No.99320

絶対可憐!お嬢様っ 素直になりたくて

てんさん

すみっこ「絶対可憐!お嬢様っ」の二次創作。
夏コミで配布した無料配布本と同様。飛鳥シナリオ後にこんなことがあってもいいんじゃないかな、と。

2009-10-06 17:21:42 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3546   閲覧ユーザー数:3280

 

「えっと、スペースどこだっけ?」

 季節は夏、場所は国際展示場、そしてコミケの三日目。つまり、一番熱い日。暑いではなく熱い、ここ重要ポイントです。テストに出ます。いや、どこのテストに出るのかはわからないけど。

 俺と飛鳥は二人揃って弁天堂学園漫研のスペースを探していた。きちんと事前にサークルチェックをしていてお宝マップに記入済み――今だとカタROMで地図までプリントアウトしてくれる。便利な時代になったものだ――なのだが、人の多さに思うように目的地まで進めていない。

「さっき島のジャンルが学漫に変わったからそろそろじゃないかな……あ、居た居た」

 その言葉が示すように、スペースに貼られているサークル名を表示する貼紙が○○漫画研究会なり、げん○けんなりになっていた。

「おっ、ましろ!」

 俺たちの目の前には目的のスペースに座っているましろの姿が見えた。ましろに会うのは実習が終了した時以来なのでほぼ一年ぶりだ。成長期なので少しは背が伸びたのかもしれないが相変わらずの小さい姿でチョコンと椅子に座っている。

 客引きの声を出したりはしていない。ましろらしいと言えばましろらしい。

「あっ、先生! それに飛鳥先輩も!」

 こちらに気づいたましろが元気に答えてくれる。

「あれ? ましろだけか? 志摩と芦原は?」

 キョロキョロと辺りを見渡しても他の部員二人の姿は見えない。代わりにスペース内には二人が買ったと思われる本が、鉄道関連としか思えない遠景写真が表紙の本と開国少女☆ペリーちゃんが表紙の本がちらほらと見える。

「今は私がスペースの担当時間なんですよ。それで志摩先輩はもう一度鉄道ジャンルを見に、忍先輩はコスプレ広場へ……」

「芦原はコスプレにハマったのか……それで今回はどんなコスプレをしてるんだ? どうせ小物はまたましろが作ったんだろ?」

 去年、一般参加で来たコミケではかなり突発でコスプレをする事を決めたのにアレだけのクオリティだったのだ。今回はそれ以上のクオリティが期待できる。なによりスタイル抜群の芦原がコスプレをするとなればさぞかしカメコを集めている事だろう。

 ちなみに、ましろに会うのはほぼ一年ぶりではあるがその間全然連絡をしていないわけではない。何かあれば電話も貰うし、メールでの連絡も出来る。だからだろうか、久しぶりに会ったのに全然久しぶりだという感覚はない。

「はい、それがですね――」

「ちょっと、スペースの前で長時間立ち話をしない。お隣にも迷惑がかかってるでしょ」

「はっ、はい。すみません……って、なんだ、七星じゃないか」

 俺の背後から注意しつつ現れた人物は七星だった。腕を組んで登場する姿はまさしく七星だ。

「なんだじゃないわよ。それより話をするんならサークルスペースに入っちゃってよ。ましろちゃん、交代の時間だから私がそっちに行くわ」

「あ、はい。それではよろしくお願いしますね」

 コミケのサークル参加の場合チケットが3枚つづりであるように、スペース内には椅子が二つ、そしてその後ろに一人が立つぐらいのスペースはある。ただ、販売物を大量に持ってくるサークルでは手狭になるが、事前申請で販売物が多いサークルはお誕生日席と言われる島の端に配置されたり、壁際に配置される。もちろん、弁天堂学園漫研では大量の販売物を持ち込んだりはしていないので手狭になるはずはない、のだがなぜか購入物が大量にあるため――ましろもちゃっかりといろいろと買いこんでいたようだ――若干手狭になっている。椅子も一脚は折りたたんだままである。

