(一刀)
「え……?」
戸惑う俺を、なおも見つめる少女。
「……………………」
彼女は驚きで声も出ないようだった。ただひたすらに俺を見ている。
「………………お…お兄さん、ですよね?お兄さんなんですね?」
彼女は俺の袖を強くつかんだ。それは、けして放すものかとでも言うように。
その震える声は、嗚咽に途切れ―――――まるで祈りのようで。
俺は身動きさえ取れなくなっていた。
「……今まで、どこにいたのですか。何をしていたのですか。どうして、風を……」
―――――風?
頭の中で、なにかがかすったような気がした。
「……………………………どうして…風たちを、置いていったのですか…?」
彼女の声は泣いていた。しかし涙は出ていなかった。
目の前にいる少女のことを、俺はなにもわからないけれど――
この少女が、俺を想って涸れるまで涙を流してくれたのだろうということは、痛いほどわかった。
「お、俺は…」
腰がひける俺に、少女はしがみついてきた。
「い、行かないで!」
「!」
「もう……どこにも行かないで…ください。置いていかないで…!」
そのぬくもりが。
そのやわらかさが。
俺の中で、大きく、大きく渦巻いて。
「…う」
「……お兄さん?」
「…ああああ」
――――にゃー。
――――おおっ!?風としたことが…
涙が。あふれてくる。
――――お兄さん…。
やわらかいウェーブのかかった長い髪。
碧色の優しい瞳。
ちょっと変わった…かわいい、女の子。
どうして…どうして、こんな大事なひとを忘れていたのか。
「……………風」
「はい。なんですか、お兄さん?」
「風……………風、風っ!」
「うあっ!?」
気がつけば、しがみついていたのは、俺のほう。
…別れを告げる時間さえなかった。
そもそもこの世界に最初に来たときに…何にも代えがたい恩を、彼女にはもらっていたのに。
「……会いたかったよ、風」
「――はい。風も、お兄さんに会いたかったですよ。」
そうして彼女を抱きしめる一方で。
胸にひっかかるのは、もうひとりの大事なひと。
今、おそらくは城門の前で俺の帰りを待っている人は――…。
(祭)
「…遅いっ!」
宿を見つけ、荷物を置き、待ち合わせ場所に到着してからもうどれだけの時間が経ったろうか。
この街は交易も充実しているし、ちょっといい酒を見つけるくらい簡単だろうに。
「儂の気に入る酒、というのにこだわっておるのか…?いや、それでも時間がかかりすぎじゃろう。」
約束を忘れられたのには腹が立ったが、あんまりに慌てるやつを見てどうでもよくなってしまった。
ならばせめてと酒を選びに行かせたのが間違いだったか。
「…せっかくの酒じゃ、一緒に選びに行ってもよかったか…?」
もうすぐ日が落ちる。
探しに行きたいのはやまやまだが…。
「いや。ここで儂が動いたら、すれ違ってしまうやもしれん……しょうがない。待つか。」
(一刀)
「風、俺は…」
「どうしたのですか、お兄さん?」
メンマの出店を後にし、風とふたりきりで歩き出す。
彼女を苦しめることになろうとも、俺は言わねばならなかった。
「俺は今、呉に向かっている最中だったんだ。」
「え?それは…」
「今まで…さっき、風に会うまで、俺は記憶を失くしていたんだよ」
うつむく風。
「…ひょっとして…さっきも、風のこと、わからなかったのですか?」
「…うん」
「………そうですかぁ~」
「………ごめんな、風」
君は俺のこと、待っていてくれたのに。
「いえいえ~、気にしないでください………とは、言えませんけれど」
「…ごめん」
「今は仕方がないのです。それよりも…」
「うん?」
「今までどうしていたのですか?戦が終わったとはいえ、平野は荒れる民や野党がいます。よく…」
生きていられましたね、と。
風は訝しげな目で問うてくる。
「ああ、とある村に拾われてね。助けてもらったんだよ。しばらくはそこにいたんだ。」
「村に?…なるほど、それなら………いえ、でもこの街まではどうやって?」
「…それは」
――祭さん。
俺はどんな顔をして、彼女に会えばいいのだろう。
いや、合わせる顔などありはしない。
俺こそが――。
彼女を死に至らしめた、張本人なのだから。
「…お兄さん?」
「……風は、黄蓋さんを知っているよね?」
「え?…それは、もちろん知っているのですよ。だって彼女は…」
我らに偽降してきたのだから。
そしてそれが偽降であると教えてくれたのは。
「俺は…今まで、その黄蓋さんと行動していたんだ…」
「………」
「彼女は生きていたんだよ。偶然…いや、今となっては偶然なのかすらわからないけどね、俺と同じ村で拾われた。だから」
大局に逆らったことへの。
歴史を変えたことへの。
――これが罰なのか?
