No.1009835

恋姫†夢想 李傕伝 1

恋姫の世界に転生した李傕のお話。
一刀君います。

華雄さんが大変お強いけど活躍はまだまだ先。

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2019-11-10 18:07:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1637   閲覧ユーザー数:1532

 

『始まり』

 

 

「そこのお前、そっちがどこに繋がっているのか知っているのか?」

 

「羌だろ? 知っているよ。そこに向かっているんだから」

 

 女は馬に乗ったまま、同じく馬に乗って先を進んでいる男に話しかけた。

 男の表情は暗く、陰鬱としている。

 

「知っていて向かうとは中々酔狂な奴だな。何か目的があるのか?」

 

「……運命に抗うため、かな」

 

「ほぅ」

 

「そっちは?」

 

「私は武の頂を目指してあちこちを旅している所だ。たまたまお前を見かけたので声を掛けてみたのだが……羌にいくなら私も連れていけ」

 

「何故?」

 

「漢には無い新しい武がそこにはあるかもしれん! 人伝に聞いているだけでは羌がどのような場所かも良くわからないしな。せっかく旅をしているのだ。珍しいものを少しは見ておきたい」

 

 女は馬を男の横に並べ、同じ速度で移動し始めた。

 

「私の名は華雄。字も真名も持たない下賤の身だ。だが、この名はいずれ天下に轟く!」

 

「俺は李傕。字は稚然。真名は底。好きな名前で呼んでくれていい」

 

「出会った相手にいきなり真名を告げるとは……珍しい奴も居たものだな。ありがたく受け取っておこう。まぁ、私は自分の真名が無いから相手の真名も呼ばないがな」

 

 二人は共に羌へと向かった。

 これは全ての始まりの、さらに始まりの話。

 

 

 

 

 

 目の前で行われている宴に、自分は黙々と注がれる酒に口を付けていた。

 自分の名は李傕。字は稚然。真名は底。

 前世の記憶を持ち、後漢の時代に生まれ落ちた自分は己の未来を知っていた。董卓の配下になり、洛陽で暴虐の限りを尽くし、董卓亡き後は長安で帝を擁しさらに暴虐の限りを尽くす。最期は曹操によって討たれ、歴史に最低な人物として名を残す存在。

 そんな運命を認められず、家を飛び出して何年経ったか。歴史とは違う行動をすることで未来を変えられるのではないかという、浅はかな考えの元、自分は西涼のさらに西。羌族の住まう一つの部族に身を寄せていた。

 

「飲んでいるか、底」

 

 真名というのはこの世界独自の特殊な文化である。相手の真名を人づてに知っていたとしても、本人から許可を貰わなければ決して呼んではいけない。もしも呼んでしまったのなら、その場で首を落とされても誰も文句は言えない。それだけ重要なものであるので、相手への信頼の証として真名を教えることが多い。

 李傕の真名は底。つまり今自分の真名を呼ぶ人物は、自分が信頼を置き、真名を呼ぶ許可を出した人物であるということだ。

 

「飲ませてもらってるよ。撈」

 

 治無戴。真名は撈。

 羌族はいくつもの部族に分かれていて、それぞれが遊牧民として生活をしている。彼女はその一つの部族の長である。肌は日に焼けた小麦色、髪は余り手入れがされていないので伸びっぱなしの荒れ放題だが、彫が深くくっきりとした顔立ちはまさに美少女。

 この数年。自分は彼女の部族に身を置き、共に戦っていた。

 同じ羌族とはいえ、部族が違えば敵ともなる。勿論戦いたくないという友好的な部族も居たし見てきた。しかし、相手を攻めてその全てを奪えばさらに大きな部族になる。治無戴の方針は他の部族は全て吸収するべき敵であり、友好的とは戦わずに降伏し恭順することであった。

 そうして治無戴の部族は一大勢力となっていた。遊牧民にも関わらず今や十万を越えている。しかも遊牧民はその殆どが騎馬として参加できる為兵力は実質八万。そんな状況でも治無戴は小さな部族であろうと徹底的に攻撃し、吸収していった。

 

「お前達が来てくれて良かった。俄何焼戈との戦いにも勝利し、羌にはもはや私達の敵は居ない」

 

「俺よりも殆ど華雄のお陰だけどね」

 

 視線をちらりと向けると、男衆が輪を作り、その中心で酒の入った大きな壺を両腕で抱え、一気飲みをしている華雄の姿が目に入った。

 彼女とはもう長い付き合いである。涼州から羌へ向かう道中に出会い、共に旅をしてきた。武を極めんとする彼女はどんな戦でも先陣に立ち、巨大な戦斧を縦横無尽に振り回し戦う。今までの戦い全てで戦果を挙げる彼女はこの治無戴の部族にとっての英雄であった。

 自分はと言えば彼女程の力は無く、軍師まがいの事をしてきた。地形を利用し伏兵を用いたり、逃げるふりをして敵を引き込み挟撃する等。基本的に羌族は小細工を用いず、正面からぶつかって勝つか負けるかの戦いをするため、自分のような浅はかな知識しか持っていない策でも簡単に引っかかってくれた。策により死者の数が減り、治無戴からは助かっていると良く言われていたが、自分としては余り誇れるものでは無かった。

