買い物を終え、昼食を済ませてからはルビナスとマオは勉強に勤しんだ。
まず覚えるべきは言葉と文字。
ハリーとマオ、その他人間界で暮らす、或いは暮らす予定の多種族の者達は、
共通して移住先、人間界の言葉を話せるように勉強する。
中には随時翻訳魔法を使うものもいるが、それでは非効率だ。
だが言葉に関して、ルビナスはアドバンテージがあった。
相手の表層心理を読むワーウルフ特有の精神魔法の影響なのか、
話したいと思う人がいれば、その相手に通じる、
相手と同じ言語を話すことが出来るのだ。
これは買い物中、店員との会話で判明したことだ。
これがあれば、外国語会話も問題なく出来よう。
が、それを見える形にする文字は別だ。
ひらがな・カタカナ・漢字・アルファベット・etc…
これらは全て意思の無い無機物によって無機物に書かれる。
意思がなければ、表層心理事態が無いため読めるはずが無い。
と言う訳で、まずは文字を覚えることからルビナスの勉強は始まる。
小学校・中学校・高校どのレベルの勉強をするにしてもまずは文字から。
ひらがな・カタカナに関しては稟の母がある程度教えてくれたのでその先から・
本来ならゆっくり時間をかけて確実に覚えて行きたいところだが、
先に転校した王女二人は数年前から人間界の言語文字を勉強し、
既に稟と同じ学年に行けるレベルに達している。
一足先に稟の傍にいられることになるであろう二人に置いて行かれない様にするために、
ルビナスはスパルタ気味勉強し、数日でものにすることを希望する。
その意図を汲んで、マオも勉強の予定を立てていくのであった。
予定を立てて、早速その通りに勉強を始めること数時間。
二人とも没頭し過ぎていたのか、ふと窓を見ると既に空は朱色に染まっていた。
もうそろそろ夕飯の準備をしようと言うマオに対して、
ルビナスがもう少し進めよう、と言おうとしたその時、
ルビナスは感じる。誰よりも想う彼、稟の気配を。
窓や扉、柵や壁を隔てても感じる気配は、少し遠ざかったかと思うと、
今度は確実に近付いてくる。
「マオ!私ちょっと出る!」
「え?」
返事を待たずに椅子から跳び上がり、一足で扉まで到達し、
破ってはいけないので、一瞬で着ている服を全て脱ぎ捨て、
内側からなら押せば開くタイプのノブを押して玄関の扉を開け、
扉が開くと同時に狼形態に変化し、門の扉を飛び越える。
いきなりの行動に驚くも、門を超えた所でルビナスの行き先を察し、
苦笑を浮かべながら脱ぎ散らかされていった服を集めて畳んでやる。
一方、飛び出したルビナスは脱ぎ散らかしてしまった服を思い出し、
仕舞ってから出直そうかと一瞬考えたが、死角の部分から靴が出てきたところで、
脳内がブラックアウトならぬ稟アウト。
もはや稟のことしか考えられなくなったルビナスは、
稟と叫びたくなるのを抑えながら、跳ぶ。
「ん?ぬぅおわ!?」
角を曲がった途端影が差したために、何事かと上を向くと、自分に向かってくる巨体が。
受身を取る間も無く押し倒され、せめて来るであろう痛みに耐えようと目を瞑るが、
少し硬く毛皮のようなもので覆われた何かに支えられた為に、あまり痛みはなかった。
目を開けてみると…ドアップの狼の顔がせまっていた。
一瞬驚くが、すぐさま彼女がルビナスであることに気付く。
「ルビナス!元気になったんだな!!」
身体を起した稟は、嬉しさにルビナスの首辺りを抱きしめる。
本当なら自分も人間或いは獣人形態になって抱きしめたかったが、
計画のこともあるし、考えてみればこれはこれで自分にしか無いアドバンテージであると、
ルビナスは稟の包容を受けていた。立たせていた前後の足も折り全体重を稟にかけ、
