反乱軍を率いる馬超は決戦前夜に諸将を集めて作戦会議を行ったのだが、そこにはある人物が欠けていた。
「・・・たんぽぽ、叔父貴は?」
「『頭痛がする』って家臣たちが会わせてくれなかった」
ここ最近自陣で飛び交っている噂にいら立つ馬超に、馬岱も不機嫌な表情でそっけなく返事をする。
その噂とは、すなわち『韓遂謀叛』。
反乱軍の主力にして馬超の母・馬騰の義姉弟である韓遂が魏軍に内通しているという噂だった。
「敵軍は、野戦築城をしてこちらを迎え討つつもりらしい」
馬超は床机に広げた戦場の地図の敵側陣地に描かれた一本の線を指さす。
「川の向こう側に馬防柵を敷き、あたしたちの騎馬隊を弓か弩で迎え討つつもりだろうが・・・」
そこで彼女はニヤリと笑む。自らの部隊に、自身を持つ者の笑みだ。
「ここで説明するまでもないが、弓を放つ際は矢を番え、引き絞り、狙いを定めて放つという三段階の動きが必要になるし、そもそも使い手が上手でないといけないから兵はあまりいないはずだ。一発しのげばそのうちに馬防柵を倒し、敵兵を蹂躙する事が出来る。弩は簡単に扱えるけど、速射性がないから連発は出来ないし、矢を番える間は無防備になる」
ただ―――と彼女は続ける。
「さきほど届いた報告だが、こちらにも不安要素がある。沿岸の警備と魏軍の監視の為の砦を守備していたあたしの一族の馬鉄が曹一門の長老・曹仁の奇襲を受けて部隊は壊滅。馬鉄も討ち死にした」
その報告に一同がどよめく。
馬超の一族・馬鉄は怪力無双の勇者として名高く、今回の戦の前哨戦でも先鋒として活躍していた。その彼が討たれるとは・・・
『曹』の旗が翻る沿岸の砦の物見櫓に上って遠くに見える反乱軍の本陣を眺めている人物がいた。年齢は50代後半。好々爺じみた表情にはいくつものしわが刻まれ、細い眼差しには歴戦の『戦人』たる鋭いものが混じっていた。
彼の名は曹仁、字は子孝。魏の王・曹孟徳の一族の長老にして『守戦の名人』と名高き歴戦の勇者である。普段は魏軍西方の要所・長安城の守将を務めている。
「爺よ」
「む・・・子廉か」
その彼の背中から声をかけてきたのは、30代の男の魅力溢れる男性。孟徳を当主と仰ぐ曹一族の将・曹洪である。
「あの馬鉄という者、大した事はなかったな」
「かっかっか・・・わしやお前の様に戦慣れた者と、あのようなおのれの勇に頼んで攻めかかってくる者を一緒にしては酷よ。それよりも子廉よ、防備は進んでおろうな?」
「無論だ。俺も今から華琳の命令通り馬超軍の退路を断つ為に動く。上手くいけば馬超を捕らえる事が出来るかもしれんな」
曹仁・曹洪の2人は華琳からそれぞれ命令を受けていた。曹仁は馬超の一族・馬鉄が守る沿岸監視の役割を担うこの砦を奪取し、馬超軍に側面攻撃の危険性を悟らせて兵をこちらに割かせる事。そして曹洪は馬超軍の退路を断つ為に、今から馬超軍の背後の森に潜む。
「かっかっか!この色男め、美人の奥方がいるのにもかかわらず馬超を虜にして妻にでもする気か!?奥方に殺されるぞ!」
曹仁の指摘通り、曹洪には『宮中一の美女』と名高い正室がいる。華琳が『自らの後宮に』と望むほどの美女だが気が強く、好色家と名高い曹洪を尻に敷いている。
「・・・さすがに妻もわしを殺そうとはしないはず・・・だよ、な・・・」
美少女と名高い馬超を側室にし、色欲を満たして妻に殺されるか、美しい妻一人で満足して命の安泰を図るか―――
戦で出来た傷よりも多い、妻から受けた折檻の数々で出来たおのれの古傷に問いかける曹洪だった。
馬超軍と魏軍は川を挟んで対峙。馬超軍は程銀と梁興を先鋒に10万余の兵。曹仁に占拠された砦の奪取には韓遂を当て、軍監として一族の馬休を付けた。これには諸将から反対意見が続出したものの、やはり韓遂ほどの大軍閥の総帥を切るほどの証拠は得られずにいた。
一方の魏軍20万は曹仁に2万、曹洪に1万を割いた17万の兵が馬防柵と大量の弩を兵が構えて迎え討つ。数こそ多いが歩兵中心の為、一度崩れると馬蹄で蹴散らされる危険性は否めない。柵と兵が敵の騎馬隊の突進の威力と恐怖に耐えられるかが勝負のカギになる。
(・・・大丈夫や。ウチには『紅竜王』様の隊長の加護と大将の運が付いてる。絶対に負けへんし、負けられへん!)
