~エレボニア帝国南西部 サザーラント州 エリンの里~
―――七耀暦1206年8月2日。
アスベルの持つARCUSⅡに着信音が鳴り響く。昨日の疲れが一気に来た影響で覚醒しきれていないが、ARCUSⅡを操作すると、画面に表示されたのはよく知る一人の男子であった。
『よう、アスベル。どうやら、お前も飛ばされたみたいだな?』
「ルドガー!? ……ああ、どうやらそのようだ」
ルドガー・ローゼスレイヴ―――結社『身喰らう蛇』使徒第一柱<神羅>で元執行者No.Ⅰ<調停>。そして現在はアスベルと同じトールズ士官学院Ⅶ組の生徒でもある。その彼も巻き込まれているとなると、ほかの連中も巻き込まれているだろうと溜息を吐く。
「こっちはエリンの里だ。『Ⅶ組の輪』を使った通信ということは、かなり距離がありそうだな?」
『ああ。俺はクロスベル自治州―――いや、今は帝国領のクロスベル州にいる。他にどれだけの連中が飛ばされているか不明だが、“こちらの”特務支援課やエステル達と接触に成功した。以前お前がくれたマスタークオーツを渡したから、かなりの戦力アップは期待できると思う』
「……その様子だと、一度本拠地に潜り込むつもりだな?」
『幸か不幸か、といったところだがな。これで連中の真意が解れば御の字……最悪は結社諸共潰してから合流する』
ルドガーの特典については耳に挟んだが、かなり反則級の強さである。使い方次第では概念すら捻じ曲げる強さ……尤も、彼は世界を存続させるためだけに使うと言っていた。その意志だけは本当であるとアスベルも信じている。それはともかく、異世界なら容赦しないという思考は少し隠したほうがいいかなと今更ながらに後悔し始めていたアスベルだった。
「そういえば、他に知っている連中は誰か知らないか?」
『そっちはいなさそうだな……こっちで掴んだ噂程度の情報だが、そっちに伝えておく』
「ああ……そっちから連絡できるようになったら一報を入れてくれ。そのほうがいいだろう?」
『ったく、妙に空気を読んでくれるのは助かるっていうか……そっちも気を付けてな』
ルドガーから聞いた情報では、帝国各地にその連絡が通じそうな人がいるとのことで、セントアーク方面に一人、パルム方面に二人いるということらしい。あれでいて『絶対隠形』の異名を持つ人間なら、心配はしていても不安は感じていない。信の置ける人物がいるという安心感はやはり心強い。
恐らく、感じられた呪いというのはそういった心の隙を狙い撃ちするためのものだろう。『黒キ星杯』に関しても、その影響で新旧Ⅶ組に底知れないダメージを与えていたことも含めて。
しばらくしてノックの音が聞こえて入室を促すと、入ってきたのはランドルフ・オルランド教官だった。
「よう、お疲れさん。昨日はあれだけの立ち回りをしたというのに、もう起きてるとはな」
「まあ、習慣みたいなものですから、ランドルフ教官。それで、何か聞きたそうな表情ですが……」
「ああ。お前さんが『ゼムリアの異世界人』ってところまではクルトから聞いたんだが、色々細かいところも聞きたくてな。あと、俺のことはランディで構わないぜ。その呼び方されると前のことを思い出しちまうからな」
「前のこと……『赤い星座』にいた時のことですか」
「まあな。お前さんのこともアスベルって呼ばせてもらうぜ。言葉遣いも遠慮なく崩してくれて構わない」
そうして、里の外で軽く運動をすることにした。折角ということでスタンハルバードを使った訓練を行うことになり、その後は朝の露天風呂と洒落込むこととなった。
「いやー、それにしてもスタンハルバードを軽々振り回すとは……俺も精進が足りねえって証拠なのかもな」
「いや、正直あれだけ振り回せてれば上出来だと……そういえば、『ベルゼルガー』はどうしてるんだ?」
「……ハハ、まあ『赤い星座』の話を出した時点で気付いてはいたか。ギヨームのおっさんに直してもらったが、俗にいう虎の子ってやつだ。流石に士官学院でアレを使うってわけにもいかねえしな」
