No.977486

彼と、珈琲と、友情と

こしろ毬さん

今回はちょっと遡って、私立探偵の光一郎が、友人の星野紘次氏(私の友人のキャラです)の家に招かれるお話。このときもまだ結婚しておりません(笑)。
お互い、友人を持つつもりはなかったもの同士、どんな会話が交わされますでしょうか…?

2018-12-22 00:48:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:545   閲覧ユーザー数:545

「…ここが紘次さんちだよ」

 

所は東京・人形町。江戸情緒あふれる町並みの中に建つ日本家屋の前に立っている人影がふたつ。

 

土御門佑介と飛鷹光一郎が星野家に来ることになったきっかけは、光一郎の友人・星野紘次の一言だった。

「今度、もし都合がつきそうならうちに来てくれないかな」

電話でそう言われて、光一郎は初めは躊躇した。

紘次とは友人になったとは言え、図々しく人様の家に上がり込んでしまっていいものなのかと。

そう伝えれば、

 

「…正直に言うと、俺が飛鷹さんに会いたいんだよ」

 

ぼそっと拗ねた口調で言ったのには思わず、

「なんだよそれ」

と吹き出してしまった。

 

実際、探偵という職業は極端に言えば年中無休。休日という感覚がないのも等しい。

取れたとしても恐ろしくランダムな場合が多いのだ。

そういうこともあるため、なかなか会うことがかなわないというのが正直なところだろう。

そして土曜日に警視庁で会った佑介に、紘次から家に呼ばれたことを伝えると。

「俺も時々行くことあるし、一緒に行こうよ」

にこっと笑顔で返された。

こうして、予定がないことを確認してから助手の霧島陽司と秘書の三杉瑠衣に休日を言い渡し、佑介とともに星野家にたどり着いたというわけである。

 

佑介がインターホンを押すと…。

「…やあ、いらっしゃい」

からっと引き戸が開き、笑顔で出迎えたのは紘次。

「珍しいですね、紘次さんが出てくるなんて」

「そりゃ、今回は“俺の”お客様なんだから当然だろ」

悪戯な表情で言う佑介に、紘次はちょっとじと目になる。

それをくすくす笑いながら見ている光一郎に。

「…今日は、来てくれてありがとう」

「こちらこそ、お招きに預かり光栄です」

そう言い笑い合う紘次と光一郎を、こちらも微笑ましげに見ている佑介であった。

 

そうして中に通され居間にたどり着くと、粋な風情の着物姿の老婦人が出迎える。

紘次の祖母のやち代だ。

「いらっしゃい、よくおいでなすったね。坊も」

「こちらこそ、お招き頂いて恐縮です」

穏やかな表情のやち代に、申し訳なさそうに答えると。

「何言ってるんだい。飛鷹さんには世話になったばかりか、この莫迦の我が儘も聞いてもらって」

紘次を一瞥して。

「まったく。『会いたい』だなんて恋の始まりじゃあるまいし」

「やち代さんっ!」

呆れた口調のやち代と、慌てる紘次。

そのふたりのやりとりに、佑介も光一郎もあらぬ方を向いて、大いに吹き出してしまう。

「ま、立ち話もなんだから座っておくれな。足は崩してもいいから」

かすかに微笑んでふたりを促した。

 

「お久しぶりです、飛鷹さん」

娘の芙美とともに居間に入ってきたのは、紘次の妻・咲子。

芙美は「ゆうちゃんv」と座っている佑介の元にとてて…と駆け寄る。

「咲子さん。…その節ではどうも」

一旦正座になり、にこりと会釈する光一郎を見て。

「…このかっこいいおじちゃん、だあれ?」

向かいに座っている父に問えば。

「お父さんのお友達だよ」

「おともだち?」

笑顔で答える。すると芙美もにっこーと笑みを浮かべ、再び視線を光一郎に向けた。

「娘の芙美だよ」

そんな芙美に、

「よろしくね、芙美ちゃん」

優しい笑みを浮かべて言う。

光一郎は普段の表情ががどちらかというときつめなのはわかっているので、怖がらせないか不安だった。

その割には、事務所付近の子供たちには何故か懐かれてたりするのだが。

子供たちからは「ひだかのおじちゃん」「こーいっちゃん」などと呼ばれている。

 

