No.1009838

恋姫†夢想 李傕伝 2

華雄さんが大変お強い小説。

オリキャラ多数。ご都合主義多数。

2019-11-10 18:17:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1249   閲覧ユーザー数:1191

『思惑』

 

 

 漢へと行ってみたいと希望する者。あるいは英雄である華雄と共に戦い続けたいと希望する者達を集め、治無戴はそれを兵として預けてくれた。騎馬五千。一から名を上げる路傍の石にしては、余りにも大きな戦力だった。

 頭の中ではこれからの事をすでに思い描いていた。そのためにはまず涼州へと向かった。今までにも何度か交易を行い、顔を会わせた馬騰と元へと。

 涼州に入ると、田畑を耕す人々の姿が見え始めた。

 

「うーむ。懐かしいな。どれだけ長い間羌で生活していたかを実感させられる」

 

 馬を並べて進む華雄が言う。

 李傕は確かにと頷いた。

 人々は自分達の姿を見てすわ何事かと皆一様に驚いていたが、襲うわけでもなく馬をゆっくりと移動させているので、しばらく視線を向けた後再び耕作に戻っていた。誰だって不思議に思う事だろう。五千もの騎兵が、それも異民族が堂々と移動しているのだから。

 あらかじめ馬騰に書簡を送り通行の許可は貰っているので、馬騰の兵士らは何事もなく対応をしてくれた。とはいえ末端の民にまでその話は行かないので、行く先々で同じ反応をされてしまうのは仕方のない事だろう。

 

「ところで、馬騰の配下に加わるのか?」

 

「いや、碧殿には雍州の董卓への推薦状を貰いに来たんだ」

 

「雍州の董卓? 確かに董卓は羌族に対して、まぁそこまで差別的ではないという話は聞いている

が」

 

「董卓には踏み台になってもらう。撈の為にも俺は早急に領地をを獲らなければならない」

 

「ふーむ。よくわからんがまぁいい! 私は今まで通り振るわれる剣であれば良い」

 

「期待してるよ。羌族の英雄。戦神、華蚩尤」

 

「神の名を私の字のようにして呼ぶな!」

 

 蚩尤とは戦神の名である。本人はこの名を呼ばれるのを嫌っているが、どの戦でも先陣に立ち、敵を壊滅させるその姿はまさに蚩尤が如く。羌族の仲間達からこっそりとその名で呼ばれているのも仕方がない事だろう。

 そんな軽口を叩きながら、馬騰の居城へと辿り着くと、門の前に一人、馬に乗った誰かが待っているようだった。まだ顔は見えない誰か、であるが李傕は既にそれが誰か予想がついていた。

 

「来たか華雄! 今日こそは私が勝つぞ!」

 

 馬騰の娘、馬超だった。

 馬騰と羌族は交易を行っており、馬超は手伝いと称してその場に必ずついてきているので顔見知りであり、真名も交わし合っている。

 李傕からすれば華雄という人物の武は並外れたものであるが、馬超という一線を画した武勇の持ち主には届かない。しかし、それはあくまでも徒歩の話である。数えきれないほど羌族と共に戦場を騎兵として駆けた彼女の馬上の武は、まさしく人馬一体。実際の所、馬超は馬上の華雄には一度も勝てていない。

 徒歩の勝負には全勝しているのに、最も得意だと自負していた馬上での戦いで全敗しているという悔しさから、何度も勝負を挑んでいるのだろう。

 

「私は馬超と行くが良いか?」

 

「良いよ。碧殿には俺一人で会ってくる」

 

「うむ。そうこなくてはな! やぁやぁ馬超! 早速演習場へと案内してくれ!」

 

 華雄は喜色を浮かべて馬超と共にその場から姿を消した。

 本人も勝負を挑まれるのは満更ではないようで、馬の足取りも軽い。華雄の気分は馬の動きに如実に表れる。

 

「皆はここで待て」

 

「「はっ」」

 

 羌族の戦士達に声を掛け、馬を降りて門をくぐった。

 