それもご尤もである、と頷きつつアスベルは少し考えるようなそぶりを見せた。
「おや、その様子だと誰かを思い出したようだが……もしかして、カワイコちゃんか? その容姿だとさぞモテそうだが」
「茶化さないでください……元の世界にスタンハルバードとブレードライフルを使いこなすのがいましてね。ランディからしたら実の妹になるんですけど」
「妹かぁ……正直、シャーリィみてえな戦闘狂じゃねえだろうな……って、解るか?」
「一応面識はある。彼女より遥かに常識的ではあるかな。恋沙汰的な意味で戦闘狂とも言えるけど」
「そういう意味だとまだ理知的に聞こえそうだな……」
正直自分のパートナーをあまり酷評するのもどうかと思ってそう評価したが、ランドルフ教官もといランディは扱いの難しい武器を軽々振り回しているイメージが難しいと述べた。尤も、こんな会話をしていたのがまだ生易しいと思ったのは言うまでもないが……
「今日から新Ⅶ組の修行、貴方も含めてビシバシ行くので覚悟してくれよ?」
「おうよ。これでも第Ⅱ分校の担当教官やってたんだ。ユウ坊達をしっかり鍛え上げてやってくれ」
「そこ、他人事だと思ってたら集中攻撃しますよ?」
「手厳しいねえ」
この時点でローゼリアが彼らの仕上げに関わらないのは、アスベルが仕上げを担当する方が効率が良い、ということなのだろう。単に面倒なだけというのも否定できないとエマは出発する前にそう零していたが。
800年も生きているのに、現代の世俗に染まり切った魔女の長……それこそが魔女という存在を今も隠し続けられている証拠なのかもしれないが。
サングラール迷宮での修行は文字通りの地獄と化した。もはやパワーレベリングという言葉すらも生ぬるい状況に加えて、アスベルが4人に渡したマスタークオーツでの急激なレベリング。精神的に休む暇もなく続けられていき、気が付けば出発予定日の前日を迎えていた。
―――七耀暦1206年8月6日。
サングラール迷宮の最奥での訓練の仕上げ。いつもならばアスベルが立ちふさがるのだが、今日は様相が違っていた。なんと立っていたのはローゼリア当人だったからだ。これにはユウナ達も驚きを隠せない。
「ええっ!?」
「アスベルさんじゃなく、今回はローゼリアさんが!?」
「うむ。あやつめ……力を取り戻すどころか、それすらも置き去りにしおってからに。今のお主達の力なら、単独で魔煌兵あたりと戦えるじゃろう」
ユウナ達から感じる強さを見て、ローゼリアは愚痴っぽい口調で言い放つ。ただ、それを聞いたユウナ達の反応はというと、いまいち感覚が掴めないと零していた。
「うーん、それを言われましても……」
「正直、ピンときません」
「ええ。あの人のデタラメな強さは正直父以上ですし……」
「ま、そうなるわな」
「なので、その強さを確かめるために妾が最後の仕上げというわけじゃ。加減は無用―――この先に聳え立つ“壁”を乗り越えるだけの強さがあるか、証明して見せよ!!」
そうして始まった新Ⅶ組&ランディ、ほぼ全力のローゼリアとの戦い……その様子を一人で最奥まで来たアスベルが見守っていた。
ユウナは得物であるガンブレイカーのトンファーモードとガンナーモードを移動中でも切り替えて縦横無尽の動きを会得した。そのついでに東方武術の基礎である“氣”の使い方まで叩き込んだ。それをどう伸ばすかは彼女次第だろう。
クルトにはヴァンダール流双剣術の基礎固めを徹底的に叩き込み、現状では奧伝に届く領域までの腕の冴えを見せている。本人が課題としていた膂力についても丹田の技術や『神速』を教えたことで技の幅は更に広がったといえばいいだろう。流石に『神速』自体は体幹がしっかり固まっていないと怪我をすることがあるので乱発はしないよう釘を刺した。
アルティナについては、元々の思考能力が高いので基礎体力の叩き直しを重点的に行った。他の面々と異なり体格差による体力差は否めないが、戦闘において継続力は一番必須とされるもの。なので、5日でフルマラソンできる程度の体力まで伸ばした。<クラウ=ソラス>の使い方に関しては、様々な武術を見せることで最適な使い方を見いだせるだろう。
