No.97547

隠密の血脈1-3

うえじさん

隠密の血脈1-3です。
なかなかにグロ表現的なものも出てきそうな予感……
これからシリアス展開がもっとでてくる予定……
(追記)
少し書き変えて1話全部載せました。

2009-09-26 23:45:17 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:612   閲覧ユーザー数:609

第1話「入学式」-3

 

 

 そこは赤い飛沫の舞い散る箱の中。

 

「~~~~~~~~~~~!!!」

 老若男女の活声に酔いながらもその男は『それ』を振るう。

「~~~~っ!?」

 腕が飛ぶ。 脚が飛ぶ。 首が飛ぶ。

紅いシャワーを噴出しながら皆一様に踊り回る姿はまさに喜劇。無骨な操り人形のようにカタカタとゆれながら知れず役を演じ続ける。

カタカタカタカタ動いては倒れ、ダンスが終わると動きはなくなる。生きた人形がただのゴミに変わる姿が目の前で散々きり広げられている。

そんな喜劇を行なっているのはまだ若い二十代前半の好青年。無邪気に笑いながら振るう大剣はまるで彼を引き立てる装飾のように無骨ではあるがどこか洗練されたイメージを想起させる。

その刃だけで長さ2mを越す諸刃の剣は怜悧な印象とは裏腹に、実に獰猛な動きで人を斬る。

泣いても喚いても叫んでも許しを請うても発狂しようと一切の感傷もなくただ残酷に平然と切って斬って断って別つ。

そんな悪趣味なゲームのような現状は、やはりこの未曾有の混乱によってより混沌と化していた。

 

 

「ど、どうなってるんだよ!?」

 混乱と悲鳴の混ざり合う体育館内で、彼は必死に平静を保ち続けていた。

「…………」

 入り口から奴はゆっくりと近づいてくる……

 出口は体育館中央横壁にそれぞれ2つと、舞台裏に一つ。だけど西側の側面出口は外から鍵がかかっているらしく開いていない。裏口も同じようで、結局東側の一箇所しか出口は空いていなかった。

しかし案の定そこには生徒が滝のように押し寄せ詰まっている。これでは出る前にやられてしまう。

 阿鼻叫喚の地獄を想わせる光景。血や臓腑に塗りつぶされていく体育館に恐怖を混乱はなおも強く増幅している。

「くははぁ!こりゃ面白れー!あのイスバなんちゃらってとこで殺った時より断然笑えるぜ!」

 振り回される死の旋回。奴の持つあれは数メートル圏内に入った者達を一切の例外なく切り刻んでいく。それはまるでゲームを楽しむかのごとく。

「…………」

 怖くて足が震え、手が震え、身体の心から振るえがこみ上げてくる。しかし可能な限りの力で抑えて舞台の方面へ向かう。身体が言うことを聞かなくなる前に理性で最善の策を実行しなければならない。

「二階に……二階に行かなきゃ……」

 この状況下で、彼は既に最善の逃亡策を導き出していた。様々な可能性や万が一の危険性を考慮した上で行える最も安全な策。だから全力で行なわなくてはならない。このいかれた状況下で生き残るために。

 

 

 ――75分前――

 体育館で入学式の会場設備が行われている。忙しなく様々な活気に満ち溢れるそこには2年生と3年生が教師の指示に従い椅子を並べている。そんな中、見藤高校グラウンドにはぽつんと立ち尽くす巨漢の影が一つ。

「ふふぅ、予定より30分も早く着いてしまった……」

 1年生の集合場所はグラウンドと事前に知らされていたから、前もって4回も視察に来たかいがあったね。

予定集合時刻は8時50分。でも僕はそれより15分早く着くように家を出たのに、結果45分も早く到着しちゃうなんて……

「これならみんなが来ても迎えて上げられる。ふふぅ」

 みんな本当に時間にルーズだからな。僕だけでもしっかりしなくちゃだ!

