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艦隊 真・恋姫無双 141話目 《北郷 回想編 その6》

いたさん

一刀君の回想 その6 です。 今回、切りのいいとこまで詰めたので、長い話です。

2019-06-09 10:52:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:828   閲覧ユーザー数:794

【 帰還 の件 】

 

〖 南方海域 海原上 連合艦隊 にて 〗

 

 

そろそろ日が、天より落ちる頃。

 

ある艦娘の尊き犠牲のお陰で、ようやく艦隊に到着した天龍達。 疲れた身体を何とか動かし、重苦しい雰囲気を纏いながらの帰還である。

 

しかし、拠点方向を頻(しき)りに見ていた金剛は、真っ先に天龍達を発見し、直ぐに此方に駆け付けて来た。

 

 

『Oh、天龍ぅ! さっき、向こうでVery large (非常に大きい)水柱と轟音がしたから、とても心配したヨ!』

 

『すまねぇ!! 彼処の拠点付近は……南方棲戦姫に占領されて、どうしようもなかった!! それどころか───』

 

『…………言いたい事はあるのは分かるヨ。 だけど、此処は危険だから、皆の所へ行きまショウ? 私達も天龍達にUrgent(早急)に伝えたい事があるから、待っていたネ』

 

 

天龍の謝罪、後ろで俯く潮、笑顔の無い龍田、そして……居なくなった一隻を見て、大体の状況を把握した金剛は、彼女達を気遣いながらも、少し急ぎ気味に進んだ。

 

 

『な、なんだよ………これ?』

 

『す、凄い…………』

 

『ふふふ………提督らしいわねぇ~』

 

 

天龍達は待っていた艦娘達の様子に息を呑む。 

 

何故なら、艦娘達が一刀の乗る船を中心にして、防御を固めているのだ。 自分達の背中に船を隠しつつ、前方の海面を睨みつけるかのように警戒する、実に異様な光景を。

 

自分達の属していた鎮守府の提督、司令官ではない一人の人間を、正に死守と言う言葉が相応しい態勢で、厳重な護りを施しているのである。

 

 

この有り様を、詳しく知ると思われた長門に尋ねると、長門が歪な笑顔しながら、こう答えた。

 

 

『提督の采配が起こした、一種の奇跡さ』

 

 

 

◆◇◆

 

【 回想 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

天龍達が向かった後、再度の深海棲艦の来襲があったという。 敵の数は最初の来襲と同じくらいの人数、編成。

 

だが、此方は艤装も大部分が破壊され、何隻もの艦娘が中破、大破、そして轟沈した者も………少なからず居た。

 

その為、最初に見せたやる気を失い、諦めの空気が辺りを支配し、厭戦気分に陥っていたという。

 

残った長門も金剛も、一緒懸命に鼓舞し士気を上げようとするが、多数対二隻という圧倒的な数の差により沈黙、艦隊は為す術もなく壊滅させられる、そんな思いだったという。

 

 

『戦闘から逃げるのなら、俺を敵艦隊の最前線に置いてから、逃げだせぇぇぇっ!』

 

『─────!?』

 

 

そんな不穏な空気を弾き飛ばすように、沈没も間近の漁船より大音声が響く! 

 

その声の主は、言わずと知れた───北郷一刀!

 

 

『お前達が弱いのは、お前達のせいじゃないっ! 後方でふんぞり返りながら、指揮を取る提督や司令官が悪いんだっ!! 自分の持つ能力、その魂を信じろっ!!』

 

『……………!』

 

 

応急手当てで巻かれた布に、新たな血の滲みが浮かび、声を上げる度に身体がふらつく。 されど、一刀の声が大きくなる事はあっても、決して小さくはならない。

 

艦娘達の怯えや厭戦気分が、少しずつ晴れていく。

 

 

『運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり! 何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし! 疵つくことなし! 死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり!』

 

『────!!』

 

 

一刀の語る言葉は、かの名将〔上杉謙信〕が、城内に張り出したという春日山城壁書と言われる訓戒。

 

その言葉の意味を、艦娘達は頭で理解するより、身体が先に感じ取り、言葉の意味を正確に把握する。

 

そして、次の言葉により、艦娘達は奮戦する事を誓い合う。

 

 

『この俺の指揮が不満なら、最前線に壁として置き、その間に逃げろっ! 逃げきれるように、必ず……この俺が防いでやる!! だが、死にたくなければ、俺と共に続けっ!!!』

 

 

この言葉に、何隻かの艦娘が雄叫びを天に上げた! 

