「ちょっと放しなさいよ! この、放せってば!」
地和がいくら叫びながら暴れても、白服達の手は彼女達を放さない。
張3姉妹は天幕から連れ出され、10人ほどの白服に囲まれていた。
「そろそろですかねぇ」
「私達に……何を、させる気なのよ」
3人は白装束に怯えるように一所に体を寄り添い、干吉の挙動を伺う。
「何……あなたたちにとって、至極簡単なことですよ。
この本を読みながら、歌ってくれればいいのです。
ね? ……実に簡単でしょう?」
干吉はニヤついた笑顔で手に持つ本を、ヒラヒラと見せ付けるように振ってみせた。
「一体……その本が何だっていうのよ……」
怯えるように、人和が質問を返した。
「ん? まぁ……まだ袁術も曹操も、山中に入るまで時間がかかりそうですしねぇ。
こちらとしても、できるだけ混戦の方が望ましい……ですか、まぁそれまでならば、いいでしょう」
そこで于吉は一息つくと、本の表紙から埃を払った。
「この太平要術とは、南華老仙というさる仙人の忘れ形見ですよ。
彼女は宝貝開発の第一人者でもあったのですが、とても独特で面白い方でしてねぇ。
人々を導く一手段として”傾世元譲”を、参考に作ったものがこの本のようですよ。
まぁこれは所詮、贋作の贋作ではありますがね……」
そう言いながら干吉は太平要術と呼ばれた書物を、軽く開きペラペラと捲り出す。
「贋作の……贋作?」
「そうですよ、傾世元譲を真似て考え出された太平要術……その太平要術を、模写されたのがコレということのようですね。
いわゆる写本と呼ばれるものが近いですかねぇ。
本物の太平要術は、南華老仙がちゃんと持っていると思いますよ」
本に視線をおろしたまま、干吉が説明を続けていく。
「一体、傾世元譲って何よ……それに私達みたいな旅芸人が、仙人の道具なんて使えるわけ無いじゃない!」
干吉の余裕ぶりに、自身の身の危険を感じて、地和がいよいよ冷静さを欠き始めてきていた。
「ん? ……あぁそうですか、これは失礼。
かつて大陸で殷王朝と呼ばれる国がありましたが、そこで妲己と呼ばれる女仙人が、当時名君と呼ばれた紂王を篭絡するときに使った、伝説の宝貝が傾世元譲と呼ばれておりました。
簡単に言うと……”何もかもを魅了する”宝貝なんです。
流石にそこまでの能力を付与させることは、南華老仙もできなかったようで、太平要術は対人用限定に作られています……更に使用者の資質を問いますから、誰でもというわけにはいかないのですよ。
とにかく、この太平要術を上手く使えば、人を魅了させ、興奮させ、支配する。
……正に世が傾きますよ」
「だから……私達なのね……」
合点がいった人和が、無駄だとは思いつつも涼しげな干吉を睨む。
「おや、理解が早いですね……さて。
傀儡からの報告だと、どうやら曹操達も山に入ったようだ……袁術は…………ほう?
丁度いい、虎達だけが山中に入りましたね。
そちらは左慈に任せるとして……さて、そろそろやりましょうか」
話は終わったと、干吉は本を片手に1歩ずつ3人へと近寄る。
怯えるようにジリジリと天和達は後ずさるが、その距離が徐々に縮まっていく。
だがその時後ろから凛々しく、はっきりとした声が響いた。
「待て! お前達、そこで何をしている!?」
その叫びに干吉が振り返った。
そこには少し息をきらした凪が、荷物を背負ったまま戦闘態勢で構えていた。
3姉妹も干吉も、彼女の顔に見覚えはない。
「……あなたは誰ですかね?
どこの軍勢でしょうか……やたら早いですが……」
「お前などに名乗る名などはない! ……そこの3人は、張角達だな」
凪が固まっている3人へ視線を移し、互いの目線が交錯すると、同時に3人は目を見開いた。
「え?!」
「私達のことを!?」
天和と地和が声に出して驚く。
今のところ、自分達を一目に張角と見極められる材料は、どこにもないはずだからだ。
「私と一緒に来てもらおう! そして……貴様が白装束か!」
凪は取り合えず干吉を3人からできるだけ離そうと、一気に駆け込んで鋭い蹴撃を放つ。
「むっ……」
干吉は飛ぶように後退して、その攻撃をやりすごすが、天和達と距離が離れてしまい、間に凪が入り立ちふさがる形となった。
「やれやれ、まったく……どなたかは存じ上げませんが、今は貴方の相手などをしている場合ではないのですよ?」
困りましたね、と言う風に干吉はやれやれとの格好をとるが、表情には焦りが微塵も現れていない。
「姉さん達! 今のうちよ!!」
「え?」
「ほら天和姉さん! 逃げるのよ!」
張3姉妹は凪の乱入により、この隙に逃げられると思ったようだ。
「待て!」
凪の制止を無視し、3人は立ち上がって逃げ出し始める。
山道を駆け下りるなど彼女達には危険なのだが、もはや形振り構ってはいられない。
鬱蒼とした森に向かって走り出す3人を、干吉が不気味なほど優しい笑顔で眺めていた。
「まぁ……いいでしょう。
3人は要りません、あまりやりたくはないのですがね……今の私でも、これくらいはできるんですよ! ……”縛”」
干吉が片手で印を作り、3人へ向けて術を放った。
「っえ?! ……っあ…………」
「え!? 姉さん!」
「ど、どうしたの?!」
突如動きを止めてしまった天和に、地和と人和が駆け寄るが、天和は体が僅かに震えるだけで、不安定な体勢のまま動こうとしない。
「ちぃちゃ……ん、れん……逃げ…………てぇ……」
かすかに震える唇から紡がれる小さな言葉に、地和も人和も聞かない……いや、聞きたくない。
「天和姉さんを置いて行けるわけがないでしょう?!」
「地和姉さん、手伝って!」
動かぬ天和を2人で運ぼうとするが、それは叶わなかった。
「ふふ……”操”! さぁ……こちらへきなさい」
「あ……あぁ、やぁぁ」
自分の体なのに……自由に動かぬその恐怖に、天和の表情がひきつるが、体はぎこちなく動き出して干吉の方へと向かってしまう。
「姉ぇ、さん!
そっちは、駄目よ! 駄目だったらぁぁあ!!!」
「天和姉さん! ……しっかり! してぇ!!!」
干吉へ向かって歩き出す天和を、2人が懸命に引き止めようと体にしがみついて抑えるが、普段の天和からは考えられない程の力強さに、そのまま引きづられてしまう。
その異常な様子を捉えていた凪は、この不気味な現象は目前の干吉という男が起こしていると判断し、早く勝負を決めようと気を溜め始めた。
__隊長! やはり……こいつらは危険です!
「はぁあああああッハ!」
ッゴゥ
気合の篭った気弾は、干吉へ吸い込まれるように迫るが、いまだ干吉は余裕であった。
「我々方術師に気弾ですか? ……片腹痛い」
自身へ迫る気弾の光景に、薄く笑った干吉はスッと手の平を向けた。
そのままいけば気弾が炸裂するかと思われたが、干吉が軽く払うように腕を振るうと、その手の平に誘われるように気弾が逸れていった。
干吉のはるか後方で爆発する気弾を、凪は呆然と眺めることしかできない。
「そんな……馬鹿な……」
「ふふ……さぁ、時間が無くなってきましたよ。
早くきなさい、張角」
2人を引きずりながらも、天和の歩む速度が早まっていく。
「姉さん!」
「止まっ……てよぉ!」
姉を止めようとしている2人が、泣きながら必死に止めているのに……歩みは止まらない。
「っくそお!!」
__もう戸惑っている暇はない! すいません隊長!
凪は直接攻撃をするために、意を決し駆け出して干吉へ迫る。
風を唸らせるような攻撃が何発も放たれるが、しかし何撃放とうが干吉に当たらない。
「な、何故こうまで避けられる?!」
あまりに鮮やかに避けられるので、攻撃を細かくし”当てる”事に重点を置いてもなお、かする気配さえ無い。
まるで、攻撃がそこに来ることが、事前に知っているかのような動きなのだ。
__隊長とは違う! この男は、あまりに早く動きを読みすぎている!
凪の心中の疑問を見透かしたように、干吉は微笑んだ。
「私達方術師と呼ばれる者は、流れを読み、そして操る存在です。
貴方のような素直で真っ直ぐな流れは、実に読みやすい……ほら?」
ガッ
「っうわ!?」
干吉はなんなく攻撃を避けながら、片足だけをその場へ残し、それに凪はあっさりと引っかかってしまう。
「……ック!」
凪が急いで立ち上がると、干吉は天和の方へとスタスタ歩いていた。
「さて張角さん、もう時間がありません。
……歌ってもらいましょうか?」
「……い……や、ぁぁ」
ぽろぽろと泣き出す天和に、干吉は容赦なく近づいていく。
「はああああああっ! ……猛虎! 蹴撃ぃ!!」
__コイツに生半可な攻撃は効かない!
凪は己の持つ全ての力と、気合を込めた必殺技を放つ。
「ん? ……クッ?!」
ここで初めて、干吉に焦りの色が見えた。
だが……
「ッ?! ッチィ、これもか!」
凪の渾身の必殺技である”猛虎蹴撃”を、干吉は体勢を崩されながらもかわしていた。
干吉の額に、冷や汗が浮かんでいる。
「いやぁ……今のは驚きましたよ?
