No.126058

真・恋姫無双『日天の御遣い』 第二章

リバーさん

真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第二章。
またもオリキャラが出ます……すいません。

2010-02-22 18:12:54 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:12266   閲覧ユーザー数:10164

 

 

【第二章 暁光】

 

 

「やっと……着いた……」

 

 ようやく目的地が視界に入り、彼は疲労がこれでもかと詰め込まれた溜め息を吐く。

 あの広い荒野で目を覚ましてもう五日もの時が経った。

 官の砂煙から逃げるように荒野を後にした彼は、自分の置かれた現状を知ること以外の目的を持たず、気の向くまま風の吹くままふらふらと足を進めた。無計画にもほどがある所行なのだが、未知の景色を見て回るのは中々に楽しかったらしく、彼は「旅行だと思えば悪くないな」と鼻歌まじりに自然豊かな景色を堪能していた。

 そう、最初は旅行気分だったのだ。

 だったのだけれど……旅行が迷子に変わったのは一体いつだろう。

 彼だって人間だ。歩き続ければ疲労も溜まるし、腹も減れば喉も渇く。しかし右を見ても自然、左を見ても自然な土地にコンビニやファミレスがあるはずもなく、そこで初めて「……ああ、旅行じゃなくて迷子だったか」と彼は思い知るはめになった。

 そんなこんなで目的地のない旅はやめようと決意した彼は、途中に出くわした気のいい商人に近くの村の場所を訊き、歩きに歩いてようやく目的地に定めた村が見えるところまで辿り着いたのだ。

 ちなみにここまでの五日間、彼は水しか口にしていない。

 気分はさながら悟りを啓く修行僧だった。……幸か不幸か、ついに啓くことはできなかったが。

 

「まあ、収穫はあったから良しとするか……」

 

 言い訳じみた言葉だが、現状を知れたのは確かに収穫だろう。

 商人に教えてもらったこの土地のこと、自分の身に起こった出来事をまとめあげ、彼が出した答えは大きく分けて二つ。

 一つめはここが後漢時代の中国であること。

 どうしてそんな当たり前のことを知らないのかと商人には不審がられたものの、それをどうでもいいと思えるほど得たものは大きかった。信じたくないし、おおよそ信じれない話だが、認めるしか他に選択肢はない。

 自分はタイムスリップ――時間旅行をしたらしい。

 青い猫型ロボットが友にいるわけでもなく、奇天烈な発明家の少年が友にいるわけでもなく、ただの人間に興味はない女子高生が友にいるわけでもなのにだ。勿論、骨を喰う古井戸に飛び込んだわけでもない。

 荒唐無稽も甚だしいが、こうも現実を突き付けられれば納得する以外の選択肢は他になかった。

 認めよう。

 今、自分は確かに後漢時代の中国――三国志の世界にいる。

 そして二つめは――

 

「――いや、まだわからねえ」

 

 ふるふると頭を振って結論を先延ばしにする。

 一つめはまだいい。

 荒唐無稽も甚だしく信じたくないしおおよそ信じれないことだが、それでもまだいい。

 だが二つめは駄目だ。何が駄目なのかはわからないけれど、何かが駄目だ。

 そもそも自分は趙雲にしか会ってはいない。美形で有名な趙雲ならば、史実の趙雲がもしかしたら男装していた(これも荒唐無稽であり、何より趙子龍と名乗った少女は男装どころか露出の派手な格好をしていたが)という可能性もある。

 だって、ありえないだろう?

 ありえるわけ、ないだろう?

 三国志で名を馳せた将たちが、まさか。

 

「………………んん?」

 

 思考を遮り彼の目に飛び込んできたのは、村から立ち上る黒煙。

 

「火事? ……いいや違う。微かだがこれは」

 

 血の、臭い。

 血に死を重ねて塗りたくった、不快な臭い。

 

「はあ……絶対になんか憑いてるな」

 

 こちらの都合をまるきり無視して、事態はどんどんと先へ進んでいく。

 だが、もう置き去りにされたりはしない。

 溜め息を吐き、皮肉に笑みを浮かべ、瞳に強い意志を宿して、彼は。

 黒煙と、血の臭いが漂う村に向かって――駆け出した。

 

 

 

 

 燃える家屋。

 大地を染める流血。

 響き渡る下衆な笑い声。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃいいいいいいっ!」

「あ……ああ………………」

「やめて! お願いやめっ…………あ、か、は……」

「ぎゃああああああああああああ――――っ!」

 

 阿鼻叫喚。

 地獄絵図。

 眼前に広がる光景はまさに、絶望の一言に尽きた。

 

