それは夢だったのか。いや、現実であったことには違いない。
クワトロ―――未来のリィン・シュバルツァー。そして変質化したヴァリマールという存在は、一つの未来と平行世界を指し示していた。未来の平行世界という場所と一時的に繋がってしまったこと……この意味を俺は、俺達はあまり深く考えていなかった。
帰れる保証など無い。それでも迫りくる現実に抗うため、巻き込まれた平行世界の過去から……世界の外から渡ってきた者と彼らによって運命を変えられた者。常識を遥かに逸脱した埒外の存在はその世界に何を齎すのか……それは、誰にも解らない。
『黒の史書』で描かれた『世界の終わり』へと向かうくだらないお伽話を、根底から覆すために彼らは過去での枷を外す。
―――全てはその世界を本当の意味で救うために。
七耀暦1204年11月20日。アスベルはグランセル城の執務室にいた。シュトレオン王子達が特訓の為エリンの里へ赴いていたため、その留守を任されていた。軍人としての仕事を終え、アスベルはベッドで眠りに就いた。
起きれば、また忙しい一日が始まる……確かにその通りになったのだろう。アスベルが目を覚ました場所は、グランセル城と異なる場所。おまけに妙な波動が自身の<天壌の劫火>に反応していた。その感覚からして、明らかに良いものとは言えない。気を抜けば『闘争』に駆り立てるような黒い衝動……心なしか、あまり影響を感じないためアスベルは身の回りの確認をする。
「オーブメントに装備類は……寝る前に入れておく習慣が幸いしたか」
自身の得物である太刀や装備類を特典の能力で保持していたのは幸運というべきだろう。異能が使えるのもある意味幸運である。自身に秘められた『力』も。そうなると、この世界もゼムリア大陸のどこかということになるのだろう。
まずはこの状況を知る必要がある。少なくとも『影の国』のような違和感を覚えることはない。寧ろ闘争を煽るような波動……いや、“呪い”と言ってもいいだろう。
すると、枕元に見慣れないオーブメントがあるのに気付く。手に取ると、どうやらARCUSⅡと呼ばれるオーブメントのようだ。正直言って自分の持っているALTIA(オルティア)の下位互換でしかないのだが……持っていて損はないと思い、懐に仕舞い込む。
そして部屋の外に出て階段を降りると、何かの施設であることはすぐに分かった。そして、アスベルの記憶の中で最も近い場所は……帝都ヘイムダルの遊撃士協会帝都西支部。場所は解ったが、肝心の年月が不明。そうなると、一番の手段は……新聞を買うことだった。
下手に出入りを見られるのは不味いため、隠形を使って外に出た。こういう時に裏の仕事が役立つのは皮肉としか言いようがなかったが。そしてヴァンクール大通りにでて帝国時報を買い、近くの喫茶店でコーヒーを飲みながらそれに目を通す。
(七耀暦1206年8月1日……夢にしては性質が悪いな。『影の国』のように現在の鏡をしているわけでもない。はぁ、つまりクワトロの逆転現象を食らったのかもな。夢ならとっとと覚めてほしいわ)
冗談とも思えない事柄に頭を悩ませる。すると、喫茶店のマスターが心配してくれたのか、声をかけてきた。
「おや、悩み事か? もしかして、徴兵のことで悩んでるのか?」
「あ、いえ、これでも外国人なもので。ところで、徴兵というのは……近々大きな戦争でもあるのですか?」
「ああ。カルバード共和国との戦争が間近に迫ってきていてな。お前さんの実家は東なのか?」
「いえ、リベールです……あの、この辺に地図とかありますでしょうか?」
「それなら……この前、一つ多く買ってきちまってよ。お前さんにやろう。このご時世だから、下手にうろついていると衛士隊に見られるからな」
「ありがとうございます。コーヒー、ご馳走様でした」
