No.111643

真・恋姫†無双:Re ~hollow ataraxia~ 第一章 2-2

rikutoさん

※注

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2009-12-11 19:03:27 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:4809   閲覧ユーザー数:3814

この道をゆけば、もはや引き返せはしない

 

されど、ゆかねば我が存在は無為

 

去るものは去れ

 

我と共に朽ちる覚悟のあるものだけ、共に来い

 

我が身は剣となって道を切り開こう

 

我が意志が盾となって皆を守ろう

 

進もう

 

我らが目指した理想郷へ

 

賽は投げられた

 

 

                   Face None Emperor

 

 

「……さすがに寝ないと死ぬ」

 

夜。宵の口。

三日ぶりに一刀たちの部屋に帰ってきた紫虚はそう言うなり、寝台に倒れこんだ。

 

「……で、これをどうしろと」

 

一刀達三人は、帰ってきた紫虚に、両手で抱えて前が見えなくなるくらいの竹簡を手渡された。

とりあえず、それを部屋の机の上におく。三人分の竹簡をまとめると、まさに山積み状態だった。

 

「………たぶん、一刀と星に、処理しろ、ってことだと思、う」

「……だよなぁ」

「……これを、か?」

 

竹簡の山を前に、ヒナがいい、それに対して一刀と星がそれぞれの思いを口にする。

 

ここ、成都の一角にある厳顔の屋敷に来て、幾日かが過ぎた。

元々、紫虚は政務というものを星に経験させようと思い、厳顔の誘いに応じたのだ。

紫虚は厳顔の仕事を手伝いながら、その中から簡単そうなものを選んで、星たちにやらせていた。

 

いたのだが。

 

厳顔にまわされてくる仕事の量が異常だった。

忙殺という言葉どおり、厳顔はここ数日、自らの部屋に篭って外に出ることすら出来なかった。

紫虚も、夜寝る時以外に星たちと顔を合わせることがないほどだった。

そして、大きな案件が回ってきていたらしく、三日前から紫虚も厳顔と共に缶詰状態になり、部屋に帰っていなかったのだ。

様子から見るに、三日間、完全な徹夜だったようだ。

 

眠った様に死んでいる……もとい、死んだように眠っている。

 

「とりあえず、こうしていても始まらないから、なんとかしよう」

「なんとか、といっても……いや、一刀のいうとおりだな。みていても始まらぬか」

「………がんば、れ」

 

三人は腹をくくり、適当な竹簡を手に取り、作業に取り掛かる。

ちなみにヒナは応援係だ。

 

「……なんだ、これは」

「どうしかしたの?星」

 

と、作業始めてまもなく、星が唸り声を上げた。

どうしたのか、と一刀が星のやっている竹簡を覗き込む。そして、すぐにその顔が険しくなる。

 

(……これは、どう考えても星や俺に回したものじゃないな)

 

一刀はそれをみて、そう判断した。

 

内容が、難しすぎるのだ。

 

一刀の経験からして、これは太守か、それに準じる重鎮クラスの判断が必要なものだった。

つまり、この場合は、厳顔の仕事。状況からみて、紫虚がやろうとしていたのか。

 

そこで一刀はあることに思い当たり、山済みの竹簡を漁り始める。

 

そして、その一部のほとんどが重要な案件であることを確認すると、一刀は確信した。

 

「……やっぱり」

「どうしたのだ、一刀」

「星。それはたぶん、師匠がやろうとして持ってきたものだ」

「師匠が?」

「うん。これ。ヒナが渡された分なんだけど、明らかに俺たちが手を出していい問題じゃない」

 

そういわれて、星もいくつかの竹簡をみるが、内容の半分も理解できなかった。

 

一刀の考えは間違っていなかった。

そもそも、今までヒナは一刀と星の鍛錬に携わっていない。

それはこの作業についても同じことだ。

つまり、星と一刀に渡した竹簡とは別に、今回は紫虚が自分用に持ち帰った竹簡があったのだ。

 

一刀たちは、受け取った竹簡を机の上に適当に置いたので、多少は分かれているが、いくらか混ざってしまっている。

 

「師匠を……起こすのは無理だよなぁ。可哀想だし」

「しかし、そうする他あるまい。急ぎのものが混ざっていたりしたら大事だ」

「う~ん……」

 

一刀はざっと目を通してみたが、そういったものはなさそうだった。

否、今すぐ処理しなければいけないものはないというだけで明日中にはやっておかなければならない、と思われるものはいくつかあった。

 

紫虚の状態からして、このまま放置するのは確かにまずい。

 

「……仕方ない、か」

 

一刀の目に、星が知らない光が点る。

 

「星、これは俺がやるから、分からないのがあったら俺に回してくれ」

「何をいっているのだ一刀。今自分で、私たちに出来る問題ではないといったではないか。第一内容もわからないのに――」

「それなら心配ないよ。内容はわかる。もちろん、最終的な判断は師匠たちに任せるけど、その手前まではなんとかできる」

「……分かる、……のか?これが?」

「うん。一応天の――(よく考えたら、わざわざ天の御遣いで通す必要なくないか?)……星たちに会う前は、俺はこういうことを主にやってたから」

「一刀、お主は一体……」

「えーっと……」

 

一刀は返答に困った。やっぱり天の御遣いで誤魔化すしかないのだろうか。

星に嘘はつきたくないのだが、どうにも上手く説明できない。

そう思っていると、ヒナから助け舟が出された。

 

目線で"私に任せろ"といっているので任せてみた。

 

「………星。実は、一刀は遠い異国の白馬の王子様だった、の」

「……一刀がか?」

「………う、ん」

 

しかし助け舟は泥舟だった!

 

「………それはもう、夜な夜な国中の、女の子を、閨に招いて――」

「ヒナ……少し……頭冷やそうか……?」

「………(ビクゥッ)」

 

ズルズル……

 

一刀がヒナをつれて(引きずって)部屋の外に消える。

 

一刀が帰ってきた。

 

ヒナは帰ってこなかった。

 

星は、一刀の発する異様な雰囲気に、ヒナがどうなったのかを聞くことが出来なかった。

 

「とにかく、大丈夫だからやるぞ」

「う、うむ……。承知した」

 

一刀は何事もなかったかのように、政務を再会する。

 

(全く、あのヒナの悪癖は今の内に直さないとな。状況によっては俺、殺されるぞ?)

 

例えば春蘭とか思春とか。話が通じない、もとい冗談が通じない人たちが相手だと洒落にならない。

 

そんなことを考えると、次々に彼女達の姿が脳裏に浮かんだ。

春蘭に殺されそうになったり。

思春に殺されそうになったり。

焔耶に殺されそうになったり。

○○に殺されそうになったり。

 

……ちょっと殺されそうになりすぎじゃない?

 

(……会いたいな。皆に)

 

この大陸のどこかにいる、今は記憶の中にしかいない女の子達に思いを馳せる。

 

「一刀?手が止まっているぞ。やはり無理なのではないか」

「え?ああ、ごめん。ちょっと考え事してただけだよ」

 

星の持ってきた竹簡を受け取る。

星は自分の席に戻り、一刀も止まっていた手を動かし、作業を再開する。

 

ふいに、頭に何かが過ぎった。

 

(白馬王子……なんか引っかかるんだけどなんだろう?)

