No.96816

踊るリッツの夜

遊馬さん

ヱヴァ破より、式波・アスカ・ラングレーと新キャラの真希波・マリ・イラストリアスの物語。
脳内妄想設定で、アスカとマリは「姉妹」ということになっています。

2009-09-22 21:53:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1950   閲覧ユーザー数:1892

「アッサムのいいお茶が手に入りましたのでウチに遊びに来ませんか」

 そんなメールの内容だったと式波・アスカ・ラングレーは思い出す。呑気に晴れ上がった日曜の午後、せっかくのオフになんでアイツの顔を見なきゃならんのかと内心グチをこね回しながら。

 真希波・マリ・イラストリアス。

 わたしの、妹。血縁上では。

 ――父の愛人に子供がいることは知ってはいたが、まさかユーロで一緒だったアイツがそうだったとはね。

 ただ、ユーロでの面識はあまりなかった。

 シミュレーションの結果を見て、あぁ、コイツわたしと戦闘スタイルが似ているな、とぼんやり思ったくらい。アウトレンジから強引に白兵戦に持ち込むタイプ。

 確かにマリはエヴァパイロットとしての適正は高いのかもしれない、とアスカは思う。

 しかし、同じパイロットとしての評価と、アスカという個人からの評価はまた別モノ。

 まずデカいのが気に入らない。背もデカけりゃ態度もデカい。胸すらデカいのがなおさら気に入らない。

 あのいかにも余裕たっぷりに、ふてぶてしく笑う表情も気に入らない。

 そして何より気に入らないのが――アイツが妹である、というコト。

 自分の母が被った苦労を思えば、父の愛人の娘なんか血縁、ましてや妹としては認められないし認めたくもない。

 ネルフ本部では距離を取ってきたから衝突こそしなかったものの、内容はどうあれ、こうやってサシで呼び出されたからには一戦交えるしかないだろう、とアスカは腹を括る。

「……一度とっちめてやらなきゃね」

 Tシャツとデニムのスカート、そして青空には相応しくない暗い笑みを浮かべて、アスカは第3新東京市の路地を歩いた。

 

「……や、やっと着いたわ」

 携帯端末のGPSを頼りに歩くことたっぷり一時間。肩で息をしながらアスカはマリの住むアパートを見上げた。

 アパートの名前は「メゾン・リッツ」。有名な高級ホテルを連想させるそのネーミングとは裏腹に、アスカの眼前にあるのは木造モルタル二階建て築四十年といったところのオンボロアパートで、しかもご丁寧に煤けたスクーターまでもがアクセサリーのごとく鎮座している。

 名前と実体のあまりのギャップに、アスカは穴があったら埋めてやりたい衝動に駆られた。もちろん住人のマリごとこのアパートを。できればエヴァ2号機で。

 きしきしと嫌な音を立てる階段を昇り、二階の奥の部屋へと向かう。通路ではむき出しの二層式洗濯機が大きな顔をしてアスカの行く手を阻もうとする有様。

「……いったいどこまで昭和なんだか」

 二階の一番奥の部屋、木製のドアの前。アスカはアパートのボロさ加減のせいだけではない大きなため息を吐く。そして意を決して部屋の呼び鈴を押した。

 鳴らない。呼び鈴が壊れているのか。容赦なくアスカは部屋のドアを蹴りつけた。

 

「ホントに来てくれるとは思わなかった。ま、いーや。式波さん、どっかそこら辺にでも掛けてよ」

 今度こそドアを蹴破ってやろうと三回目にアスカが脚を上げたとき、うなぁー、とかいう面妖な返事とともにマリが顔を出して惨事は回避されたかに見えた。

 目と目が合う、アスカとマリ。瞬間、マリの瞳に不思議な色が走ったかと思ったのはアスカの気のせいだろうか。

 上がって上がって、とマリに促されるまま部屋に入ったアスカは、しかし、そこに次の惨事が待ち構えているとは露ほども思ってはいなかった。

「どーしたの? 掛けてよ」とマリ。

「わたし、ホテル・リッツが定宿なのよ」

 ちろり、と薄目で部屋を見ながらアスカは言った。

「掛けろ? 掛けろですって? この部屋のどこにわたしが掛ける場所があるっていうのよ! 仮にもリッツの名が泣くわ!」

 3DKの間取りは思ったほど狭くはなかった。

 その狭くはないはずの間取りを占拠しているのは、不釣合いに巨大なモニタと複数のゲーム機、積み上げられた本と各種ソフト、置きっぱなしのダンボールと脱ぎ散らかされた服。そしてゴミとゴミとゴミとゴミと後は得体の知れないモノ。

