No.1138312

Baskerville FAN-TAIL the 32nd.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2024-02-08 12:02:00 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:155   閲覧ユーザー数:155

 

『わたくしは何もしていません。ただ「こんなものはどうか」と、社員に無茶振りをしているだけです』

テレビに映っているのは、今話題のスマートフォン「サプルス」を作っている会社・レグナの女社長である。

ちなみに名前はシイ=ホソミイという。もう七十才に手が届きそうな、老人と言っても良い年齢の女性だ。

彼女がテレビ番組のインタビューで、成功者としての意見を求められ、そう返してから、こう続けた。

『偉いのはそんな無茶振りに答えてくれる社員達ですよ』

困った様な、しかしどこか嬉しそうな笑顔をテレビカメラに向かったカメラ目線で向けている。

インタビュアーはその謙虚さを誉め称えてそのコーナーが終わる。

そのインタビューを何となく見ていた魔族の女性コーランは成功者への嫉妬ややっかみよりもどことなく感じるうさん臭さに閉口し、テレビを止めた。

今の彼女にはそれ以上にやらねばならない事があるのだ。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

この町には傭兵ギルドと呼ばれる組織がある。

傭兵と言っても戦争に参加する訳ではない。

それよりも「荒事」が必要な事態に人材を派遣する事がほとんどである。

そんな傭兵ギルドで一部のギルドメンバーが不満を爆発させたのである。

「お前達の言う事も分かるけどなぁ」

不満を露わにしているメンバー達に、ギルドの責任者は苦笑いを浮かべていた。

理由はギルドが支給している携帯電話の件だ。

これまでの携帯電話からスマートフォンに変えようと「思っている」と宣言した途端に不満爆発なのである。

だがこれは仕方ないかもしれない。

科学的な解明はされていないが、スマートフォン独特の「画面に触って操作する」という作業が、この世界に溢れる「魔法」という力と相性がとても悪いのである。

傭兵ギルドと言ってもメンバーは剣を使う戦士であったり魔法を使う魔術師であったりとその能力は様々だ。

「魔法ヲ使ウ者ニ損ヲシロトデモ言ウツモリナノカ?」

真っ先にギルドの責任者に喰ってかかったのは全身真っ赤な肌の、針金の様な身体をした細い人型の魔族・ガナテンセンだった。

特に指名があった訳ではないが、活動歴が長いので傭兵ギルドの魔術師達の相談役として扱われている人物である。

「そういうヤツ用に、専用のペンもつける。そのペンで画面を触れば扱えるそうだ」

決してそんな事はないと責任者も必死である。それで渋々引き下がる魔族も何人かいたが、

「あたしはどうなるのよ」

そう不満の声を上げたのはグライダ・バンビールである。

右手から炎の魔剣・レーヴァテインを。左手から光の聖剣・エクスカリバーを、それぞれ出現させる事ができる「魔剣使い」の二つ名で知られた少女である。

彼女は特別な力を持っているが純粋な人間である。魔族のように魔法と相反するとは異なる理由でスマートフォンとの相性がとても悪い。もちろん原因は不明だ。

そして責任者が言った「専用のペン」をもってしてもスマートフォンの操作がおぼつかないという、非常に厄介な人間なのだ。

だがグライダはこの傭兵ギルドの稼ぎ頭の一人である。

二十才という若さに似合わぬ剣の腕。加えて平均以上の美少女。加えて所持している二振りの魔剣。名指しで依頼が来る事もたびたびある人気振りなのだ。手放したくないのが本音である。

「まぁ落ち着け。キチンと今までの携帯電話でも一応使える『ビーバ』で基本的なやりとりをするつもりだから」

ビーバ。正しくは『ビブルバブル』というのは不特定多数のユーザーに向けて短い文章を発信・やりとりする事ができる今人気のアプリケーションである。

特に利用者同士が互いに「同盟」を結ぶと、スマートフォン同士なら電話番号を知らなくても音声通話が可能になるのが特に受けている。

ギルドのメンバーが互いに「同盟」を結べば確かに連絡は便利になる。

責任者のその提案に、スマートフォンへの変更に反対の者達も「文章での連絡をメインにしてくれるなら」「スマートフォンに変更するのを任意にしてくれるなら」という条件をつけて一応承諾してくれた。

