No.995591

夜摩天料理始末 66

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/995409

次回、完結です。

2019-06-07 21:03:53 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:668   閲覧ユーザー数:664

 藻……藻や。

 妾がこの世界に残せし九尾に託した呪詛の化身よ、尾の三よ。

 藻を名乗り、世界を混沌の渦に叩き込むべく策動してきた。

 可愛い可愛い妾の分身、尾裂妖狐よ。

 聞こえるかや?

 おお……おお、何と。

 無論にございます、我が主。

 お久うございます、玉藻の前様。

 黄泉に封じられた、貴女様からの御声が聞こえなくなり、幾星霜。

 その復活の為に、我らは常に動き続けておりました。

 今、そのお声を耳にし、感無量にございます。

 愛い奴じゃ……真に、お前は愛い……。

 如何なさいました、そう聞き返そうとして、その声音の弱々しさで、藻は悟った。

 主の敗北と消滅を。

 例え意識一かけらなりとはいえ、絶大な力を誇る主が。

 人如きに……敗れたというか。

 たとえ、意識一かけらなりと、現世にありさえすれば、それを梃子にして、その大いなる力の全てを現世に呼ぶ事も、容易になったでしょうに。

 ああ、何とご無念だったでしょう。

 

 藻や、可愛い妾の分身よ、妾の無念を、恨み……を。

 

 あの男を。

 危険極まる、この式姫の庭の主を。

 妾の最後の憎悪と無念を糧として、必ずや奴を。

 それを最後に、主の気配が消えた。

 この現世から、完全に。

(……心得ました)

 わが全てに代えても。

 あの男だけは。

 

 変わった。

 蜥蜴丸は、目の前の敵の気配の変化を感じていた。

 ピリピリした、触れれば切れそうな程に気配が殺気を帯び、泥に塗れた金色の毛が威迫するように膨れ上がる。

「しゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その身裡に渦巻く、悪意と呪詛の全てを世界に吐きだすような、鋭い呼気。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 それに応じるかのように、蜥蜴丸もまた、勁烈な気合を込め、呼気を振り絞り刃に力を込める。

 超絶の力を持つ式姫と大妖の気力がせめぎ合い、庭木の枝が爆ぜ、大地が鳴動する。

(くぅ……)

 今の主の祖父が、軍神建御雷に滅ぼされた時、主を庇おうとして、その神威の雷光に撃たれ、一度は黒焦げになった刀身が軋みを上げる。

 この庭の巨大な力の加護により癒され、再び式姫の姿を取る事は叶うようになったが、神の力によってその刀身深くに刻まれた傷は完全には癒えず、妖刀たる彼女本来の力に、未だ、その刀身が耐え切れない。

 僅かに均衡が崩れる。

 じゃりっと、獣の足が砂利を踏む音が、極限の集中の中、耳に大きく響く。

 奴が前に出た。

 更に強まる相手の圧力に、蜥蜴丸が押される。

 それに力を得て、奴が更に一歩踏み込む。

 互いに見えている、死命の間合いまで、後一歩。

 大上段の構えは、気力で負けた時に、破れる。

 私は、また。

 主を守れず、敗れるのか。

 今度こそ守ると……再びそう思える人に巡り合えたというのに。

 わが身を砕いてでも、守ると誓ったのに。

 ……わが身を、砕いても?

 

 違う!

 

 砕けてでも、そう思う事自体が、敗北を内包する、私の弱さ。

 限界に阻まれ、砕けるのではない。

 今度こそ私は、折れない、砕けない。

 耐えて、あの方とこうめ殿の進む未来に、お供する為に。

 その為に、私は、この身をひたすらに練磨して来たんだ。

 今この時、限界の先に一歩踏み出す為に。

 

 じゃり。

 

 蜥蜴丸の足許で、砂利を踏む音が響く。

 無意識に、彼女の足が踏み込み、死命の間合いを破った音。

 

 獣が跳躍した。

 紫炎の如き闘気を帯びた刃が大上段から振り下ろされる。

 

 ぎゃんっ!

 

 絶鳴が響いた。

 黒い獣が空で二つに裂ける。

 左の肩口から入った蜥蜴丸の刃が、獣の体を袈裟懸けに両断した。

 

 勝てた……。

 刀を振り切った姿で、蜥蜴丸がその場に膝を付く。

 安堵し、倒れそうになる、その背後で、切迫した声が上がった。

 懐かしくすら感じる、待ち望んだ声が。

「こうめっ!」

「主殿?!」

 慌てて巡らせた蜥蜴丸の目に、信じられない光景が見えた。

 宙で半分になった獣が、地に落ちようとした時、一本残った右の腕で、大地を叩き、更に跳ねた。

 彼女の主の下へ。

 その刃の如き牙を光らせて、彼を噛み裂かんと。

 何という執念か……。

 主が慌ててこうめをその背に庇い、膝立ちでも迎え撃とうと構えを取ろうとする。

 だが、まだその動きがぎこちない。

 こうめを放り出して逃げ出すような主では無い。

 このままでは……!

 立ち上がろうとした蜥蜴丸の足がもつれ、倒れる。

「……駄目!」

 その光景を、駆けて来たかやのひめと熊野も見た。

 二人もその足を更に速めながら得物を構える、だが、それも。

 誰も、間に合わない。

 

 キサマダケハ、ミチヅレニ!

 

 その時、こうめを背後に庇った男の胸から、淡い光が飛び出した。

「……これは」

「何じゃ?」

 冥王のくれた札。

 それが彼を庇うように、二人の前で空に浮かぶ。

 

 ナンノマネジャ!

 如何なる術か知らぬが、たかが札一つで、我と主の執念を宿す、この牙は阻めぬ。

 

 札を見上げる二人の心に、綺麗な声が聞こえた。

 

 私を呼びなさい。

 

「呼ぶ?」

 

 方法は、知っていますよね。

 貴方達が、世界の諸力と誠実に向き合い、その力を借りて来た。

 あの術を。

 

 その声に二人は頷き、導かれるように、目の前に浮かぶ札に、手を伸ばし。

 

シネ!

 

強い願いと力を込めて叫んだ。

「「式姫よ!」」

 二人の声が重なり、それに呼応するように、札に記された、冥王の種子が光を放つ。

 

「「あれ!」」


 
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