 要は部屋が乱雑に過ぎるのだ。ぶっちゃけると汚いのだ。

 ミサトの部屋も大概だが、アレは「だらしのないオトナ」の典型であると定義するに異存はないとしても、同世代のオンナノコの部屋が畳すら見えないくらい散らかっているという状況なのはいかがなものか、とアスカはこめかみを押さえる。

 ふと見ると、マリが左手にポテチの空き袋とペットボトルの空き瓶とカップラーメンの容器(つまりはすべてゴミだ)を持ち、右手で少しだけスペースの空いた猫の額ほどの空間を指差している。ここに座れという意味らしい。

 なにやらもの凄い音を立てて、アスカのこめかみのあたりで何かがブチ切れた。

「このボケマリ! まずは掃除よ掃除! 徹底的にヤるから覚悟するのよ、いいわね!」

 どえらい剣幕で怒鳴り散らすアスカを、きょとんとした表情で見るマリの部屋着は幸いにも上下のジャージ姿なのであった。

 

 群がるゴミを分別しながらちぎっては捨てちぎっては捨て、本は本棚へ戻しソフトはケースの中に並べ、服は畳むか洗濯カゴへと放り込み、ダンボールは纏めてリサイクル。部屋の畳がようやく顕わになるころには、陽はすでにとっぷりと西に傾いていた。

「あー。疲れたよー」

「そうね、このくらいにしておくわ」

 すっきりとした部屋を見渡しながらアスカは言った。整理整頓いい気分。

「おー、広くなった広くなった。これでのびのびと大画面でゲームができるじゃん」

 これ幸いとさっそくゲーム機を引っ張り出してきて、ケーブルをモニタに繋ぎ始めるマリ。その後頭部に遠慮のない蹴りを突っ込みながらアスカは叫ぶ。

「アンタねぇ、ちょっとは片付けって言葉覚えなさいよ! 大体このわたしがなんでわざわざアンタの家まで来て、掃除の手伝いしなきゃならないのよ!」

「あ、そうだった。あっちゃー、肝心の用件をすっかり忘れてたにゃ。あたしお茶淹れてくる!」

 楽しそうに台所へ向かうマリの背中を眺めながら、アスカは眉をひそめて本棚へと振り向いた。

 掃除の途中に偶然見つけ、ずっと気になっていたモノ。それは――本棚の奥に隠すように置いてあったフォトフレーム。家族の写真すら一枚も飾っていないのに、なぜ、フォトフレームが、しかも、隠して置いてあるのだろうか。

 他人のプライベートには踏み込まないし、ましてや自分のプライベートは踏み込まれたらただでは済まさないのがアスカのルールである。

 しかし、相手は真希波・マリ・イラストリアス。仮にも、妹と呼ばれる存在。吐息一つの逡巡の後、アスカはフォトフレームに手を伸ばした。

「……あのボケマリ」

 フォトフレームに収められていた一枚の写真。いや、ソレを一枚と呼んでいいものだろうか。縦長にトリミングされた制服姿のマリの写真。そして、それに重なるように隣には同じく縦長のアスカのプラグスーツ姿の写真。そのコラージュがあたかも記念写真のように寄添い合い、さらには、アスカの写真の上にはマリの筆致で「MY elder sister」――お姉ちゃん――と書き添えてあった。

 見てはいけないものだったのかもしれない。

 知らなければ良かったのかもしれない。

 それは、アスカにとっても、マリにとっても。

 しかし、それでも、なお。

 マリにとってアスカは確かに「お姉ちゃん」であり続けた。

 それだけは、紛れもない事実。

 胸を突き上げる暗い熱に浮かされながら、アスカはフォトフレームを本棚の奥へと戻し、俯いてこぶしを握る。噛み締めた奥歯がぎり、と痛い。

 ホテル・リッツの宿泊客は、王侯貴族の如く振舞え、と言われる。

 ――わたしはあの子に対してどう振舞えばいいのだろう。

 アスカはそれだけを思い続けた。

 

 二つのティーカップにポットのお茶が注がれる。踊る湯気と、そして立ち上がる濃密な芳香に、アスカは目を細めた。

「いい香り……確かに良い葉のようね」

 でしょでしょ、とか言いながら、しかし、マリはおもむろに不吉なモノを手に取った。 冷蔵庫から取り出したばかりの牛乳パック。その封を無造作に開けると、マリは牛乳をだばだばと紅茶の中へと流し込む。