だがスマートフォンは扱えず、携帯電話も最低限しか使えていないグライダにとっては、あまり有益と言えない提案ではあった。

そして。グライダの双子の妹・セリファは、わざわざ姉と同じ携帯電話を買ったばかりなのに「お揃い」でなくなりそうな事にかなりガッカリしていた。

 

 

シャーケンの町にいくつかあるボロボロの安アパート。そこに住む武闘家のバーナム・ガラモンドは、遠い故郷からやって来た人物の相手をしている所だった。

少しクセのある綺麗な赤髪。足首を紐で縛ったゆったりとした赤いズボン。上半身は裸に胸の所を厚手の赤い布で巻いただけ。

指のない黒い手袋をはめた左手に握られているのは、今話題のスマートフォン「サプルス」である。

「バーナム様。こちらが今話題のスマートフォンですよ」

元気だが丁寧な言葉遣いでバーナムに向かってスマートフォンを突き出してみせた。

一方のバーナムは露骨に面倒くさそうに呆れ顔を見せると、

「ねーちゃん。オレ金ねぇって。そもそも機械苦手だし」

バーナムの機械オンチは彼を知る者にとっては有名である。銀行のATMすら使えないので全財産を部屋ではない地下に隠しているほどだ。

「それならばわたくしが費用を負担致します。それは我が守護神鳳王(ほうおう)とスーシャ・スーシャの名において……」

仰々しい言い回しをし出したねーちゃん——スーシャ・スーシャに本心から関わりたくないオーラを噴出させつつ、バーナムは彼女に訊ねる。

「そんなモン必要ねぇよ。色々金かかるし面倒くせぇし」

実際スマートフォン本体や通信費、様々なゲーム・アプリケーションに金を注ぎ込んでいる周囲の人間の「金がない」発言を嫌というほど聞いているバーナム。

機械オンチである事も加わって、自分から積極的に持とうという気は全くなかった。

「大丈夫です、バーナム様。このスマートフォンは機械が苦手な人にも扱いやすいのですよ」

最近よく聞くようになった宣伝文句を言って、さらにスマートフォンをずいと突き出してくる。

苦手な人にも扱いやすい。苦手な人にとってはその言葉ほどうさん臭く信じられないものはないのに。その言葉が真実だった試しがないのに。

彼女はバーナムを「様」つきで呼んでくるが、実際は彼の師匠の娘なので、相手の方が立場は上。あまり強くも出られない。

それを知ってか知らずか無視をしてか、スーシャはスマートフォンを操作し、一つのアプリケーションを起動させた。

「それにこの『ビブルバブル』というアプリケーションを使えば、これまでの電話やメールと同様の事がこれ一つでできるようになるのです。とても合理的だと思いませんか?」

確かにビブルバブルに人気が集まっている理由の一つがそれである。メールのアドレスや電話番号を相手に知られる事がないので個人情報の漏洩防止にも一役買っている部分もある。

正直に言って、押しの強い携帯電話ショップの店員よりもうっとうしく面倒くさい。立場が上でかつ顔見知りというのがこれほど鬱陶しいと思った事はない。

「いや、ホントに勘弁してくれよ」

嘘偽る事のない、バーナムの本音が漏れた。

 

 

繁華街の小さな商店まで買い物にやって来たオニックス・クーパーブラック神父は、とても困った事態になってしまっていた。

手持ちの硬貨が乏しく、高額紙幣しか持っていなかったのである。おまけに少量の買い物である。こういう状況は店側としてもあまり喜ばれる事ではない。

だが困っている本当の理由は別にあった。

「神父様。当店はスマートフォンを使用した決済が主になっていまして、現金は店内にあまり置いていないのです。現金でそんな高額のお釣りが出せないのです」

店員が申し訳なさそうにしているのは相手が若いとはいえ聖職者だからだろう。一般客ならもっと横柄な対応になっている。

「そうでしたか。両替をできる場所はありませんか?」

「さぁ? ではスマートフォンで決済されませんか? 若干の値引きもありますよ?」

「持っていないのです。申し訳ありません」

彼は一礼して買わずに店を去って行った。

その帰り道で出会ったのは、全身黒い金属で覆われた大男である。明らかに鎧とは違うその姿はかなり人目を引くが、大男——いや、ロボットのシャドウはこの町では知られた存在なのである。