 

………………………

 

(まあ、いいか。思い出せないことなら、どうせたいしたことじゃないだろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――幽州涿郡某所

 

 

「ぺぷしっ!」

 

「どうしたのパイパイちゃん?」

 

「白蓮だ!何回言ったら、ちゃんと覚えてくれるんだ桃香……」

 

「えへへ、ごめんね」

 

「まあいい。よくないけど。ずずっ……もしかしたら誰かが私の噂をしてるのかもな。可愛くて賢くてすごい存在感のある子がいるとか。……なんてなw」

 

「あはははははははははは、白蓮ちゃんおもしろ~いwwwwww」

 

「……そこまで面白いこといったか?私」

 

 

―――益州成都の一刀達の部屋

 

 

翌朝。

窓から差込む朝の日差しで目を覚ました紫虚は戦慄した。

 

(やべぇ!!!寝過ごした!!!)

 

 

――誰にでもあるのではないだろうか。そんな経験。

 

状況にもよるが、本当に全身に電撃が走るというか、悪寒が走るというか。

そのときの恐怖といったら、作者は口からでた魂の口から魂がでそうになってしまいます。

ネボウコワイネボウコワイ。話が逸れました。

 

――閑話休題

 

 

紫虚は気だるい体を無理やり起こし、部屋の中を見回す。

星たちは寝台で丸くなって寝ていた。

部屋の中にある机の上に、綺麗に分類された竹簡が積み上げられていた。

恐らく、自分達でできる分と、出来ない分で分けたのだろう、と紫虚は考えた。

 

弟子達に、何で起こさなかった!なんてことはいえるわけがない。完全に八つ当たりだ。

そんな大人げのない人間ではない。

 

(しかし、間に合うか……)

 

昨夜、一刀が予想したように、紫虚は自分の分の仕事も持ち帰っていた。

本当に限界だったため、少し寝てから、仕事を片づけようと思ったのだ。

しかしそれが間違いだった。

 

今日の昼までに終わらせなければならないものもある。

紫虚はまだ疲れの残る頭と体に鞭打って竹簡を確認していく。

竹簡は見事に二分割されていた。

そして、それを確認した紫虚は驚愕することになる。

 

(……おいおい、なんだこれは、俺は寝ぼけてんのか?それともまだ夢の中にいるのか?)

 

紫虚の考えた通り、竹簡は一刀たちにやらせるつもりだったものと、自分でやるつもりだったもので分けられていた。

そして一刀たちの分はしっかり終わっていた。

 

ここまではいい。

 

曲がりなりにも紫虚の弟子なのだ。いきなり竹簡の山を渡されたからといって、どうしていいか分からず放置する、なんて子供みたいな真似はしない。ちゃんと自分で考えて、自分で行動するくらいのことは出来る。紫虚はその程度には二人を信頼し、理解していた。

 

紫虚が驚いたのは、自分の分の竹簡もほとんど全て終わっていたことだ。

 

次々に目を通していくが、紫虚の目から見ても的確で、なんの問題もなかった。

むしろ、モノによっては"自分がやるよりも良いのでは?いや、良い"と思うものもある。

そして、重要度の高いものは、最終的な判断は紫虚に任せる、といわんばかりの状態。

妖精さんからのささやかなご褒美というレベルではない。

これなら、昼までどころか、半刻程度で終わる。

 

紫虚は呑気そうに寝ている弟子達を叩き起こした。

 

「う~……愛紗、もう少し寝かせてくれ……」

「なんですか師匠……私たちは明け方まで起きていたので眠いのですが…………」

「………Zzz」

 

一刀の寝言は色々危ない気がするが、紫虚はそれどころじゃないし、他の二人は寝ぼけて(一人は寝ている)聞いていない。

 

結局、起きたのは星だけだったので、紫虚は星に事情を説明させた。

 

「おい、これはどうなってるんだ?」

「……何か問題があったのですか?」

「いや、問題はない。むしろ助かった。だから、これはどうしたんだ、と聞いてるんだ」

「……それは一刀がやったのです」

「一刀が?」

「ええ。一刀は白馬の王子様なのだそうですよ」

「なんだそりゃ」

「私に聞かないで下さい。とにかく、師匠は起きる気配がなかったし、一刀が出来るといったので、私は様子を見ることにしたのですが……問題がなかったというのなら、なによりですな」

「出来るって……お前これがどういうもんかわかってるのか?」

「わかるはずがないでしょう。……それほどのものなのですか?一刀は割と軽くサクサク手を進めておりましたが」

「サクサクって、マジか」

「マジです」

「何者だよ、こいつ……」

「天の御遣いで白馬の王子様であなたの弟子ですな」

「胡散臭すぎだろ」

「胡散臭すぎですな」

 

二人して一刀の寝顔を眺める。

その姿は、子供らしい、とても平和なものだった。

 

 

 

そんな目覚めの朝からしばらくして。

 

「おい、桔梗。生きてるか?」

 

紫虚は一刀たちを連れて厳顔の部屋に訪れた。

そして、その部屋の光景に一刀は絶句した。

いたる所に山積みになっている竹簡の山。竹簡の山。山。山。

 

(ここが桔梗の部屋?物置の間違いじゃないのか?)

 

一刀がそんな失礼なことを考えてしまうほどに酷かった。

呉の大都督だった頃、あるいは魏の覇王・曹操の部屋で、これに近い風景を見た記憶もあるが、それでもここまでじゃない。

 

(っていうか、こんなのに囲まれて生活してたら発狂するって、ホントに)

 

一刀は厳顔の心配をする。

部屋の奥。竹簡の森の合間に厳顔の姿を見つける。厳顔は一心に竹簡を処理していた。

 

「……紫虚殿か。昨夜は良く寝られたようですな。早速で悪いのですが次の案件を……」

 

厳顔はやつれていた。言葉にも生気がない。みていて気の毒なほどだ。

 

「てめぇ、あれだけいったのに、結局寝てないな?」

「……寝ましたとも」

「どのくらいだ」

「……少し」

「少しって、どのくらいだ」

「……そんな話をしている場合ではありませぬ。見てのとおりの状況なのです。邪魔をするなら帰ってくだされ」

 

厳顔の言葉がきつい。よほど余裕がないようだ。

会話をする間も、手元から目を離そうともしない。

そんな厳顔の姿に、紫虚が呆れたように溜息をつく。

 

「……桔梗、とりあえず、絶対すぐ終わらせなきゃいけないのはどれだ」

「……この机の上にあるものと、そこに積んであるものです。他にも急ぎのものはありますが、とりあえずはそのくらいですな」

「期限は」

「今日の夜までには」

「わかった」

 

そういうと紫虚は厳顔に近寄り、当て身をくらわせた。

 

「かはっ……」

「ちょっ!?」

「師匠!?いくらなんでもそれはやりすぎです……」

 

厳顔は紫虚に当て身をくらい、崩れ落ちたところを紫虚に抱きとめられる。

突然の紫虚の行動に、一刀たちは驚く。

 

