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模型戦士ガンプラビルダーズI・B 第57話

コマネチさん

第57話「創一」

 ヒロとツチヤは意外な師匠に巡り合い。ナナもまた一つの成長のステップを見出した。さて、残る弟子入りの言いだしっぺ。ソウイチは……。

2019-03-24 21:51:11 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:671   閲覧ユーザー数:662

「バイアラン!行くぜ!!」

 

 ソウイチは一層険しい顔で月面を低空飛行で駆けていく。機体の中から見た視点では、クレーターや盛り上がった丘がビュンビュンと凄い勢いで過ぎていくが、ソウイチには知った事ではない。ソウイチの向いている意識は正面のバトル相手、サキのみだ。

 

「さぁ!来なさい!!」

 

 時刻はナナがバトルで勝利した日の夜。模型店ガリア大陸の閉店間際のバトルである。仮想空間内による月面でのバトルフィールド。サキは相対する機体を値踏みする様に見ながらその場を動かない。

 

「あんたに勝つ為に!!」

 

 両肩のGNソードⅡライフルを向けて発射、なんなく回避するサキ、しかしその回避の動きを見据えてかの射撃。

 

「へぇ!でも分不相応!」

 

 が、これも避けられる。手加減してかサキは反撃はしてこない。

 

「うぉぉっ!」

 

 続けてのGNソードⅡをソードモードに切り替えての斬撃。が、これまたビームサーベルで受けられて弾かれる。ソウイチが揺れるGポッドの中、相手を見るとデスティニーはそこにはいない。何処へ行ったと見回すとGポッドからの警告音。上かと見上げるとデスティニーが真上からライフルを撃ってくる。

 

「くっ!」

 

 横に回避するソウイチ。真上に向けて両側のGNソードⅡを真上に向ける、

 

「あの構えはライザーソードかしら!」

 

 ライザーソード。バイアランが豆粒と例えてもいい程の超大型ビームサーベルである。発動にはあらかじめGNソードを対象の方向に向ける必要がある。

 

「ふっ!百万年早い!!」

 

 そういうとサキはデスティニーの出力を上げる。閃光といわんばかりの勢いでバイアランの側面に移動。デスティニーはそのままビームサーベルで切りかかる。

 

「ワンパターンね!坊や!」

 

「甘いんだ!!」

 

 が、バイアランは近づいてきたデスティニーに向けてGNソードの射撃を放った。ライザーソードは発動していない。

 

「っと!」

 

 すんでの所でビームを回避するサキ、さっきの回避よりは危うかった。

 

「ライザーソードみたいな硬直の長すぎる武器を使うわけないでしょう!!」

 

「多少は知恵をつけたわね!でもまだまだよ!」

 

 回避したデスティニーはそのままビームサーベルで切りかかる。バイアランはGNソードで受け止めた。

 

「あら!やるじゃない!」

 

 感心した声を上げるサキ。ソウイチの動きは疲労がある物の、キレが増していた。

 

「勝つんだ!俺は!!」

 

 歯を食いしばり、そしていつも以上の険しい顔でソウイチはサキに食らいつく。その気迫にサキは負ける気が……しなかった。

 

「でもそれだけでは勝てないわ」

 

 サキは余裕のままだ。一度離れるデスティニー。

 

「何故なら!!」

 

 デスティニーのナイトロシステムを発動させるサキ。青白い炎を上げたデスティニーがさっきとは比べ物にならない勢いで迫る。

 

「速い!!」

 

「スミ入れが拭きとれ切れてない部分がある!」

 

 サーベルですれ違いざまにバイアランの右足を切り落とす。

 

「あっ!」

 

「バリの処理がまだ甘い!そして塗りにムラがある!!」

 

 次に左腕。左足。どんどんバイアランのボディは破損していく。

 

「そして何よりも!」

 

 そしてバイアランを正面から一刀両断。

 

「あなたに笑顔がない!!それが一番の敗因よ!!!」

 

「っ!!うわぁぁっ!!」

 

 バイアランでは完全にサキのデスティニーには歯が立たなかった。ソウイチは敗北を喫したのだ。

 

 

「っつぅ。やっとナイトロシステムまで引きずり出せたってのに……」

 

「お疲れ様ー。ソウイチ君」

 

 苦々しい顔のソウイチに反して、にこやかな顔で出迎えた人がいた。泣きぼくろと首から下げた『骸骨から這い出る蛇』の形をしたネックレスを付け、そしてカントリーロリータを身に着けたビルダー、ヌマヅ・ナエ(沼津苗)だ。

 

「ナエさん」

 

「負けちゃったのは残念だけど、ナイトロまで出せたって事は、お姉様を本気にさせたって事だよ。明日はもっといい所までいけるよ」

 

 明るく、そして包み込むように優しく話しかけてくるナエ、ソウイチの険しい表情は解かれ、少年は若干顔を赤らめた。

 

「あ、有難う……ございます……」

 

 サキとの特訓は完全にスパルタそのものだ。ほぼ休む間もなく、サキとのバトルや、親衛隊との全員抜き、そしてガンプラ製作の連続である。そんな中、ソウイチにとってナエの存在は癒しだった。自分がサキに弟子入りした後、親衛隊からの陰口や敵対心は周りから受けてはいたが、そんな中、分け隔てなく接してくれたのが彼女だ。最初から味方でいてくれた女性。それがナエだった。

 

――優しいな。ナエさんは……――

 

 包容力のある女性に慣れ親しんでないソウイチも、彼女には心を開きつつあった。

 

「無様だな。ガキ」

 

 が、そんな余韻も一人の声でぶち壊しになった。右眼に眼帯を付けた和ゴスの少女、カンナミ・ツボミ(函南つぼみ)だ。彼女の後ろでチャイナロリータ服の少女、アタミ・モエ(熱海萌)が隠れている。

 

「ツボミさん、あーあ、また文句スか」

 

 そっぽを向きながらソウイチはぶっきらぼうに答える。ナエと対照的にツボミは敵対心が一番むき出しに接してくる。以前シンゴが「ツボミは姑みたいな事をする人間じゃない」と言ってはいたが、確かにイビリは無かった物の、半分読みが外れたといえた。

 

「もうお姉様から離れたらどうだ。お前の限界などたかが知れている。それがお前の為だ」

 

「嫌っスよ。アンタこそ俺に嫉妬スか。みっともない」

 

「貴様……」

 

「駄目よツボミ。ソウイチ君必死に頑張って、結果を出し始めてるんだから」

 

「ナエ。お前もソイツに情を出し過ぎだ。よそ者相手にそんな事をして、お前の為にならないぞ」

 

「あら。いいでしょ?ソウイチ君可愛いんだから」

 

「か、可愛いって……」

 

 可愛い。そう言われるのは今まででは馬鹿にされてる様で嫌な気分ではあったが、なんだかナエに言われると悪い気はしなかった。

 

「男に可愛いなど、褒めてる事にはならないな」

 

「っ……やっぱり俺への嫉妬じゃないスか。可愛げの欠片の無い人が言ってるんだから。あーあ、年寄みたいにヒステリー起こしちゃって」

 

 聞いてらんないとばかりに耳を塞ぎながら言うソウイチに、ツボミは怒りの表情で突っかかる。

 

「っ!!お前!!」

 

 それをナエが止める。

 

「もう!やめなさい!!」

 

 ソウイチが弟子入りしてから、こういうやり取りが多い。ツボミという少女にとって、自分の憧れのお姉様が、自分に煮え湯を飲ませた男の師匠となっていたのだ。そしてソウイチが実力を高めたとしても、サキやツボミ達へのメリットはあまり期待できない。こうなるのはある意味自然だった。

 反面他の親衛隊員からソウイチに、そういう態度を口にするビルダーは少なかった。これはツボミが彼らの言いたい事を代弁していたからと言えなくもない。ツボミはそういったネガティブな役割の大部分を引き受けているともいえた。

 

「本当にあなた達、仲が悪いのねー」

 

 と、パイロットスーツからいつものゴスロリ衣装に着替えたサキが出てくる。

 

「あ、お姉様。申し訳ございません。お目汚しを」

 

「いいのよ。それより明日のスケジュールはどうしようかしら」

 

「……まだやるのですか?」

 

 ここ二日間、サキはソウイチとワンツーマンだった。とはいえ、彼女は疲れると他の親衛隊隊員がソウイチのバトル相手となり、ソウイチに碌に休みはなかった。

 

「まぁね。アイツも少しは男を見せて来たじゃない」

 

「何故あの少年にそこまでこだわるのですか?」

 