 

 

 

 

 馬騰という女性は、見目麗しい美女である。栗毛の長い髪に大きな瞳。体は細いが彼女は馬超を越える武の持ち主であると言われている。もしも怒らせでもしたら自分など一瞬で首がすっ飛んでしまうだろう。

 

「久しぶりですね底」

 

「お久しぶりです。碧殿」

 

 治無戴の部族が交易の為に涼州へと立ち寄った際、彼女と出会った。漢民族出身の李傕が羌族の中に居ることに彼女は大層驚いた様子だった。それからの付き合いは長く、交易の度に顔を会わせてきた。何度目かの交易の際、彼女は真名を授けてくれたので李傕も真名を預けた。

 

「それで、董卓への推薦状が欲しいとのことですが」

 

「はい」

 

「何故董卓の下へ? 私の下に仕官するのでは不満ですか?」

 

「決してそのような事は。ただ私は早急に領地を得る必要が有るのです」

 

「董卓の下であればそれが叶うと?」

 

 李傕は大きく頷いた。

 

「……わかりませんね。根拠はあるのですか?」

 

「こればかりは天命である、としか。ただ、決して汚い手で雍州を奪い、碧殿の名を汚すことは致しません。我が真名に誓って」

 

 馬騰から推薦されて董卓に仕官した場合、李傕が問題を起こせばそれは馬騰の名に泥を塗ることになる。それだけは絶対に避けなければならない事だ。

 

「それで、貴方と撈は何を目指しているのです?」

 

「漢と異民族全ての統一。そして差別も無く争いも無い平和な世を」

 

 馬騰は何かを言おうとして口をつぐんだ。

 漢民族の父と羌族の母を両親に持つ彼女は、羌族に対してとても友好的に接してきた。李傕が口にした言葉は、彼女にとって理想的な世界である。しかし簡単な話ではない。

 理想はあくまで理想。現実はかくも無常で儚い。だがそれでも目の前の若い漢民族の男と、羌族のあの娘はその道を進むのだろう。

 

「わかりました。董卓への推薦状を用意しましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 李傕は床に額をこすりつけて礼を述べた。

 

「ただし一つ条件があります」

 

「なんなりと」

 

「娘の翆と、姪の蒲公英を貴方の麾下として迎え入れて欲しいのです」

 

「それは―――」

 

 何故と言おうとした李傕の言葉を遮り馬騰は続けた。

 

「本来ならば私が貴方の下で羌族の為に戦いたいのです。ですが私は涼州を治める者としての義務があり、それは叶いません。それに翆や蒲公英のような優秀な者が居れば、貴方も心強いでしょう?」

 

「……重ねてお礼を申し上げます」

 

「ふふっ。気にしなくていいのよ。感謝をしているのはお互い様だもの」

 

 床から頭を上げない李傕に馬騰は口元を手で押さえ、笑う。

 羌族贔屓な馬騰による羌族への友好的な政策はあれど、涼州全体が羌族への理解を示しているわけではない。異民族への差別というものは今だ根強く残っている。

 その原因となっていたのは羌族の襲撃であった。治無戴の部族は初めから交易という形で涼州と友好的であったが、その他の部族の中には交易をせず、奪えばよいと考える者達も多く居た。いかに馬騰が羌族を擁護しても、襲撃が続けば民の理解を得るのは不可能だった。

 それが近年になり、治無戴が羌族の統一を果たしてからは、その襲撃は無くなった。民の理解も、これからはおそらく得られるだろう。

 馬騰には幼い頃から夢があった。涼州で暮らす異民族の母への差別を目の当たりにした彼女は、それをどうにかしたいと常日頃考えていた。しかし両親が存命の時にそれは叶わず、ならばせめてこれからの世はと躍起になったが、どうにもならなかった。抱いていた夢を諦めたのは随分と昔のことだ。

 そんな馬騰の前に同じ夢を抱く者が現れたのだ。彼女の夢の続きを描いてくれる若者達。羌と漢の垣根を越えた恋人達。

 

