「…ってわけでねー? やっと自主制作だけどCDを作るにいたったわけよー」
「あー、結構な茨の道のりだ。 よくここまで頑張ってこれたな」
「そう思うだろ? ホント大変だったんだよー」
で。
結局CDを聞かせてもらった感想としては、明らかなまでに合格点をやすやすと突破していた。
ギター二本の奏でるメロディックでいて何か危ういものを感じさせるリフには心を震わされ、ベースとドラムが紡ぎだす重厚で暑苦しいまでのパワーを持ったリズムは人をいとも簡単にひきつける。
何より圧巻なのがボーカル。透き通っているようで何か譲れないものを持つ芯の通った声。このバンドは売れる。そう確信させるものがあった。
「あ、で、結局CDは置いてもらえる?」
「あぁ、勿論置かせてもらう、というか置かせてください」
このくらい言っても損じゃない。このCDを初めて販売するのがこの店だなんて、光栄の至りだ。
「…おおおおおお、ありがとう! マジで助かる!」
「これからもがんばっていい曲たくさん作ってくれ、ガチで応援してる」
「サンキュー! じゃぁとりあえず十枚くらいおいとくから、あけて流すなりなんなり好きにしちゃってくれ!」
「おっけー。 まぁここいらで休憩にしよう。 コーヒー入れるよ、俺のおごりで」
「ホントに? いやー金がなくてさー、助かるよ!」
バンドマンは基本的に金がない。
だから俺みたいに使うあてのない金をバンドマンのために使う。
それは音楽界を活性化させるためという大義名分の下、実際には気に入った個人を応援するためのものだ。
つまり、俺はSLEEKに、新見の声にほれてしまったのだ。
「しっかし、良い声してるな。ボイストレーニングとか受けてたのか?」
「いや、全部独学なんだ。でも毎日声は出してるし、実際トレーニング受けるほどのもんでもないんだよな」
コーヒーを入れながら、ちょっとした世間話をする。こんなことが出来るのも客との距離が近いこの店ならでは。俺がこの店を気に入っている理由だ。
「へぇー。特別にトレーニングとか受けてるのかと思った」
淹れ終わったコーヒーを二つ持って、新見のところへ向かう。「ありがとう」といって、コーヒーを口にする。
「…うっめぇ! お前、コーヒー淹れる天才だな!」
「それほどでも…最近はどこのハコでやったりするんだ?今度聞きに行きたいんだけど」
これは本心だ。時々どうしようもなくダメなバンドがCDを置かせてもらいたいと言ってくることがあって、断る代わりに『俺は気に入ったんだけどね、ほかの人がね。どこのハコでやってるの?』という風に社交辞令を言うのがこの店のアルバイトの常套手段なのだ。
でも、俺は今本気でSLEEKのライヴを聞きたいと思っている。
「最近かー。最近はJAMでやることが多いけど、次のライヴはLIVEGATEだなぁ。ほら、恵比寿にある」
「あー、あそこか。 結構良いハコでやるんだな」
「そうでもないよ、ちゃんとした曲を書いてオーディション受ければ誰でも通れる」
その「ちゃんとした曲」を書くことが難しいんだけどな…と思う。指揮者としては。
「呼んでくれよ。 あ、チャージは全額きっちり払うぜ」
「ホントありがとう! とりあえず置いとくわチケット!」
そう言って置いたチケットの出演を見てみると、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。やはり分かる人には分かるんだな…そういうところが垣間見えるチケットだった。
「よし、見に行くわ。 …サークルがある日だ」
まぁ、関係ないが。
「無理しなくていいよ! 来れるときに来ればいいし、そのチケットほかの人にあげちゃっても大丈夫だから!」
「いや、行く。 サークルよりもずっと楽しそうだ」
これも本心だ。
そう言ったときの新見は、目をキラキラさせた子供のようだった。
で。
新見が帰った後、なぜかまた灯がやってきて、
「ねぇねぇ、彼のバンドはどうだった?」
と聞いてきた。
どうだったと言われても、
「普通によかったぞ、CD置くし」
としか言えない。
「ふーん」
と、それだけ言ってくる灯。 そんなにSLEEKのことが気になるんだろうか?
「聞かせてよ! ていうか流してよ今!」
「まぁ良いけど」
やけに突っ込んでくる、と不思議に思いながら、CDを流すために封を開けるのであった。
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新しい人物との出会い。
それはどんなときでも新しい風を送り込んできます。
つまり、新しい世界に自分が飛び込むということは、
その世界に新しい風を送り込むことでもあるのではないでしょうか。