「で、なにその荷物は……」

 じとーっとした視線が痛い。突き刺さるようだ。その視線の先にあるのは俺の両手にぶら下がっている紙袋。それを両手に三つずつ。持ち歩くのに疲れたからこのスペースに置かせてくれたら嬉しいな、とか考えては……いました、すみません。

「何って……戦利品?」

「戦利品って……二人ともここに挨拶に来るより買い物が大事だったわけね」

 七星の視線がさらに鋭くなる。痛い、これは本当に痛い。思わず逃げ出したくなるほどに痛い。

「いや、だってなぁ……スペースは逃げないけど、本は無くなっちゃうし、ってそういう七星だって本を抱えているじゃないか」

 ふと七星の胸に抱えられた本が目に入る。よほど大事なのだろうか、丁寧に抱えている。

「こっ! これは……私はちゃんとスペースに挨拶にきてから買いに行ったんです!」

「それにしては随分大事そうに抱えてるけど……ちなみにどんな本? もし良い本なら俺も買いに……」

「見ちゃダメーーーーーーッ!」

 伸ばした手を盛大に叩かれた。思わず呆気に取られるほどに。

 あれ? 俺そんなに酷いことしてるかな? ふと考えてしまう。

「いい? これは絶対に見たらダメなんだからね! いくらお兄ちゃんでもプライバシーの問題とか、デモクラシーとかあるんだから!」

「いや、この場合は民主制とかは全く関係無いと思うんだが……」

「と・に・か・く! ダメったらダメ!」

 七星は慌てて本を鞄に詰めていく。七星の鞄の中には本が折れないためだろう、ハードケースがいくつか準備されている。先ほどの本をその中に丁寧にしまいこむ。

 手馴れている。感嘆してしまう。俺も本が折れないような配置で袋に入れているが、ここまではしていない。

「お兄ちゃんこそ、エッチな本ばっかり買ってきたんじゃないでしょうね」

 しっかりと本をしまいこんだのを確認してから、七星は怒鳴るように言う。少し顔が赤くなっている気がしないでもないが気のせいだろうか。

「いや、そんな事はないぞ! 三割……いや二割……もしかしたら一割かも、は健全な本だ」

「それってほとんどエッチな本って事じゃないの! サイテー」

「いや、それはこの会場にいる参加者の大部分を否定する事になるぞ! いいか、己の描きたいものを描き、己の買いたい物を買う。もちろんそこにはルールは存在するが、それがコミケなのだ! だからこれは正しい行動なんだ!」

 これだけは正しいと言える。本能の趣くままに欲しい本、グッズを、そしてそこに詰められている愛を買う。それがコミケだ!

「ちょっと、飛鳥先輩もなんとか言ってやってくださいよ!」

「んーー、そうは言ってもさ」

 飛鳥も俺に負けず劣らず紙袋をぶら下げている。入場するまでは一緒に居たが、中ではもちろん回るサークルを分担をしての別行動だ。だから俺の持っている紙袋の中には飛鳥の目的の本があるし、飛鳥の持っている紙袋の中には俺の目的の本もある。一限の本はとりあえず一緒に見た後にじゃんけんで所有者を決めている事になっているのであとで熱戦を繰り広げる事になるだろう。

「ほら、あたしの買ってる本もエロエロじゃん?」

 適当に一冊を取り出して七星に見せる。適当に選んだはずなのに、それは描写が過激で有名なとあるサークルの本だった。

 わざとか? そう思わせる選択である。

「これじゃ、人のこと言えないじゃんよ」

 中身を確認していく七星の顔が見る見るうちに赤くなっていく。

「まったく、これだからオタクって人は……」

 そう言いながらも読む手を止めない。こんなことが、とか、よくここまで、とか呟きつつも最後まで読む続けるようだ。

「あれ? 今回の本って七星がメインで描いたって聞いたけど?」

 オタクは、と言われて思い出したのだが、今回スペースで販売されている本は七星がほとんどのページを描いている。もちろん志摩は鉄道についてコラムを書いたり、ましろもロボット魂がどうのこうのという文章と共に写真を載せたり、芦原も下手なりにペリーちゃんのイラストを描いたりしているのだが、マンガについては七星が一人で担当していた。他に絵を描ける人がいないというのが大きな理由なのだが、俺が実習に行っていた時にはアレだけオタクを嫌っていたのに、今回七星がマンガを描くと聞いた時驚いてどういう心境の変化なのだろうかと芦原にメールした事がある。その時芦原からは「七星は負けず嫌いですから」という意味がわからない返事が返ってきたんだっけか。