そう言って伝票の上にコーヒー代を乗せつつ、伝票の裏に多めのミラを忍ばせておいた。店の裏に出て隠形を展開し、素早く帝都の外に出た。元々徒歩での移動には慣れていたが、帝国軍の要塞などを潜り抜けるというのはなかなかにスリルのある逃避行でもあった。
帝都をでて6時間。本来なら徒歩でも辿り着くはずのないサザーラント州の州都、セントアークに到着した。この辺りはちょっとした裏技を用いたからこそできた芸当だが……そこまで来たところで、アスベルは適当な空家を見つけて、地図を広げる。
それはアスベルの知る西ゼムリア地方ではなく、少なくとも“本史”の西ゼムリアの勢力図。その証拠として、クロスベル自治州がエレボニア帝国に併合されていること。それ以外にもノーザンブリア自治州が帝国に併合されていることは驚いたが。
(国家総動員法ね……前世の記憶のせいで、碌なことにならないのは事実だろうな)
帝国時報と喫茶店のマスターが話した内容、そしてこの地図。エレボニア帝国はカルバード共和国との全面戦争に突入しようとしている局面。さらに、極めつけは人々を闘争に導こうとする“呪い”。これがアスベルの聞き及んでいる『黄昏』だとしたら……猶予はあまり無い。
そのストッパー足り得るオリヴァルト皇子らを乗せた『カレイジャス』が爆破されたことも共和国との戦争へと世論を傾けるために利用する……これが“怪物”と称されたギリアス・オズボーンの策なのだろう。
「世界が無に帰すかもしれないときに面倒な……だが、これも試練なのだろうな……加減は要らないか」
未来から過去に飛んだとなれば考慮せねばならないが、平行世界の過去からこちらの未来に飛んでいる以上、本気で暴れても過去の世界に与える影響は極めて低い。今の自分の本気を確かめられるし、何よりもここでの経験が何かしら生きるかもしれない。
そんなことを考えながら、セントアーク西側に広がるイストミア大森林へと足を踏み入れていた。『影の国』と同様のことが起きたのなら、巻き込まれたのは自分だけとも思えない。こればっかりは憶測でしかないが……すると、いつの間にか周囲を取り囲む魔物の気配。立ち止まって息を吐くと、一斉に襲い来る魔物に、アスベルは一息吐くと得物である太刀を引き抜いた。
「―――影疾風」
『神速』を加えることで裏疾風を更に高めた技である『影疾風』。ユン・カーファイからの手紙に書かれていた内容を自分なりに噛み砕こうと試行錯誤する中で編み出した自分なりの八葉一刀流の一端。とはいえ、その高みに昇華させるまでが一苦労で済まないレベルだが。
十数体の魔物をたった一合で斬り伏せると、太刀を収める。そこで視線に気づいて目線を向けると、一人の金髪の少女が立っていた。彼女はこちらを認識すると、何やら意味深な笑みをこぼしていた。
「これはこれは……このようなご時世に珍しい客人じゃのう。しかも、何やら『聖痕』まで持っておる……何者じゃ?」
その人物とは一応面識がある。きっと、こちらの正体も見えているのだろう。隠すのは野暮と判断して、頭を下げる。
「お初にお目にかかります、この世界の“緋”のローゼリア殿。俺の名前はアスベル・フォストレイト……ゼムリアの平行世界の過去から迷い込んだ『守護騎士』とでも申し上げておきましょう」
向こうも教会絡みの人間だと理解してくれたようで、魔女の隠れ里であるエリンの里に招かれた。ほかにも客人はいるのだが、今は大事な話があるということで別の場所にいる。ローゼリアの住む館に招かれ、二人きりの状況でアスベルは口を開く。
「―――以上が、俺の把握している限りのことであります。ですが、状況は宜しくなさそうですね? それだけは否応にも肌で感じ取れます」
「その通りじゃ。『黒キ星杯』によって『巨イナル黄昏』は発動してしまった。ミリアム・オライオンによる犠牲と、それを引き金に暴走したリィン・シュバルツァーによってな。しかも、その当人と騎神は“鉄血宰相”と結社、そして地精の連中に連れ去られてしまった……新旧Ⅶ組はその救出のために動くこととなる」