「買い物の帰りか」

平坦で感情がない筈の合成音声なのに、不思議と自分を労るようにも聞こえるのは慣れだろうか。

彼は先程の店であった事を、歩きながら話して聞かせた。シャドウは黙って聞いている。

「異常とは思わぬか」

話を聞いたシャドウは、開口一番そう漏らした。

「電子機器自体の進歩は理解出来る。しかし其の機器を利用した()()()()()()()()()()()までもが余りに早過ぎると思わぬか」

そう言われた彼は少し考え込む様な仕草をする。

確かにスマートフォンを始めとした機械の進歩は目ざましい物がある。

しかしスマートフォンという全く新しい機械を使ってできる様々なサービス・アプリケーションまで雨後の筍と形容するのも遅いくらいの急速度で増え、広まっている。

新しい機械ができる。その新しい機械をこういう風に使えないかというアイデアや要望が出る。メーカーがそれを叶えようと開発をする。

そんな流れがあまりに早過ぎる。本当ならもっと時間がかかる筈だ。

「変化の速度が速い事は感じていましたが」

彼も神父という立場上、不特定多数の人と接する機会が多い。

自身のいる教会の前にはスマートフォンで快適なインターネットをしようと電波を求めて人が群がるようになり。

そんな人々から使っているサービスやアプリケーションを強く勧められたり。

これが「年」という単位でここまで進んだのならともかく。そうではないのだ。

スマートフォンという機械が出たのは二年ほど前になるが、今爆発的に流行している「サプルス」が世に出てまだ半年も経っていない。

にも関わらず、次から次へと全く新しいサービスやアプリケーションが広まり、そのどれもが大当たりしている。

機械的なトラブルも使用者からの文句もほとんどない。まさに完璧なサービス。

ふとしたきっかけで何かの進化速度が一気に加速する事は少しもおかしい事ではない。

だが、加速する事は正常かもしれないがその速度が「異常」である事に言われるまで気づけなかった事に、自らの修行不足を痛感する。

ふと前を見ると話題の会社「レグナ」のロゴマークが入った作業着姿の男達が酒場の入口で何やら工事をしている様子が飛び込んで来た。そばの立て看板には、

『これまで以上に早く、安定した無線回線を提供するための工事をしております』

と書かれている。

とはいえ工事の方はほとんど終わっており、男達は何かの機械を使って最後のチェックをしている様な感じであった。

「……確かに回線速度は早そうだな」

酒場の入口にある真新しい回転灯らしき機械を見たシャドウがそう言った。彼は自身に内蔵されている通信機器を使って確認をした。

「だが秒間384kbpsだった物をいきなり3Gbpsにする必要は無いと思うがな」

インターネットに関する知識に乏しいためシャドウの言っている事がほとんど分かってはいないが、今話していた「進化速度の極端な加速」を目の当たりにした気がして、目眩すら感じたのである。

 

 

コーランがやって来たのは、治安維持隊と呼ばれる組織の分所である。

ここは魔界における警察機構の様な物。人間の世界にいる魔界の住人にとっては大使館も兼ねた場所とも言える。

彼女が元ここの職員だった事。後輩がこの分所の所長職を務めている事。そして先日魔界の住人の詐欺師に引っかかる所だった事もあり、コネを使ってその後の話を聞きに来たのである。

無論コーランは「元」だから話せる内容には制限がある。けれど先輩後輩の関係から時々仕事を手伝っているので、他の職員もあまり守秘義務の事はうるさく言って来ない。

「釈放です」

後輩でありこの分所の所長であるナカゴ・シャーレンは憮然とした表情でそう告げた。

「釈放ねぇ」

憮然とした表情のナカゴ以上に憮然とした表情のコーラン。

当たり前である。詐欺の常習犯として知られている上に刑務所を脱走した者が、こんな数日で釈放されるなどまずあり得ない。

「とはいえ一応は治安維持隊の監視下にあります。当たり前ですけど」

どこに、どんな風に「監視」されているのかまではさすがに聞けないだろうと思ったが、

「保釈金を出したのが、今をときめくレグナの女社長様ですし」

「は?」

コーランは呆気にとられたものの続きを話せと促す。

「いわゆる司法取引ってヤツです。詐欺師の手練手管を営業の方に役立てて欲しいそうです」

「……なにそれ」

話としてはムチャクチャであるが、司法取引自体は珍しいものではない。

それに犯罪者に防犯対策を立てさせるという方策もなくはない。

「何か裏にあるんでしょうね」

「でしょうねぇ」

コーランは一般職員どまりだったし、ナカゴも所長とはいえ治安維持隊という組織の中ではそこまで高い地位ではない。知る事ができる情報は限られる。

それでもこの釈放が怪しい事くらいはさすがに分かる。

あのとき捕まった詐欺師二人組が妙に強気で、捕まる事はない。もしくは捕まってもすぐ出られる。軽い罪で済む。そんな余裕すら感じたのはこうなると分かっていたからだろう。