芙美はじっと光一郎を見ていたかと思うと。

「……!?」

その頭を、小さい手で撫でていた。

「…芙美ちゃん…?」

「だいじょうぶだよ。おじちゃん」

「!」

 

――この子は…

 

目線だけで紘次を見れば、苦笑を浮かべていた。隣の咲子も。

 

芙美は巫女だった母方の曾祖母にあたる由利の血を色濃く引いているのか、時々見えざるものを視たりする。

それは幼いながらも人の本質を見抜くという形で現れているようだ。

つまり、善人か悪人かというのがわかるようなのである。

それを見ていたやち代も。

(初めて会った時も思ったけど。このお人も重いものを背負ってるんだろうね)

ふっと目を細める。

(だからあの時も、紘次を後押しして支えてくれたのかねえ…)

どこか優しげな眼差しで、光一郎を見ていた。

 

すると、芙美は何を思ったか胡座に戻した光一郎の足の中にすとんと座ってしまった。

「芙美ちゃん?」

光一郎も佑介も目を瞬かせている。

「ふーみ。こっち来なさい」

飲み物を用意しようと立ち上がりかけた咲子が、自分と紘次の間を指すが。

「や~、ここがいい」

そのやりとりに苦笑して。

「構いませんよ、咲子さん。子供は好きなほうですから」

「すみません。…にしても珍しいわね。いつもは佑介くんにべったりなのに」

申し訳なさそうに言いつつ、娘に。

「おとなしくしてるのよ、芙美」

「はあい」

母親のお許しをもらって、満面の笑みの芙美だ。

 

キッチンに向かう妻に、

「あ、咲子。あのコーヒーでな」

悪戯な表情で言う紘次。

咲子は一瞬目を見開くが、しょうがないわね…という風に苦笑した。

「…紘次、あのコーヒーって?」

芙美の相手をしながら問うと。

「ああ、取引先から面白いコーヒーをもらったんだ。飛鷹さんと佑介にも飲ませたいと思ってさ」

変わらず楽しげだ。

どんなのだろう…という表情で、光一郎と佑介は顔を見合わせた。

 

やがて、咲子がコーヒーを乗せたトレイを持ってきた。やち代と芙美にはお茶を。

「…あ、美味しいですね。このコーヒー」

ね、と光一郎を見れば。

「独特の苦味があるな。でも見たところ特に変わった感じは…」

ふたりの反応に紘次はにんまりとして、

「そのコーヒー、コピ・ルアクというんだ」

「コピ・ルアク?」

光一郎が少し目を見開いて、

「それってあれか? ジャコウネコの糞から採れるという…」

 

ぶっ、

 

むせたのは佑介で。

「げほっ、ごほごほっ…。ね、猫の糞!?」

「正確に言えば、それと一緒に出てきた未消化のコーヒー豆を使うんだがな」

佑介の様子に笑いながら説明する光一郎だ。

 

ジャコウネコは、熟したコーヒーの実を好んで食べる。

だがその種子であるコーヒー豆は消化されずに、そのまま排泄される。

それを糞の中から取りだし、よく洗って高温で焙煎されたコーヒーが「コピ・ルアク」だ。

独特の複雑な香味を持つらしく、煎り過ぎて香りが飛ばないように浅煎りで飲むのがよいと言われている。

一説によると、ジャコウネコ腸内の消化酵素の働きや腸内細菌による発酵によって、コーヒーに独特の香味が加わるという。

 

「…そうなんだ。知らなかったな~、そういうコーヒーがあるなんて」

カップの中のコーヒーをまじまじと見る。

「でもコピ・ルアクって、結構高いんじゃないか?」

光一郎が紘次を振り返ると。

「そうらしい。今だとジャコウネコの養殖をするところも増えたから比較的手に入りやすくなってるが、野生のジャコウネコのものだとやはりかなりの高値だとか」

「なんにしても、希少性のあるコーヒーだってことさね。それを人様に出すってことは特別ということさ」

お茶をすすりながらさらりというやち代に、

「やち代さん…}

皆は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

そうしていると、変わらず胡座をしている光一郎の上にいた芙美がお茶に手を伸ばそうとするのを。

「はい、芙美ちゃん」

「ありがと~♪」

にぱっと光一郎を見上げる芙美。

「…そーしてると、お父さんみたいだよね。飛鷹さん」

「佑…。何言ってんだよ、おまえは」

にっと悪戯な笑みで言う佑介に、光一郎は半眼になる。

「…そういえば、飛鷹さんにはご家族はいるのかい?」

やち代の問いに、佑介と紘次は「あ」という表情になる。だが光一郎は。

「今はひとりです。両親は小学校の頃に死んで、6年前には弟も亡くなりましたから」

穏やかな表情で答える。

「それは…悪いこと聞いちまったね」

「いえ。だから今は気楽なものですよ」

申し訳なさそうなやち代に、おどけるような口調で言う。

 

