No.992367 呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第034話2019-05-06 22:57:33 投稿 / 全8ページ 総閲覧数:1980 閲覧ユーザー数:1848 |
呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第034話「鎮魂歌」
洛陽呂北街、呂北亭にて。賑やかな夜は深まり、静寂に沈んだ頃。月明りのみ差し込んだ部屋にて二つの影が重なっている。影の正体は一刀と白華。深夜一室にて夫婦の影が重なり合うことと言えば、大抵の者は夜の営みだと思うであろうが、しかしこの時は違った。
白華は一刀の胸を借りて泣いている。そしてずっと一刀と郷里に謝罪の言葉を述べていた。
白華は後悔していた。幾ら何進の言葉に過剰な反応を示して反撃を加えようとしたからと言っても、それで自らを慕ってくれる忠臣を傷つけたことに。自身の失態に。
この件に関して、一刀は何も責めずにいた。寧ろ内心では自らにも非はあると思っていた。呂北陣営の中では、何進の性格を知っているのは自分なのだ。その者の性格を先読みして手を打ち施すことなど、今まで何度も誰にでもやってきたことだ。
そして一刀は後悔した。『下賤の者』と思い相手にしなかった自分の軽率さを。
一刀は白華の背を撫でながらも、内心彼女と郷里に、自らの軽率さで振り払われた火の粉で火傷したことに謝罪した。そして白華を抱きしめながらも、その目は月夜の暗闇の中で一際光らせていた。自らの失態による苛立ちを払拭する為の策を、窓より見える月を見ながら巡らせていた。
呂北軍が、洛陽に滞在して数日後。殆どの諸侯は既に国へと帰還し、洛陽に残る軍は扶風と天水の軍のみとなっていた。この日一刀は宮中にてとある人物に帰還の報告をすべく参上していた。
「霞、俺は白華とよるところがあるから、先に帰還の準備を進めていてくれ」
そういうと霞は了承し、一刀は白華を連れて宮中のとある一室に向かった。その一室の扉を軽く叩くと、澄んだ低い男性の声が聞こえると、一刀は扉を開けて白華と入室する。
「一刀と王異殿ですか。久しぶりですね」
「.........久しくしております。父上」
「.........お久しゅうございます。お義父さま」
部屋の中にいる頬の骨が若干浮き出た眼鏡をかけた初老の男性こそ、一刀こと呂戯郷が義父。五官北中郎将・尚書丁原その人である。
現在は都に召還され宮使いに勤めているが、扶風の統治を行なっていた際は、油断ならぬ謀将として近隣に知られており、漢の宮中においても、謀であればまずは丁原に相談することが皆の常となっている。混沌とした時代に、一刀が大陸の情報が集中する洛陽にて、五体満足で私塾で勉学に励めたのも、丁原の義息子という名が生きた為といっても過言ではない。
それによりある程度の自由が効き、自分のやりたいことをやり、宮中に管を作り、都の土地を買うことも出来た。一刀の権力の基盤を作れたのも、目の前の丁原のお陰と言っても過言ではないだろう。
「一刀、今ここには親子しかいないのです。堅苦しい挨拶はやめなさい」
「.........わかったよ.........親父――」
彼は部屋にある椅子を二つ取り出し無造作に置くと、白華と共に座った。
「首尾はどうですか?」
「問題なく進めているさ。親父が上の奴らの相手をしてくれたお陰で、俺は心置きなく統治経営に励むことも出来た。成果も挙げた。下準備も整った。後に親父が欲しかったあの地も手に入るだろう」
「それは重畳。決して焦らず、油断大敵でことを運びなさい。急いては事を仕損じますからね」
「わかっているさ」
「ところで――」
そう言いながら丁原は、白華の方を向き直す。
「王異殿、息子は良くやっていますか?」
「はいお義父さま。一刀は私にとって過ぎた夫でございます」