予想よりも、はるかに強い流れでした。
ここまでの力を有するということは、どうやらあなたは私の知らないファクターの1つら……ッ!?」
干吉が凪との距離をとって体制を立て直そうとすると、不意に己の周囲に張り巡らしている八門遁甲が弱弱しく反応を返していた。
__何故、これほど近くになるまで気づけなかった?!
干吉は背後に強烈な悪寒を感じ、無理矢理に体勢を捻るようにずらす。
ズブ
生々しい音と共に一瞬視界がブレた干吉は、自分の体に明らかな違和感を感じ、ゆっくりと視線を下げると……自分の腹から、白銀の刃が突きだされていた。
「……は……?」
よく現状が解からずに、ギギギっと、油が切れたかのように首を捻る干吉。
「……ギリギリで急所を避けたのか、気配は消してたんだけど……どうやって気づいた?」
「隊長!」
凪も接近していたのを気づけなかった……干吉の背後から、一刀が日本刀を突き刺している。
「ほ、郷……一刀?
こ、これは……予想外が……過ぎますね。
それに、今の……八門遁甲の反応は……?」
干吉は口から流れる血をそのままに、苦痛に歪んだ笑顔で一刀と目を合わす。
ズシュッ、ジワァ
刀が容赦なく引き抜かれると、干吉の体から堰きとめられていた血が流れ始めるが、本人はさして気にもしていないように振り返って、一刀を見続けている。
「……ふむ」
「………………」
互いに睨み合っているわけではないが、それ以上の緊迫感を持って対峙していた。
そして静かに動き出した干吉は、手に力を込めて、穴が開いた腹へとそっと当てた。
シュウウウゥゥゥゥ
何かガスが抜けるような音がすると、干吉からどんどんと出血が収まってきているのがわかった。
__まるで……魔法だな。
異常な光景に、寒気を覚える一刀。
__やはり、こいつらは異常だ……手の内が読めない。
だが表面上おくびにもださずに、一刀は皮肉気に笑った。
「そんなこともできるのかよ?」
……口調から判断して、お前が干吉ってのかな?」
一刀は確認を取るように干吉に問う。
「これは所詮応急処置ですよ。
ただ止血をし、痛みを抑えているだけです。
これ以上力を費やすのは、私としても厳しいのでね……さて、こうしてちゃんとお会いして、話しをするのは、こちらでは初めてになりますか北郷一刀……御推察の通り、私が干吉です。
…………左慈! ここに北郷が出ましたよ!」
いきなり干吉は叫ぶと、腹に当てているのとは違う手を大地へ向ける。
その掌から赤文字が地にジワッと広がると、バンッ! という爆竹が爆ぜたような音と共に、煙が上がり、1つの人影が現れた。
「……どうした干吉、まさかお前がやられたのか?」
煙から現れた男が、干吉を一瞥して意外そうな顔をしている。
「えぇ……どうやら私達は、北郷を舐めていたようですね。
気をつけて下さい、北郷はどうしてか八門遁甲で捉え辛いようですよ……それにあちらの娘さんは、恐らく新しいファクターのようでして……油断をすれば、貴方でも危ないんじゃないですかね。
おや……左慈? 貴方もその格好は、どうしたのですか?」
煙が晴れた左慈を見ると、確かに服装のところどころが破れているし、頬には殴られたかのような腫れた後があった。
「チッ……俺も新しいファクターを舐めていた。
虎が予想以上の強さだったぞ! 一体どうなってやがる!
……まぁいい、まだいけるか?」
取りあえず干吉の傷は一応だが塞がった様で、スクッと立ち上がると、左慈と並ぶ。
「えぇ……ですが、そんなに余力は残っていませんよ?」
「それでいい、張角を使え。
外野の時間を稼いでくれれば、それ以上のことは望まん」
干吉はそう言われると一刀から視線を外し、後方にいる凪や天和達の方へ振り返り、背中越しに左慈へ語りかけた。
「……はい、了解しました。
ですが今回の目的は、既に果たされつつあります。
このまま達せれば僥倖ですが、退くのも手ですよ? 愛しの左慈」
「ふん!
ここで北郷を倒せばいいのだろう? っていうか、気持ちの悪いことを言うんじゃねぇ!
……よう、ようやく御対面だな、北郷一刀」
左慈は気を取り直して一刀に対面すると、腰を下げて構えを取る。
干吉は凪と天和達の方へ向かっていった。
「お前が左慈ってのか……何故、俺を狙う?」
その構えから、一刀は左慈の実力を推し測った。
__隙がない、素晴らしい構えをしている……強い。
「ふん! そんな事を知ってどうする?
俺はお前が気に入らない、そしてこの世界も気に食わない。
理由なんぞそれで十分だ!」
そうぶっきらぼうに言い放つと、間髪いれずに左慈が駆け出してきた。
__問答無用か!
一刀は心中で文句を垂れるが、迫る左慈をみて悠長な考えは切り捨てた。
__春蘭に一歩届かないが、それでも自分よりかなり早い! だけれど武器は持っていない、ということは無手か暗器系か?
一刀は迫りくる左慈に対し、無手ならばともかく、暗器の可能性へ気をつけるため、何時でも退ける防御寄りの構えをとる。
「そんな弱腰でいいのかよ!」
左慈が伸びてくるような蹴撃を放つが、それを一刀は余裕を持ってかわす。
だが左慈はそこから足の軸を入れ替え、すぐさま回し蹴りを繰り出してきた。
「……! クッ」
一刀は大きく後ろへ跳ぶと、距離を取り直す。
その見事な回避行動に、何故か左慈が目を見開いていた。
「お前……本当に、北郷一刀か?」
かわされた事に驚いている左慈が、信じられないように一刀を睨む。
「あ? 何を言ってるんだ?」
訳のわからない事を呟いている左慈を、油断無く見据えながら、一刀は刀を構え直す。
__いい動きの上に、やりづらい攻撃だ、だけど逆に言えば……あんなんで俺とやる気なのか? これなら勝てる!
「ハッ!
ようやく少しはやる気になったかよ。
お前には不可解な点があるが……まぁいい、貴様を消してから、ゆっくりと考えてやる!」
左慈がまたもや意味不明な事を叫びながら、真っ直ぐに駆け出してくる。
””これで決める””
対峙する両者が共にそう心に決め、ぶつかり合おうとした、その時……
ヒュッ
2人の間に小さな石が投げ込まれた。
突如水を注された格好となった2人は動きを止め、互いに心の中で悔しく思いながら、距離を開ける。
距離の開いた2人が、視線だけを石が投げられた方へ向けると、そこには木に寄りかかっている、1人の美女が佇んでいた。
「ねぇ貴方達、ここらで張角って奴を見なかったか・し・ら?」
その微笑んだ口元から、優雅でかつリズミカルな声が場に紡がれた。
「なんだお前は? 邪魔をするな!」
左慈が突然現れた闖入者を、凄まじい視線で睨み怒鳴りつける。
「あら怖い。
フフ、私は張郃っていうんだ・け・ど……貴方達のどちらかが、件の張角なのかしら?
それともあっちの方にいる人達?」
張郃と名乗った彼女は、優しく左慈に微笑み返す。
その質問に答えない一刀達をみて、張郃はため息をつきながら、ゆっくりと木から離れると、その手に装備された鉤爪を光らせながら構え始めた。
「う~ん……答えない、か。
手がかりはあの化物の人相画だけなのよねぇ。
私1人で全員は厳しいかもだけど、麗羽の馬鹿をいじめたいたから、ちょっとだけ頑張っちゃおうか・し・ら」
張郃はスッと鉤爪を左慈へ向けると、本当に倒れてしまうのでないかと思わせるほどまで体勢を落とし、まるで大地を”蹴け上がる”ように駆け出した。
「「な!?」」
2人から、驚きの声があがる。
__速い!
驚いている2人を無視し、張郃は地面スレスレの、極端な前傾姿勢のまま左慈へ突撃していく。
「クッ! 八門遁甲!」
左慈は1つ叫ぶと張郃へ体を向け、すぐさま”八門遁甲”を展開する。
一刀はいきなり場の雰囲気が、微妙にだが変わったように感じた。
__なんだ? この変な空気は。
一刀が微細な違和感に疑問を抱くが、もうすぐ張郃が左慈と当たるので見逃すまいと注視する。
「……ついてこれるかしら?」
ギリギリ間合い外にいる張郃は、口元に微笑みを浮かべながら、斜め前へ飛び込む様に方向を変える。
「なに!」
あまりの急激な方向転換で間合いに入られた左慈は驚き、急いで張郃を追おうと体をそちらへと向けるが……あるはずの張郃の姿が無い。
離れている所から見ていた一刀には解かったのだが、一気に飛び込んだ張郃は片足だけで着地をすると、そのまま片足だけで地を押し込むように蹴り上げ、元の直線へ戻るように急速な方向転換をしたのだ。
2度の目にもとまらぬ方向転換に、完全に左慈は体を振られてしまった。
「もらった!」
張郃が鉤爪を左慈の側面から振りかぶる。
だが、先に展開していた八門遁甲が助けになった。
体どころか視線さえ張郃へ向けられていない左慈は、八門遁甲によって流れを読み、前にのめり込むようにして攻撃をかわす。
左慈はそのまま前転するように転がると、すぐさま立ち上がって体勢を立て直した。
「あれ?