 グラウンドに佇むその男はぶつぶつと独り言を唱えている。傍から見ると不気味以外の何者でもない。実際、身長205cmで柔道家もびっくりのゴツイ筋肉を全身に張り巡らせた強面の男が制服を着て一人で笑っているのだ。まさに極悪と言う言葉がピッタリの人相である。正直なところ常駐の警備員のおじさんが本気な目でこちらを凝視していることを彼は知らない。

 尾ヶ崎一哉――この巨躯を持つ男はウラハ達のグループの最後の一人であった。その外見は外人バリの凹凸激しく厳しい顔つきに岩のごとく隆起した筋肉。所見であればその場で萎縮するのも無理はないという程の見た目だ。しかし性格は間逆であり、温和で優しくしっかりとした生真面目さを持つ好青年である。ただ極度のあがり症で、ウラハ達のように気の知れた仲の者意外にはつい表情が強張ってしまい声のトーンも低くなってしまうために、余計相手からの第一印象が悪かったりする。

「さて、みんなが来るまで『罪と罰』の続きでも読んでよ♪」

 ちなみに5週目。ロシア文学が今のマイブームらしい。

 静かなグラウンドに黙々と読書に耽る巨漢が一人。この想像を絶する光景に、後に来た新入生が入りづらく、裏門の辺りにたむろすることになるとを一哉はまだ知るよしもなかった。

 

 そして新入生の集合時刻が過ぎた。

案の定、定時になっても誰も来る気配がない。

「……はあ、ウラハ君は例のごとく緊張で寝過ごして、蘭はそんなウラハ君に付き添い遅刻。綾人……は普通に遅刻だろうな。最近RPGにはまっているとか言っていたし」

 やれやれと言った心境。いつものことだから全然気にしてないけど、そろそろ時間くらい守って欲しいものだ。

どことなく親にも似た心境。なんだか段々保護者みたいな存在になってることがなんとも情けなかった。

「新入生の皆さん、これより入学式を行います。出席番号順に二列に整列してください」

 丁度本も読み終えた頃に係りの先生が新入生を集めだした。

「うぅ……流石に知っている人が多いとはいえ緊張するな~」

 こういったイベントごとなどには免疫がないため、一哉は一人緊張に胸躍らせていた。

「きっと高校生活では友達を増やしてみせるぞ!」

 顔見知りが多い時点でかなり望み薄な気がしなくもないが、心機一転で頑張っていこうと言う気迫が満ち溢れていた。

「うん、そうだ!きっとここにいるみんなだって緊張しているはずなんだし、きっと大丈夫さ!」

 何が大丈夫なのかいまいちはっきりとはしないものの、一つだけ確かなことは辺りの新入生は知り合いがほとんどなため、てんで緊張している者がいないということだった。むしろ朝会と同じようにだるそうな顔しかしていない。ここまで緊張している一哉の方が逆に浮いているのが現実だ。そういった意味では彼とウラハはとても似た性格だったりする。

「まったく、このドキドキが入学式の醍醐味だよね。まったく、ウラハ君たちはこんなときまで寝坊なんて、つくづくもったいないな~」

 まあその分まで僕が楽しんであげるけどね!

 意気揚々と開会の合図を待つ一哉であった。

 と、そこで全員がアナウンスが入り新入生が入場する。先頭に近い位置に突出した巨躯が抜群の存在感を示しながら新入生の列が進行する。

(おお……中学校のときより少し体育館広いな~)

 あまりきょろきょろとはさせずに辺りを見渡す。そこは今までにはない未知の部分が多くあった。

 舞台も広い、床も綺麗で装飾も少し違う。基本的な構造は変わらないものの、だからこそわずかな違いに目がいき、わくわくしてしまう。

「え~、皆さん入学おめでとうございます」

 気がつくと校長先生の挨拶が始まっていた。この時点で何人かの新入生がうつらうつらしてきている。二年生と三年生は半数が寝ていた。

(……あの人が校長先生か。威風堂々としていて風格が出ているな~)

 うっすらと白髪の混じった髪、着古した少し色あせているスーツ、そして少しふくよかな体系、実に校長先生らしい外見であった。

 しかし話す内容はいたって普通のテンプレートにそった入学祝文なため、明らかに退屈な雰囲気が早くも充満している。事実椅子に座っているため一哉の両隣の生徒は完全にダウンしていた。しかし一哉にはまったく関係のないことで、ただひたすらに校長先生の話に耳を傾けている。実に嬉々として。