「えっと……有名な先生も言ってたわよ。『それはそれ、これはこれ!』と」

「いや、そう言われてもだな……というか、オタク……じゃないか、マンガ好きになったんだな。いや、元から好きだったはずなんだよな」

 子供の頃の七星は絵を描くのが好きだった。そしてそれを描いては俺に見せてくれていた。なのに実習で弁天堂学園であった時は完全なオタク嫌いと化していた。その変化から女の子の思春期ってやつだろうかと思ったんだっけ。

「……素直になれなかったせいで大切なモノが……好きなモノが遠くに行っちゃうのがイヤだったのよ」

「え? なんだって?」

 あまりに小さい声だったので何を言ったのか聞き取れなかった。

「なんでもない。ね、飛鳥先輩ちょっと見て回りません?」

「おい、七星、スペースの留守番は?」

「それはお兄ちゃんがやっておいてよ。値段はそこに書いてあるし、お釣りはここ、本はこのダンボールの中ね。ほら、十分でしょ」

 七星は俺を無理やり椅子に座らせると、いくつかの場所を指差していく。確かに指示された場所を見ると売り子をするには十分な情報が手に入った。

 だけど――

「いや、俺は一般参加で……」

「私だってチケットの関係で入場は一般列だったわよ! さ、いきましょ、飛鳥先輩」

 俺の言葉など聞く気はないとでも言うように、飛鳥の手を握ってスペースから移動しようとしている。

「わかったってば。そんなに引っ張らなくても行くってばさ。じゃ、賢次朗さん、ちょっと行ってくるね」

 飛鳥も飛鳥で笑顔で手を振りながら七星の後をついていく。

「……早く帰ってきてくれよ。俺、まだ見たい所があるんだよ」

 誰に伝わるでもない俺の言葉。なんでこうなったんだろう。ただ挨拶にきただけなのに。ちょっとだけ後悔する。

 

 ――七星視点――

 私は飛鳥先輩を連れてスペースから少し離れた壁際に移動していた。ここからはスペースにいるお兄ちゃんの姿は見えない。逆を言えば向こうからもこちらが見えないという事だ。

