No.977463

フレームアームズ・ガール外伝~その大きな手で私を抱いて~ ep1

コマネチさん

ep1『ヒカルと量産型スティレット』

 休んでる間にラブコメに興味が出てきたので書いてみました。轟雷の時よりは責任もって書いたつもりです。

2018-12-21 22:45:16 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:919   閲覧ユーザー数:911

「あー……やらかした」

 

 真上に太陽の輝く昼時。高校の中庭でベンチに座った少年がぼやく。時刻は昼休みとなり、各々の生徒が昼食の準備に取り掛かる。ある者は持ってきた弁当を広げ、ある者は購買へ、コンビニへと足を運ぶ。

 無論この少年も弁当を持ってきて意気揚々と机に弁当を広げる……といきたかったが、鞄の中を探しても見つからない。早弁で食べた覚えもない。忘れたな……と少年は結論付けた。

 

「どうしたのさ。いつものテストの赤点取った時みたいな顔して」

 

 友人が少年に話しかける。昼休みはいつも一緒に食べる気安い仲だ。更に部活、バスケ部の後輩を含めての三人が中庭のベンチに座る。ここでの昼食が男三人による華の無い憩いの時間だ。ちなみに友人は部活は一緒ではない。

 

「悪い。弁当忘れちゃったよ。ちょっとコンビニまで行ってくるわ」

 

 少年は立ち上がる。運動部らしい引き締まった体つきが目立つ。

 

「あーぁ、こりゃ後が怖いねぇ」

 

「?なんでさ」

 

「だって毎朝起こしてくれる彼女が作ってくれる弁当だろ?」

 

「忘れたら彼女泣いちゃうぜ」と友人が付け足す。

 

「うそぉ!?先輩彼女いたんスか?!」と後輩が口を開く。

 

「うそぉ!?ってひでぇなおい!」

 

「あ、スンマセン。いやだって先輩、学年一のスケベ魔人って異名で、女子の評価散々じゃないですか!」

 

「謝ってる意味がない!!」

 

「反論は出来ないよな。クラス一の脳筋でその上どスケベ」

 

「こないだの部活秘蔵のエロ本没収騒動で、一番必死に先生に懇願してましたからね先輩。血涙流す位に」

 

 と、その時だった。

 

「あー、いたいた。探したわよマスター」

 

 上空からの黄色い声、一つの影が男達の前に降り立つ。蒼い装甲をまとった少女だ。それも15㎝程度しかない。可憐な顔つきとサブアームに握られた大型のランス。そして各部のブースターとジェットエンジン。

「あ!フレームアームズ・ガール!」

 

 目線の高さでホバリングする少女に対して後輩が声を上げる。フレームアームズ・ガール(以下FAG)。ナノマシンで構成された肌とプラスチックの武装。ASと呼ばれる人工自我を持ち、その表情豊かさは人間に限りなく近い新世代ホビーだ。

 

「あれスティレット。どうしたよ」

 

「マスター。見て解らないの?!これよこれ!」

 

 スティレットと呼ばれたFAGはサブアームに吊るされた物を突き出す。ナプキンで包まれた弁当箱だった。

 

「あ、俺の弁当!」

 

「なーにが俺の弁当よ!今朝早く起こしたのに二度寝してギリギリで慌てて起きるからでしょ!」

 

「別にいいだろー。部活で疲れてたんだからさ!」

 

「どうだか、遅くまで……あ、あんなハレンチな本読んでるからでしょうが!」

 

 途中から顔を赤らめどもるスティレット。ハレンチ、という物は別に説明不要なあれだ。

 

「バカ!後輩見てる前で言うなよ!」

 

「知らないわよ!学生ならもっと健全な物に打ち込みなさい!」

 

「だから部活に打ち込んでるんでしょうが!」

 

 口喧嘩を続ける少年とスティレット。後輩は予想していたスティレットのイメージとのギャップに唖然としていた。

 

「彼女って、あのFAGなんですか?」

 

「まぁね。アイツが面倒見てる内になんかあんな関係になっちゃってさ」

 

「まるで幼馴染だ……」

 

「ちょっとそこのあなた達!」

 

 話している二人にスティレットは食って掛かる。

 

「彼女じゃないわよ!私達FAGは人間とのコミュニケーションが目的だもの!こういったやり取りは想定の内よ!」

 

「あ、そうなの?」と後輩。

 

「そうよ!覚えておきなさい!私達は所詮人形!」

 

 そう言ってスティレットはマスターである少年に向き直る。また何か言おうとしたが、今ので興味が削がれてしまったようだ。

 

「まぁいいわ。ここで言い争い続けていてもバッテリーの無駄よ」

 

「ったく、弁当届けに来たなら素直に置いて行けよ」

 

「フンだ。……毎朝四時に起きて仕込みやってて、それで忘れましたなんてやられたらこうもなるわよ」

 

「な、なに?!」

 

 頬を膨らませながらぼやくスティレット。そして初めて知る弁当の秘密にたじろく少年。

 

「こりゃお前が悪いな」

 

「先輩。女の子泣かせちゃ最低っす」

 

 友人と後輩もスティレットに加勢する。

 

「げぇぇ!お前ら裏切るなよ!」

 

「どうせ味方するなら綺麗な方の味方をしたいだろ」

 

「可愛いは正義っす」

 

「フフン、FAGは繊細なんだから!大事に扱いなさい!」

 