この世界でも“Ⅶ組”という存在がある。その発案者である人物を乗せた飛行船は爆破されたらしい。帝国時報では『共和国のスパイによる犯行』とみているが、そもそも鉄血宰相から疎まれたといって共和国に鞍替えするような人間でないことはよく知っている。様々な立場を乗り越えるための場所づくりをしている時点で、彼はエレボニア帝国内で片を付けるつもりだったと推測できる。
その船にはとある遊撃士と武の世界では著名ともいえる人物も……
「Ⅶ組……なるほど、世界は違えどもその思惑を考え付いた人は変わらないようですね」
「まあ、それは置いといて……お主はどうするつもりじゃ? 無論、拠って立つ地が必要なら、遠慮なくこの場所を使うがよい。妾からすれば、協力してくれるのが一番良いのじゃが」
ローゼリアの問いかけに、アスベルは少し考えるような仕草をして、こうハッキリと告げた。
「そうですね……世界がこのまま無に帰すような事態はこちらとしても願い下げです。それこそ元の世界に帰れる可能性がそこにあるのなら、この事態の解決に微力を尽くします」
「……フフ、お主一人の全力でも全盛期の妾に“焔”を足してやっと届きそうなほどの印象だというのに、それでもなお尋常ならざる力を研鑽するか」
「その辺の解釈はご自由に。それに……世界は違えども、俺もトールズ士官学院特科クラス“Ⅶ組”の一員ですから。そちらのⅦ組が頑張ろうと決めてるのに、ここで悩んでいても埒があきませんから」
「そうか。其方のことの秘密はお主が判断するがよい。皆には妾の知り合いの子弟ということにでもしておこうかの。なんなら、妾の孫でもよいぞ?」
「えっと、そこは支障のない程度にお願いいたします……」
そうして、アスベルはローゼリア立会いの下で新旧Ⅶ組の面々とその関係者であるランドルフ・オルランド教官、遊撃士であるサラ・バレスタインと対面することとなった。
「―――唐突に集めて済まぬな。実は、お主達に協力してもらう助っ人を用意できた」
「助っ人、ですか? その、どういった人物なのです?」
「そうじゃのう…わしの親友の忘れ形見みたいなものじゃ。先日の帝都での騒ぎでこちらに向かっていたのを引き取った」
「でも、この状況なら助っ人は多いほうがいい」
「では、紹介しようかの。入ってきてくれ」
ローゼリアの言葉で部屋の中に入るアスベル。そのメンツの殆どは奇しくも面識のある人物ばかり。中には元の世界でこの場所へ出向いたのもいるので、内心驚きはした。
「……!」
「(この感じ……星杯騎士なのか?)」
アスベルを見て何かを感じ取ったエマ・ミルスティンとガイウス・ウォーゼルの二人の視線に気づきつつも、何事もなかったかのようにアスベルは自己紹介をする。
「……アスベル。アスベル・フォストレイトという。流石に名字が長いので、名前で呼んでくれると助かる。事情についてはローゼリアさんからすべて聞いている……新Ⅶ組の教官についてのことも含めて。その手助けをしたいと思い、無理を言ってサポートさせてもらうこととなった。よろしくお願いする、トールズ士官学院新旧Ⅶ組の皆さんにサラ・バレスタインさんとランドルフ・オルランド教官殿」
「ふむ、人手は一人でも多いほうがよいのだが……」
「問題は実力だな。その立ち振る舞いに隙がねえのは、相当の実力者だが……」
彼の言葉に反応したラウラ・S・アルゼイドとランドルフ・オルランド教官の言葉に、アスベルはローゼリアに顔を向けて尋ねた。
「それなら、手合わせをしたほうがよろしいのでしょうかね?」
「フム、それならばあの場所がよいじゃろうな。とはいえ、そこの3人はまだ病み上がり……返事は保留でよいじゃろう。其方もそれでよいか?」
