第三十二話
中原は曹操が制した。曹操の快進撃はそこで止まらなかった。中原を手にした後は近隣の諸侯を吸収し、北方への遠征を決行し、そしてそこの戦いでも勝利を収めた。もはや、誰も曹操を止める事は出来ないと誰もが思っていただろう。
あの日が来るまでは………
数日後……
「さて………七乃。この書簡を桂花に届けて頂戴。」
「はいはい~い♪」
現在、七乃さんは曹操の降将という立場にあった。曹操は袁術軍を滅ぼした時、約束通り美羽を助けた。曹操は、約束を果たしたのだからもう七乃さんには要はなかった。適当に処罰して斬り捨てるつもりであったが、風と稟と霞がこれに猛反対をしたのだ。
さすがの曹操もこの三人に反対を押し切る事は出来ず、いやいや捕虜にしたのだ。そして、そこらの仕事を適当に任せ、あしらっていた。だが、七乃さんは言われた仕事のすべてを完璧にこなしてしまった。曹操は、七乃さんがかなり使える事が分かり、自分の側に置いた。つまり、自分の側近にしたのだ。当然ながら、この事には反対意見もあった。
数日前、
「華琳様!あの者を華琳様の側に置いておくなどあまりにも危険です!」
「桂花の言う通りです!捕虜の分際でなんてうらやまし………では無く!捕虜の分際で華琳様のおそばに置いてもらえるなどあまりにも図々しいです!」
猛反対していたのは軍師の一人である桂花と魏軍最強の武将、夏候惇こと春蘭であった。稟たちはともかく、他の武将たち……すなわち最初から曹操の配下であった者たちも曹操の話には少なからず不満を持った。だが、曹操は、
「いちいち人を疑っていては使えるものも使えないわ。」
なんて事を言って、完全に七乃さんを信用していた。敵であれ、味方であれ、使える人材は心から愛する。それが曹操という人物であった。器の大きさはおそらく天下一品であろう。
とにかく、曹操軍の主従関係はどこの軍よりもずば抜けて強固なものであった。主君である曹操が決定した事に反対などはこれ以上出来なかった。
現在
「華琳様。お茶を入れたのですがいかがですか?」
「ええ。頂くわ。」
曹操と七乃さんはお互いに小休止をしていた。曹操は七乃さんの淹れたお茶をなんの迷いも無く口ん含んだ。
「ふう…………熱すぎずぬるくもなく、茶の香ばしい香りを引き出す最高の熱加減ね。完璧だわ。七乃。」
「……………あはは。ありがとうございます。」
七乃さんは少しばかり戸惑っていた。曹操のあまりにも普通な接し方に。
「どうしたの?七乃。」
「…………華琳様はどうして私の出したお茶をなんの迷いもなくお飲みになったのです?もし私が毒を持ったら華琳様はもうあの世行きですよ?」
その通り。七乃さんと曹操の関係は主従関係では無く、勝者と敗者。決して仲間なんかではないのだ。
「うふふ。あなたがそんな軽はずみな事をする愚か者であったなら、私の側近なんかにはしないわよ。私は人を見る目はあると自負しているの。」
そうして、優雅に茶をすすった。
すさまじい器の大きさであった。七乃さんは曹操を暗殺しようなんて微塵も思ってはいなかったが、今の言葉で暗殺なんて言葉の存在自体がどこかに行ってしまった。
(はあ~……一刀さん。華琳さんはかなり手強そうですよ。)
なんて事を思った。
美羽side
「う~ん……………暇じゃ。」
「そうか。」
「暇じゃ。」
「分かっている。」
「暇じゃ!暇じゃ!暇じゃ!」
「え~い!うるさい!」
ここにいるのは袁術軍の王、袁術こと美羽であった。美羽は愚かにも皇帝を名乗り、大陸中を混乱させた。だが、美羽の統治をよろしく思わない曹操によって滅ぼされてしまった。本当ならば、戦の責任者として処刑されるはずであるのだが、七乃さんや稟たち、そして曹操の主君である劉協が美羽の命乞いをしたためにこうして未だにしつこく顕在しているのだ。
「まったく!おまえは何も変わっていないのだな!?」
美羽とともに居るのは漢帝国の真の皇帝であり、大陸で唯一、曹操よりも上の立場の人間。劉協こと、神楽であった。
「自分が捕虜であるという自覚があるのか?」