 

「撈はこの後はどうするんだ?」

 

「次は南の氐だ」

 

 彼女が羌族の統一に乗り出し、南の氐を目指しているのには理由があった。それは出会って間もない頃に起こった出来事で、移動した先が他の部族が住まい、去った場所だったのだ。家畜の食べ物である草はもう殆どなく、仕方なく別の場所に移動しなければならなかった。そんなことが何度も、時には連続して起こった。それは本当に、ただ運が無いというだけの事だった。それによって家畜が死に、他の部族を襲って物資を奪わなければならないという事になったのだ。

 そして彼女は一つの考えに至った。羌族を一つに纏め上げれば、さらに氐を併呑すればそのような事が起こらないと。

 

「しかしいつかは―――」

 

「そう。いつかは人が増え、家畜の量も増え、土地がきっと足りなくなる」

 

「そうなったら漢へ?」

 

「私のような者が言うのもなんだが、本当は戦なんてしたくない。平和で豊かに今の生活が続けられればそれでいいんだ。幸い馬騰らとの交易もあり、足りなくなるであろう食料の問題もある程度解決できる」

 

 羌族の育てる馬はとても人気がある。広い土地に放し飼いをして自由に走り回って育つ馬は速く、体も大きい。主にこの馬と何かしらの物資を物々交換している。もっとも、それは西涼に近い場所まで移動した時期だけであるが。

 

「遊牧には限度がある。お前が昔言った言葉だ」

 

「言った。農耕に切り替えた方が土地を効率よく利用し、より豊かになれると」

 

「だがやはり、私は遊牧民であり続けたいのだ。たとえ漢民族達から野蛮だと言われようとも、先祖代々続けてきたこの文化を、残したい」

 

 遊牧民を続けたいという彼女の望みには問題が幾つもあった。まず遊牧民には交易を行う者達の存在が必須であること。特に衣服等の布の類は殆どが涼州との交易の際に手に入れるものだ。それに鍛冶が必要となる武器や防具。生活や戦いに必要な物を漢との交易で手に入れているが、漢民族からの差別により友好的な涼州以外では行えていない。

 土地の問題もそうだ。いずれ土地が足らなくなればどこかへと攻め入り土地を手に入れなければならない。現状は南の氐を攻めて吸収するという方針ではあるが、その後はやはり漢が視野に置かれる。

 

「閨でお前は私に言った。いずれ漢は群雄割拠の時代を迎え、荒れると」

 

「ああ」

 

「そこで頼みたいのだ。私はこのまま羌を一つに纏めあげ基盤を築く。そして氐をもこの手に収める。さらに次は匈奴だ。鮮卑。烏桓。遊牧民であり、異民族と呼ばれる全てを私が統一する。その為にお前には漢に戻って国を獲り、私達に協力して欲しい」

 

「今も涼州が協力してくれている」

 

「それはこれから先も同じではない。漢民族による差別は根強い。涼州も統治者が変わり、心変わりをすれば今の関係は瞬く間に崩れる。そうなれば私達は生活の為に漢へと攻め入らなければならない」

 

 だが、と彼女は続ける。

 

「私は新しい理想を持った。私が遊牧民を統一し、お前が漢を統一すれば、争いも、私達が異民族と差別されることの無い、新しい平和な時代が開かれる。そんな未来を作りたい」

 

 彼女の真っ直ぐな瞳は、理想の未来を見つめる目だった。

 

「私とお前。共に助け合えば必ず成し遂げられる。私はそう信じている」

 

「……俺にそんなことが出来るとは思えない」

 

「何故そんなに弱気になる。お前ならやれる。お前が愛し、お前を愛する女の言葉が信用できないのか?」

 

 彼女にそう言われてしまうと言葉に詰まってしまう。しかし前世も今世も自分は大したことのない小さな人間だ。卓越した知識も力も持っていないのだから。それを手に入れようとする努力さえしてこなかった。

 

「このまま共に暮らすという考えはないのか?」

 

「それは本当に魅力的な考えだ。だが、先程も言った涼州の心変わりが私達の生活を変えてしまう。だが、お前がどこかの国を獲ってくれさえすればそれは解決する」

 

「……わかった。やるよ」

 

「それでこそ私の愛した男だ。約束だ。共にこの広い大陸を平定し、世を平和にしたら結婚しよう」

 

「ああ。約束だ」

 

 眼前に彼女の顔が近づき、そっと唇を重ねた。

 

「乳繰り合うなら家に行け家に! みせつけるんじゃぁないぞ!」

 

 その様子を見ていたのか、華雄が空になった大壺を掲げて大声で叫んできた。彼女の後ろに控えている男衆もそうだそうだと声を上げている。

 見られていた。李傕と治無戴はそそくさと家の中へと向かった。

 

 
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