今のは完全に入ったと思ったのだけれど……」
よけられた張郃が、首を捻りながら思案している。
「……なんて、やつらだ」
離れていた一刀は、その光景を見て冷や汗を流しながら驚いていた。
__力技で、強引に視線を外しやがった。
あの極端な前傾姿勢は、絶妙なボディバランスと、彼女のスラリとした足からは考えられないほどの強力な脚力によって実現されている。
そして猛禽類が空中で獲物を捕える時に見せるような、トップスピードでの急激な方向転換は、一体どれほどのしなやかな筋肉と、柔軟な関節があれば成せるのかわからない。
__それに……左慈の方も、どうしてあれをかわせた?
見たところ完全に反応が遅れてたのに……まさか、さっきの違和感?
「ちっ、貴様も新しいファクターなのか。
どうしてこうもイレギュラーが起こる?
……干吉はまだか!」
苛立って叫ぶ左慈に、張郃は鉤爪を慎重に向けたまま、視線だけを一刀へ移した。
「ねぇ君。
貴方は張角ではない?」
張郃のあまりにストレートな質問に、一刀はすぐさま答えた。
「違う」
「そう……実はさっき山を駆け上がってくる時に、白装束を着ていた奴らを、黄巾党の中でちらほら見かけたのよね。
そこからこの左慈って子が、騒動に噛んでいると私は考えているんだけど……正解?」
「……あぁ」
「でも、この子は”左慈”なのよね?
張角ではないのかしら、それとも偽名?」
「…………」
「はぁ……ここでだんまりかぁ、参ったわね。
貴方達2人を相手にするのは厳し”張郃”……ん?」
一刀が張郃の言葉を遮ると、張郃に対しての警戒を解いた。
「俺は、君と敵対したくない」
それだけ言うと、一刀は左慈だけに向けて構えをとった。
こちらへ向けるあまりに無防備な一刀の姿に、張郃は唖然とするが、徐々にそれは笑みに変わっていった。
「へぇ? ……ふふ、いいわ!
取りあえずあの左慈ってのからは”ヤバそうな匂いがする”って、勘が告げてるのよね。
とっても面白そうだ・か・ら……手を貸してあげる」
こうして一刀と張郃の急場タッグは、左慈へ向き直った。
「……こいよ、人形が!」
気迫を放つ左慈に、まず向かったのは張郃だ。
先程と同じように、間合い外での横移動を繰り出すその速さには目を見張る。
だが今度は先程とは違い、相手の手札がわかっているので、左慈は自分の周りをグルグルと回る張郃に気をつけながら、注意深く出方を伺っていた。
__チィ! 動きに気をつけているのにも関わらず、体が追いつかなくなりそうだぜ……だが俺は八門遁甲を敷いている、警戒する必要はねぇ!
左慈は意を決して蹴撃を放つと、張郃はそれをかわしてカウンター気味に鉤爪を突き出してきた。
顔面へと迫る鉤爪の向こう側では、張郃が確信の笑みを浮かべている。
「そんなもん、こっちは読めてるんだよ!」
左慈はそう叫ぶと、外した蹴撃をそのまま振りぬくように体を回転させ、裏拳を放つ。
「っ?! そんな!」
張郃の鉤爪は、首を曲げた左慈の頬スレスレを外していた。
まるで事前に打ち合わせたかのように、ギリギリに避けられた左慈を見て、一刀は違和感を感じる。
そして左慈の裏拳が、猛烈な勢いで張郃の顔面へ迫っていく。
予想だにしないカウンターを返された張郃は、なんとかガードをしようとするが、とても間に合いそうにない。
「ッ!」
張郃が目を逸らさずに拳を睨むが、容赦なく左慈の拳が視界を埋めていく。
ガッ
「よし、次は北ご?!」
左慈は確かに殴った感触を感じたが、どうも様子がおかしい。
「え? ……キャ!」
勢いのついた裏拳を、両手で支えるように掌で受け止めた一刀は、自らの体をぶつけて張郃をどかす。
「……っつ~~……」
左慈の細腕からは考えられない程の威力に、一刀は腕が痺れてしまいそうになり、苦痛から顔をしかめた。
そしてここでようやく八門遁甲が、弱弱しく反応を左慈へ知らせる。
__馬鹿な! 何故ここまで近づかれて気づかん!?
左慈は一瞬の内に、八門遁甲の再確認に走るが……張郃の存在はしっかりと捉えているのに、北郷は切れかけた電球のように、弱弱しく捉えたり消えたりしていた。
”……気をつけて下さい、北郷はどうしてか八門遁甲で捉え辛いようです”
先ほど干吉が発した、忠告の言葉が脳裏に蘇る。
__この、北郷一刀は一体……なんだ?
左慈が驚愕で頭を一杯にしている……そしてそれは、一刀にとって好都合。
一刀はすぐさま左慈の手首へ握りなおすと、左慈を後手のまま一本背負いの体勢に入る。
”逆・一本背負い”
相手を背中越しにして繰り出すこの一本背負いは、本来柔道に存在しない技……なにせこれが決まれば、確実に相手は肩と腕の骨が逝ってしまう。
__しまった!
慌てる左慈だが、すでに重心を不安定にさせられており、もはや抜けるどころか抵抗すら難しい。
後方へ片腕が引っ張られていき、どんどんと逸らされていく状態の左肩が、過大な負荷から悲鳴を上げ始めた。
__くっそがぁあああ!!!
左慈は心中で憎らしげに叫ぶが、完全に極まった技は抜けられない。
ッゴキ
投げられている途中で、左肩が折れるイヤな音が耳に響き、腕の筋がオシャカになるのがよくわかる。
せめて手だけは離させようと、左慈は投げられながら、もう一方の手で一刀の側頭部を空にいながら殴りつけた。
「ッイツ!?」
予想外の攻撃に思わず手を放してしまった一刀は、後退して頭を触る。
__血が出てる、少し眉の上を切ったか? それにしても……激痛で気を失ってもおかしくないのに……なんて精神力だ。
立ち上がった苦い表情の左慈は、投げられた左肩を押さえていた。
医者にかかれば治るだろうが、しばらくは使えない。
「降参したらどうだ?
片腕で勝機は無いぞ」
忠告を兼ねた降伏勧告に、左慈は脂汗を浮かべながら一刀を睨む。
「そうよ、こっちは2人いるんだし?