神楽はあまりにも自由な美羽に呆れかえっていた。確かに曹操は美羽を軟禁した方がいいと言ったが、自分はこれに反対し、美羽にある程度の自由を与えた。だが、あまりの自分勝手な美羽を見て少しばかり後悔している最中である。
(ある程度、牢の中で過ごさせた方がこやつにとってよかったのかもしれぬな。)
なんて事を思っていた。
「うるさいのじゃ。大体、お主があんなものを渡すからいけないのじゃぞ!」
「うっ……!」
神楽は美羽に痛いところを突かれてしまった。実際問題、美羽に玉璽を渡してしまった事については曹操を始め、いろいろな文官に叱りを受けた。中には泣いて嘆く様な奴もいた。
「し、しかし!余がお前に玉璽を渡したおかげでお主はこうして生きておられるのだぞ!」
結果論でしかない事であったが、神楽は少しばかり悔しくなったのでこういう負け惜しみみたいな言い訳をした。
「む~………た、確かにそうじゃが……」
意外な事に美羽も玉璽のおかげで助かったと思っているらしい。この言葉は神楽にとっても意外だった。
(う~む………こやつが余に感謝しているとは意外だ。)
「それにしても暇じゃな~。」
美羽は本当に退屈であった。美羽にある程度の自由をあたえたと言ってもそれは城の中に限定されるものであって、それ以外には行ってはいけないのだ。そして、城の中にいたとしても絶えず監視者が付いてくる。これじゃ、自由とは言えないだろう。
(う~ん………少しばかり哀れだな。)
神楽は美羽の気持ちが少しばかり分かっていた、自分も自由は城の中にしかなく、常に監視者……では無く護衛者が付いて回る。今はもう慣れたが、昔はそれはもう発狂しそうなほどつらかった。
そんな事を思っている時だった。
「陛下、そろそろお時間です。」
「え?……ああ、もうそんな時間か。」
神楽は帝としての仕事が山ほど残っていた。そのためにいつまでも美羽に構ってやる事が出来なかった。
「お、お主!もう行ってしまうのか?」
「ああ。余にはやらなくてはならない事が多くてな。」
「む、む~……」
「そんな顔をするな。また来るから。」
「わ、分かったのじゃ。早く来るのじゃぞ!」
「ああ。」
美羽は神楽とそれなりに仲が良い。だが、こんなふうに美羽が神楽を頼ることなどほとんどなかった。どうやら、この生活が相当こたえているようだ。神楽とのくだらない会話が今の美羽を支えているのかもしれない。
(これは本当になんとかしてやらなくてはな。)
神楽はそんな事を思いながら美羽の部屋を後にした。
数日が経ち、神楽は自分の部屋に七乃さんを呼び込んでいた。
「何用ですか?神楽様。」
「うむ。美羽の事なのだが………」
神楽は美羽の現状を教えていた。美羽の現状は七乃さんもよく知っているが、今の美羽の気持ちはあの何とも言えない『不自由な自由』を味わった者にしか分からないだろう。神楽は七乃に何か提案がないか聞いてみたのだ。
「お嬢様の事は私も考えていました。」
美羽に少しでも幸せでいて欲しい。七乃さんの真摯な願いであった。だが、出歩けるのは場内のみ、常に監視者が付いており、何か問題を起こせば即座にお縄だ。これでは生殺しもいいところであろう。七乃さんは美羽をなんとか助けたくてたまらなかった。
「何か良い案はないか?あれではあまりにも哀れだ。」
「う~ん………もう少し華琳さんにとりいってから提案しようとしたのですが、お嬢様の方がもう我慢できないみたいですね~。」
もう美羽の我慢は限界のようだった。このままでは予想外な行動にでてお縄に付いてしまうのは容易に想像できる。
「少し、危険ですが、ある作戦が……」
「どういう作戦なのだ?」
「それは………」
ゴショゴショ……
何やら怪しいやり取りをしている皇帝と捕虜であった。
「え?それは、あまりにも危険では………」
「でも、お嬢様を自由にしてさしあげられる事はいつになるか分かりません。せめて、一日だけでも……」
「む、む~………」
神楽は少し考えた。七乃の提案した作戦は単純であるが、有効なものである事に間違いはなかった。そして、この作戦には自分の協力が必要不可欠であった。
「神楽様。お願いいたします。一日だけ………」
「う~む……わ、分かった!……一日だけだぞ。」
「♪ありがとうございます。神楽様。」
