No.109655

festa musicale [ act 1 - 2 ]

そうしさん

大学生活も少し慣れてくる、4月の終わりくらい。
その生活は徐々に動きをみせていきます。
現実もこんなもんです。

2009-11-29 22:37:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:453   閲覧ユーザー数:452

 そんなこんなで、大学が始まってから二週間が経った。明らかに飛ばしているけど、そのくらいあっという間だったんだ。

 あのあと、ウインドアンサンブルにたどり着いた俺と灯は、上級生の部員から熱烈(?)な歓迎を受けた。

 俺は全員から、灯は男から。まぁある意味当たり前とも言える。

 と言うのも、灯ははたから見ても普通にキレイどころといえる、端整な顔立ちをし、かつボディバランスも見事だと言えるから。身内の贔屓目かもしれないが。いや、身内ですらないが。

 と言うわけで、初めての環境であるにもかかわらず難なく場に溶け込めた俺たちは、その日のうちに入部を済ませてしまい、他の一年生から先輩であるかのような応対を受ける結果となった。

「え、一年生だったんですか?てっきり上級生の方かと…」

 そうか、そんなに老け顔か。衝撃の新事実だ。

 

「そうだ、ウインドへ行こう」

 突然灯が言い出した。

「○Rネタは著作権法違反だぞ。お前、これから講義あるし」

「だってあの教授、耳聞こえてるのかどうかすら分からない上に学生を見てないから、サボってもバレないと思わない?」

 そんなお昼十二時半の中庭。いつものごとく2人で昼食をとる新入生の風景。

 ある意味大学に入って早速出来ちゃった盛りのついたカップルくらいに周りからは見えるかもしれないが、俺たち二人は断じてそのような関係ではないと言っておこう。

「それに講義をサボってまでもサークルに没頭する姿、いかにも大学生っぽくて良くない?」

「あえて言おう、良くない」

「いけず」

「知るか」

 立ち上がり、自分のカバンを手に取る。さて、どこに行こうか。といっても結局足は部室へと向くのだが。

「あー、馨は部室に行くつもりだ! ずるいぞ! 一緒に講義受けろ!」

「俺取ってないし」

「でも受けるの! 一人だけずるい!」

「頼むからワガママは家でだけにしてくれ」

 足をつかまれてもそのまま引きずって俺は歩く。もちろんそのまま引きずって。

「…」

「…」

「…いつまでくっついてるつもりだ」

「講義に行くって言うまで」

「わかったわかった。 俺も講義に行くから」

「ホント!?」

 パッ

 ダダダッ

「あ、逃げた! 逃げるな馨ぅ!!」

 といいつつも追いかけてくる様子はない。

 あぁやって馬鹿なことばっかりやってる灯だけど、結局のところやるべきことは自覚してるんだ。

 俺には義務はないけど、灯には授業を受ける義務がある。それだけで理由は十分だった。

 友達として、あれ以上のやつはいない。

 

 

 