 

 

その頃、東部朱山市境界線付近。

「おいキョウ、本当にこっちであってんのかよ?」

「ふん、お前は黙ってついてくればいい。全て予定通りだ……」

 二人の男性が静かに山道を下っていた。

「あ~、だからやんなっちまうんだよ、オレぁこういういかにも隠密機動じみたのって苦手なんだよな~」

「ふん、隠密が聞いて呆れるな。だいたい地理感覚が希薄と言う時点で致命的に劣等しているというのだ、シンよ」

「は、知るかよ。んなもんなくても戦闘技術が高けりゃオールオーケーだっつの!」

「まったく……だからお前にはこういったミッションしかこないのだ。劣等」

「ありがたい話だね。オレぁ人斬れればなんだっていいんだっての。そのほうがおもしれーし」

 静かに、誰にも悟られることもないように気配を消しつつも会話が続く。もとより人などいない土地だが、気配を消す対象が対象であるために、県境から既に気配を完全に消す必要があった。

「あ~暇。で、目的地まであとどのくらいよ?」

退屈まぎれの質問。既にわかってはいたが、この移動中の退屈が何よりも彼には苦痛でしかなかったのだ。

「ふん、あと20キロ圏内だ。これよりスピードを上げる」

「よっしゃ、マジで!?」

「30分以内には作戦を決行するぞ」

 するとシンの身体にみるみる覇気がみなぎりだす。その顔に満面の笑みを浮かべて。

「っしゃあ、じゃ先行ってるわ!」

 そういうと瞬く間に山を下っていった。それはまるで子供の心境。その好奇心に抑制が出来ない無邪気さはまさにやんちゃ盛りの子のそれである。

「まったく愚かな劣等だ。これでは衝動が来ているときと変わらんではないか」

 実に不愉快。苛立ちが延々尽きることがない。

 その思考、その行動、全てが自己の器に納まっていない。分を弁えないあの男は餓鬼にも劣るクズである。表情にこそ出さないが、その怒りは内にどんどん溜まっていく。黒く澱んだ下種な感情。

「所詮我らは第3種止まりということか……」

 怒りは奴にのみくるものではない。こんなことですら感情を起こしてしまう自分の愚かさ、その未熟さが奴と大差ないものだと理解しているが故の苛立ち。それは自らの持つ最大のジレンマである。

「だが、隠密とはただ目的を精密に、より狡猾にこなすのみ。それが我らならなおのこと」

 そこに残った男もゆっくりと姿勢を正す。

「さて、序幕とはいえあの小僧……ウラハは血をひいているのか、見ものではあるな」

 そういうと未だ暗い山の木々の間を風のようにかけていった。

 

「……かし、この時期こそ最も輝ける時期であります。よって……」

 校長の話は10分を経過してもまったく終わる兆しを見せていなかった。

「うんうん、そうだよね、高校生活ってすごい大切ですよね!」

 辺りの生徒は皆やられ、保護者一同までも完膚なきまでに寝てしまった中、一哉だけはさらにテンションを上げていた。

「高校生活か、何してみようかな~」

 校長のスピーチに感化され高校生活を思い浮かべる。

 中学校時代、一哉はウラハたちと一緒に裏山や近隣の川辺などで遊んでいた。学校に友達と言える存在がいなかったために放課後はもっぱらどこかしろに遊びに出かけていたのだ。一哉の場合、それに加えて読書やゲームなども多少かじっていたため、特に一人でいることには長けていた。

「え~、高校三年間。部活動に励むこともまた青春と言え……」

「部活か~」

 中学時代も友達作りの一環として色々な部活に体験入部したことがあった。

 しかし異様な怪力とその身体に似つかわしくない運動神経のせいで先輩に疎まれたり、また怖がられたりするのがほとんどであり、武術系の部活は初っ端から主将を大怪我させたりとで恐れられ、残る文系は有無を言わさずその外見で断られてきた。