「……大事にはしてるつもりだよ」

 

 そう言った時だけ、少年の顔はさっきまでの軽い顔ではなく、真剣な顔つきとなった。それを察する様にスティレットも「あ……」と黙る。

 

「……ゴメン……マスター」

 

「……なんてな。気にすんなよ」

 

 元の軽い笑顔になってスティレットを、場を和ます少年。

 

「うん……さて、私も暇じゃないもの。もう帰るからね」

 

 スティレットも又、しゅんとした表情から、さっきまでの凛とした表情へと戻った。

 

「雨に気を付けろよ」

 

「今日は雲一つない天気だから大丈夫よ。後マスター」

 

「なんだよ」

 

「残さずちゃんと食べてよね。後感想も」

 

 楽しみにしてるから。そう言いたげな表情だ。その時少年の心は和む。

 

「あぁ」

 

「加えてマスター」

 

「だからなんだよ」

 

「捨てるからね。あの本『むっちんプリン』シリーズ」

 

 不潔よ!そう言いたげな表情だった。その時少年に衝撃が走る!

 

「ま!待ってくれ!それだけは勘弁してくれ!」

 

「問答無用!じゃあね!!」

 

 意地悪そうに舌を出すスティレット。そう言って小さな彼女は空高く舞い上がって行った。

 

「こうしちゃいられねぇ!今日は早退してむっちんプリンを守らなければ!」

 

「先輩、今日の部活他校との練習試合っす」

 

「レギュラーメンバーがそんな理由で休んじゃいけないよなー」

 

「ぐぁぁ!人は解り合う事は出来ないのかぁぁ!!神よ!何故この世はこんなにも理不尽なのですかぁぁ!!」

 

 あまりにも冷たい現実に、少年の絶叫が中庭に木霊した。……今日も平和である。

 

 

 硝煙立ち込める空港の上空でスティレットは飛ぶ。ここはセッションベースによるバトルステージ、ステージは空港だ。敵を探すスティレット。

 

「出てきなさい!私が怖くなったのかしら!?」

 

 次の瞬間、ハンガーの出入り口からミサイルがスティレット目掛けて飛んでくる。かなりの数だ。

 

「ミサイル程度で!」

 

 スティレットは本体の手に握られたガトリングガンを撃ちながら迎撃。漏らしたミサイルもスティレットはサブアームの刀で切り払う。

 

「これ位のミサイル!引き離すまでもないわ!」

 

「でもその場にとどまったのは失敗よねぇ」

 

「っ!?」

 

 スティレットは声のした後方を見る。パワードスーツ型のサポートメカ『ギガンティックアームズ』にまたがった片目隠れロングのFAGが、スティレットを捕まえる。そのまま地面に真っ逆さまに落ちる。

 

「放しなさい!」

 

 向かい合う形でサブアームを掴まれたスティレットが叫んだ。

 

「そうはいかないわ!防御の弱いスティレットタイプならこの高さでイチコロよ!」

 

「警告はしたわよ」

 

 掴まれたまま落とされるスティレットはいたって冷静だった。不審に思ったFAG、レーフは次の瞬間に自分のギガンティックアームズに大きな衝撃が走るのを感じた。そして次の瞬間ギガンティックアームズは爆発炎上。

 

「何?!これは!」

 

「だから言ったでしょう。私の膝蹴りは痛いんだから」

 

 見るとスティレットの膝部から細長いドリルが突き出しているのが見えた。レーフのすぐ横に深々と突き刺さったドリルをスティレットは引き抜き脱出。そのまま地面に落ちて爆散するレーフとギガンティックアームズ。それを地面に降り立ったスティレットは眺める。

 

「お姉ちゃんを!よくも!」

 

 更にミサイルが飛んでくると共に、さっきのハンガーから二機目のギガンティックアームズが壁を突き破って突っ込んでくる。妹のライだ。そのまま対処が間に合わず爆風に晒されるスティレット。その場にミサイルは立て続けに降り続け、舗装された地面は爆発によって見る影もなくなってゆく。

 

「ふふん。跡形もなくなっちゃったわね」

 

 破壊の後を見ながら得意げになるライ、しかし次の瞬間。

 

「わざと受けたのよ」

 

「何?!どこにいるの?!ッ!」

 

 次の瞬間、スティレットがドリルランスを突き出して地面から飛び出してきた。ギガンティックアームズの真下だ。操縦しているライが気づいた時はもう遅い。そのままギガンティックアームズは貫かれて爆散。地面を掘り進んでミサイルを回避。そして移動したのだ。

 

「おねぇちゃーん!!」

 

 ライの断末魔に目もくれず、スティレットは次の相手を探す。

 

「雑魚の相手は飽きたわよ。もう出てきたらどうなの轟雷」

 

「いいでしょう。こちらもあらかた片付いた所です!」

 

 そう言うと、スティレット同様にサブアームと長い脚部を持ったFAGが飛び出してくる。その名は轟雷。

 

「私のリナシメントアーマーと!」

 

「キマリスアーマー!どっちが優れているか決着をつけるわよ!!」

 

 大剣と大鉈をサブアームに持たせる轟雷、ドリルランスと刀を持ち突撃するスティレット。

 

「ぅおおっ!!」

 

 スティレットのランスを大剣で防ぎ、大鉈のパイルを向ける轟雷。

 

「はぁぁっ!!」

 

