時は帝暦・黄平十二年。
その日、玉座の間には国家の重鎮が一同に会していた。
月に一度、月初に執り行われる、皇帝陛下への直接の諸事報告や上奏、首脳陣たる官僚の意思統一を図る小会議――通称『頂議』――の為である。
玉座は、当然最も上座にあり、十数段の階段によって一段高い位置に机と共に置かれていた。
その席は未だ空席であったが、玉座からまっすぐ伸びる路の左右には錚錚(そうそう)たる人物達が立ち並んでいた。
玉座の手前、正面階段を下ってすぐ左には、金髪を巻き毛にした小柄ながら覇気を纏う女性――左丞相・曹操。
対面には、赤みを帯びた長髪に簪(かんざし)を挿し、真紅の衣装を纏う碧い瞳の女性――右丞相・孫策。
その隣りには、武神と謳われ、その美しい黒髪から『美髪公』と称された女性――大将軍・関羽。
上公らより一段下座には、三公(司徒・太尉・司空)たる諸葛亮、周瑜、荀彧。
さらにその下座には行政実務機関である尚書(しょうしょ)の長、尚書令・鳳統と、その補佐役である左右の尚書僕射(ぼくや)の郭嘉に呂蒙。
その隣には弾劾を司り、各州刺史を監査する御史中丞(ぎょしちゅうじょう)である夏侯淵。
また、玉座の向かって右横側の階下には侍中(じちゅう。皇帝の質問に備え落度を補う側近)たる賈駆・陸遜・程昱・陳宮が控えていた。
その何れもが、後漢王朝末期からの群雄割拠の激動時代、そして魏・呉・蜀の三国鼎立とその争覇――後の世に『三国志』として歴史書に叙述されることとなる、乱世を生き抜いた英傑らであった。
「皇帝陛下、御出座ーーー!」
玉座の間の荘厳な装飾に相応しい、静謐な雰囲気の中、皇帝出座の知らせが響く。
重鎮らは一斉に膝をつき、臣下の礼を取った。
玉座の左方、皇帝とその秘書のみが出入りを許される扉より、まず一人の男が現れた。
歳の頃は壮年、その全身には若々しい生気が満ち満ちていた。
頭には皇帝のみが冠すること許される帽。
その身にはゆったりとした絹の衣服を纏っていたが、特筆すべきは、陽光を跳ね返し銀色に輝く不思議な素材の、袖のない外衣――マントやケープのような衣を肩掛けていた。
また、その皇帝と思しき男性の後ろには、二人の女性が付き従っていた。
穏やかな表情で、まるで花びらが舞うような優雅な雰囲気を放つ女性――中書監、劉備。
引き締まった表情、ぴんと伸ばされた背すじ。凛然たる雰囲気の女性――中書令、孫権。
役職として後宮(宮廷内で天子が家庭生活を営む場所)に出入りを許される、皇帝の秘書たる中書(ちゅうしょ)の長とその次官である。
彼女ら二人は玉座への階段は登らず、玉座の左横階下――侍中の反対側に跪いた。
銀衣を肩掛けた男は、そのまま階段を上り、悠然と玉座へ腰を下ろす。
「皆の者、待たせた。ではこれより頂議を始める!」
そう宣言するこの男性こそ、漢王朝の腐敗から続いた乱世に降臨し、魏・呉・蜀の三国鼎立をまとめ上げ、諸外敵の脅威を大陸統一によって治めた英傑中の英傑。
『“和”王朝初代皇帝』にして『天の御遣い』こと、北郷一刀その人である。
「皆の者、待たせた。ではこれより頂議を始める!」
「「「………………」」」
「「「………………」」」
「「「「………………」」」」
「「「「………………」」」」
「…………(汗」
“じとーっ”という擬音が目に見えそうな沈黙。
「……み、みなさん。沈黙がとっても恐いんですが……」
誰もが一刀を睨んだまま沈黙を保っていた為、結局一刀が折れて(というか沈黙に耐えかねて)皆へ声をかける。
最早、先程までの威厳はどこにも見当たらない。
「そう? 桃香と蓮華があなたを呼びに行ったというのに、ずいぶん待たされたものねぇ?#」
曹操こと華琳が瞑目したまま冷たく言い放つ。
しーんとした空気の中、前を向くと……
華琳は目を瞑ったままで眉間に皺を寄せ、両腕を組んで仁王立ち。
孫策・雪連はその身から凄まじい覇気を発しつつ、微かな笑みを浮べて舌舐めずり。
関羽・愛紗は、殺気に近しい雰囲気を隠しきれずにおり、こめかみにはくっきりと血管が浮き出ていた。
その先(下座側)には……
諸葛亮・朱里は、上公二人と大将軍の迫力に「はわわ……」とビビりつつも、どこか黒いオーラを漏らし。
周瑜・冥琳は、やれやれとばかりに溜息を吐き。
荀彧・桂花は、「これだから全身精液男は!」と怒りの言葉と表情を隠しもしない。