ランディについては、本気を出させるために色々仕込んだ。例えば彼の叔父であるシグムント・オルランドや従妹であるシャーリィ・オルランドの幻影などを駆使してレベリングを図った。後でいろいろ愚痴は言われたが、それでも強くなったことには感謝された。
その結果はというと……最奥部で双方ヘトヘトになっている有様だった。ユウナ達だけでなく、ほぼ全力といったローゼリアのほうまで。その光景に一息吐きつつ、アスベルは最奥に進む。すると、全員の視線がアスベルに向き、真っ先に文句を言ったのはローゼリアのほうであった。
「お主、ここまでは正直やりすぎじゃぞ! ここでなかったら妾が倒れておったではないか!!」
「えぇ~……いや、やりすぎたのは反省してますが、加減なしでやれと言ったのは貴女でしょうに」
「うぐ……確かにそうは言ったがのう……」
「えと、アスベルさん……」
「まさかとは思いますが……」
「いや、今回は仕上げをローゼリアさんに任せたから俺はそのお目付け役。ひとまず、少し回復させるか」
アスベルはそう言って『聖痕』を発動させ、そこにいる全員を動ける程度にまで回復させた。ユウナ達が無茶な訓練をできたのは霊力が充実しているこの迷宮だからこそあまり負担がなく法術を使えるお蔭でもあった。
「今のは、たしか『聖痕』だったか……てことはお前さん、アイツと同じなのか」
「まあ、その認識で間違ってないかと。明日から忙しくなるし、今日はゆっくり休むこと」
「はい、解りました」
そして、その夜は修行をすることなくしっかりと休息をとることにした。まあ、ユウナはうっかりマスタークオーツを外し損ねたせいで夢の中でも修行をする羽目となったが。そのあたりの疲れが一切残らないというのは女神の加護なのかもしれない。
―――七耀暦1206年8月7日。
ユウナ達のリハビリというか強化訓練も無事終わり、エリンの里を出発するユウナ達。第Ⅱ分校の制服では目立つということで、ユウナ達は里の人達に用意してもらった旅装を纏っていた。
「うん、動きやすくていい感じ! アルもクルト君もよく似合ってるよ」
「ユウナさんこそ。―――でも、ちょっと意外でした」
「ああ。“魔女の里”の人たちが拵えてくれたにしては、今風というか」
「ま、外から雑誌を持ち込む者もおるぐらいだからの。最近の“とれんど”は押さえとるじゃろ。妾もたまには“なう”で“やんぐ”な格好をしたいんじゃが、エマが煩くての」
流石に魔女の里の長が色々染まりすぎたら示しが付かなくなると諌めているであろうエマの姿を想像して、ユウナ達は冷や汗を流した。ただ、この場にいないアスベルはというと……その仕立てに時間が掛かっているらしいとローゼリアは述べた。尤も、その表情は悪戯心満載という感じに嫌な予感が過ったのは言うまでもない。
「あ奴は色んな意味で規格外じゃからな。なので、妾が直々に服装を注文した。お主達も驚くこと請け合いであろうな」
「あの、あまり派手なのは流石に可哀想かと」
「寧ろ行動に支障が出るかと」
「なあに、別に派手な色にしろとは言っておらんから安心するがよい」
「逆に不安材料が積まれたような印象しか出てこねえんだが……」
これからユウナ達は『特異点』を探すために里を出発する。その目的はリィン・シュバルツァーが拘束されているであろう場所―――<黒の工房>へと辿り着くための可能性を見出すため。それは先日エマとガイウスからの連絡からヒントを得て、ローゼリアが提案したこと。
魔女と地精が袂を別って以来、お互いに表舞台から姿を消した。魔女の里のように彼らの本拠地も隠された場所にある……もし、それが帝国内にあるとするなら、試せる可能性があるとローゼリアは説明する。
『現在判っているのはクロイツェン、ノルド、ノルティア、サザーラント、ラマールの5か所。残る2か所はまだ不明じゃが……』