 ツボミには解らない。サキが彼を気に掛ける理由が、

 

「あなたに似た所が気になるって言ったでしょう?」

 

「納得できません!!」

 

「んー……そうだわ。ソウイチ、明日はツボミとチーム組んで、違法ビルダー達の占領した店舗で戦いを挑みなさい」

 

 閃いた。といった表情になるや否や、ソウイチやツボミ達に言うサキ。二人は耳を疑った。

 

「!?何を言ってるのですかお姉様!!」

 

「そうっスよ!なんでこんな人と!」

 

 同時に言う二人、直後にお互いがにらみ合う。

 

「いいじゃない。せっかく会ったんだから仲良くなさいな。少しは私を休ませてほしいものだわ」

 

 軽いストレッチの動作をしながらサキは言った。疲れてるという意思表示でもある。

 

「それじゃあ今日は解散よ。私は待ち合わせがあるから」

 

「あれ?これから別の店で特訓じゃないんスか?」

 

「今日はこれで終わりよ。シンゴと夕食の待ち合わせがあるの。じゃあ皆気を付けて宿に帰るのよ」

 

 そう言いながらサキは「さーて、何シンゴに奢ってもらおうかなー」と口にしながら上機嫌に去っていった。その場にいた全員が「昼間シンゴを問い詰めた時に、一方的に取り付けた約束だな」とサキに対して思った。

 

「……まさかさっきのナイトロ、本気にさせたんじゃなくて、早く終わらせて約束に向かう為に使ったんじゃ……」

 

「あはは……」

 

 かもね。と答えようとしたが、ソウイチを思ってか、苦笑いでごまかすしかナエには出来なかった。

 

「ま、いいや。それじゃ皆さんお疲れ様でした」

 

 そう言ってソウイチもその場を離れる。親衛隊各員も解散。それぞれの宿へと帰る事になった。

 

「私達もホテルに帰ろう。全くガキの所為で無駄に疲れる」

 

「だから駄目だってそう言っちゃ」

 

「……そういえばさ……」

 

 チャイナロリのモエがボソッと口を開いた。気になる事があったようだ。

 

「モエ達三人、ホテルの利用今日までだったけど、新しいホテル予約やったの?」

 

 そう、元々今日で滞在は終わりにする予定だったわけだ。ソウイチの弟子入りで伸びてしまった為、ツボミ達は別の宿に予約を入れる必要があった。

 

『それだったら大丈夫』

 

 ツボミとナエ、お互いが顔を見合わせながら言った。

 

『「ナエに」「ツボミに」やってもらったから』

 

 同じタイミングでお互いを人差し指で示しながらの言葉。

 

『……え?』

 

 ……直後にお互いが青ざめる。……まさか予約してなかったのか。と

 

「……まさかナエ?……やってない。とか?」

 

「え?ツボミがやってくれるんじゃ……」

 

 これで状況を把握した。予約してない。と、

 

「お!おい!私はナエがやってくれてると思ったぞ!」

 

「嘘でしょ!私はツボミがやってくれてたっててっきり!だってツボミあの時返事するから!」

 

「え?!いつだ!!」

 

「お姉様とソウイチ君のバトルをぐぬぬって恨めしそうに見てた時よ!私個人的な用事で爬虫類カフェに行きたいからって頼んだじゃない!!」

 

「あ!あの時……」

 

 あの時はソウイチに対して恨みの感情で一杯だった。だからサキとソウイチ以外は何もツボミの頭には入らなかったわけだ。議論を続けながら一階に降りていく三人。荷物どうしよう。これからどうしようという気持ちで全員が一杯だった。

 

「……ウォークイン(予約ナシ)する?確か空き部屋あるんだったら泊まれるの……」

 

「でも足元見られる可能性高いよ?割引ナシだって言うし」

 

「荷物はある。最悪野宿か道の駅で……」

 

「?……ねぇあれ……」

 

 と、一回に降りるとモエが奥の方を指さした。なんだと二人が奥を見ると、少年が一人、ガラス張りの工作室でガンプラを作ってるのが見えた。ソウイチだ。

 

「……おい。何をやってるんだ」

 

 奥の工作室に入るなり、ツボミはソウイチに問いかける。

 

「あれ?まだいたんスか?」

 

「何をしていると聞いている」

 

「……決勝用の機体っスよ。バイアランもいいけど、そろそろ自分もサキさんや決勝、全国で通用するガンプラを完成させたいんス。親と店の人からは許可貰ってますから」

 

 ツボミの言葉に対して、ソウイチは普通に答える。刺々しい言い方をしなければ、ソウイチの対応も普通だった。今はこの人に構ってる場合じゃないというのも理由ではあったが。

 

「自宅で出来るんじゃないのか?」

 

「家だと休む方向に体が引っ張られちゃうんスよ。疲れてるから帰ったら寝てしまいそうなんス」

 

 そう、バトルの疲労でソウイチの身体はかなりへばっていた。しかし今のバイアランではサキには通用しない。以前に自分が出したガンプラ魂の一撃、あれをいつでも出せて、そして耐えられる機体がソウイチには必要だった。

 

「そうなんだ……ん?寝る?」

 

 その時、聞いていたナエに浮かんだ案があった。

 

「ソ!ソウイチ君!ちょっといいかな!!」

 

 意の一番にナエがソウイチの傍に詰め寄った。「な!なんスか!?」とソウイチは間近のナエの顔に赤面した。

 

「私達を今日君の家に泊めて!!」

 

 ナエはそんなソウイチの反応を気にも留めずに言葉を続けた。表情に余裕が無い。

 

「はい?」

 

「今日トラブルあってホテル泊まれないの!ソウイチ君のガンプラ手伝うからさ!いいでしょ!!」

 

 その剣幕にただ事ではないなとソウイチは下心なしで思った。

 

「おい!正気か!こいつの家に泊まるなど!」

 

 ツボミとしては断固反対だった。ソウイチの家に泊まるというのは自分の弱みに繋がりかねない、ツボミとしては了承はしたくなかった。

 

「……元はと言えば誰の所為だと思ってるの?」

 

「ぐ……」

 

 怒気をはらんだナエの声にたじろくツボミ。ツボミが反対する理由は他にもあった。彼女は地区予選でアイ達と戦った時に、ソウイチを家族ごと馬鹿にした。そんな事をしてソウイチの家に泊まっていても気まずいとしか言いようがない。

 

「モエは?」

 

 どうにかモエを味方につけようとするツボミ。

 

「……モエも野宿はやだ……」

 

 トコトコとチャイナロリの少女はナエの側へかけていった。

 

「別にいいっスよ。俺スマホ持ってないんで、親への連絡は店の電話使いますから、答え出すなら早くしてください」

 

「あ、大丈夫よソウイチ君、ツボミも泊まるから」

 

 ナエの発言にツボミは「何を!」と抗議の声を上げる。

 

「一人だけ野宿するつもり?!そんなことしても迷惑にしかならないわよ」

 

「ぐ……」

 

 私は別で宿を探す。と言いたいが不便さは解っていた。ナエ達がいるなら仕方ない。とツボミは首を縦に振るしかなかった。

 

 

 二時間後……。

 

「お風呂お先もらいましたー」

 

 マンション『ムーンムーン』の一室。ソウイチの自宅の居間にて、首からタオルをかけたナエが入浴上がりを伝えた。今の恰好はシャツとショートパンツのラフな格好である。そしてすっぴん。

 

「はーい」

 

 ソウイチの母、カナコが明るく答えた。ソウイチとは対照的に明るくほがらかな女性だ。

 

「すいません。ご飯ご馳走になっただけでなくお風呂まで」

 

「いいのいいの。家はいつも二人だからね。賑やかなのは大歓迎よ。それじゃあ次はツボミちゃんの番ね」

 

 そう言うとカナコとナエはソウイチの部屋へと向かい、ドアを開けた。

 

「お風呂空いたわよツボミちゃん。入っちゃいなよ」

 

 部屋の中ではソウイチが勉強机に向かい新型機を製作。ツボミとモエはその後方のテーブルで、製作の手伝いをしていた。

 

「はい……」

 

 遠慮しながらツボミは答える。彼女の服装も部屋着となっていた。右眼の眼帯は外されており、右眼は前髪で隠れている。そして眼鏡をかけていた。そそくさとツボミは風呂へと向かう。

 

「じゃあ私も手伝うねー」

 

 参加するナエにソウイチは安堵の息を吐いた。

 

「ふぅっ。助かりますよ。さっきまでだと空気重くて」

 