「こいつは三日どころか、俺たちが来てからほとんど寝てない。よくやる、といってやりたいが、こんな無理をしてたら取り返しのつかないことになりかねん」

 

そういわれて、一刀たちはさらに驚く。

忙しいとは聞いていたが、まさかそこまでだったとは。

 

しかしいくらなんでもそんな人間に当て身は、ない。

 

紫虚が力加減を間違うなどということはないと思うが、完全に意識を失っている厳顔の無事を祈るばかりだ。

紫虚は、部屋の隅で竹簡に埋もれている寝台に厳顔を寝かせる。

 

「しかし、大丈夫なのですか?話を聞く限り、かなりの量があるようですが?」

 

星が師匠に訊ねる。

 

「ああ、期待してるぞ一刀」

 

「え、俺?」

 

突然の無茶振りに間抜けな反応しかできない一刀。

 

「俺が持って帰ったあれが出来たんだ。出来ないとはいわせねえぞ。というか、ここまでしたんだ。今さらお前に出来ないとか言われたら俺が困る。目を覚ましたら桔梗も困る」

 

「いや『ここまでしたんだ』とかいわれても、したのは師匠ですからね?」

 

なんて行き当たりばったりな真似をするんだ、この人は。

一刀は改めて紫虚の滅茶苦茶ぶりを認識するのだった。

とはいえ、一刀は厳顔のやつれた姿を見たときから、その気になっていた。

 

「……まぁ、出来る限りのことはやるけど。もちろん、師匠もやってくださいね?」

「あたりまえだ。さすがにそこまで鬼じゃねぇよ」

 

紫虚は一刀の働きを期待して。

一刀は心の中に、熱い静かな炎を灯して。

紫虚たちは政務に取り掛かった。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「……マジか」

「………………」

 

本気になった一刀の仕事っぷりをみて、紫虚は呆気にとられ、星は絶句していた。

 

「星、そっちの竹簡とって。ヒナはそっちの。師匠、それが終わったらこれやってください」

「………こ、れ?」

「うん、それ。ありがとう」

 

 

作業開始から数刻。既に厳顔が指定した書類は処理済だった。

 

途中休憩を挟んで、作業を再開。

 

一刀のことはばれるとまずいので、紫虚が厳顔の側近の文官に聞いて、次に優先度の高いものに手をつけている。

文官は処理済になった書類の束と、寝ている(気を失っている)厳顔をみて、大いに驚いていたが、紫虚は適当にごまかした。

 

そして、夕刻。

 

厳顔が目を覚ます頃には、実に、紫虚たちが三日間徹夜してこなした量に匹敵する政務が片づけられていた。

 

意識を取り戻した厳顔は、自分の状況を思い出し、真っ青になった。

しばらく呆けていたかと思うと、涙まで流し始めた。

 

真剣泣きだった。無表情で涙を流す厳顔の姿は怖かった。

 

次に、紫虚に本気で怒り、室内で豪天砲の雨が降る大惨事になりかけた。それは何とか未然に防げたが。

取り乱す厳顔をなだめ、落ち着かせ、事情を話す。

厳顔は話を聞いて信じられないという表情だったが、実際に仕事が終わっているのを確認すると、驚き、また呆けていた。

 

「これを……一刀がやったというのですか?」

「ほとんどな。後はお前の承認が必要なものはお前の机においてある」

 

厳顔の机の上にはいくらかの竹簡が積まれていた。

割と数があるが、意識を失う前に比べたらとてもさっぱりとしたものだった。

 

厳顔はふらふらと、どこか夢の中にいるような足取りで机に近づいて座り、竹簡に目を通し、印を押していく。

 

ペタン

 

ペタン

 

ペタン

 

ペタン

 

……

 

…………

 

………………

 

業務終了。

 

「………………」

 

「「「「………………」」」」

 

厳顔は、綺麗になった机上を見つめ、ボーっとしている。

紫虚たちは、そんな厳顔をボーっと見つめている。

ヒナは最初からボーっとしている。

 

 

カコーン……

 

 

ここが日本の料亭なら、そんなししおどしの音が似合いそうなほど穏やかな空間だった。

しばらくして、厳顔が正気をとりもどし、一刀に向かっていった。

 

「一刀、わたしの養子にならんか?」

 

ゴンッ

 

「……なにをなさる紫虚殿」

「なにをなさる、じゃねぇよ。いい加減目を覚ませ」

「目を覚ませ……ああ、やはりこれは夢なのですな。このようなことがあるはずがないですからな」

 

ゴンッ!

 

「……痛いではないですか」

「目が覚めたか?」

「目が……ああ、やはりこれは(ry」

 

 

その後。

ようやく事態を受け入れた桔梗と共に食堂に移り、一刀たちは五人で食事をとっていた。

 

「あまり無理をしないでくれよ?効率を考えるのも大切な事だから、休むことも立派に大切な仕事なんだ。」

「すまぬ。肝に銘じよう。しかし本当に助かった。礼を言うぞ、一刀。紫虚殿に星にヒナも」

「役に立てたのならうれしいよ、桔梗」

「まさか一刀があそこまでだとは……俺もさすがに驚いた」

「私はほとんど何もしておりませぬ……」

「………私(の一刀)にかかれば、ちょろ、い」

 

一刀達はそんな会話をしながら、食事を取る。

 

ちなみに、一刀は桔梗に天の御遣いと認識された。

どうやら紫虚から話を聞いたらしい。

いきなり畏まった態度をとろうとしていたので、一刀はそれを止めた。

だが、一刀のことを認め、底知れぬ器の大きさに感じ入った桔梗はいまひとつ納得いかなかったらしい。

 

妥協点を話しあった結果、一刀の目上に対する話し方をやめて、話しやすい口調で話す事になった。

そして、見た目は子供の一刀にお説教をされることになった桔梗たち。

一刀は、あんなにやつれて、それでも一人で何とかしようとしていた桔梗に、少し怒っていたのだ。

 

「でもまだ残っているのがあの量だからなぁ……」

「確かに。だが一刀が力を貸してくれるならまさに百人力というものよ」

「一刀があれだけ政務をこなせるんなら、ちったあ、なんとかなるんじゃねえか?」

「いや、それはさすがに無理だから。あれで全部なら話は早いけど、違うんだろ?」

「うむ……」

「そうだな……」

 

一刀のおかげで、緊急のものがほとんど片付いたとはいえ、厳顔の部屋に詰まれている書類の山は健在なのだ。

 

「というか、あの量はおかしいだろ?桔梗は太守だよね?あんなの、一地方の太守がやるような仕事の域を完全に超えてる。可能なら、その辺りの説明をしてほしいんだけど……」

「太守の仕事の域を越えてるとか、まるで太守をやったことがあるような口ぶりだな」

「……えーっと」

「………一刀は、白馬の王子様だったか、ら」

「侮れねぇな、王子」

「おみそれ入りました王子」

「……もうそれでいいよ」

 

紫虚にそんな事を突っ込まれたが、ヒナの言葉に紫虚も星も納得している。

 