「で、なんでこんなことになってるんですかね」

 ウインドの部室に着いたら、なぜか幹部の人間が集まって俺を指揮者にしようとしていた。極めて謎い展開である。

「ふざけたことを言わないの! こんな才能を野放しにするなんて、指導者として間違ってるとしか言いようがないじゃん!」

 と、ウインドの部長である前坂純(まえさか じゅん)さんが言っている。

「あのですね、純さん、俺はそんなたいそうな人間じゃないですよ」

「うわ、それって私に対する挑戦? いいよー、受け取るよー」

「とりあえず一人でやってくれますか、めんどくさいんで」

 手近にあったイスを引っ張り、腰掛ける。部室にはなぜか畳も存在するので、幹部の人たちはみんなそこに座ってなぜかあるちゃぶ台を囲んで話し合いをしている。

「いけずー」

「灯とキャラが被りますよ」

「どうでもいいの! そんなことよりも指揮者になってくれない? こっちとしても今一人しかいないから、人員の補充は急務なのよー」

 と、純さんは言う。

 どうやら今の指揮者は篠宮さんだけのようで、多少不安が残るようだ。年末からは彼も就活であまり来れなくなってしまうらしい。

「というか、俺としてはあなたが就活をすると言う事実が驚きです」

「俺だって社会でマトモに生活を送るんだよー」

 と、ふんぞり返って言ってはいるが、何の説得力もない。

「まぁ、ちょっと考えておいてよ。 活躍するといっても多分最初の出番は夏の音楽祭だし、うちは団体の特性上指揮者って言う立場はそんなに重要視しないからさ!」

「まぁ、考えるだけなら」

 といってしまった時点で、俺の負けなんだろうなと、すぐに気付いたが時は既に遅かったのである。

 それに、さっきも言っていた通り、この団体では指揮者と言う立場はそれほど重要ではない。極少人数で行うアンサンブルのほうがメインだからである。

「あと、灯ちゃんに言っておいて欲しいんだけど」

「自分で言えばいいじゃないですか」

「でもほら、君のほうが仲よさそうだしさ」

 ちょっと悔しそうに人差し指を唇に当てながら、純さんが言う。

 そのしぐさにちょっとだけドギマギしながら、

「分かりましたよ、言っておきますから。 で、なんです?」

「あぁ、そうそうあのね…」

 

……

 

「随分と先の長いことを計画してるんですね」

「まぁ先のことを考えて動くのが私たち幹部ですから」

 それにしても来年のことを今から計画するとは…。

「まさか、二年目でいきなりコンサートミストレスをねぇ」

「でもあの子はいい才能持ってるよ。 いきなりでオーボエをあそこまで音程ピッタリに合わせられるんだからね」

 そう、灯はウインドに入ってまずオーボエをやることにした。理由は簡単、カッコイイからだ。

 そのオーボエだが、実際に吹こうと思ってやすやすと吹けるものではない。ダブルリードと呼ばれる種類のリードを用いるその楽器の難しさは、なんと言っても音程にある。

 吹奏楽と呼ばれるジャンルで扱われる楽器の中で一番音程が合わせづらいといえば分かるだろう。チューニングをする際、オーボエに合わせてチューニングをする楽団が多いが、それは単に『オーボエが一番不安定だから』だと言える。

「まぁ、そうなんですけどね。 俺も最初はビックリしましたけど、何でもそつなくこなすのが穂積灯ですから」

「だ・か・ら、人手不足も相まって彼女に白羽の矢が立ったわけなの!」

「ん? 呼んだ?」

 うわさをすればなんとやら、授業だったはずの灯がやって来た。

「…授業はどうしたのかな灯さん」

「あ、そうだ聞いてよ! なんか突然休講になっててね? せっかく教室まで行ったってのにー」

「あー、はいはい」

 そんなくだらない話をしていると。

「灯ちゃーん! ちょっとこっちこっち」

 手招きをする純さん。

「なんですかー? あ、美味しいもの?」

 まるでパブロフの犬のように走りよる灯。

「…餌付け?」

「うるさい。 早速なんだけどね、君には来年からコンミスやってもらうから!」

「いいですよー」

 と、餌付けされた灯が答えた。ここまで計画性のないやつだとは思わなかった。

「…って、即答かよ!」

「いあ、おもひろそうやん?」

「食うか喋るかどっちかにしろ」

「よし、決定! 近々オールにも投げとくから!」

 腹が痛くなってきた。もう来年のことを考えるのか…。

 

 

 

 今日の講義は「音楽史」と、「経営学概論Ⅰ」だった。

経営学概論はまだ概論なだけあって、とりあえずドラッカーのマネジメントを読んできて、それに沿っていろいろな企業を紹介するという程度のものなので、初学者には最適だ。だけど音楽史のほうは初学者にも既習者にも向かないと思う。

どうしてかって?それはあれだよあれ、つまりテキストもなく延々と音楽の歴史を紹介していくという講義なわけで、初学者は付いてこれないし、既習者にとっては当たり前のことを言っているに過ぎない。