 会話をする気になれないとソウイチはやり辛さを感じていた。ツボミは常にムスッとしていて、既に入浴後のモエは恥ずかしがって話をしようとしない。

 

「ウフフ。でもさすがはツボミね。ガンプラ製作はきっちりやってる」

 

 ナエはツボミの担当したパーツを見ながら言った。変な細工はしておらず、丁寧に仕上げてある。

 

「本当っスね。ちょっと意外っス」

 

「根は真面目だからねアイツ。あぁ、もちろんモエのパーツも綺麗よ」

 

 褒めて欲しそうなモエにナエはそう言った。

 

「しかし、女の子三人連れていたのは驚いたわね。私の学生時代を思い出すわ」

 

 三人のやり取りを見ながらカナコは言い出す。

 

「でもやってる事はガンプラ製作ですよ。間違いは起こりませんから」

 

 安心してくださいとナエの発言にカナコはちょっと残念そうな顔をする。

 

「それがちょっと残念よねー。私が高校時代の時は体を許したのはお父さんだけだけどー」

 

「っ!!余計なお世話だよ!!邪魔だからさっさとどっか行ってよ!!!」

 

 息子としてはカナコの発言がいちいち癇に障る。カナコに出ていくようにソウイチは顔を真っ赤にして大声を上げた。

 

「もう照れちゃってー。じゃあ皆、根を詰め過ぎない様にねー」

 

 気にもしない様子でカナコはソウイチの部屋を後にした。今日帰ってきてからずっとこんな調子である。

 

「何やってんだよ母さん……」

 

 母のテンションに頭痛がしてくるソウイチ。思わず頭に左手を当てながら呟いた。

 

「うふふ……ソウイチ君こうやって毎日楽しい生活をしてるのね」

 

 その後ろのテーブルで作業しながらナエが笑う。

 

「女の子が来てはしゃいでるだけっスよ。……すいません。新型の製作の手伝いまでしてもらって」

 

「気にしなくていいよ。一晩泊めてくれるお礼だもの。とりあえず、今日は形にするまでしよう。塗装以降は明日朝早くから済ませちゃおうよ」

 

「出来れば今日中に塗装まで仕上げたいんですけどね」

 

 ナエの提案と自分のプランはどうも食い違っている。ソウイチとしては今日塗装までやっておきたかった。

 

「駄目だよ。ソウイチ君もちゃんと休んでからバトルに望まないと、大丈夫だよ。完成まで手伝うから」

 

「はぁ、有難うございます」

 

「もっとも、夜更かしは肌に悪いからってのもあるけどね」

 

「なんスかそりゃ」

 

「……ナエ、楽しそう」

 

 ボソッとモエがナエに言った。ソウイチには数えるほどしか聞いてない彼女の声だ。

 

「あら、楽しいわよ。可愛い弟が出来たみたいでね」

 

「っ!だから可愛いって言わないでください!」

 

「あら?だってソウイチ君可愛いじゃない」

 

 完全にからかっている。ナエの一面を垣間見つつも、この人にこのままもてあそばれ続けるのはソウイチにとって面白くない。何か話題を変えようと試みる。

 

「……そういえば聞きたい事があったんスけど!」

 

 ソウイチの問いに「なにかしら」と応えるナエ。

 

「ナエさん達はサキさんにどうして憧れたんスか?」

 

 興味はある疑問だった。この三人がサキに憧れた理由は何なのか知りたかった。特にツボミの心酔っぷりはハンパでは無い。

 

「あーその事ね。……自分達にとって、『こう生きたい』って理想の人だったから。かな」

 

「?自己中に生きる事が、スか?……あ」

 

 しまった。と口を押えるソウイチ、サキへの本音は一部ではあるがこれだった。

 

「フフ。良く知らないとそう思っちゃうよね。丁度いいわ。休憩かねて話しましょう」

 

 

 ――私達がいた街では、ツボミと私は別の学校の同級生だったの、モエは下級生だったけどね。ライトニングホビーっていうお店で、ドール関係のコーナーで知り合った。皆家庭や学校でうまくいかない事があった所為かな、自然と仲良く、そしてお店に集まる様になっていったわ。

 

「?ガンプラじゃなくてドールっスか?」

 

 まぁね、お姉様……ミシマ・サキさんはその時にガンプラコーナーでよく見るお姉さんだった。しょっちゅう荷物持ちにシンゴさんを連れていたっけ。……いつもゴスロリ着てたからね、すぐに記憶に残ったな。……出入りしていたお店でも工作室があってね、少し離れた場所でサキさん達の工作とかやり取りとか見ていた。

 サキさんその時からガンプラうまくてね、店頭のショーウィンドウで作品が展示して貰えるほどの実力だったのよ。

 

『……あのショーウィンドウの中のプラモデル、いつものゴスロリの人のだよね……』

 

『だからなんだよ。趣味を人にひけらかすとかいい趣味とは思えないな。あの恰好と言い、なんでそういうのを人に見せびらかすんだか……』

 

――その時はガンプラに興味は無かったからサキさんとの接点も無かった。サキさんに対しても変な人っていう印象しかなかったな。でもある時に、サキさんとの接点が出来た……――

 

「接点が出来た時っていうのは……?」

 

「それはちょっと教えられないかな……」

 

 その部分を省略して話そうとするナエだったが、モエはそれを遮った。

 

「……いいよ、ナエ、モエが話すから……」

 

 そう言って一際小柄な少女が話し出す。

 

――モエね。学校でずっと一人だったの、自分から人の輪に入ろうとしないで、向こうから人が来るのをずっと待ちながら自分の世界に入り浸ってた。……だからね、学校ではいじめの格好の標的だった……。だからその時のモエは、ドールで盛り上がってる時だけがモエが幸せな時だった。その事件が起きた日、偶然か、探したのかは解らないけど、いじめをしている人達がお店の工作室に来たの……――

 

『アタミさんじゃない。こんな所でなにやってるの?』

 

――モエね。その時怖くて動けなかった。ツボミとナエは味方として庇ってくれたけど、こっちは三人、向こうは四人。向こうは強気なままだった――

 

『高校生にもなって人形遊び?子供っぽいわね』

 

『ちょっとそれ貸してよ』

 

――笑いながら言うその人達に、貸したらいたずらされるのは目に見えていた。嫌だって言おうとするけど……怖くて声が出ない――

 

『その態度、信用できないな』

 

『私達も共同で作ってるドールなの。あまり部外者にベタベタ触らせたくはないわね』

 

『私はアタミさんに聞いてるの。そっちの方が部外者でしょ?』

 

――ツボミとナエの態度にも彼女達は気にも留めなかった。モエの友達ってだけで、下に見ていたんだと思う――

 

『お前ら……!』

 

――怖くて声の出せないモエに、ツボミはつい声を荒げようとしたの。でもその時だった――

 

――工作室内に、大きな金属音が響いた。その場にいた全員が、何が起きた?と音のした方を見た。塗装する際に、パーツを乗せて運ぶステンレスのトレイ、それが床に落とされていた。それを落としたのがお姉様、サキさんだった。――

 

『失礼』

 

――一言だけお姉様はこっちを見ながらそう言った。それを見ながらいじめっ子達は、興が削がれた様に出ていったの――

 

「その一言だけで出ていったんスか?」

 

――普通の人だったら、そうはならなかったかもしれない。もしかしたら、からかう標的をサキさんに変えたかもしれない。悪目立ちしていると言っていい恰好だったから。でもサキさんにはそれを許さない何かがあったの。うまく言えないけど、覇気というか風格、オーラが、絶対的な自信みたいな物が……。――

 

『あ、あの……有難うございます……』

 

――モエね、サキさんにお礼が言いたくて傍に寄って言ったの、「何もしてないわ」とサキさんは笑顔で言ってくれた。そして、モエが思わず持っていたドールを見ながら言ってくれた。――

 

『綺麗なドールね。あなたが作ったのかしら?』

 

――なんだか嬉しくなって、ドールの話題で盛り上がったの。服がモエの自作だとか、このパーツはツボミが、ナエが選んだとか、少ししてツボミとナエも話に参加していた。そしてお姉様はこう言ったの。――

 

『でもこんないい出来なのにもったいないわね。皆に見せればいいのに』

 

――それに関して、ツボミが反論したの、「余計なお世話です。あくまで自分の為の物ですから」って――

 

『そう。でもこの作品からは『好き』っていう気持ちが伝わってくる。このドールもあなた達の魅力だわ。それを人に伝える意志があれば、あなたはもっと人を魅了できるでしょうね。ねぇ、やっぱりこのドール……』