 そのことを考えるとあまり甘いイメージは出来ない。きっとまた全部断られそうだ。

「はぁ、この身体が疎ましいや……」

 小さい頃からのコンプレックスだったこの巨体。両親はいたって普通なのに僕だけこんな身体。喧嘩だって嫌いだし、家庭菜園だってしてるし、いつも笑っていたいのに、この外見が全部台無しにしてくれる。

『ってスゲーギャップだなおい、がははは!』

 って笑ってつっこんでくれるのは綾人くらいなもんだよな。うん、そういってくれたから僕は今もひねくれずにいるんだよね。

「そうさ、僕は恵まれているくらいだ」

 ウラハ君に蘭に綾人、それにエイラ先輩と四人も友人が出来たんだ。それだけで十分すごいことじゃないか。

「はは、またいつもの悪いくせが出ちゃった。ネガティブシンキングはご法度だってエイラ先輩も言っていたよな」

「それでは皆さんも頑張って学園生活を有意義に過ごしてください。以上です」

 気がつけば校長先生の話も終わっていた。

「わ、もう終わっちゃった。次は……来賓の紹介だったっけか」

 事前に渡されていたパンフレットを確認している頃、眠っている生徒もだいぶ意識を取り戻したそんなときであった。

 

 がちゃ……

 

入り口が開く音が聞こえた。

 

「……ん?」

その音に反応し振り返った一哉はそこに男を見た。

 全身ピッチリと競泳の水着のようなデザインのボディスーツを身にまとった身長180後半の青年。実にさわやかで好印象をもつ顔とは裏腹に、その手には中世ヨーロッパで使ってそうな長剣が握られている。

「ク、クハハ!」

 男は静かに笑っている。なぜだろう、その笑みが異様に獣じみた威圧感を出している。

 その場違いにも程がある笑い声のせいだろう。一哉の心にはなぜか不安が滾々とわきあがっていた。

 身体が異変に硬直する。本能がそうするかのごとく、なんら信憑性のない感が身体に警戒を呼びかけている。

「こら、だれだ貴様!」

 周囲にいた先生がすぐさま男に近づく。それもそのはず。部外者ならば外の警備員に止められているはずなのだから。

男はなおも笑ったままその場に立ち尽くす。

「……?」

 そこで一哉の持っていた悪寒はピークに達する。

「クハハ……」

 生徒もその異変に気づいたのか、次第に体育館後方入場口に視線が集まってきた。保護者達に近い位置に立つその男に体育館内には不信感が充満していく。

数人の先生方が何か言っているようだが男はまるで聞く耳持たない。ただ歓喜に打ち震えている。

「?」

 だが次の瞬間に事態は急変した。

 この国に生まれたからだろうか。

 それはこの会場にいる誰もが想像することすら出来なかった。明らかな非日常で……

 

 

 一瞬の閃き……

その一瞬で……

先生らの首が……

ずるりと滑らかに……

地面に……

 

 

「…………?」

 時間にして数秒。何が起こったのか会場内では誰も理解できなかった。

 生徒はその紅い噴水に壊れた蛇口を想起させ。

 保護者は飛び散るしぶきに熱せられた油の飛沫を連想させた。

 しかしただそこにあるのは元人体。この学校にいたはずの中年の男性が3人。よく知るものはその光景にドッキリを考え……

 あまりの理不尽、あまりの非現実に。

叫ぶことを一時、忘れた。

 

「き……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 自然、次に起こりえることは一つだった。実に単純明快、この小さな密閉空間には数多もの悲鳴がこだまするのが自明の理である。

 それを皮切りに、場にいる全ての人間が発狂した。

「な……んだ……!?」

おおよそ予想できる範疇から逸脱した事態。それはまさに災害とも言えるほどの突然。

 一哉もまた動けずに事態が飲み込めないままでいた。しかし前方ではかの男が狂気をさらに振り撒いている。

「クハハ、逃げろ逃げろや~クハハァ!!!」

 逃げ惑う生徒達に振り下ろされるそれ。それは逃げ惑う保護者に襲いかかる。有効範囲の広いその武器はまるで鎌を連想させ、華麗に円を描き綺麗に切り込んでいく。

「……!」

 どんどん人が切り刻まれていく。

そんな地獄の中、一哉はやっと平静に戻ることが出来た。未だ頭の中はごちゃごちゃと乱雑に散らかったままではあるが、それでも必死に考え続けた。

(焦っちゃだめだ、落ち着け……)