―――この二人ならきっと……。

 

 願わずにはいられなかった。二人の描く理想の未来。それが成就する日が来ることを。

 

 

 

 

 

 

 推薦状を貰った李傕は馬騰と二人で演習場へと向かった。そこでは馬超と華雄が馬をめぐらせて相対し、すれ違いざまに一合、また一合と打ち合っていた。華雄は方向を変えるときも、走り出すときも手綱を握らない。よくよく見ればわかるのだが、彼女は足で馬の腹を優しく小突いたり、絞めたりすることで馬と意思疎通をしている。しかし端から見れば、それはわからず、彼女はまるで人間の上半身と馬の下半身を持った異形の存在にしか見えないことだろう。彼女が人馬一体と呼ばれる所以である。 

 

「これで終いだ!」

 

「なにおおおお!」

 

 すれ違いざまの一閃。ギィンという派手な音が鳴り響き、馬超の槍が空を舞った。

 徒歩で武器を振るうにしろ拳を振るうにしろ、その威力や素早さの基となるのは単純な筋力だけでは無く、体の体重の移動にある。しかし不安定な馬上ではまた別である。何せ地に足は付いておらず、上半身のみで戦わなければならないのだ。しかし華雄の馬は、華雄が武器を振るうとき彼女に合わせて体を動かし、重心を移動させる。馬を意のままに操る華雄にしか出来ない芸当である。

 馬超も幼い頃から馬と育ち馬術の心得は一級品であるが、経験の差か、やはり華雄には及ばないようだった。

 

「くっそー。今日こそは行けると思ったのになぁ」

 

「お姉さま日に日に負けるの早くなってない?」

 

「なんだとー! 蒲公英ー!」

 

「ふっ。私が日に日に強くなっている証だな」

 

 それは見え見えの挑発だった。華雄はらしくもなく前髪を指で弾き、きざったらしく振舞うと、馬超はそれを見てムキーと吼えた。

 華雄と馬岱は笑っていた。

 

「丁度良く終わったわね。早速だけど翆、蒲公英。二人は底の配下となって一緒に雍州へ行きなさい」

 

「私とお姉さまが、お兄さまの配下に?」

 

「ええ。二人共惜しみなく存分に力を振るいなさい」

 

「はいはーい! 頑張りまーす!」

 

「底の配下……うーん。まいっか。母様が決めたことだし、これで華雄とも毎日戦えるしな」

 

 二人はすんなりと馬騰の決定に従った。

 李傕の頭の中には次に行うべきことが思い描かれていた。

 馬騰からの推薦状を貰い、董卓に仕官する。この先まずは黄巾賊による大陸中での大規模な反乱があり、それが終わると十常侍の抹殺が洛陽で起こる。この時董卓は軍を率いて洛陽に向かっており、洛陽から連れ出された帝を実質助けることになる。そして帝を連れたまま洛陽へ入り、相国の地位を手に入れ暴虐の限りを尽くす。その後反董卓連合が董卓の討伐に乗り出し、董卓は洛陽を出て司隷にある長安へと向かい、そこで没する。

 つまるところ自分は、董卓の洛陽行に同行せず雍州の守りと称してただ待っているだけで良いのだ。後は董卓が自然消滅し、雍州が手に入る。

 それまでに雍州を涼州のように、羌族に対する理解を得られれば言うことはない。雍州は羌の地にも面しているので氐の統一へ向かう治無戴に援軍を出すことも可能だろう。また、その逆も可能だ。

 李傕は方針を定め、華雄、馬超、馬岱を連れて雍州へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 雍州天水郡にある董卓の居城にたどり着き、謁見の間で董卓を見た李傕は愕然とした。

 

「馬騰からの推薦状? ずいぶん信頼されてるのね」

 