さらに下座には……
鳳統・雛里は「あわわ……ぐずっ」と半泣き。
郭嘉・稟は「もう少し状況を考えて戴きたいものだ」と眼鏡を指で押さえ。
呂蒙・亞莎は「……不潔です」と顔を逸らして、ぽつりと呟き。
夏侯淵・秋蘭は「うむ。全く相変わらずだな」と嘆息混じりに苦笑。
左を向くと……
賈駆・詠は「朝っぱらから何やってんのよ、このち●こ皇帝が!」と不平を漏らし。
陸遜・穏は、一見のほほんと笑っていたが、目が獲物を狙う猛禽類のものになっており。
程昱・風は「流石は『和の種馬』ですねー」と皮肉りつつも、こっそり頬を膨らまし。
陳宮・音々音は「そんな暇があるなら、ねね……もとい恋殿をもっと構うべきなのです!」と憤慨していた。
戦乱時代を乗り越えた英傑らが、これだけそろって負のオーラを発散しているとなると、ここだけが魔界か地獄かのごとく暗闇が渦巻いているようだった。蒼天には太陽が燦燦と輝いているというのに……
ちなみに右を向くと……
劉備・桃香と、孫権・蓮華が顔を真っ赤にして俯いていた。
「あ、あはは……バレバレっすか……」
桃香と蓮華が一刀を呼びにいった際、何があったのかはご想像にお任せします。
全ては漢王朝末期。幽州の片隅から始まった。
『天の御遣い』北郷一刀が幽州へと降り立ち、劉備こと桃香、関羽こと愛紗、張飛こと鈴々と共に大陸に平和をもたらす『桃園の誓い』を立ててより半年。
乱世の趨勢は、魏・呉・蜀の鼎立へと収束。
大国曹魏と、それに対抗する為に締結された蜀呉同盟の決戦は、奇しくも五胡という共通敵国の出現によって『三国同盟』締結という形で終結したのだった。
しかし、後に『第一次五胡戦争』と呼ばれたこの戦争を乗り切っても、大陸には問題が山積していた。
後漢王朝の悪政による物価・治安の崩壊の傷跡。
戦乱によって激減した人口。
耕す人間がおらず荒廃した田畑。
水害、旱魃、害虫大発生などの様々な自然災害。
そして……五胡を中心とした諸外国の脅威。
三国は正に手を取り合ってこれらに対処していった。
蜀の豊富な鉱山資源と呉の荊州大鉱山から銅銭を大量鋳造。貨幣の安定供給によって物価安定を図り。
魏の屯田制を各国で取り入れ、荒れた田畑を再生させ、生産力を回復し。
低下した労働力を補う為にアルバイト制を導入し、荒れ果てた農地の開墾や長江・黄河の治水を行った。
また、諸外国への防備策も図られた。。
各国の騎兵を調練し易くする為に、鐙や鞍などの馬具を考案・改良。また、騎馬突撃戦術(チャージ)も考案され、騎馬突撃の為の突撃槍(ランス)を開発。その調練が行われた。
加えて、騎馬民族である五胡に対抗する為、朱里こと諸葛孔明と一刀の『天の知識』を組み合わせて『八陣図』なる陣形戦術が開発された。
こうして三国は順調に国力を回復していった。
また毎月、『三国会談』と称して各国重鎮が何れかの国に参じることは、同盟の絆を確認するだけでなく、庶民にとっては娯楽として大きな祭りとされた。
国々は文化・経済・情報を交換し合い。重鎮らは友誼を深め、互いに真名を許す程となっていった。
そして三国同盟締結から半年が過ぎようかという頃。
五胡と高句麗が同盟し、大規模な侵攻を開始したとの報せが三国に走った。
三国同盟はすぐさま大号令を発し、連合軍を組織して対抗した。
五胡と高句麗は、それぞれ五胡が西方から涼州へ五十万、高句麗が北東から幽州へ百万の兵を率いて同時に侵攻。
対して三国同盟は、涼州には魏蜀連合軍四十万、幽州には魏呉連合軍七十万がそれぞれ応戦した。
蜀・呉は歩兵を、魏は騎兵を主として構成されており、同盟以後、合同訓練を繰り返していた同盟軍の連携は最早にわか連携ではない、統制の取れた動きを見せた。
そして、この半年の間に調練を重ねていた『八陣図』を実戦に投入。
『天の知識』を駆使し、対騎馬戦において強力な対抗力を発揮した『八陣図』は、数の劣勢を覆して余りある程であり、数の優劣が逆転して以降は、圧倒的な攻撃力を以って五胡・高句麗の軍を蹴散らした。
その戦果は正に無敵と称しても過言ではなかった。
三国同盟軍はあらゆる戦地において圧倒的な優勢を保ち、驚くほどの短期間で五胡・高句麗の各軍を撃破。
かくして『第二次五胡戦争』と呼ばれた侵略戦争から、領土を守りきったのである。
