“パラリ”と、音がする
よくある、本のページをめくる様な
そんな音
いや、事実その通りなんだと思う
ああ、そうだ
確かに“俺”は、ページをめくった
ゆっくりと、確実に
目の前にある、見覚えのある
その本を開いて
そして、確かにページをめくったさ
それから・・・
“そのページに、線を引いたんだ”
“ズキン”と、胸が痛んだ
心が、なんて、格好つけたわけじゃなくて
その言葉のとおり、読んで字の如く
胸が、痛い
「はは・・・なんだよ、もう」
そんな、“慌てるんじゃねぇよ”
どうせそのうち、“お前の好きなようにさせてやる”って
そう言っただろ?
約束、してやっただろ?
だから、頼むから
“一生のお願いだから”
今だけは
この、“時間”だけは
俺の、好きにさせてくれよ
呪文のように、繰り返す様
呟きながら
叫びながら
“俺”は、笑う
わかってるさ
全部、わかってる
早く、“終わらせろ”って
そう、言いたいんだろ?
そんなの、とっくの昔にわかってるんだよ
だから、だから俺は・・・
“また、その本のページを・・・ゆっくりと、めくっていく”
≪真・恋姫†無双-白き旅人-≫
第十四章 動き出す、成都!!
ーーーー†ーーーー
「ん~・・・!」
“チュンチュン”と、鳥の鳴き声が聴こえてくる・・・心地の良い朝
一刀は寝台から体を起こし、思い切り背を伸ばす
瞬間、小気味の良い音が響きわたった
「んん・・・あ~、良い天気だなぁ」
と、窓の向こうを見つめ
彼は笑う
彼の言うとおり、窓の向こう・・・空は、澄み切った“青”
「さてと、そろそろ起きないとな・・・って、うわぁっ!!?」
「あわわわわわわわわわわわわわわわ・・・」
叫び、彼は“ドン”という音をたて勢いよく寝台から落ちてしまった
それはもう凄まじい勢いで、だ
というのも、原因は彼が眠っていた寝台
その中で、目を凄い剣幕のまま開いている少女
鳳統こと、雛里
見れば、彼女の眼の下には隈がくっきりと見えている
「あ、あの雛りん・・・もしかして、さ」
「あわわ、その・・・眠れましぇんでした~」
“あぁ、やっぱりか”と、彼は苦笑を漏らす
言葉の通り
彼女は、眠れなかったのだろう
ていうか、軽くマジ泣きである
というのも、その理由などは最早明確ではあるのだが
ただ・・・“鈍感”と罵られ続けた彼に気付けという方が、無理な話であろう
「ど、どうする?
朝の間、眠ってても別に・・・」
「あわ!?
け、けっこうでしゅ!!
一刀さん、早く起きましょうっ!!」
と、“ドタバタ”と彼女は寝台から飛び起きた
その拍子に、色んなところが視えちゃっていたのだが・・・紳士な彼は、黙って下半身をおさえ前屈みになるだけだ
紳士とは、常に冷静にあれ
まぁ、ぶっちゃけた話
“ニヤニヤを隠しきれないまま、股間をおさえ前屈みになっている”
ーーーなんて、そんなもの他人から見たら百%、というか確実にもう唯の変態なのだが
そんなことにすら気づけないほどに、雛里は焦っていたのだ
「さ、さぁ一刀さん!