 そのパイル付大鉈を発射直前に刀で弾くスティレット。そのまま膝のドリル『ダインスレイヴ』で仕留めようとするが轟雷も銃剣で突き刺そうとする。いったん離れる二人。そのまま何度もお互いの武装を打ち付けた。

 

「はー、二人とも頑張っちゃってまぁ」

 

 それを見ながら敗退したFAG、レーフがバトルの壮絶さにため息をあげる。勝てるわけないわ。といった表情だ。

 

「私達も頑張ったんだけどねぇ、さすがライバルとうたわれた二人」

 

 その横でライもぼやく。しかし更にその隣、レティシアとイノセンティアは目を爛々と輝かす。

 

「凄い!凄いです!轟雷さんの他に、このお店にこんなに強いFAGがいたなんて!」

 

「どうしてこの間の大会では出なかったんですか?!」

 

「新人のあなた達は知らないか。あの二人は元々ライバル関係で互いに競い合っていた仲よ」

 

「ちょっとトラブルあってね。暫くここに来れない時があって。その間に轟雷がバトルで勝ち星を上げてたから、戦績的には轟雷の方が上になっちゃったわけ」

 

「いわば無冠の帝王だねアイツは」

 

「へぇー」

 

 まるで憧れのアイドルの様に見る二人、その視線の先の二人は舞うように戦いを続ける。

 暫くして時間切れのアナウンスと共にバトルは終了。バトルステージは解除され、模型店の中と切り替わる。二人の緊張の糸は切れ。その場に。息を上げながら仰向けに倒れた。

 

「ハッ!ハッ!暫く来ないと思ったら全然なまってないじゃないですか!」

 

「ハァーッ!ハァーッ!当然よ!こっちは私生活でもバトルみたいな生活してんだから!」

 

「屈辱ですよー。今回も引き分けかぁー!」

 

バトルが終わり、それぞれのFAGが専用の椅子とテーブルに座る。彼女たちの大きさに合わせた施設の様な物だ。大きさはドールハウスとほぼ同じ。自立可動のFAGはマスターの自宅を拠点に、ここを集会所の様に使う事も多い。

 

「それにしても悔しいわ。新しい後輩の子が出来たっていうから、その子達の前で轟雷倒そうと思ったのに」

 

「意地悪ですねスティレット。レティシア、イノセンティア、彼女はこういう意地悪な奴なんですよ。覚えておいてくださいね」

 

 新入りの後輩二人に告げる二人。二人は何と言っていいか解らず苦笑い。

 

「あなたが言えた事かしら。バン○イにケンカ売るなんて馬鹿丸出しな考えのあなたが、後輩から憧れるだけのFAGとは思えないわ。あなた達、憧れるなら私にしなさい」

 

 再び頷くわけにもいかず苦笑いの二人。

 

「あ、あの、なんだか轟雷さんとは随分違ったFAGなんですね」

 

 話題を変えようとするレティシア。

 

「そうね。こいつと違って私は自分の相応ってのを理解してるつもりよ。所詮私達は人形。第二世代型FAGはずっと人間に近い情緒を与えられたけど、それは覆せないわ」

 

 第二世代、というのは轟雷やレティシア達の事だ。その前の第一世代FAGは自我を持たず。簡単な受け答えができる程度の知能しか与えられていない。

 なおも轟雷を比較するスティレット。藪蛇だったと言葉を止めるレティシア。

 

「あ!だったら!スティレットさんのマスターってどんな人なんですか!?」

 

 今度はイノセンティアだ。FAGにとってマスターの話は自分の存在理由に直結する話でもある。

 

「?私のマスターは……そうね。馬鹿でスケベだけど、放っておけない奴。かな」

 

 強気そうな顔から一転して乙女の顔になるスティレット。

 

「優しい人なんですよ。スティレットのマスターは」

 

 轟雷がスティレットのフォローをする。さっきまで怒っていたとは思えない穏やかな表情だった。

 

「よしてよ。私が毎朝起こしてあげないと全然起きない奴よ。いっつもバスケのユニフォーム汗臭くしてさ。なんで人間ってあんな一時の事に夢中になるのかしら、こないだだって夏風邪ひいちゃって、無理してバスケの大会出たんだから。ほんっとワケ解んない」

 

「その時、風邪が悪化して、スティレット凄く取り乱してましたよね。『マスター死んじゃったらどうしようー!』って大泣きして」

 

「な!なによ!マスターが大事なのはFAG共通でしょ!」

 

「それで必死に看病してたんですよ彼女は、風邪が完治した時は本当にいい笑顔したんですよ」

 

「何よ。私は転勤してるマスターのご両親からマスターを任されてるのよ。それ位当然の事なんだから」

 

――だからつい最近までここへ来れなかったのか――と納得する新人二人。今のスティレットは凄く誇り高そうだ。

 

 

「なぁスティレット。洗濯位は俺がやるって」

 

 家に帰って、スティレットは家事全般をこなす。そんなスティレットに風呂から上がったマスターが声をかける。マスターにとっては家事をFAGに任せるのは少々むずかゆい。

 

「洗濯のイロハも知らないならひっこんでいてよマスター。以前無理やりやって色が移ったのは誰かしら?」

 

 そう言いながらテキパキと自分以上の大きさの洗濯物を、洗濯機に放り込み。手順をこなしていくスティレット。完全に慣れている。この洗面所は完全にスティレットの独壇場だ。ちなみにFAGのナノマシンは水に弱いので、食器洗いは食器洗浄機に任せてある。