 推薦状に目を通しているのは董卓の側近であり懐刀でもあるという賈詡。姿は幼い少女で、眼鏡を上げながら鋭い目つきで李傕を見ていた。

 そして問題の董卓。賈詡と同じくらいの幼い少女で、儚げな印象を受ける。自信なさげにきょろきょろと視線を動かしており、かなり気弱でもあるようだった。

―――これが董卓……? これはまずい……。

 この董卓はどう見ても権力に飢えていて、暴虐な政治を行うような人物には見えない。居城も質素なもので、仮に彼女が帝を擁して洛陽へと行ったとしてもそのまま帰ってきさえしそうだ。

 勿論人の心などはわかるはずもなく、見た目こそこの儚げな少女であるが、実際は暴虐な内面を秘めているかもしれない。目の前に権力が転がってきたら豹変するかもしれない。もっとも、その可能性はかなり低いように見えるが。

―――このままでは雍州を無血で手に入れられないかもしれない。どうすれば……。

 

「で、一つだけ聞いておきたいんだけど……外にいる羌族はいきなり襲ってきたりしないわよね?」

 

 賈詡のその一言に殺気が謁見の間に充満した。

 その殺気は李傕のものではない。背後にいる華雄のものだった。

 

「なんや、月と詠に手ぇ出すっちゅうんならうちが相手になるで」

 

 張遼と紹介された少女が武器を構えようとした瞬間。華雄は戦斧の石突を床に叩きつけて威圧した。

 

「貴様らは彼等がわけもなく襲ってくると、そう言いたいのか! 羌族が知性無く暴れる存在だと、そう言いたいのか! 彼等を侮辱することは誰であろうと許さん!」

 

 李傕はしまったと思った。自分と華雄は羌族の世界に長く居すぎて感覚が麻痺していたのだ。唯一親交のあった涼州では比較的羌族に対し理解があったが、他はそうではないのだ。羌族は略奪をしに来る蛮族。その根強い差別意識は存在して当然なのだ。

 このまま華雄が襲い掛かったら仕官どころではない。馬騰の名に泥を塗る最悪の事態になりえる。まさに一触即発。怒りに震える華雄が構えようとした瞬間のことであった。

 

「……失言だった。謝罪するわ」

 

 その場の空気を変えたのは賈詡だった。視線は地に向けられ、申し訳なさそうに表情を変えていた。

 

「こちらもすみません。華雄」

 

「むぅ……」

 

 手で座るよう指示すると、華雄はどかりと胡坐をかいてその場に座った。今だ怒り心頭といった顔である。

 

「私と華雄は長く羌族の下に居ました。だからこそ言えます。彼らは我々と変わらない人間です。叩かれれば怒り、誰かが死ねば悲しみ泣きます。そして私達にとって彼等は友であり、家族なのです。どうかご理解を」

 

「……善処するわ」

 

「それで仕官に際し一つお願いがございます」

 

「それは?」

 

「雍州でも涼州と同じように羌族と交易を行いたいのです」

 

「推薦状にもおそらく交易を行うだろうという事が書いてあったわ。良いわよ。その代わり貴方が窓口になって無駄な混乱を起こさないようにしなさいよね」

 

「ありがとうございます」

 

「では李傕、華雄、馬超、馬岱の仕官を認めるわ。月の為にしっかり働きなさいよ」

 

「はっ」

 

 

 

 

 

 李傕らが仕官をしてしばらく月日が経ち、賈詡の許を訪れたのは張遼であった。

 

「彼女達はどう?」

 

「いやーすごい拾い物やな。馬超は徒歩でも馬上でも強いし、馬岱も筋はええ。問題は華雄やな」

 

「何よ問題って」

 

 まさかとんでもなく弱いのだろうか。そう思い賈詡は聞き返す。

 

「あれ、ちっとばっかしやばいで。徒歩ならうちでも勝てるけど、馬上やと無理や。しかも恋と引き分けやったし、見てた感じ若干恋が劣勢だったしなぁ」

 

「恋と!? そんなことがあるの!?」

 

 恋と呼ばれた少女の名は呂布。字は奉先。真名は恋。今はまだ世にその武名は轟いていないが、彼女の力はまさしく天下無双と呼ぶにふさわしく、大陸最強の武将である。

 