「ええ。彼らの懸念も御尤もです。いきなり見ず知らずの人間に協力してもらうというのは難しいでしょうから」
ひとまずこのことは保留となり、この場はお開きとなった。その夜、アスベルは里の外れにある高台で太刀を振るっていた。動きとしては元の世界と遜色なく振るえる。そのことに安心しつつも、こちらを見ている視線に気付いて言葉を投げかける。
「ふう……そこで隠れていないで、出てきたらどうだ? 別に隠す気もないし、咎めるつもりもない」
姿を見せたのは水色の髪の男子。新Ⅶ組の一人であるクルト・ヴァンダールであった。まあ、この時点ではまだ彼の名前を聞いていないので、下手に名前を出すことは避けるが。
「えっと、すみません。何やら気配を感じたもので……太刀ということは、貴方も“八葉一刀流”を?」
「まあ間違ってはいないかな。とはいえ、君が見てきた八葉一刀流とは少し勝手が違うかもしれないが……折角だし、少し手合わせしないか? 無論、加減はしよう……見た感じ、結構体力が落ちてるだろうからね」
「(二週間も眠っていたから、そういわれても仕方ないが……それを簡単に見抜くとは)ええ。僕もどれほど落ちているのか未だ実感がありません。なので、宜しくお願いします」
アスベルとしてもこの世界に来て相手をしたのは魔物ぐらいで対人戦は皆無。クルトには悪いが、これも自身の度合いを見る上で良い鍛錬になると提案した。数分ほど打ち合ったのだが、クルトのほうが先に音を上げたため、休憩することにした。
「すみません……我儘を言ってしまって」
「いや、気にしなくていい。暫く眠っていたのだから無理もないだろうし。けれど、その双剣術……ヴァンダール流だね? となると、ヴァンダール家の人間だったりする?」
「え……あ、まだ名乗っていませんでした。クルト・ヴァンダールといいます。とはいっても、双剣術の中伝の身ではありますが」
「やっぱりか。基本は太刀だけど、二刀流も得意でね。これでもヴァンダール流を学んだことはある……貸してくれるかな?」
「え? あ、はい」
アスベルはクルトから双剣を借りて、クルトから離れて剣を振るう。その動きはヴァンダール流を習うものならば理解できる剣舞―――帝国に古くより伝わる『剣流演武』そのもので、ヴァンダール家のみが会得することを許された『獅子之舞』。それを見事に舞い切っていた。これにはクルトも感動せざるを得なかった。
「ふう……やっぱり、剣だと重心が違うから苦労するよ。ありがとう」
「あ、はい……アスベルさん。その様子だと学んだだけではなさそうですが……もしや、奧伝の目録を頂いているのでは?」
「解る人には解るか。でも、その様子だと納得できないこともあるんだろう。そう、君の知る限りにおいて考えれば、『この世界の人間じゃない』と」
「えっ……ええ。父上か母上、或いは叔父上なら嬉々として貴方のことを兄上や僕に言うことを考えれば、納得できる事かもしれません。正直、信じられない部分もありますが……教官を救うお手伝い、貴方にも是非協力してほしい」
「クルト……ああ、勿論。それじゃあ折角だから、俺の世界のヴァンダール家も世間話として教えておこう。俺の秘密代わりの駄賃だよ」
「あの、普通僕に何らかの枷が必要かと思うのですが。教官とよく似てますよ、貴方は」
リィンと似ているというのに反論したかったが、それを否定できそうにないと思ったため口を噤んだアスベルだった。
その後、クルトからトールズ士官学院・第Ⅱ分校の話を聞き、その教官陣や生徒のことを聞いて引き攣った笑みをこぼしたのは言うまでもない。
その翌日、ローゼリアの案内で<魔女の眷属>が一人前の証を立てる試しの地―――サングラール迷宮の前に来たアスベル。だが、彼にこの迷宮の攻略をさせるために連れて来たのではないとローゼリアは話した。