 

『助けてくれた事は感謝しますが、しつこいですよ』

 

『あらそう。悪かったわね』

 

――気にしない素振りでサキさんはドールの話題に戻って行った。……でもモエはそれを見て、なんだかこの人ともっとお近づきになりたかった。いい趣味と言ってくれた人はいた。でも初めてだったの、趣味をモエ達の魅力だって言ってくれた人……――

 

『……あの、このロボットの作り方……教えて、下さい……』

 

――暫くして、いつもの工作室で、モエはHGのクシャトリヤを持ってお姉様の所へ行った。お姉様は「いいわよ」と快く承諾してくれた――

 

『モエ、お前はなんで』

 

『モエ、自分を変えたい……。あの人の真似をする形でいいから学びたいの……。モエに、魅力があるのなら……』

 

――元々自分を変えたいって気持ちはあったの。でも出来やしないって諦めていた……。でもお姉様と会って、これを逃しちゃいけないってなんだか思えた……。それは、ツボミとナエも同じ気持ちだったみたいで、少しして二人もお姉様にガンプラを教えて貰う様になっていったの――

 

『お姉様!ゴスロリのお姉様を見習って、私達もゴシックロリータファッションを着てみようと思います!』

 

『あら?うーん、正直賛同しかねるわね』

 

『どうしてですか?』

 

『同じファッションが並んでいても魅力を引き出したとは言えないわ。あなた達にはそれぞれもっと似合うファッションがあると思うの。そうね。一緒に探しましょう』

 

――そして自分らしさと魅力を探る内に、モエ達はそれぞれ別のロリータファッションに身を包む様になっていったの……。それからビルダーの腕を磨いて、サキさん親衛隊の存在を知って、リーダー不在だった時に襲撃。電撃作戦で親衛隊を乗っ取ったの。そして今に至るの――

 

――

 

「そんな事があったんスか、まさか一番目立たないアタミさんがきっかけだったなんて……」

 

「長く喋っていたから疲れたの……」

 

 同時にモエがここまで長く喋った事にソウイチは驚いた。舌ったらずな口調と声、彼女が喋りたがらないのはこれの所為かと即興で分析するソウイチ。

 

「アサダ君が感じたのと同じ、自分を変えたいって気持ちがあった時、それを突き動かす奔放さがお姉様にはあったのよ。特にツボミに至ってはコンプレックスってのもあるからね。自立した女性には強く惹かれたってのもあるでしょうね」

 

「?コンプレックス?」

 

「……親に対して劣等感があるのよ。憎んでるとも言っていいわね」

 

「それってどういう……」

 

 ソウイチの疑問にナエは人差し指をソウイチの唇の前に持っていく。いわゆる「シー」と黙る様に伝えるジェスチャーだ。

 

「悪いけどこれ以上は言えないわ。でもだからこそアイツは強がっている。自分の力だけで生きていこうと必死なの。ツボミは悪人ではない事だけは確かだから、そんなに嫌わないであげてね」

 

「それは解りましたけど……ナエさんの理由は何だったんですか?」

 

 一番疑問だったのはナエの境遇だ。コミュニケーション能力に難があったとかは到底思えない。

 

「それはね……」

 

 ナエの笑顔が消える。とソウイチの両肩に手を置くと、顔を近づける。まるでキスをするかの様に。

 

「っ!?ナエさん!?」

 

 何をするんだと赤面、反面妙な期待をするソウイチ。お互いの顔が近づくとナエは口を開ける。直後……蛇のような先が割れた舌。スプリットタンが見えた。ナエの舌だ。

 

「っ!!!」

 

 赤面していたソウイチの表情が一転、驚きの表情で青ざめた。ナエの人柄とあまりにもかけ離れたそれに、ソウイチは衝撃を受けた。

 

「アハハ、期待しちゃった?……私ね、爬虫類大好きでね。親に内緒で、ベロをこうしちゃったの。それで周りとうまく行かなくなっちゃってね……」

 

「す……すいません……」

 

 拒絶するような自分の反応に謝るソウイチ。思い出してみると確かに、ナエの普段のアクセサリーや機体マーキングには、蛇や蜥蜴、骸骨がかなり多い。女性がやるには少々特殊だった。

 

「まさかあの機体の骸骨とか蜥蜴とかって、サキさんに会う前から……」

 

「そ。前から私が好きだった奴」

 

「モエ達の機体マーキング、タトゥーシールをインクジェットプリンタでデカールに作り変えて貼るっていうのも、ナエのアイディアなの……」

 

「趣味って……どこで繋がるか解らないっスね……」

 

 もう一つのナエの一面を見ながらソウイチは何も言えなかった。自分とはまったく違った道を歩んできた女達。それぞれが自分とは別の苦労を経験してきた。年下として敬意を感じるソウイチであった。

 

――

 

 休憩も兼ねた話もそこそこに、ソウイチの新型機はどんどん出来上がっていく……。本来一人で一気にやろうとしていた物が四人で進めるのだ。飛躍的な速さで出来上がっていく。

 

「ふーっ。今日はここまでだな」

 

「お疲れ様―」

 

 塗装用にマスキングと分解を済ませ、それぞれクリップに挟み、並んだパーツを見ながらソウイチは安心する声を出した。こんなに早くここまで出来るとは思っていなかったからだ。

 

「有難う!助かりました!」

 

「どういたしまして。これで明日の朝から塗装すればお昼には間に合うね」

 

「本当にナエさんは頼りになりますよ」

 

「アサダ君、モエも手伝ったよ……」

 

「もちろんアタミさんもっス」

 

「あら。駄目よ男の子が女に向かって頼りになるなんて言っちゃ」

 

「え?あ……すいません」

 

 謝ってばかりだな。とソウイチは自分でも思った。

 

「なんだ。もう出来たのか」

 

 と、風呂上がりでドライヤーをかけてきたツボミがソウイチの部屋に入る。ツボミが風呂に入ってから一時間近く経っていた。三人でやればこんな物だ。

 

「えぇ、ツボミさん達のおかげっスよ」

 

「ふん。敵に塩を送っただけだ。とはいえ仲間として明日私と組むんだろう?精々足を引っ張らない様に早く休んでおけ」

 

 そう言ってツボミはもう自分はここにいるつもりはないと寝室に向かって出ていった。ナエはツンデレと言おうとしたが彼女には照れの様子はなかった。

 

「ツボミったら、素直じゃないんだから」

 

 こんなんで明日うまくいくのかなぁ。とソウイチは少し不安だった。

 

 

 と、ソウイチ達がそんな風に話をしてる間にツボミは用意された寝室へと向かっていく。

 

「あら、ツボミちゃん。区切りはついた?」

 

 と、そこへ話しかけたのはカナコだった。

 

「あ、アサダさん……」

 

 かしこまった風に答えるツボミ、気まずさがあった所為かちょっと距離を意識する。

 

「カナコでいいわよ。睡眠前の紅茶淹れたんだけど飲む?」

 

 カナコは四人分の紅茶を入れたトレイを持っていた。断ろうかと思ったが、もう淹れてあった物を無下にする必要もないと考えた。泊めてもらった恩もある為に、突き放す様な態度も取れない。

 

「そうですね……いただきます」

 

 そしてカナコはソウイチの部屋に入り紅茶を全員に配る。が、ツボミだけは居間のテーブルでカナコと飲んでいた。こちらではテレビはつけてはいるが、お互いの間は静寂が流れた。向かいの椅子同士で座る二人。

 

「こっちでよかったの?ナエちゃん達と一緒で飲んだ方が……」

 

「いえ、今はちょっと一人でいたくて……」

 

 正直ソウイチとは居づらい。しかし親の前でそんな事を言うわけにもいかない。

 

「そっか。……ねぇ、明日はソウイチと組むんでしょ?どうかよろしくね」

 

「それは……大丈夫ですよ。ソウイチ君はきちんと成長しています。明日は心配要りませんから」

 

 ソウイチの前ではとても言わないような事を、ツボミは言った。カナコの前でまた大人げない態度を取る事は流石に忍び寄りない。サキから遠ざかると流石のツボミも分別はついていた。

 

「そう。……あのね、ツボミちゃんの事も聞きたいんだけど」

 

 なんですかとツボミは答える。

 

「ツボミちゃんの方も無理してない?」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「なーんか常に身構えてるって感じがするからかな?険しい顔しててさ」

 

「それ……私がソウイチ君に似ているとかですか?」

 