何かもう、どうでもよくなった。

 

そして、桔梗は話せる範囲で今の状況を一刀に説明する。

それを聞いて一刀が少し考え込み、桔梗に質問をする。

 

「ってことは、今の桔梗には州牧並みの権限があるってこと?」

「まぁ、おおむねは間違っておらぬ」

 

――天命は我にあり

 

それを聞いた一刀は本格的に計画を立て始める。

今、かつて大陸に覇を唱えた北郷一刀の、洗練された能力が発揮されようとしていた。

 

「とりあえず目的をはっきりさせよう」

「目的?」

「うん。桔梗は、益州の民の不満が溜まっていたから、上申した。そうしたら劉焉って人が、そんな事をいうなら桔梗にやってみせろといってきた。あってるよね?」

「う、うむ。それもおおむね間違っておらんが……一刀?」

「なら、内政に力をいれて、民の不満を解消すればいいのかな。ああ、でもそれじゃ一時凌ぎにしかならないか……。もっと根本からなんとかしないと……」

 

完全に一刀がその場を仕切っている。

一刀にはこの日、驚かされてばかりだが、更なる急変に紫虚達はうろたえる。

 

その姿のなんと堂に入ったことか。

 

一刀の雰囲気に呑まれ、いつのまにか桔梗達は、その状況を自然なものとして感じるようになっていた。

 

「確認だけど、桔梗の立場は益州巴郡の太守のままなんだよね?」

「うむ」

「今の状況は緊急時の一時的な措置みたいなものか……。でも話を聞く限り……」

 

一刀の記憶では、劉備たちと益州に入ったときは、劉璋たちが後継者をめぐって内部で争い、完全に人心が彼らから離れていたため、それを利用してこの地に納まることになった。

ここが基本的に一刀の知る外史と同じものなのであれば、その時期まで劉焉はこの地の州牧で在り続けるということになる。

ということは、劉焉という人物いかんによっては、今の状況の抜け出し方も変わってくる。

 

「その劉焉って人はどうなのかな?ダメというか、その……無能な人なの?」

「……いや、能力という意味ではずば抜けて有能な方なのだがな。色々あって、少しひねくれておるのじゃ」

「色々?」

「それは話せば長くなるし、私も詳しくは知らぬのでな。だが、基本的に、自ら進んで仕事をしようとはしない。政治に関して無関心、というわけではないのだがな。似たようなものだと思ってかまわん」

「……よくわからないけど、わかった。自分勝手でわがままし放題だったり、賄賂とかで私服を肥やしたり、蜂蜜だったりおーっほっほだったりするわけじゃないってことだな」

「うむ、そういう人物ではない」

「なら、打つ手はあるな」

「なんと……何か妙案でも思いついたというのか?」

「妙案って程じゃないけど。まず目的は、内政を改善して、その後、桔梗を元の巴郡での太守の仕事に戻す事。それで問題ないかな?」

「問題はないが……」

「簡単にいうじゃねぇか。それがどういうことかわかってんのか?」

 

あまりに自信に満ちた一刀の発言に、紫虚が聞いた。

 

「わかってますし、簡単だとは思っないです。だけど、なんとかするしかないんでしょう?聞いてる限り、劉焉って人なら、桔梗が無理だから帰らせて下さいっていえば、案外帰してくれそうな気もしますけど……。その場合、益州の人たちを見捨てることになる」

「その様な真似が出来るか!いくら一刀でも私を侮辱するというのなら許さんぞ」

「だよね。そんなこと思ってもないから落ち着いて桔梗」

「……むぅ」

「師匠にも協力してもらうし、桔梗にはだいぶがんばってもらわなきゃならないけど、大丈夫かな?」

「もとより、それが私の仕事だ」

「てめぇは誰に口を聞いてるんだ?あんまり大人をなめんじゃねぇぞ」

「なんにしても、まずは溜まっている政務を片づけてから――」

 

そして、一刀の考えを聞きながら、三人は話を詰めていく。

その話し合いは、食事を終えた後、夜遅くまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナ、私は要らない子なのだろうか………………」

「………星、どんま、い」

 

話についていけない星は、一人やさぐれていた。

 

 

それから少しの月日が流れる。

 

「………なんという、ことでしょう。あの、活気のなかった街並みが、今ではこのとお、り」

「どこに向かって、誰に、何をいってるんだヒナ……」

「………ヒナじゃな、い。今は、キャサリンよ。マイケ、ル」

「誰だよ」

「落ち着け一刀。ヒナが浮世離れしているのは今に始まったことではあるまい」

「………星に、浮世離れしてるって、いわれ、た」

 

不本意だ!といわんばかりに落ち込むヒナ。相変わらず表情はあまり変わらないので見た目では区別がつかないが。

 

「ヒナではないが、実際すごいものだ。とても同じ街とは思えん程の活気ではないか」

「……うん。まぁそうだね」

 

三人は街に来ていた。

あれから、一刀は桔梗達と人事から各部署の仕事の改革、様々な新たな政策の実施、改善などを行い、成都をはじめ、民衆からの支持もかなり高まり、街は見違えるほどの活気がでていた。

桔梗たちは、今の状況を喜び、一刀を褒め称えていたが、一刀は今一つ素直に喜べなかった。

当初の目的はほぼ達成した。

各所の仕事を適正化し、効率もよくなった。桔梗が戻れる日も近いだろう。

 

思ったより、私欲のために不正を働くような、腐った役人が少なかったのにも驚いた。

状況からして、もっと内部もドロドロした状態だと思っていたからだ。

そのおかげで、一刀の想像よりずっと早く、街の建て直しが進んだ。

 

けれど、これが時勢というものなのか。

 

一刀に知識があっても、それが今の状態では実現できない、という事が多々あった。

上下関係や、王朝の体勢などで不可能な政策も多かった。

一刀たちは精一杯やり、益州は見違えるほど活気がでていたが、逆に言えば、そこが限界だったのだ。

 

今のままでは、どうしても乱世は避けられない。

 

成都で過ごした日々の中、一刀はそんな事を、漠然と感じてしまったのだった。

 

「しかし、一刀がこのような能力を隠していたとは思わなかったぞ」

「別に隠してたわけじゃないよ」

「一体どこであれほどのものを学んだのだ?」

「……俺に学問を教えてくれた師匠達が、とてもすごい人ばかりだったからね」

 

あれからというもの、星は、一刀と一緒に勉強会を開いたりしている。

先ほども、本屋を覘いて、何かよい書物がないかみてきたところだった。

 

「○×△□※&%◆~~ッ!?」

「★□△○×っ!」

「○×△□※&%◆っ」

「★■※@▼●∀っ!!」

 

そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、通りの先のほうから、激しくいい争う様な喧騒が聞こえてきた。

 

「街が賑やかになっても、騒動はなくならぬか」

「むしろ、賑やかになったからこそ、ともいえるね。どうする?これだけ人目につく場所なら、警備隊もすぐに駆けつけてくると思うけど……」

「愚問だな一刀」

「ですよねー。……はぁ」

「いくぞ、『華蝶仮面ちるどれん』出動だ!」

「………私、も?」

「当然だ。連者名を考えたのもヒナではないか。我ら三人そろってこその華蝶連者だ」

「………………」

「……あきらめよう、ヒナ。こうなった星は止められない」

「………別に、一刀がいいなら、いいけ、ど」

「……?」

 