そして現在。
城の大広間では、第二次五胡戦争の大勝を労う、三国首脳大宴会の真っ最中であった。
(さて、どこに落ち着くか……)
一刀は腰を落ち着けて楽しめる場所を探して会場を回っていた。
「あ~~!その肉は鈴々が食べる積もりだったやつなのだ!盗るなチビ助!」
「チビって言うなって言ってるだろ!大体こういうのは早い者勝ちだもんねー!」
「もう!季衣も鈴々ちゃんも喧嘩しないの!足りなくなったら、また作ってあげるから」
「さすがはきょっちーの親友じゃん、るるっち~♪ あたい、この唐揚げがもっと食いたいんだけど~♪」
「……んぐんぐんぐ」
「ほら、まだまだ肉まんはいっぱいあるぞ、恋。はぁぁ~…♪」
(ここは大食いチームか。ううーん、見てるだけで胸焼けが……。
それに恋の食べっぷりを見てると、愛紗の二の舞……見入っちゃって宴会が終わっちゃうからなぁ。
ここはちょっとパスして……)
「ぷはぁ~。このえも言われぬ喉越しに、芳しき香り。なんと素晴らしき美酒よ!」
「あらあら、本当においしいわねぇ~。強さも申し分ないし」
「紫苑も桔梗もそう思うだろう? なんでも華琳殿が考案した酎であるらしいぞ」
「儂もこれほどの酒は初めてじゃ。全く曹孟徳というのは酒造においても鬼才であるものか(ぐびっ)」
「わははは、そうにゃろうそうにゃろう!我らが華琳様はにゃにをしても天才にゃのらぁ~~」
「ほれほれ惇ちゃん、杯が空いてんでぇ~。白蓮ももっといかんかい!」
「……お前等みたいな酒豪と一緒にするな……」
(こっちは酒豪チームか。華琳の造った酒には興味あるけど……。
つか春蘭の奴、猫言葉が出てるってことは、そろそろ限界なんじゃないのか?
霞は他人に呑ませるの、上手いからなぁ。白蓮、南無。-人-
俺も絡まれたら一巻の終わりだ。くわばらくわばら…………)
「こ、これでどうですか?」
「ほぉ……流石は『鳳雛』と謂われた雛里殿。点穴を突くが如き容赦ない攻めですね」
「一気に攻めきるですよ、雛里! 詠なんぞ、けっちょんけっちょんにしてやるのです!」
「外野うるさい!……ふふん、この賈文和をなめんじゃないわよ!」
「……成る程、ある意味そちらは囮か。見事な用兵だな」
「ふん。とは言っても被害が大きいことに変わりないわ。精々五分五分ってとこじゃない」
「どっちもがんばれ~♪」
「中々の名勝負ですねー。消耗戦ですけど(ぺろぺろ)」
(軍師チームは、いつぞや詠と音々音がやってたゲームか。
相変わらず俺はあのゲームのルール覚えてないんだよなぁ……
何かいい勝負みたいだし、邪魔しちゃ悪いかな?)
「きゃあぁぁぁ~~!どうかお許しを~~!」
(な、なんだ!?この声は明命か?)
悲鳴の上がった方に目線を向けてみると……
「うふ、うふふふ……いいじゃない明命……あなたの綺麗な肌を見せて頂戴~~……ひっく」
蓮華様が狂っておられた。
(そういや史実の孫権って晩年は酒乱だったって話があったなぁ……。
ついでに周泰脱がせたって話も。あれは美談だった気がしたけど……)
「思春殿、亞莎~、助けてくださいぃ~ ToT」
「うひひ、ええやんええやん! 蓮華様~、そこやで~♪」
「そうなの~。ほんと明命ちゃんの肌って綺麗なの~♪」
「止めなくていいのですか、思春殿……?」
「ああなってしまった蓮華様は、もう我らではどうにもならんのだ……」
「桃香様になら脱がされても……//// いやいやいやワタシは何を言っているのだ……(ぶんぶん)」
「ごめん、ごめんね明命。私にはどうしようも……>人<」
(まあ触らぬ神に祟りなし、と言うしな。
ごめんな、明命。というかご馳走様♪)
と、一刀が明命の柔肌を楽しんでいると。
「うわっ!何で脱いでるんだよ、明命!?」
「翠さん!? これは千載一遇の好機――秘技『身代わりの術ッ!!』」
「あら~?明命ったら、いつの間にこんなに胸が大きくなったのぉ~~……ひっく(ぬぎぬぎ)」
「……え? うぇ!? どぉわあぁぁ! やめろ!やめてくれ、蓮華~~!!」
「いやぁ~~ん♪お姉様ったら、だいた~ん♪」
「馬鹿言ってないで助けろ、たんぽぽ~~!!」
(あ、次の犠牲者が……。
しかし翠は最近さらに胸が大きくなったんじゃないかなぁ。眼福眼福( ̄∀ ̄)~:*: )
「北郷」
(びくっ!だ、誰だ!?)