「あーっ! 何すんのよこのボケマリ! せっかくのお茶が……」

「何って……これが英国式、ってヤツ」

 悪びれもせずケロリと答えるマリに「杜撰すぎるわ」とアスカ。

「杜撰でいいじゃん。杜撰で適当で……それでも楽しくないよりは、楽しい方が、いい」

 くるくるとスプーンでミルクティーをかき混ぜるマリに、アスカは何も言えなかった。

 熱い紅茶に冷たいミルク。熱くて暗い怒りにそよいだ、涼風を思わせるマリの真実。

 妹、そして姉。水より濃い、違えようのない血の繋がり。

 ミルクティーの色は、アスカとマリの髪の色によく似ていた。

 

「よっ! はっ! とっ! はい、五連コンボ!」

 1Pマリ、2Pアスカ。只今モニタの前で格ゲー中。ちなみにアスカは連敗記録更新中。

 ――マリの奴、ベラボーに強い。相当このゲームをやり込んでるわね。

 強い相手にはムキになって挑み続けるのがアスカの常だが、今日はイマイチ気分が戦闘的にならない。理由は――そんなことくらいアスカが一番分かっている。

「アンタ、こんなことするためにわたしを呼んだの?」

 わざと声に棘を含ませて、アスカはマリに問う。問いながら、ちらりとマリの様子をうかがう。ひくり、と目元を動かしたマリの横顔が硬い。ゲームに夢中、というよりは夢中なフリを装っている様子だ。

 ――腹を括る、か。本当にそうなっちゃたな……。

 コントローラを操作しながら、アスカは声を出そうとする。が、かすれて舌が回らない。胸の底で、本当にいいのか、と誰かの暗い声がする。

 ――いいのよ、わたしが決めたんだから。

 その途端、喉の奥を縛り付けていた呪いが解けたように言葉が紡がれた。

「二人きりのときは『お姉ちゃん』と呼んでいいわよ、マリ」

 1P、KO。一瞬の内に集中力が切れたような負け方だった。気が抜けたかのように、コントローラがマリの手から転がり落ちる。

 あ、とマリの肩が震える。その肩を抱きかかえるようにして小さく小さくうずくまる。

「ちょ、ちょっとアンタ大丈夫?!」

「……えちゃん」

 マリが振り絞るように呟いたその一言が、駆け寄るアスカの耳に届く。

 振り向くマリ。笑っている。大粒の涙を頬に伝わせながら、マリが薄く笑っている。

 玄関で目と目が合ったときのマリの瞳。あの焦がれる親愛の色を再び瞳に滲ませながら。

「お姉ちゃん」

 はっきりと声に出しながら、感極まったようにマリが抱きついて来た。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん! ずっと言いたかった、そう呼びたかった! ユーロでもネルフでも、ずっと……!」

 そこまで一気に言ったマリの手のひらの温もりを、アスカは背中で感じていた。

 これがマリの答え。ずっとマリが抱き続けてきた、アスカとは真逆の涼やかな想い。

 いつもふてぶてしくて、タフで、韜晦ばっかりで――そんなマリが隠し続けてきた密やかなユメ、それがアスカにも伝わって来る。

 アスカの耳元で続くマリの嗚咽。「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼び続ける。

 ――こんなにも誰かに求められたことって、わたし初めてだわ。

「アンタにはかなわないわ、ホント」

 ――さっさと言えばよかったのに、このボケマリ。でもそれを拒み続けてきたのはわたしの……。

 内心の暗闇がまだ疼くのを感じながらも、それでもアスカはマリの背中に腕を回した。

 

「落ち着いた?」

 壮絶な音を立ててティッシュで洟をかみ続けながら、マリがこくりと首を縦に振った。

「えへへー。嬉しくってさ。ありがとね、お姉ちゃん」

 にこにこと屈託なく笑うマリ。もうゲームなんかどうでもいいらしい。

「言っておくけど、二人きりのときだけだからね!」

 えー、と唇をとがらせて不服そうなマリの表情が可笑しくて、アスカは思う。自分自身にもこの辺で折り合いを付けておかなきゃね、と。まずはそのための第一歩。

「ねぇ、マリ。今度一緒に流行りのところに出かけるわよ。お洒落して」

 Puttin' on the Ritz. ホテル・リッツに泊まるくらいのお洒落をして。 

「精一杯お洒落して、ね。お姉ちゃん」

 マリの笑顔の眩しさに、アスカも思わず笑顔を返す。ふと、アスカは思いつく。

 語り明かしてみようか、夜明けまで。

 今夜は、踊るリッツの夜。

 


 
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