『そこに霊的な『楔』を打ち込んで固定することで、霊脈の空白地帯を見つけられないかと考えました』
これはエマとその使い魔であるセリーヌの繋がりが感じられないことに起因した考え方。何らかの形で霊力を阻害しているのなら、異常な霊力の収束点である『特異点』を超広範囲のアクティブソナーとして使い、霊力が届かない場所を特定する。相手のやっていることを逆手に取るようなやり方だが、これでリィンが見つかる保証はない。それでも、可能性に賭けてみる必要はあると判断した。
「―――やれやれ、気合入れ過ぎにもほどがあるでしょうに」
「おや、準備できたな」
「あ、アスベルさ……」
「……」
「えっ……」
「おいおい、こりゃ魂消たな」
ユウナ達が想像以上に驚いている理由。それはアスベルの旅装が色違いとはいえ、リィンが教官として着ていた服に瓜二つであったことだ。そしてそれを可能にしたのは……アスベルはローゼリアを見てこう言い放った。
「なるほど。意趣返しとはいえ、少々やり過ぎじゃないですか?」
「お主がこやつらをここまで鍛えた罰じゃ。甘んじて受け取るがいい」
「……はぁ、解りました」
アスベルは諦めたように呟き、ユウナ達に向き直った。その表情は満面の笑顔であったことにユウナ達は冷や汗を流す。
「さて、忘れ物とかなければこれで行こうか?」
「お主も存外意地悪じゃの……一応渡しておくものがあるから、受け取るがよい」
ローゼリアから『特異点』を探すためのペンデュラム、そして霊的な場を固定するための道具を渡される。これについてはユウナが持つべきと判断して、アスベルは彼女に渡した。
「って、あたしがですか!?」
「ああ。元々俺はこの世界の人間じゃないし、そもそも旧Ⅶ組に発破を掛けたのは君だ。なら、君が持つべきだろうと思ったまでのこと」
「で、ですが……」
「それに、だ。万が一俺が元の世界に戻った場合、それを所持していたら返す方法どころか里に入れる手段を失ってしまう。その意味でこの世界にいる人間が持っていた方がいい」
「成程……」
「それは、確かに正論ですね」
「……解りました。責任を持って預かります。って、何だか教官を思い出しちゃいます」
いい教官として慕われていたのだろうと思いつつ、一方で天然の人たらしも発揮しているリィンにアスベルは二の舞にならないよう気を引き締めた。流石に未来の平行世界で恋人なんて作ったら洒落にすらならないためでもあるが。
「そしたら……この場にいない天然の人たらし教官の代わりに、“Ⅶ組”の見届けをさせてもらうよ。―――リィンと同じ“Ⅶ組”の人間として」
「えっ……」
「まさか、貴方もあの人たちと同じ……」
「何というか、奇妙なつながりですね」
「自分でもそう思うよ。ランディもよろしくな」
「おうよ。その実力、間近で見せてもらうぜ」
一行はエリンの里を出発して、転移石でサザーラント州方面へと転移する。セントアークに到着して同じ分校生であるカイリと出会い、一通り情報交換をした後、同じ分校生がいるというパルムに行くこととなった。……ただ、鉄道が使えないので徒歩となるのだが。そのことに憂鬱そうなユウナとアルティナに対して、男性陣は冷静だった。
「おいおい、だらしがねえな。最近の都会っ子は」
「まあ、自分は剣の修業で徒歩は慣れていますが」
「あ、あたしだって警察学校のサバイバル訓練はパスしてるし!」
「私は、いざとなったらクラウ=ソラスに頼ります」
「やれやれ……そういや、お前さんはどうなんだ?」
体力面についてランディに問いかけられたアスベルは自身のことを冷静に分析して、こう答えた。
「一応剣の修業で徒歩は結構あるけど……一週間でアイゼンガルド連峰南北横断とか」
「済みません、アスベルさんが何を言っているのかよく解らないのですが」
「えっと、どういうことなの?」
「そうですね。クロスベルでいうならエルム湖の端から端まで100往復みたいな感じかと」