「そのようなところに突っ立って、何をしているのだ?」
「い、いや。どこか落ち着けるところはないかなって」
声を掛けてきたのは、中庭に開け放たれた片隅の席で呑んでいた秋蘭だった。
「あら、一刀さん。あなたなら同席してもよろしくてよ? おーっほっほっほ!」
「ご主人様もご一緒にどうですか?」
「私もご主人様とご一緒に飲みたいです……」
秋蘭、月、麗羽、斗詩の四人は、空が見えるこの席で月見酒と洒落込んでいたようだ。
といっても、どうやら月だけはお茶のようだったが。
(これなら落ち着けるかな。麗羽が不安材料ではあるけど……)
「うん、お言葉に甘えようかな。お邪魔します」
一刀が秋蘭と月の間に座ると、さっそく月が杯を用意してくれた。
「ど、どうぞ。ご主人様」
「ありがとう、月」
お茶を飲んでいるのに何故か顔が赤い月を不思議に思いつつも、一刀は杯を受け取る。
暫く五人は頭上の半月を眺めながら、杯を傾け続けた。
最初に口を開いたのは秋蘭だった。
「北郷。この戦、これ程に被害少なく勝利を得ることができたのは、お主が考案したという『八陣図』のおかげだろう。全く見事なものだった」
「あれは殆ど朱里の考えたものさ。俺はちょっと思いつきを教えただけだよ」
「ふふ。相変わらずの謙遜ぶりだな。私は先ほどまで軍師連中と呑んでいたのだが、連中も口々にお主を褒めていたぞ?」
と言って秋蘭は僅かに笑う。
「漢王朝の腐敗から黄巾の乱に始まり……お主がこの大陸に降りて以来、太平の為に成したこと。その大きさを、この場にいる者達は皆分かっているさ」
「それこそ俺一人の力じゃない。皆が平和を望んで、その為に努力したからだ。だから……こんなにも、みんな笑っていられるんじゃないかな……」
目線を頭上の蒼月に向けたまま、一刀は独白するかのように言う。
そして、広間に響く喧騒と笑い声に聞き入っているようだった。
その表情を四人は暫くじっと見つめていたが、ふと麗羽が隣に座る月にその視線を向けた。
「――月さん。折り入って、あなたにお願いがありますの」
「へぅ? は、はい。何でしょう?」
麗羽の顔はかなり赤らんでおり、相当に酔いが回っているようだったが、その表情は真剣そのものだった。
「わたくしが以前一刀さんから聞いたものですけれど。月さんは『懺悔』というものをご存知?」
「ざんげ、ですか?」
まだ仏教の広まっていないこの時代の中国では一般的でない言葉である。
「俺のいた世界だと、神や仏――ここでいうなら『天』かな――に対して罪悪を告白し悔い改めることだよ」
「……罪悪、か。一体どうしたというのだ、袁紹よ」
秋蘭が尋ねるも、麗羽の視線は月を捉えたまま動かない。
「……わたくしは、かつて陰謀を用いて、董卓……あなたと同じ名を持つ方を陥れたことがありますの」
「「「「…………」」」」
以前、月の正体が董卓であると彼女にバレそうになった際、白蓮が咄嗟にこう説明したのだ。
『月は、巨悪と謂われた董卓と同じ名前のせいで謂れ無い迫害を受けた為、一刀が侍女として保護したのだ』と。
以来、麗羽は月が董卓と“同姓同名の別人”だと勘違いしているのだ。
「ですから……せめて彼の人と同じ名を持つあなたに。どうかこの場で、懺悔と……その為に謂われ無き迫害を受けたというあなたご自身へ謝罪させて下さいませ」
月が一刀へ目線で伺ってきた。一刀は少々苦笑いしつつ、頷いてみせた。
「れ、麗羽さん……私でよろしければ」
「ありがとうございます、月さん……」
麗羽は、杯に残っていた酒を呑み干し、ゆっくりと語り出す――懺悔を始めた。
「……わたくしは十常侍・張譲が董仲穎殿を武力として洛陽に連れ戻った際、自らの野心の為に彼女を利用しました。弱肉強食が乱世の倣いとはいえ……反董卓連合を率い、わたくしは董仲穎殿を追い詰め――殺したのです」
実際は、劉備軍から『董卓は深手を負い、川に身を投げた』と報告したのだ。
当時の麗羽はそれを鵜呑みにして、董卓は死んだと公表したのだった。
「……しかし袁紹よ。こう言っては何だが、権力争いとは騙し騙されの世界ではないか。今更の謝罪に意味があるのか」
「そうです、麗羽さん。私た…(ぶるぶる)と、董卓は張譲さんに招聘された時、その行く末を読むことが出来ませんでした。権力争いにおいては、最早その時点で破滅は決まっていたのです……」