「くっ……ま、まだ勝機はあります、諦めないで! 被害を少しでも食い止めてください!」

 

 少女が邑の自警隊に檄をやるも、この圧倒的不利な状況下でどれだけの意味を為してくれるだろうか。

 

「野郎は殺せ! 使えそうな女は残しとけよ、後で美味しく頂こうぜ!」

「しけた村だな……ろくなモンがありゃしねえ。食糧を奪えるだけ奪って殺し尽くすか」

「ぎゃはは! そいつはいい考えだ!」

 

 蹂躙は止まない。

 嘲笑うように絶望を撒き散らす。

 なんで、自分はこんなにも弱いのだろう。

 己の不甲斐なさを呪い、ぎしりと少女は歯を食いしばる。

 村を襲っている盗賊の数はおよそ五十。

 対するこちらの自警隊は三十と少し。

 数の不利はあるが所詮は農民くずれを寄せ集めた烏合の衆。策を練り、万全の状態で戦えば勝てない相手ではない。そう――策を練る時間があり、万全の状態ならば。

 この村が盗賊に襲われるのはこれで四度目だ。それも、流石に間隙なくとまではいかないが、充分な休息を取れぬまま連続に。策を用意する時間は与えられず、身体を休める暇も与えられず、襲撃の終わりを与えられなかった村の者たちは疲れ果てていた。心が、折れてしまっていた。

 折れた心は士気を喰らい、理不尽に抗う気力を殺す。

 もう、村は限界だった。

 どんなに少女が希望を掲げても、それを信じることが、できないほどに。

 

「きゃああっ!」

「っか――母さん!?」

 

 つんざく悲鳴に下げてしまっていた顔を上げれば、盗賊に迫られる自分の母の姿がその目に映る。

 

「へっ、結構な上玉じゃねえか。ちょうど溜まってたんだ、俺がたーんと可愛がってやるよ」

「なんと卑しく汚らわしい外道……! 貴様ら如き獣に犯されるくらいなら、己は死を選びます!」

「……言いやがったなババア。だったら望み通りに死にやがれ!」

 

 剣が振り上げられる。

 少女は母に向けて必死に手を伸ばす――が、届く距離ではない。

 

「かあさぁぁぁぁああああん――っ!」

 

 誰でもいい。

 誰か助けて。

 どうか、お願いだから――

 

「なっ………………!」

「………………えっ?」

 

 ――少女の願いを天が聞き入れたのか、凶刃を振るう盗賊の腕を一人の男が掴んで止めていた。綺麗な朝焼け色に染まった髪と瞳を持ち、黄昏色に輝く服をその身に纏う、まるで日を体現したかのような男だった。

 

「……やれやれ。どの時代にもいるもんだな、美人を大切にできないゴキブリ野郎って奴は」

「な、なんだテメエは!」

「ゴキブリと会話を楽しむ趣味はねえ。命が惜しけりゃ黙ってモブやってろ」

「ぐう……っ!?」

 

 侮蔑をありありと込めた睨みで盗賊たちを黙らせた後、男は驚きに固まる少女に向き直って。

 

「お困りみたいだな、嬢ちゃん。なんならこのゴキブリ共の駆除、俺が請け負ってやろうか?」

「請け、負う……」

「報酬を出すなら後は任されてやるつってんだ。……さあ、どうする?」

 

 確証なんてないのに、どうしてだろうか、この人ならばという確信が胸に灯る。

 だから少女はありったけの――あらん限りの心を乗せ。

 涙に濡れる、声で叫ぶ。

 

「おねが……お願い、します。お願いします! 請け負って、ください……っ!」

 

 べきり!

 掴んでいた盗賊の腕を握力だけでへし折ってから放し、男は笑う。

 

「嬢ちゃんの願い、確かに請け負ったぜ」

「ぎぃああ!? おお、俺の腕ぇぇええ!」

「なん、なんなんだよ……何者なんだよテメエはっ!?」

 

 そして、肩に担いだ荷物を捨て、右腰に差した剣を抜き放ち。

 

「通りすがりの――請負人だ」

 

 

 

 

 そこから先は少女の理解の範疇をはるかに超えていた。

 男が剣を抜き放ったとほぼ同時に、腕を折られた盗賊の首がひゅるんと宙を舞った。この場にいる者たちは、首をなくした身体が地面に崩れ落ちたことでようやく男の斬撃の事実を知る。

 だが――遅い。

 その頃にはもう男は近くに突っ立っていた盗賊の胴体に横薙ぎの一撃を繰り出し、二つに断ち裂いていた。

 

