No.101175

Puppy love

遊馬さん

ヱヴァ破より、式波・アスカ・ラングレーと新キャラの真希波・マリ・イラストリアスの物語。
脳内妄想設定で、アスカとマリは「姉妹」ということになっています。
*百合成分が入っております。ご注意ください。

2009-10-15 21:31:44 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2112   閲覧ユーザー数:2054

「こんなモンかなぁ……」

 相変わらず散らかった部屋の中、姿見の前でくるりと回りながらマリは思う。今日は特別な日。楽しみで寝られなかったほどの特別な日。かねてからの約束、大切な人と二人で遊びに行くのだ。お互い精一杯のお洒落をして。

 そのひとの名は、式波・アスカ・ラングレー。

 あたしの、姉。血縁上では。

 アスカに「妹」として認められはしたものの、長く離れて暮らしてきたせいか、まだ姉妹としての実感が湧かないのはマリにとっての事実。姉妹と言うよりは、むしろ――。

 今日は50年代ファッションでおそろいにしよう、とアスカとは打ち合わせ済み。それにしてもこのカッコは一体どうよ、とマリは自分自身にツッコミを入れた。

 白黒ツートーンのオープンシャツに、ボトムはリーバイス501のレプリカ。‘The Beast’と手縫いの刺繍が入った本格派ナイロン製スカジャン。靴は黒のコインローファーの予定。モノトーンっぽい感じが思ったより良く似合う。

 試しに特注の度入りキャッツアイサングラスを掛けてみる。

 どー見てもアメリカンフィフティーズの不良野郎です。本当にありがとうございました。

「サングラスは止めとこっと。まぁ、これでいっかー。あたしはスカートっていうガラじゃないしね」

 さすがに前髪をオールバックにするような悪ノリはやめて、ハネた髪をデップで押さえるだけにしておく。

「やっべー、もうこんな時間! 遅刻したらまた怒られるじゃん!」

 約束の時間は正午。

 アメリカンフィフティーズ。ゴールデンエイジ。栄光の50’s.。

 今日と言う日がその名の通りになりますように。

 

 ある種の要塞都市として設計がなされた第3新東京市ではあるが、そこに市井の人々の営みがある限り、役所や学校やスーパーがあれば、また繁華街も存在する。

 マリが時間を気にしながら向かった先は、その繁華街の一角にそびえる、巨大な複合アミューズメントビルの一つ、「U-17」。関係者以外は「18歳以上立ち入り禁止」というユニークなコードがある娯楽施設である。

 このビルはシネコンにショッピングモール、ゲームセンターにカラオケボックス、ファストフードに洒落た喫茶店、さらにはダンスフロアに屋内外体育館すら併設されているというちょっとしたテーマパーク並みのシロモノなのだ。初々しいカップルのデートから命知らずのエクストリームスポーツまで全てがこの施設一つで楽しめるという、第3新東京市に住む若者にとってはメジャースポットであった。

 

「あっちゃー。お姉ちゃん怒ってるかなぁ」

 待ち合わせ場所としたのは定番である時計塔があるエリア。大時計の長針が約束の時間よりきっかり五分進んでいる。

 マリがきょろきょろと見回すまでもなく、アスカの姿は遠目にもすぐに分かった。そのアスカのファッションを目にして、思わず見蕩れるマリ。

「お……お姉ちゃんってば、大胆……」

 大きく開いた胸元。露出した腕と背中のラインがよく映える、燃え立つ緋色をベースに白のポルカドットが入ったホルターネックのフレアワンピース。白いストッキングと真紅のパンプス。

 これでポニーテールなら、どー見てもアメリカンフィフティーズの不良娘です。本当にごちそうさまでした。

 あんなファッションで人待ち顔ならすぐにでもナンパ男に目を付けられるのではないか、とマリが心配するまでもなく、アスカは群がって来る野郎共を右脚一つで縦横に蹴散らしていた。実に見事な脚捌きであった。