…………私も、さっきみたいにはやられないから」
張郃も一刀の隣に並んで立つと、言葉の最後にはゾクっと寒気がするような殺気を混ぜ込んでいた。
すると……
…………♪……♪♪~
対峙してた者達の間に、どこからともなく歌声が流れ始める。
「……なんだ?」
「歌、かしら?」
一刀と張郃が辺りを見渡すと、視界の奥で天和が歌っているように見える。
そして干吉が天和の背後から、何か本のようなものを広げていた。
__あの本は…………どこかで?
訝しげに遠く離れた本を一刀が注視していると、左肩を抑えた左慈は俯きながら薄く笑っていた。
__ッハ……遅いぜ、干吉。
「さて、左慈に頼まれたのですし私もさっさとやりますか……早くきなさい、張角!」
左慈と別れた干吉は天和達に向かいだす。
「きゃあ!」
「姉さん!」
干吉に命じられた天和は、2人の姉妹を振り払って、干吉へと駆け寄っていく。
「させない!」
凪はそれを食い止めようと、すぐさま干吉に迫った。
__当たらないのならば、せめて動きだけでも止めてみせる!
「……クッ、邪魔ですね」
干吉は凪の連撃をかわしながら、なんとかそこまで来ている天和に近寄ろうとするが、それを見越した凪の牽制する動きに、中々チャンスが訪れない。
チラリと視線を後方へ移すと、左慈がいつの間にか新手ともやり合っており、苦戦しているようだ。
__早くしなければなりませんね……いっそ直接殴りかかってきてくれれば、私にもやりようがあるのですが、こう距離をとられての牽制では、八門遁甲も意味がありません。
その膠着はしばらく続き、もう干吉は10合近くかわしている。
仕方がない、と消耗を覚悟して術を使用しようと決意するが、1つ策を思いついた。
「張角!」
「何?! うわ!」
干吉が叫ぶと、天和が凪と干吉の間に飛び込むようにして割り込んでくる。
凪はいきなり身を投げ入れた天和を、危うく殴ってしまいそうになるが、なんとか止める事ができた。
だが身体が一瞬硬直してしまい、大きな隙ができる。
「傀儡達、時間を稼ぎなさい!」
その隙をついて干吉は凪から距離をとると、先程からずっと立ち尽くしていた白服達に命令した。
言われるままに動き出した10体の人形達が、凪の行く手を阻むように立ち塞がる。
「チィ! どけぇええ!」
襲い掛かってくる白服達を、凪の拳撃が打ち壊していく。
時間を稼ぐようにとけしかけた人形達だが、凪を止めるにはあまりにも性能が悪すぎた……これでは直ぐに突破できてしまう。
次々にバラバラにされる白服達に、干吉は深くため息を吐くと、気を取り直してようやく天和をその手に捕まえた。
そして震える天和の後ろに立つと、目の前に太平要術を広げる。
「ふぅ……これでようやく体勢が整いましたね。
これで私の力を消耗しなくても……どうとでもなります」
天和の目の前に広げられた太平要術が淡く光出すと、泣いている天和の瞳は徐々に色を失っていき……やがて、歌い始めた。
「あ、あぁ……ぁ……! ……♪……♪♪~」
だがいつもの彼女らしい希望に溢れた歌声には程遠い、まるで変声器を通したかのような奇怪な歌声が辺りに響く。
そしてその天和の歌声は、山全体へと渡っていった。
♪♪♪♪~~~♪♪____♪♪______
「な、なんだこの声は!? あぐ、頭、が……」
「春蘭様! ボクも頭が……でも、この声って、変、だけど……」
「……もし、かして……天和さん、じゃないですか?」
関羽達に黄巾党を押し付けられた春蘭達は、どうにか山の入り口にまで辿り着くと、音源が複数あるかのように、至るところから歌声が聞こえてきた。
その声を聞いた春蘭達や、その部下の兵達は殴られたかのような頭痛が始まり、それに反して対峙している黄巾党達は、皆目の色を変えて突撃してきた。
まだ耐えれるだろうが、そう長くは持ちそうにない。
「……兄ちゃん!」
「兄様ぁ! 頑、張って……下さい!」
2人の苦しげな声が山に響いた。
♪♪♪____♪♪__♪♪♪♪♪♪____♪~
「愛紗~! 鈴々は頭が痛いのだ~~!」
「っく! なんだこの歌は?! ……しかも、こんなところで木が薙ぎ倒されているなんて……進めな、イタ!」
「皆、大丈夫か~?」
心配した鈴々が振り返ると、連れてきた部下達は苦しそうな顔をしていたが、まだなんとか耐えていた。
流石は精鋭達といえるが、これで山を登るスピードが落ちるのは間違いない。
♪♪♪~~~~~♪♪___♪___
「ん、なんだいこの声は? ……歌か?」
「か、母様……頭が痛い……」
「雪蓮もか……私も、これは少しきついな」
「そ……孫堅様! 黄巾党の抵抗が、激しく……なって、ます!」
その兵士は報告を終えると、頭を抑え苦しそうに地に蹲ってしまう。
「ック」
表情を歪めた孫堅が辺りを見渡すと、将達はともかく兵達の大半が目も開けれずに、ひたすら頭痛に耐えていた。
「堅殿……先ほどの左慈とかいう奴にやられた傷も響くだろう……黄巾の、イツッ……様子も何やらおかしい、ここは撤退した方が、良いのではないか?」
「……祭……わかったわ。
折角袁術の嬢ちゃん達の鼻をあかせて、私等が独立するいい足掛かりかと思ったけど……
こんなところで、誰かを失うわけにはいかないね。
祭! 雪蓮! 冥琳! ここは退くよ! 兵達の安全を最優先とせよ!」
「「「御意!」」」
♪♪♪♪♪♪__♪♪♪~~~~~
「きぃぃ~~~~~~!!!!
一体なんで、この黄色油虫共はこんなに元気なんですの!!!
全然山へ近寄れないじゃありませんか!」
「くっは~~! こいつらここからまだやる気が残ってるなんて、根性あんじゃん!
よっしゃあ~~! 燃えてきたぜ~~~!!」
「文ちゃ~~ん! そんな正面から、突撃だけだなんて駄目だよぅ~!」
顔良の苦難は……
♪♪♪____♪♪~~~♪♪♪♪♪♪___♪♪______
「いや~すまんなぁ、なんか黄巾党にむっちゃ追われてて、しかも道に迷ってまうし……」
「ごめんなさい~なの~!」
「ったく! 仕方ねえな! 行くぜ蒲公英!」
「待ってよお姉さま~~! 私達の目的は張……」
「おっしゃ~! 行くぜ~~~~! ……って、歌ぁ?」
「な、なんやいきなり? あ……頭が……」
「い、イッタイの~~~!」
「っくう! こんなんで……あたしの槍は、止まら……ないぜ~~!」
「お姉さま~~! 蒲公英は痛いよ~~~~!!」
♪♪♪♪♪____♪♪______♪♪♪♪♪♪____♪♪______
「い……いた、い」
あまりの酷い頭痛に、張郃は蹲ってしまった。
その様を左慈は獰猛な目つきで、ニヤリと眺めている。
これで外史の人形どもは動けない。
洗脳まで出来れば儲けものだが、ファクターレベルだと、長時間かけ続けなければ無理だろう。
だが、今は邪魔さえ入らなければそれでいい。
もはや張郃は脅威に値しないので、左慈は北郷へ視線を移した。
奴に太平要術は効かないが、1対1ならばこちらにも勝機はある。
__あ……?
「なんだ……と……?」
左慈は目前の光景を、まるで信じられないでいた。
そこでは北郷一刀が苦痛に顔を歪め、頭を押さえながらも立っている。
__そんな、馬鹿な! 奴に魅了が効いてるってのか?!
脂汗をかきながら、こちらを睨んでいるその姿は……到底芝居に見えない。
「………………」
きつく睨む左慈の心情は、迷い始めていた。
いくらなんでもおかしい、おかしい事が多すぎる。
__ここで、北郷一刀を消すのは正しいのか?
だけれど、一刀はそんな左慈の心情など知った事ではない。
張郃のように、立ち上がる事さえ出来なくなる程ではないが、激しい頭痛が思考を鈍らす。
しかも不味い事に、目の前で対峙している左慈は平然としているのだ。
こんな状態で張郃を庇いながら戦ったら、まず負けてしまう。
一刀は牽制をするために頭痛を無視して、懐から投げナイフを2本取り出して左慈へ投げた。
とにかく今は、近寄られるのは拙い。
左慈はこちらを見据えたまま、じっと構えている。
__避けないのか……?
そう一刀が考えていると、左慈の腕が淡く光だし、飛んできたナイフをそのまま”掴む”。
先に投げたナイフの影に隠れるようにして投げたのも、左慈の光る腕に払われるようにして弾かれてしまった。
「ッハァ?」
ナイフの刃をそのまま掴む左慈に、一刀は素っ頓狂な声をあげてしまった。
__何だよアレ? あの光、最近よくどこかで……まさか凪の気弾と同じ? ってことは……
一刀は脳内で1つの結論に達し、先程からの頭痛がより酷くなったような気がした。
__危なかった……武器を持っていないから勝てると踏んでたのに……そりゃそうか、生身1つで刃物に挑むわけもない、か。
自分の考えの甘さに内心苦笑している一刀を、未だ睨み続けている左慈。
__あんな身体強化方法があるんじゃ、迂闊に近寄れやしない……刃が通じるかもわからない。
幸い、左慈は動き出さないようだが……
是非も無い。
真桜のコレは天和達を逃がす時に、万が一見つかったら使おうと思ってたけれど、そうも言っていられそうにない……近寄られたら終わりだ。
一刀は懐からナイフではなく、丸い玉を1つ取り出すと左慈へ投げつけた。
不審なものを投げつけられたので注意する左慈だが、その玉は自分に届く手前で突然、乾いた破裂音と共に爆ぜた。
ボワン
「……なんだ、これは!?」
視界を真っ白に埋め尽くす煙に左慈は一瞬慌てるが、ただの煙幕だと気づくと構えを解き、一応八門遁甲だけは敷き直して、その場を後にした。
「……俺は、何をしている?