ヒナが何かを含んだような言い方をしたが、このときの一刀にはそれが分からなかった。

一刀は、安請け合いをしたことを、すぐに後悔することになるのであった――。

 

現場に駆けつけると、ゴロツキ風の男達が殴り合いをしていた。

商人達は店の中に引きこもり、通行人は完全に足止めをくらって、遠巻きに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――華蝶仮面物語があまりにも本編から逸脱した内容になったため、省略させていただきます。

 

こちらの内容は番外編をお読みください――

 

 

 

「あれ?ヒナは?」

「はて?先ほどまでそこにいたと思ったのだが……まぁ、ヒナなら心配はあるまい」

「それもそうか」

 

華蝶仮面として騒ぎを鎮め、人通りの少ない路地裏に退避した一刀達が仮面を外そうとしたその時、突然背後から声がかけられた。

 

「お前たちが街で噂になっている華蝶仮面か?」

 

二人は驚愕した。

仮面を外そうとしていた手を止め、慌てて後ろを振り向けばそこに、目元を残して、顔全体を隠すように覆っている、真っ白な仮面をつけた男がいた。

それは、先ほどの戦いに、乱入してきた男だった。

 

(バカな……全く気配を感じなかった)

(星でも気づかなかったのか……一体何者なんだ?)

 

動揺を悟られぬよう、星は平静を装って言葉を返した。

 

「誰かは知らぬが、先ほどは助かった。助太刀感謝する」

「なに、気にするな。我もなかなか楽しませてもらったぞ。庶人の間で人気者になるのも頷けるというものだ」

「えー……」

「むっ、その反応は何だ一華蝶」

「いや、だって、ねぇ?」

「何が、ねぇ?だ。いいたいことがあるならはっきりいわんか」

「……いっていいの?」

「ああ、いってみろ」

 

チャキッ

 

「何の問題もないね」

「そうだろう?」

 

一刀は首筋に当てられた、龍牙の冷たさにあっさり屈した。

力なきものは何もいえない不条理が、まかり通るのが今の世の中なのだ。

改めて、世の中を変えなければいけないと決意する一刀であった。

 

「ははは、なかなか面白い子供達だな。名はなんという?」

「そういうあなたは何者ですか。善良な一般庶民というわけではなさそうですが?」

 

一刀がそう問いかける。星も一刀もいつでも動けるように警戒態勢だ。

殺気や害意などは感じない。しかし、何気なく振舞っているが、この人物がただ者ではないことは感じていた。

 

「ほう?それがわかるか。まぁ、我くらい高貴な人間になると纏っている気配がそうなってしまうのも仕方ないというものか。全く難義なことだ」

 

一刀の言葉を、全く見当違いの方向に解釈して、ふぅ……と溜息をつく謎の男。

いろんな意味で危険人物だった。

 

「そう警戒するな。別にとって食ったりはせぬ。我は白"ハク"と名乗っている」

 

明らかに偽名だった。そのくせ、名乗ったのだからそちらも名乗れ、とばかりに振舞っている。

 

「では私は"趙々"とでも名乗っておこう」

(……ちょうちょうって、それはどうなんだろう星)

「えーっと、じゃあ、俺は一"いっちー"で」

(……一刀、なんだその馴れ馴れしい名は。もう少しマシな偽名を思いつかなかったのか?)

 

一刀と星は互いに互いの偽名を心の中で罵りあう。どっちもどっちだった。

 

そうして、偽名で名乗り返して相手の出方を見ることにした。

一刀と趙雲はどんな反応を見せても即座に反応できるように相手の挙動に気を配る。

 

「そうか、では趙々といっちーとやら、少し我に付き合うがいい」

 

しかし、白の行動は予想外のものだった。

 

偽名であることなどまるで気にしていないかのようにその名を呼んで、さらに踵を返して歩いていく。

突然話しかけてきて、突然立ち去ろうとしている。否、付き合えといってきたからには自分についてくると思っているのか。

一刀と星は予想外のことにどうしたものか戸惑っていると、白が声を上げた。

 

「何をしている、おいていくぞ?」

 

そういって白が一度振り返り、また歩き出す。

今度は立ち止まらない。ついてきてもついてこなくてもかまわない、と思っているのか。

いや、恐らく彼は二人がついてくるのが当然と思っているのだ。

 

そんな傲慢な謎の男に一刀と星は迷うものの、とりあえずついていくことにしたのだった。

 

 

 

やってきたのは町の一角にある食堂だった。

どうやら食事でもしながら、ゆっくり話そう、ということらしい。

 

「ほら、何をしている。ああ、金のことなら心配することはない。見ての通り我は金銭には困らぬ身でな。好きなものを頼むといい」

 

「「………………」」

 

一刀と星が白についていくことを決めたのはヒナのこともあったからだった。

恐らくヒナは白の存在に気づいて、姿を隠したのだ。

ヒナのことだ。何かあれば、紫虚を呼ぶなりしてくれるだろう。

 

「ふむ。ここは周りに倣ってラーメン辺りを頼むとしようか」

「では私もそれで。メンマを大盛りで」

「俺もラーメンで。メンマは普通でいいです」

 

白は尊大な態度の割りに、庶民的だった。

 

ラーメンが来るまでの間、白は一刀と星に様々な質問を投げ掛けた。

また、いちいち相手が年長ということで、丁寧な口調で話す二人に、話しやすい言葉遣いでいいといってきた。

 

そしてラーメンが来た。

 

「ぶっ!?」

「いっちー、汚いぞ」

 

一刀達は仮面をつけたままだった。

一刀と星は目元だけの仮面であるため問題ないが、白は目元意外を覆う仮面なのだ。

一刀は、どうやってラーメンを食べるのかと思って見ていたところ、仮面の口元が開いた。

 

機械仕掛けのようにカシャンカシャンって。

 

道化のような目元と口元。笑みを浮かべているような空洞が出来上がる。

 

あまりの出来事に一刀は面食らい、口に運んだラーメンを噴出し、星に怒られた。

 

三人はラーメンを食べながら会話を続ける。

 

そんな白に、星と一刀も興味を持ちはじめ、いろいろと質問をした。

 

互いに偽名を名乗り、決して全ては話さない。

 

なのに、会話は途切れることなく、むしろ弾んでいった。

 

それは不思議な空間だった。

 

白の持つ独特の雰囲気がそうさせるのか、一刀と星はいつの間にか、白に対しての警戒が緩んでいた。

むしろ話をするうちに心を許しかけていた。

探り合いの様な会話から、いつのまにか談笑しているような状態になっていた。

 

「我は以前は洛陽の都にいてな。それなりに偉かったのだぞ?だが、無能なもの共を御すのに嫌気がさしてな。ここに移ってきたというわけだ」

「最低ですな。それは面倒くさくなったから投げ出したということでしょう?」

「はっはっは、はっきりいってくれるな。うむ、まあそういう言い方もできる」

 