 ティーカップの紅茶を飲みながらツボミは、また似てると言われたと心の中で愚痴った。

 

「うぅん。昔の私」

 

「ぶふぉ!!」

 

 しれっと言う予想外の言葉に思わず紅茶を飲んでいたタイミングで吹き出してしまった。まさか母に似ていると言われるとは。

 

「あぁぁ、大丈夫?ほらタオル」

 

「ケホッケホッ!うぅ、すいません……」

 

 むせながら紅茶で汚れた部分をタオルで拭きながら、この場にソウイチ達がいなくてよかったと心底思うツボミ。

 

「昔、私もね。自分の力だけで、周りを思い通りにしようって思っていた時期があったのよ。丁度そんな顔しててね」

 

「……自分の力だけで、というのは当たりですかね」

 

「周りが自分を裏切り続けている。それでヘラヘラしてる周りが嫌で嫌で仕方ない。皆私を馬鹿にしてるんだろう。特に大人はそう。そんな風に思っていたかな、当時の私は」

 

 見透かされてるわけではない。だが割とツボミにとって理解出来る言葉だった。若干の不快さを感じたツボミは少し意地悪な返しをする。

 

「ハッキリ言わないんですか……?私のその態度、間違ってるって」

 

「間違ってるなら、とっくにソウイチのあの態度はやめなさいって言ってるわよ。幸い犯罪とかには繋がらない事だからね。自分の心で変わりたいと納得しなければやめる事は出来ないと思うわ。私の経験上……」

 

「変わりたい……ですか?」

 

「うん。他人の影響とかってのはあるけど、最終的に自分を変えてやれるのは自分だけだもの、ソウイチにはやっていい事と悪い事の区別はしっかり教えてあるから、私に出来るのはほとんど見守るだけね」

 

「……それでもソウイチ君が悪い事をしてしまった時は?」

 

「一緒に謝るわ。親ですもの」

 

「そう……ですか……。すいません。こんな事を聞いて……」

 

 少し大人げない態度を取ってしまったな。とツボミは自己嫌悪をする。

 

「気にしないで、ま、ソウイチも結構余裕ないのはあるからちょっと心配になっちゃってね」

 

「それ、私がソウイチ君にも似ているって事じゃないですか……」

 

 結局それか、とツボミは不満そうに答えた。

 

「私も経験した事よ。私の血はどうもこうなり易いみたい。……死んじゃった夫の方も、自分でなんでも出来る様にって意識はしてたけど冷静ではあったんだけどね」

 

 父親の事を言われるツボミ。ソウイチの父親の姿が無い当たり予想はしていたが……。

 

「あ……すいません……」

 

 亡くなった父親の発言。初対面の相手に言う事じゃないと思いながらも、自分が思い出させたかもしれないとツボミは謝った。カナコの方もそれを察してくれたようだ。ちょっとベラベラ喋りすぎたかな。とカナコは心の中で反省する。

 

「ううん。私が勝手に言った事よ。でも大切な物を残してくれた」

 

「ソウイチ君、ですか」

 

「そう。かけがえのない存在だから私達はソウイチってつけたの、創造した一つだけの命、創一」

 

「……どうしてそんな事まで、私に話すんですか?初対面ですよ」

 

 正直どうかしている。自分が信頼するに値するかどうかすら解らないのに。

 

「さっき言ったでしょ?似てるのよ。私に、だからかな、なんだかこういう事まで話したくなっちゃう。あなたがバトルで文句を言った時からなーんか似てるなって思ったの」

 

「あの時に……?」

 

「と、愚痴を言える人も多かったわけじゃないから、ついつい喋りすぎちゃったかな」

 

 なんだかこの人には合わないな。そう思えたツボミだ。だが話してみればソウイチよりずっと話しやすい。

 

「……ま、明日のタッグ戦はあなたがいれば安心でしょうね。楽勝でしょ?」

 

「……当然です。楽勝ですよ」

 

「頼もしいわね。でもだったらもうちょっと笑った方がいいと思うな」

 

「別に、そんな必要はありません」

 

「折角やるんですもの。余裕があるなら楽しくやらないと、楽勝っていうのはね、楽しく勝つって意味なんだからさ」

 

「……楽しく勝つ。ですか」

 

 あまり大人や親という存在の言葉を信用はしたくない。だが素直に感心してしまう一言だった。

 

「これね。私が学生時代の時に、夫から言われた事なの」

 

 カナコにとってはソウイチが本当に追い詰められた時に激励しようとしていた言葉だった……。

 

 

 翌日正午、ガリア大陸の工作室にて……。

 

「出来た……!」

 

 目の前の作品。赤いGセルフを見ながらソウイチは感嘆の声を上げた。Gセルフ……『Gのレコンギスタ』の主人公機、機体そのものはストライクに近く。背中の武装を変える事によって様々な状況に対応する機体だ。

 

「まだ本体と一部の装備だけだけどね」とナエは言う。追加装備はさすがに間に合わないと判断。重要そうな部分だけを作ったわけだ。急ぎ過ぎてもいい物は出来ないというナエ達の判断だった。

 

「赤いGセルフなの。名前は?」

 

「まだ決めていませんでしたね……うーん。そうだなぁ……」

 

「まだ決めてなかったのか、お前の新型の名前」

 

 何をやってるんだと言わんばかりのツボミの態度。

 

「別にいいじゃないスかぁ。何か神話由来でつけるかなぁ」

 

「……この世に一つしかない掛け替えのない機体だろ。……C1だ」

 

「え?」

 

 ツボミの。一番意外な人物からの名前の提案だった。

 

「Gセルフ・C1、お前の名前、創一だよ。Gセルフ・クリエイションワン」

 

「なんか、ダサいっスね」

 

「なんだと」

 

「まぁでも似合うかも、有難うございます。カンナミさん」

 

「……いいさ」

 

――ツボミ、今日は優しいよねなんか――

 

――何かあったのかな?――

 

 ツボミの態度は今朝から少し柔らかくなった風にナエ達は感じていた。不思議である。

 

「?でもなんでカンナミさん、俺の名前の漢字表記知っていたんスか?」

 

「っ……どうだっていいだろう」

 

「おめでとう。完成したのね」

 

 ツボミが若干の困惑を見せる中、工作室に入ってくるゴスロリの女性、サキだ。

 

「サキさん」

 

「これからのバトルはあなたにとってテストでもあるわ。このバトルを乗り越えられないのなら、あなたはいらない!もうあなたはただの人よ!」

 

「え!?やめていいんスか!?」

 

 解放されるという事実にめっちゃいい笑顔で返すソウイチ。

 

「……なんで今すっごいいい笑顔だったのかしら?」

 

「え?す!すいません!あまりの悲しみのオーバーフローでつい笑顔に……」

 

 サキにとってはとっておきの発破のつもりだった。しかしこんな反応されるというのは面白くない。

 

「まぁいいわ。何にしろ結果を出さなければならない。二人とも頑張る事ね」

 

 サキのその発言にソウイチとツボミは「はい」と答えた。今日はソウイチはツボミと組んで挑まなくてはならない。

 

「で、場所はどこの店舗スか?」

 

「ここから隣町の店舗『ペズン』よ」

 

「じゃあそこに行けばいいわけっスね」

 

「あーその必要もなくなったわ」

 

「は?」

 

 サキの言ってる事が理解出来ないソウイチとツボミ、と、その時だった。

 

「おい!ミシマ・サキの奴はいるか?!」

 

 大きな声と共に数人の男が入ってくる。

 

「あら来たのね」

 

「あら来たのね。じゃねぇよ!お前の所為でどれだけの俺達の仲間が泣かされたと思ってんだ!」

 

「そうだ!今日これなかった奴なんてな!トラウマになってんだぞ!」

 

 話を聞く限り、被害者ともいえるかもしれない。が、状況が入ってこない。

 

「サキさん。なんなんスかこの人達」

 

 サキの前にやってきた男が答える。

 

「聞いてくれよ!俺達はな!ペズンっていう模型店で活動していた新世代ビルダーだったんだが!」

 

「ん?ペズン?サキさん。今日俺達が戦うのって!」

 

「そう。こいつらよ」

 

 入ってきた男たちはソウイチ達に事情を話そうとするが、サキの仲間と解るとそれを中断する。

 

「なんだと。こいつらが?」

 

「そう。あなた達の戦う相手になるわ」

 

「ちっ。そういう事かよ。その為に俺達をここへ呼んだと」

 

「……サキさん、憂さ晴らしで泣かせたんスかこの人達」

 