その意志に、何隻かの艦娘が艤装を開き狙い定めた!

かの提督に、何隻かの艦娘が力を貸さんと動き始めた!

 

 

『彼処まで言われて逃げたら……それこそ、一航戦の急に歌う方から何を言われるか分かったもんじゃないわよ!! 全機爆装、準備出来次第───発艦!!』

 

 

『…………その心意気、実に感銘いたしました! 姉さん! 那珂ちゃん!』

 

『へえ~、あの神通が久しぶりにやる気だね。 んじゃあ、私も………一丁、相手してやりますか!』

 

『当然、那珂ちゃんも……だよ! もっちろん、位置はセンターで!』

 

 

再度、襲ってきた深海棲艦達は、二回目という事で、少し、ほんの少しだけ気を抜いていた。 

 

最初の襲撃で、艦娘達の大部分は中破以上の被害。 そして、何隻か轟沈した事により、艦娘で編成していた陣形が、更に小さくなってしまっている。 

 

また、一番手強かった長門型には、集中砲火により手痛い打撃を浴びせさせたので、運が良ければ轟沈、最低でも大破は間違えないと、考えていたのだ。 

 

これで、自分達の数も質も上だと自覚し、このまま撃滅するのは可能と考えた。 いや、考えてしまった。

 

だが、それが既に、失敗の始まりである。

 

 

『その程度の砲撃で……二水戦旗艦を傷つけようなど、笑止! 魚雷、次発装填済です! 喰らいなさいっ!!』

 

『ゴガァッ!?』

『ガァ! ガギ、ガガァァァァッ!!』

 

 

『神に逢えば神を爆撃し、仏に逢えば仏を爆撃する! 伊勢型航空戦艦、この日向が誇る瑞雲の真の力、思い知れ!!』 

 

『『『 グガ、ガガガァァァァ───!! 』』』

 

 

こうして、難なく深海棲艦達の襲撃を防ぎった連合艦隊。

 

だが、この後に重大な問題か起きた。 

 

艦隊を纏める為に動いた一刀が倒れ、意識不明の重体となってしまったのである。

 

 

 

◆◇◆

 

【 島津 の件 】

 

〖 南方海域 海原上 連合艦隊 にて 〗

 

 

天龍達と長門が情報交換を行うと、双方が双方とも溜め息を吐く。 色々と想定外が有り過ぎて、何と言えばいいのか分からなくなったのだ。

 

しかし、今は一刻を争う事態が多い故に、停滞するのを許されない。 だから、長門が中心となり話を進める。

 

 

『まずは確認だが、作戦の継続は不可能なのだな?』

 

『ええ、もともと此処は、南方棲戦姫の支配下地域だもの。 瑞雲で索敵してもらったら、複数の行動予定箇所に深海棲艦の姿が確認できたそうよ~』

 

『今の連合艦隊の戦力は?』

 

『潮に頼んで確認して貰っているが、今んとこ分かっているのは、提督のお陰で被害が少なく済んだこと。 それと、同時に、士気が異常に高い……ってとこだな』

 

 

龍田と天龍に現状の確認を問えば、二名から直ぐに報告が上がる。 長年の付き合いと言うものか、必要と思われる事象は、既に調べて答えを纏めていたらしい。

 

 

そして、肝心な要の最重要事案である───

 

 

『…………提督の、容態は?』

 

『電が泣きながら、金剛さんと一緒に看病しているわ。 だけど………正直、早く設備が整った診療施設で、適切な治療を受けなきゃ………司令官の命……危ないわよ………』

 

『『『 ………………… 』』』

 

 

雷の言葉に、集まった一同の顔が俯く。

 

安全に近くの鎮守府まで向かうには、今の燃料、弾薬では……非常に心細い。 

 

しかも、襲撃は二度も繰り返したと言うのなら、三度目も必ずあると考えていいだろう。 現に、周辺で深海棲艦の姿が見受けられると、天龍や龍田からの報告があったばかりだ。

 

 

『…………やむを得ん。 これしか、ないな………』

 

『…………………』

 

 

長門達は自分が秘めた策を話すと、今いる全員が参加を表明、これを最終的な行動として決断する。 

 

それは、極めて非情にして無道な行為と、言われかねない作戦でありながら、効果はとても高かったと。

 

 