 頭をフル稼働させて現状を把握する。この混沌とした場所を冷静に見渡し、まず整理、分析を瞬時に。

(……出口は東側の扉だけ。でもいっせいにみんなが出て行っているためにつかえている)

 それ以外に出口はない……か。

 絶望的な状況に汗が止まらない。すぐそこまで死が近づいてくるため恐怖に震えがとまらない。しかし、そこであきらめることはそれを受け入れると言うことだ。そうエイラ先輩は言っていた。何気ないⅠFの会話をしていた時に、エイラ先輩が言っていたことを思い出す。そのときは、もし大災害が起こったらの話でみんな盛り上がっていた。しかしまさか本当にこんな事態が起こってしまうなんて誰が考えられただろう。

「出口がないなら、二階へ上って、窓から隣の体育倉庫の天井に乗り移る方がいい」

 たしか体育館の西側に体育倉庫があったはず。まずはそこから脱出しないと……

 計画が出来たのなら即実行。やつはすぐ後ろにまで迫ってきている。既に制服にはいくつか血しぶきが付着していた。

「……」

 しかし彼は迷う。自分だけが生き延びようとすることへの負い目。この場にいるものたちをも騙して自分だけ助かろうとすることに心では抵抗が生じる。

「でも、今はみんな自分のことを考えるだけで精一杯じゃないか……」

 そう、実際みな必至で逃げようとしている。我先にと前にいる奴をどかし、周りにいるやつを殴り、つかみ、追い出そうとここでも争っている。それもそのはず、死を前にしたら自らが助かることこそ最優先事項だ。故に男女関係なく、歳も職種も関係なく必至に唯一の出口を競っているのだ。

 混沌とした状況下で精神が極限まで磨耗していく。圧倒的なまでの恐怖に心は折れかけ、一欠けらの良心は目の前に広がる血と臓腑に飲みこまれる。もはや自ら行動することすら限界に近い、そんな極限状況である。

 かれは既に舞台袖にたどり着いている。後は階段から二階へ上がり、窓から体育倉庫の天井へ移れば助かるのだ。これ以上ない程の理想。そしてそれはまもなく現実になる。

「ぐ……」

 しかしそれでも足は進まなかった。

「ぐ…く……」

 後ろめたさではない。自分だけ助かることに対する罪悪感は既になくなっている。ただそこにあるのは後悔。

 東側の扉の方から絶え間なく聞こえる悲鳴に手は震える。

 

 なぜ逃げる……

 

 全身からは脂汗が吹き上がり、毛は総立ち。焦点はあっておらず、また何も見ていない。自身の葛藤に張り巡らされた筋肉は呻きを上げている。

 体だけなら既に臨戦態勢。秘めた力は発散する場所を探し小刻みに全身を駆け巡る。

 ならばなぜ行けない。

 

「エイラ先輩ごめんなさい……」

 

―もしも君が危ない目にあいそうな時、たとえそこに誰が残ろうと気にせず逃げなさい。君は優しすぎるから、きっと損をするからね―

 かつて一つ上の先輩と交わした約束を破ります。

どうせたいしてまじめに話していたわけでもなかったし……

「僕はこの体格こそ嫌いだけど、性格は嫌いではありません」

 そう、おそらく今じゃなきゃこの忌々しい身体は役に立たないだろうから。

「だからせめてもの抵抗をしてみます」

 決起と共に全身から熱が引く感じが分かった。それは静かな闘志。

「大丈夫、それでも可能な限り妥協はしますから……」

 走り出す頃にはその呟きも独白に消えた。

 

 高まりはしないがたじろぎもしない。

希望は抱かないが悲観もしない。

たとえそこが地獄に続く道だとしても、絶望と共に走り抜けよう。

ただ見るものは結末でなく現実と信念。

 

 この男もまたウラハの友人たり得る人物であった。

 


 
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