「それは良かった。早く私に元気な子供を見せて下さいね。もたもたしていると、私の寿命が尽きてしまいます」
「そんな大げさですわ。お義父さまの体はまだまだ壮健そうですし、それにお義父さま、さっき一刀に言った言葉をお忘れですか?」
「はて?私は何か言ったであろうか?」
「急いては事を仕損じる......と――」
顎を撫でる丁原に対し、白華は臆せず普通に答えると、その時丁原は笑い出した。
「ふ、ふふふ。はははは。確かにその通りですね。これは失礼王異殿。一本取られましたね」
白華も丁原に対する様に小さく笑い返し、そんな光景にウンザリしているのか、一刀は面白くなさそうにソッポを向いていると、丁原より「ところで」と言葉を続けられる。
「玲姫は元気か?」
「元気さ。少なくともまだ本調子ではないけどな」
丁原のその質問に対し、一刀はあたかも”答えを用意していたかのように”質問に即座に答えると、丁原は「そうか」と頷いた。
表情を崩さない一刀を、他の者にはわからないであろうが、短くもずっと付き添い続けた白華だけは理解した。
彼が視線、口の動き、顔の表情を動かさないまでも、顔の影になっている耳の僅かな動きの変化にて、何かしらの思考が頭に巡っていることを。
そして二人は丁原に挨拶を改めて交わした後に退出し、広間へと向かうべく廊下を歩いていく。その際に、白華が一刀の手をそっと握ると、彼の手は震えており、表情こそ変えていないものの、その手は彼の汗で塗れている。握られた白華の手を、痛いぐらいに一刀は握り返すと、隣の白華にも聞こえるか判らないぐらいの声で小さく「大丈夫」と何度も呟き続けている。
その僅かな声が聞こえる度に、白華は一刀の手をより強く握り、彼も何かを紛らわせるようにより強く握り返す。
そっと白華支えられるように一刀達は、二人しか歩いていない宮中の廊下を進んでいくと、遠くから夢音の姿を黙認する。恐らくは帰還するにあたり、二人のことを迎えに来たのであろうが、一刀はそれに気づくと、僅かに丸まった背中を伸ばし、白華を引くようにして姿勢を整える。そこにいたのは、いつもの自信に満ちた一刀であり、そこにいた二人は、いつもの仲のいいおしどり夫婦であった。
「若、奥方様、お向かいにあがりました。それでは帰還致しましょうか」
夢音がそういうと、突如一刀は何かを思い出したかのように指を立てる。
「白華、夢音と先に行ってくれ。一件大事なことを思い出した」
「そう。.........帰還の日をずらさなくてもいいのかしら?」
「いや、そんな余裕もないだろう。向こうもわかってくれるし、わかっているさ」
そして白華は、夢音と共に先に王宮を出ると、一刀は人気のない一室へと入る。
「.........一刀君ぅん――‼‼」
入ると既にそこにいたそこにいた一人の女性が、一刀の存在を認識すると、飛びつき抱擁し一刀もそれを返す。その部屋の周辺は、あたかも隔離されたように人気は無く。まるで妖葬の様な薄く冷たい空気が流れていたので、その周囲には誰も近づくことは出来なかった。
一刻後、一刀は呂北軍に合流すると、軍を発進させる号令をする。しかし進むべき進路は、西の扶風郡ではなかった。呂北軍が向かったのは、盗伐軍と黄巾軍が激突した戦場跡。呂北軍は累々と横たわる死体を集めると、集めている間に掘った巨大な穴に彼らを並べていく。
そんな時、一つの軍が呂北軍に近づいてくる。
「一刀じゃない。こんなところで一体何しているの?」
近づいてきたのは曹操軍であり、その筆頭である華琳が、夏侯淵と彼女に似た女性を引き連れて一刀に話しかける。
「華琳か、そんなおまえこそ一体なにしている」
「貴様ぁ、今華琳様の名前を口にしたなぁ‼‼叩ききってくれる‼‼」
顔は夏侯淵そっくりで、また彼女とは対照的に胸元が開き、腰元までスリットが伸びたロングスカート型の赤いチャイナ服。右ではなく左胸の部分が空いた首と腰で留める形の黄色い閃光の様な刺繍が入った紫の革の胸当て格好の長い黒髪オールバックの女性が、大剣片手に一刀に斬りかかろうとする。