急いで、あの問題を解決してしまいましょう!!」
「あ、ああ・・・うん、そうだね雛りん」
そして“バタバタ”と、これまた古典的な音をたて部屋から飛び出していく雛里
その背中を見送り、彼はひとまず息を吐き出した
因みに、未だに前屈みのままだ
「雛りん・・・」
彼はそのまま、股間をおさえた状態のまま
深くため息を吐き出し、呆れたように笑う
「寝巻のまま、飛び出して行っちゃったよ・・・」
まぁ、深く考えれば
いや深く考えなくとも、簡単にわかる話であるが
彼女は、起きて寝台から飛び出し
そのまま部屋からも、飛び出していったのだから・・・当然のことである
「いちいち、可愛いよな・・・はは」
等と、彼は笑う
数分後・・・まぁ、彼の予想通り
顔を真っ赤にしたまま、彼女は部屋へと戻ってくるのだった
ーーーー†ーーーー
さて、時間は少しだけ進み
朝から、色々と賑やかな彼らだったが・・・今は、少し違う
場所も変わり、ここは昨日と同じ酒屋の中
其処には一刀達の他には、淳于瓊と秋蘭の姿があった
法正は城に残り、その護衛として春蘭も残っているとのこと
「さて、と・・・皆集まったみたいだし、そろそろいいかな?」
と、そう言ったのは一刀だ
それに対し、其の場に集まった者達は一様に頷いた
「まずは、これからの動きについてだけど
秋蘭の話だと、早くとも明日には劉備さんが帰ってくるらしいんだ」
“だよね、秋蘭”と、一刀
秋蘭は、それに頷き応える
「その間に、おれ達が出来ることなんて限られてる
あんまり手を広げても、収拾がつかなくなるかもしれないし」
“だから・・・”と、彼は皆を見回した後に笑う
「おれ達は、“攫われた、またはいなくなった人が何処に行ったのか”
そこに、焦点を絞ろうと思うんだ」
彼の言葉
それに対し、秋蘭は“ふむ”と声を漏らした
「なるほどな
して、どのようにして探すのだ?」
「まず、秋蘭・・・というか、法正さんと春蘭も含めた三人についてなんだけど
三人には、“あくまで蜀の仕事”として動いてほしいんだ」
「蜀の仕事、だと?」
“ああ”と、彼は頷く
それから人差し指をピッとたて、意味ありげに笑ったのだ
「その際に、なんだけどね
なるべく、“大袈裟”に動いてくれないかな
例えば・・・“明日には、劉備様が帰ってきてしまう”とか、そんなふうに言いながらさ」
「む?
それは、いったい・・・」
“何故だ?”と、そう言い掛けて
彼女は言葉を止める
代わりに、フッと浮かべたのは・・・同じく、意味がありそうな
そんな笑顔だった
「わかった・・・そのように、法正には伝えよう
私たち二人は、法正を補佐すればいいのだな?」
「うん、お願い出来るかな?」
「勿論だ」
言って、彼女は立ち上がる
そして、そのまま歩き出したのだ
どうやら、もう城へと向かうらしい
そんな彼女の背を見つめ、彼は呟いた
「頼んだよ、秋蘭」
「うむ」
やがて、彼女は酒場から出ていってしまう
その姿を見送った後、彼は“さて”と話を再開した
「次に、霞」
「おう、なんや?」
一刀の言葉
“待ってました”とばかりに、霞は笑みを浮かべる
そんな彼女の笑みを、彼は何処か頼もしく思いながら
懐から、一枚の手紙を取り出したのだ
「これを、劉備さんに届けてほしいんだ」
「桃香にか
ウチに任せるっちゅうことは、まぁ“そのまんまの意味”やって思ってええんよね?」
手紙を受け取り、不敵に笑う彼女に対し
彼もまた、笑みを浮かべていた
「ああ、“そのまんまの意味”さ」
「了解や
任せとき、速攻で届けたるさかい」
「うん
馬の方は、法正さんに声をかけてくれればいいから」
“はいよ”と、彼女もまた店から飛び出していく
その足取りは、その声色からも窺えるほどに・・・とても、明るいモノだった
「さてと・・・次は、淳于瓊
それと、雪蓮も一緒に行ってほしいんだけど」
「なになに~?
何をすればいいの?」
「えっと・・・淳于瓊の弟子がやっていたお店があるよね?