「ひっ、ひいいぃぃぃぃ!?」

「テメエ……っ!」

 

 恐怖に駆られた小心者と、怒りに囚われた愚か者が男へ剣を振り上げたが、あまりにも無謀。せめて背後からならばまだ救いはあったのかもしれないが、馬鹿正直に真正面からでは救いも何もあるわけがない。大きく剣を振り上げた為に隙だらけとなった、怒りに燃える愚か者を縦に両断し、命の宿らぬ胸へ向け、左手に携えし朝日の輝きに彩られた刃を――突き刺した。哀れにも死に逝く仲間を抱きとめてしまった小心者は苦悶の声を発することもできず、死体を貫通して襲いかかる刃に喉を抉られ、断末魔の代わりに鮮血を吐き出す。

 

「こっ……殺せ! 誰かコイツを殺せ!」

「うああああああああああああっ!」

「よくも、よくもぉぉおお!」

「なめんじゃねえぞっ!」

「死ぃぃぃぃいい!」

 

 鼓舞するように盗賊たちが騒ぐ。が、それがなんになったというのか。

 ひゅるんと右足を軸に旋回してからの回し蹴りが放たれる。ぐちゃりと喉仏のひしゃげた音。

 突いてきた槍の上へ曲芸のように飛び乗り一閃。また新たに首が宙を舞った。

 盗賊たちの間をすり抜けたかと思えば反転して大きく斜に剣を払う。仲良くずり落ちていく二つの胴。

 剣を盾とした防御もお構いなしに振るわれる日色の刃。鉄も肉も骨もまとめて断つ様のなんと美しいこと。

 血が踊る。

 死が踊る。

 にも関わらず血を踊らせ、死を踊らせた男とその剣は一片の汚れも所有していなかった。

 

「………………凄い」

 

 少女の漏らした呟きはきっと、この場にいる全員が思っているものだろう。死体の数が二十に到達した頃には盗賊たちも敵わないと悟ったのか、ある者は恐怖に顔を染め、ある者は絶望に目を澱ませ、恥も仲間も捨てて無様に逃げ去っていった。

 

「ふん……おい嬢ちゃん。追撃はそっちに任せてもいいよな?」

「え? ……あっ、は、はい! えと、ええと、自警隊甲組は追撃を仕掛け乙組は負傷者の救護と消火活動を! 追撃は二人で一人に当たり、けして深追いせぬようお願いします!」

 

 男の声にはっと我に返った少女は慌てて指示を放つ。自警隊の面々も少女と同じく呆けていたが、出された指示にするべきことを思い出したのかこれまた慌てて行動し始めた。

 

「さてさて、今の今までほったらかしにして悪かったな。怪我はないか?」

「は……はい。危なきところを救って頂き、心よりの感謝を申し上げます……本当に、ありがとうございました」

「母さんっ!」

 

 男に助け起こされる母に、指示を終えてすぐさま駆け寄る。

 

「大丈夫だった!? 痛いところは……」

「己は無事ですから少し落ち着きなさい。それと、己の心配をするよりも先にせねばならぬことがあるでしょう?」

「ひゃわわっ。そ、そうですね。あ、あの、母と村の窮地を救って頂き、本当にありがとうございました」

 

 母の様相に安堵しつつも相変わらずの手厳しさに眉を下げた後、男に向かってぺこりと礼をする少女。それに男は剣を鞘に納めながら「礼はいいよ」と人好きする笑みを返す。

 

「俺は請負人だからな。請け負ったことはして当然さ」

「請け負い……あっあの、報酬なんですけど、その。……その、救って頂いた身分で言うべきことじゃないんですけど、村がこの有様ですのであまりお金はないんです。すっすぐに用意はできませんが、幾らであろうと必ず払いますので、どうか待ってはくれませんでしょうか!」

「……あー。いや、金は別にいらねえよ」

「え?」

「それよりも、さ」

 

 ばつが悪そうに頬を掻きながら、男は言った。

 

「飯、食わせてくれねえ? 腹が減って死にそうなんだよ」

 

 

 

 

「あむっ、むぐ……俺は九曜旭日〈くよう あさひ〉。はむっあぐっ、請負人、んっ、簡単に言えば万屋――あれ万屋って簡単か? んぐっ、まあ、なんでもする仕事をやってるんだ」

 

 彼――旭日はここまで引っ張った名乗りを、もぐもぐと目の前に並べられた料理を食べながらぞんざいにやってのける。本当はもっと格好よく名乗りたかったのだが、空腹を満たすことには換えられない。それに何より、タイミングを逃しまくったのでもうどうでもよくなってしまった。タイミングはやっぱり重要だと、炒飯を口に運びつつしみじみ思う。