「お、お姉ちゃん、待った?」

 駆け寄りつつ恐る恐るマリが声を掛けたが、アスカは「遅い」と一言唸っただけ。

 ちょんちょん、と突きながらマリは肘をアスカに向かって差し出した。

「ちょっと、アンタ。それ、何のマネ?」

「う、腕組みしてくんないかなー……って。無理だよね、ダメだよね。あはははは」

 力なく笑うマリに、アスカはお決まりの台詞。

「決まってんじゃない! フンッ!」

 いつものパターンとはいえ、今日はあまりにも強く感じられるアスカの拒絶の意思。

 マリの耳の奥で聞きなれたはずのアスカの台詞が何度も響いていた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。ドコ行きたい?」

「別に。どこでもいいわ」

 ごくありふれた会話から始まった今日のマリとアスカであったが、しかし。

「映画でも観に行こっか」

「観たい映画やってないわ」

「じゃ、じゃぁショッピングモール行こうか。服とかアクセサリーとか」

「欲しいモノないわ」

「お腹空かない? なんか食べようよ」

「生憎わたしはダイエット中なの」

「ゲームセンターで対戦はどう?」

「そんなの家でもできるじゃない」

「あたし新しい携帯欲しいなー」

「ネルフから支給してもらえば?」

「あ、あれ見て見て! かわいいじゃん」

「アンタ、バカぁ?」

 万事が全てこの調子。取り付く島もあったもんじゃない。アスカはマリと目を合わせようともせず、ズンズンと前へと進んで行く。

 アスカが少し気難しい性格であることはマリも重々承知している。それにしても今日のお姉ちゃんは激しすぎる、とマリは思う。生身でA.Tフィールドを張り巡らせている。

 何で怒っているんだろう。思い当たる節がない。五分の遅刻が原因? それだけとは考えられない。

 ヘコまない。ヘコんでもすぐに浮上。人生前向き。それがマリのモットー。

 しかし、アスカが、姉が絡んでくるとなるとどうにも上手く行かない。

 ――やっぱりあたしなんかと遊びに来たくなかったのかなぁ。

 前を歩くアスカの白すぎる背中を見ながら、マリは途方に暮れていた。いつだって見ていた、あの、背中。

 

 延々と歩き回ったその果て、マリとアスカはダンスフロアに流れ着いた。

 ダンスフロアは文字通りワンフロアぶち抜きで踊るスペースが確保されており、曲やダンスの傾向によって複数のエリアに分割されていた。アクロバティックなダンスのエリアを通り過ぎ、マリとアスカはそのファッションに合わせてオールディズのエリアに腰を落ち着ける。ここなら照明も明るく、話もしやすいだろうというのがマリの判断。

 かと言って踊るわけでもなく、アスカはそっぽを向いて頬杖をついたまま席に座っている。不機嫌そのものの表情で。

「飲み物でも取ってこようか?」とマリ。

「オレンジジュース」とだけ、さも面倒くさそうに答えるアスカにマリは嬉しそうに言う。

「オレンジ、ね。100%フレッシュ、絞りたてのヤツ。お姉ちゃん好きだもんね」

 これを会話のきっかけにしようとしたマリだったが、アスカはしっしっと手を振るばかりで振り向きすらしない。

「……ん。行ってくる」

 ヘコんだ気分を浮上させる暇すらなく、マリは憂鬱な足取りでノンアルコールオンリーのドリンクバーへと向かった。軽快なロックンロールのナンバーが不協和音にしか聞こえない。

 

 ――どうしてこんなことになっちゃったんだろう。楽しみにしていたのに。とても楽しみにしていたのに。ワケ分かんねぇーっ!

 マリは初めてアスカの姿を見たときのことを思い出す。

 あれはユーロ。すでに空軍士官としてその能力を遺憾なく発揮していたアスカは、それだけでもマリの憧れだった。それが自分の「姉」だと知ったとき、シンプルな憧れは別の何かに加速していた。

 遠くから見ているだけで良かった。声なんか掛けようとすら思わなかった。

 階級差が原因ではない。そんなものは屁とも思わないのがマリである。

 式波・アスカ・ラングレー。わたしの姉。

 可愛らしく端正で、しかし厳しい顔立ち。左右に振り分けた髪。少し小柄で華奢で、年齢相応の少女らしいプロポーション。「ネルフきっての超秀才」と呼ばれた、パイロットとしての才能。そしてその才能に裏打ちされたとてつもない努力家。

