…なんだ、これは。
今、俺が見ているものは、鬼たちの宴に他ならなかった。
目の前にあるものを振り回し、かきこむように食べ物を口に詰め込み、かと思えば酒だけは決して手から離さない鬼たち。
「……」
見てない。俺は何も見てないぞ。
鬼たちの中に知った顔なんか見つけてないし、その鬼が“あの人みたいに強くなりたいなあ”と思った彼女であるはずがない。
他人の空似だ。
そうに決まってる。
「かーずとー」
空似だって!
「んう?おーい、一刀ぉ。なにしとる、こっち来んかー」
…祭さんでした。
祭さんが生きていると知らされた呉の民の行動はすばやかった。
祝いだとばかりに道には出店が並び、「黄蓋将軍ご生還!」の掛け声が町中を埋め尽くす。
街に負けず劣らず凄かったのは、城内の歓声だ。武官は泣いて喜び、文官もお互いの肩を叩いて祭さんの生還を祝いあう。
大丈夫なのかと心配してしまうくらいのご馳走が振舞われ、酒が振舞われた。
主役である祭さんはずっといろんなひとに挨拶しながら、浴びるように酒を飲み――
ついには、顔を真っ赤にしてしまっている。
呼ばれた俺はしぶしぶ祭さんに近寄っていく。
呆れた目でじいっと祭さんを見下ろしている俺を見て、祭さんは、
「…あ?なんじゃ、どうした?…………………惚れたか?」
「百年の恋も冷めるよ!」
酔っ払っている祭さんは何をするかわからない。
このままここにいちゃいけない。
ここにいたら俺はきっと駄目になる。
「どこ行くんじゃ」
「…放してもらえませんか」
つかまれている袖を引っ張るが、祭さんは放そうとしない。
…駄目だ、これ以上やると袖が引き千切れるほうが早い…。
「も~…どこ行くんじゃったら!」
「うわっ!?」
すごい力で引っ張られて体ごとひっくり返る。
「でっ!」
「なんじゃ、情けない。これくらい踏みとどまってみせんか。」
「なにするんだよ…。ほら、こんな酔っ払うまで飲んじゃ駄目でしょ」
「酔ってなんかおらんもん。」
「酔ってる人はみんなそう言うんだよ」
「うるさい、酔ってないといったら酔っておらん!儂が今更酒に飲まれるわけなかろうが!大体お前はなにもわかっとらんのじゃ!」
「何がわかってないっていうのさ…」
仕方がないので、姿勢を直してしっかりと地面に腰を下ろす。よく見れば、祭さんの足元にはすでに空になった酒瓶が三本転がっていた。
「……おいおい」
「なあ、一刀ぉ」
「なに?」
「儂は…帰ってこれて、よかった」
「…うん」
「恥知らずと罵られることさえ覚悟しておったというのに…みな、喜んでくれる。儂が生きていることを、涙さえ流して」
祭さんは祝いの喧騒を愛おしそうに眺める。
「まったく…阿呆ばっかりじゃ。なにがそんなに楽しいのかのう」
ああ、これこそが。
彼女が命を賭してでも守りたかったものではないのか。
「それはさ」
「んう?」
「みんな、祭さんのことが好きだからだよ」
わかりきっているだろうことを、あえて口に出して伝える。
知ってほしいからだ。
祭さんの、黄蓋という人間の尊さを、本人に。
「また一緒に酒を交わすことができるって、それだけで嬉しいんだよ。わかってるだろう?」
「…んむ」
「……それに、その…そう思っているのは、俺もだし」
「ん?」
「祭さんに会えてよかった。…祭さんとお酒が飲めるの、俺、楽しいよ」
「……」
約束があった。
怪我が治ったら酒を飲もう、と。
その約束はいろいろあったせいで遅くなってしまったけれど……こんなに楽しいのなら、また、一緒に酒を交わしたい。
見ると、祭さんは俺の顔を見たまま固まっている。
「…どうしたの?」
「……おぬしは…阿呆じゃの」
「へ?」
「なんでもないわ。まったく…自覚がないのも考えものじゃな…風殿の気持ちがようわかった」
なにをぶつぶつ言っているんだろう?