触れられる場所全体で稟を感じ取る。
「あらあら、なんだかスゴイ光景ね」
マオが門から出て見たものは、ルビナスが布団となって稟を押し倒している光景。
慌てて起き上がろうとするも、ルビナスの巨体は流石に重く、
咄嗟に押しやることが出来なかった。
なので、ルビナスを撫でながら抱きしめる手を解かず、首だけを起して稟は挨拶をする。
「こんにちは、マオさん」
「ええ、こんにちは稟君。これから夕飯を作るんだけど、
良かったら一緒にどうかしら?」
「いや、家で楓が用意してくれてると思うので、
また後日と言うことで」
「そう。いつでも来ていいからね。何といっても裏なんだし」
「はい」
「さ、ルビナス。いつまでもそうしてたら稟君が動けないでしょう?」
正に渋々と言った感じで身体を起すルビナスだが、
稟の顔が目の前に来たところで稟の頬を舐めてから脇に避ける。
稟は舐められた所を少しかき、ルビナスの頭を撫でながら立ち上がる。
舐めるシーンにマオの片目の端に☆マークが現れたが、二人は気付かなかった。
「さて、ルビナスの様子を見に来てくれたようだけど、
この後はどうするのかしら?」
「ん~、まだ夕飯までは時間があるんで、それまでルビナスと一緒にいてもいいですか?」
「もちろん。稟君はルビナスの家族、と言うことは私にとっても家族のようなものよ。
だから、いつでも遠慮なく来てくれて構わないわ」
「ありがとうございます」
そして三人は家に入る。
「私は夕飯の準備があるから、ルビナスの相手してあげてね」
言いながら、マオはキッチンへと向かう。
今にあるソファーに稟が腰かけ、ルビナスは稟の膝に頭を置いた状態で寄りかかり、
その頭や顎を撫でながら稟は語る。
「…そう言えば、まだちゃんと言えてなかったな。
お帰りルビナス、また会えて嬉しいよ」
その言葉に、ルビナスは頬を舐めることで返す。
「ルビナスがいなくなってからいろいろあったよ。
一番大きいことと言えば…楓、覚えてるか?」
ルビナスが頷くのを見て稟は続ける。
「楓なんだけどな、中学の途中で俺の嘘のこと、バレちまってな…
まぁ、そのお陰で今はもうすっかり仲良くなったよ。
だからもう警戒する必要は無い。昔みたいに、
楓に桜、父さんや母さん、紅葉おばさんがいたときみたいに仲良くな」
少し間があったが、ルビナスは頷いた。
その後も稟は、ルビナスがいなくなってからのことを語り続ける。
楓との和解
光陽学園卒業
別の学校へといってしまった桜
バーベナ学園への入学
一足先に前学園を卒業し、再会した亜沙先輩
亜沙先輩の親友、カレハ先輩
新しく出来た友人、樹と麻弓
新しい担任、紅女史こと紅薔薇撫子
KKK
まるで、ルビナスがいなかった頃を埋め尽くさんばかりの勢いで語る。
人語で返さないようにするルビナスは、頷いたり擦り寄ったり手や頬を溜めたりして相槌を打つ。
傍から見ると異様な光景かもしれないが、稟はルビナスに通じているとしっているので、
特に恥ずかしいなどは思わず、聞いて欲しいことを語り続ける。
語り続けること数時間、話すことに夢中になり、
マオがもう時間なのではと声を掛けるまで稟はルビナスに語っていた。
「それじゃ、俺はそろそろ」
「ええ。またいつでも来てね」
「はい。それじゃぁな、ルビナス」
少し強めに頭を撫でながら扉を開けでようとする。
が、撫でていた稟の手をルビナスが牙を立てずに咥えた為止まらざるを得なかった。
「あ~…ルビナス、俺も一緒にいたいけど。何も言わずに遅くまで他所にいると楓がな」
その言葉にしぶしぶと手を放す。
今度こそ出ようとし、た所で稟が振り返ってきた。