「やめなさい春蘭‼‼」
だがそんな行動も、華琳の一喝の下で制止させられる。
「し、しかし華琳様ぁ。こいつは華琳様の真名を――」
「いいこと春蘭、二度目は無いわよ」
華琳の怒気に当てられ、黒髪の女性は大人しく獲物を引く。
「ごめんなさい一刀。ウチの子が無礼を働いてしまって」
素直に華琳は頭を下げると、そんな主君の姿を見て黒髪の女性は何か言おうとしたが、夏侯淵が女性の肩を掴み、首を二三度振ると、黒髪の女性は納得してはいないがふてくされて大人しくなる。
「いいさ別に。敬愛する主君が見ず知らずの男に真名で呼ばれたのだ。忠臣の鑑の様じゃないか。曹操殿、もし宜しければその忠臣を紹介してくれないかな?」
「え、ええ、構わないわ。春蘭」
華琳に対する呼称が変わると、彼女は一刀の気に障ったのではないかと思い、若干の戸惑いを見せた。
「.........夏侯元譲だ」
「春蘭‼‼」
夏侯元譲と名乗った女性の未だに不貞腐れた態度に、華琳は再度しかりつけるが、そんな華琳を手で制止した一刀は、彼女に近づき一つ頭を下げて礼に乗っ取った挨拶をする。
「お初にお目にかかる夏侯元譲殿。私は曹孟徳殿の友、扶風太守呂戯郷。知に冴え、武を尊ぶ曹操軍のお噂は兼ねがね聞いており、貴女はその家臣団の筆頭だと聞く。危なっかしくも主君第一のその思想、我が軍でも真似出来ればと常々思っております」
一刀の武人として礼に乗っ取った行動に、夏侯元譲は先程の頭に血が昇っていた自らの行動を見直し、冷静になって一刀に頭を下げる。
「.........先程は失礼致した呂戯郷殿。私の姓は夏侯、名を惇。字を元譲と言う。我が主が軽はずみで真名を他人に預ける様な人物ではないと、少し考えればわかることであった。先程の無礼、お許し願いたい」
そんな彼女の行動に、曹操と夏侯淵は言葉に出さないまでも、驚愕の表情を浮かべる。
「夏侯惇殿、頭をお上げください。貴女の主を思っての行動は私とて理解はしています。私は気にしていません、他の方には行なわない様にしていただければそれでよろしいですので」
そういうと一刀は、右手を差し出すと、夏侯惇は不思議がり一刀の顔を見直す。
「握手と言いまして、何かを成立させた時に行なう儀式の様な物です。貴女は私に謝罪をして下さった。私はそれを受け入れた。これで後腐れは無いという証として意味です」
いまいち理解していないのか、夏侯惇は自らの手をそっと差し出すと、差し出された手を若干引くようにして一刀は彼女の手を握り返し、二三度軽く腕を振り、空いた左手で握手を軽く叩いてから解放し、華琳の方に向き直った。
「曹操殿、これで喧嘩両成敗です。夏侯惇と私には何のわだかまりもございません。これで今まで通り付き合って頂ければ幸いです」
彼のその言葉に、華琳はそっと頭を下げた。一刀の行動は意味があった。夏侯惇が主君の懇意にしている人物の機嫌を損なうこと、また無礼を働くことは、その人物との繋がりを絶つことに他ならない。しかしいくら問題を起こしたからと言っても、夏侯惇にも、武人としての矜持がある。意地がある。そう簡単に頭を下げるわけにもいかない。そこで一刀は夏侯惇を立てつつ、少なからず自らの非を作り出す形でそこに誘導していく。逆上している相手に強い言葉を投げかけても、返って火に油を注ぐだけ。火を消すために突風を吹きかけても、火は時に勢いを増し、後に災い残す劫火にもなり得る。そこは慌てず、冷静に判断して、火の周っていない川下に水を汲みに行き、水で冷やすことが一番の定石。一刀はそれを行なったに過ぎない。
これにより曹操軍の
そんなやりとりを終えて、一刀は兵達と地面を掘りながらも、改めて華琳の質問に答えていた。
「朝廷に許可を貰って、今回の戦死者の葬儀をしているのさ。どんな聖人だろうが悪党だろうが、死んでしまえばただの魂が抜けた無垢な塊。そんな者達に差別も区別もない。なればこそ最後は、精一杯戦いあった同士として、盛大に送り出すのが生者の勤め」
