ハリー・マオが稟との初対面を果たしたその翌朝。
窓から降り注ぐ朝日を受けて、ルビナスは目を覚ました。
「…ここは?」
そこは、ルビナスにとって初めて見る場所だった。
魔界の村でも研究所でも無いその場所は、
昔稟と暮らしていた家と似た空気を感じた。
身体を起そうとし、僅かに痛みが走る。
その痛みで意識が覚醒し、思い出す。
魔界の門で失敗作に襲われ、門が暴走し、
それに引き込まれて、重傷を負った状態でどこかに現れ、そこで、
「そうだ…稟」
朦朧とした意識の中で確かに感じた。
自分のことをルビナスと呼び、優しく包み込んでくれた人。
あれは…間違いなく、再会を心待ちにしていた何よりも大切な家族、稟。
「てことは、ここは…人間界」
が、稟の家、芙蓉家宅ではない。
数秒考え込んで一つの可能性が浮かぶ。
ここは、人間界に用意された一般用の住宅。
自分を含めハリー、マオ、三人の為にフォーベシイが用意した家。
「ハリー、マオ…無事に来れたのかな」
あくまで可能性ではあるが、そうであればこの家に二人がいるはず。
会いたいと願い、ルビナスは起き上がる。
少々痛みはあれど、治癒能力を施されたのか、自身の身体治癒能力もあり、
傷自体はすっかり無い。
ベッドから降りて、扉へ向かう。
未だ人・獣人形態ではないので、ノブを口でくわえて器用に開ける。
巨体である為少々狭く感じるが、通れない幅ではない。
扉を開けると、階下から二つの音が聞こえてくる。
食欲をそそる匂いと共に聞こえるのはどこか規則的に響く、料理の音。
仄かな花の香りと共に聞こえる水音はシャワーの音。
少し狭く感じる階段をゆっくりと下り、一番下まで来ようとした所で水音が止んだ。
数秒後、浴室と思われる場所の扉が開かれる。
「フゥ~~」
トランクス一丁でタオルで頭を拭きながら一人の男性、ハリーが現れ、目が合った。
互いに呆けていたがそれも数秒。
狼姿のルビナスを認識した瞬間、ルビナスの姿が消えたかと思うと、
「ハリーーーー!!」
再会による感動と歓喜によるものか、力が戻り、
人間形態になったルビナスに押し倒されていた。
「気がついたのか、ルビナス!?」
「ええ!ハリーも無事だったんだ…」
「ああ、ルビナスのお陰で何事もなく渡れたんだ。心配したよ」
「うん…」
後頭部を撫でられ、これが夢ではないと、再会できたのだと実感し抱きつく力を強める。
すると、直ぐ横にあった扉が開き一人の女性、マオが現れた。
「ルビナス!」
「マオ!」
駆け寄ってきたマオに、ルビナスは飛び上がって、互いに抱きしめあった。
「良かった…手当てが終わったのに、中々目を覚ましてくれなかったから…」
「もう大丈夫よ。心配かけてごめん…」
「いいのよ…ルビナスが無事で、今一緒にいる。それだけでいいのよ」
「マオ」
「これで家族が揃ったね」
「うん」
やがて起き上がったハリーも加わり、三人は抱きしめあった。
暫く抱きしめあっていた三人だが、ふとあることに気がついたマオが、
ルビナスを隠すようにしながらハリーを押し離した。
「どうしたの、マオ?」
「…ルビナス、自分の格好を見なさい」
「?………あ」
そう、狼形態のときは服を着るはずもなく、そのまま人間形態になったので、
今のルビナスは一糸纏わぬ状態なのだ。
本人は、マオに羞恥心を持ちなさいと言われていたのにまたやっちゃった…
と、そこまで重く考えていなかったのだが、
この中で唯一の男性、ハリーは、つい先程まではルビナスが起きたことの喜びが強く感じていなかったが、
裸姿のルビナスが、下着一丁姿の自分に抱きついていたと言う事実を思い出し、一気に赤面する。
「ハリー…さっさと着替えてくる!#」
叫ぶと共にマオは跳び上がり、セージ直伝スピニングサンダーキックショートレンジver、
助走をつけて跳びあがり飛び込む形の蹴りではなく、その場で跳び上がり身体の回転による蹴りを放つ。
ハリーの顔面に足裏踵部分をめり込ませて、一階奥の寝室まで蹴り飛ばした。
「アハハ。なんか前にもこんなことあったね」
「…いいから着替えてきなさい」
「は~い。私の服は?」