背後に大物がいるであろう事は見当がついているがここまで露骨なのは珍しい。

では、その大物とはどこの誰なのか。レグナの女社長なのか。確証はない。自分達ではこれ以上何もできない。

それが分かっているだけに自分の無力さに意味なく消沈している二人だった。

そこからが本当に早かった。まるで自分が一晩眠っている間に数年経ってしまっているのでは、と錯覚するほどに。

町にはスマートフォン、いや「サプルス」を持ち歩く、もとい見ながら歩く者達で溢れ、ぶつかったりぶつかりそうになったりでトラブルが絶えない状態になっている。

これまでとは比べ物にならないほど早くなった回線速度を生かした大容量のゲームや高画質の動画配信のサービスが続々と誕生し、人々はそれらに一日中夢中になっている。

それこそ町の人々は「サプルス」の画面だけを見て生活をするという、本末転倒と形容すべき状態になってしまったのである。

生活の隙間にそうしたメディアを楽しむのではなく、メディアの隙間で生活をしている様な。

しかも「サプルス」を使っている人ほどそれを異常と感じない有様なのである。

なので「サプルス」はおろかスマートフォンを使っていないバーナム達がその光景の異常さに露骨に引いている事にも全く気付いていない。

落ち込んだように下を向いているが、その目は殺気立ったように爛々と血走ったまま画面を見つめ、かつ聞き取れない呟きをブツブツブツブツ……。

そんな人々だらけの喫茶店内を見回しているバーナムが溜め息をついている。

「なんっか気持ち悪いな」

彼でなくとも人々の全身から発せられる不気味なオーラを感じ取っていた。

「先程乗ったバスの運転手も仕事はきちんとしていますが、早く終えてスマートフォンを触りたいという焦りの様な物すら感じましたね」

皆からクーパーと呼ばれているクーパーブラック神父がどことなく悲しそうにそう言った。

「あー、行きつけの店の店員さんも客のこっちよりスマホの画面に夢中になってたわ」

グライダも彼の意見に同調するように腹を立てている。

コーランも視線の先にある喫茶店のオープンテラスにいるカップル——向かい合わせに座っているのに一切の会話がなく、自分のスマートフォンだけを見続けている様子に寒気を感じるかのように口を引きつらせ、

「確かにバーナムの言う通り、気持ちの悪い光景よね」

別にスマートフォンをいじる事自体は構わない。けれど向かい合って座っているのにお互いがお互いに関心を持っていないかのようにスマートフォンに没頭しているようにしか見えない光景というのは。