こうして、七乃と神楽の間での密談は成立した。そんな中、神楽は自分の甘さにため息をついていた。
(は~……余もずいぶんと甘くなってしまったな。これもあやつと一刀のせいなのか……)
なんて事を心の中で苦笑しながら思っていた。
そして、数日が経った。
神楽は美羽の部屋の前に訪れていた。当然ながら兵が見張りをしている。
「へ、陛下!?」
「袁術に用がある。ここを開けろ。」
「は、はっ!」
曹操の傀儡とはいえ、立場的には曹操よりも上なだけにさすがに逆らい様なものはいなかった。神楽が美羽の部屋に入ると、当然ながら見張りの兵たちも一緒に入ってきた。美羽の事を見張るためだ。万が一、美羽が帝である神楽に何かしないとも限らない。彼らは、仕事上そんな事を考えていた。
だが、神楽は、
「お前たちは出ていけ。」
冷静に出て行けと言った。
「し、しかし………」
だが、それで『はい、分かりました』ではすまされない。彼らの仕事上、そんな事は認められないのだ。たとえ、相手が皇帝であっても。
「ほお。余の言う事が聞けぬのか?」
ドジっ子の神楽に似つかわしくない返事であった。なまじ、曹操の性格に影響されてしまったのだろう。かなり、強気な返事を返す。
「お前、名は?」
「え?」
「お前の名前はなんというのだ?」
兵はかなり動揺していた。神楽がその気になればこんな兵の命なんか簡単に吹き消す事が出来る。兵がどうしようかと思っていた時に、意外なところから助け船が出た。
「神楽様、少し脅しがすぎますよ。」
「うん?七乃か。」
そう、意外な事に七乃さんは名もない兵たちに助け船を出していた。兵たちはすさまじく驚いた。捕虜である七乃さんが助け船を出してくれたこともあるが、捕虜の身である七乃さんが皇帝陛下ともあろうお方と対等に話をしているのだ。
「ちょうどよかった。お前も共をしろ。」
「美羽お嬢様に何か用があるのですか?」
「いやなに。ただの世間話をな。」
「はい。でしたらお供させていただきます。」
そう言って、茫然と突っ立っている兵たちを横に神楽と七乃さんは美羽の部屋へと入って行った。
…………………………………
…………………
………
「…………はあ~、少し脅しがすぎたかな?」
「いえいえ。あのくらいでちょうどいいのですよ。御立派でしたよ神楽様。」
「そ、そうか?」
なんとも先ほどとは態度の違う二人だった。それもそのはずだろう。何せ、今までの会話はこの二人の演技だったのだから。
「おお!七乃!神楽!」
二人が来た事で、先ほどまで暗かった顔が一気に明るくなった美羽様であった。
「お嬢様。御機嫌はいかがですか?」
「約束通り、また来たぞ。」
本当だったら、ここでお茶の一つでも出して、本当にくだらない話をするところであったが、今回、七乃さんと神楽は美羽にプレゼントがあった。そう、いつも退屈としている美羽に最高のプレゼントを……
「お嬢様、外に出たくはありませんか?」
「な、なんじゃと!?」
そう、『自由』と言うプレゼントをこの二人は用意していたのだ。
「出たい!とても出たいのじゃ!」
「今日、一日だけですけど構いませんか?」
「構わぬ!こんなところにいつまでもおったら、本当に息が詰まって死んでしまいそうじゃ!」
「それじゃ、決まりですね♪」
そうして、七乃さんは神楽に目配せをした。神楽は頷き、自分の見事な法衣を脱ぎ始めたのだ。
「なんで服を脱いでおるのじゃ?」
「余の服とお前の服を交換して、お前はこの部屋から出るのだ。お前が、外を堪能している間にこの部屋には余がおる。」
いわゆる身代わり作戦。単純だが意外と成功率の高い作戦である。美羽が神楽とすり替わってこの部屋から脱出する。神楽は神楽で部屋の中でベットの中に潜り込んでいればいい。さすがの監視者たちも眠っている女の子の顔を覗こうとは思わないだろう。
それに帝の法衣は、顔の部分に薄絹か張ってある。史実では天子は天の象徴。天とはこの世の万物を指すらしく、その象徴たる天子は素顔をあまり人前に出さないらしい。そのために美羽が神楽の法衣を纏っても誰も美羽だとは思わないだろう。それ以前に、天子自らが捕虜の脱出に手を貸すなど誰が思うだろうか?
