭を悩ませてしまった。

 

「ふぅ・・・こんなことだったら蓮華はともかくとして祭は連れてくるべきだったかな・・・」

 

雪蓮がため息まじりにそう漏らした。

 

蓮華と祭、この二人は今、来たるべき孫呉の独立の為に建業に向かっているのだ。

 

実のところ、建業には元孫呉の王であった水蓮がいるので、行かせるのは蓮華一人でも十分だったのだが、念には念を入れてという理由で祭にもついていってもらったのだ。

 

祭自身も水蓮に会いたがっていたようなので特に問題はないだろうとは思っていたのだが・・・

 

「言うな雪蓮。さすがの私も袁紹があそこまでとは思いもしなかったのだからな・・・」

 

「そうよねぇ・・・さすがに袁術の従姉(いとこ)なだけはあるわよね・・・」

 

「変なところで感心するな」

 

「それでどうしますかぁ~?兵の数では袁紹軍。兵と将の質では董卓軍。勝敗は五分五分だと私は思うのですけどぉ~?」

 

「いや、五分の賭けにしてはこちら側の分が悪すぎる。向こうは負けても関を失うぐらいで済むだろうが、こっちが負けてしまえば連合軍そのものが崩壊しかねん」

 

そう言いながら冥琳はしばらくの間、低くうなっていたが、やがて諦めに似た表情とともに雪蓮に向き直った。

 

「・・・・・・仕方ない。雪蓮、どうするかはあなたが決めてちょうだい」

 

「私が?」

 

「そうよ。あなたのお得意の勘とやらで兵を動かすべきか、または静観するべきか決めて欲しいの」

 

「あら珍しい。冥琳がそんな不確定なものに頼るだなんて」

 

「・・・・・・正直に言うと読めないのよ。あの袁紹の思考は普通のそれとはかなり外れていて、どう行動するのかまったく予想がつかない」

 

「不確定なものには不確定なものってわけですね~、冥琳さま」

 

「まぁ、大雑把(おおざっぱ)に言えばそんなところだ」

 

「むー、何よそれー!それじゃあ私があの袁紹と同類みたいじゃないのよー!そんなこと言うんだったら教えてあげないもんねー!」

 

頬(ほほ)を膨らませて猛烈な抗議をする雪蓮を冥琳はなだめる。

 

「そうすねないの、雪蓮。行動が読めないという点ではあなたも似たようなものでしょう?いいから早く教えなさい」

 

「つーん」

 

「・・・・・・雪蓮」

 

冥琳は低く、地の底から這うような声を出した。

 

「わ、わかったわよ・・・・・・わかったからそんな怖い声を出さないでよ・・・」

 

「・・・それで?私たちはどう動くべきだと思う?」

 

「うーん・・・・・・動かないほうがいいんだけど、動かないままだと駄目な気がする」

 

「・・・・・・どういう意味だそれは?」

 

「知らないわよ。ただそんな気がするってだけなんだから」

 

やはり勘といってもかなり投げやりなものだった。

 

「う~ん・・・これは状況に変化が訪れるって意味なんじゃないんですかね~?」

 

「・・・なるほど。確かにそういう意味に受け取れるな。なら、その状況の変化に対応するためには・・・・・・興覇! 幼平!」

 

「はっ!」

 

「お側に!」

 

冥琳の呼びかけに応じて、どこからともなく思春と明命が姿を現した。

 

「お前たちは周囲の状況をくまなく観察し、状況に変化があればつぶさにそれを報告しろ!その後のことは追って指示を伝える!」

 

「はっ!」

 

「了解しました!」

 

指示を受けた二人は音もなくその場を離れていった。

 

「さてと、後は鬼が出るか蛇が出るかね♪」

 

雪蓮が心底楽しそうな表情でそう言うのを見て、冥琳は思わずため息を吐いてしまった。

 

「・・・私としては、その二つはどっちも出てきて欲しくないわね」

 

「あら?もしかしたらもっと面白いものが出てくるかもしれないわよ?」

 

「・・・・・・それも雪蓮の勘か?」

 

「ううん。そうだったらいいなって私が思ってるだけ」

 

あっけらかんとそう言う雪蓮に今度は盛大なため息を吐いてしまう冥琳なのであった。

 

 

後編に続く

 


 
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