 あらゆる意味で他人を寄せ付けることのなかった「孤高の人」。

 どれをとってもマリとは似ても似つかない。そんなひとが「姉」。

 アスカを見るたび心が痛んだ。

 アスカを見るたび心が傷んだ。

 そんな自分の感情がどこから来るのかもよく分からず、マリはアスカの後姿だけを眺めて歩き続けていた気がする。

 ユーロでも、日本でも。今までも、そしてこれからも。

 カウンターからオレンジジュースと自分が頼んだジンジャーエールを受け取り、マリはアスカが待つ席へと戻ろうと、振り返ったそのとき。

 ――!

 数人の男に囲まれているアスカを見た。間違いない。その内の一人はさっきアスカに蹴られていたナンパ野郎だ。似合わないリーゼントと派手な黄色のボーリングシャツに見覚えがある。

 ――にゃろぉーっ! なんて執念深い奴!

 アスカが立ち上がって何か言っている。一人の男がアスカの肩を小突く。男共がどっと笑っている。アスカはソイツの頬に平手打ちを食らわした。男達の雰囲気が一瞬にして変わり、殺伐とした空気が凝固する。

 何もマリは考えなかった。既に身体が反応していた。オレンジジュースとジンジャーエールのグラスが床で砕ける。一陣の突風がダンスフロアを駆け抜けた。

「おらぁーっ! テメェらあたしのお姉ちゃんに何しやがんだぁーっ!」

 突風がマリの形を纏って男達をなぎ倒した。獣そのものの咆哮を上げてマリの長い脚が空を切り裂く。男の一人がテーブルを巻き添えにしながら柱に叩きつけられた。

 見たところ、相手の数は六人。今一人墜としたから残り五人。

 ――どうということはない、あたし独りでも何とでもなる。

 そこにマリの隙があった。視界の隅が光った。バカの一人がナイフを抜いたのだ、と思った瞬間。

「でぁりゃぁぁぁぁぁっ!」

 裂帛の気合。アスカの飛び膝蹴りを顔面に受けた男が崩れ落ちるのをマリは見た。

「ナイフってモンはね、こうやって使うのよ」

 アスカは拾い上げたナイフをワンピースの腿の辺りに突き立て、一気に下まで引き降ろす。緋色のフレアワンピースがざっくりと縦に裂け、白のガーターストッキングが露になった。真紅のパンプスも脱ぎ捨て、ついでのようにナイフも放り投げる。

 ――お、お姉ちゃん?

 マリが驚く隙も与えず、アスカが今日一番の眩しい笑顔で見得を切った。

「さぁ、これで動きやすくなったわね。お次は誰の番?」

 

「おぶりなさいよ」とアスカが言った。マリは無言で腰を屈めた。

 男六人相手の大立ち回りをやらかしたあげく、駆けつけた警備員を撒きながら「U-17」内を走り回り、終いには三階の窓ガラスをぶち破って停車中のトラックの上に飛び降り、それからここまで走りに走りぬいたというのがコトの顛末。

 アスカのストッキングはボロボロに破れ、あられもない姿になってはいるが、二人ともほとんど息が上がっていないのはネルフでの訓練の賜物と言えた。

 緩やかな坂に向かって真っ直ぐに伸びた道。ここがどこだか良く分からないが、歩っていればそのうちどこかに着くだろう、とマリは楽観的に考えることにする。

 マリの背中にアスカの重みがある。二人とも無事だったのが何よりだ。もっとも防犯カメラとセンサーで面は割れてしまったはずだから、今後「U-17」には出入り禁止になるのは確実だろう。これからどこで遊べばいいのやら。監視も厳しくなりそうだ。

 何も言わず、とぼとぼと見知らぬ道を歩く、午後四時のマリとアスカ。

「……気持ち悪い」

 ふとアスカが口を開いた。小さな低い声だった。

「ど、どうかしたの? お姉ちゃん」

「アンタがキモチワルイのよ! どうかしてるのはアンタの方でしょ!」

 急に背中の重さが増した。ぐらりと前のめりになりそうになるのを堪え、マリが立ち止まる。そんな様子も知らぬ気にアスカは言葉を続けていた。

「アンタ、バカぁ? わたしにヘンな気を遣って下手に出すぎなのよ! だいたいねぇ、アンタの良いところはタフでメゲないところなのよ。妹ぶってしおらしいアンタなんか気持ち悪いだけだわ! わたしの後ろ付いて来んな、並んで歩け! フンッ!」