日本史を知る者は………その作戦を《 捨て奸 》と呼ぶ。

 

 

 

◆◇◆

 

【 誓言 の件 】

 

〖 連合艦隊 漁船内 にて 〗

 

 

『提督よ、この決断をした我々を……許して欲しい』

 

 

少し日が傾き……部屋の窓から入る日光が、白い軍服を着こんだ男を静かに照らす。 まるで、眠っているかのように見えるが、その呼吸は早く、胸の上下も通常より異なる。

 

彼女達の提督、北郷一刀は疲労と怪我の原因により、意識不明となる事態に陥っているのであった。

 

意識が戻らない一刀に向かい、長門は厳かに言い放つと、背後に居る仲間達と共に、深々と頭を下げる。

 

それは、面と向かって言えなかった謝罪。 

 

今から行う作戦は、間違いなく一刀に重しを付ける事になる、彼女達からの精一杯な償いであった。

 

 

『加賀に知れたら………説教だな。 しかも、まる二日掛けての正座だろう……』

 

『赤城さんが怒ると……お夕飯が……ボーキになってしまうのです。 電には必要ないので残すと……必然的に赤城さんの口の中へ………』

 

『まあ、その時はその時……説教でも何でも……受けてやるさ。 無事に戻れれば……だけどな』

 

 

そんな与太話をしながら、儀式は荘厳に続いていく。

 

あれから、作戦を決めた長門達は、漁船を護る艦娘達に断り、漁船の中で治療中を施されている一刀の側に集まった。

 

始めは何事かと驚いた金剛と電だったが、長門の作戦内容を知ると直ぐに賛同、自分達も参加する事を表明。

 

長門達と一緒に、この厳粛な儀式へと参加した。

 

 

『提督、貴方は……我々に対し、人と変わらずの愛情を持って接し、自分の身体や命さえも顧みず、救いの手を伸ばしてくれた。 貴方は、私達の自慢できる提督であり司令官だ!』

 

 

長門の話す一刀の賛辞が、目覚めない男の上に優しく被さるように響き渡る。 腐った板の上に、無造作に寝かせられた一刀を、慈愛に満ちた視線を向けながら。

 

 

『今度は、私が……私達が、提督を救う番であり、貴方を最後まで送り届ける努力を諦めない。 必ず、私達の誰かが……提督を生かす場所へ……送り届けよう』

 

 

天龍、龍田が静かに頷き、雷と電が何回も首を縦に振る。

 

金剛も肯定の意味を取ろうとしたが、長門の心情を慮(おもんばか)り、止める。 

 

本当ならば、長門自身が送り届けたいと思っているのが、明らかだったからだ。 一刀が怪我を負う事になった原因は、長門からの頼みを受け持った故に。

 

 

『どうか、無事に生きて欲しい。 そして、また……生まれ変わった私達を……あの桜の花咲く鎮守府で……迎えて欲しい』

 

 

そう言い終わると、長門は一刀の頬に口付けを落とし、その後に龍田や天龍達が続く。

 

 

─────神への祈りにも似た、ある想いを込めながら。

 

 

 

彼女達が決めた作戦とは、《 長門達自身が深海棲艦の足止めし、一刀と他の艦娘達を撤退させる》こと。

 

もし、一刀が無事に目覚め、この事を知れば………間違いなく自分自身の不甲斐なさを怒り、長門達の轟沈を哀しみ嘆く。

 

 

だから、彼女達は祈り願うのだ。

 

自分達は──艦娘。 

 

もし、轟沈しても、建造すれば出てくる。 それか、どこかの海域で、ドロップする可能性もあるかもしれない。

 

姿、形も、性格さえも、殆ど一緒の艦娘が、一刀の前に何時か現れて、あの日常を再現してくれる。

 

 

だから

だからこそ

 

……嘆かないで欲しい。 

……苦しまないで欲しい

……落ち込まないで欲しい

 

 

そう願いながら、長門達は一刀の頬へ………最後となる別れのキスを……静かに押し付けるのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

【 残懐 の件 】

 

〖 連合艦隊 漁船内 にて 〗

 

 

一刀は、誰からの……必死の呼び掛けを聞いたような気がして……目を覚ます。

 

目を開けて見れば、知らない天井があったが、自分の状況を途中まで把握していたので、混乱には陥らなかった。

 

ボロボロになった木造の船。 一刀が最初に目覚めた時と全く変わらない、網や竿とかの漁具が置かれた部屋。 

 