「お主にはこの迷宮の最奥で待ち構えてもらう。そして、新旧Ⅶ組相手に闘うがよい。加減の程度はお主ぐらいの実力なら容易であろう?」
「まあ、太刀を使わなければ容易にいけますが……そうなると、これですかね」
そう言ってアスベルが取り出したのは見事な白銀の装飾が施された大剣。
アルゼイド流奧伝を修めた祝いの品としてアリシア・A・アルゼイド夫人が王国で随一の職人であるクラトス・アーヴィングに頼み込んで鍛え上げた業物。<光の剣匠>と謳われたヴィクター・S・アルゼイド曰く『まさに神の領域に届くであろう宝剣』と言わしめたほどの代物。その剣にはローゼリアも驚嘆の声を上げる。
「驚きじゃのう。異世界の人間は何でもありのようじゃ……それじゃあ、あやつらをビシバシ鍛えてやってくれ」
「それって単に使い走り―――」
言葉を言い切る前に飛ばされたアスベルがいた場所は、どうやら迷宮最奥部の空間。目の前には魔術によるモニターが表示され、迷宮の中にいる面々を観察できるようになっている。絶対数のことを考えれば、厳しくはありながらも大切に育てるということなのだろう。
そして数時間後、旧Ⅶ組とサラの9名が姿を見せた。どうやら向こうも最奥部にいるアスベルの姿に驚きを隠せないのだろう。この状況ではボスみたいな感じであるため、悪戯心を含みつつ言葉を投げかけた。
「―――よく辿り着いたな。流石Ⅶ組といいたいところだが、及第点といったところか」
「貴方は……」
「アスベル殿。どうしてここに?」
「まあ、あの人の思惑に乗せられた被害者だと思ってくれ」
「やっぱり……」
「でも、引き受けたからにはやり遂げる。あの人から修行の仕上げを頼まれた以上、手は抜かない……お前たちが戦おうとする相手は、最早別次元の埒外と言ってもいいだろうしな」
そう言ってアスベルは片手で大剣を構える。武器のこともさることながら、その計り知れない実力に旧Ⅶ組の面々は驚きを隠せない。
「ちょ、ちょっと本気!? たった一人で僕たちを相手にするだなんて!!」
「いえ、それが出来るからこそ、なのでしょうね」
「うん。パッと見た感じ、<劫炎>と同等以上……その雰囲気すら感じる」
「これでも本来の得物より威力は1割ほど落ちるんだが―――先日は本当のことを言わずに済まなかった、と言っておこう。この里の長の名代として、<魔女の眷属>と盟約のある『教会』の人間として……其方達と似て異なる運命を生きる者として」
「その構え……まさか、アルゼイド流!?」
「―――あえて名乗るとするならば『京紫の瞬光』……それが俺の渾名。トールズ士官学院特科クラス“Ⅶ組”の面々、迫りくる帝国の危機に光を齎すだけの力を、見事示して見せよ!!」
1対9という数の差。とはいえ、大多数の敵相手に戦ってきたアスベルにとっては一個師団と誤差程度のものと考えて“本気の十歩手前”程度の力に留める。今回は彼らのギリギリ限界を見極めたうえで、勝利を譲る形とした。
「ふむ、悪くはない。及第点だな」
「はあ……はぁ……な、なんて強さだ」
「しかも、私たち全員を相手にしていたのに疲れている様子もない……団長相手でも勝てないだろうね」
「化け物と言う他ないな」
化け物とは心外な、と思いつつもアスベルは彼らの言葉に反応する。
「化け物の文言は帝国の“鉄血宰相”に言うべき台詞だろう。マキアス・レーグニッツ、フィー・クラウゼル、それにユーシス・アルバレア」
「なっ……!?」
「……名乗った覚えはないのに、よく解ったね」
「ちょっとした切っ掛けでね。エリオット・クレイグ、ガイウス・ウォーゼル、アリサ・ラインフォルト、ラウラ・S・アルゼイド、エマ・ミルスティン、そして旧Ⅶ組の担任教官であったサラ・バレスタイン……今は正遊撃士に戻った、と呼んだほうがよかったのかな?」
アスベルの出した名前に他のⅦ組の面々は驚きを口にする。その中で、ガイウスはアスベルに対して一つの問いかけを投げかけた。