その周辺を、色々と探していてくれないかな
ーーーいや、違うか
“誰かを探してるように見えるよう”、色々と聞いて回ってみてくれないかな?」
「ふふ・・・何だか、気になる言い回しね
いいわ、任せてよ」
「アチシも、了解したわん♪」
“それじゃ”と、店を出ていく雪蓮と淳于瓊
其の場に残ったのは、一刀と雛里と華雄の三人となった
そんな中、彼はフゥと息を吐き出し
それから・・・再び、“笑う”
「さて、それじゃ・・・そろそろ、“本題”に入るとしようか」
ーーーー†ーーーー
「“本題”・・・ですか?」
雛里の言葉
それに対し、彼は静かに頷いた
「うん、まあね」
“もっとも”と、彼は苦笑と共に
深く、息を吐き出す
「そんな、深い意味はないんだよ
ちょっと、聞こえが悪かったかもしれないから、先に言っておくけどさ」
「は、はぁ・・・」
一刀の言葉
雛里は未だ理解はしていないようだったが
それでも、空気を読み頷いたのだった
「それで、一刀よ
本題とは言っても、何を話すというのだ?」
「うん、それなんだけどさ・・・」
華雄の言葉
彼は一度軽く頷くと、懐から一冊の“本”を取り出した
白く、古ぼけたカバーの被せられた本だった
彼はそれを開くと、“まずは”と雛里を見つめ口を開いた
「雛里ちゃん・・・幾つか、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、構いませんけど」
「うん、ありがと
それじゃ最初に・・・法正さんの普段の仕事ぶりについて
詳しく、教えてくれないかな?」
「法正さんの、仕事ぶり・・・ですか」
言って、彼女は少しだけ考える
それから、真剣な表情を浮かべたまま言葉を紡いでいく
「仕事ぶりも何も・・・とても、優秀な方ですよ
元々は蜀で文官として、働いていたらしいのですが
私や朱里ちゃんの補佐にあたった当初から、とても唯の文官とは思えないほどに
彼女は、優秀でした」
「そっか・・・」
「はい
それに・・・わからないところがあったり、疑問があったりしても
恥じずにすぐ、私なり朱里ちゃんに色々と聞きに来て
それらを反省して、自分の力に出来る方でしたし」
「ふむ・・・なるほどね」
“うんうん”と、頷く一刀
彼はそれから本をチラリと見つめると、再び彼女へと視線をうつす
「次に・・・この国は
蜀は、未だに“納得していない人”がいるんじゃないかな?」
「っ・・・納得していない人、ですか?」
この言葉
雛里の表情が・・・変わる
「うん
意味は勿論、そのまんまさ」
「そのままの意味・・・」
彼女は、“震えていた”
それが意味することは、もはや明らかである
「うん・・・わかったよ、雛里ちゃん」
“ありがとう”と、笑う一刀
そんな彼に対し、華雄は眉を顰めていた
「なぁ、一刀
今の質問は、いったいどういう意味だ?」
「ああ、ちょっと・・・ただの、確認だよ」
「確認、だと?」
“うん”と、笑いうながら頷き
彼は、本を軽く撫でる
「雛里ちゃん
昨日の夜に俺が言ったこと、覚えてるかな?」
「昨日の夜、ですか?
確か・・・」
『事件が発生したのは三国会議の為に蜀の名だたる面々が出発した後から
さらに、狙われたのは蜀の重鎮御用達の店の職人たち
ホラ・・・並べられた欠片は、確かに“答え”へと繋がっているんだよ』
言われ、彼女は思いだす
昨夜、彼が紡いだ言葉を
「実はね、それ以外にさ
もう一つ・・・気になっていたところがあったんだ」
「気になっていたところ・・・」
「それが、たった今・・・解決した」
そう言って、彼は二人を見つめ微笑む
それから・・・
「全部・・・繋がったよ」
彼は・・・持っていた本を、ゆっくりと閉じたのだった
ーーーー†ーーーー
「ここに、あの紙が置いてあったのよん」
場所は変わり、此処は淳于瓊の弟子が経営した店の中の一室
恐らくは、店主用の部屋の中なのだろう
その中にある机を指差し、彼・・・淳于瓊は、溜め息と共に言ったのだ
「ふぅん・・・」
それに対し、彼女・・・雪蓮は、辺りを軽く見まわしてから
同じように、溜め息を吐き出していた
「此処には、いつも一人だったのかしらね?」
「そのはずよん
アチシのところは、“量より質”だったしん
アチシの弟子だって、そう多くはないものん
他の弟子もん、別の場所のお店を任せるかアチシの“愛の指導”を受けているかん
そのどちらかよん」
「あ~、淳ちゃん?