 

「はあ……姓が九で名が曜、字が旭日、ですか。随分と変わった名なのですね」

「はぐっあむっ。いや、姓が九曜で……んむっ名が、旭日。字は、ごくんっ、ない」

「……先にお食べになって構いませんよ。お水はいりますか?」

「んっ」

 

 受け取った水を一気に飲み干し、更に食べ進めていく。

 あの後――村を襲っていた盗賊たちを撃退した後、旭日は事後処理を済ませた少女に連れられ、彼女の母が営む料理店で五日ぶりになる食事を振る舞われていた。旭日の見事な食べっぷりに少女はどうしていいのやらわからず困惑し、彼女の母は厨房の奥で微笑ましげにこちらを眺めている。

 

「ふうっ……ごちそうさま。本当にありがとうな、美味かったよ」

「あ、いえいえ、お気になさらず。礼を述べるのは自分たちのほうですし、綺麗に平らげてもらって母もさぞかし嬉しいことでしょう」

 

 全ての料理を食べ終えた旭日が箸を置いたのを見計らい、少女は言う。

 

「申し遅れました。自分はこの村の自警隊をまとめる、姓は徐、名は庶、字は元直という者です」

「……へえ、徐庶元直ね」

 

 徐庶元直。

 記憶が確かならかの有名な諸葛亮の友であり、劉備に仕えた後に母を質にされ魏へと降った才ある軍師……のはずだが、徐庶と名乗ったのはどう見ても、赤茶色の髪を目元が隠れてしまうくらい伸ばした可愛らしい少女。三国志に登場する髭を生やした中年男とは似ても似つかない。

 趙雲に続いて徐庶もまた女性。こうなってくると二つめ――三国志で名を馳せた将たちが女の子になっている世界というありえない答えを出さざるをえないだろう。

 

「(三国志の世界へ時間旅行した挙句に登場人物は女の子とか……どんな素敵展開だよ)」

「……あの? どうかしましたか?」

「いや、なんでもねえよ。それより……」

 

 窓の外の景色を窺う。

 脅威は去ったにも関わらず、行き交う人々の表情は昏い。

 

「……どうやら、今日が初めてってわけじゃなさそうだな」

「それは……仰る通りです。賊に襲われるのは今日を合わせ四度目。おそらくは、いえきっと、四度で終わりはしないでしょう」

「だろうな。ああいったゴキブリは次から次に湧いてきやがる。ったく、国のお偉いさんは何をしてるんだ?」

「官なんて!」

 

 悲鳴のような徐庶の声。

 

「官なんて、税を奪うだけで奪うくせに、陳情を受け入れず、嘆願は黙殺し、何もしてはくれません! このままだと邑は終わってしまうのに、民の暮らしを守るのが官の役目なのに、それなのに……っ!」

「……そっか」

 

 涙を堪えて俯く徐庶の頭を、そっと撫でる旭日。

 優しい手つきで。

 温かな微笑を浮かべて。

 

「そいつは――辛い、よな」

「………………っ!」

 

 澄んだ雫が卓上に落ちる。

 止まることを知らず、しとりしとり、細雨のように。

 

「悔しい、です。何もしてくれない官が、何もしてくれない官を許す今の世が。何もできない自分たちが、自分自身が一番、悔しい、です。村はもう、もちません。次に襲われたら抗うことなんて……抗う気力さえ尽きかけた現状では、どうしようも……」

「………………」

「強くなりたい……強くなりたいですっ! 村を守り抜けるぐらい、間違いを正せるぐらい、強く、強くなりたい!」

「………………」

 

 この可愛らしい少女がどれほどの苦悩に苛まれているのか、旭日にはわからない。所詮は余所者で、余所者である以上、わかりたくてもわかれない。

 だけど。

 ならば。

 

「徐庶ちゃん。徐庶ちゃんの願い、俺に請け負わせる気はねえか?」

 

 どうせ為すべきことや行くべき場所なんてありはしないのだ。

 ならばこういうお節介を焼くのも――悪くは、ない。

 

 

【第二章 僥倖】………………了

 

 

あとがき、っぽいもの

 

どうも、リバーと名乗る者です。

またもオリキャラを登場させてしまい、すいません……

 

好きなんです、徐庶。

三国志ではあまり(というか全く)目立っていませんが、母思いの辺りがクリーンヒットしたんです。

 

ええと、徐庶は《天の御遣い》の予言が出される少し前あたりで水鏡女学院から故郷の村へと帰ったことにしてください……

 

誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘のほどをお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 

 

 


 
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