「権力争いであった以上、謝罪することに意味も意義もないことは、わたくしも承知しておりますわ。まして相手は故人ですもの。でも……」
麗羽は、ここまで口を挟まずに聞いてくれていた一刀を一瞥し。
「一刀さんを見ている内に……わたくしは気付いてしまったのです」
そして、夜空に輝く月に視線を移して続けた。
「ただ権力の頂点を目指していたあの頃。たとえどれ程華々しい成功をしても。笑っていたのはわたくし一人だった。
斗詩も猪々子も一緒に笑ってくれはしましたけれど……本当の意味で満足していたのはわたくしだけ」
「麗羽様……」
「わたくしは三公を輩出した袁家の家名に相応しくあろうと、幼少より常に頂点を目指してきました。
今でも袁家一門であることを誇りに思っていることに変わりはありませんわ。でも……この男(ひと)を見ていて。
わたくしがあれ程手に入れたかった“権力”を手にしているこの男が。不遜にも『天』を名乗るこの男が。
王にも、将軍にも、文官にも、兵にも、庶民にも。誰に対しても等しく接する様を見て。
わたくしが目指していたものが只の虚構であったのではないかと、そう思うようになったのです」
麗羽の懺悔……独白に誰もが静かに聞き入っていた。
麗羽は見上げていた視線を下ろし、宴席を見渡す。
「今この宴では、かつて敵同士であった者達すら笑い合っていますわ。
誰もが、自身の“チカラ”を使うべき道を知っているから。互いのその道が繋がっていることを知っているから。
誰もが……平和という目的を共有しているから。
わたくしは……権力という“チカラ”を求めるだけで、その意味を、目的を見ていなかったのです。
ですから、その為に“犠牲”が出ることを深く考えなかった……」
麗羽は月を見据える。
明らかに酔ってはいたが、その瞳は確かに月を捉えていた。
「そして、わたくしが。袁本初が、目的もない“チカラ”を得んが為に、反董卓連合を以って“犠牲”にしたのは――董仲穎殿だったのです。況(いわ)んや、わたくしが董仲穎殿を“悪”としたことで、あなたにまで迷惑をかけてしまいました……」
「それは……」
「ご迷惑をお掛けしたあなたへの謝罪と……今は亡き董仲穎へのせめてもの謝罪と。そして、これからわたくしとあなたが心から笑い合う為に。……申し訳ございませ――」
麗羽は謝罪を口にしながら、ゆっくりと頭(こうべ)を垂れていく。
それに合わせて斗詩も頭を下げようとした。
しかし。
「――麗羽さんっ!」
頭を垂れようとした麗羽に、月が縋るように抱きついた。
「ぐずっ……ごめんなさい……ごめんなさい!」
「え? ど、どうしたというのですの? ああ、可愛い顔をそんな歪めて……」
「私が……私がその董仲穎本人なんです!」
「――え゛?」
泣き出した月の突然の告白に、麗羽は固まってしまった。
「ど、どういう……ことですの?」
「あはは……。いや、あの時は俺達から『董卓は川に落ちて死んだ』って報告したけどさ。実は……」
一刀が事の顛末を語る。
先行して洛陽へ入った劉備軍が、洛陽を捨てて故郷である涼州へ逃げようとしていた月と詠を発見したこと。
“巨悪・董卓”像は、陰謀によるもので、本人達は無実であることに一刀たちが気付いていたこと。
故に、月と詠を侍女として保護し、権力を求める袁紹・袁術陣営から匿ったこと。
以前バレそうになった際、白蓮の機転で“同姓同名の別人”と謀ったこと。
「(ぽかーーーん)」
「ひっく、ひっく、ごめんなさい、麗羽さん……」
「騙していてごめんな、麗羽。でも、俺には月にも詠にも、状況に流されるままに死んで欲しくなかったんだ」
「あ…ああ……うあぁぁぁぁぁぁん!!」
突如泣き始めた麗羽。号泣と言っていい程に、月を抱きしめ返し。ただ、泣き叫ぶ。
「れ、麗羽様!?」
「ああ、ごめんよ麗羽!?」
こうなると、女の涙にひたすら弱い一刀としては非常に困ってしまう。が……
「よかった……!よかったですわ……!そう、生きて下さっていたのね……!」
「ぐすっ、麗羽さぁん……」
「月さん――ごめんなさい。謝って済むようなことではありませんけれど……本当にごめんなさい……!」
「いいんです。もういいんですよ、麗羽さん。私はこうやって、ご主人様に出会えて……今、幸せなんですから……」
「はい。はい……う゛え゛ぇぇぇぇぇん……!」
互いに泣きながら抱きしめ合う二人。