「ルビナスが寝てた部屋の箪笥にしまってあるわ。ちなみに、そこがあなたの部屋ね」
「了~解~」
その言葉を後に、マオはキッチンに戻り、ルビナスは機嫌良く、
軽い足取りで階段を三段飛ばしで上がり、新しい自室に向かう。
最後にどたばたしてしまったが、それすらも嬉しく感じる。
家族の再会を三人は果たした。
「それじゃぁやっぱり…助けてくれたのって稟だったんだ」
マオが作った朝食を食べながら、ハリーとマオはルビナスと別れてしまってから今までのことを話した。
人間界に渡り、ルビナスは消息不明で別れてしまったが、
このまま悲しんでいてはダメだと、いつルビナスが帰ってきてもいいようにと、
ルビナスのことを案じながらにんげんかいに慣れるための生活を始める。
人間界は科学技術が進んでいて、魔界との生活のギャップに初めは戸惑っていたが、
経験者が身近(魔王、神王家)にいて話も聞いていたお陰で、
数日したら直ぐに慣れることが出来た。人間界の技術の利便性もこれを助けた。
そして、一昨日たまには”いなりや”が閉店した時間にも開いている24時間スーパーにて、
夜遅くの買い物を体験し、新居に帰ろうとしたその時、
全身が赤く染まったルビナスと腕から異常なほど血を流す稟を発見したのだ。
「…私が…稟の腕を…」
「ルビナス、稟君は噛まれたことは全く気にして無い。
それよりも、再会できたことを心から喜んでいたよ」
「まぁ、気にしないなんて無理でしょうけど…
でも、何時までも引きずってちゃダメよ。
稟君本人が気にして無いのにルビナスが延々とそんなだったら、
あっちも気にしちゃってギクシャクしちゃうんだから」
「うん、まずは謝らないと。それからは昔と同じで…
ずっと、いつも稟の傍に」
「ああ、それがお互いにいいことだよ」
稟本人は噛まれたことは微塵も気にしていないと話され、
それならば、まず一度謝って、
その後は、互いの希望通り一緒にいようということに決めた。
誰から責められようと、稟が望むなら彼の希望通りにしようと。
「さて、もうそろそろ時間かな」
「?どこか出かけるの?」
「ああ、フォーベシイ様の案内で、人間界での職探しだよ。
僕達は一応研究補佐って役職には就いているけど、
やっぱり職は必要だしね」
「ハリー、もうそろそろ時間よ」
「わかった、行ってくるよ」
「「行ってらっしゃいー」」
二人の言葉に手を振って返しながら、ハリーは外出する。
その後、久しぶりに二人で食事の後片付けをした後、
二人は居間のソファーに向かう。
「さてと、これからどうしましょうか?」
「ん~…今から稟に会いに行くのは?」
「今日は平日だから夕方までいないわよ」
「…そういえば、そっか」
昔は、稟と一緒にいたい一心でこっそりと荷物の中に隠れて学校へ行ったりしたが、
成長し、知識を得たルビナスは、それはいけないことだと言わずとも分る。
月~金と土の午前はずっと学校がある稟。
一緒にいたいと望んでいても、学生で無い自分はそれが敵わない。
残念そうにするルビナスの心情を察したマオはあることを言う。
「ねぇ、ルビナス」
「何?」
「稟君と一緒にいたい?」
「…どういうこと?」
マオは話していく。両隣に住む娘達のことを。
シアこと神王の娘リシアンサス、リンこと魔王の娘ネリネ。この二人は稟に好意を持っている。
その想いを成就せんと二人は家族揃って人間界に引っ越してきた。
ここまではルビナスも知っている。てか自分もそうだ。
そして、ここからが重要なのだが…
二人の想いを叶えさせようと、両王はなんと、
娘の想いを叶えさせようと、少しでも稟と一緒にいたいという願いを叶えさせんと、
持てる力、主に王ゆえに持つ権力をフル活用し、
稟と同学園・同学年・同クラスに彼女達の席を用意させると言う。
「………………」
開いた口が塞がらないと言うのは、正に今のルビナスの状態だろう。
数秒し、我に帰ったルビナスが問うて来る。
「…また、職権乱用?」
「ええ。もう転入手続きの書類も夏冬用の制服も体操服も用意済みらしいわ」
「あはは~」
知ってはいたが、両王の親バカっぷりに、ルビナスは呆れて乾いた笑みしか浮かばなかった。