ただ違うのは、窓から見える景色は満天の星空。 

 

月は窓枠に隠され見えなかったが、星だけは幾つも幾つも、眺望する事が出来た。

 

あまりの美しさに一瞬時を忘れて見入るが、下が木の板だった為にか、位置を変えようとすると身体中が痛く、その痛みで我に帰れる事ができた。

 

今は現状を把握しなければ……と、立ち上がり誰かを呼ぼうと動くが、少し目眩がして立つ事が難しい。 

 

 

『Don’t wear yourself out!(無理しないで!)』

 

『────っと!』

 

 

そんな行動を悪戦苦闘しながら行い、バランスを崩すと……いつの間にか横で待機していた人影が動き、一刀の身体を支える。

 

慌てて、横を見れば………

 

涙を目尻に溜めた、金剛のあふれんばかりの笑顔が目に入る。 いつもなら、一刀に向かい勢い溢れた特攻を繰り出すところだが、今の容態を考慮してか自重していたようだ。

 

ふと、気付けば……一緒に来た長門、天龍、龍田、雷、電の五名の姿が見えない。 いつも、自分を心配してくれる古参の艦娘達だから、余計に心配が募る。

 

何か、都合があって出ているのかと思った一刀が、声を掛けようとすると……金剛の表情が冴えない。

 

先程の明るい太陽のような表情が、いつの間にか反転して、夜空で輝く月を雲で覆ったような……暗い顔。

 

故に、一刀は嫌な予感を感じた。 

 

金剛は一刀の焦りを察してか、顔を俯かしながらポツリと報告をした。 一刀が……一番、聞きたくなかった報告。

 

 

『提督ぅ……皆、一足先に………ヴァルハラへ向かったネ……』

 

 

唖然として声を出す事も忘れた一刀に、金剛は無表情で淡々と、これまでの成り行きを説明をする。

 

 

★☆★

 

南方海域を脱出するため、皆で脱出を図ったが………やはり、深海棲艦は甘くなかった。

 

最初は、駆逐ロ級など弱い艦を多数出撃させ、数に物を言わせ追尾追撃を仕掛けて来ので、比較的元気な艦娘に攻撃をさせて追い払っていた。 

 

だが、追撃を退ける度に、少しずつ強力な軽母、軽巡、そして空母、戦艦級の深海棲艦が混じるようになったのだ。

 

まともに戦えば、強敵ゆえに燃料や弾薬が軒並みに無くなり、このまま続けば、鎮守府に付く前に枯渇してしまう。 

 

そうなれば………全滅もあり得る。

 

 

だから───

 

 

『撤退による殿とは………胸が熱いな。 さて、私がなるべく派手に攻撃して時を稼ぐから、後を任す。 それから、もし提督が目覚めたら……長門が詫びていたと……伝えてくれ』

 

 

艤装が七割も損失している長門が、それでも獰猛な笑顔で出撃し───

 

 

 

 

また───

 

 

『よしっ、待ちかねたぜ! 次はオレだな? なーに、別に倒してしまっても構わないんだろう! へっ、提督とは別れは終わってるんだ! 無事に帰れって、伝えてくれよな!』

 

『天龍ちゃんだけ行かせるわけないじゃな~い。 提督、天龍ちゃんが無茶しないよう、ちゃ~んと見ているわ。 だから、残った子達に対して迷惑掛けないよう、いい子でね』

 

 

少しして───再度、現れた深海棲艦の大艦隊に、自由に動くのも難しい天龍、その補佐をすると言って付いてきた龍田が立ち向かい───

 

 

 

 

そして──

 

 

『雷、司令官のために出撃しちゃうよっ! 安心して鎮守府まで帰ってね。 大丈夫、雷は強いから、もーっと頼っていいから! だから、心配せずに元気で待てってねぇ!!』

 

『なるべくなら、戦いたくはないですけど……雷ちゃんと一緒に行ってきます。 できれば、お目覚めの時に言いたかったのですけど、電は……一刀さんと逢えて……幸せでした……』

 

 

再度、追ってきた大艦隊に、まだ目立った損傷がない雷と電が立ちはだかり、一刀が乗船する艦隊を逃した。

 

 

★☆★

 

 

泣きながら伝えられた言葉に、一刀は声も出せず、ただただ男泣きに涙を流すしかなかった。 今の一刀には、それしか、それだけしか──出来なかったのである。

 

 