「実質恋が二人いるようなもんやからなぁ。今の董卓軍は強いでぇ。ただまぁ羌族の事に関してはかなり敏感やな。普段は落ち着いとるが、羌族の悪口を聞いたら顔を真っ赤にしてぶん殴ってくるで」

 

 仕官の際の華雄の暴走を思い出す。確かに彼女は自分の立場も相手の立場も何もかもを省き、羌族を侮辱されたという一点でのみ激昂していた。もっとも、その怒りは李傕の嗜めによって落ち着いたが、それが他の者でも同様であるとは言い難い。あの二人は共に行動させた方が良いかもしれないと思った。

 

「指揮の方は?」

 

「これに関しては馬岱が一番上かもなぁ。色々な兵科をそつなく運用できとる。ただ騎馬に関してはこれも華雄が頭一つ飛びぬけとる。おまけにあの羌族の騎馬を率いた華雄はやばいでぇ」

 

「具体的に」

 

「羌族は全員が馬術にごっつ長けとる。兵一人一人の技術がだんちや。そんで華雄がそれを率いると、あれは騎馬隊っちゅうよりも一つの獣やな。うちも騎馬隊を率いるのには自信あったんやけどなぁ。あれを見たらちょっと自信無くすでほんま」

 

「……予想以上なのね彼女達と、彼等は」

 

「ところでそっちはどうなん。李傕は」

 

「可もなく不可もなくよ。元々抜きんでて能力があるってわけじゃないけど、仕事には熱心だし交易も順調。特に街の警邏や領内の賊討伐には力を入れているわ。まぁ羌族の印象を良くするためという目的なんでしょうけど」

 

 李傕は羌族の兵を連れてよく天水の街中を警邏に赴く。小さな揉め事や喧嘩の仲裁から、殺人や強盗といった凶悪犯罪の取り締まりなどに従事している。初めこそ羌族が堂々と歩いていることに街の住民は不安の声を上げたが、その実直な仕事ぶりや、価値観が違うため賄賂も受け取らず、格上の相手であろうと殴り飛ばして捕らえる彼等の行いを素直に評価し、今では住民の人気も高いらしい。

 だからと言って差別が無くなったかと言えばそうではないのだが、それでも今までよりは遥かに羌族を見る目が変わっていっている。

 

「それと、色々な意味で羌族と繋がりが有るのが大きいわね」

 

「あーっと……御無体やっけ?」

 

「治無戴よ……。あんたそれ李傕と華雄に聞かれて殺されても知らないわよ」

 

「そうそうそれそれ。治無戴や。で、その部族がえらいでかいって聞いたんやけど、どうなん?」

 

「羌族を統べる一大部族。現状で十万を超えている巨大な勢力よ。そこから氐を併呑すれば二十万を超えるらしいわ。羌族はその殆どが戦闘に参加できるから、軍で考えると十五万以上」

 

「十五万!? そりゃまた……。でもそれってええことなんよな? 雍州は西が羌に面してるから万が一の時に援軍とか期待できるんよな?」

 

「そればっかりは何とも言えないわよ。遊牧民はあちこちに住居を移しながら過ごしているんだもの。救援の報を届けに行ってもなかなか見つからなかったりとか、もっと西側に行っていたらこっちに来るまで時間がかかるとか色々問題があるから」

 

「なるほどなぁ。でも西の脅威が消えたっちゅうんのはありがたいことやな」

 

「確かに。ただ問題は李傕とが居なければ羌族との問題が再燃するということ。たった一人しか窓口になり得ないのはちょっと怖いところよ」

 

 羌族との間に友好的な関係が築けているのは、単に李傕がいるからという理由でしかなかった。涼州での交易の経験から相場を理解しているので取引で問題は起こらないし、彼を見かけた羌族たちの表情からもどれだけ信頼を置かれているかが見て取れた。