「まぁ、それはともかく…実はこの転入の話、ルビナスにも来てるのよ」
「え?」
「フォーベシイ様曰く、ルビナスが希望するなら席を用意するって」
「…つまり、私も稟と同じ学園に?」
「それも同じクラスにね♪」
楽しそうに語るマオの言葉を聞き、その光景を思い浮かべる。
朝起き、ハリーとマオと一緒に朝食を取る。
わざわざ回り込むのももどかしく、柵を乗り越えて稟の家に入る。
一緒に稟の家の門をくぐり、一緒に学園に向かう。
いろんなことを話しながら廊下を歩き教室に向かい、
教師が来るまで雑談を続け、チャイムが鳴れば席に着く。
一緒に勉強し、一緒に昼を食べ、一緒に帰る。
帰宅した後も、その日のことや宿題のことを話しながら一緒にいる。
そんな光景を、叶ったならばどれだけ幸せかと思えるそんな光景を思い浮かべる。
暫く呆けていたが、やがて決心したのか、ルビナスがマオを見る。
その瞳を見れば返事はわかるが、それでもマオは返事を聞く。
「マオ、その話…絶対受けるよ!」
「フフ、予想通りね。それじゃフォーベシイ様にも伝えなくちゃね」
「うん。夕方おじ様っているかな?」
「多分ハリーが、ルビナスが起きたことを教えたでしょうから、
あちらから来ると思うわよ?」
「そっか、じゃそのときに言おっと」
「そうね。それじゃ、いろいろ準備しなくちゃね」
「準備?」
手続きや制服などの備品はフォーベシイが用意してくれるだろう。
が、それ以外にも準備が必要である。
それは、勉強だ。
本当に一緒にいるだけ、と言うわけには行かず、
通うからにはそれだけの頭を持っていなくてはいけない。
「てことで、転入の準備が出来るまではた~っくさん勉強しなくちゃね♪」
「…まぁ当然か」
と言うことで、転入まで、ルビナスは稟と同じ学年までの勉強をすることに決まった。
ハリー・マオ共に博士であった為に教師には困ることは無い。
方針が決まった後、勉強用の参考書を購入しようと店を回っていると、
マオはあることを思いつく。
「ねぇルビナス」
「なに?」
呼びかけられてマオの方を向くと、なにやらいたずらを思いついたような楽しそうな表情をしていた。
「稟君って、ルビナスがワーウルフであることを知らないのよね」
「そりゃ、昔は人語を話せなかったから」
「うん。そ・こ・で・なんだけど…
そのこと転入するまで秘密にしておくってのはどう?」
「なんで?私は早く稟と話したいのに…」
「気持は分からなくも無いけど、そこはちょっと我慢して…
ルビナスは学園でも稟君の傍にいたいんでしょ?」
「もちろん」
「最初のインパクトが強いとね、周りの人って意外とすんなり受け入れていくものなのよ。
多分、先に転校したネリネちゃんとシアちゃん…
この二人も稟君を好きでここに来たって言うだろうし、
フォーベシイ様達も稟君のことを未来の王候補だー!って騒ぐだろうし」
「それで?」
「そうなるとね…自然と一緒にいられる時間は減ってきちゃうと思うわ」
「…………」
「で…最初にいろいろアピールすれば、稟君の隣にいることを学園全員に公認されるはず。
なんてったって、ルビナスは稟君の家族なんだから♪」
「全員公認…」
あくまでマオの妄想に近い予想であったが、
ルビナスにとってかなり大きかった。
そのサプライズ計画に、ルビナスは一瞬で賛同することになった。
その夜、ハリーにもその計画のことを話すと、
満面の笑みで返し、三人は手を重ね合った…
~あとがき~
第16話『ルビナスのサプライズ計画』いかがでしたでしょうか?
転入初日にシア・ネリネ以上のどたばたな展開にしたく思い、
あえて稟には、ワーウルフであることを秘密にしました。
…短いですが、書くことが思い浮かばないのでこの辺で。
次回、第17話『只今準備中』お楽しみに。
あと、読者の皆さんにちょいとお詫びを…
シアとネリネの転校時の様子などは、会話の中にしか出てきません。
まぁ、原作と概ね同じと思ってください。時間軸は一寸ずれますが、曜日は合わせるようにします。
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