 サキの性格と、相手の態度から察するに、これが一番可能性が高そうな予想だった。

 

「何を言ってるのよ。昨日シンゴと一緒に、違法ビルダーのたむろしてる店を2・3件襲撃しただけよ」

 

「何恨みを買ってるんですか!!」

 

「さぁ!戦いなさい!私をかけて!!一人の女を巡って男達が戦う。これぞガンダム!」

 

「聞けよ人の話!」とソウイチは怒りの声を上げるがサキは気にしない。

 

「お姉様。私は女なのですが」

 

 ツボミの突っ込みにサキは動じない。

 

「そうね。男女は関係ないわね。とにかく私の為に戦いなさい!まさに今の私の気分はララァ!!」

 

「どう見てもVガンラスボスのカテジナっス」

 

 サキに不満のあったソウイチは反射的にそう突っ込んでしまった。

 

「……何か言った?!」

 

 直後に凄い目力で睨まれるソウイチ。

 

「ナンデモナイッスヨー」とポロッと出てしまった本音を、脂汗を流しつつごまかすソウイチであった。

 

「ちぃっ!あの女に乗せられたってのか、だが俺も新世代ビルダーだ。お前の弟子位ぶっ潰してやるぜ!!覚悟しな!」

 

「ソウイチ君ー頑張れー」

 

「ナエ、私の応援は?」

 

「二人とも頑張れー」ととってつけた様にモエが応援する。ついでみたいな扱いに呆れたツボミである。「もういい……」とツボミは虚しく返すしかなかった。そしてすぐにいつものきつい感じに自分を切り替える。

 

「フン。獣のような男達……誰がお姉様の一番か見せてやる」

 

 そういつもの調子でバトルに挑もうとするが、昨日のカナコの言葉を思い出す。

 

「……楽しく勝つ。か」

 

 

 そしてバトルが始まった。今回のバトルステージは月面都市、昨日サキと戦った場所と同じ場所である。

 

「アサダ・ソウイチ!Gセルフ・C1!」

 

「カンナミ・ツボミ!ギラズール・ウタゲ!」

 

『出る!!』

 

 そう言って母艦アルビオンの左右のカタパルトからお互いが飛び出していく。今回は仲間である。が、どうしても警戒は怠らない。

 

「おい」

 

 早速ツボミの方から通信が入る。大方足を引っ張るなだろうなとソウイチは予想した。

 

「……今日は味方だ。よろしく頼む」

 

 機体を警戒態勢のまま、ツボミはソウイチに通信を入れる。

 

「あ、はい……こちらこそ」

 

 正直、挑発が飛んでくるかと思ったが、今日のツボミはどうも大人しい。ソウイチは違和感を感じていた。と、感傷に浸っている場合ではない。敵の砲撃がソウイチ達二人を狙ってきた。

 

「おっと!」

 

 が、これを難なくかわす。遠くから見えるのはいつも通りのネフィリムガンダムとマステマガンダム。それがそれぞれ10機はいる。

 

「どうします?競争と行きますか?」

 

 ソウイチの予想では、競争でも持ちかけるかと想像する。自分に対してのツボミの態度ではそうしてもおかしくない。

 

「何を言っている?今日はそういう事をしている場合じゃないだろう?」

 

 口ではそう言うも、ネフィリム達は散会して襲ってくる。固まっているよりはずっといいだろうと判断。

 

「……まぁいいだろう。各個撃破だ!」

 

「別れて戦います!」

 

「あぁ、勝とう。……アサダ」

 

「!?」

 

 アサダ、ツボミがそう呼んだことにより一瞬ソウイチは戸惑う。停止したGセルフを尻目にウタゲが先行する。

 

「あの人……俺をガキじゃなくて名字で呼んだ?やっぱ変だ!」

 

 と、気を取り直したソウイチはGセルフを先に行ったウタゲに続いた。そう言って2機は散会、ソウイチの赤いGセルフにネフィリムガンダムが迫る。

 

「うぉぉっ!!」

 

 ソウイチはGセルフの腰部に取り付けられていた大型ハンマーを振り回した。ネフィリムはクローのフィールドで防御しようとするも、大質量のハンマーは意にも介さず吹き飛ばす。そのままひしゃげ、弾かれたネフィリムは爆散。

 

「よし!いい感じだ!」

 

 その敵討ちと言わんばかりの勢いでマステマガンダムが両手のクローから超大型ビームサーベルを発生させてソウイチを襲う。ソウイチのGセルフは背部のバーニアを器用に動かして回避。

 

「高機動が自慢のAGE3オービタルを使ったユニットだ!当たるかよ!」

 

 背中に備え付けられた大型キャノンを稼働。少しのチャージと共に、砲撃は放たれた。

 

「へっ!ビームキャノンがこのマステマに!!」

 

 フィールドで防ごうとするも、それは簡単にマステマのボディを貫通し、貫く。

 

「残念だったな!これは超大型レールガンだよ!」

 

「馬鹿なぁっ!」という大声と共にマステマは爆散、ソウイチは自分の作り上げた機体の手ごたえを感じていた。予想以上の出来となった。

 

「行ける!これなら!」

 

 その向こうでツボミはソウイチのGセルフの戦いを見ていた。

 

「……少しはやる様になったな」

 

 こちらもギラ・ズールウタゲの力を持って着々と違法ビルダーを落としていく。こちらも実弾で固めた改造だ。と、ソウイチに感心している場合ではない。ツボミはソウイチ以上の結果を出して、自分がソウイチより優秀である事を知らしめねばならなかった。

 

「昨日の事はあれど!それとこれとは話は別だ!」

 

 マステマが2体襲ってくる。大きさはウタゲの倍以上、先程と同じ泡を纏ったビームを振り下ろしてくる。ウタゲは横に回避すると背部のミサイルポッドからミサイルを乱射、いくつもの爆発はマステマを覆うが、マステマが複数だ。散漫的になった爆発はマステマを仕留めるには至らず。しかし目くらましにはなった。マステマの前にウタゲはいない。

 どこだと探すマステマの腹部側面を、ロケットランチャーの砲弾が直撃、上半身と下半身が泣き別れになったマステマは爆散。怯んだ2体目のマステマに容赦なく同じ要領でランチャーを撃ち込んだ。

 

 

「いやいや、ソウイチ君の新型機。凄いよねー」

 

 無邪気にナエはソウイチの方の活躍を称賛していた。

 

「……ツボミの方も応援しないとツボミが拗ねちゃうの……」

 

「ツボミの方も心配ないわよ。相変わらずのキレですもの」と安心しているようなナエの反応。これは二人の信頼関係の賜物とも言えた。そのナエの言葉に、サキがそれに付け足す。

 

「とはいえ、ただうまいだけならそこそこの人なら出来るわ。もう一歩先へ行かなければならないのよ。それ以上を望むのなら」

 

「お姉様……」

 

「これでラストだ!」

 

 ハンマーを振り回してマステマを脳天から叩き潰すソウイチのGセルフ。これが最後の一体である。ソウイチのGセルフにツボミのウタゲが寄ってくる。

 

「これで10体目、さっき確認できたのは10体ずつだから」

 

「引き分けだな。今のところは……」

 

 そう言って二人は辺りを警戒する。そう、あくまで今のところは引き分けだ。だがバトル前に出てきた違法ビルダーはまだ姿を表していない。

 

「いるんだろう?出てこい!」

 

「ケッ!不愉快だがあの女が見込んだだけの事はあるってか。腹だたしいぜ!」

 

 直後『挑戦者が現れました!』といういつものアナウンス。そして違法ビルダーの巨大な機体が彼方から飛んでくる。ソウイチ達の10倍はあろうというバスターガンダムの改造機だ。手持ちの大砲は外されており、両拳の部分は銃身に改造。ifsユニットで固めており全身が火器といった姿だ。

 

「ラグナロクプラン!ガンダムシグルーン!いくぜ!」

 

 そう言うとバスターガンダムの改造機。シグルーンは全火器を一斉に発射。ソウイチ達はこれを難なく回避。

 

「どいつもこいつも芸の無い戦い方をする!アサダ!」

 

「了解!」

 

 2体はお互いの兵装を一斉にシグルーンに発射しようと構える。

 

「おっと!させるかよ!」

 

『っ!?』

 

 後方から別の砲撃が飛んできた。二人はそれを回避する。シグルーンがもう2体現れる。

 

「もう2体いたのか!?」

 

「まだまだおかわりはあるぜぇ」

 

 そう言うと、シグルーンは額から強烈な光を放つ。と同時に破壊したはずの僚機は再生。さらに付き添いとしてのマステマとネフィリムの追加で乱入。敵の総数は50近くとなった。

 

「数で押そうって魂胆か!息巻いてたくせに結局それかよ!!」

 

「ほとほと芸の無い奴だな!お姉様に煮え湯を飲まされたらしいが、それも納得だな」

 

「うるせぇ!お前ら倒してあのサキって女にリベンジを申し込む!お前らはそのウォーミングアップだ!」

 

 そう言って違法ビルダー達はソウイチ達に襲い掛かってくる。二人は反論を重ねながら迎撃をする事になる。戦車砲を撃ちながらツボミが叫ぶ。

 

「見苦しいな!大方お姉様に身の程知らずな喧嘩を売ったといった所だろう」

 

 さっき同様に一機ずつ落としていくツボミのウタゲ、それに続いてソウイチがハンマーとレールキャノンで相手を撃ち落としていく。

 

「もしくは普通のビルダーにリンチみたいなバトルをしていてお仕置きされたとかスかねぇ」

 

「っ!売ってねぇ!昨日あの女から売ってきたんだよ!」

 

 

――昨日の夜!大体8時くらいだったか、俺達は普通にペズン店内でたむろしていた!そこへ!