 羌族の最大勢力の長である治無戴は李傕と恋仲にあるようで、彼女の部族は漢を襲い略奪をするという行為を禁止しているという。そのことに加え李傕が居ることでさらに羌族の脅威は消えた。

 何よりも怖いのは、その李傕が羌族と共に反旗を翻し、中と外から雍州を襲うという事。しかしもしそんなことをするのであれば、街であれ程熱心に警邏をして羌族の印象を変えようとする行動をする必要はないだろう。

 そのため現状は西の脅威は無いと考えていい。

 

「そういや李傕が提言した輜重隊のあれ、どうなったん?」

 

「あれね……今実用に向けて色々つめている最中よ」

 

 雍州内における多数の輜重拠点の設立と運搬方法。

 現在戦が起きたとなれば、本拠地である天水から輜重隊を伴い、足並みをそろえて移動するため移動速度はそれなりに落ちる。当然騎馬隊からしてみれば遅すぎる移動である。だが輜重隊から離れて行動し、輜重隊が襲われてしまえば兵站は破壊されてしまう。

 李傕が提示したのは雍州内の村、あるいは新しい拠点を設立し、それぞれにあらかじめ軍が使用するある程度の輜重を保管しておくというもの。有事の際には最も近い拠点から輜重を使用し、一つ手前の拠点からは輜重を次の拠点へと移動させる。さらにその前の拠点からは、先程輸送した拠点へと送られ、と続いており、最終的には本拠地から拠点へ、さらに次の拠点へ、そして現場へ、と押しだすように輜重が流れていく仕組みである。

 

「革新的だし悪くない発想だったわ。これがうまく運用できれば、ここ天水から騎馬兵を輜重隊を待たずに一気に先行させられる」

 

「攻められた時の迎撃や賊を討伐する速度が上がるっちゅうことか」

 

「ええ。ただ問題もあるから今はそこをどうするか考えてるところだけど」

 

 一つの問題は村に保管した場合、村人がそれに手を出さないかという懸念。さらに村や拠点を賊に襲われて奪われるという事を防ぐ為にある程度の兵を配置しなければならない。その兵の調達や、雇う資金等まだまだ問題がある。

 

「面白い考えやけど、これも騎馬を中心に扱うが故の考えなんかな」

 

「まぁそうでしょうね。特に賊の討伐の際、食事の問題が出ているわけだし」

 

 李傕麾下の騎馬隊はとにかく迅速で、華雄を筆頭に賊が出たという場所まで急行する。が、そこで賊を見失い捜索に数日を掛けているうちに食料の問題が出たということがあった。

 ある意味それを改善させるためだけなのではないかとさえ思える草案であった。

 

「華雄もあれはあれでなんちゅーか、優しい奴やからなぁ。一人でも犠牲者を減らすよう急いどる」

 

「わかってるわよ。それくらい」

 

 当初一番の問題児であると考えていた華雄は、予想とは少し異なった性格をしていた。豪快で戦好きという予想は当たっていたが、彼女は誰に対しても同じように接するのだ。身分の上下も無く、漢も羌も無く、全てが平等なのだ。だから見ず知らずの村人が襲われたと聞けば血相を変えて出陣していく。

 平等であるが故、彼女の主人である李傕や、さらにその主人である董卓にもため口である。賈詡はそのあたりがちょっと気に入らない。

 

「そう言えば予想通り、起こるらしいわよ」

 

「黄巾の、っちゅうやつか?」

 

「ええ。大陸全土で大規模な反乱が起こるみたい。だからそこで手柄を立てれば―――」

 

「月もめでたく昇進ってわけやな。任しとき! うちらが月の為に一手柄あげたるで!」

 

「期待してるわ」

 

 ここ雍州では黄巾賊という賊の反乱は起こる予兆を見せていないが、他の州ではちらほらその影が見え隠れし始めている。

 賈詡にとってこの乱はとても重要なものだった。あわよくば反乱軍の首謀者を討伐することが出来れば、董卓の名がこの大陸に轟くのだから。


 
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