私、そういうとこに一々ツッコまないからね?」
「あらん、冷たいわねん」
「一刀は優しいから、細かいとこまでツッコむけどさ」
「あらん♪
アチシも“突っ込まれたい”わん♪」
「あら、おかしいわね
勝手に剣が、淳ちゃんの喉元に・・・」
「じょ、冗談だだだっだってばんんんんんん!!!!!???」
“なら、いいのよ”と、剣を戻す雪蓮
案外、いいコンビである
さて、そんな2人だったが
先ほど言ったように、現在は淳于瓊の弟子が経営していた店へとやって来ていた
というのも、雪蓮が言ったからだ
曰く、“気になることがある”と
それを受け、淳于瓊がここまで案内したということだ
「にしても・・・やっぱりおかしいわね」
「なにがん?」
「“全部”よ」
“全部”
そう言って、雪蓮はもう一度見渡した
その・・・とても整頓された、“綺麗な室内”を
「おかしいわよ
誰かが入って来たにしては、随分と綺麗じゃない?」
「そうねん・・・言われてみれば、そうだわん
けどん、それだって片付けて出ていったなら問題わん・・・」
「それだと、尚更おかしいわよ」
言って、彼女は指を差す
室内にある机を、彼女は指を差したのだ
「全部片付けたんだったら、その机の上にあったあの紙だって・・・普通は、片付けるでしょう?」
「っ!!」
彼女の、言うとおりだった
もし仮にこの部屋を荒らした後、綺麗に片付けたのだとしたら
あの紙・・・“助けて”と書かれた紙だって、片付けたはずである
しかし、あの紙はそこに置いてあったのだ
これでは、まるで・・・
「あの紙が見つかっても、問題がない
というよりは、“見つけてほしい”って感じね」
「なるほどん・・・そういう考え方も、あるわよねん」
「お金とか、そういうのはどうだったの?」
「もしかしたらと思って調べたのだけどん、そこは大丈夫だったわん
そう言われてみれば、そこもおかしいわねん
狙いが、お金じゃないなんてん・・・」
「そうね・・・」
呟き、彼女は腕を組む
それからしばし考え込んだ後、深く息を吐き出した
「ま、此処でいくら考えたって無駄よね
ひとまず、一刀に言われた通り行動しましょ」
「そうねん」
言って、二人は部屋を後にしたのだ
この、“違和感”に包まれた部屋の中を・・・
ーーーー†ーーーー
「はぁっ!!」
声をあげ、馬を駆り
森を駆け抜ける女性が一人
張遼こと、霞である
彼女はあの後法正から馬を借りると、すぐさま成都を発ったのだ
蜀の面々がどのあたりから来るかは、その時に秋蘭から聞いてある
故に、彼女はそちらに向い全力で駆けて行ったのだ
「はは・・・しっかし、“そのまんまの意味”なんて
一刀も、言うようになったやんけ」
呟き、彼女は笑う
あの時、彼に言われたことを思い出し
本当に、嬉しそうに・・・
『ああ、“そのまんまの意味”さ』
“そのまんまの意味”
それを、彼女は容易に想像することが出来た
すぐさま、理解することが出来た
あの場にいた中で、自分を選ぶ理由は
この、“張文遠”を選ぶ理由は
唯一つ・・・
「“迅速に、速攻で、誰よりも早く、この手紙を届ける”
そういう意味やろ・・・一刀っ!!」
叫び、彼女はまた笑った
彼女は、純粋に嬉しかったのだ
自分が愛した男が
三年前に消えた、愛しい人が
自分を・・・“神速の張遼”の能力を活かし
こうして、使っていることが
彼の、“成長”が
彼女は、唯々・・・嬉しかったのだ
ーーーー†ーーーー
「急いでください!
