その町に移り住んで半年が過ぎていた。
開発されて五年のニュータウンはまだどこか新しい匂いがした。
同僚から「あの町には妙な噂がある。去年まで住んでいた友人も不眠症になったらしい」と聞かされたが、特に変わったことなどなかった。
その日もいつもと変わらない朝。のはずだった。
駅に向かう坂道の途中、バス停も何もない狭い路地の入り口に、真紅のワンピースを着た女が立っていた。
その女は、雨でもないのに傘を差している。
もちろん日傘ではなく、よくコンビニや駅で売っているような透明なビニール傘だ。
思わず声を掛けたくなるような美人だったが、よく見ると靴も履いていない。
関わらないほうがいい。
心の中でそう呟き、足早に通り過ぎようとしたが、すれ違う瞬間に目が合ってしまった。
よく晴れた五月の朝だというのに、そこだけ妙にひんやりとした空気を感じた。
慌てて目を逸らすと、女が何かを呟いた。
「え?」
驚いて振り返ると、いつの間にか女の姿は消えていた。
一瞬ゾクッとした。
まさかこんな朝っぱらから幽霊のはずもないだろう。
そう考えることにして、再び前を向いた。
そこで目が覚めた。
「夢か…」
なぜかホッとした。
夢の内容はハッキリと覚えているが、なぜか女が呟いた言葉だけが思い出せない。
それが胸に引っかかって、何か気持ちが悪かった。
それでも時間は待ってくれない。
いつものように朝食をとり、いつものように家を出た。
五分ほど歩いて夢で女が立っていた場所まで来ると、思わず足が止まってしまう。
しかし、そこに立っている者はなく、同じように駅へと向かうサラリーマンが追い越していった。
まったく、何を気にしているのだろう。あれはただの夢だ。
自分にそう言い聞かせて、再び足を踏み出した。
次の瞬間、鼓膜を突き破るような高音と胸にズンとくる衝撃音がして思わず目を閉じた。
頬に生暖かいものが触れた。
人の駆け寄る足音と悲鳴が、朝の静かな住宅街に響き渡る。
恐る恐る目を開ける。
すぐ目の前に少し変形した車と、横たわる人。
ついさっき追い越していったサラリーマンだ。
アスファルトの上にみるみると血が広がっていく。
頬に触れると、掌にぬるっとした感触。
血だ。
顔に飛び散った血が付いていた。
思わずその場に座り込み、顔を両手で覆った。
もしあそこで立ち止まっていなかったら…。
そう考えたとき、頭の中で声が聞こえた。夢の中で聞いた女の声だ。
「赤い雨が降るわ」
あの夢は偶然だったのか、それとも神の気まぐれか…。
それから逃げるようにその町を出た。
今は、夢を見るのが怖い。
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悪夢は突然やってくる。