 

『ちょっとあんた達!ムシャクシャするから私のバトルに付き合いなさい!』

 

 あのサキって女が現れた!同じ新世代ビルダーか。もしくはカモか。とにかく俺達は応じてバトルに参加した!

 

『あぁもう!むかつくわ!シンゴの奴ぅぅっ!!』

 

 3分後、それは蹂躙、虐殺と言っていい結果だった。

 

『何よ!この程度で終わり?!もっとたくさん違法ビルダーを連れてきなさい!!』

 

『え?いやだってこんな夜遅くじゃ……!!』

 

『いいから!!男がケチケチしない!!呼ばなかったら大声で泣き叫ぶわよ!!!』

 

 泣かれちゃかなわんと都合のつく新世代ビルダー達全員に収集かけて奴に挑んだけど!それでも結果はかわらずだ!!奴は俺達の残骸の上に悠々と乗ってやがった!!

 

『見なさい!やっぱり私の方が強いのよ!なのに!なのに!!シンゴの奴ナナの話題出すなんてぇぇっっ!!!』

 

 よくわからんが男との痴話喧嘩でこっちは八つ当たりの的にされたってわけじゃねぇか!!

 

 

「お姉様……何をしていたんですか……」

 

「だって……しょうがないじゃない。昨日シンゴの奴、夕食の最中にナナの話題を出すんだもの……。八つ当たりしていいビルダーなんて違法ビルダー以外に思いつかなかったのよー」

 

「八つ当たりしようって発想を何とかしてください!」

 

 

 その後俺はこんなバトルに駆り出された新世代仲間達に『あれはどういう事だー』って問い合わせ、そして俺の言い訳が延々続いたわけだ!!許せん!ゴスロリ姿のビルダーなんてそう多くはねぇ!調べたらあっさり見つかったぜ!ミシマ・サキ!俺は同じく奴に恨みのあるビルダーを集めてリベンジに来たってわけだ!――

 

「なに考えてんだよサキさん……」

 

 頭を抱えるソウイチ、正直違法ビルダーの気持ちがちょっと理解できる。

 

「貴様ら!結局はお姉様への恨みなのは変わらないだろうが!!」

 

「そうさ!恨みさ!だがアイツの身勝手っぷりを知らないお前じゃねぇだろ!」

 

「……うぅ……」

 

 心当たりがある為、言葉につまるソウイチ、

 

「世迷いごとを!」

 

 反面ツボミの方は意に介さない。と、別の違法ビルダーが射撃と同時に恨み節をぶつける。

 

「俺の方はなぁ!周りから評価されていたのを『その評価は私が受けるべきなのよ!』と言っていきなり襲われたんだよ!!」

 

「あー……やっぱり他にもそういう被害にあった人がいたんだー……」

 

「評価を守れなかった貴様らが悪いだろうが!」

 

「……わかる……」

 

 更に気持ちが解るソウイチ。サキ側に立ち続けるツボミ。

 

「そう言うのかよ!!本人のモラルがあれなら弟子のモラルだって最低じゃねぇか!そりゃ俺達新世代ビルダーだって、アレな所があるのはわかるわ!でもな!だからって俺達に対して何してもいいってわけじゃねぇだろ!!お前らみたいな信者に言っても解るまい!!この気持ち!!」

 

「解らないな!お前らの理k「解ります!その気持ち!!」

 

 ツボミが両断しようとしたらソウイチが同意した。しかもめっちゃいい返事で、「はぁ?!」とツボミは返す。

 

「俺も同じ目にあったんですよ!サキさんの自己中さ!俺も腹に据えかねます!」

 

「おぉそうか!」と違法ビルダーも感激の声を上げる。どうやら本当に嬉しい様だ。

 

「大体最初会った時から酷い人だとは思っていましたよ!他人に対しての敬意もなんも持ってない!」

 

「解るわ!」

 

「自分が最強だと信じて疑わない!それはいいんスけど自分が不満を持つと平気で八つ当たりしてくる!人にされて嫌な事はするなって事も守れてないという大人げなさ!!」

 

「ごもっとも!!」

 

「ぶっちゃけ俺が今まで会ったビルダーの中で完全にワーストと言っていいモラルの人でした!ほとんど反面教師にしかなりませんよ!!」

 

「うおぉ!同志よ!!」

 

 共感したソウイチと違法ビルダー達はその手をサイズの違いはあれど固く結んだ。人は解り合う事が出来るのだ。シグルーンの拳は銃身になっていたが強引に握手である。

 

「おい……おいガキィ!!貴様お姉様の前でそんな事を言うのかぁ!!」

 

 ツボミの方は敬愛している人をそう言われて我慢できるわけがない。怒りを露わに戦車砲をソウイチのGセルフへと向けた。

 

「おーっと、動くなよ。こいつは人質だ」

 

 と、違法ビルダーはソウイチのGセルフを楯にしてウタゲの前に突き出す。両手を掴まれたGセルフは磔にされた様な姿勢となった。

 

「なっ!?」

 

 さっきまで仲良しだった風に見せかけてのこの反応だ。ツボミの方もつい戸惑う。

 

「これはどういう事スか?」

 

「お前の気持ちは解ったが、俺達は敵である事には変わりないな。少年、俺達でお前の分まで仇は取ってやるよ!安心してやられな」

 

 そう言って違法ビルダーが号令をかけると別の違法ビルダーはウタゲの方に一斉に発射していく。

 

「チッ!アサダ!お前が事態をややこしくさせたんだぞ!」

 

 かわしながら器用にツボミはウタゲで迎撃していく。

 

「ハハハ!おい余り派手に動くんじゃねぇぞ!こいつの命がどうなっても」

 

「あー、ま、その方が都合いいんスけどね。あまり情が写ったらこっちもやりにくくなるんで」

 

「何?!」

 

 違法ビルダーがそう言った瞬間。両腕を掴まれていたソウイチのGセルフは、勢いをつけてボディごと背中のキャノンを後方に向ける。と、そのままレールキャノンを発射、シグルーンをそのまま破壊する。

 

「き!貴様ぁっ!!」

 

 シグルーンの上半身が消し飛びながら、違法ビルダーは恨みの叫びをあげる。

 

「確かにサキさんはあんたの言った通り、人間は最低っス。自己中、大人げなさ、どれをとってもそれは覆せない」

 

『……あはは、アサダくーん、いい度胸してるじゃなーい……』

 

 通信越しに聞こえるサキの乾いた声、しかし今はそれに意識を向ける場合ではないとソウイチは本能的に判断。声からのドス黒いオーラに、見て見ぬふりをするしかないからだ。

 

「だがね、そういった人でも、ガンプラに対しては真摯に取り組んでいた!好きな事にはとことん真剣になれる人なんだ!」

 

 初めて会った時、サキがアイの称号を奪いに来た時、ガンプラの扱いを『おしゃれ』と称した。そしておしゃれとして自分らしさを一切捨てる違法ビルダーに対して怒りを見せた。

 

「だからそこだけは!とことん尊敬出来る人なんだよ!!」

 

 スレッジハンマーを振りかぶりながらソウイチは叫び、さっき吹き飛ばしたシグルーンの再生コアへと叩きつけた。『ぐしゃっ』と音を立てて其の部分は破壊。失格となる。

 

「なっ!なんじゃそらぁぁっ!!!」

 