 ――それは、違う。あたしは、お姉ちゃんの、妹で……

 そう言いかけた、マリの胸中に針が刺さる。記憶の淵に浮かんでは消える想い。

 いつだってアスカの後姿だけを見てきた。

 その後姿を見るたび心が痛んだ。

 その後姿を見るたび心が傷んだ。

 それは今でも変わらない。ただ、そんな風に思う自分の感情が何なのか。

 向き合ってみたことは一度もマリにはなかった。

「だから……」とさっきよりもさらに低く、聞き取れないくらいの小声でアスカは言った。

「バカ共相手に殴り込んできたアンタはカッコ良かったわよ」

 痛み、傷む心でマリは思う。

 上官への尊敬だと思っていた。

 姉への思慕だと思っていた。

 思っていたのは自分だけ。嘘をつき続けていたのは自分に対してだけ。

 ――自分に嘘をつかなければならないほど誰かを愛おしいと想うことを「恋」と呼ぶならば、あの感情は、まさしくあたしの■■だった。

 そう認めざるを得ない。

 認めてしまってはアスカとの関係が、否、自分の中の何かが壊れると、怯えながらも。

 しかし、それでも「妹」の立場より大切なモノがあって。

 それに気付いてしまったのなら――

「いつまでもいじけて立ち止まってるの、アンタらしくないわ」

 言われてしまった。苦笑するしかない。

「うん」とだけ返してマリは脚を踏み出す。

 歩けるか。歩けるよ。まだまだ歩けるに決まってるじゃん。

 後姿を見つめ続けてきたアスカを、今はマリが背負っている。

 緋色の少女を背に感じながら、遠い坂へと、モノトーンの少女は歩みを止めない。

 

「ところで――」と耳元にアスカの声が聞こえた。感情を殺した平坦な声。

「アンタ、殴り込みかけたとき何て言った? 『あたしの』お姉ちゃん?」

 ぎくり、とマリは身を震わせた。アスカがこういう言い方をしたときは、大抵はロクでもないことが起こる前兆であることをマリは経験上知っている。

「誰が『あたしの』なのよ! それもあんな人前で! そんなコトいうのはこの口か!」

 この口か、と言いつつアスカの右腕はマリの首に回され、ぐいぐいと締め上げてくる。

「お、お姉ちゃん! ギブ、ギブ! 頚動脈入ってる!」

「うるさいこのボケマリ! アンタなんかこうして……あ、落ちる! 落ちる!」

 背中でアスカがじたばた暴れるものだからマリの力が緩んだのだ。落ちまいとするアスカの腕がますます喉に食い込み、このままでは絶息しかねない。どっこいしょ、とマリがアスカを背負い直した瞬間。

「?! きゃぁーっ! えっち! スケベ! このヘンタイ! ボケマリ!」

 マリの左手が図らずも、ワンピースの裂け目からアスカの絶対領域内に侵入してしまっていたのだ。シルクの感触が指先に残っている。

「わ、わざとじゃないにゃ! 偶然だにゃあ!」

 慌てて言い繕うマリにアスカはボソッと。

「もしわざとだったら殺すわよ」と言い切った。

 ――あぁ、多分わざとじゃなくても殺されるんだろーなー。もったいないけど早く手を離さなきゃ。

 しかし、そんなマリの左手を押さえるように、アスカの左手が柔らかく重なる。絡めるように紡がれる指。

 そして、未だに首に回されたままのアスカの右腕、その手首の辺りから香るパヒューム。

 ――アンタのためにお洒落したのよ。少しは気付きなさいよ、このボケマリ。

 そんな優しい空耳が聞こえた気がした、マリのゴールデンエイジ。

 くすっと笑うアスカの吐息がマリの首筋を撫でて行った。

 なんと応えればいいのだろう。

 でもなかなか上手くは言えないね。きらりと尖ったPuppy love。

 


 
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