何の為にそうして同じテーブルについているのか。そう感じるのは人間と魔族の感じ方の違いかと思ったくらいである。

だが人間でも自分と同じ考えを持っていると分かって、コーランはどこか安心した物を感じている。

「矢張り異常と言わざるを得ないな」

終始この事態を「異常」と判断しているシャドウ。その辺りの冷静な判断力はロボットならではだろう。

「で、セリファは?」

この喫茶店で待ち合わせすると決め、指定した時間を三十分過ぎても現われない事に若干心配になってくる。

二十才なのに諸事情でその半分以下の精神年齢のセリファに合わせ、彼女にも分かりやすい場所を指定したのに。

もし遅刻をするのなら持っている携帯電話で連絡してくる筈だ。買ったばかりで何かと使いたがっていたのだし。もちろん連絡はない。

「こっちから連絡すれば良いじゃない」

コーランが手持ちの携帯電話を取り出してこの場で電話をかけようとする。

以前は店内での電話はマナー違反とされていたが現在は大声でなければ咎められる事はない。

その辺りも携帯電話、ひいてはスマートフォンの普及がもたらした変化と言えるだろう。

このくらいの変化であれば異常とは思わないが、皆が皆揃って画面にのみ夢中になる有様が通常と思いたくはない。

「…………出ないわね」

コーランは通話を切って首を傾げる。

「あれ、電波の届かない〜ってヤツ?」

「単に出ないだけ。何やってるのかしらね」

「聞いてみたら、ゴナさん達に?」

グライダの提案にコーランは再び携帯電話を開く。

ゴナというのはこの町に住むグライダ達と馴染みの漁師で、セリファのファンクラブ会長を自称する青年である。

このファンクラブの会員は町のあちこちにたくさんいる。

セリファに何かあればすぐに会員中に連絡が回るという、もはやストーカーと大差ないレベルなのである。

町中にいるそんな彼等の情報網を駆使すれば間違いなくすぐに見つかる。

……言いたくはないが実績もあるし。

コーランがあまり嬉しそうにしていない顔のまま彼の携帯電話に電話をかける。

耳に当てた電話から呼び出し音が聞こえる。しかし聞こえるだけだ。相手が出る様子もなければ留守番電話に切り替わる様子もない。

ゴナは漁師である。いつでも電話に出られる訳ではない。いつもならすぐに留守電になるのだが。

「ダメね。電話に出ないし留守電にもならない」

繋がらなくて良かったかもしれない、そう言いたそうなコーランの表情。ストーカーに連絡する様なものだから、嬉しそうにしていない事は分かる。だが状況が状況である。

突然シャドウが周囲を警戒するように視線を配り出した。

「どうかしましたか、シャドウ?」

何かあったのか、それともシャドウのセンサーに人には分からない何かを感じたのか。

クーパーの問いかけにシャドウは、

「電波。否、違う。此の波形は……音。声。其れが一番近い」

うわ言の様な独り言。もちろん他の面々には不審な音も声も何も分からない。

分かったのは周囲の客の雰囲気である。個人個人特有の「気配」の様な物が薄れていくのだ。

そんな事は眠ったり気絶したとしてもそうは起きない。これは——

「一番近いのは催眠術」

そう言い切ったのは魔法に一番詳しいコーランである。

「……そうだな。明らかに普通じゃねぇ」

気や気配を察する事を得意とする武闘家のバーナムも負けてはいない。

「しっかりして下さい、何があったんですか!?」

スマートフォンを持った腕がダラリと垂れ下がり、瞳孔が完全に開き切った状態でブツブツ何かを呟いている隣のテーブルの客の肩を揺すって声をかけるクーパー。

「……反応がありません。確かにこれは魔術で意識を支配されている物に近いですね」

「そうみたいね」

コーランも直接被害者を見た事により、より正確な分析ができている。

この中で唯一こうした状況に役に立てていないグライダだが、両手がビリビリと痺れに似た違和感に包まれていた。

両手に宿っている二振りの魔剣が「何か」に反応しているかのように。「何か」を知らせるかのように。

グライダには(意識を集中していれば)あらゆる魔法が通じないという不思議な体質を持っている。

そのグライダがあえてその集中を解いた。

自分には魔法は使えないし魔剣と会話などできはしないが、言いたい事があるならハッキリ言えと言わんばかりの対応である。

すると左手に宿るエクスカリバーが剣ではなく光の塊となって一直線に店内の壁に向かって飛んで行った。

すると周囲の客の「気配」のような物が元に戻っていったのである。

グライダが光の塊が飛んで行った先を見ると、店内の壁に設置されていたルーターがあった。

携帯電話やスマートフォンの高速通信に不可欠な電波の中継機器である。

それが壊れた途端元に戻っていったという事は、それが原因だったのか。

だが気配こそ元に戻りつつあるが、全身脱力して瞳孔まで開き切った状態なのには変化がない。

クーパーやコーラン、シャドウがそうした人々の様子を見ている一方で、グライダは大慌てでトイレに駆け込んだ。

やった事は自分の右手を冷やす事。集中を解いた事で右手に宿る炎の魔剣の力の影響がモロに出て、火傷をしたかと思うほどの熱さになってしまったからである。

 

 