こんなにも絶好の機会だというのに……」
ズキズキと神経を抉るような、左肩の痛みさえ気にならない。
__どうして、あいつから…………?
「流石に効果はてきめんですね……範囲が山一つ程度というのは、所詮写本と言ったところですが、まぁ贅沢は言えません」
辺りに潜伏させている傀儡達から送られてきた情報は全て吉報であったが、干吉は満足な笑顔を浮かべる事が出来なかった。
張姉妹の2人は頭を両腕で抱えながら地に蹲っている……この距離で”強制魅了”に耐えていられるのは大したものだが、当然動けるはずはない。
だが干吉の視線の先には、凪が未だ活発に動きまわり、人形達を破壊し続けているのだ。
__何故、彼女には効かないのでしょう?
本来この至近距離で影響を受ければ、理性を削られ動けなくなるか、最悪”魅了”されて此方の意のままに出来るはず。
干吉は手元の太平要術の内容を確かめるが、しっかりと”強制魅了”のページを開いていた。
____♪♪_____♪___♪♪♪_____
「はぁああああ!!」
ボキャコ
また1体が破壊された。
残るは2体……もはや時間の問題だ。
♪♪♪♪♪♪____♪♪______
「……どうして貴方には効かないのでしょうか。
このままでは鬱陶しいですねぇ……貴方にはファクターの力があるようですし、なによりこのままでは、流石に私も動けません」
ボキィ……ガランガラン
そうこうしている内に、また1体の首が吹き飛ばされた。
♪♪♪____♪♪~~~♪♪♪
「左慈は……まだ終わっていないようですねぇ」
ガシャ~ン、カラカラン
そして最後の一体が砕け散った。
全ての白装束を倒した凪は干吉を睨むと、すぐさま大地を疾走する。
♪♪___♪♪♪♪♪♪~~~~
まるで銀色の狼のように迫るその姿に、干吉はまた深いため息をついた。
「ふぅ……仕方がありません、力の消耗を覚悟でやるしかなさそうですね……時間稼ぎになればよいのですが……”縛”!」
♪____♪♪♪______♪♪♪____
「なんだ?!」
突然、凪は駆けている自分の体を、重く覆うような空気に包まれていることに気がついた。
「やれやれ、これでしばらくは大人しくして頂けるでしょうか?」
♪♪____♪♪♪♪♪♪_____
水中を泳いでいるような動きにくさを感じ……その水が泥のようにどんどんと重くなっていく。
「……っくぅ!」
♪♪♪♪♪____♪____♪♪♪♪____
その時……凪の背にある、風呂敷が強く光った。
「っ!」
同時にフッと体が軽くなり、重しが無くなった凪は、一気に干吉への距離をゼロにする。
「はああああああ!!」
「なぜです?!」
ブオン、ドグ
強烈な凪の蹴りが、無防備な干吉の横腹に叩き込まれる。
モロに凪の蹴撃をもらった干吉は勢いよく吹き飛ばされて、木に当たるまで止まらなかった。
♪♪♪__♪_~~……ドサッ……
干吉の拘束が解けた天和が、その場に崩れ落ちる。
それと共に歌が止まり、頭痛が止まった地和と人和はフラフラと近寄って、倒れている天和を揺さぶった。
「ね、姉さん? ……姉さんってばぁ! 天和姉さん返事してよ!!」
「起きて、起きてよ天和姉さん……」
2人は必死に揺すぶるが、天和から言葉が返ってこない。
その様子に絶望を覚える2人だが、駆け寄った凪が天和の容態を調べると、ただ気絶していることがわかった。
「張角は大丈夫です。
お2人ともお願いがあります。
この……っしょと、この中にある荷物へ着替えて下さい。
華琳様が貴方達を助けてこいと、おっしゃっております」
「曹操さん、が?」
「私達を……?」
「えぇ! 現在、貴方達の素性は他勢力にはわかりません。
ですから他に知られる前に、貴方達をここから逃がします。
隊長が時間を稼いでいる内に……早くお願いします!」
「……隊長?」
「北郷一刀様です、貴方達の事を大変心配しておりました」
「一刀……が?」
「私達を……」
思いがけない人の名前に、2人は涙ぐむ。
「ええ! ですから急いで下さい!
張角さんも一緒にお願いします」
「はい! 地和姉さん急ぐわよ!」
地和と人和は2人で協力して天和を物陰に運んでいくと、凪から預かった兵士の服へと着替えてゆく。
その姿を見届けた凪は、自分が吹き飛ばした男へ鋭い視線を戻した。
「あの……風呂敷の、文様は……
……ハァ~~~………………」
干吉がこれでもかという程に深く長いため息をつくと、落ちた太平要術を拾いながら、フラフラと立ち上がろうとする。
先程の攻撃で恐らく肋骨が数本……もしかすると、内臓も痛めたかもしれない。
「あの文様、かなり歪ではありますが……術の弱体化の陣が描かれている?
南華老仙といい……一体何が、この外史に起きているというのです?
まさか何者かの介入だというのか?」
ぶつぶつと呟きながら干吉は立ちあがって視線を上げると、直ぐそこにまで凪が駆けて来ていた。
「ッゥ……”縛”」
「な、グゥ!?」
再び術をかけられた凪は自身の体が重くなるのを感じる……だが、完全にはその動きを止めなかった。
「やはり、そろそろ……私も限界なのですね」
一歩一歩と遅い歩みではあったが、歯を食いしばりながら凪は近づいていた。
肩で息をしている干吉は、片手で印を結んで地面に陣を展開させる。
そして早めに左慈を呼ぶために干吉は後方へ視線を移すと、何時の間にかその場所一体が煙に覆われており、彼の姿を確認できない。
声が届けと祈るように、干吉は叫んだ。
「左慈! もう限界です、帰りますよ!!」
「わかった、今行く!」
返答と共にその姿がうっすらと確認できたので、干吉は胸を撫で下ろした。
光り始めた陣に左慈も入ると、干吉は凪へ視線を戻した。
その視線を受けて凪が、逃がすものか! っと全身の力を総動員させながら歩むが……まだ遠い。
干吉は太平要術をヒラヒラとさせながら、最後に余裕を見せるかのように微笑んだ。
「ふっふっふ……さて、我々はここらで退散しましょうか。
先程の貴方達の会話は聞かせて頂きましたよ。
どうやら曹操のところに身を寄せているのですね……今回はそれがわかっただけでも良しと”ヒュッ”……!」
突如投げられたナイフを、辛うじてかわす干吉。
もはや八門遁甲を敷く余裕も無い今の状態で干吉がかわせたのは、奇跡に近いかもしれない。
「いやぁ……容赦がありませんね、北郷一刀殿。
今のはこの、太平要術を狙ったのですか?」
煙の中から張郃を連れた北郷の姿を確認した干吉は、横目で流し見ながら、まだ余裕の口ぶりだ。
「……その本、どうやって手に入れた?」
「この太平要術ですか?
とある娘達が持っていたので、少々強引な手で奪わせて頂いたのですよ」
その言葉を聞いた一刀の視線が、普段からは想像出来ないほどに鋭くなる。
「何故睨まれるのかはわかりませんが……もしや、お知り合いで?
それはお気の毒な事をしてしまいました、ですが大丈”後ろだ干吉!”……ゴフッ…………今日は、つくづく……不意打ちを受ける、日なのですね」
左慈の叫びと共に、赤い血が干吉の口から溢れだす。
その干吉の胸からは、炎の様な赤い槍先が突き出ていた。
辛うじて急所を外しているのは、念のため敷いていた八門遁甲によって左慈がいち早く気づき、迫る槍を殴って軌道を直前に逸らさせたからだ。
「チィ! ならば、その本だけは返してもらうぞ! 干吉!」
「くそが!」
左慈が突如背後に現れた人物に蹴りを放つが、ヒラリと身の軽い動作で避けられた。
その人物の手には、既に干吉の手にあった太平要術が握られている。
「随分と探したぞ? 干吉よ。
歌が聞こえたので、まさかと思い体に鞭打って登ってくれば……案の上だったな。
こんな不意打ちは性に合わぬが……お前にだけは特別だ!」
その人物は干吉を睨みつけながら、恐ろしいほどの殺気を放っていた。
「趙雲!?」
乱入者に見覚えのある一刀は、記憶から名前を探り出して驚く。
「……おぉ?!
貴方はもしや、北郷殿ではありませんか? お久しいですなぁ。
まさかこのようなところで出会えるとは……いやはや、これも因縁というべきなのか」
先程とは打って変わった態度で、趙雲はうんうんと感心しているように頷いた。
「おい! 干吉しっかりしろ!」
もはや限界の干吉は地に伏し、そこで血溜まりに沈んでいた。
「左、慈……アグ、心配……していただけるとは……嬉しい、ですね……
はぁ、はぁ……”転”が……発動していた、後で……助かりましたよ、後は……”発”」
弱弱しく呟く干吉は、あるところへ発動の念を送ると、左慈とともにその姿を消した。
「っち、仕留め損なったか? まぁいい。
どのみちしばらく再起などできぬであろう、この本も取り返したしな」
消えた干吉達に舌打ちをした趙雲は、戦闘体勢を解いて槍を下ろし、持っている太平要術を見ながら満足気な表情になる。
だが……
ッボウ
「何?! アチッ!」
突然、不自然な印が表紙に現れて表紙に火がついた。
慌てて手離された太平要術が、地に落ちてボウボウと燃えていく。
趙雲が慌てて火を消そうとするが、槍先でバンバンと叩いても消えそうにない。
ようやく火が消えた頃には、太平要術は灰に成っていた。
「……ッグス」
少し涙ぐんだ趙雲が1つ頭を振って立ち上がると、一刀の方へしんなりとして向かってきた。
「趙雲さん……?」
一刀は目の前まで来た趙雲の様子に疑問を抱く。
すると趙雲は、いきなり頭を下げた。
「申し訳ない北郷殿!
貴方の信で預けられた太平要術を奪われてしまった!
なんとか取り返そうと、あの干吉とかいう道士を追い続け、ここまできたのですが……
最後に燃やされてまった……誠に申し訳ない!」
すまなそうに頭を下げている趙雲に一刀は唖然としていたが、状況を理解すると緊張が解けて笑い出した。
「あは、アハハハ! 頭を上げてよ趙雲さん。
本は全然気にしないでいいからさ。
それよりも、君が無事で良かったぁ!