船の外では…………船体に当たる波の音が響くと同時に、生き残った艦娘達からの………哀しげな嗚咽が聞こえてくるのであった。

 

 

 

◆◇◆

 

【 別離 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

『提督ぅ………皆からのMessage……確かに伝えたからネ』

 

 

全てを伝えきった金剛は、一刀の側から立ち上がる。 今の今まで泣き顔から一転して、戦士としての表情へと変える。

 

そして、足早々に甲板に出ると、星明りの照らす中、暗き海面に降り立った。

 

一刀も急いで甲板に出て、船尾へと回り込み、降り立った金剛を引き留めに掛かる。 もう、これ以上………仲間達を失いたくないという、一刀の執着心からであった。

 

しかし、金剛の決意は固く、顔を横に振る。 

 

何故ならば、誰かが囮として離れなければ、船足が遅い艦隊が深海棲艦達に追い付かれる、その懸念があるのだ。 

 

長門達が憂い、その身と引き換えに得た、安全な範囲。

 

だから、金剛も同じ事をするつもりで、一刀の制止を振り切り、急ぎ離れる為に前方を確認したのだ。

 

 

─────だが、無情にも……時は既に遅く

 

前方には、駆逐ロ級が数百隻──目を光らせ、船の後方へ浮かび上がっていた。 

 

 

『Shit! もう、追い付かれるなんて───』

 

 

恐れていた事態、皆が身を捨てて行った行為が……全て無駄。

 

目の前の現状に、唇を噛み締めて悔やむ金剛。

 

だが、このままでは駄目だと考え、自分の身体を張って船を護るように、深海棲艦の前で構えた。

 

もし、ここで深海棲艦が一斉に攻撃的すれば、如何に金剛といえど、一刀達を護る事は不可能だった筈だ。 しかし、深海棲艦は意外と………狡猾で残忍だった。

 

金剛の動きにより、駆逐ロ級達は、後ろで庇う船に大事な者が居ると察したらしく、わざと船を狙うよう一発ずつ、攻撃を開始したのだ。

 

 

『────ッ!!』

 

『こ、金剛!!』

 

『…………し、心配なんて……Nothing……ネ……』

 

 

避けようとすれば、高速戦艦の実力で回避可能なのに、船を護るように、自分から当たりに行く金剛。 

 

先に逝った皆との約束、一刀を護ると誓った言葉を頑なに遵守しているのは、明らか。

 

幾ら駆逐艦からの攻撃とはいえ、敵は数百、金剛の耐久力が幾ら高くても被害は甚大。 

 

大破近くまできた身は、既に限界を越えていた。 あまりにも痛々しい金剛を前に、一刀は我慢できず大声で叫んだ! 

 

 

『金剛! 俺を残して、お前だけでも───』

 

『───No way(絶対に嫌)!!』 

 

『─────!』

 

『………そんな事を……したらサァ。 提督を逃がす為……ヴァルハラへ………行った皆に……………顔向けできない……ネ』

 

 

今まで、金これ程まで強く、金剛から拒絶された事がなかった一刀は、一瞬だが呆然としてしまう。 

 

それから、金剛は最後に振り返り一刀へ別れの言葉を残す。

 

 

『………ゴメンな……さい、提督。 最後まで……護れなかった………ヨ』

 

『───待てっ、金剛!!』

 

『My encounter with you is my treasure ( 私が貴方と出会えたことは私の宝物ネ)』

 

『金剛───ッ!!』

 

 

一刀からの叫びを聞きながら俯き涙を流すが、瞬時に両頬を叩くと毅然とした態度を取り、半ば壊れ掛けた艤装を展開。

 

金剛が護りに徹していたのは、艦隊を護るという事もあるが、一番の理由は………弾薬を保持するため。 

 

 

『( もう少し……先に行かないと……提督達に……Damageが……来ちゃうネ……)』

 

 

あの漁船には簡単な動力しかないが、生き残った艦娘達が曳航している。 南方海域を出るまで、後もう少し。 

 

 

『 (長門達との誓い……違う形で……叶えられそうネ。 フフフ……良かったヨ……) 』

 

 

ならば、最後になった自分の役目は決まっている。 

 

ここで、最後の足止めをすれば───

 

そう考えて、金剛は限界を越えた身体を、深海棲艦達の前まで、近付こうと必死に動かす。 

 

 

目指すは、深海棲艦の十メートル前にまで、接近してからの被弾。 そうすれば───金剛自身の自爆で、深海棲艦の大方が吹き飛ぶ。 

 

これで、提督と助けた艦娘達は、生き残れる!