星がきつい言葉を投げ掛けても、白は気にすることなく対応する。

そういう性格なのか、機嫌を悪くするどころか、むしろ二人の反応を心底楽しんでいるようだった。

ちなみに星はメンマをひたすら食べ続けている。

 

「まあ、都に比べればここは辺境の田舎だと思っていたが、どうしてなかなか。安穏と暮らせているというわけだ。それに最近優秀な人材ががんばっていてな。お前達もここ最近この街が賑わっておるのを感じていよう?我も驚いている」

 

恐らくそれは厳顔のことだろう。

 

今の成都のほとんどの政務は、彼女が担っているわけだし、一刀もそれの手伝いをしているのだから、当然わかっている。

 

悪気はないのだろうが、そうしてうれしそうにしている白に一刀が真っ当な突っ込みをいれる。

 

「聞いていれば白は役人だろう。こんなところで怠けていないで働け」

「今日は非番なのだ」

「……うそだろ、それ?」

「おぉ、意外と鋭いな。実は仕事が面倒くさくなって抜け出してきた」

「……気持ちはわからないでもないけど、やっぱり働けよ」

「働いたら負けだと思っている」

 

悪びれもなくあっさりという白。

一刀の頬が引き攣る。

仕事を抜け出したくなる、というのは一刀にも覚えがあるため、強くはいえないが、厳顔は日々の仕事に忙殺されていて、休みなどあるはずもなく、一刀自身も毎日かなりの量の仕事を頼まれている。

それを考えれば、本来この国の役人に非番などあるはずがないだろうと思ってしまうのだが、厳顔は劉焉に仕事を押し付けられたといっていたから、そのおかげで、むしろ他の役人たちは暇なのかもしれない、と思った。

 

その理不尽さに一刀は思わず愚痴をこぼした。

 

「全く、この国はどうなってるんだ?桔梗はあれだけ忙しそうにしてるのに、かたや、白みたい暇を持て余して街を徘徊してる奴がいるとか」

 

その言葉に、白の眉が動く。

 

「……いっちーは……厳顔殿のことを知っているのか?しかも真名まで呼ぶとは。どういう関係だ」

 

白がの雰囲気が変わる。相変わらず顔は笑っているが、纏う空気が違っている。

 

それに気づいた一刀は、その白の変わりように驚き、失言だったか、と後悔するが遅かった。

 

こんな素性の知れぬ子供が、国の中枢にいる人間の真名を親しげに呼ぶなど、ただ事ではない。

あれほど、何も気にしないように振舞っていた白だったが、誤魔化す事は許さないと、その目がいっている。

 

メンマをハムスターのように頬張っていた星も、いつのまにか手を止めて龍牙に手をやっている。

 

どうやら白は厳顔のことを知っているようだ。同じ国の役人なのだからそれは別に不思議なことではないだろう。

が、桔梗という名と厳顔が結び付くのは少し問題だった。

割と親しい者達は日常で使っているため、親しくない相手でも真名を知っている、という人間もいるだろう。

だが、ここは桔梗の街ではないし、桔梗自身、この国の人間にはほとんど真名を許していないらしい。

桔梗の屋敷でも一刀たち以外に真名を呼んでいる人間はみたことがない。

桔梗の真名を知っていたとしても、割と上層部の人間だけではないだろうか?

 

白が何者なのか、詳しいことはわかっていないのだ。

この国の役人達は一枚岩などでは、決してない。

先ほどまで話をして受けた印象として、白が悪人、ということはないだろうが厳顔と敵対する立場の存在である可能性も否定できない。

 

さらに、自分たちは正体を隠している身だというのに、と自分の迂闊さに内心、叱咤する。

 

厳顔に迷惑をかける事になっては申し訳が立たない。

 

一刀は出来る限り思考をめぐらせて、慎重に口を開いた。

 

「俺と趙々は修行中の身でね。今は旅をして見聞を広めているところなんだ。それでこの街にも少し前にやってきたんだけど、路銀が尽きちゃってね。困っていたところ、知り合いに聞いたことがある厳顔という人物がこの街にいることを知って、知り合いのつてを頼って尋ねてみたところ、そのまましばらくお世話になることになったんだよ」

 

それでそのまま親しくなって真名を許された、と説明する。

極めて普通に何気なく、笑顔のままで。

 

「……知り合いのつて、か。知っておろうが厳顔殿も太守という立場でな。口を利ける知り合いというのは限られてくるぞ?それに知り合いの紹介です、などといってもどうやってそれを証明した?」

 

白は納得せず、さらに質問を続けてくる。

 

「うーん……白は黄忠さんって知ってるかな?知り合いっていうのはその人でね。その人の近況とか、そういうことを話したら信用してもらえたよ」

「……黄忠という名は、聞いたことがあるな。たしかに、厳顔殿とも親交があるとも……」

 

一刀は全く怯まず躊躇わず答えを返す。

 

嘘と真実を織り交ぜた言葉。

それが嘘か本当かを、今ここで確かめる術はない。

 

そして言葉の中にある真実を元に答えを出せば、全てが真実のように思えるもの。

一刀が口にしたのはそういうものだった。

この場さえ何とかなれば、後は桔梗と口裏をあわせておくなり、どうとでも出来る。

そういう考えだった。

 

「……くっ、くっくっく。くははははははは。なるほどなるほど。すばらしいな。とても子供とは思えぬ機転だ」

(……なっ、まさか見抜かれたのか!?)

 

一刀は表面には出さず、動揺する。

 

白は何がそんなに面白いのか、愉快そうに笑っている。

 

「くくく……。いや、すまぬな。あまりに愉快だったものでな」

「何が愉快だったのか知らないけど、嘘じゃないよ?」

「ああ、それでかまわぬ。それが嘘かどうか、いっちーの言葉から我が知る術はないから、な?」

(……やっぱり見抜かれてる、か)

「まぁ、そちらの趙々にも話を聞いてみれば別かも知れぬが……」

「……っ!」

「………………」

「それは無粋というものであろう。あまり苛めても可哀想だしな。なにより我はいっちーのことが気に入ってしまったぞ。しばらくこの街に留まる予定だというなら我のところにこないか?もちろん趙々も一緒でかまわん。歓迎するぞ?」

「気持ちだけ受け取っておくよ。あいにく、桔梗のところでも十分すぎるほど歓迎されてるしね。それに、たぶんもうすぐ成都から離れることになると思うし」

「む、それは残念だ。気が変わったらいつでも訪ねてくるがよい。歓迎しよう」

「ありがとう白」

 

互いに偽名を名乗り、一刀達は白の住んでいる場所など知らないというのに、歓迎しようも何もない。

 

それを分かった上での社交辞令のようなものだ。

 

その後は、再び他愛もない会話がしばらく続いた。

 

しかし、今度は一刀も星も警戒を解くことはなかった。

 

そのせいか、多少白はつまらなそうにしていたが。

 

「やれやれ、我としたことがつまらぬ失敗をしてしまったな。そもそもいっちーがあんな迂闊なことを口にするからいかんのだ」

「いや、そんなこといわれても。でもまあ、うん。次からは気をつけるよ」

「そうするといい。修業中といったがいっちーは見込みがある。我が保証しよう。将来どこかに仕官するつもりなら、この国にくるといい。我が口添えしてやろう」

「まあ、考えとくよ」

「だが、まあ。よい息抜きにはなった。趙々もいっちーもそう警戒しっぱなしでは疲れるであろう。我は満足したからもう行ってもいいぞ」

 

という白の一言で、謎の仮面お茶会はお開きとなる。

 

「……結局、白はなにがしたかったの?」

「全くだ……」

「ん?だから息抜きだ。仕事がめんどくさくなったから抜け出してきた、といっただろう?」

「「………………」」

 

もしかして、俺が城から抜け出して街に遊びにいったりしてたとき、話してた街の人はこんな気持ちだったのかなぁ。だったら嫌だなぁ。

 

とか一刀は遠い日の出来事を思い出して感傷に浸ってしまった。

これからはもう少し真面目に仕事しよう、とも。……もう少しだけ、だけどね?