「随分と白々しいな。お姉様の雷が怖くてとっさに思いついた嘘なんじゃないのか?」

 

 反面ツボミは冷静にソウイチに返した。ツボミにとってもさっきのサキの声は怖いという他なかった。

 

「え……ソンナコトハナイッスヨー」

 

 怖いのはその通りのソウイチだった。実際半分は当たっていたりする。

 

「フン。だがまぁいい、今は違法ビルダー達を片付けるのが先決だ。手を貸してもらうぞ」

 

「あ……了解っスよ!」

 

 何はともあれ、ここで負けるわけにはいかない。ソウイチのGセルフは背中のレールキャノンを最大出力で稼働させる。だがこれでは足りない。もっと、もっとだ。あの時にサキに対して出した力。自分のガンプラ魂を。

 

「……なぁアサダ、ガンプラバトル。楽しいか?」

 

「なんスか突然」

 

「楽しいかって聞いてるんだ」

 

「……楽しいっスよ」

 

「そうか。じゃあ勝てるな!楽しく勝つ!私達の楽勝だ!」

 

 そのツボミの言葉にサキは笑みを浮かべる。

 

『……いい言葉じゃない』そうサキは呟いた。

 

「?なんかよく解んないけど……楽しく勝つ。か。いい言葉だ!」

 

「ちっ!させるか!全機発射用意!奴を撃たせるな!!」

 

 嫌な予感がすると違法ビルダー達は一斉に射撃の構えを取る。だがソウイチの方のチャージは丁度発射体勢に入っていた。

 

「アサダ・ソウイチ……Gセルフ・C1!!勝ちに行くぜっ!!!」

 

 そう叫ぶとGセルフのキャノン砲から最大出力でレールキャノンが放たれる。超大型ビームの様なエネルギーの奔流となってそれは敵を次々と飲み込んでいく。

 

「な!バカなぁぁっ!!」

 

 実際にはビームではない。飲まれた違法ビルダーは断末魔の悲鳴を上げながら爆発に飲まれていく。

 

『へぇ、中々おしゃれなのを作ったじゃない』

 

 モニターで観戦するサキは、ソウイチのGセルフを見て感嘆の声を上げる。それはツボミの方にも聞こえていた。

 

「これは……思った以上に仕上がったな……」

 

 光が収まると、残りの違法ビルダーの機体が突っ込んでくる。数体の違法仲間を盾にして、その隙に再び再生させようとする魂胆だろう。

 

「と、感心している場合じゃないな!」

 

 彼女も自分の機体への想い、サキへの想いは同様に熱い物だった。戦車砲を捨ててヒートナタを両手に構える。

 

「本気出していくぞ!!ウタゲ!!」

 

 ツボミの想いに答えるように、ウタゲのヒートナタが輝きだす。彼女の方もガンプラ魂を発動。さっきの一撃を漏れた違法ビルダー達へと突っ込んでいく。

 

「くっ!こいつら!ムキになりやがってぇ!!」

 

 次々と違法ビルダー機を切り裂いて落としていくツボミのウタゲ、手軽さを最優先させた違法ビルダーにとっては理解しがたい物だった。手間をかけてガンプラを完成させることも、ここまで遊びに入れ込む事も。

 

「当然だ!私の魅力だからな。このガンプラは!だから!」

 

 そう言ってツボミはナタを振るう。放たれた衝撃波はシグルーンを縦一閃にする。この際に再生コアごと叩き切った様だ。

 

「楽しく勝つ!楽勝だ!」

 

 そのままシグルーンは爆散。

 

「ワケ解んねぇんだよ!たかが遊びだろうが!」

 

 残り一機。最後のシグルーンがウタゲに一斉射撃をかけようと構えた。

 

「だから全力で!遊んでるんだろうがっ!!」

 

 そのタイミングでソウイチのGセルフがハンマーを振り上げながら落ちてくる。そして一撃をシグルーンに思い切り叩きつけた。

 

「だから楽しく!勝つ!」

 

「あの女に関わるとぉぉっ!!碌な事がねぇぇっ!!」

 

 そんな断末魔を上げてシグルーンは一撃で砕かれ破壊。これで最後の一体は破壊されてソウイチとツボミの勝利となる。

 

 

「それで何か言残したい事はあるのかしらぁ。坊や?」

 

 バトルが終わった後に出迎えたのは不機嫌全開で仁王立ちしたサキだった。

 

「え、えーと……」

 

 冷や汗を流しながらソウイチはどう言い訳するかを考えていた。

 

「……言い訳はしません。さっき言った事が俺にとっての全てです」

 

「へぇ」

 

「だからこそ言わせて貰います。俺はいつかあなたを越える!越えてやる!あぁは言っても俺は弟子なんですからね!」

 

「越える?……ふっ!あっはっは!十万年早い台詞だわ!」

 

 口に手を当てながらサキは笑う。ツボにはまった言葉だったのか大きく笑う。口の中を見せようとしないのは女性的と言えよう。

 

「ま、いいわ。今回で少しは美しさが、成長が見えた。強くなって見せなさい。ただし私ももっともっと強くなってるわよ」

 

「望むところですよ!」

 

「と、それとこれとは別だわ。キツいお仕置きをしなきゃねぇ」

 

 忘れてそうで忘れてなかった自分への暴言、そのツケをソウイチに払わせようとするサキ。不味いとソウイチは判断。

 

「……あ!あれはなんだ!!!」

 

 と、ソウイチはサキの後ろを指さして叫んだ。「何よ」と後ろを振り向いて確認するサキ、その隙にソウイチは全力疾走で下の階へ逃亡。

 

「このスキにー!」

 

「あぁ!待ちなさい!!」

 

 サキもスカートだというのに全力で追いかける。ツボミ達は黙ってそれを見ていた。

 

「お姉様……はしたない……」

 

「お疲れ様ツボミ」

 

 そんなツボミにナエとモエが話しかけてくる。

 

「ありがとう二人とも……」

 

「かっこよかったの。特にあの『楽しく勝つ』っていうセリフ」

 

「あぁ、あれは……。そう教えてくれた人がいたんだ」

 

「誰?」と問いかけるナエにツボミは「秘密だ」とはぐらかした。まぁナエの方も昨日からの変化にある程度の予想はつくが、放っておいた方がいいかなとそれ以上は言わなかった。

 

――それにしても……私が男性の言葉を引用するなんてな……父親か――

 

 父親……その言葉と一緒に、ツボミの昔がフラッシュバックする……。

 

 

『いるんだろう?!どうして開けてくれないんだ!!』

 

 ツボミの記憶の中……、平屋の一軒家の奥で、一人の幼い少女が母親と抱き合って震えていた。右目周りに痛々しい火傷の跡がある少女。昔のツボミだった。外からの男性の大声が部屋の中に響いた。さっきからずっとこんな調子だ。

 

『ママ……』

 

『大丈夫……このまま待っていれば……』

 

 幼いツボミは必死になって母親に抱き付いていた。怖さが増すと親を掴む力も強くなった。母親の方も子を守ろうと抱く力を強くした。

 

『どうして会ってくれないんだ!!俺だって皆の事は愛してるのに!!ちゃんと手続きは踏んだのに!!どうして!!どうして!!』

 

 直後、大きな割れる音が響いた。ガラスが割られた。……程無くして人の気配がする。誰かが割った窓から入ってきた。足音がどんどん大きくなって、ツボミ達のいる部屋に入ってきた。勢いよく引き戸をあけると一人の壮年の男が姿を表す。

 

『ツボミ!パパだよ!』

 

 男は余裕のない表情で二人に手を差し出そうとする。ツボミにとっては差しのべられた手も、まるで自分と母親を握りつぶそうとする手に見えた。恐怖の対象でしかなかった。それが近づいてくると、ツボミは大きく泣き叫んだ。

 

『い・嫌……来ないでぇぇぇっ!!!!』

 

 

「うぅっ……」

 

 思い出したのは一瞬だったが、ツボミは立ちくらみをする。

 

「ツボミ?……どうしたの?」

 

「あ……なんでもない……ちょっと気合いの入ったバトルだったから疲れただけだ……」

 

 そう言いながら、ツボミはソウイチの父親が無くなっている事を思い出す。

 

――……アサダの父親は亡くなっているんだったな……羨ましい……な――

 

 自分の父親と少年の父親の違いを思いつつ。 

 

 

花粉症で頭痛が止まらないため、今回も文章だけとなりました。いずれ今回のGセルフも投稿します。フリーダム含めて強化プランの際に、


 
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