「そうですよね。このままほったらかしにしてあげたら可哀そうですもんね」
同じく近くで地面を掘り進めている劉備も同調した。
「何故そんなことをわざわざするの?貴方のやっていることは所詮奇麗ごとでしか無い」
華琳のその言葉に、同じく近くで作業を進めていた関羽と隴が、華琳に詰め寄ろうとしたが、その前に一刀が話し始めて動きを弱める。
「そうだな。確かに奇麗ごとだ。死体などほったらかしにしても、
鍬を片手に華琳に向き直り微笑む一刀の顔には、一点の曇りも無かった。その言葉を聞いて、華琳は一刀に近づく。
「一刀。私達にも何か手伝えることはないかしら?」
「華琳様?」
その彼女の言に、夏侯淵が華琳の名を呼ぶ。
「貴方いうことは偽善者の論理よ。正直今でも、賊に堕ちた者達の葬儀なんて馬鹿げているという気持ちは残っているわ。でも彼らも今を懸命に生きた者達に変わりは無い。だったら私もやれることをやるわ」
「か、華琳様!?」
華琳は一刀の奪い取ると、自ら進んで地面を掘り始めた。その行動に、傍にいた夏侯姉妹も主君のその行動に最初こそ制止を促していたが、頑なに拒否をされて遂に諦め、やがては夏侯姉妹も進んで行なった。領主として農作業経験皆無の華琳であり、他の者より効率もわるく、その服は顔も土で汚れ、普段の清廉な姿とは異なってきたが、しかしその姿は誰よりも輝いている仁君の姿であり、そんな主君や上司のその背中を見て、曹操軍全員がこぞって呂北軍を手伝い始めていった。
そして作業は予定より効率よく進んで早く終わり、死者を埋葬して予め用意した石碑が立てられた。
「ねぇ一刀――」
華琳が一刀に近づき何かを耳打ちすると、彼は一つ頷き地和の管理をしている夢音に何かを伝える。そしてしばらくした後、黒い服を着て、口元だけ露出した黒子の様な被り物をした女性が、呂北軍からは一人。曹操軍からは二人出てきた。ただし、呂北軍の黒に対し、曹操軍側は白であった。
それぞれの陣営側に顔の見えない女性が立ち会うと、それぞれの後ろに一刀と華琳が立ち会う。
冥府ニ旅立チ
冥府ニ旅立チ
君此処ニ眠ラン
君此処ヘト還ラン
其魂天ヲ昇リ
其魂大地ヲ見守ル
君ノ善行受継ガレ賜エ
君ノ悪行許サレ賜エ
ヤガテ君ハ戦士ト也
ヤガテ君ハ聖者ト也
戦士ノ魂我ラヲ守ル
聖者ノ魂我ラヲ癒ス
旅立ツ君ニ言葉ヲ贈ル
旅立ツ君ニ思イヲ贈ル
二人は自身の獲物を重ね合わせると、演武を行なう様に舞う。
その動きに合わせて、先程の被り物をした女性らの歌声が響く。
現われて消えてく
全てが眠る
この心
忘れること 出来るのなら
苦しくても
強くなれた 大切な人の為
だけど今は ひとときだけ
ほんの少し 立ち止まってもいい
誰も 見てないなら
私のことを 夢の中へと
時代が移り 変かわりゆくのは
全て皆 等しく
永遠など 何処にも無く
在るのはただ この
今を生きる 大切な
後悔など 何も無いと思っていた
だけれど胸がこんなにも 苦しいのは
取り戻せない あの
言えなかった 言葉達が
雫となり 流れ落ちる
この想いは もう届くことはない
夜風が吹く 月が
この世界の
光よ どうか
届きますように
一刀と華琳の口上に続き、両陣営から選別された謎の歌い手による鎮魂歌は幕を閉じた。どの兵士も口を閉ざし、死者に哀悼の意を示し黙祷を捧げる。
後に彼らの行ないは大陸全土を駆け抜け、とある陣営にて元黄巾軍の面々にて構成されたは精強な
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どうも皆さんこんにち"は"。
最近は嬉しいことと不安が残ることがあったので、その記念にて投稿です。
もしかするとこの影響にて、しばらく投稿が止まるかもしれませんが、温かく見守ってください。
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