 

 

席を立ち、店の前で三人は別れる。

 

「それじゃあ白。ちゃんと仕事してくれよ?」

「全くだ。私たちとて暇ではないというのに」

「ははは。そうだな。明日からがんばるとしよう」

「「(絶対、がんばる気がないな……)」」

「なんだ、その目は。……嘘ではないぞ?」

「嘘つきだな」

「うむ。嘘つきだな」

「それはお互い様であろう?」

 

白の冗談めいた言い方につられて、一刀たちも苦笑する。

 

そして、一刀達はその場を後にした。

 

 

 

 

二人と別れ、しばらく去っていく二人の背を眺めていた白も、その場を立ち去ろうとする。

 

白はとても機嫌が良かった。まるで面白い玩具を手に入れた子供のように心が踊っていた。

 

「くくくっ、まだ笑いが収まらぬ。あのような楽しい問答をしたのはいつぶりだろうか。あんな子供がいるとはな。やはり世界は広いな」

 

そこに一人の少女が現れ、白に声をかける。

 

「父上!やっと見つけましたよ」

「おぉ、香賢ではないか。出迎えご苦労」

「出迎えご苦労、じゃありません!また護衛もつけずに勝手に抜け出して……いつもいつも私がどれだけ困るか、少しは考えてください!!」

 

香賢と呼ばれた女性は、怒っていた。

白に詰め寄り、怒りのままに言葉を叩きつける。が、

 

「よしよし、香賢はいい子だなー」

「ほわわ~。……はっ!?ごっ、ごまかさないでください!!」

 

白に頭を撫でられうっとりしてしまう。

しまった、とばかりに正気に戻った香賢だったが、目の前に白の姿はなかった。

 

「何をしている、帰るのであろう?」

 

少し離れたところから白の声がした。

 

「あ、あれ?いつの間に!?ちょ、ちょっと待って……お願いですから少しは他人と息を合わせるということを覚えてください~~~!!!」

 

白と、香賢と呼ばれた女性は雑踏に消えていった。

 

 

 

一方、厳顔の屋敷に帰る一刀たち。

一応、尾行などがないのを確認するため、遠回りをして帰っていた。

なんだかんだで、白とは打ち解けていて、互いに敵視するようなものはなかったのだが、念のためだ。

 

「一刀は迂闊すぎるぞ。さすがに私も少し肝が冷えた」

「ごめん。でも星の肝を冷やせたなんて自慢できるな」

「何をわけのわからぬことを。しかし、よくもまあ、あそこまで口から出まかせがでてくるものだ」

「まぁ、完全な口から出まかせってわけでもないしね」

「私には完全な出まかせにしか聞こえなかったが?」

 

「知っている人だけが引っ掛かること、っていうのもあるんだよ星。例えば、だ」

「なんだ?」

「もし星が、大軍を率いて敵の城を包囲したとする」

「ふむ」

「そしたら、城の城門が開け放たれてて、中に人がいる気配もない。星は城の中に躊躇わずに入るかな?」

「入るわけがなかろう。そんなもの、なにかの罠に決まっている」

「と、見せかけて足止めするのが目的かもしれないよ?」

「……むぅ」

 

「そんな感じでね。罠って言葉を知らない人なら何も考えず、ただそれだけで済むことでも、罠というものを知っている人からすれば、そこに罠があるかもしれない、と考える。例えあってもなくても、ね。そして、そこに罠があるかどうかは、相手しか知らない」

「……なら、どちらにしてもこちらは迂闊には踏み込めない、ということか」

「そういうこと。まぁ、それの応用みたいなもの、ということかな。罠がないのバレバレだったみたいだけど」

「私に話が振られそうだったときは焦ったぞ」

「うん。俺も焦った。結局、何故か見逃してくれた上に忠告までしてもらっちゃたしなぁ……」

「一刀もまだまだ、ということだな」

「そうだね。ああいうのは慣れてる方だと思ってたんだけど、俺もまだまだだ」

 

「しかし、白、か。タダ者ではなかったな」

「俺もあんな空気をもった人、片手で数えるくらいしかしらないよ」

「……むしろ他に知っているということに私は驚きなのだが」

「あー、まあそこは色々あった、ということで。それにすごい人っていうなら師匠だって十分すごい人だろ」

「師匠のすごい、というのは白とはまた違う意味だと思うのだが……」

 

そんな会話をしながら、一刀達は屋敷に帰った。

途中でヒナとも合流した。どうやら、白と話している間ずっと、離れたところからみていたらしい。

 

(……白もただ者じゃなかったけど、ヒナも大概だよな。全然気づかなかった)

 

屋敷に着いた一刀は、桔梗にその日あったことを話し、白という人物に心当たりはないかと聞いたが、思い当たらなかったようだ。

互いに偽名を使って会話をしていたし、その場は何もなかったのでたいした問題はないだろうが、一応気をつけてほしいといっておいた。

 

 

それからしばらくして。

 

政務の簡略化や作業の分担、各部署の適正化などを進め、一刀たちの目的も終盤に差し掛かっていた。

既に桔梗の仕事も大幅に減っており、一刀の助けがなくても十分仕事をこなせるようになっていた。

つまり、桔梗が劉焉に言われた、『ならば貴様がやればいい』という言葉通り、桔梗は見事、自らに与えられた仕事をこなしたということだ。

桔梗から次の会議で劉焉に願い出て、劉焉に与えられた権限を返上して、巴郡に戻る許可を取ろうという段取りになった。

 

そんなある日。桔梗は劉焉に呼び出された。

 

桔梗は呼び出された心当たりがなく、また面倒ごとを押し付けられるのか、と警戒していた。

しかもそれは謁見でも、宴会でもなく、劉焉の私的な晩餐の席に同席することだった。

人払いもされていて、その場には劉焉と、その愛娘の劉瑁しかいない。

一体なにごとなのかと困惑する桔梗だったが、いわれるままに席に着き、食事が始まる。

話はなんということはない、最近の桔梗の働き振りをほめ、褒美をとらす、とのことだった。

桔梗には劉焉の心が読めず、困惑する。

 