「李将軍!敵先鋒がこちらに向かって来ました!」
先鋒部隊で弩部隊の指揮を執る真桜は部下の報告に俯いていた顔を上げ、前方を見据える。舞人が提案した弩部隊はただの弩部隊ではない。馬防柵を盾にし、敵に向かって横3列に並んで繰り返し間断なく敵に射こむ曹魏の最新鋭部隊『速射弩部隊』だ。
「よっしゃ、お前ら構えやー!」
真桜の号令と共に、第1列の兵たちが彼らの指揮官が自ら改良した弩を構え、こちらに向かって砂塵をあげて突進してくる涼州の騎馬隊に恐怖して震える腕を叱咤しながら狙いを定める。
そして―――
「放てぇぇぇぇぇっ!」
一斉に、矢が放たれた。
「上々ね」
真桜の遥か後ろ、魏軍の本陣では華琳が側に季衣と流琉を侍らせて満足げな笑みを浮かべていた。
「うわー・・・」
「すごい・・・」
傍で見ている2人のチビッ子親衛隊長も感嘆の声を禁じえない。舞人が提唱し、真桜が改良・指揮を執る『速射弩部隊』は十分すぎるほどの威力を馬超軍に見せつけていた。
「申し上げます。今までの戦闘で我が軍に被害はありません」
「そう」
自軍の被害を確認させる為に出していた兵の報告に頷き、立ち上がると華琳は伝令役の兵を呼び寄せ、彼に命を下す。
「曹仁に命じなさい。『錦の旗を降ろさせろ』と。秋蘭にも同じ命を下しなさい」
「そんな・・・」
馬超は自らの瞳に映るその光景が信じられなかった。彼女の母が育て、涼州の厳しい環境が鍛えた、彼女が、涼州兵の皆が誇る騎馬隊が―――
「嘘だ、これは夢か幻なんだ・・・」
魏軍の止まぬ矢の雨の前に敵兵を一人も損じさせる事が出来ぬまま戦場に屍を晒し、壊滅の様相を呈していた。茫然自失としている彼女の耳に更なる凶報が入る。
「韓遂謀叛!敵将曹仁・夏候淵と共にこの本陣に攻め込んでくる模様!軍監の馬休様は夏候淵に討たれたとの由!」
「程銀殿及び梁興殿討ち死に!」
「も、申し上げます!我が軍の後背から曹洪隊が現れました!数はおよそ1万!」
次々と本陣に駆けこんでは自軍に不利な報告を告げる伝令兵達。ついに馬超は愕然とした心境で自覚した。
(・・・負けた・・・)
「勝ったわね」
華琳は本陣の天幕で確信の笑みを浮かべると、2人を従えて兵の前に姿を現し、高々と愛鎌『絶』を天に向けて掲げた。
「皆の者、この戦の我らの勝利は決まった!勝鬨を挙げよ!」
―――オォォォォォォォォッ!――――
馬超軍10万は壊滅。総大将の馬超とその従妹・馬岱はいずこかに逃れたものの主だった敵将を数多く討ち取った。降伏した韓遂を案内役に連合軍総帥・馬騰と雌雄を決すべく馬氏の居城に華琳は軍を進めるものの―――
「・・・毒を飲んだ、ですって?」
「・・・はっ。馬超が敗れた報告が入ったその日に毒を飲んだそうです。前々から病床の身だったと聞きますし、戦えぬ体で我らに捕らえられて人質になる事で娘の重荷にならぬ ようにと・・・」
「・・・そう。涼州流の葬儀で丁重に葬るよう指示して」
「はっ」
華琳は全軍の将兵に先勝祝いを開く事を厳禁した。
雌雄を決する事無く逝った、名将の死を惜しむように・・・
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第11弾です。涼州戦も今回で終わり、激闘編ももう2~3回で終わる予定です。
でもまだこの『紅竜王伝』が終わるわけではありませんのでこれからも宜しくお願いします!