 

「それを言われると……でもなんかお前に頼りっぱなしってのも情けなくなるなぁ」

 

「頼っていいのよ。私達は人形なんだから」

 

「そっか。で……スティレット。本当にお前あの本捨てたのか?」

 

 あの本、言うまでもなく昼に話していたあの本、数冊セットだ。

 

「むっちんプリンシリーズなら言ったでしょ?あんなのにうつつを抜かしてたら彼女なんてできないわよ」

 

 こんな美少女が傍にいるのに……そうスティレットは言いたいがこらえる。

 

「そうか。……で、スティレット、もう一つ話があるんだが」

 

「何よ。後はスイッチ押すだけだから待ってよ」

 

 そう言ってスティレットは洗濯機のスイッチを入れた。脱水までかければ残りの水気はFAGでも耐えられる。

 

「で、何?」

 

 そう言うスティレットにマスターは二枚の紙を突きつける。

 

「今週の日曜。遊園地に一緒に行かないか?」

 

 きょとんとなるスティレット。二枚の紙は遊園地のフリーパスチケットだった。みるみるうちに真っ赤になるスティレット。

 

「そ!それってデート?!ば!バッカじゃないの!?そういうのは人間の彼女と行くもんでしょ?!なんで私が!」

 

「いや、日頃お前にはお世話になってるからさ。そのお礼も込めて」

 

「~何よ。そんなんで釣ったってむっちんプリンは戻ってこないわよ……。」

 

「それは関係ないよ。お前には純粋に感謝の気持ちがあるんだよ」

 

「ふ、ふーん。まぁいいわ。折角の申し出ですもの。精々彼女が出来た時の予行練習にでもするのね」

 

「おう。じゃOKだな。じゃあまた後で細かい日程を決めるから」

 

 そう言ってマスターは洗面所を出る。いなくなった直後にスティレットは振動する洗濯機に降り立つと悶絶しながらもんどりうつ。

 

――きゃー!!マスターにデートに誘われちゃった!お弁当は腕によりをかけて作らなくちゃ!どんな服着ていこう!お小遣いは貯まってるから新しい一張羅買わないと!どの手順で回ろうかな!!きゃーきゃー!!――

 

 スティレットが洗濯機の上でゴロゴロ転がってる中、洗面所の入り口付近で、彼女のマスターはそれをこっそり覗いていた。

 

――本当は部活の罰ゲームってのもあるんだけどさ……、でもアイツが喜んでくれて良かった――

 

 そうスティレットの嬉しそうな挙動に安堵するマスターだった。

 

――

 

「えー!マスターと遊園地ですか?!」

 

 翌日、いつもの集合する模型店でいつもの様にFAG達が会って思い思いの時間を過ごす。当然スティレットは遊園地に誘われたことを話した。

 

「そうよ。まぁFAGとデートなんて寂しい男のする事だから、私は断ったんだけどね。どうしてもってマスターが言うもんだから仕方なーく了解してあげたの。私って罪な女ね」

 

――絶対二つ返事で了解したよね――

 

――よくこんな風にいけしゃあしゃあと嘘をつけるわよ。しかもマスターをだしに使って――

 

 と冷めた態度で見抜くアント姉妹。割とスティレットは単純だったりする。

 

「そこ!勝手な事言わない!」

 

「で、どうするんですか?服装は?マスターとおでかけなんて憧れます!」

 

「そうね。店内のアゾンコーナーを見て回るつもりだから皆も来るかしら?」

 

 アゾンというのは専門ドールやドールの服飾等で知られるメーカーだ(※実在します)。規格があってるのでFAGにも当然着せることが出来る(※実際にコラボもしました)。

 

「私も見て回りますスティレット!アサルトリリィのアームズコレクション『トリグラフ』が欲しかったところです!あれがあれば『深夜の大きいお友達向け魔法少女ごっこ』がもっと盛り上がります!リリカルなんたらに出てきそうな武器セットですから!」

 

「アサルトリリィごっこじゃないんかい!!どっちにしても変な遊びね!」

 

 スティレットと轟雷の漫才。それも昨日と打って変わってどこか微笑ましい。お互いの仲が本当は良いのだというのがイノセンティア達にも解った。

 

「嬉しそうだね。スティレットさん」

 

「うん。あそこまでマスターが好きな人って初めて見たわ」

 

 生き生きとしたスティレットを興味深そうに見る。それにレーフが付け加える。

 

「そうね。あの子はマスターが本当に大好きだから。それは見て解るでしょう?」

 

「でもさ。こんな事を言うのもあれだけど……」

 

 それにライが付け加える。

 

「FAGが遊園地行くのにチケットって必要なの?私達は人間じゃないよ?」

 

「それだったら……問題ないね……」

 

 次の瞬間、レティシア達の前に一体のFAGが降りてくる。前回轟雷と戦った迅雷だ。

 

「ボクもマスターと一緒に映画を見に行った事があるけどね……。その時はあらかじめ申請して、ボクだけ精密検査して、なんらかの処置を施されて映画見たから……」

 

「それ、映画の盗撮されたら困るからの処置でしょうが……」

 

 私達精密機械なんだから、とレーフは呆れた。

 

 

 そうこうしてる内に日曜日がやってきた。

 

「遅いなー、あいつ先に俺を向かわせるとか何考えてんだ?」

 