「……この場で尋ねるべきか悩んだが、アスベル殿。貴方も『星杯騎士』なのか?」
「ガイウス?」
「この力を師から受け継いで、超常なる力を感じ取れるようになった。其方から感じるものはれっきとした『聖痕』の力。だが、先ほどはそれを一切使わずに加減をした上で俺たちと戦い切った。……正直に尋ねよう。貴方は一体何者なのだと?」
下手に隠せば面倒事になる。どこまでガイウスが他の守護騎士のことを聞いているかわからないが、こちらの第三位のこともあるとおもうので、アスベルは大剣をしまい、一息吐いてから言葉を紡ぐ。
「……その感じだと、第八位から受け継いだ『聖痕』ってところか。あの人はノルドに思い入れがあったから、解らなくもない話だが……回りくどいことは言わずに、結論を先に言おう。俺はこの世界と似て異なるゼムリア大陸の出身―――短く言えば『異世界人』ということになる」
「い、異世界!?」
「ああ。迎えが来るまでは皆も休みたいだろうし、ちょっと話に付き合ってくれ」
「て、テーブル……どこにそんなものが」
「最早何でもありだな。だが、休憩したかったのも事実だ」
「ええ。戦いよりも彼の言葉を聞いているだけで疲れそうだけれど」
ローゼリアが転移で迎えに来るのも時間がかかるだろう。なので、旧Ⅶ組の休憩もかねて軽めのお茶会をする。菓子類は保持していたものから帝都で買ったケーキ類にした。時間経過無効で無限に増えるケーキというのもシュールなものだが。
「―――俺が飛ばされた元の世界は七耀暦1204年11月下旬。エレボニア帝国の内戦が始まって約3週間が経過したあたりだな。俺が協力を申し出た理由はいろいろあるが、一番の理由はこれかな」
「それって、トールズ士官学院の生徒手帳……!?」
「ってことは、君もⅦ組なの?」
「ああ、れっきとした学生としてな。名前を知っていたのは、所属している殆どのメンバーが同じだったからさ。言っておくけど俺クラスの実力者は数人ぐらいで、残りはお前らと同じぐらいかな」
「いや、約2年前で今の僕らと同じ実力とは……」
「でも、いいの? そんなこと話して」
「正直な話、俺みたいな事象はあれども、その逆の可能性は限りなく低いからな。やり直しがきかない、一度きりだからこそだ」
未来の人間が過去に来る事象は知っているが、どのような条件で発動しているかわからない以上、どうにもできないという他ない。一応やろうと思えばその事象を引き起こすことは出来ると思うのだが……それを仕舞い込んでアスベルは説明を続ける。
「そして、今回は明確な加減をするために大剣を振るったが、俺の本来の得物はこの太刀―――“八葉一刀流”を会得している。これを使わなかったのは、どこかの士官学院の教官のことを想起して、動きが鈍る精神的動揺を避けるためだ。あの人なら容赦なくそうしろと言いそうだったので、何とか抑えてもらった」
「それで威力が落ちるといいつつも父以上の腕前、確かに見せてもらった。父の面影を見てしまい、些か躊躇ったが……これも良き機会とさせていただいた。感謝する……次はその太刀での手合いをしたいものだ」
「ラウラさん……」
「ラウラらしいね」
どんな世界でも彼女らしいセリフだと思いつつ、アスベルはさらに話し続ける。
「一通りの仕上げが終われば、俺は新Ⅶ組に同行する。あの3人をビシバシ鍛え上げて、最終的には単独で上位の執行者クラスを相手にできるぐらいにはさせるつもりだ」
「その様子だと本気のようだな」
「ああ。まだまだ荒削りの部分があるからな……それに、昨晩クルトから話を聞いてる限りだと、まだ二人いるって話も聞き及んでいる。無論、その二人もれっきとした対象だ」
