昼飯を食い終わって、珍しく二階堂先輩に用事があるっていう草薙先輩と屋上を後にする。
四天王の一角を担う草薙先輩と二階堂先輩だ、正面切って教室棟や学食のあるテラスに向かえば大騒ぎになることは目に見えているので特別教室棟の方から裏庭に出たところで落ち合う手筈になっているらしい。何だかスパイ映画みたいでちょっとドキドキする。
「つーか、何でお前までついてくるんだよ」
「おれは草薙先輩の一番弟子っスから!」
「もうオレ陸上部関係ねえんだから、そろそろ諦めろよ……」
いつもの調子で言われるけど先輩が部活を辞めたからって、おれの憧れる気持ちまでなくなるわけじゃない。草薙先輩はただただ呆れていて、でも決しておれを追い払ったりしないから優しい人だ。
すると、昼休みの後半には人通りのないはずの渡り廊下の向こうから、かしましい女子生徒の声が聞こえてきた。まさかこちらの動きを察知されていたのでは!とおれは草薙さんを守るように前に出て警戒に当たる。草薙さんは「いいよ別に、つかお前が邪魔くせえわ今」というけれど、ここで騒がれて人を呼ばれたら元も子もない。注意をするに越したことはない……と、すれ違う女子生徒の目から草薙さんをブロックするように両手を伸ばしていたのだが。
「こっちに来たと思ったのにな~……」
「もう、いおりんてば神出鬼没すぎぃ……」
女子たちの目は草薙先輩を見てはいなかった。ここにはいない誰かを必死に探している。
彼女らの目当てが草薙先輩ではなく、八神先輩であることを察したおれは若干拍子抜けしつつ、あとは気取られぬように立ち去るのみ、とごく普通に歩き始める。きっと八神先輩に夢中で、こちらは見えていまい。それはそれでちょっと腹が立つような気もするが。
「でもさ、二年になってからいおりん学校来るようになって良かったよね~」
「ほんとだよぉ、それまで会えたらラッキーって感じだったもんね」
すれ違いざまに、女子の会話が耳に入った。おれが聞いていることになんか気付きもしないで、彼女たちはそのまままたどこかへ八神先輩を探しに行ってしまった。
思わず足を止めてしまっていたら、いつの間にか先を歩いていた草薙先輩に急かされる。すいません、と謝って速歩で追いついたところで、先輩もさっきの女子たちの話が気になったのか大きく伸びをしつつ口を開いた。
「そういやアイツ今年ンなってからよく見るな、ぜってーあのまま辞めると思ってたのに」
草薙先輩と八神先輩は幼馴染だ。顔を突き合せれば険悪なムードになるけど、マジで仲が悪いのかと言われたらおれにはよくわからない。幼馴染には幼馴染にしかわからないことがあるんだろうと思ってる。
そんな草薙先輩は、二年に進級してからの八神先輩を〝意外でしかない〟と言った。
一年の春から出席を取ってはすぐに教室から出ていくことが続いて、そのうち登校すらしてこない日が増えて。こういう学校だから、ある程度の出席日数や単位は補修を受ければ補填してもらえたけど、八神先輩はそれにすら来なかったらしい。二年に進級できたのも、芸能方面での評価、つまり八神先輩のバンド活動が認められているからという真偽不明の噂もあるという。
部活棟の陰になってひんやりする裏庭に到着し、上履きのまま降りた俺は、二階堂先輩を探している草薙先輩に聞いてみた。
「何か、理由があったんですかね」
「さあな、まあアイツん家色々めんどくせーらしいしココだって親の都合で放り込まれたって話だから、フツーにサボってただけだろ」
紅丸のヤツいねーな、と辺りをキョロキョロしつつ、草薙先輩はおれをちらりと横目に見た。
「中学ン時からそんな感じだったし、オレ的には二年になって急にガッコ来るようになったのが不思議なくらいだぜ」
「そうなんですか……」
心境の変化、なんていう繊細なものがあの人にもあったのだろうか。人の都合や気持ちなんか考えもしないのに、出席日数や単位のことは学生らしく考えるようになったとか、それとも家の都合とか、まあ、おれがそんなこと考えても仕方がないんだけど。
もしも彼が、八神先輩が今も学校に来なかったなら、おれはあの人と出会わずに、あの人に付きまとわれるような目に遭わずに済んでいたのだろうか。
部室棟の裏口から、ひょっこり二階堂先輩が顔を出した。お前おせーよ!と草薙先輩がどやす声が聞こえたから、おれは一礼してその場から立ち去った。
***
何となく頭の端っこで八神先輩のことが引っ掛かったまま部活を終えたおれは、用具室の片付けを終えて一人校門へと向かう。
別に先輩がここに通う理由とか来る来ないとか、そんなのあっちの勝手でおれの知ったこっちゃない。
だけど、もし八神先輩が二年になっても学校に来なかったら、きっと今みたいな関係にはなっていないだろう。そしてこの先、また何かのきっかけで彼が学校に来なくなったとしたら、おれはその時、彼との関係をどんなふうに思い出すのだろうか。
好きなわけじゃない、触れてほしいわけじゃない、なのにそれがなくなるときのことを考えたら、少し胸が痛くなる。
勝手なのは、おれかもしれなかった。
「あ」
悶々と考え込んで、ふと顔を上げたところで、レンガ造りの門に寄り掛かる赤い髪の人を見つける。
いつもなら先に彼が気付く、だけど今日に限って、おれが先に気付いた。逃げるなら今だ、いつもならそう思って踵を返していたと思う。
「あの!」
だけど今日のおれは何かがおかしくて、自分から声を張って八神先輩を呼んでいた。彼はゆっくりと長い前髪を揺らして、おれを見つけた。
呼んだ手前突っ立ってるのもおかしいだろうから、こちらから先輩のところまで近寄っていく。先輩は「遅かったな」なんて待ち合わせもしていないのに不満げに言って汗でべたついているのだろうおれの髪を一度撫でつける。
もし、今日彼がここにいなかったら。おれはどうしていただろうか。
安堵して帰っただろうか、それともあの渡り廊下の女子のように、彼の姿をどこかに探しただろうか。
「明日も、来ますか、学校」
そのまま頬にまで滑り落ちてきた彼の掌は冷え切っていて、おれの頬の熱っぽさが恥ずかしくなる。彼はどんな意図でそれを問われたのかを察した顔をして口角を上げる。
「貴様に会えるのなら」
珍しくすり寄ってきた野良猫を愛でるような手付き。喉をくすぐられて顎を持ち上げたら待ち伏せていた彼の唇が重なる。
おれは八神先輩がいなくたって学校に来ると思う、彼のせいじゃない。だけど彼が学校に来るのはおれのせいだというのなら、どうか卒業する日までそうであって欲しいと何となく、本当にただ何となく、そう思った。
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G学庵真。僕〇バを読むたびに脳内で推しカプが触発されるのやめない?