 遊園地の入り口でスティレットを待つマスター。そしてそこから少し離れたしげみの中。

 

「スティレット来ませんねー。なにやってんだか」

 

「デートで先に彼氏を待たせておく演出でしょ?本当にあざといわねあいつー」

 

 スティレットのマスターの友人兼、轟雷のマスター(※冒頭で昼食を食べていた友人ね)の鞄から身を乗り出して轟雷とライは眺める。

 

「あんま身を乗り出さないでくれよ。君らのマスターから預かってる以上、万が一にも落とすわけにはいかないんだからさ」

 

「解ってますよ。今日はよろしくお願いします」

 

「轟雷さんのマスターがスティレットさんのマスターと友達だったとは知りませんでした」

 

 と、レティシアが鞄から顔を覗かせて言った。

 

「俺が様子見して皆に報告する役なんだ。面白いシーンがあったら撮影しないと」

 

「趣味が悪いですよマスター。スティレットにばれたら怖いどころじゃないですよ」

 

「お前らが言えた事かよー。見に行きたいって皆ゾロゾロ来てさ」

 

「友人のデートですよ!面白そうに決まってるじゃないですか!」

 

 轟雷の発言に全員がうんうんと頷く。鞄に入ってるのは轟雷、レティシア、イノセンティア、そしてアント姉妹の五人だ。

 

「あ、見て。来たよ」

 

 ライが言うと、スティレットがマスターに飛んでくるのが見えた。

 

「ごめんね。待った?」

 

 おろしたての青いワンピースを着たスティレットがバスケットを抱えて飛んできた。彼女の力では持ちきれないのか装備はサブアーム部と、飛ぶ為の背中のジェットエンジンだけはとりつけてある。

 

「ってお前が先に行けって言ったんでしょうが」

 

「もう。そこは『俺も今来たところ』って言いなさいよ」

 

「まぁお前が楽しそうで何より」

 

「フンだ。彼女役になってあげたんだから感謝なさい」

 

 そうこうしてる内に他の家族連れやカップルはどんどん園内に入ってる。開園時間はとっくに過ぎていた。

 

「とにかく入ろうぜ。高校生一枚です」

 

 入口の受付にフリーパスを手渡すマスター。それにスティレットもわくわくしながら続く。

 

「なんて言うべきかしら。あ、FAG一枚」

 

「あの、お客様?」

 

 受付の女性がマスターに話しかける。はいとマスターは応じた。

 

「人間で無いのでしたら、園内の入園は自由ですが。ですがもし壊れてしまっても自己責任となりますが……」

 

 所持品としての扱いだった。その扱いに一瞬でスティレットの笑顔が消える。

 

「あ!すいません大丈夫です!ホラ行くぞスティレット!」

 

 スティレットのコンディションを見るや少年はスティレットを掴むと一目散に園内に走っていく。

 

「しょ、しょっぱなからキツイわねスティレット……」

 

「やった!じゃあ私達はタダで遊園地遊べるねお姉ちゃん!」

 

「ネタで言ってんでしょうけど、空気読みなさいライ」

 

 轟雷達が聞いた事のないドスの聞いた声で答えるレーフ。ライは萎縮して「はい……」と力なく答えた。

 

「そんな顔すんなよ。とりあえず来たんだから遊ぼうぜ」

 

「FAGなんかと遊園地来たら皆に笑われちゃうわよ……」

 

 今ので不機嫌になるスティレット。

 

「何言ってんだよ。お前あんなに熱心にどこを回るか楽しみにしてたじゃないか。弁当まで作ってさ」

 

「……うん」

 

「じゃあ行くぞ。まずお前どこ行きたい?」

 

「あ、じゃあジェットコースター!」

 

 

「申し訳ございません。身長制限で135㎝以上は乗れません」

 

「」

 

「じゃ!じゃあコーヒーカップ!」

 

 

 今度は普通に乗れた。丸い座席にマスターは座り、スティレットは反対側にちょこんと座る。

 

「ほらマスター!せっかくだからハンドル回して回転加えましょう!」

 

「え?だってお前回したら」

 

「いいから!周りは皆やってるわよ!」

 

「よーし、しっかり捕まってろよ!せーの!」

 

 マスターがハンドルを回した瞬間。スティレットは遠心力ですっ飛んで行った。

 

「わー」

 

「スティレットォォ!!」

 

 その後……。

 

「キャー!マスター!怖い!」

 

 お化け屋敷でマスターにわざとらしくしがみついて

 

「ほらマスター!写真撮るからしっかり笑いなさい!」

 

「いいけどお前。顔が小さすぎるぞ」

 

 ペア用の顔出しパネルで記念写真を撮って

 

「うさぎと戯れるっていってもお前のサイズだと猛獣だよな」

 

「そう思うなら助けなさいよ!ぎゃー!よだれが!!」

 

 ふれあい動物コーナーで小動物と戯れて。

 

「マスター!見てみて!」

 

 メリーゴーランドの馬に跨りながら、スティレットは満面の笑みを、外側で見ていたマスターに見せつける。来てよかったと心から思う。しかし……。手を振ってるマスターの周りの通行人が、クスクス笑ってるのが見えた。

 

――あ……マスター……笑われてる?――

 

 マスターの周りの通行人達はマスターを見て笑ってる。FAGとデートみたいに遊園地に来てるのが変に思うのだろう。

 

――……そっか……やっぱり私……人形なんだ……――

 