程立さんや、戯志才さんも大丈夫だったかい?」
その言葉を受けて趙雲は頭を上げる。
「いえ、稟……いや、あの時は戯志才と名乗っていたのでしたな。
戯志才はあの連中に襲われた時に、怪我をしてしまいまして……私としたことが、不覚をとりました」
「え! 大丈夫なのか?!」
「幸い命に別状はなかったのですが、中々治りにくいところのようでして……
ですが時間はかかりますが、ちゃんと完治するようですよ。
恐らく、まだ仕官先におるのではないでしょうか?」
「へぇ、彼女達仕官したんだ?」
意外な声色の一刀に、趙雲は恥ずかしそうに頬を少しだけ赤くした。
「あ、いや……お恥ずかしい話なのですが、旅の途中で路銀が尽きてしまいまして、手頃なところで稼ぐために仕官しておったのですよ。
そこでいきなりあの白い連中に襲われまして……お預かりしていた太平要術を奪われてしまったのです。
それから私は風達と別れ、北郷殿の信に報いるべく、奴らを追っていたのですよ」
「そっかぁ……いやぁでも助かったよ!
趙雲さんがいたから、奴等にあの本だけはなんとか渡さずに済んだ。
あれはどうやら、妖術書の類だったみたいだな」
「どうやらそのようですな……風の奴も大変な事になっておりましたし、あれはあの様な悪しき連中の手にあるべきものではありませんね」
話が一区切りついたので、一刀は自分が気になる事を尋ねてみることにした。
「あのさ……これから趙雲はどうするの? 俺は今、陳留にいるんだけど……」
「陳留、というと……曹操殿ですか!
それはそれは……しかし私もまだ旅に納得がいっているわけではないのですよ。
この件も終わりましたので、もう少し諸国を渡りたいと考えております。
……それでは、私のような流れ者が、このような場にいるのも不味いので……先に行かせて頂きます。
それと、これから私のことは星とお呼び下さい。
貴方と久しぶりにお会いしましたが……どうやら私の見る目は、確かだったようだ」
誇らしげに笑う趙雲に、一刀は笑顔で返す。
「真名を……星、ありがとう。
でもごめんね?
俺は字や真名がないんだ、だから俺のことは好きに呼んでくれないかな」
一刀の言葉に趙雲は頭を捻るが、納得はして貰えたようだ。
「真名が無い、とは失礼ですが随分と変わっておりますな……解かりました。
それでは一刀殿!
手合わせはまたいずれということで……失礼!」
趙雲はそう言い残すと、白い服を颯爽と靡かせながら山を駆け下りていった。
遠目にだが、手に蝶のような眼鏡(?)を持っていたのは……恐らく気のせいだろう。
駆け降りていく趙雲の背を見送ると、気配が近づいてきているのがわかった。
そちらへ一刀は視線を向けると、多少疲れた顔をした張郃がいた。
「中々彼女も面白そうな人ねぇ……それで?
貴方は……いえ、あっちの銀髪の娘も仲間みたいだから”貴方達”なのかしら。
曹操のところの者で違いない?」
張郃が一刀に微笑みながら徐々に近寄ってくる。
「………………」
「私は麗羽に、張角達を討ち取ってこいって言われてんのよねぇ……そ・う・い・え・ば。
……あそこの岩陰にいる人達は、誰なのかしら?」
__バレている。
まぁ干吉達の会話や、天和が歌わされた時点で既に隠しようもないのだ。
でも……
「ふーん……当たりってわけね。
大方貴方達は、彼女達を逃がそうとしているのか・し・ら。
だとすると…………私は、邪魔よね?」
その確認を取るような最後の言葉に、場の空気が一気に緊張していくのがわかる。
殺気が、場を支配した。
一刀は握っている刀を、強く握り直す。
天和達の事を知られたからには、張郃をどうにかしなければならない。
__やらなければ……駄目なのか?
そうやって一刀が苦悩しながら佇んでいる姿を、張郃は興味深げに眺めていた。
実際にそこまで長い時間が経ったわけでは無いのだが、2人の間に漂う沈黙は、長い時を感じさせる。
相変わらず張郃は緊張感を緩めないが、その見つめる視線はどこか楽しそうであった。
「袁紹軍もそろそろ飽きてきたし、そちらの方が楽しめそうだ」
「は……?」
突然ポツリと張郃が呟くと、満足そうな表情に変わって殺気を霧散させる。
「……う~~~ん! それにその表情、気に入ったわ!!」
ただ様子を眺めていたはずの張郃は、一気に緊張を解くと一刀に抱きついてきた。
「な、なんだ?! 張郃!」
__か、鉤爪が危ないんだけど……
一刀は慌てて離れようとするが、上背のある張郃はがっちりと首元を掴んでしまい離れない。
「貴方を気に入ったわ!
……君、絶対巻き込まれる体質でしょ?
あの白い連中、すっっごい危ない匂いがするものねぇ……それにあいつらが、貴方個人の事を狙っているのも気になるし」
「なんで耳元に口を近づけて話すんだよ?! ってか離れてくれ!」
「……私の勘がね、貴方についていけば絶対面白いことになるっていってるの……こんなにはっきりと感じるなんて、初めてだわ!
だ・か・ら……私を、あなたの傍に置いてくれないかしら?」
__だから爪が危ねえ! ……って待て、今なんて言った?
「えぇ?!
だ、だって君は袁紹の将軍だろ?!」
驚いた一刀が首を曲げると、肩に顔を乗せている張郃とバッチリ目が合う。
神秘的な紫の瞳から、彼女の意思の強さを感じさせられた。
「いいのよいいのよ!
どうせ大して重用してくれないしさ、麗羽はからかいがいあるんだけど、いい加減あの馬鹿笑いはねぇ……それに貴方って、曹操の所の人なんでしょ?
私は以前に曹操を見たことがあるんだけど、主の器で見るならば、間違い無く曹操は最上でしょうね。
それとも私が麗羽……あぁ、袁紹の事ね。
このことを告げ口しちゃったほうがいいのかなぁ~?
きっと曹操さん……これが原因で色んな人達に狙われることになるんだろうなぁ~……大変だろうなぁ~……」
「ッグ」
痛いところをズバズバと突いてくる張郃……どうやら頭もよく回るらしい。
「だから、私をあなたの傍にお・い・て?」
脅迫をスパイスにして、上機嫌に頼み込んでくる張郃に、どうやら勝算はないようだ。
「君がいいならいいけど、曹操に仕えるってことでいいのかい?
俺は彼女の客将なんだけど……」
「客将ぉ? う~ん……まぁ、あなたの傍ならそれでもいいわ。
でも私は、貴方に失望しない限りついていく。
人生一度きりだもの! 私は私の行きたい道を歩むの。
そこのところは、ちゃんと貴方が曹操さんに言って取り計らってよね?」
「ハァ……わかったよ、君は腕も確かだし。
華琳も許してくれるだろう」
「ん! ありがとう!
じゃあ私のことは悠と呼んで?」
「悠、か……俺は北郷一刀だ。
字と真名は無いからさ、好きに呼んでくれ」
「ふふ……北郷、一刀……か。
これからよろしくお願いね! 一刀」
悠の事もとりあえず終わり、一刀がそろそろ離れてもらおうと思ったら、凪がこちらへ走りよってきていた。
「隊長~~! って、何をしているんですか!!」
走っている凪が、一刀の後から抱きついている悠を見て顔を赤くする。
「私、一刀について行くことにした張郃っていうの。
よろしくね?」
「なぁ?! ……いやそれはいいですが(良くないけど!)なんで抱きついているのですか! 離れて下さい!」
「え~?
いいじゃない、一刀って抱き心地いいよ?
……一緒にやらない?」
「な、なななななぁ!
そんな破廉恥なことできません!!」
ボンっという音とともに、これ以上ないくらい凪は真っ赤になる。
「あらお堅い……初心なのかしら?
一刀ーこの娘は?」
「楽進っていう、最近華琳に仕える事になった娘だよ。
拳闘の使い手なんだ。
……おい、凪? お~~~い?」
「ハッ!? え~~と……?」
一刀が赤くなってぼーっとしている凪の目の前で手を振るうと、ようやくこちら側に意識が戻ってきたようだ。
「よし凪!
天和達を連れて早く降りよう。
さっきの歌で諦めた奴もいるだろうけど、逆にここを目指している人もいるだろうしね。
ほら、悠もいくよ?」
「ハッ!」
「はーい」
そして一刀達3人は移動して、天和達が着替えている岩陰へと声をかけると、魏の一般兵の格好をした張3姉妹がおずおずと姿を見せた。
気絶していた天和も既に気がついたみたいで、着慣れない服の着心地が気になるようだ。
3人は一刀の姿を視界に納めると、駆け寄って泣きついてくる。
「一刀ぉ~~……恐かったぁ、恐かったよぅ」
「ぐす……一刀だぁ」
「一刀さん……私ぃ……」
3人の背を優しく撫でる一刀。
「……3人とも、恐かったな。
だけどもう大丈夫だ!
直にこんな山なんか降りて、早く華琳達の所に行こうぜ」
その力強い言葉に3人は泣いている暇はないと頷きあうと、一刀達と共にそっと見つからないように、静かに山を降りていった。
「ぜぇ、ぜぇ……鈴々! 張角達はいるか?!」
「う~~~~ん……煙でよく見えないのだ~。
でも歌はこの辺で聞こえたのは、間違いないのだ!」
「それにしても誰だか知らぬが木で道を塞ぎおって!