「……あの、人間ですか?」
「れっきとした人間です」
今にして思うと、本当に非常識という度合いを超えた修業だとアスベルは心の中で呟いた。だからこそ埒外とも言えるような強さを手にしたのだが。それを言ったらリィンだって鬼の力を持っていたのだから……それが暴走してとんでもない事態につながっているのだが。しかし、セントアーク方面にいるとされた人物がいないとなると、どこかに移動したのだろうと思う。
すると、ユウナがアスベルに対して何か聞きたそうな表情をしていた。
「そういえば、アスベルさんってどの辺りの出身ですか? 同じゼムリア大陸みたいなことは言ってましたけど」
「そういや言ってなかったか。南の国であるリベール王国……そこが俺の出身になる。尤も、この世界じゃ実家というのはないけれどな」
「アスベルさん……」
「気にしなくていい。それぐらいはもう理解してるからな。ただ、リベールとエレボニアのパワーバランスはこの世界とまるっきり違うが」
「そんなに違うんですか?」
元の世界では<百日戦役>によって領土を拡大し、エレボニアに並ぶ大国へと並び立った。その後共和国から領土割譲を受け、更にセンティラール州(シュバルツァー公爵領、ケルディック周辺)がリベール領に組み込まれた。元の世界で戦争状態に突入した際、エレボニアの敗北は……もはや揺ぎ無い状態である。たとえ超常的な強制力を以て帝国を一つに纏めたとしても難しいだろう。
「リベールがそこまでの大国に……」
「しかもサザーラント州全域にレグラムも……ちなみに、パルムにはヴァンダール流の道場があるのですが、そちらではどうなっているのですか?」
「ヴァンダール流の道場はそのまま残っているよ。あくまでも国同士の戦いで武術の流派に拘ったわけじゃないからな。それに、カシウス殿とヴィクター殿が口添えをして道場はパルムに残ってる。偶に教練という形で顔を見せたことはあるかな」
「<剣聖>に<光の剣匠>が揃ってか……武の世界の誼ってやつなのかもな」
「……気になったんですけど、クロスベルってその時は……」
「まだ独立国の状態だな。まあ、こちらの考えているプランが実行されれば、クロスベルの状況は一気に改善するだろう。列車砲に狙われることもなく、双方への守りが保障されればユウナも安心はできるか?」
「……多分、としか言えませんが」
ユウナの言っていることも尤も、と思いつつ道中の魔物を相手にする。奥の手を明かすのは気分的に宜しくないので大剣を振るっているのだが、彼らからすれば第Ⅱ分校の分校長であるオーレリア・ルグィンを思い出すと話題に上がった。
「クルトから見て、剣捌きはどう見えたかな? どうしてもヴァンダール流に触れている人間なら率直な感想が聞けると思うし」
「えと……正直な話、兄や叔父、下手すれば父にも引けは取らぬかと。分校長相手でも引けは取らぬでしょう」
「しっかし、スタンハルバードを片手で振り回したことといい、お前さんは一体どれだけの武器を使えるんだ?」
「そうだな……銃系統もそれなりには。一応これも使えるかな」
「ブレードライフルですか」
「って、どこから取り出したんですか!?」
「企業秘密です。またの名を黙秘権」
そんなやり取りをしつつ演習地跡でユウナの使っていた機甲兵を発見。その過程で魔煌兵とも遭遇したがなんとか退け、何かしら使えるということでアルティナがステルスモードで隠した。そこから道中を進みつつ話題はアスベルの知っているゼムリア大陸の話だった。
「へぇ、ロイド先輩達もリベールにですか」
「といいますか、その時点でシュバルツァー“侯爵家”というのにも驚きました」
「それと、僕らの知るエレボニアの前皇帝とは完全に別物ですね……」
「というか、妻が複数いたって……完全に勝ち組じゃねえか!! ウチの弟貴族もそうだが、世の中不公平だな。つーか、お前さんもそう見えて妻が複数いるとかあるんじゃねえのか!?」
「えと、流石にそれは七耀教会が黙っているとは……」
