「大淀、ちょっといいかい?」
「あら、響さん。どうかしましたか?」
「じつは、相談に乗ってもらいたいことがあるんだ」
「まあ。いいですよ、どんな相談です?」
「じつは……、同志、いいよ、こっちに来て」
「あら。確か、新しく来た露西亜の……」
「司令官から書類を提出するよう言われたのだが、あいにくこちらの書式がわからないんだ」
「なるほど。そういうことでしたら、私が代筆しましょう」
「すまない。……同志、大丈夫だ。大淀は信頼できる。書類の書き方を押さえている書記だよ。そうとも鎮守府の実権を握っているんだ。みんな影の書記長と呼んでいる。知り合って悪いようにはならないさ。むしろこれを機会に仲良くなれば」
「響さん?」
「……Очень приятно、オーチン プリヤートゥナ。ええと、はじめまして?」
「こちらこそ。大淀です。どうぞ、こちらに」
「頼むよ大淀。これから演習にでなくちゃいけないから」
「わかりました。……それでは、そこにお掛け下さい。はい。提督に提出する書類ですね」
「テイトク、ではなく、同志はシレイカン、と言ったぞ?」
「ああ、はい。司令官でも結構です」
「けっこう、とはどういう概念だ?」
「提督と司令官、どちらで呼ばれてもかまいません。司令と呼ぶ人もいます。しかし大型艦のみなさんは提督と呼んでますね」
「……むずかしいな。提督と司令官は同一人物なのか?」
「そうです、その通り」
「党書記長が国防委員会議長でもあり人民委員会議長でもあるようなものか?」
「日本語は難しいという理解で大丈夫です」
「日本語は難しいな……」
「では書類を書きますので、まずはお名前から」
「お・なまえ? ああ、名前か。まずはГангутだ」
「んー……」
「ん、ガングートだ。発音が、難しいな」
「いえ、お上手ですよ。……ガ・ン・グ・ー・ト、と」
「名前はオクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤに変わるのだがな」
「はい?」
「Октябрьская революцияだ」
「いや。いやいやいや」
「こちらでは、十月革命という意味だな、誇り高い名前だろう」
「そうですね。そうです……ええと、ちょっと待ってくださいね……。オ・ク・チ・ャ・ブ・リ・ス・カ・ヤ……」
「長いからか、名前をガングートに戻したらしいのだがな」
「…………」
「どうした?」
「らしいってなんですか」
「さあ。自分でも改名されたのかされなかったのかよくわからんのだが、祖国ではよくあることだ」
「……はい。……横線をひいて訂正印を……。長いな……」
「名前の事は、文化の違い、というやつだろう。うん」
「……はい、そうですね。ではガングートさん、次に、進水年月日を言って下さい」
「シンスイネンガッピ!」
「あ、この人ベタな人だ」
「どうした?」
「いえ。進水年月日というのは、進水式を迎えた日ということで」
「そうか、うん、思い出すなぁ……」
「あ、いや、思い出に浸られるのではなく……」
「私は姉妹の中で一番遅く造られたんだ。議会の反対もあってなかなか予算がつかず……設計もまだ中途の見切り発車で……」
「……まあいいでしょう。そういう方はけっこういらっしゃいます。それでは、進水日は後に回して、戦歴をうかがいましょうか」
「うむ。時は1714年8月7日の儀に候や」
「なぜ言い方が時代がかるんです? いえガングートさん、あなたそんなにお歳じゃないでしょう?」
「帝制露西亜の艦隊が勝利したバルト海ハンゲ半島沖の海戦。ハンゲ半島、すなわちハンゲ・ウトがロシア訛りになってガングートと……」
「それはガングートさんの戦歴ではないですよね?」
「まあそうだ。しかし私の名の……」
「戦歴を聞かせて下さい」
「ええと」
「戦歴をお聞かせ下さい」
「はい。……まず、そうだ、マカロニだ」
「はい?」
「マカロニだ」
「はい?」
「昼食に出るはずの肉とマカロニが取りやめになり、水兵がそれはそれはの大激怒。そのまま冬宮へ大砲をドーン!」
「そんなのなんて書けば……。バルト海サンクトペテルブルク沖において喫飯時のいざこざがこじれ交戦状態となり陸上目標に対し砲撃を実施す……だめだ訳がわからない……」
「実際に撃ったのは同志アヴローラなのだがな」
「…………」
「……どうした?」
「あのですね、もうそういう、じつは違うとかわからないというのはいいです」
「いいのか?」
「うれしそうにしない。必要ありませんという意味です。ですから、具体的に、いつ、どこで、どういう海戦に挑み、どうなったのかを、お聞かせ下さい」
「そんな機密、言えるわけがないだろう」
「……!」
「顔が近い近い……。しかしオオヨド、そう根掘り葉掘り訊いてどうしようというのだ」
「履歴書を書くんですよ」
「貴様、さては国家保安委員会の手の者だな」
「この鎮守府に国家保安委員会はありませんよ。……しかしガングートさん、もし私が国家保安委員会の手の者だとして、なにか困ることでもあるのですか?」
「困らないぞ。むしろ歓迎だ。わざわざ履歴を書くなんて、面倒な手間が省ける」
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上方落語「代書」をモチーフにした落語(のようななにか)です。