町の人々の異常具合。そして連絡がつかなくなったセリファ。どちらも放っておけないがやはり優先したいのは自分の妹の事。

グライダは一体どうしたものかと、どうしたらいいかと困り顏になっている。

「グライダさん、落ち着いて下さい。調べる方法はあります」

クーパーはそんな彼女を落ち着かせるように席に着かせ、両肩をそっと掴んで優しく語りかける。

「シャドウ。あなたの機能でセリファちゃんの携帯電話が、今どこにあるのかを調べられますか?」

「GPS追跡機能の事か。セリファの携帯電話に相応のアプリケーションが入って居れば可能だ」

シャドウはグライダとコーランにその有無を訊ねる。グライダはその辺りの知識が曖昧なので視線でコーランに丸投げする。

コーランは携帯電話会社のサービスでそれができた筈だと伝えた。

シャドウは自身に内蔵された追跡機能で早速捜査にかかった。

そして同時に店内に飛び込んで来た人影が。

グライダの傭兵ギルドの同僚の魔族・ガナテンセンだった。

離れた位置からでも分かるほど荒れた息。息を整えようと肩で息をしつつも何か話そうとしている。

細身過ぎる身体の為にスタミナがないのに走ってきたので、言葉も話せないほどヘトヘトになっているのだ。

慌てて駆け寄ったクーパーはガナテンセンの背中に手を当てた。手が柔らかく暖かい熱を持ち、それがガナテンセンの全身を駆け巡る。

その熱が消耗し切っていたスタミナを急激に回復させて行くのが分かる。

「マダ動ケルヤツラガイテ助カッタ。すまーとふぉんヲ持ッテタ連中ガ大変ナンダ」

「こっちも大変よ。周りを見てごらんなさい」

コーランに促されたガナテンセンは店内の様子を見て、

「ココモソウナッテイルノカ。モシヤすまーとふぉんヲ持ツ人間全員ガコウナノデハアルマイナ?」

「可能性はあるわね。スマートフォンを持ってない私達だけ被害に遭ってないし」

理由や原理は分からない。だが無事な人間の共通点がそうなのだから、それに何かあると判断するしかあるまい。

「……携帯電話の位置ならば分かったぞ。カツォオス・ウサ山だ」

カツォオス・ウサ山。この町から北に二百キロほど行った場所にそびえる、この国で一番高い山であり、神々が住むという伝説が残る山である。

正式な名前ではあるのだが、この名前は随分昔の呼び方であり、現代人にはとても発音しづらいので一般的には「カツ山」と呼ばれている。

「そんな離れた山に何でセリファがいるのよ。確か今の季節は登山禁止の筈でしょ?」

あくまでも伝説とはいえ神々が住む山。特に今の季節は人間の立ち入りが禁止されているのは、この国の人間なら皆知っている事だ。

「飽く迄も携帯電話の位置だ。本人の位置とは限らん」

とはいえこの時代携帯電話だけを盗んでそんな遠くに行くとも思えない。電話を持ったまま連れ去られたと考えた方がいいだろう。

そのためシャドウは今にも飛び出して行こうとしているグライダを片腕で抱きかかえるようにして止めている。

何も分からないまま乗り込んでもいい事は何もない、と言い聞かせながら。

ざざざざざざざざざざっ。

店内のテレビはもちろん、店内あちこちのスマートフォンの画面に突然ノイズが走る。音量は小さいがこれだけの数になると結構なボリュームに聞こえる。

『堕落した人類に、神より告げる』

四十才前後ほどの女性とおぼしき声が響いてきた。声が聞こえてくるのはノイズの走ったままの画面からだ。そのため声にも若干のノイズが入ってしまっている。

『元々人類の存在は疎ましく思っていた。そしてこの堕落が決定打である。よって我は神として人類に罰を下し、これを滅ぼすと決めた。己の生き様を悔やむがいい』

特に根拠はないが、一同は店の外に飛び出した。

道には店内と同じようにスマートフォンを握りしめたまま壁にもたれたり地面に倒れている人で溢れている。

車が壁や前後の車と衝突事故を起こしており、しかも警察を呼んだ形跡が一切ない事。

そして何より驚いたのは、空一面をスクリーンにでもしたかのように中年女性の顔が大きく映っていたのである。

『だが、これでも我は慈悲深い。七日間の時間をやろう。悔い改めてこの我オクヰ・イシを崇めるというのであれば、カツォオス・ウサ山に来るが良い』

空に映っていた女性の顔がかき消える。同時にスマートフォンやテレビの画面が元に戻った。

しかしこの店や町のあちこちでスマートフォンを握って倒れたままの人々はそのままだ。