未来が過去に与える影響は未知数のレベル。ならば、いっそのこと割り切って思いっきり強くするのも一手。過去ならば未来のことも考えるが、逆ならいくら女神の超常的な力でも因果律程度しか操作できないだろう。アスベルの考えたことに周囲は冷や汗を流した。
「(単独でアタシ達を退ける彼が育てたら、間違いなくあんた達が抜かれるわね)」
「(寧ろそんな未来しか見えなくなる……)ねえ、アスベル。私達に出来そうなものってないかな?」
「フィー?」
「新Ⅶ組の子達に置いてけぼりは食らいたくない。どうにかできる術があるなら、今は縋ってでも強くなる……リィンを助けるために」
その意思に変わりはない……他の面々が頷き、アスベルに視線を向ける。それを感じたアスベルはどうしたものかと考えた後、懐から透明のマスタークオーツを取り出す。
「えっと、これは……マスタークオーツ?」
「ああ。ARCUSⅡのサブマスタースロットにそれを填め込むだけでいい。後は実際に試してみてのお楽しみだ。今すぐ付けておけば、今夜あたりにでもそれが試せる……そんなもので、と思うかもしれないけど」
「ふむ……それほど短期間で効果が出るものなのか? にわかには疑わしいが……」
「それなら、まずは填めてみてくれ」
アスベルの言うとおりに全員がARCUSⅡにセットする。それを見たところでアスベルは星杯のメダルを取り出し、強制睡眠の法術をかける。すると、旧Ⅶ組の意識が遠くなっていく。眠った時の動きで紅茶や菓子類を被って惨事にならないような配慮は無論している。
とりあえず冷めてしまった紅茶を温めなおしていると、転移でローゼリアがやってきた。置かれているテーブルなどそうだが、眠っている旧Ⅶ組に疑問を感じていた。
「お主、何をしたんじゃ?」
「俗にいう『睡眠学習』というやつです。尤も、彼らは夢の中で死闘とも言えるような戦いを繰り広げていますが」
彼らの持っているARCUSⅡは淡い光を放ち続けている。先程渡したものはARCUSのリンク機能を生かして彼らに濃密な戦闘経験を積ませるためのもの。夢が覚めるとそのフィードバックで霊力が肉体に影響を与える仕組みとなっている。肉体を十全に回復させつつ戦闘経験を積むという非科学的な代物だが、超常的な力があるなら使わないのもおかしい話だ。
ともあれ、ローゼリアも紅茶とケーキを所望したのでお茶会の続きをしていると、そろそろ目覚める頃合いだとメダルで彼らを覚醒させる。するとARCUSⅡから白い光が包み込み、彼らを成長させる。
「ん……あ、ここは……」
「ふむ、起きたみたいじゃの」
「御祖母ちゃん!? というか、ちゃっかりねだったんですね」
「べ、別に強請ったわけではないぞ!?」
「それはともかく、効果のほどはどうかな?」
色々言いたいこともあるだろうが、アスベルが問いかけると旧Ⅶ組の面々は今までにない力強さを感じていた。『黒キ星杯』の時の強さにはまだ及ばないが、それでも先程の戦闘の時より体力や気力が満ちている感じがすると。
「これは凄いね」
「まあ、ARCUSのリンク機能を有効に使った結果もあるけど。そういえば、通信アプリもあるんだっけ?」
「はい。とは言っても最新型のARCUSⅡでないと……」
「これのことか?」
「って、持ってるんですか!?」
このARCUSⅡには何故かそのアプリである『Ⅶ組の輪』も入っていて、早速連絡先を交換する。通信については問題なく使えると思う。あとでクオーツ関連もそろえておくことを考えながら、片づけをして転移で迷宮の外に出た。
なお、その後で新Ⅶ組の修行の手伝いにつき合わされることになったのは言うまでもないが。
ということで暫くは裏Ⅱ編もといⅣ編となります。
相変わらずの不定期更新となりますが、今年もよろしくお願いします。
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外伝~関わった黄昏~(裏Ⅱ編開始)