No.980022 ウロボロス・イーター ① 人の世にさよならの日(ごきげんいかが(1))荒井文法さん
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2019-01-09 23:33:56 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:216 閲覧ユーザー数:216 |
野球ボールをバットで思いっきり打ってもバラバラになったりしない。打つたびにボールが壊れてたんじゃゲームにならないからね。そういうふうにボールは作られてる。
人間の体も同じようなもので、日常生活の衝撃くらいではバラバラになったりしない。それでも、衝撃力が大きくなれば、どこかが裂けたり、曲がったり、破裂したりする。
牧野の体は、そんな状態だった。牧野の体内のあらゆる臓器が破裂していたし、膝が痛々しい方向に九十度曲がっていたし、頭部の皮膚が裂けて地面を赤く濡らしていたし、そんな光景を目の当たりにすれば、どんな人間だって驚くし、恐怖を感じるのは当たり前だよね。
ましてや、牧野の幼馴染である水平(みひら)は、牧野が『そうなってしまった』現場に居合わせてしまったのだから、ショックで何も考えられず、ただ叫ぶだけだった。
牧野は高校へ行くために街頭を歩いていただけ。水平も同じ。いつもどおりの晴れた朝の街の風景。普段と少し違うのは、水平が牧野に告白するため、いつもより早い時間に通学していたことくらい。その告白が実行されないうちに、牧野は『吹き飛んだ』。正確には『叩き飛ばされた』。牧野の隣を歩いていた水平だけが『叩き飛ばされる』瞬間を見ていた。
ちょっと俯瞰してみよう。
ブレザーを着た牧野が歩道の上で倒れている。
セーラー服を着た水平がへたり込んでいる。
牧野と水平は十メートルほど離れている。
水平の目の前に白熊が立っている。
あ、ごめん、嘘。白熊じゃない。白熊に似せて存在してる人間の『意思』だ。僕たちは『コンセプタクト』って呼んでる。カンセプタクト。concept act。動き回る概念。『それ』が、牧野を叩き飛ばしたんだけど、まぁ、今の君たちには意味不明だね。申し訳ない。
その白熊を視認できるのは水平だけで、周囲の人間も、叩き飛ばされた牧野も、白熊が見えない。だから殆どの人間は、牧野が爆風に吹き飛ばされたと思ってる。水平が隣にいたのにね。
さて、白熊が現れた原因と目的は放っておくとして、このままだと間違いなく牧野は死んでしまう。というか、もう死んでるようなものだ。心肺停止で、救急車が来ても手の施しようが無いし、トリアージタッグなら文句無しの『黒』だ。
それでも牧野は生き残る。
お。
ほら、出て来た出て来た、牧野と水平のあいだから、真っ黒な空間の歪みと共に!
秋風神人(あきかぜしんと)と翡翠姫麗(ひすいきれい)だよ!
彼と彼女はどちらも最低人間クソヤロー(あ、翡翠は女だからクソメローだね)だから、ウロボロス・イーターを使って高レベルな不可現象を発現できる。
あ、そうか、君たちはまだウロボロス・イーターが実際に使われている場面を見たことがなかったんだったね。百聞は一見に如かずだ。よく見てて。
ほらほらほら、翡翠が牧野に近付いていくよ!
翡翠のネックレス、真っ黒でしょ? あれ、ウロボロス・イーターです。
ネックレスが、黒く光りながら、タツノオトシゴみたいに姿を変えていくのが見えるかい? 翡翠のウロボロス・イーターだ。略して、ヒスイーターだね、ふふ、こんなの翡翠に聞かれたら毒殺されてしまうよ、ああ怖い怖い、みんなも気を付けてね。
おっと、無駄話をしているあいだに、ヒスイーターの尻尾がステントに変わってるね。ステント。五年前に入院患者九人を毒殺した元看護師の翡翠らしいウロボロスだ。
そのステントが、牧野の体に、突き刺さる!
大丈夫、安心して、死体に鞭打ってるわけじゃない。あ、まだ死体じゃないね。まあそんなことはどうでもいいんだ。これで牧野は助かるんだから。
ステントが刺さった部分がどんどん黒く変色してるね。ぱっと見、壊死してるように見えるけど、逆なんだ。その証拠に、牧野の体、どんどん治ってるでしょ? 正確には、翡翠が『直してる』。文字どおり、牧野の細胞の修復機能なしで『直してる』。
え? よく見えないって? じゃあ今度はズームだ。
牧野の頭部の皮膚の裂け目が閉じていく。
牧野の膝が真っ直ぐになっていく。
牧野の臓器の細胞が元の場所に寄り集まっていく。
その修復すべてが、無数に枝分かれしたヒスイーターのステントによって為されている。
あ。生き返ったね、牧野。自発呼吸してる。もう安心だ。これで翡翠、百万円!
そして、翡翠が蘇生処置してるあいだに、秋風が白熊を排除してるね。あーもー、盛り上がりに欠けるねー。さすがクソヤロー代表の秋風くんだ。仕事が早いよ。そうやって九人の女性をナイフで手早く解体したんだね。天晴れだよ、白熊討伐、はい三百万円。
「やっぱおかしくない? できない奴のほうがもらえるなんて」
ほらー、翡翠ちゃん怒ってるよ。どうすんだい、秋風?
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負の感情の強さに比例して、特異な能力を発現させるデバイス『ウロボロス・イーター』。
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