一体何かとルビナスが思っていると、稟はルビナスを抱きしめた。
「また明日も、明後日も…来れるときは毎日来るからな」
頭から背中にかけて撫でながら、優しく耳元で囁く。
その言葉に、ルビナスは稟の耳を舐めることで返した。
「それじゃ、また明日」
「ええ。また明日」
その言葉を最後に、稟は玄関を出て、やがて扉が閉まった。
「「………………」」
二人とも無言で稟が出て行った扉を見ていたが、
数秒しルビナスが喋りだす。
「う~~…なんだかむずむずする~…
本当は喋りたいし喋れるのに、ず~っと黙ってるなんて」
「でもそのお陰で堪能できたでしょ。一杯撫でてもらったし抱きしめてもらったし」
「まぁ、そこはうれしかったけど…」
「それに、ああいう風にしてくれるのはルビナスが狼だからこそでもあるしね」
「そういうもの?」
「ええ、人間のすがただとやっぱり恥ずかしさが来て、
良くても肩を抱くくらいじゃないかしら?」
「ふ~~ん」
「そ・れ・に…ルビナスも稟君の頬や手、耳を舐めたりしてたけど、
あれも狼の姿でなきゃ出来ないわ」
「なんで?」
「狼とか犬とかが舐める行為って、人間に例えるとキスと同じようなものって言われてるし。
キスにしても、舐めるにしても人間にはまず出来ないわ。お互いに同意すれば別だけど」
「…てことは、ネリネも出来ない?」
「間違いなく」
「・・・・・・(ニヤリ」
「・・・・・・(ニコリ」
新たに発見した多くのアドバンテージの発見に、二人は不敵に笑った…
それから暫く、マオと人間形態に戻り着替えなおしたルビナスが夕飯の準備を終えた頃、
フォーベシイを連れてハリーが帰宅した。
時間も時間だったので、夕飯を一緒にどうかと誘うと、
フォーベシイは喜んでと返し、4人で食べることになった。
食事をしながらルビナスの転校のことについて話す。
実は書類と必要な備品関係は全て揃えてあり、
明日学園に報せれば明後日にでも通えると言われるが、
未だ文字や、勉強の問題があるのでもう少し待ってもらうことに。
ついでにシアとネリネの予定を聞いてみると、
今週末には学園に報せ、その翌日はちょっと予定があるので、
その翌日、火曜日に転校するとのこと。
今が月曜の夜なので、二人が転校するまで一週間弱。
出来るなら一緒にバーベナの校門をくぐりたいところだが、
勉強面の問題がある。
現在進行中で行っているが、一週間は正直きつい。
が、それでもルビナスとマオは諦めないことを告げる。
その後も話は進み、勉強の方が用意できたら報せるように。
と言う形で終わり、席を立とうとした所で、フォーベシイはあることを思い出す。
「そうだった。ルビナスに渡すものがあったのを忘れるところだった」
「「「渡すもの?」」」
三人の言葉に頷きながら、フォーベシイは懐からあるものを取り出す。
それは一見すると、少しお洒落な意匠のブレスレットだった。
「これは?」
「本来ならば潜入操作などの時に使われるものなんだが、まぁ…それは置いておいて。
これは、簡単に言ってしまえば瞬時に着替えることが出来る魔道具さ。
危険性なんかは皆無で、これに服を登録したらいつでもその服に着替えられると言うものだ。
で、ちょっとルビナス用に改良を加えてね。
ルビナスが変化する時は、直前に着ていた服をこれに仕舞って、
人間に戻るときまた着替えられるようになっているよ。
ハリー君の話によると、狼から人間に変化したときにハプニングがあったようだしね」
「へ~。使い方は?」
「いや、装備すればそれだけで機能するよ。試してごらん」
「ええ」
ブレスレットを受け取り手に装着し、狼へと変化する。
夕方稟が来た時は、わざわざ脱いでいた服は、