 そう思うと虚しくなる。そしてマスターが笑われるのが悲しくなる。そう思うとスティレットはメリーゴーランドから飛び立ち。ふわふわと飛んで行った。

 

「あ・あれ?スティレット。どうしたよ」

 

 少し離れた木の上で、スティレットは体育座りで顔をうずめていた。目で追っていたマスターは難なく発見する。

 

「どうしたんだよ。いきなり飛んで行って」

 

 頭上のスティレットに話しかけるマスター。スティレットは涙を流していた。

 

「……マスター、笑われてた。私を連れていたから……皆から馬鹿にされていた」

 

「なんだ。そんな事かよ。気にすんなよ。どうせ皆すぐ忘れるさ。こっちは変な事してるわけじゃないんだ。会った事の無い奴にいちいち気にするなよ」

 

「見てる側は変だって思ってるわよ!……もう帰りましょう。これ以上マスターが笑われるなんて、私嫌よ」

 

「そんな事いったってお前、まだ弁当も食べてないんだぞ」

 

 マスターは空を見上げる。太陽は真上の昼だ。そして入道雲が見えた。

 

「……確かにそんなに時間は無いかもな」

 

 雲を見ながらマスターは呟く。とはいえ、せめて二人で弁当を食べる位はしたいと思うマスター。いい場所はないかと辺りを見回す。そこへある物が目につく。同時にある閃きが浮かぶ。

 

「そうだあれだ!行くぞスティレット!」

 

「え?何マスター!」

 

 戸惑うスティレットを尻目に走り出すマスター。スティレットは待ってよと追いかけた。

 

「そっか。観覧車なら」

 

 ゴンドラの中でスティレットは感心する声を上げた。今の二人は密室の中。誰も見て笑う奴はいない。

 

「ここでなら誰も見ていないだろ?ほら、食べるぞ」

 

 そう言って弁当を広げるマスター。そして座席に置くと床に胡坐をかいて座った。

 

「どうしたのよそんな所で座って」

 

「食べさせてくれるんだろう?ほら、あーん」

 

 真っ赤になるスティレット。FAGは飲食が出来ない。こうなるのは必然だった。

 

「な!何甘えてんのよ!バカじゃないの?!」

 

「……弁当の中、全部俺の好きな物ばかりじゃないか。折角二人でいるんだからさ」

 

「……しょうがないわね。ほら、あーんして」

 

 両手で身の丈以上のフォークを抱えるスティレット。最初は複雑そうな顔でマスターの口に弁当を運んでいたが、数度運ぶと笑顔に変わっていた。

 

 

 弁当も食べ終わり、座席に座るマスター、その肩に座るスティレット。そのまま景色を二人は眺める。

 

「こういう景色なのか。お前の飛んでる風景」

 

「もっと低いわよ。むしろ、これがマスターの目線なんだなって私は思うわ」

 

「……来て良かったって思ってるか?」

 

「……当たり前でしょ」

 

 そう言いながら、スティレットはマスターの頬に頭を、体重を預ける。しかし密室の距離間に、次第にもの凄く恥ずかしくなっていた。

 

――よ!よくよく考えたらマスターとめっちゃ近いじゃない!これからどうする?!どうすんのよ!観覧車と言ったらあれでしょ?!恋人同士がキスする場所ってなもんでしょ!でも私達恋人じゃないし!でもでも私は人ですらないわ!FAGよ!やっても無問題よね!無問題!――

 

 意を決してマスターの頬にキスしようとするスティレット。しかしその時だった。

 

 カッ!!!

 

 稲光が周囲を真っ白に染める。そして轟く轟音。雷だ。

 

「ッ!!」

 

 スティレットの体がビクッと強張る。と同時に土砂降りの雨が降ってきた。夕立だ。

 

「ぁ……ぅぁ……」

 

 スティレットが両耳を塞ぎ、恐怖に歪んだ表情となる。マスターは「思った以上に早い!」と自分の判断を呪った。そのまま力なく肩から落ちるスティレット。それをマスターは手で受け止めた。

 

「俺の判断ミスだ。ごめん!スティレット!」

 

 

「夕立が降ってきたな」

 

 観覧車の見える屋内で轟雷のマスターと轟雷達は休んでいた。

 

「私達の防水技術は上がってますけど。これだけの土砂降りは歩けませんねー」とレティシア。

 

「っ!待ってください!じゃあ今のスティレットは!」

 

 轟雷が慌てた声を上げた。マスターも同じ様な表情となる。

 

「何々?どうしたんですか?」

 

 イノセンティアが聞こうとすると、降りてきた観覧車からスティレットのマスターが飛び出してきた。スティレットを雨から守る為に、自分の胸に、シャツの中に入れて、そのまま一目散に入口に走っていくのが見えた。

 

「あ、あれ?帰っちゃうんですか?もう?」

 

「スティレット……そうか、この夕立で」

 

「あの……スティレットさんに何かあったんですか?」

 

「スティレットは、今のマスターに引き取られる前に……ちょっとありましてね。その時に雨と雷に過敏に反応する様になってしまったんです」

 

「なんですかそれ?」

 

「マスター……話していいですよね」

 

 そうだな。と頷くマスター。

 

「スティレットはですね……。第一世代型のFAGなんです」

 

 

――真っ暗だ。何も聞こえない……。何も見えない。……真っ暗ってなんだっけ?今まで私は光を見ていた気がする。……光ってなんだっけ?