明日までに・・・劉備様が帰ってくるまでに、何らかの手がかりを見つけるのです!!」
「「御意っ!!」」
焦ったように、兵たちに指示を出すのは蜀の内務を任せられている少女
法正だった
そんな彼女の指示を受け、兵は大きく頭を下げると急ぎ執務室を後にしていった
その姿をみおくると、彼女は“ふぅ”と息を吐き出し椅子に座り込んだ
「これで、いいんですか?」
「うむ
迫真の演技だったぞ」
「は、はぁ・・・まぁ、演技じゃないんですけどね」
「はは、そうだったな」
言って、笑ったのは秋蘭だった
そのすぐ隣では、春蘭が首を傾げながら何かを考えているようだった
「なぁ、秋蘭
一刀は結局、何を狙っているのだ?
このように、大げさに指示を出せなど・・・」
「さてな・・・私にもわからん
それ故に、信じられる」
「はぁ?」
“ますます、わからん”と、春蘭
そんな彼女に対し、秋蘭はまた意味ありげに笑うのだった
「思えば、おかしなことばかりだ
一刀は確かに、正しいと思えることを言った
例えば、今日の酒場でのことだ」
「えっと、確か・・・“あまり手を広げても収拾がつかなくなる恐れがあるから、ひとまずは攫われた人たちが何処にいるかに絞ろう”
そんな感じで、言われたんですよね?」
法正の言葉
それに、秋蘭は頷く
それから、“しかし”と口を開いた
「仮にこの事件が誰かの仕業で、職人たちがその誰かに攫われたとしてだ
一刀は、その発言の反面
こうも言っているように、読み取れるのだ
“自分達はその犯人を捜す必要はない”と・・・な」
「ぁ・・・」
「その場合一刀は、“いなくなった者達が何処にいるのか?”
そこにしか、興味がないように聞こえる」
「む、む?」
“まぁ、姉者には難しいか”と、思ったが
彼女は言わない
ひとまずは話を理解している法正へと、視線をうつした
「だとすれば、色々な疑問が生まれますね
そもそも、此処には私や夏侯淵様に夏候惇様
さらには、鳳統様がいます
兵を使おうと思えば、此方がそう動けばいいのです
言ってはなんですが・・・少し、“違和感”を感じます」
「ああ、そうだ
さらに言ってしまえば、この指示・・・“大袈裟に”という一言」
彼は言った
大袈裟に、指示を出してほしいと
その言葉に、彼女は笑みを浮かべていた
「ふっ・・・」
「秋蘭・・・どうしたのだ?」
春蘭の言葉
それに、彼女は“あぁ、ちょっとな”と笑みをこぼす
「まぁ、一刀にもきっと考えがあってのことだろう
私は、それを信じるだけさ」
「私も、信じてみます
ひとまずは、言われた通りに指示を出していきましょう!」
「うむ、そうだな」
と、二人は今後の方針について話し合う
そんな中、カヤの外なのは・・・まぁ、言うまでもないことだが
夏候惇こと、春蘭である
彼女は未だ何かを考え込みながら、ブツブツと何かを呟いていたのだ
「こっちには法正がいて
兵士には、法正が指示を出せるなら
なのに、兵に頼らない?