変化すると何処にもなかった。
そして再び人間に戻ってみると、一糸纏わぬ姿ではなく、
先程まで着ていた服をちゃんと着ていた。
「「「おーーー!」」」
「どうやら上手く機能したみたいだね。
入学祝の品にしては少し物足りないかもしれないけど」
「そんなことないよ。ありがとう、おじ様!」
満面の笑みで喜ぶルビナスに、フォーベシイも喜んだ。
次の日からは、ネリネ達に追いつこうと、
マオと、時間があるときにはハリーの指導の下、
ルビナスは猛勉強に勤しんだ。
理系科目に関しては二人とも専門であり、教え方も上手かったので、
かなりのペースで学ぶことが出来た。
一方文型科目に関しては、一から学ぶ必要があった。
英語に関しては、これは問題集などを数こなすしかない。
社会・歴史はただひたすらに覚える。
国語は本や新聞を読んで鍛えるしかない。
食事や散歩など休憩を挟みながら勉強を続け、
夕方は約束通り毎日稟が訪れてくれる。
その日学校であったことなどを話し、時には一緒に夕食を食べたりもする。
そんな感じで日は過ぎて行き、日曜になった。
勉強の状況は…正直あと少し足りない。
ということで、やはりネリネ達と一緒には行けなかったが、
あと少しなので、今週中までには転校できるであろうことを、
ハリーとマオが学園に報せに行く。
休日であると言うことで、稟は朝からルビナスの元に訪れていた。
が、どうやら話に聞いていた友人と約束をしていたらしく、
昼食を一緒に食べたら行ってしまった。
その後、学園に転校の旨を報せに行っていたハリーとマオが帰ってきて、
残る勉強を早く済ましてしまおうと奮闘する。
その日の勉強の進み具合から見るに、
ルビナスの転校は木曜日、ネリネ達の転校の2日後になるだろうと見た。
火曜日、ネリネとシアの転校日。
いろいろ起こっているようで、この日は稟が来なかった。
何かあると言う証拠に、夜遅いのに稟(正確には楓)の家からは騒がしい声が。
一応誘われたのだが、サプライズ計画にて印象を与える為に、
あえて辞退した。
だが、楽しげに話す声を聞いていると、自然と闘気が沸いて来る…
水曜日、バーベナ学園に転校する前日。
準備は整った。制服などの備品関係は全てフォーベシイが用意済み。
勉強もハリーとマオのお陰で、恐らく問題なく着いていけるだろう。
夕方、稟が訪れ、ネリネとシアが加わった学園生活の様子を語ってくれる。
なんでもSSS、RRRなる組織が作られ、
KKKも合わせ三つの組織に、というより学園の男子全てに狙われているらしい。
―稟に手を出す奴は…私が追い払う―
―稟は、私が守る―
―私は、稟の傍にいる―
そんな決意を抱きながら、ルビナスは明日に備えて眠るのであった。
~あとがき~
第17話『只今準備中』いかがでしたでしょうか?
今回発見されましたいくつかの狼であることのアドバンテージ。
これこそが!ルビナスがバーベナに来てから始まる、
稟とルビナスを中心としたどたばたの布石となる!!
あと、マオにちょっとそそのかされ気味ではありますが、
ルビナスには傍にいたいという願望はあれど、そこまで独占欲はありません。
でも、稟とルビナスの絆から自然と二人が一緒にいることが多くなるっと。
ではこの辺で。
次回、第18話『三人目の転校生』、ついにルビナスがバーベナに!?
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これより…我は修羅となる!!
てな感じで、明日…というより今日から本格的に試験勉強を始めていきます。
投稿ペースがまたも遅くなるかもです。
ので、その前に一本投稿!ではどうぞ