その空気を変えようと、佑介が。

「でもさ、もうすぐ家族になるひとはいるんだよね?」

その台詞に、今度は光一郎がコーヒーを吹き出しそうになる。

「あら。飛鷹さんにもそういう女性(ひと)がいるんですね」

咲子がにこにことして言えば。

「どういうひとなんだろな~」

紘次はどこかにやにやしている。

「紘次…。おまえも会ってるぞ、彼女には」

「え?」

諦めたような表情で言うと、紘次は僅かに目を見開く。

「初めて話した時に、俺の事務所にいた…」

「…あ!」

 

あの時、初めて光一郎の探偵事務所に来たときに、コーヒーを出してくれた髪の長い女性。

 

「そうか、あのひとがそうだったのか」

うんうんと納得したように言うが。

「…そう言いながら、ほとんど覚えてないだろ。そもそも目に入ってなかったろうし」

「うっ」

呆れた口調で言われ、言葉に詰まってしまう。

 

そんなふたりにくすくすと笑い声が広がる。

「よくわかってるね、飛鷹さんは。紘次は咲子にべた惚れだからね」

「やち代さんっ!」

咲子が真っ赤になるのはわかるが、紘次も珍しく僅かに赤くなっていた。

「そんなことないですよ。…えっと」

「…やち代でいいさね。あたしゃ名前でしか呼ばれたことないし」

光一郎が、自分のことをどう呼べばいいか迷っているのを感じて告げる。

「ありがとうございます」

一言お礼を言ってから紘次を見て。

「やち代さんには、紘次も頭が上がらないんだなというのがよくわかりました」

まだ少し笑いが残る表情で言う。

「飛鷹さんまで…」

情けない声になる紘次に、再び笑いが広がった。

 

その後も話は色んな所に飛び、楽しく和やかな時間は過ぎていった。

 

 

「今日はお邪魔しました」

光一郎がぺこりと頭を下げる。

「こちらこそ、たいしたもてなしができずに申し訳なかったね」

「いえ、そんな。とても楽しい時間を過ごさせて頂きました」

にこりとやち代に笑いかけると。

「…飛鷹さん」

「はい?」

少し改まった表情のやち代に、光一郎は驚いたように目を瞬かせる。

「こんな、莫迦でどうしようもない孫だけど…これからもよろしくしておくれね」

深々と頭を下げる。

「ちょっ…。やめてください、やち代さん」

慌てて頭を上げるように言う。そして。

「…それは、こちらがお願いしたいくらいですよ」

穏やかな笑みで返す。

「こちらこそ…よろしくお願いします」

 

 

それじゃ、帰ろうかという時。

 

ピピヒッ、ピピピッ、

 

鳴ったのは光一郎の携帯。

「はい、飛鷹です…あ、真先さん。…はい、…え? 渋谷で? …わかりました、すぐ行きます」

そう言って携帯を切ると。

「すまん、佑。送ってやれなくなった」

「大丈夫だよ。って、事件?」

心配顔で尋ねる。

「渋谷で殺しだと。ったく、タイミング悪いったら…」

「気をつけてね」

苦虫をかみつぶしたような顔になる光一郎に、佑介は苦笑気味になってしまう。

「サンキュ。佑も気をつけて帰れよ。…紘次もまたな」

「ああ。今日は本当にありがとう」

紘次の言葉に返事するかのように片手を上げて、光一郎は愛車を止めてある駐車場へと駆けていった。

 

「…やっぱり、探偵って大変なんだな」

「特に飛鷹さんは警視庁の嘱託だし…尚更だと思いますよ」

 

光一郎の後ろ姿を見つつ、溜め息交じりになる紘次と佑介であった。

 

 

 


 
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