一刀と秋蘭は微かに笑い、斗詩は貰い泣きしていた。
一頻(しき)り泣きあった二人は、ようやく体裁を取り戻し。
また卓に付き、四人は月を見上げていた。
「……一刀さん」
「なんだい、麗羽」
「あなたが本当に『天』から来たのかは知りませんけれど。もし、『天』がわたくし達を見て下さっているなら」
「うん」
「あなたのおかげで、月さんと詠さんが生きていたことで。もし……もし、わたくしの罪がひとつ消えるなら」
「…………」
「当時の共謀者である、わたくしの従妹の美羽さん……袁術も助けて下さるでしょうか……?」
袁術……桃香が徐州州牧であった頃。徐州へ侵攻したものの、劉備陣営に返り討ちにあい、しかも軍事行動中に本拠地を孫策・雪蓮に奪われ……以後消息知れずの麗羽の従妹だ。
「わたくしはこの半年、“探検”と称して大陸各地へ足を運びました。勿論、宝物が目的ですけれど……もしかしたら美羽さんに逢えるのではと、どこかで期待していたのです……」
「そうだね……。神ならぬ俺には断言は出来ないけど。心の底から麗羽が望むなら、きっと彼女は平気さ。なんせ――麗羽の運の良さは、蜀国……いや大陸随一だからね♪」
麗羽の頬を撫でるように手を当て、敢えて一刀は軽く答えた。
麗羽も、一刀の手に自身の手を重ね、何かを納得したようだった。
「……そうですわね。美羽さんは仮にも名家袁一門、わたくしの従妹ですものね! おーっほっほっほっほ!」
「(ははっ、今泣いた烏がもう笑ったよ。やっと本調子に戻ったかな?)」
そう、これこそが麗羽の本質。どれだけ身体が大人でも。胸ばかり大きくても。
彼女の本質は“稚気”――つまりは子供なのだ。
自身が正義であり、自己中心的で我儘。強情かと思えば素直で、他者が嘘を吐くことに思い至らず、人がいい。
ただ、自身の行動が他者にどう影響するのか、そこまで意識が回らないが故に多くの者に迷惑を掛ける。
そして、一旦罪悪感を背負うと……その重さに耐えられない。
ああ、正に子供。
一刀はそれを知るからこそ。どんなに無茶を言われても、この女性を嫌うことが出来ないのだ。
もしかしたら、猪々子や斗詩――それに白蓮――もまた、そうなのかも知れない。
「ほら、何だか色々ごちゃごちゃしちゃったし。ちゃんと向かい合って」
こういう時、なあなあに済ませてしまうと凝(しこ)りが残ってしまうものだ。
全てをすっきりさせる為、一刀は、もう一度麗羽と月を向かい合わさせた。
「……麗羽さん。今まで騙していて、ごめんなさい」
「いいんですのよ。理由にも納得出来ましたもの。改めて――董仲穎殿。
この場の誰しもと同じように、あなたとわたくしが心から笑い合う為に。
名家袁氏としてでもなく。公の場ででもなく。誰もが心を晒すこの宴席でこそ。
只一人の人間、麗羽として――申し訳ございませんでした」
「董仲穎様。袁紹配下を代表し、私、顔良からも謝罪申し上げます……申し訳ありませんでした」
麗羽は座ったまま、深く深く頭を垂れる。
斗詩は、一旦椅子から立ち上がり、跪いた。
対して月は、頭(かぶり)を振り、笑みを浮かべて言った。
「――はい。これからは共に平和を築く友人として。よろしくお願いします。麗羽さん、斗詩さん」
「……ありがとう、月さん」
「ありがとうございます、月ちゃん……ぐすっ」
その様子を見つめていた一刀は、満面の笑みを浮かべ、杯を高く掲げた。
「……改めて、三国の平和が続きますように――乾杯」
……
…………
その後、麗羽の成長が琴線に触れたか、泣き出した斗詩(「れ゛ぃばざま゛ぁぁ~」)を宥めつつも五人で呑んでいたが、月を心配した詠に続いて軍師組が乱入して、席が大きくなり始めた為、一刀と秋蘭はその場を失礼してまた歩き出した。
「それにしても驚いたよ。“あの”袁紹がな……」
「そうだね。まぁ酒の力も大きいだろうけど。――ふふっ」
「随分と嬉しそうだな、北郷?」
「そりゃそうさ。麗羽は蜀の中でもちょっと浮いてたんだけど……。でも、これで本当の意味で友達――『仲間』ってことだからね。まあでも、麗羽の我儘はきっと変わらないよ。これからもね」
そう言って一刀は、本当に楽しそうに笑った。
直後、後方から麗羽の高笑い(「おーほっほっほっほ!」)が聞こえてきた。
「……ほらね?」
肩を竦めて、しかし楽しげに笑う一刀。