そのことについては『空の女神』自身が認めていたので問題ないと話すと、話題はアスベルたちの世界にいるリィンの話になった。その絡みでアスベル自身のことも話すこととなった。
「って、婚約者が複数いるんですか!?」
「まあな。といっても、すでに話がついている以上は受け入れるし、俺も納得している話だよ。これ以上増やすつもりは毛頭ないが」
「……聞いている限りだと教官のような不埒さを感じませんね。私達の鍛錬からもそのように感じましたし」
「確かに言われてみれば……あーもう、あの人のことを思い出すと無性に腹が立ってくるというか……!!」
「やれやれ……ちなみにだが、お前さんの言っていた『俺の妹』もその一人なのか?」
「ええ、まあ。もしかしたら会えるかもしれませんが」
完全な確証があるわけでもない。ただ、アスベルとルドガーが巻き込まれている以上、他の転生組も巻き込まれている可能性は捨てきれないと判断した。ただ、アスベルの言葉にランディは微妙な表情を浮かべていた。
「聞いた話じゃシャーリィとは別の意味で規格外なんだろ? ……ま、向こうの俺に同情しちまうな。無論お前さんにもだが」
「えと、嫉妬しないので?」
「ある意味気苦労を分かち合える同志だな。リィンやロイドのように女心に疎いわけじゃなさそうだからな」
「流石に周囲がそういう連中が多くて苦労してるのは見てたので、自然とそうなっただけですよ」
そんな会話をしていると、気が付けばパルムに到着していた。ヴァンダール流の道場は徴兵事務所という形で衛士隊―――平民で構成された帝国正規軍の精鋭部隊の出入りが見られ、近寄るのはあまりよくないと判断した。その時にトールズ士官学院の卒業生であるレックスと情報交換を行い、更に市街地にいた戦術科“Ⅷ組”生徒であるパブロと会うことができた。セントアークで出会ったカイリ、そしてリベール王国方面にはタチアナも向かっているとのこと。
すると、パブロがアスベルに話しかけた。
「それで、そちらの人は……」
「ああ、“Ⅶ組”の関係者でアスベル・フォストレイトという。で、何か聞きたいことでも?」
「アスベル……なら、これを受け取ってほしいんや」
そう言ってパブロが手渡したのは一枚のメモ。聞くところによると、数日前に見たことのない男性が現れて、『アスベルという人にもし会ったら渡してほしい』と言って手渡されたとのこと。
「『白面の企みの地にて待つ』か……パブロ君、その男性の髪の色は解る?」
「銀色、というよりは灰色みたいな感じやったな。もしかして知り合いなんか?」
「ああ、何にせよ感謝する……一通りの用事がすんだら、付き合ってもらえるか?」
「えっと、それは構わないですけど」
「もしかして、この近くなのですか?」
「その認識で間違ってないかな。ひとまずはタイタス門に向ってみるか」
パブロと別れてアスベル達は一路タイタス門を目指していた。途中で精霊窟のような建物を見つけ、念のために調査することとなった。一応の終着点にてユウナ達とアスベルは突然何かが流れ込んでくる感覚に囚われた。
『―――これは提案なんだが、この近くにとあるものがあってね。定員は“一人”……さて、どうするかね?』
『―――俺らがどうしてその場を決闘の舞台に選んだのかいまいち思い出せねえ。なあ、アンタ……俺らを嵌めやがったな?』
見るからに『西風の旅団』と思しき人物と謎の人物。そして<猟兵王>ルトガー・クラウゼルと騎神……その記憶の断片を見終えて現実に戻ってくると、不思議そうに窺うランディの姿があった。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、まあ。(ユウナ達は解るとして、なぜ俺まで……記憶の断片で話していたあの人物、まさか『あの人』か?)ユウナ達も大丈夫か?」
「その様子だと、アスベルさんも見たのですか?」
「……教官(あのひと)の関わりとするなら、私たちは理解できますが……どうしてアスベルさんも見れたのでしょうか?」