おかげで無駄な体力を使ってしまったではないか……しかもなんなのだこの煙は!?」
ストレスが溜まっているのか、余裕の無い愛紗を見て鈴々が後ろを振り返る。
「む~~~……愛紗! そんなに怒ったら駄目なのだ~。
部隊の皆も疲れているのに、余計にバテちゃうのだ!」
「……う、鈴々に窘められるとは……」
確かに冷静になって後ろへ振り返ってみると、関羽達の部隊は少数精鋭を集めたとはいえ、黄巾党をかわすために、頭痛をひたすら耐えながら山を駆け上ってきたのだ。
全員が俯き、呼吸が厳しくて頭を上げられなくなっている。
ただでさえ、山頂部は空気が薄いのだ。
頂上の開けたところに出ると、今だ煙玉の影響が残っているのか、非常に視界が悪かった。
だが愛紗は薄れゆく煙の中に、ユラリと人影を見る。
「……そこかぁ!」
愛紗がその人影に青龍円月刀を振りかぶる、すると煙の中から3つに槍先が分かれた槍が現れてその攻撃を防いだ。
がきぃいいいいいぃぃぃん
金属同士のぶつかり合う音が辺りに響く。
「ちょぉぉぉっと~! 何をするんですか~?」
煙の中から出てきたのは銀色の長髪を靡かせ、狐のように細い目をした美人、紀霊その人が怒っていた。
「張角、ではないのか?」
訝しげな愛紗に、紀霊は細目を更に細くしながら抗議する。
「違いますよ~誰があんな角の生えた化け物ですか~!
私は袁術軍の紀霊将軍です。
貴方こそ張角でしょう~?
そんな鬼見たいな顔して~」
「だ、誰が鬼だ!」
「にゃはは~……鈴々はちょっと納得なのだ~」
「鈴々!? コホン……先ほどは失礼した。
私は劉備様にお仕えしている、関羽というものだ。
お主達も張角を?」
「劉備~? どこかで聞いた事があるような~ないような~? ……まぁいいです。
私も張角を探してるんですよ~この煙で全然見えないし~。
早く張角を討ち取って、美羽様にお褒め頂きたいのに~!」
「そうか、だが張角を討ち取……ではなかった、捕らえるのはこの私だ! そして桃香様に手柄を!」
「私ですよ~」
「私だ!」
「私~!」
互いに顔を突き合わせながら2人が言い争う。
「にゃ~~……どっちか先に見つけた方で、いいと思うのだ~」
「「………………」」
鈴々の一言で2人の顔に、恥ずかしさから朱が入った。
「……コホン! いいだろう紀霊殿、どの道私が先に捕らえてくれる! ゆくぞ鈴々!」
「私だって負けませんよ~。
美羽様~待っててね~!」
そうして2人が互いに反対へ振り返ろうとすると……
ユラッ
!!
「「セイ!」」
がきいぃぃぃん
「うわ!? 何しやがる!」
今度は、煙の中からでてきたのは馬超こと翠と、馬岱こと蒲公英であった。
2人の攻撃を防いだ翠は、突然攻撃を仕掛けてきた2人と、戦闘態勢をとるために身構える。
「どうやら……また、外れのようだな」
「ちぇ~ですね~」
「お前らいきなり危ないだろうが!
怪我でもしたらどうする!?」
翠のごもっともな発言に、2人はシレッとした態度で、視線を遠い彼方へと向けた。
「……加減はした」
「死なない程度にはね~」
「お、お前らな……」
「お姉様~! そんなに1人で先に行かないでよね!
蒲公英もう疲れちゃったよ~……李典さん達ともはぐれちゃうし~」
「全く、ちゃんと普段から鍛えないからだぞ、蒲公英!」
愛紗と閃華の2人は、翠達の言葉を聞いて獲物を下げた。
「むぅ、お主等も張角を探しているのか?」
「そうだよ。
あたしは西涼の馬超ってんだ。
折角やたら頭が痛くなる歌を我慢して、ここまできたんだ。
張角なんて、あたしがしっかりと討ち取ってやるぜ!」
そう言いながらブンブンと翠は槍を振り回す。
「ふ、それでは競争だな……行くぞ! お前達!」
「どうせ私が勝つんですし~いいですよ~。
皆さ~ん! 頑張って下さいね~~~!」
「は!
あたしの槍さばき、しっかり見せつけてやるぜ! 行くぞ蒲公英!」
「は~~~い」
やがて完全に煙が晴れ、この人達がこの場に張角がいないことに気がつくのは…………まだ、もう少し先である。
こうして黄巾の乱は終わりを迎えた。
暴走した黄巾党員達は歌が止むと皆倒れてしまい、何十万もの人員が袁紹と袁術に捕らえられることになる。
それをそのまま吸収したこの2勢力は、その規模の巨大さから表面的に大陸の2大勢力として、更に名を馳せることになった。
この黄巾の乱で漢王朝は、自身の権力の衰退を天下に示されることになり、各有力者達はこれからどのようにして生き残るかという動きを、活発に見せるようになる。
大陸に黄巾党以上の波乱が、起きようとしていた。
それが訪れたのは、1年後のことである。
どうもamagasaです。
長かった……しかも大丈夫なのだろうかコレは。
左慈、于吉、一刀、張郃の4人が勝手に動いていた感が強く残る出来になりました。
今回は、あとがき、+αである反省文も、合わせて長くなっております。
それではまず……
張郃、真名を悠さんですね!
初めに郁さんに感謝を!!!
ページ右上部に素晴らしいイラストが表示されていると思いますので、今まで拝見した事の無い方は是非クリックを! 見た事の有る方も再びクリックを! ……そして、感動を。
いやほんとマジで、以前拝見させて頂いた時、驚きで時が止まったのを覚えています。(勿論徐晃も他のイラストもです)
今回の登場に関して連絡した際にも、心よく了承して頂き! しかも設定を自分の自由にしていい、とのお優しい言葉まで頂けました。
この場を借りまして……
郁様、誠にありがとうございます!!!!
悠さんの武器”風月”が鉤爪なのは某ゲームの影響……なのかもしれません。
声色はちょっと色っぽい大人な感じですが、口調は親しみやすく、たまにリズミカルにもなります。
戦い方はスピードと急激な方向転換を生かした、一撃必殺型ですね。
星さんが蝶のように舞う、ならば悠さんは蜂のように刺す、こんな感じです。
2人とも戦闘タイプとしては近いけど、悠さんの動きの方が直線的か?
ちなみにトラックを2人に走らせた場合、直線で悠さん、カーブで星さん有利。
勿論既に悠さんファンの方がたくさんいらっしゃると思います! そこで一つ質問を、正直どうでした?
自分の中では雰囲気を合わせた気になってます。
これは違う! と感じた方はゴメンナサイ。
そして、紀霊……閃華さんは三尖刀という槍先が3つに分かれたフォーク(?)のような武器を使用してます。
銀髪の長い髪に細目の美人さんです。
間延びした話し方が特徴で美羽が大好き! 七乃とも仲がいい! そんな彼女は袁術軍では最高の武を誇ります。(全体を通してもかなり強いんですけどね)
そして悲しい事に……以後出演する予定は今のところ立っていません、ので設定は以上(影、薄くなるのかなぁ)
ここからは、話の中でわかりにくいと思われる部分を抽出して解説したいと思います。(裏設定みたいなのも合わせて)
自分の頭の中での考えみたいなものなので……興味が無ければここからはスルーして頂いて、下のアンケート結果へどうぞ。
まず……左慈・干吉ともに力を落としてます。
以前の力を制限無く使えれば、彼らは正直最強だと思ってます。(特に干吉さん、華琳様を手軽に意のままに操ったり、何百(何千、何万かも?)の白服を操るとか……超凄い操作系能力者なんですかね?)
無印の時は直接一刀君に手出しできないとかの制約があったから勝てたようなもので、その制限が無ければ彼らには到底勝てなかったと自分は考えてます。
よって登場させる際、その制限を無くす代わりに、かなり力を落とす事は決まっておりました。
現在の2人のパラメーターは主に以下の通り
左慈
・八門遁甲……周囲の流れの動きを読み、それを操る術。自身を中心にして球体に有効範囲が広がりますので、後ろの攻撃にも死角なく対応できます。ただ常に力を消費する常備消費型です。
使用方法としては主に”カウンター”ですね、干吉のように気弾を逸らせることもできます。(左慈の場合はそこまでではないので、ドラゴン○ールの気功弾を手で弾き飛ばす、あんな感じになります。)
・硬気功……気を体に巡らせて身体能力の上昇を目指すものの一種で、体が鋼の如く硬くなります、特にこれは左慈のお得意技にしてます。
無印の時からやたら体が頑丈そうだったからできた技ですが、体全体の強化はできません。
四肢に巡らす位ですね、胴体に回すと四肢の気は消えます。
……そして実はコレかなり強いんじゃないか? って思ってます。
生身が鋼の様に硬くなるとはいっても関節とか筋肉に影響はありませんから滑らかに動けますし、質量のない手甲を纏っているようなものですから、正面から戦うとなると両手足の攻撃に同じだけの防御方法があるわけです・・・(ちょっと反則か?)