(私欲でしか動かなかった人間を、こうも変えてしまうとはな……北郷一刀、やはり面白い男だ)
その頃、大広間の上座では三国の国主と朱里が歓談していた。
「はぁ~……今回も勝ててよかったぁ~。いい加減、五胡の人達も戦うのを止めてくれればいいのに……」
「豊かな土地を欲しがるのは、国家として当然のことよ。仕方ないわ」
「まあ今回の戦で、鮮卑以外の五胡と高句麗は冊封することになったし、暫くは大丈夫よ」
第二次五胡戦争と呼ばれた今回の戦は、五胡・高句麗による西涼と幽州への同時進攻に対して、西涼には魏蜀連合軍、幽州には魏呉連合軍がそれぞれ応戦し、三国同盟軍が圧勝する形で終結となった訳だが、鮮卑軍のみは後方支援が担当だったのか、大きな被害が出る前に撤退していったのだった。
その為、鮮卑のみは冊封(ここでは、漢王朝皇帝の名の下に、その領地へ王として封じることで、形式的にその国と君臣の関係を築くこと)が出来なかったのだ
「それもこれも華琳さんと雪蓮さんのおかげですね♪」
「そーんなことないわよ。今回の大勝は、寧ろ朱里ちゃんの『八陣図』によるところが大きかったわね。流石は蜀の『はわわ軍師』ね~(ぐびっ)」
「私も雪蓮に同意だわ」
「はわわ……ありがとうございますぅ。でも、私の考えた戦術は元々、魏軍の騎馬隊と山地などで戦う為に考案していたものですから。それを野戦でも戦えるように出来たのは、臨機応変な戦術の鬼才である雛里ちゃんと、ご主人様の天の知識のおかげなんですよ。……あと、はわわ軍師じゃないです……」
「元々が私達、魏軍用の戦術だったというのは引っ掛かるけど……。徹底した“武器の長さ”による優勢、堅固でありながら状況によって柔軟に変化する陣形――『伏龍』と『鳳雛』の神算鬼謀には恐れ入るわ」
「ほんとよね~(ぐびっ)。さぁさぁ、二人とも呑みなさいって♪」
「はーい♪」
「……桃香。あなたはある程度で止めておきなさい?酒癖悪いんだから……」
「はわわ……それでは私は軍師の皆さんのところを回って参りますので……失礼致します~(汗」
(なんという撤退の妙――流石は諸葛孔明……というか、逃げたわね朱里!!)
暫しあって。
「……呑み過ぎるなと言ったのに……」
と愚痴るのは華琳。彼女には桃香がべったり抱きついている。
「えへへへぇ~。華琳さんのカラダ、気持ちいいぃ~」
「あはははは♪ なんだか毎度恒例って感じねぇ♪」
「……冗談じゃないわよ、全く……」
「一方的に盛り上がってるね……というか桃香が毎回悪いね、華琳」
「なんだかお姉ちゃんを見てるみたい。ねぇ?かーずと♪」
やってきたのは一刀と、その腕にしがみ付く小蓮だった。
「私が酔っ払い相手に苦労してるときに、あなたは随分楽しそうね?#」
「あー!小蓮、ずるーい!」
小蓮は第一回目の三国会談で一刀をいたく気に入ったらしく、会うたびに積極的なアプローチを掛けていた。
その為か、蜀メンバーや(自覚の有無はともかく)一刀を憎からず思う娘達からは危険分子扱いされている。
すると必然、一刀が小蓮を連れているだけで何かと騒動になってしまうわけだが……
「そ、そんなことを言われても……」
小蓮が抱きついている事に対して、華琳はともかく(と一刀は思っている)何かと一刀へのアプローチを掛けている雪蓮が反応していた。また一騒動起こりそうだ、と一刀が怯んだ隙に……
「ご主人様ぁ~、大好き~~♪」
むちぅ~~~~~~~☆
「むぐぅぅ~~!?」
「「「あああーーーーっ!」」」
桃香の強烈なディープキスが一刀に炸裂したのであった。
「私も一刀と接吻するー!」
小蓮が桃香に負けじと抱きつくが、一刀が直立している為、身長的に届いていなかった。
「……ふん!桃香と一刀が何をしようと、私には関係ないわよ!#」
「そんなこと言って、青筋立ってるわよ、華琳。……あ~あ、羨ましいな~」
身体ごと横を向き、腕を組んで激昂する華琳。
右手の人差し指を唇に当て、羨ましげに二人の接吻を見る雪蓮。
魏・呉の国主二人は、きゃいきゃいと騒ぐ桃香と小蓮のやり取りを見つつも。
半年前、北郷一刀と共に過ごした情景を思い浮かべていた。
続。
【あとがき】
はじめまして。四方多撲と申します。
これから暫くの間、ちょこちょこと拙作を投下していこうかと考えております。
暫くは書き溜めた分があるので、短いスパンで投稿出来るかと思います。一応全26話予定……かな?