 

 

金剛の作戦は、見事だったと言うしかない。 敵と味方の数、今の位置、そして……勝利条件に添う行動。

 

確かに、この作戦が実行していれば、一刀達は逃れる事ができた。 間違いなく可能だったのだ。

 

されど、この場に、この時に、何故か───現れた。

 

 

『………………木偶ラシイ……愚カナ考エダヨ……』

 

 

天空から飛んで来た砲弾は、かなり距離があったのに関わらず、正確に金剛を狙ってきた。

 

 

『『『 ─────!? 』』』

 

 

当事者である金剛も

敵である駆逐ロ級達も

黙って見守るしかなかった一刀さえも

 

突然の攻撃により、何もかもできる事がなく、その着弾を許してしまったのだ。

 

 

────眩しいばかりの、閃光

────天上高く上がる、水柱

────吹き荒れ狂う、大旋風

 

 

辺りが漸くして、全てが落ち着いた頃、

 

金剛が居た場所には───

 

───残骸も、艤装の一部も、何もないまま

 

───元の海原に戻っていた。

 

 

 

◆◇◆

 

【 回天 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

『金剛ぉぉぉぉ─────ッ!!!』

 

 

一刀の怒りと哀しみを含んだ絶叫が、果てしない大海原に、風に乗り波に乗り、辺り一面に響いた。

 

されど、何時もなら、一刀の声が届く範囲なら、必ず嬉しそうに飛び付く、明るい彼女は………もういない。

 

ただ、変化があったのは、一つ。

 

敵である、深海棲艦側から…………ある者達が訪れた。

 

 

『アヒャ………? モウ……壊チャッタ……?』

 

『仕方ガ……ナイサ。 君達……ミタイナ……仕様ジャナイ……』

 

 

黒いフードを被った幼き子供らしき者が、にこやかに笑いながらも、大爆発を起こした海原を残念そうに眺めている。

 

黒いフードを被る子供の髪は白髪、前は開(はだ)けているものの、黒の水着らしき物で何とか隠している。 一見すると、実に破廉恥な姿だが、今は誰も指摘する者は居ない。

 

後の一人は、白く長い髪をツインテールに纏めた、南方棲戦姫と似た感じの衣装を着用した女性。 多分、隣の子を指摘できない理由は、この女性の方が破廉恥だからか。

 

ただし、艤装は持たず、救命ボートのような物に乗り込み、周囲を深海棲艦達に囲まれ、守られている。

 

船尾から見た一刀は直ぐに、一方の相手が深海棲艦、それも上位の者だと気付き、視界から外さないように注視した。 

 

 

『戦艦……レ級か? この子が……金剛を………』

 

『フフフ……アノ木偶ハ……少シ怖イ……作戦ヲ……考エテイタカラ……排除……シタヨ。 特攻ヲ……考エル……ナンテ……サ』

 

『そんな……事を……!!』

 

 

もう片方の深海棲艦らしき女が、一刀の疑問に答えるかのように、砲撃した理由を述べる。 

 

深海棲艦側からすれば、大打撃になる金剛の作戦だったのだろう。 恐れている言葉、その迅速な対応が、その作戦の有効さを物語っている。

 

あの金剛に、そんな辛い役目を負わせたのかと、罪悪感に襲われるが、今はそんな場合じゃないと、無理矢理突き放す。

 

 

『…………で、何の要件だ。 俺の独り言に、わざわざ返すなんて、普通の深海棲艦がするわけが……ない』

 

『…………ソノ……通リ……ダヨ。 ボク……ジャナケレバ……直グニ……攻撃……シテイタネ。 デモ……木偶ノ……作戦ヲ……見破レズニ……君達ノ退却ヲ……許シタロウネ……』

 

 

片方が……何なのかが分からない。 海の上に浮かべない所を見ると、どうやら深海棲艦ではなさそうだ。

 

深海棲艦達に護られながら、この場に居ると言う事は、深海棲艦側の人物だと理解した。

 

そんな女性が、レ級に曳航されながら十メートル近くまで近付き、片言の口調で船尾に居る一刀へ話し掛けた。

 

 

『サテ……交渉……ダヨ……一刀君……』

 

『…………なんで……俺の名前を………?』

 