それでは、まるで・・・」
その呟きが、その言葉が・・・
「ここの兵が・・・“蜀の兵が役には立たない”と、そう言っているのか?」
彼の心の中と、一瞬だけ“交わったこと”に
彼女は、勿論気づけないままだった
ーーーー†ーーーー
「ん~、そういう人は見てないねぇ
おかしなことも、特になかったし」
「そうですか
ありがとうございます」
そう言って、彼女・・・雛里は頭を下げる
同じように、隣では華雄が頭を下げていた
そんな二人に対し、人の良さそうな顔の女性は“ごめんね、力になれなくて”という言葉を残しその場から立ち去っていった
「ふむ、これで・・・決まったな」
そんな中、不意にそう言葉を発したのは華雄である
微かに、表情を曇らせながら
その言葉に、力なく頷いたのは“雛里”だった
「やっぱり、おかしいです」
“おかしい”と、彼女は呟く
その言葉の通りだった
今まで、二人は何人かに聞いて回っていたのだ
“最近、何かおかしなことがあったり、妙な人物がいなかったか”等
それらの質問を、“いなくなった職人が務めていた店などの周辺を中心に”聞いて回っていた
しかし、帰ってきた答えは・・・全て“否”
「あれほどの職人が姿を消したにも関わらず、その手がかりは一切なし
おまけに、その周辺でおかしな声などを聞いた人物もいない
皆、“何処かへ行っただけ”と・・・そんな軽い雰囲気すら感じる」
「はい・・・それに、考えてみればおかしな話です
淳于瓊さんのお弟子さんは、“たすけて”という紙を残していた
にも関わらず、“それほどの時間があったにも関わらず”
誰一人として、その異変に気付けなかった
そしてお弟子さんは、その異変を“知らせようとしなかった”」
「急に攫われたのならば、あのような紙を残すのは不可能
それに紙を残すような時間と余裕があったのならば、その異変を他の誰かに知らせているはず
しかし・・・結果、残ったのはあの紙だけ」
ーーーそれすらも、憶測に過ぎない
しかし、疑問は次々に生まれていく
それこそが・・・“彼”の言葉によって、紡がれた“新たな疑問”のせいなのだと
二人は、勿論理解していた
ーーーー†ーーーー
「この話は、聞けば聞くほど・・・おかしなとこだらけだ」
数時間前
酒場の中、彼はそう言ったのだ
椅子に座り込み、深く・・・深く、息を吐き出しながら
「蜀の人たちが、此処・・・成都を発ったのは、もう大分前の話だろう?
けどさ、その割に街に住む皆はそこまで“騒いでいない”
おかしいだろ?
蜀の重鎮御用達ってことは、皆腕が確かな人たちなんだよね
そんな立派な職人さんが、姿を消してから随分と時間が経ったんだよ?
それなのに、なんで街の人たちは“おかしい”って思わないの?」
言われて、華雄と雛里は“ぁ・・・”と声を漏らす
そんな二人を見つめたまま、彼はさらに言葉を続けていく
「法正さんにも聞いたけどさ、最初の頃は“あの人がいない”って報告が来たみたいなんだ
だけど、騒いだのは最初だけらしいんだよ
何故かすぐに、“静かになったんだ”
まだ、“いなくなった人が見つかっていないはずなのに”」
彼の言うとおり
まだいなくなった人は、誰も見つかっていない
にも関わらず
事態は、国が肖り知らぬところで“沈静化”しているのだ
「まだ、誰も見つかってない
時間だって、もう大分経ったはず
なのに・・・誰一人、“疑問に思っていないんだ
街はいつものように、明るい雰囲気に包まれてる
まるでいなくなった人はみんな、“何処かに出かけてるだけ”って
そんなふうに、思っているみたいにさ」
「そ、それって・・・」
“どういうことですか?”と、雛里は言おうとして
それを彼は
“司馬懿仲達”は、手で制したのだ
その先はこれから話すと、そう言っているかのように
「それと・・・ついさっき、言ったことだ
昨日言ったこと以外に、もう一つ疑問に思ってることがあったって」
「ああ、そういえば言っていたな
それで、その疑問とは・・・?」
「法正さんについて、さ」
「法正さん、ですか?」
