<夢のはじまり>
うわっ!
――なに驚いてるの?
だって幽霊だよ。ボク初めて見たよ~。
――なに言ってるんだよ。鏡だってば。
え?
鏡に映るのは、たしかに幽霊と見紛うばかりに痩せこけた少女。
え? これ、きょっちー?
――うん……。
髪留めを口にくわえ、髪を束ねる少女らしいその仕草さえもなんだか痛々しい。
「あ」
少女の手にはごっそりと束で抜けた髪の毛。
「おろすと可愛いって兄ちゃんが言ってくれたのに……」
病気だったの、きょっちー?
――……。
「季衣、ご飯できたよ、食べよう?」
よかった、流琉は元気そうだね。
――元気なわけないよ!
え?
――流琉だけじゃない、みんな元気なかったのにボクのために元気なフリしてくれてたんだよ。
きょっちー。
――あの時のボクはそんなこと、気づきもしなかったけど……。
「ごちそうさま」
「またこんなに残して」
「だって美味しくない」
「季衣……」
え? だって一口しか食べてないよ。
――うん。
ずっとそんなことしてたの?
――うん。
それであんなに痩せちゃったの?
――うん。馬鹿だよね。みんなに心配かけて。……でもね、ホントに美味しくなかったんだよ。
嘘だ! 流琉のご飯が美味しくないわけない!! さっきのご飯だってあんなに美味しそうだったのに!
――ホントだよ。なに食べても美味しくなかったんだ……。
「兄ちゃんといっしょにご飯が食べたいよ……」
<夢のおわり>
scene-城の庭
「うん。いい感じだよ真桜ちゃん」
「穴はそれでええんか?」
「うん。すごいよ、ありがとう♪」
「あったり前や。こんぐらい余裕やで。せやけどどうせ栓つけるんなら穴なんていらんと違う?」
「ごめんね~。訓練で忙しかったのに」
「余裕やて言うたろ。こん穴の秘密も気になったしな。ボクっ子が教える前に暴いたるで!」
「ちょっと待て!」
「あ、たいちょ」
「兄ちゃん。どしたの?」
「真桜が季衣の穴の秘密を暴くなんて叫ぶから稟が」
「穢れを知らない秘穴に迫る真桜。その器用な指先が……ぶはっ!」
「短っ! ずいぶんと直球な妄想やな」
「まだいいよ。こないだなんてボクが流琉襲う妄想してたんだよ」
「うわ~」
「しかも妄想のボク、生えてた……」
「ボクっ子だからってそらアカンやろ?」
「いや、逆にアリかもな?」
「兄ちゃ~ん!」
「はははは。冗談だ」
「たいちょが言うと笑えんで」
「トントンしますね~」
「じゃ風、稟頼む……で、なんの話してたんだ。……こないだの矢傷じゃないよな?」
「あんなのもう完治したってば~。真桜ちゃんに作ってほしいものがあってお願いしてたんだよ~」
「せや。作るんは簡単やったけど使用目的がちょい謎なんや」
「秘密だよ~」
「どんなのなんだ?」
「あ、兄ちゃんが見たらすぐわかっちゃうからダメだよ。でも、たぶんすぐに見せてあげられるから待っててね」
「そうか。楽しみにしとこう。って、あれ? 向こうにいるのは……」
「秋蘭~。どっか行くのか~?」
「ああ、劉備達の兵が国境付近をうろついているという報告があってな。流琉を連れて、これから偵察に行くところだ」
「え? でも、劉備達はいま、南蛮と戦ってるって……?」
「北郷、劉備達も、今この瞬間に連中と戦っているわけではないのだぞ」
「……あ、そうか」
「まあ、孫策達も細かな偵察は入れてきているようだし、我々も連中の領に間諜を送っている。どこも同じという事さ」
「孫策の所には霞が行ってるんだっけ……?」
「そのはずだ」
「あれ? 秋蘭さま~。お出かけですか?」
「うむ。少々、定軍山まで出掛けてくる。流琉を借りるぞ?」
「定軍山?」
「秋蘭さま、準備出来ました……って、季衣?」
「うん。流琉!」
「わかってるよ、季衣」
「なんや? 二人の世界つくって。こらさっきの話の稟妄想、案外アリなんか?」
「にゃ? あ、真桜ちゃんに頼んでた例のアレ、できたから」
「そう。それじゃ帰ってきたら」
「そうだね。華琳さまにお願いしてみるね」
scene-一刀の部屋
「まだ兄ちゃん起きませんか?」
「ええ。急に倒れるなんていったいどうしたのかしらね」
「あの、華琳さま!」
「どうしたの? 季衣」
「あ、あの……」
「あなたらしくないわ。ハッキリしなさい」
「……秋蘭さまと流琉が心配です」
「あら? 一刀じゃなくて?」
「兄ちゃんはたぶん、今はまだ大丈夫です」
「今は?」
「はい」
「……理由を話してもらえる?」
「今はまだ。流琉が帰ってきたら聞いてもらえますか? 兄ちゃんといっしょに」
「春蘭はいいの?」
「できれば他の方は華琳さまが聞いた後に説明していただいた方がいいです。ボク、説明下手だし」
「そう。よほどの事なのね」
「とっても大事なことです!」
「わかったわ。流琉が戻り次第すぐにでも聞きましょう」
「ありがとうございます!」
scene-定軍山
「何人残っている?」
「九割くらいかと」
「この手勢でよく保った。流琉が伏兵に逸早く気付いたおかげだな」
「罠の設置はかなり進みました」
「言う通りに工兵隊も連れてきて正解か」
「いたぞっ! 夏ぐあっ!」
「設置した側から掛かるとは……」
「仕掛けがいがありますね!」
「しかし森の中を逃げ回っても埒が開かんな……」
「でも、平原は騎馬隊が待ち構えてる可能性が高いです」
「……」
「秋蘭さま?」
「お前をここで死なせるのは華琳さまにとって大きな損失だな」
「え? あ、あの……」
「罠を大量に仕掛けたとはいえ、いずれ使えぬようになる。そんな状況で待つだけでは兵の消耗も激しいぞ」
「きっと援軍がきます!」
「無事か、秋蘭!」
「流琉、大丈夫っ!?」
「季衣!」
「姉者……どうして、ここに……!」
「北郷が教えてくれたのだ。平原の敵軍は追い払ったぞ! 華琳さまも来ている。お前達の無事な顔を見せよう」
「霞ちゃんも来てるから早く行こう! 霞ちゃん追撃したくてウズウズしてるから!」
<あとがき>
夢編は暗い話が多いですが、本編は暗くなりませんので。
次回ようやく二人の正体と目的が判明する予定です。
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タイトルの『対』は『たい』じゃなくて『つい』です。
4話目、定軍山編です。
あいかわず短いです。
<夢のはじまり>~<夢のおわり>の間は季衣の夢です。