 改めて私は飛鳥先輩と向き会う。

「で、何が言いたいのかな、七星たんは」

「たんはやめてくださいって前から言ってるじゃないですか」

 卒業してまで『たん』付けなのは変わっていない。何度言えばわかってくれるのだろうか。私は真剣な眼差しで飛鳥先輩を見る。

「ふぅむ……大事な話っぽいね」

 飛鳥先輩も真剣な表情を見せる。

 こういう時にはきちんと空気を読んでくれる。誰かにも見習わせたいものだ。

「はい、実は飛鳥先輩にしっかりと宣言をしておこうと思いまして」

「宣言?」

「私、素直になる事に決めたんです。それと決して諦めないって」

 チラッとスペースがある方向を見る。見えはしないがそこにいるべき人物の事を思い浮かべて。

 そしてそれは飛鳥先輩にも伝わった。

「それって賢次朗さんの事でのキャンセル待ち? その可能性は無いと思うけど?」

 無い無いと言うように手を振る。

 だけど――私は諦めないと決めたんだ。

「そうですか? でも、キャンセルするのは飛鳥先輩だけじゃないですよね」

「確かに、賢次朗さんもキャンセルの権利を持ってるけど……言っちゃなんだけど、あたしたちラブラブよ?」

 自信、があるのだろう。飛鳥先輩もスペースがある方向を見る。確かに、実習を終えて帰るときのお兄ちゃんと飛鳥先輩の挨拶には付け入る隙はなかったように思う。でも――

「本当にそうですか? 私にはまだ飛鳥先輩がお兄ちゃんの一番になれているようには見えないんですけどね」

 ピクッと飛鳥先輩が反応する。もしかしたら飛鳥先輩もそう思っているのかもしれない。

「……それは幼馴染だからわかるってやつ?」

「幼馴染……だからなのかなぁ。お兄ちゃん、小さい頃から根本は変わってないように見えるんですよね」

 そう、今日久しぶりに会ったけど、そう感じた。まだお兄ちゃんの心は飛鳥先輩でいっぱいにはなっていない。

「変わってない? まあ、確かに今でもオタクだけど、弁天堂に着てから一番成長したのは賢次朗さんだと思うんだけど。まぁ、確かにあたしや七星たん、他の部員の皆も賢次朗さんに影響を受けて成長したとは思うけど、さ」

 確かに、お兄ちゃんは実習期間中に成長した。弁天堂学園に実習に来た時は昔のままのお兄ちゃんだった。だけど、時間が経つにつれて、人間として、そして一人の男として成長した。それに一番関わったのは残念だけど私じゃなく、飛鳥先輩だ。

 このまま時間が経てばきっとお兄ちゃんの心は飛鳥先輩で埋め尽くされるだろう。でもまだ私との思い出も残っているはずだ。ならまだ終わりじゃない。

「なら確かめてみましょう!」

 そう、まだ私が入る余地があるんだという事を確認するために。

「おっ、帰ってきてくれたか! さぁ、代わろう。すぐ代わろう。俺には待っている本たちがいるんだ!」

 戻ってくる私たちの姿を見つけるやいなや、お兄ちゃんはスペースを飛び出さんばかりに身を乗り出してくる。しかもちゃっかりと今まで持っていた紙袋は整理されてスペースの中だ。身軽になって新たなお宝とやらを探しに行きたいのだろう。

 でも、今はそんな事よりも確かめなければならない事がある。

「お兄ちゃん! お兄ちゃんはフィギュアと飛鳥先輩、選ぶとしたらどっち!」

「……飛鳥とフィギュア?」

 突然の質問に、お兄ちゃんは手をあごに当てて唸り始める。

 でも私は確信した。考え込むという事は考える必要があるという事だ。

 数秒後、すっと顔を上げる。考えがまとまったらしい。

「まずはどのフィギュアかを選択してもらおうか! 服が脱げるタイプと脱げないタイプのどっちだ!」

 予想外の答えに転びそうになる。隣にいる飛鳥先輩もほぼ同じ体勢になっている。

「あと、パンツが見えるのと見えないのも決めてもらわないと……って、あれ?」

「飛鳥先輩、この勝負まだまだ決着だと思えないんですけど?」

 つい苦笑してしまう。お兄ちゃんはどう成長してもお兄ちゃんなんだと納得する。

「……このヘタレ。わかった。延長戦を認める、じゃん」

 飛鳥先輩も苦笑を浮かべる。

 宣戦布告はこれでお仕舞い。あとは飛鳥先輩にリードされている分を追いつき、追い越すだけ。

「ん? なんのことだ?」

「賢次朗さんは相変わらずKYだってことじゃんよ」

「あの……話が見えてこないんですが……でも、本を買いに行っていいって事ですよね! 行ってきます!」

 お兄ちゃんはそれだけ言うと、スペースに入るわたしたちと入れ替わるように飛び出していく。

「飛鳥先輩、本当にキャンセルしません?」

 少しだけ呆れてしまう。ここで女の戦いが起きているなんて気づいてもいないんだろう。

「……ふふっ、あれが賢次朗さんだよ。あたしの意見は変わらないじゃん。そんなことより七星たんはいいの? だってアレだよ?」

 笑顔、それは愛すべき相手に向けられたもの。少し羨ましい。でも――

「私が知ってるお兄ちゃんは昔からああでしたから。あ、でも一番にはなりたいと思ってますし、なるように努力はしますよ」

 そう、私が好きになったお兄ちゃんのままだから今でも好きなんだ。

「そっか、強いね。でもあたしも負ける訳にはいかないじゃん。今だって何歩もリードしてる事だしね」

「すぐに追いついてみせますよ」

「この勝負、受けて立つじゃん!」


 
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