“うん”と、彼は頷いた
「法正さんは、とても真面目な人だ
それは俺が話していてもわかったし、雛里ちゃんの話からも伝わってきた
自分がわからないとこ、疑問に思った所を聞いて理解し
それらを反省し、自分の糧にもできるほど彼女は勤勉でもある」
“けど・・・”と、彼は笑みを浮かべる
「だからこそ、おかしいんだよ」
そう言って、彼が見つめる先
雛里は未だ、彼の発言の真意が見えないのか・・・言葉を紡ぐことなく、唯彼の言葉を待っているようだった
「最初に事件が起きてから、もう随分と経ってしまった
そんな中・・・街は“事件を忘れていっている”のに、“彼女はしっかりと覚えてるんだ”
あの酒場で、言っていただろ?」
『此処、成都では現在・・・鍛冶職人、建築家、料理人、仕立て屋
所謂“職人”、またはそれに類する者達が“いなくなる”という事件が多発しているのです』
「確かに、言っていた」
「彼女だけは、未だにこのことを“事件”だって認識してるんだ
もっと言えば、彼女の行動だ
雛里ちゃんは、言ってたよね?」
『それに・・・わからないところがあったり、疑問があったりしても
恥じずにすぐ、私なり朱里ちゃんに色々と聞きに来て
それらを反省して、自分の力に出来る方でしたし』
「さて、と
ここで彼女が言った言葉を、もう一度思い出してほしいんだ・・・」
『まだ・・・報告していません
その、諸葛亮様のお手を煩わせるほどのことではないと・・・』
「あの酒場で、雛里ちゃんが孔明ちゃんには報告したのかって聞いた時・・・彼女は、確かにそう言ったんだ
さて、ここで質問だよ雛里ちゃん
あんなに、真面目な彼女が・・・これらの事態を事件だと、そう“理解していたはず”の彼女が
“そんなちっぽけな理由で、報告をしなかった”って
そんなの、あり得ると思う?」
「!!」
彼の言葉
雛里はその瞬間、大きく体を震わせた
それからしばらく経った後
その首を・・・ゆっくりと、“横に振ったのだ”
「・・・有り得ません
法正さんならきっと、最初こそ悩んだとしても・・・最終的には、朱里ちゃんに報告していたはずです
それこそ、今よりも半月は早く
淳于瓊さんのお弟子さんの話がある前に、報告していたと思います」
そう言って、彼女は微かに震える体を抱き締める
そんな彼女の言葉を聞き、彼は“やっぱりね”と溜め息を吐き出した
「つまり、どういうことなんだ?
法正は何故、この事を黙っていたのだ?」
と、そう聞いたのは華雄だった
その言葉に、その質問に
彼は、指を二本たて・・・呟く
「可能性としてあげるなら、二つあるよ
まず一つは、雛里ちゃんも今考えているだろう・・・“法正さんが犯人だった場合”」
「っ・・・」
一刀の言った“可能性”
雛里は体を震わせた
しかし・・・そんな彼女の頭を、ポンと優しく撫でる手があった
一刀である
彼は震える雛里の頭を撫で、それからゆっくりと言葉を紡いでいく
「もう一つ・・・個人的には、こっちが本命だと
俺は思ってる」
“聞いてくれるかな?”と、一刀
それに対し、彼女は・・・しばし黙った後
“はい”と、力強く頷いたのだった
そんな彼女の姿を見つめ、彼は笑みを浮かべる
「もう一つの可能性
それはね・・・」
~彼女が、犯人に“心当たりがあった場合”
あの真面目な法正さんが・・・孔明ちゃんにこの事を知らせようとせず、自分一人の力で解決しようとした
それほど、彼女が強く思う程の人物が
この事件の犯人だった場合だよ~
・・・続く
★あとがき★
シリアス回
このころ、ここら辺が一番大変でした
そもそも、シリアスの中を淳于瓊が歩く大変さ・・・やばかったですね
では、またお会いする日まで
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シリアス回な十四章
ここら辺が、一番大変でした
ではでは、お時間つぶしにどうぞ
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