アッシュさんがお菓子を買ってきた。曰く、今日はポッキーの日だからっていろんな種類のポッキーをどっさりと。
「矢吹クンはどれがイイ?ボクつぶつぶいちごとアーモンドクラッシュ」
「じゃあ俺、冬のくちどけポッキーがいいっス!」
午後便を乗せ終わったあとの休憩時間、コーヒーを淹れてきた俺もポッキー祭りのご相伴にあずかることになった。チョコは好きだしこれだけの種類を並べられるとテンションも上がるというものだ。冬季限定のそれを「はいどーぞ」と手渡されたら、開け口をぺりぺりと剥がして梱包がもったいないくらいに余裕たっぷりの空間から小袋を取り出す。何か年々量が減ってる気がするなあ。それでなくても普通のポッキーより少ないから、一瞬でなくなっちゃうんだよなコレ。
「いただきますっ」
ぽってりと付いた柔らかいチョコに、ほろにがのココアパウダー。ああ、寒くなってきたらやっぱこれだよなあって、名前の通り口の中でとろけるチョコに何度も頷いた。
するとアッシュさんが「交換しよ」とつぶつぶいちごを一本差し出してくれたから、快く応じてこちらからも一本差し出してトレードが成立する。自分じゃあんまり買わない味だけど、食べたら食べたでコレも美味しい。甘酸っぱい匂いがコクのあるチョコとはまた別の味わいがある。
二人で談笑しながらポッキー祭りを堪能していたら、備品庫から戻ってきた八神さんが事務所に充満する甘い匂いに眉を顰める。
「食うのは構わんが、余り散らかすな」
「はあい」
俺たちの目の前にこんもりと盛られたポッキーの箱と小袋に溜息を吐いて、デスクに腰掛けた八神さんは備品の発注作業をし始めた。アッシュさんは特に構わず小動物みたいにさくさくと食べ進めているけど、俺はこのささやかな祭りの輪に八神さんが入ってくれないことがちょっとだけ寂しいというか、叱るだけ叱って興味無さげにされたのが何だか不満で、食べ掛けのそれを一本口に咥えたままでソファから彼の背中に声を掛けた。
「八神さん」
「何だ」
「八神さんもどうすか?」
デスクの方に向かって腕を伸ばし、封を開けたポッキーの小袋を差し出す。甘いものは疲れが取れますよ、なんてセールストークを付け加えると咥えていたポッキーが上下に動いて、こっちに一瞥くれた彼の視線がそれをじっと見つめている。
ふう、と吐息した八神さんがデスクを離れる。要る要らないも何も言わずにそのまま俺の隣に座った八神さんは、俺の手に握られたままのポッキーと咥えたまま唇で少し溶けてしまっているポッキーとを交互に見比べた。
そんな八神さんの顔が近づいて、ちょっとだけ傾いたかと思ったら。
「……!?」
俺が咥えていたポッキーの端っこ、チョコレートが付いていない部分に彼の唇が触れた。
そのままひとくち、ふたくちと食べ進められたら彼の顔がどんどん近づいてくる。彼がポッキーを食べるたびに俺の唇と前歯にこつんと跳ね返る感触がして……お互いの鼻先が触れ合ったところで、彼は満足したのかにやりと笑って離れていく。
「……ぁ」
あまりの出来事に呆然としてしまって、半開きになった唇からすっかり短くなってしまったポッキーが落ちそうになったから、八神さんはそれを指で俺の口に押し込んできた。彼の指先は離れることなく俺の唇をなぞり、溶けたチョコを拭ってはぺろりと舐めてしまう。
「美味いな」
八神さんの低い声がやたらと艶めかしく聞こえる。口の中でとろけたチョコがさっきの百倍くらい甘く感じられて後頭部が痺れてくる。
ようやく今、自分とポッキーに何が起きたのかを理解して、顔が一気に熱くなった俺は彼の顔をまともに見ていられなくなってしまった。
「そっ、そそそそそっちじゃなくて…………」
こっち……と声にならずに震えた手で、俯いたまま小袋の方を突き出す。だけど八神さんはそれを突っ返しながら、ふ、と笑って俺の熱い頬を掌で撫ぜた。
「別に、どちらでも構わんだろう?」
いや、構います、構いますよこんなの……。体温が上がったせいで、握られた小袋の中のポッキーはチョコが解けてくっついてしまっていた。
「どうでもいいけどサ、そういうのはボクのいないところでやってくれる?」
「ほわ!?」
アッシュさんの声に我に返った俺は、慌てて誤魔化そうとカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
「あ゛っづ!!!!」
まだ全然冷めていなかったコーヒーに勢いよく喉を焼かれる。いつの間にかデスクに戻っていた八神さんは、俺の慌てぶりを楽しんでいるみたいに笑っていたから、俺は「ちょっと八神さあん」と情けない声を出して顔を伏せた。
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バの庵真。ポッキーの日なので、バイトリーダーさんにはあの時(14話)新幹線で真吾くんから貰い損ねたポッキーを取り返しにいってもらいました。