『ボクハ……君ヲ……知ッテイルカラ……サ。 ヨォク……考エテ……見テヨ………』

 

 

その喋り方に聞き覚えがあった一刀は、その女性の顔をしっかりと確認するため、腰を降ろし前屈みになる。 

 

因みに、着衣は南方棲戦姫と同じなので、胸の周辺は髪ブラ。 しかも、南方棲戦姫よりも、おぉ………ゴホン。 

 

もちろん、一刀は全力でスルーしたが。

 

 

『もしかして………三本橋中将……ですか?』

 

『ソノ……通リ……ダヨ。 自分ノ艦娘………木偶ニ裏切ラレ……深海棲艦側ニ……強制的………加入。 今ハ……人類ノ敵ダ。 落チタ……モノ………ダネ……』

 

『それで、俺を………殲滅しようと……』

 

『───違ウ!』

 

 

破廉恥な衣装を着用する女性……三本橋は、強く否定した。

 

 

『今………海軍ノ所属デ……深海棲艦ニ……抗スル者ナド……居ナイ。 一刀君……君ダケダ。 ナラバ……ボク達ノ仲間ニ……ナラナイカ? 君ナラ………深海棲艦側ノ……提督ニ……ナレル』

 

『………………』

 

 

近くに居る艦娘達は、その様子に息を呑み、ただただ見守るしかなかった。 深海棲艦側も同じらしく、此方に砲撃を仕掛ける様子もなく、海上に佇む。

 

幸いにして、三本橋からの勧誘には、一刀は微動せず見つめ返すのみ。 長門達を轟沈された怒りも、助かるかもしれないという安堵も、何一つ表さないまま。

 

 

『因ミニ……コレハ……ボクノ……意志……ジャナイ。 南方棲戦姫ノ……要望ダヨ。 ボクハ……君ヲ………殺シタイ。 君ガ……居ルト……憎シミガ……止マラナイ!!』

 

『……………』

 

『君ガ……居ナケレバ……ボクガ……コノ……ボクコソガ……認メラレタ……筈ダッタノニ! 何デ……何デ……一刀君……ナンダ!!』

 

 

三本橋の目が狂気に染まるが、一刀からの返事は来ない。 まるで、眼中には無いとでも言うが如く。

 

と言うか、本当に一刀は三本橋を無視して………船影へ隠れる艦娘と、小声で話をしていた。 

 

その艦娘とは、潮である。

 

 

『 (皆に……伝えてくれ。 ここは、俺が一人で阻むから……少しずつ艦首へ……移動してくれって) 』 

 

『 (あ、あの………提督さん………は?) 』

 

『 (俺は………残るよ。 長門達が……頑張ってくれたが……どうやらここまでだ) 』

 

『 (─────!) 』

 

『幸いにして、俺が標的のようだから……此処に居て食い止める。 そうすれば……それだけ時間が稼げる筈だ) 』 

 

『 (…………………) 』

 

『(この話し合いは、必ず俺から断りを入れる。 その時が合図だ。 直ぐに俺を見捨てて………逃げろ!)』

 

 

一刀は、怖がり船体に張り付く艦娘達を、なるべく目に付けられないように、漁船の前へ行くよう指示、もし危なくなれば、自分を置いて逃げろと、密かに命じておいたのだ。

 

元々、長門達に救ってもらった命。 ならば、死も致し方ない……そう考えていた一刀に、最初から三本橋の言葉が届く訳がなかったのだ。

 

 

『君ガ……現レ……ナケレバ……ボクガ───』

 

『ハッキリと……言いましょう。 俺には……勿体ない評価だと思います。 ですが、俺は……貴女達とは組めない!』

 

『…………本気カイ……? コノママ……ダト……死ヌ……ヨ。 惨ク……凄惨ナ……死ヲ……遂ゲルケド。 アノ艦娘達ノ……努力ガ……無ニ……ナルヨ!』 

 

『確かに、最後の、最後まで……俺を護ろうとしてくれた彼女達の意志に反しますが……だからと言って、大義を間違える訳には行かない! 俺は、貴女達と戦って……散ります!!』

 

 

この発言に、三本橋の顔がニヤリと笑うと、深海棲艦側が砲撃準備を開始する。 

 

前面だけの砲撃だけとは言え、数百を数える砲撃を受ければ、ただの漁船など抗う術がなく、撃沈されるだろう。

 

何故なら、一刀の命令により、艦娘達は離脱を図っている最中の筈だったからだ。

 