「なに、本当にお前の最近の働きはすばらしい。他の者たちとて同じ事を思っておろう。次の会議でも何か褒美を取らせるつもりだったがな。その前にこうして少し話をしたくてな」

「話、ですか」

「そう訝しげにするな。お前の提出したという政策、いくつか私も目を通させてもらった。その上でいっているのだ。もっと素直に喜んでかまわんのだぞ?」

「――ありがとうございます」

 

桔梗は、なんとなく劉焉のいいたいことを感じ始め、嫌な汗が背を伝うのを感じる。

 

「本当に奇抜なものばかり、よくもあれだけ思いつくものだ。はっきりいって、余でもあんなものは考えつかん。いわれて初めて"なるほど"と理解して感心したくらいだ。おまけに懇切丁寧な説明が加えられているから、たいした能のない輩でもその有用性が解るというもの」

「そこまで、手放しで褒められては、恐縮してしまいますな」

 

桔梗は顔に笑みを貼り付けてそういうも、劉焉の冷たい瞳は全てを見透かしているかのように感じられた。

 

桔梗は焦っていた。

 

つまり劉焉は、数々の政策が桔梗の発案によるものでないことに気づいているのだ。

 

下手にその辺りを探られては、紫虚のことも全てばれてしまうだろう。

 

桔梗はできる限り平静を装って劉焉と対峙するが、突如、くっくっく、と愉快そうに劉焉が笑いを漏らした。

 

「本当にお前は隠し事が下手だな。そこらの有象無象ならともかく、我を相手にしてそれで隠し通せると思っているのか?」

 

「――――――」

 

「だから、そう警戒するなといっている。別に咎めているわけでも問い詰めているわけでもないのだ」

 

そういって厳顔の警戒を解こうとする劉焉。劉焉はつまらない嘘はつかない。

ここまで見透かしていてそういうということは、本当にそうなのだろう。

 

だが、ならばどういうつもりなのか。

 

「お前も知っているだろう。我は有能なものを好む。よい働きをするのであれば、些細なことは問わん」

 

「………………」

 

「お前のことも買ってはいるがな、良くも悪くもお前は武人だ。太守として政務をこなす事ができても、それがお前の本業ではない」

 

諭す様に、追い詰めるように、劉焉は丁寧に語る。

 

「正直、仕事を任せておいてなんだが、お前にはあれだけの政務をこなすのは無理だと思っていた。というか、この国にあれを処理しきれる人間などいない。あんなものまじめにやったら我でも面倒くさい」

 

処理しきれる人間などいない、といいながら、暗に自分なら出来るという劉焉。

しかし、それは奢りでも傲慢でもないことを厳顔は知っていた。かつての劉焉の渾名は「賢王」。

稀代の天才といわれていたことを知っているから。そして、桔梗は実際にその姿を目の当たりにもしている。

 

「そんなお前が、だ。完璧に仕事をこなすどころか、我の上を行くほどのことをしているのだ。気にするなというほうが無理な話だとは思わぬか?」

 

といって、笑みを浮かべる劉焉。

もはや、下手なことは出来ないと観念した桔梗は正直にいうことにした。

 

「些細なことは問わぬというのでしたら、何卒、そのことについてはご容赦くださいませ」

 

正直に、隠し事をしていることを認め、見逃してほしいと嘆願する。

 

「ふむ、潔いのはいいが、ここまでいってまだ隠そうとするとはな。よもやよからぬことでも企んでおるのか?」

「その様なことは決して」

「では何を隠す。我の性格はわかっているだろう?大概のことは気にせぬぞ?」

「何卒、ご容赦くださいませ」

「……そこまでいうのであれば、これ以上はいわぬ。むしろより一層興味を惹かれてしまったが、いいたくないというのなら仕方ない」

 

そういって、劉焉は話を打ち切る。

一度言い切ったことは翻さぬ人物だ。これ以降、このことについて聞いてくることはもうないだろう。

厳顔は無事に、何事もなく済んだ事に安堵した。

 

二人は食事を再開し、黙々と箸を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで桔梗、いっちーと趙々という子供に心当たりはないか?ああ、名前は恐らく偽名であろうが、二人組みの仲のいい男子と女子だ。あと、華蝶仮面をやっていたな。アレはお前の趣味か?あまりいい趣味とはいえんな」

 

「んぐっ!?―――ゴホッ、ゴホッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危うく口に含んだ酒を噴出しそうになり、激しく咽る。

気が緩んだところに、そんな言葉を投げ掛けられ、桔梗はこの上ない形で動揺をあらわにしてしまった。

 

「どうやら心当たりがあるようだな」

 

桔梗はこの人の悪い王に恨みがましい目を向ける。

 

一体彼はどこまで知っていて、何がしたいというのか。

 

「そんな目をするな。生まれながらの王を前にして緊張してしまうのはわかるがな。今日はそういうのではないといっておろう。少し前に縁があってな。聞けばお主のところで世話になっているというではないか」

 

少し前に一刀のいっていた話を思い出す。よもや街で出会った不審人物が劉焉だった、などとは完全に想像の外にあった。

 

「あの二人にはかなり興味があってな。よければ今度の会議にでも連れてきてはもらえんか?年をとって楽をすることばかり覚え、与えられた仕事も満足にこなせん無能どもに、溢れる若さというものをみせてやりたい」

 

「ご、ご冗談を。本気でいっておられるのでしたら、それこそご容赦くださいませ」

 

「何だ、これもダメか。ということは、さっきの話ももしやこの二人が関係しているのか?」

 

「そ、そういう問題ではありませぬ!この国の官僚たちが一同に会する場に子供をつれていくなど、頭の固い連中がどんな反応をするかわからぬわけでは―――」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながら狼狽する桔梗を肴に酒を飲む。

 

劉焉は完全に面白がって桔梗で遊んでいた。

 

一度いった事は翻さぬ人物、という桔梗の認識は間違っていない。

劉焉は、もはやそれらに関して追及するつもりは全くなかった。

これはただの興味本位と、桔梗のあまりにも素直な反応が面白くて、からかっているのだ。

 

そんな劉焉の子供のような一面に触れ、桔梗は意外に思いながらも、散々弄り回されて、息も絶え絶えになって屋敷へ帰ることになるのだった。

 

結局、何事もなく晩餐は終了し、最後に劉焉に、二人には自分のことは決して話すなと口止めをされた。

どうやら、劉焉は自分の正体を隠したいようだった。

桔梗もどうしたものか困ったが、仮にも主君の命令を無視するわけにもいかない。

特に問題もないだろうと、桔梗はそれを受諾した。

 

 

そんなことがあった夜からさらに数日が過ぎた。

 

桔梗からの願い出は受諾され、一刀達は成都からの撤収準備を始める。

 

そんなある日、成都から離れる準備をしつつも、星はいつものように街を巡回していた。

 

ある路地に差し掛かった時、星の目の前に、空から何かが降ってきた。

 

「……なんだ、これは。髪留めの紐?」

 

見上げた先、建物の窓から、一人の少女がこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それが、星と少女の出会いだった。

 

 


 
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