 

「……ティレット……スティレット……」

 

 何かが聞こえる。誰?スティレットって……、……見える。光が。

 

「ん……ん」

 

 スティレット。そう呼ばれた私は目を開けた。そうだ。これは過去だ。私が以前のマスターの所で目を覚ました記憶。いえ記録だ。私のデータ整理の際の記録。それが私達の夢。

 

「……あなたは?」

 

 目の前の少年に私は話しかける。今のマスターと年齢はそう変わらない。

 

「君のマスターだよ。ユーザー登録は残ってるだろう?」

 

 自分の記憶を確認。そして目の前のマスターが私の記録のマスターと同一人物と確定。

 

「確定しました。あなたが私のマスターですね?」

 

「凄いや。アップデート前と比べてずっと自然に喋ってる」

 

「?アップデート?」

 

「FA社に申請すれば第二世代型にパーツや自我を改良してくれるっていってたんだけど、ここまで変わるもんなんだ!またよろしくね!スティレット!」

 

「マスター。はい。よろしくお願いします」

 

 私はスティレット。第二世代型のFAG、いや、人工自我にアップデートを施された第一世代型のFAG。試作型轟雷達のもたらしたデータにより、私達第一世代型にも製造元であるFA社から、申請によるアップグレードが施され、第二世代と同様の性能と情緒を与えらた。

 

「スティレット。どうだった?今の心で飛ぶ空は」

 

「見るもの全てが美しいです。空も、町も、人間も」

 

「君も綺麗だよ」

 

 アップデートしてくれたマスターは私を大切にしてくれた。しかし……。

 

「お前、まだ第一世代なのかよ。第二世代はいいぜ」

 

 アップグレードを受けたとはいえ、私の周囲の視線は第一世代のままだった。

 

「だからどうしたんだよ。こいつは家族だ」

 

 最初はマスターもそれに対して、だからどうしたと言わんばかりに毅然とした態度で答えていた。だが次第に、第二世代型のFAGを羨ましく見る様になっていた。

 

「マスター……、第一世代の私は……嫌ですか?」

 

「そんなことないよ。お前は友達で、家族だよ」

 

 次第に私に対する態度もマスターは変化してきた。表面上は変わりなく接しているように見えても、私には解った。そしてある日……

 

「ここで待っていてくれ。必ずすぐに迎えに来るから。俺が来るまで、ここでじっとしていてくれ」

 

 河川敷の土手、そう言ってマスターは私を置いてその場から離れていった。空は曇り空。もうすぐ雨が降る。

 

「マスター……待ってるから……」

 

 その日はマスターは……迎えには来ませんでした。夜が来て、朝が来て、そして私達にとって天敵である雨が降ってきた。

 

「マスター……本当はね……解ってたよ。こないって」

 

 雨に打たれながら私はマスターに捨てられたという事が理解していた。私達の体を構成するナノマシンは水により機能を停止する。飛ぶ為のエンジンが、手が、足が、動かなくなっていった。仰向けで空を仰ぎながら、私は泣いていた。

 

「こんな気持ちになるんだったら……人形のままの方がよかった……。誰か……助けて……」

 

 そう言って私の視界はブラックアウト。後は楽だ。このまま私は……死ぬ。あの日、アップデートを施された起動前の様に、もう何も見えない。聞こえない。

 

――ドクン!ドクン!――

 

 聞こえないって、そう思ったのに、聞こえた。これは人間の心臓の音だ。命の脈動は「死ぬな。生きろ」そう私に訴えるように聞こえた。

 

「何よ……うるさいわね……」

 

 そう言って、私は目を覚ます。目の前の風景、まるで模型店の内装の様な景色、人間の言う天国という奴だろうかとその時は思った。

 

「……FAGにも天国ってあるのね。にしても華が無い風景です事」

 

「何を言ってるんですか!これは現実ですよ!」

 

 声が気になって振り向くと、轟雷タイプがいた。私の反応を見るや否や抱き付く。

 

「良かった!気が付いて!!」

 

「い!いきなり何よ!」

 

 引きはがそうと腕を動かすと外側のサブアームが轟雷を引きはがす。私の本来の腕は全く反応しなくなっていた。

 

「な!何よこれ!」

 

 私の手足は、某キマリスヴィダールの手足が追加されており、本来の足は外されていた。

 

「手足のナノマシンが駄目になっていたからさ。応急処置だけど交換させてもらったよ」

 

 轟雷のマスターだ。他にもFAGを連れたマスターらしき人物が何人かいた。レーフとライもいた。

 

「俺が助けてやったんだからさ。感謝しろよ」

 

 そう得意げに言ったのは現在のマスターになる人だった。今の私に生きている意味なんてない。そう思って怒鳴った。

 

「なんで……なんで助けたのよ!」

 

「待って下さい!この人が気づいてくれたからあなたは助かったんですよ!」

 

「私マスターに捨てられたのよ!こんな私に生きてる意味なんて!」

 

「……だってお前、『助けて』って言ったじゃんか」

 

「え?」

 

「そう言ったって事はお前はまだ死にたくないって事だろ」

 

「……」

 

 確かに無意識に呟いた記録はある。でもそれで私の生きる意味であるマスターは……。

 

「この方は雨からあなたを守るべく。胸の中に入れて、助けようと必死でしたよ。感謝の気持ち位は示してもいいんじゃないですか?」

 