 

だが………その漁船は対抗する戦力を……有していた。

 

生き残りの艦娘達が、一刀の言葉を合図に一斉に動き、命令とは逆に、漁船を護るよう陣形を展開する。

 

驚く一刀が声を掛ける前に、戦艦レ級から興味深げに声を上げた。 

 

 

『アヒャ? 怯エテイタノニ……逃ゲナイ? 隠レテ……イタノニ……ワザワザ壊サレニ……キタ? ナンデ、ナンデ……』

 

『うるさいっ! 私だって轟沈なんかしたくないわよ! だけど、何度も助けられて、その度に逃げるなんて、もう嫌なの!! 今度こそ……絶対に絶対に、勝つんだからぁ!!!』

 

『私も………金剛さんの最後の勇姿を見て、いつまでも……怖がってなんか、いられません! 提督……さん! こんな……私、ですが……必ず、お護りします!!』

 

 

そう言って漁船の左右に着くのは、翔鶴型 正規空母の瑞鶴、そして綾波型 駆逐艦の潮である。

 

 

『………来なさい。 戦艦レ級相手なら、相手に不足無し。 二水戦の雷撃戦術の数々、お見せしましょう!』

 

『最後の戦いが夜戦なんて、最高だねぇ! ………えっ? 何か格好いい台詞、言えって? んじゃ……《我が身、既に闇なり。 我が心、既に影なり。 夜戦覆滅!》ってどうかな?』

 

『私の瑞雲達よ。 よくも、あれだけやりあって……半分近くも……戻って来てくれた。 ありがとう……そして、すまん。 最後の戦いだ! この戦いに……殉じるぞ!!』

 

『那珂ちゃんのラスト・ライブに来てくれて、ありがとう!! 皆の為に………那珂ちゃん 、精一杯、歌いますっ!! まず最初の曲名は────』

 

 

他の艦娘達も皆が皆、顔を紅潮させて艤装を展開、何時でも一刀の号令があれば、攻撃する構えを見せていた。

 

艦娘達が発する不退転の決意を聞き、一刀は申し訳なく思いながら、艦娘達に声を掛ける。

 

 

『すまないな……皆』

 

『ほらほら、そんな辛気臭い顔してないで、早く命令して下さいよ! って言うか、アイツのニヤけた顔が超うざくて、早く爆撃したいんだから!! 早く、早くっ!!』 

 

『金剛さん達が……羨ましい。 こんなにも、私達を気に掛けてくれるなんて。 あっ、大丈夫ですよ、提督さん。 皆、覚悟は決めていますから。 存分に……命令して下さい!』

 

 

一刀は、金剛達が最後に残してくれた希望を有り難く思いながら、現状の戦力差を痛感する。 

 

しかし、数には負け、練度も及ばず、しかも会って間もない艦娘達の指揮をして、勝利を目指すなど、どこぞの天才軍師的な才能さえもない。

 

それに比べて、目の前の敵は……確か海軍資料に書いてあった、戦艦レ級という怪物。

 

その前に連なる、夥(おびただ)しい数の深海棲艦達。

 

 

どう考えても、一刀達の残る道は………玉砕……しかなかった。

 

 

だが、最後の戦いで……情けない姿を見せては、今は居ない彼女達に怒られるな……と苦笑すると、身体の痛みを無視して、大音声で名乗りと号令を上げた。

 

天に響けと、言わんばかりに────

 

 

『言い忘れていたが、俺の名は○○鎮守府の提督、北郷一刀だ! 命じるのは、ただ一つ。 前面に向けて攻撃しろ! 敵が密集しているんだ、外れる心配なんかない!!』

 

『『『『『────はいっ!!』』』』』

 

『命あれば、桜の花咲く○○鎮守府の門で! 命なければ、あの世で再会しよう! 総員、一斉────』

 

 

一刀達が、最後に攻撃を開始しようとした、その時。

 

普段、絶対に聞こえる筈が無い音が、大海原に鳴り響く。

 

金属板を叩く、鈍い大きな音が複数回。

 

 

『アヒャ………?』

 

『な、何の………音?』

 

 

敵味方、双方共が戸惑い、その音源を探すが分からない。

 

 

 

もし、その音を知っている者が居たら、こう言うだろう。

 

 

あの音は──遥か昔、戦を開始する合図で使ったという───銅鑼を鳴らす音であると。

 

 

 

 


 
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