王朝の号は、色々悩んだのですが、“平和”と“一刀くんは日本人”ということで『和』としました。
帝国名称としては『大和帝国』となります。“だいわ”です。思わず“やまと”と読みたくなりますがw
なお、帝暦である『黄平』もオリジナルです。
漢王朝の火徳を継いだ和王朝は土徳である為、その象徴色の“黄”と、平和の一字であり、乱世を平らげたという意味としての“平”を合わせたものです。まー、だからどうしたって話ですがw
『北郷一刀の三国統一ハーレムの出来るまで』にちらとでも興味が出た方は、宜しければ読んでやってください。
――――:*:~以下は単なる筆者の身の上話ですので、興味がない方は読まれずとも問題ありませんよ~:*:――――
さて。私がTINAMIを知ったのは、2009年初頭に行われた『恋姫まつり』でした。
以来、SS読みたさにちらほらと訪れていたのですが、いくつかの作品が私の琴線に触れたのです。
それは――アフター子供話!
TINAMIクリエイター先輩諸氏によって綴られた、一刀とヒロイン達の子供達のSSに強く惹かれたのです。
しかし、私が最も頻繁にTINAMIへ訪れていた頃には(何故か)蜀の子供達のSSがありませんでした。
実は諸事情で自宅療養中の為、暇を持て余していた私は、『設定好き』という業(カルマ)が発動。
エクセルにちょいちょいと、蜀の子供達の設定を作り始めていました。
とはいえ、まだ小説を書く積もりはありませんでした。
ところが。
しばし間を置いて、TINAMIに訪れてみると、蜀のアフター子供話が投稿されているではありませんか!
(二番煎じもなぁ……)
そう思った私は何をとち狂ったのか。
三国のヒロイン全員に子供の設定を作り始めてしまったのであります。
本当に何を考えていたのか、今でも分かりません。
さらに『設定好き』であるところの私に悪魔が囁きます。
『三国のどのENDも、そのままでは三国全ヒロインを孕ませるのは無理。となれば……一刀くんが三国を統一した設定を作ってしまえ!』
幾つかの三国志の小ネタ本を買い込み。ウィキ先生とにらめっこ。
かくして生まれた設定が、蜀ENDから派生させた『和』王朝――『大和帝国』でありました。
ここで魔が差した私は、本章「序」の頭2ページを書いてしまったのです。
「あ、ちょっといいかも(自画自賛)」
いよいよ止まらなくなってしまいました。特に構想(プロット)もなく、だらだらと続きを打ち込みます。
ふと気付くと。
何故か打ち込まれた文章は、子供達の話ではなく。
北郷一刀が如何にして帝国を築き、ハーレムを作り上げたかという話になっていましたw
しかし、折角書いたものがお蔵入りというのも寂しいので、やれるところまで投稿しよう、という次第です。
そろそろ就活もしないといけませんしね^^;
因みに。蜀ENDをチョイスした理由は……
三国ヒロインの立場が平等なハーレムにもっていく基盤が自然に出来上がることと……どうにも人気がない気のする劉備こと桃香をちょっとでもプッシュ出来たらなぁ、というものです。その割に出番ないですがw
長々と身の上話を書いてしまいましたが、恋姫ファンの方々が少しでも興味を持って下されば幸いです。
四方多撲 拝
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祝!真・恋姫†無双アニメ放映開始(千葉)!
という訳で(?)初投稿です。
蜀END分岐アフターでございます。
タイトルやタグに「お?」と思われた方、よろしければ読んでやってください。