「誰に説明してるの?」

 と言ったのは灯。

「独り言だよ」

 と、俺。

「え、ギャグ?すごくつまらないよそれ」

「うるさい黙れいじめるぞ」

 講義が全部終わったその足で、今日はバイトに行く。サークル?休みです。

「今日は誰が来るかなーっと!」

 勢い込んで自転車に乗り込む俺はまだまだ若いな、と思う。老いたらもうこんなこと出来ないだろうし。

「あ、今日は部室行かないんだ。じゃぁここでバッハハーイ」

「お前、いちいちセンスが二世代分くらい古いよな」

 軽口を交わし、自転車で大学を後にする。

 

十分ほど走ればもうそこは空。見上げたところにある青いあれではない。カフェ”空”である。

早番で入っていた人たちと挨拶を交わし、バックヤードに入る。なぜか店長が一人でゲームをしていた。

「…しかもFF4かよ、古いなおい」

「あ、馨くん、おはよう」

「おはようございます」

 と、いつもの(若干スルー気味な)会話を交わし、上着を脱ぐ。この店においてユニフォームという概念は存在しないため、今日のようなTシャツにジーンズというえらくラフでカジュアルなスタイルでも、前掛けが出来れば何の問題もない。

 以前は女性でミニスカートで仕事をしていて盗撮された、なんていうこともあったらしいが、最近店にいる女性は恐ろしく強い(肉体的にも精神的にも)ので、そんな事件は話にも出てこない。

「あ、今日新しいバンドさんがCD置かせて欲しいからって話に来るよ、大体八時くらい」

「了解です、いつもどおりで良いんですよね?」

「うん、よろしく」

 この店でCDを置けるかどうかは全てその日にいるアルバイトのメンバーの総意によって決まる。つまり、バイトのスタッフにどれだけ気に入られるかで勝負が決まるのだ。

 このシステムは良いと思う。店先で接客をするのは主にアルバイトの人間だし、CDを起きたい人=客と仲良くなるのにはもっとも有効かつ効率的だ。

「お疲れ様」

 早番の人の片方が上がるようだ。俺が着いたからだろう。

「うい、お疲れ様です」

 これもどこの仕事場でも恒例の挨拶。

 

 

 

「あー、もう七時五十分だ」

 ふと時計を見てみたら、もうその日の取引先となる客がそろそろ来るんじゃないかという時間。

 まぁバンドの練習をしてから来るという話だったし、少しくらい遅れるかもしれない。

 

カランコロン

 

「いらっしゃいませ」

「ハロー馨、ちゃんと仕事してる?」

 灯だった。

「…お前かよ」

「なんだよつれないなー、せっかく遊びに来たのにー」

「今日はこれからCD会議やるからあんまり絡めないぞ」

「あ、そうなんだ。 今回はどんなバンドなの?」

 灯はその辺の事情はだいたい知っている。なにしろ二日とおかずに店に来る(本人いわく善良な)常連だからだ。

「詳しい話は知らんが、とりあえずいつものだよな」

「うん、いつもの」

 常連なのでいつもので通じる。客商売というのはホントに大変だ。

「八時くらいに来るって店長言ってたからそろそろ来るはずなんだけど…あ、うわさをすればなんとやらってね」

 

カランコロン

 

「こんばんは!はじめまして、SLEEKでギターボーカルやってます新見(にいみ)です!」

「はじめまして、ここのスタッフの神矢です。わざわざご足労願いまして」

 新見と名乗った少年は、いやいやとばかりに手のひらを横に振った。

「こちらこそ急なお話をしちゃってすんません。 あ、早速CDの話に入ってもいいですか? ところでこの子は神矢さんの彼女?可愛いねー」

「あら、ありがとう」

 …え?何この状況。なんでこいつくどいてんの?

「えぇ、じゃぁ早速お話のほうに移りましょう」

「あぁ、分かりました!じゃぁ聞いてもらえます?結構自信作なんですよー、僕が作詞作曲全部やってみたんですけどね」

 どうやらすごいやつが来たらしい。

 周りを見渡してもう一人いるはずのスタッフを探す。しかしどこにもいない。

 そこまできて思い出したことがひとつあった。

『あ、今日夜きみ一人だから、全部勝手に決めちゃっていいよ』

 とは、店長が今日俺が来たときに言った言葉だ。

 どうやらとても面倒な役をおおせつかったらしいな。厄介だ…。

 


 
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