「なんかうるさいと思ったらあなたの心臓だったんだ……。おかげで目が醒めちゃったじゃない」

 

「良かったじゃねぇかよ」

 

「でも、気が付いたとはいえ、今の状態は不安定ですよ。一度メーカーに送ってオーバーホールしてもらわないと」

 

「お金は俺達で出すしかないなぁ」と轟雷のマスターが呟く。マスター本人がいないのだ。有志で費用は工面するしかない。

 

「じゃあ俺も」「僕も」「私も」と何人ものマスターが費用の工面を立候補する。人数が集まれば費用も少なくて済む。

 

「余計な事しないでよ。帰って来たってマスターもいないんだから、登録したマスターからは見捨てられたのよ」

 

「じゃあ俺の家に来いよ」

 

 そう言ったのは現在のマスターだ。打算の無い、何も考えてなさそうな笑顔でだ。

 

「アイツの轟雷、見てたら俺も欲しくなっちゃってさ」

 

「……もういいわよ。勝手になさい。私型落ちだからね」

 

 どうせまた捨てられる。そう思いながらぶっきらぼうな返事を私は出した。そうして、メーカー送りになって、交換が必要な部分は新品同様の状態になって帰ってきて、そして今のマスターと暮らす様になったんだっけ。……もう一年前の事だわ。でもなんで思い出したのかしら。

 

――ドクン!ドクン!――

 

 あぁ、また心臓の音が聞こえる。そうだ。これマスターの心臓だ。私倒れたんだっけ。捨てられた日から、私のプログラムに雨関係でプロテクトがかかる様になったんだ。人間でいえばトラウマって奴ね。そしてまたマスターに抱かれたんだ。……うるさいのに、暖かい。安心する。――

 

 

「ん……」

 

 スティレットは目を醒ます。見慣れたマスターの部屋だ。椅子形態になった充電君に、素体状態の彼女は繋がれていた。もう景色は暗い。夜である。

 

「大丈夫か?」

 

 寝間着姿のマスターが話しかけてくる。

 

「……台無しな日曜日だったわね」

 

「いや、楽しかったぜ」

 

「……マスター、やっぱり私、人形よ。私に気を遣わなくてもいいんだからね」

 

「気なんか使ってねぇよ」

 

「……マスター。これ」

 

 そう言ってスティレットはアーマーを着こむと棚の一番上に移動。マスターの目線から死角になっている場所からスティレットはある本を数冊落とす。それは……、

 

「あ!俺の『むっちんプリン』シリーズ!」

 

 マスターのエロ本だった。スティレットは捨てておらず、棚の上に隠していたのだ。

 

「近くに隠していたのに、気づかないなんて馬鹿ね。マスター」

 

「お前なぁ!」

 

「マスター……こんな事する私……捨てたくなった?もし私が本当に捨ててたら……」

 

 悲しげな表情でスティレットは問いかける。彼女は怖いのだ。今のマスターには全幅の信頼を寄せている。だが万が一にも、捨てられるかもしれない。自分と人間の立ち位置は等しい物ではない。……最近はその感覚も薄れてきた。でもそれは間違いではないのか。と、今の夢でスティレットは思う。

 

「んなわけねぇだろ。仮に本当に捨てたってそんな事するもんか」

 

「でも私……あなたに、この本みたいな事、出来ないし……」

 

 赤面するスティレットにマスターはずっこける。そういう話じゃないだろ。と突っ込む。

 

「もう余計な事考えんなよ。もう今日は休めよ。折角の楽しい日をこんなネガティブな気持ちで締めくくるのも嫌だろ」

 

「そうね。今日はありがとうマスター」

 

 スリープモード、つまり眠ろうと装備の解除をしようとするスティレット。しかしある事を思いついて手が止まる。

 

「ねぇマスター」

 

――

 

「望みどおりにはしたけど、いいんだな。寝返りうっても怒るなよ」

 

「解ってるわよ。今日はこうして眠りたいの。良い夢が見れそう」

 

 スティレットの提案。それは充電君をマスターのベッドに移動させ、ケーブルを伸ばしたスティレットを、マスターの心臓の真上に移動させ眠りたい。という物だった。

 

「俺は間違いなく悪夢見るな……」

 

「もう、こんな可愛い子と眠れるんだから文句言わないの!」

 

「しょうがねぇな。特別だからな。……おやすみ」

 

「おやすみなさい。マスター」

 

 そう言ってスティレットとマスターは目を閉じる。胎児の様な丸まった格好でマスターの心臓の鼓動。それを全身で感じるスティレット。

 

――マスターの心臓……。ここから始まった。あれから凄い勢いで時間が経って行った。楽しい思い出ばかり。今のマスターはバカでスケベでデリカシーも無いけど……でも優しくて行動で示してくれるマスター。そんなマスターが……そんなマスターが――

 

「マスター。寝ちゃった?」

 

 問いかけるスティレットにマスターは寝息で答える。どうもスティレットが鼓動に夢中になっている間、結構な時間が流れていたらしい。スティレットは起こさない様に慎重に四つん這いでマスターの顔に移動。

 

「マスター……あのね……」

 

 そう言ってスティレットは、己の唇と、マスターの唇を重ねた。

 

――大好き――

 これ以上書いたら間違いなく話が重くなるのでここまで、年齢制限必要だった場合かけます。初めて書いた恋愛かラブコメ、どうでしょうか?


 
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