そして、神楽と美羽の着せ替え交換が始まった。
「う~ん、この服は妾には少し大きいぞ。それにおへそのあたりがなんだがブカブカしているのじゃ。」
「なっ!?そ、それは余の方が体が大きいからだろう!?決して太っているからではないからな!!?」
何ともしょうもない事に突っかかる陛下だった、だが、神楽も女の子。やはり、体型とかは気にするものなのだろう。
「それにしても、美羽が着ると明らかに不自然だな。」
法衣がブカブカなのに加え、身長が明らかに足りなかった。ブカブカだけはなんとかごまかせるが身長だけは無理だろう。
「お任せください。こんなこともあろうかと、とっておきの秘密道具を作ってきました。」
そんな事を行って、自分のお腹の中から半月状の白い袋の中から、なんの変哲もない靴を取り出した。
「真桜さん特製、上げ底靴。」
ただの上げ底ブーツであった。
「真桜さんに頼んで作ってもらったのです。さ、お嬢様。これを履いてみてくださいな。」
「うむ。」
言われる通り美羽がその靴を履くと、身長が神楽と同じくらい、もしくはほんの少し大きいくらいまで身長が伸びたのだ。
「おお!これは良いものじゃ!」
いつも見る景色とは違う風景を見て美羽は御機嫌であった。
「ふふ~ん!お主が小さく見えるの~♪」
と、ものすごくふんぞり返って、現皇帝陛下を見下す美羽だった。
「う、うるさい!お前の体では無く、その靴のおかげだろうが!」
天子様とは思えないほど、ものすごく低レベルな争いであった。
「あだっ!!」
美羽が神楽と低レベルな言い争いをしていたら、美羽が突然、前にダイレクトに倒れこんだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「う~……い、痛いのじゃ~……」
もろに顔を床に直撃してしまったようだ。今にも泣きそうな表情で七乃さんにしがみついた。
「う~ん……どうやらこの靴、安定性に欠けるようですね。」
と、美羽の心配をよそに、厚底ブーツの機能性を考えていた七乃さんであった。
「おい。そろそろ行かないと、遊ぶ時間が無くなってしまうぞ?」
「おお!そうじゃった!」
さっきから、美羽たちは着せ替えごっこをしていて本来の目的を忘れそうになっていた。それを、神楽がその場を仕切った。
「では、神楽様。ここはお願いしますね。」
「ああ。分かった。」
こうして、美羽の脱出作戦が始まったのだ。
「良いですか?お嬢様。私が良いと言うまで口を開いてはいけませんよ?」
「うむ!分かったのじゃ!」
そして、七乃さんと神楽に扮した美羽はこの部屋の出入り口へと向かった。当然ながら見張りがいる。
「お話は終わりました。お嬢様は疲れてお休みになっているので、決して邪魔をなさらないでくださいね。」
七乃さんは見張りの兵たちにそう告げた。兵たちも部屋を一瞥したら、ベットの中で眠っている人物を確認した。
「絶対に起こさないでくださいね?」
と、念を押した。つまり部屋の中に入るなと言っているのだ。兵たちは渋々了承した。だって、七乃さんには皇帝陛下がお傍にいらっしゃるのだから。
陛下は何も言わない。凛とした態度のままこの場を後にした。その、姿勢はやはり皇帝なのだろうと思わせる気高い後ろ姿であった。
ドテ!
気高い後ろ姿が突然、倒れこんだ。かかとまである長い法衣を踏んでしまったのだろう。あまりにも間抜けなワンシーンであった。
「あらあら。陛下、大丈夫ですか?」
と言って、美羽の顔を覗き込んだ。美羽は目をウルウルさせながら、今にも泣き出しそうなのを我慢していた。
(い、痛いのじゃ~……)
(我慢してください、お嬢様。)
(うう~……い、痛いけど、我慢するのじゃ……)
兵たちはとっさに神楽(美羽)の側に駆け寄ろうとした。だが、七乃さんが鋭い視線を送った。『こっちに来たら殺す』と言わんばかりの冷ややかな目を。あまりの視線の冷たさに兵たちはとっさに立ち止まってしまった。
「さ、陛下。お気をつけてくださいね。」
「コクコク。」
今にも泣き出しそうな美羽は、痛いのを我慢して七乃さんの部屋へと向かう事に成功したのだ。
一方、美羽の見張りの兵たちは……
「お、おい。これって一応、報告しておいた方が良いんじゃないか?」
「あ、ああ。確かにな。」
部屋の中で美羽(神楽)が眠っているのは確認したが、どうしても何か変だった。何が変だったと言えばすべてが。だが、相手は皇帝陛下。一兵士にすぎない自分たちでは対処のできない相手だ。そして、彼らは自分たちの主である曹操に報告に行くのであった。
続く
こんばんわ、ファンネルです。
こんな時間に投稿です。
この『美羽の小さな冒険』は本当だったら、前編とかに分けず、丸一話分を丸ごと投稿したかったのですが、最近忙しく、投稿がまたいつになるか分からないために短いですが、すぐに投稿と言う形をとりました。
こういう、短く書いて、すぐに投稿という形は読者たちに嫌われる書き方だと理解しているのですが、何分、とても忙しい身。これからは、あんな一カ月ごとに投稿なんて、遅延投稿はしません。ですけど、内容の薄い作品になる事には変わりありませんが、皆さん。どうか応援してください。
では、次回もゆっくりして行ってね。
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こんばんわ、ファンネルです。
今回は、美羽を視点としたお話です。美羽が華琳に捕まり、洛陽でどういう事をしているのか?という事を書きました。
本編とは意外と関連性があります。さまざまなフラグをあちこちに建てたので。前編と言う事でとても短いですが、それでもいいなら。読んでいってください。
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