これで放たれる突きが一番強そう。(凄まじいポテンシャル)
干吉
・八門遁甲……上記と同じ、但し干吉の方が上手い。
・傀儡操々……文字通り人形を生み出して操る法。(無印より性能は悪いし、そこまで数は出せない。それに数を出せば出すほど性能が低くなる。)
・縛……相手の動きを封じる術。
・操……相手を操る術(前作では意識を完全に乗っ取ってましたが、今回は余程力を消費しないとできない)
・転……あらかじめ印を施しておいた場所へ移動する術。
・発……あらかじめ簡易な術を仕込んでおいたものを発動させる術。
制限としては、原則として常時消費型は同時に使えません。八門遁甲と硬気功を合わせて使用したら誰も勝てないかもしれないので……(使っても無理がたたる。ただ”術”ならば一度発動させると後は力を使わない使いきりタイプもあります、例:転は発動すれば後は自由。この辺りはイメージで補完してください。)
後は、”縛””操”に関して……一般人なら”操”だけで操れますが、恋姫キャラに対しては”縛”で弱めて”操”を使わなければならない。(しかも消耗が一般人よりかなり高くなる)
恐らく原作の設定に近いと思います、無印で華琳様を操るときに、確か一度”縛”をかけていた気がしますので…………ただの力の誇示だったような気もしますけど(笑)
とまぁこの2人に関してはこんな感じになります、今後これらが増えるかはわかりません。
シンプルに纏めようと思ったのですが、結構あるなぁ……
それといつかの季衣たちの村で貰った”魔除けの布”ですね! 漸く効果が出せました。
効果は術に準じたものを弱体化・無効化させる、です。
もしかして鋭い皆さんには気づかれていたかも……(実際近い回答者さんがおりました)
これはそもそも太平要術ってなんなの? ってところからスタートしてまして……
「う~ん、要するに宗教の指導書みたいなもの? でも張角って恋姫だと天和達だから宗教はなぁ……効果はシンプルに皆を魅了とかでいいか、特別な資質を使用要件とかにして……そういえば封神○義で……」
という迷走し始めた自分の思考回路が、かの有名なスー○ー宝貝を絡ませる事に、そして更に……
「ちょっと楽しくなってこの設定考えたはいいけど……こんなのマジに使われたら一刀君達どうするよ?」
って事に気づきまして、急遽あの布が対抗策として登場する事になりました。
やはり対抗策はあの桃好き仙人に限ります。
これ位なら……作品説明に”クロスオーバー”ってつけなくても言いですよね。
あ、後”逆一本背負い”にニヤリとした方……貴方は凄いです(笑)
これで季流√第一部は終了となります。
次からはしばらく拠点を投稿し、二部の構想が纏まったら本編を再開します。
その間に第二部構想の関係上、今までの投稿した作品に直しを入れるかもしれません。(その際には必ず報告させて頂きます)
細かい理由はこの後の反省文にて書かせて頂きます、ご了承下さい。
そして皆様、遅ればせながら本当にありがとうございます!
皆様の応援のおかげで! ここまで季流√が続きました。
これからもこんな自分ではありますが、応援して頂けると嬉しいです。
では、また。
改訂
アンケート結果発表~!
皆さん、たくさんのお答えありがとうございました!
*判断しづらいお答えはこちらの判断によっています、御了承ください。
一位 凪 14票
二位 流琉 11票
三位 華琳 秋蘭 8票
四位 春蘭 7票
五位 季衣 5票
六位 真桜 沙和 3票
七位 桂花 …………
となりました。
張三姉妹と悠さんについては仕方がなかったという事で(汗)
でも思いついたら書きます。
集計ミスはあるかもしれませんが順位は変動しないかと思われます。
凪が大人気ですね~(8割位の方が入れていたのではないでしょうか?)
桂花さんがまさかの順位……桂花ファンの方ゴメンナサイ。(これは恐らく今までの自分の扱い方に問題があったと考えてます)
流琉が健闘しているのには涙が……でも……(あの話の流琉救済の話がチラホラと……あぁ)
華琳、秋蘭が同着でしたね(まぁ予想通りの辺りですかね、華琳はもうちょっと上かなと思って……いや、秋蘭が健闘したのかも?)
春蘭五位、まぁ納得……かな?(春一番! が大変好評でした、ありがとうございます)
季衣…………やっっった~!!!(票入っててホントに良かったぁ~!!!!!!)
真桜、沙和、(2人は他の方の拠点には良く絡むのに、メインでの拠点はあまりお見かけしないですよね……バーター要員ってのも……自分は2人とも好きなのでちょっと考えてみます)
アンケートへお答え頂きありがとうございました!
ここをもってコメントへの返しとさせて頂きます。
あ……後、これは当然””季流√””です!
「最近季衣と流琉の出番無くない?」「これは魏√ですもんね!」との御意見……その通りで御座います。(実際自分もそう思います)
で・す・が!!!
”季流√”なのです。←ここは重要。
よって! 拠点も2人のはモチロンあります。
これは以前コメントにも書かせて頂きましたが、上記のアンケートで例え2位と5位であろうとも……です!!!
作者である自分の我侭となります、お付き合い下さい(笑)
次ページは特に読まなくても大丈夫です……内容はここまでの反省文とこれからの改善点について書かれています。
明るい話も本編に係わる話も何も無いので、お読みになる方はお気をつけください。
反省文
まずはお詫びを。
誠に申し訳ありませんでした。
主に謝罪するものが2点あります。
1つ目は、前話において、季流√自体……というより、ここまでの自分の小説の書き方が間違っている。
とのコメントですが、その通りでございます。
この件、実はですね。
確か9話か10話の頃だったと思うのですが(春一番!を書き終えた頃です)とあるサイトを閲覧しまして、「小説の書き方」を知りました。
その時「へぇ、なるほど……出版の関係でこうなったのか……え?! うわぁ自分間違えまくってるんじゃ……どうしよ。今から全部直し入れる? いや、でも続き書きたいしなぁ……でも急に文章を変えるのも……う~ん……」
との葛藤の末、結局のところそのままの書き方でここまできてしまいました。
誠に、反省しております。
そしてもう1つの反省点は、この季流√のストーリー自体にあります。
正直な話、ここまで続くとは思っていませんでした。
よって前半部……プロットというか予定表というか……そういうもの一切無しの見切り発車状態で進んでおりました。(まぁ今もそんな大層なものを用意できているわけではないのですが……)
第二部を考えるに至ってですね、恐らくですが今までの話を多少なりともいじらないと全体の辻褄が合わなくなるかもしれません。
よって、そのうち今まで投稿した話に直しを入れます。
修正した場合は必ず、”何話を修正しました”と、拠点のあとがき辺りか、第二部を始めるときかに入れますので、その際は御了承下さい。
スイマセンでした!!
文章の改善について。
第二部からは反董卓連合の話になるのですが、以下からは自分がこの作品に対する”書き方”のスタンスとなっております。
まず、”~でした。」”ではなく”~でした」”という風に会話の最後に読点は止めます、よって以後こうした場合は誤字になります。
句読点を間違えている、または不自然に感じる。という御意見に対しては完全に自分の実力不足からきております。
これはアドバイスを取り入れたり、勉強して改善を目指していきます。
これからも御意見を頂けると嬉しいです。
次に”・・・”を”…”(三点リーダー)にします。
ただこれは2文字分で打つ、もしくは偶数倍で打つのが基本のようですが、自分の場合この”間”の表現は文中に多用していると思うので”…”や”………”のように1つや3つで使用するケースがありますが、これは誤字ではありません。
また滅多にあるわけではありませんが、趙雲にやられた後の干吉の台詞のような、息がとぎれとぎれというものを表現する場合は”・”を使用するかもしれません。
ただ、原則は三点リーダーに変更致します。
次に、”段落の冒頭は一文字開けて書き出す”については、そもそも自分は行を毎度変えているので開けて書きません。(今までのままです)
次に、”!?”や”!!”などの感嘆符や疑問符を2つ繋げて使用しない、またはこれは文頭にこない(「!・・・消えた。」等の感嘆符部分)の事ですが、これは使っていきたいと思います。
感嘆符の後に一文字開けるのというのは、自分に関しては基本的に行を変えているのでそこまで関係ないと思われます。必要な場合は気をつけます。(基本今までのままです)
次に、”////”や、()による心情表現、擬音(ドカーン)のような表現方法についてですが、これは小説に好まれない表現であり、ちゃんと地の文で表現すべきだ。というのは重々承知しております。
ですが拠点やギャグパート、もしくは軽い会話等では使うことがあります。また戦闘シーンで擬音は使っていると思いますが……”多用”はしません(今まで///・()・擬音、どの表現方法についても多用はしていないと思います。)
「そんなのは全部手抜きだ」と言われればそれまでですが、自分的にこういう表現は好きな場合がありますので御了承下さい。
以上の書き方でいかせて頂きたいと思います。
一部そのままの書き方が残る形にはなりますが、”小説”の書き方を目指して精進していきますのでこれからも、季流√をよろしくお願いします。
また、作品に対して何か疑問に思われたことがあれば、どのような事でも構いませんのでコメント・またはショートメールでお手数ですがお知らせ下さると嬉しいです。
恐らくこれから書いていく中でも、まだまだ未熟な部分は多々出てくると思いますので……
精進します!
この作品を折角お読みくださったのに、基本的な文章表現がお気になったり、見苦しいと不快に感じた皆様、申し訳ありませんでした。
amagasa
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動乱大陸後編となります。
本編・あとがき・+αともに大容量となっております。
(恐らく投稿文字数ギリギリ位かと)
お楽しみ頂ければ幸いです。