「何ナンダ、アノ女ハ……」

ガナテンセンは物知りそうなシャドウに訊ねるもののシャドウの知識にもオクヰ・イシという名はなかった。

「神、なんて言ってたけど、オクヰ・イシなんて神様知らないわよ。本当にいるの、そんな神?」

コーランも魔族だけあってそうした知識は豊富な方だが、それでも総ての神の名を知っている訳ではない。そうなると神父であるクーパーの出番である。

この世界の宗教は多神教。その神話によれば現在信仰されている神々の前の世代にはもっともっとたくさんの神々がいたと記されているそうだ。

しかし彼は知っていた。オクヰ・イシはそうした前の世代の創造神に仕えていた神・従属神の一柱だと。そして、理由は知らないが今では堕とされた神とされている事も。

それ以上の事はさすがの彼でも分からなかった。

だが、分かった——正確には予想がついた事態が一つあった。

「カツォオス・ウサ山に今すぐに行かなければならなくなったようですね」

クーパーは唇を噛みしめた深刻な表情のまま話を続けた。

「この山には神々が住んでいた伝説がありますが、そこには魔力を糧にして放つ大砲が十二門備えつけられていると伝わっています」

その大砲の威力は注ぎ込んだ魔力に比例するが、最低でもこの地上を一撃で総て吹き飛ばせると云われている、と彼は話した。

「其の話なら情報が在る。だが其れを使えるのは神だけの筈では」

シャドウが今インターネットで調べた事を話す。そんな大砲があっても使うのが堕ちた者なら、宝の持ち腐れである。

まさか堕ちた者に手を貸す神がいる筈もなし。もっとも本当に神かどうかも怪しいが。

「そんな場所にセリファちゃんが連れて行かれたという事は、大砲の『弾』にされる可能性も出てきますね」

セリファの身体にはほぼ無尽蔵ともいえる魔力が秘められている。年齢不相応の幼い体型はそれに起因している。

クーパーの考えに一同がハッとなるが、すぐに、

「いや、それでもさ。弾があっても使えないんじゃ発射できないでしょ」

グライダが「もちろん助けには行くけど」とつけ加える。

「発射の必要はないかもしれないですよ」

クーパーのその考えでコーランが思い至ったのは、

「セリファの魔力はほぼ無尽蔵。無尽蔵の魔力を放り込まれた大砲自体が暴発してもおかしくない」

許容量を超えた水を入れた袋が破裂するように、大砲を暴発させる。

地上をあっさりと吹き飛ばす様な威力を持った大砲を、そんな方法で暴発させたら。それこそどんな被害になるか見当もつかない。

「でもそんな事したらセリファが!」

「間違いなく命は無いな。とは言え其れでは此の地上の総てが吹き飛んで自分達諸共命は無かろう。命の心配をする意味は在るまい」

グライダを落ち着かせようとシャドウが冷静に告げる。あまり落ち着かせる効果はなかったが。

「……話は終わったか?」

これまで話に加わっていなかったバーナムが口を挟んでくる。元々頭脳労働は専門外と割り切っているバーナムだが、緊張感は全くない。

「ドコのドイツか知らねぇが、そいつをブッ潰さないとダメなんだろ。場所は分かってんだからとっとと行くだけだろ。敵が何だろうが知った事か」

非常にシンプルな、だがとても難しい事をあっさりと言ってのける。そこがバーナムの短所であり、長所でもある。

「ソウカ。コッチモ手勢ヲ集メテ攻メ込モウ。人ハ多イニ越シタ事ハ……」

ガナテンセンの力強い言葉を、クーパーは途中で遮る。

「お気持ちは有難いのですが、加勢よりも無事なお仲間の方々でこの町の事をお願いします。このような事故が町の、下手をすればこの世界のあちこちで起きている筈です」

車同士の衝突事故を指で差したクーパー。幸い目の前の件はぶつかっただけで済んでいるが、酷いケガ人が出ているケースもあるに違いない。その治療ができるのは無事な人達だけである。

魔族の性分としてこういう時には攻め込みたがる。

だが彼らの実力はよく知っている。たとえ敵が神でも何とかなってしまうのではないか。そう思って、クーパーの提案を受け入れた。

「……絶対妹サンヲ取リ戻シテ来イヨ」

ガナテンセンの言葉を聞いたグライダは当然、と言い切ると、さらに続けた。

「帰還パーティー会場、予約しといて」

 

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