そう首をかしげていたとき、「祭さま!」と呼ぶ声が聞こえた。
そこにいたのは、黒く長い髪を背中に垂らした忍者みたいな格好の少女と、まさに中華といった感じの服装で左目にモノクルをかけた少女だった。
「おお、おぬしらか」
祭さんが杯を掲げて彼女たちを歓迎する。
「よくぞご無事で…本当によかったです、祭さま」
「ああ…ありがとう、亞莎」
「祭さまが帰ってこられたときいて驚きました。すごくうれしいです!おかえりなさい!」
「おお、おぬしはいつも元気じゃなあ、明命」
「はいっ!」
「一刀。周泰と呂蒙じゃ」
祭さんが俺のほうを指差し、彼女たちに紹介してくれる。
「明命、亞莎。こやつは儂の旅の連れでな、魏で天の御使いとか呼ばれておったやつじゃ」
「あ、北郷一刀です。よろしく」
そういって手を差し出すと、モノクルをかけた少女の目つきが鋭くなった。
「……」
「え、ええと」
やっぱり憎まれているのだろうか。祭さんは、それを怒ることこそ将としての恥だと言っていたが、しかし…。
「亞莎、亞莎。目つきが悪くなってますよ!一刀さまに誤解されてしまうのです!」
「う、うう…」
んん?
「す、すみません、私…目が悪くて。不快な気分にさせてしまったでしょうか…」
長い袖で顔をすっぽりと隠してしまう。少しだけ見える顔は、恥ずかしさからだろうか、真っ赤になっていた。
「どうして?かっこいいじゃないか」
「え…」
「恥ずかしがることなんかないよ」
そういうと、呂蒙さんはいっそう顔を赤くしてしまった。
「あ…亞莎です」
「ん?」
「今度からそう呼んでいただけると…あの」
「ええと」
いいのかな?
祭さんを見ると、もう知らんわ、とでも言わんばかりにあらぬ方向を見て酒をあおっていた。
「…ありがとう、亞莎。ふたりとも、俺のことは北郷でも一刀でも好きなように呼んでくれ」
「はい…一刀様」
「わ、私の名前は周泰です!私もできれば明命と呼んでいただけますでしょうか、一刀様!」
「…えっと」
今、なにか余計なものがついてきやしなかっただろうか。
「様なんかつけなくていいんだよ?」
「いえ!一刀様は天の御使い様なのですから」
「そうです!呼び捨てだなんてできません!」
びっくりするくらい真面目なこのふたりの少女に、俺は苦笑いしか返せないのだった。
宴も酣(たけなわ)。
俺は酔いを醒ますため、外に行くことにした。
部外者である俺がここに居座っているのもおかしな話だしな。
「んー?一刀、どこ行くんじゃ?」
「ちょっと外の空気吸ってくるよ」
頭がくらくらするんだ、というと、修行が足らんなあ、と祭さんは笑う。
外に出ると、やけに静かだった。漏れ聞こえてくる喧騒が耳に優しい。
今まであの中にいたのだと思うと、よくもまああんなに騒げたものだとおかしくなってくる。
「魏にいたころは…」
そんなことも、よくあったな。
ひとつだけ違うのは、周りにいる人間を見知っているかどうかって、それだけ。
酒を浴びるように飲むのも、歌ともいえないような歌を腹から叫ぶのも、
大事な誰かが生きていることを泣いて歓ぶのも、全部一緒だ。
「ん…」
背後で人の気配がした。
振り返ってみると、そこにいたのははっとするような美女。
腰まである長くて黒い髪をなびかせて、その女性は俺を見据えていた。
その女性を俺は知っていた。
「…あなたは」
「はじめまして、北郷殿」
――その名も名高き美周郎。
時代を隔ててさえ美人と謳われる英雄、周公瑾がそこにいた。
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今までけっこう早足で展開が進んだと思いますが、今回からはじっくり書いていきたいなと思っています。
なので煽ってしまってなんなんですが、覇王サマはきっとまだ洛陽でお仕事中です。出番はもう少し後になるかと。
お楽しみいただければ何よりです。ではでは。