「うーん、流石に解らないけど……」
このことはひとまず置いておき、探索を終えて一行はタイタス門に到着する。門の敷地の隅には第一機甲師団の戦車の姿もあり、静かな緊張感を覚えてしまう。ともかくタチアナの姿を探すのだが民間用の休憩所には姿がなく、どうやら入れ違いになったようだ。そこに帝国軍兵士が来て、リベール王国から来ていた旅行者―――アントンの来訪理由が不明瞭として再審査を受けることとなった。
そのついでという形でユウナ達も目をつけられそうになったが、そこに助け舟を出したのはトールズ士官学院の卒業生の一人であるマルガリータ・ドレスデンであった。困惑している兵士ではあるが、アスベルは奇しくも同じ部活に所属している当人の特異体質を把握していたため、その反応も無理はないと内心納得していた。
「えっと、助けていただいて何よりです」
「構わないわ。だってアナタ達、“トールズ”の生徒たちでしょう? 私はトールズ本校の卒業生でマルガリータ・ドレスデンよ。リィン君とは同窓生になるわ。よろしくねえ、かわいい後輩たち」
タチアナは貴族の娘であり、その折でドレスデン家とは交友があったと説明した。リィンだけでなく、帝都にいた数人の安否もいまだ不明だとマルガリータは話す。そのことよりもマルガリータの変わりようにユウナ達も驚きを隠せないが。
「フフ、先ほどの兵士さんと言い、面白い冗談が流行ってるのねえ。いくら変わったって、その美貌に変わりないでしょうに」
「まあ、本質を見抜けないようなら男として失格かと思いますけど。ところで、そのタチアナって子は既に?」
(あの、アスベルさんがサラッと受け流した……)
「ええ、ただ、あの子ったら思いつめたような顔をしていてね……何でも、同じ部活の子を見かけたらしいって」
マルガリータの言葉に反応したのはアスベル以外の面々。どうやら同じⅦ組の一人らしい。すると、マルガリータはアスベルに対して話しかけた。
「それにしても、驚かずに話しかけてくる人なんて久しぶりよぉ。貴方、名前は?」
「アスベルといいます。彼らとは教官殿の繋がりで知り合いまして」
「そうだったのぉ。でも、御免なさいねぇ。既に婚約者がおりまして」
「そうだったのですか。まあ、貴族の令嬢なら当然でしょうね。その方とお幸せになることを女神にでも祈っておきますよ」
下手に恋慕なんて御免なので、その人の予想も付くが彼にはマルガリータのことを全部丸投げにするような気持ちも入れつつ、適当に誤魔化すような言い方をした。彼女と別れて外に出ると、クルトがアスベルに話しかけた。
「えと、お疲れ様です」
「気遣いありがとう、クルト。ま、最悪の場合は記憶吹き飛ばすことも考えてたから結果オーライだな」
「しれっと怖いこと言わないでください! でも、アッシュがこの近くに……」
「その人物は同じⅦ組の?」
「元々はⅧ組の生徒だったんだが、Ⅶ組に途中からな。しかし、アイツが“3人目の遺児”だったとは……」
アッシュ・カーバイド……元々は戦術科に所属していたが特務科に変わり、何やら訳ありのクラスメイトの一人。そして、彼があの“ハーメル”の生き残りの一人だということも。
「“特異点”の手掛かりもロクに掴めていない……でも、会いに行こう!」
「ですね。Ⅶ組なら放っておくことは出来ません」
「えと、なのでアスベルさん。用事はそのあとで構いませんか?」
「大丈夫だよ、ユウナ。というか、寄り道が結果的に“目的地が同じ”になるとはな」
「ということは、アスベルさんを呼びつけた人物の目的地は……」
「ああ、その人物がいるのも間違いなく“ハーメル”ということになる」
一行はハーメル村跡地に向かうこととなる。あらゆる因果が集う地……アスベルを呼び出した人物もそこにいる……何にせよ、手がかりを少しでも掴むために足を向けることにしたのであった。
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