愛しい人たちに別れも告げられず。
彼女たちと愛し合った記憶を、一時的にとはいえ奪われて。
そして今、俺がこんなにも苦しいのは…。
(…祭さんが呉が負けた知らせに落ち込んでいたとき…俺に、彼女を慰める資格なんてなかったんだ!)
――俺、なにもできないけれど…。でも、そばにいるから。
ちくしょう!なにが…なにが!
「お兄さん?どうしたのですか、お兄さん!」
「風、俺は…!」
――どうして、と。
聞きなれた声が、耳に触れた。
「……………一刀」
そこにいたのは、今一番会いたくて、でも会いたくないひと。
「祭さん…どうして、ここに…」
「やっぱり待ちきれんでな…探しに、来たのじゃ」
目を合わせることができない。
あの強い眼差しを、どうしてと訴えてくる瞳を、受け止めることができない。
「おぬしの横におるのは…」
すべてを察したらしい風が、俺の袖を強く引く。
「お久しぶりですね~、黄蓋さん。生きておられるとは、風、びっくりなのですよ」
「…魏の大将のところにおった、軍師か…。」
「ええ。そして、お兄さんは風たちのものなのです」
「…っ!」
その言葉に驚いたのは、俺だったのか祭さんだったのか。
しばらく俺を見ていた祭さんは、なにを察したのか、苦い顔をして反対方向へ歩き出してしまった。
――彼女を呼び止める言葉も、追う資格も、俺にはなかった。
*アンケート
みなさん、こんにちは!rocketです。
年末から始めてもう第四回ですね。最初は誰もついてきてくれなかったらさっさと消えるか…なんて思っていたのですが、意外にみなさん楽しんでくださっているようで感無量です!ありがとうございます!
ものすごいシリアス続きで、明るいのが売りのはずの一刀さんもグチグチ暗くって申し訳ないです。
とりあえずは記憶も戻りましたし、この山を越えたら明るい方向へもっていきたいなあとは思っています。
今しばらくご辛抱を。
さて、突然ですがアンケートをとらせていただきたいのです。
というのも、今回明らかになったと思いますがこの一刀さんは魏√の一刀さんですので、
風を筆頭にこれから魏の面々とはいろいろ絡ませようとは思っているのですが、問題は呉の面々でして。
魏√の一刀さんが、呉のみなさんと(恋愛的に)絡むのってどう思いますかね?
これからの指針に関わってくることですし、よかったらみなさんのご意見をと思ってアンケートを実施させていただいた次第です。コメントのほうに書いていただけると読みやすくてありがたいです。
選択肢は、
A.祭さんと魏のヒロインたちで十分だよ!
B.呉の人たちも絡めてほしい!だって種馬だよ!?
C.いやむしろ祭さんオンリーで!
の三択です。
一定量集まったら打ち切りにしたいと思います。よろしくお願いします。
あ、あと、これからの展開にアドバイスなどございましたら、一緒に書き添えていただけると参考になります!
みなさんこれからも「祭の日々」をよろしく!ではでは。
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まさかの連日更新です!年始は暇なんですねー。
どうしようもないくらいシリアスで、書いている自分もげんなりしてきます。
ここを越えればもっとイチャイチャさせられるかなーと思うんですが…。
さて、今回は最後のページでアンケートを実施していますので、よろしければご協力くださると嬉しいです。では。