―――七耀暦1204年12月7日。
リベール王国国家元首、アリシア・フォン・アウスレーゼⅡ世は国内外に対して声明を発表した。先月エレボニア帝国とカルバード共和国が共謀という形でリベール王国に侵攻した事実。そして、センティラール自治州の州都である温泉郷ユミルへの襲撃を行った事実を公表。
これによってシュバルツァー侯爵は一時命の危険にあったことと、その令嬢であるソフィア・シュバルツァーを誘拐したことも併せて公表された。この事実も含めた様々な対話努力を続けてきたことも……そして、それに対する現在のエレボニア帝国政府の対応は極めて不誠実である、と断じた。
『我が国は<不戦条約>の提唱国として、今日に至るまで様々な外交努力を続けてまいりました。ですが、二国の友好関係に尽力なされてきたオリヴァルト第一皇子殿下、そして元帝国貴族であるシュバルツァー家を嘲笑うかのような現政府の振る舞いに、我が国は苦渋ながらも毅然とした対応を決定いたしました。本日、提唱国権限を以て<不戦条約>を凍結。並びにエレボニア帝国大使館を通じてエレボニア帝国政府より通告された宣戦布告文書を受理いたします』
ユミルへの襲撃を“ハーメルの悲劇”の二の舞にしてはならない。そして、その非情な決断を我が子同然である次期国王が下した以上、それから目を背けることなどあってはならない。それに何より、若者たちが明るい展望を見出すためにも国家元首たる責務を果たす。罪滅ぼしになるなどとは思っていないが、せめてこの先の西ゼムリア全体の平和のためにとアリシア女王は考えた。
(申し訳ありません、ウォルフガング殿……どうやら、貴方の懸念されていた事態になってしまったようです)
エレボニアの先帝であるウォルフガング・ライゼ・アルノールⅠ世は、アリシア女王と随分昔に大陸各地を旅した知己。その彼が亡くなる直前、アリシア女王宛に手紙を送っていた。その手紙には、息子であるユーゲントも含めてエレボニアがリベールに害を成し得る可能性を危ぶんでいた。万が一の場合は自身の名を出してでも、それによって汚名を被ったとしても、最悪の悲劇に至るまでに止めてほしいと懇願の言葉を綴っていた。
本来は彼の葬式に国賓として出席する予定だったが、その手紙にはリベール王家が暗殺される可能性も触れていたため、已む無く弔電と親書による御悔やみの言葉を送るに留めた。そして、その数年後に<百日戦役>は起きてしまった……
その二年後には、シュトレオンの両親である王太子夫妻も亡くなった。あの手紙に書かれていたことを伝えれば未来は変えられたかもしれない、とアリシア女王は自責の念に駆られた。『そんなはずはない』と思っていたことが現実として起きてしまった。
不幸中の幸いだったのはシュトレオンが生きていたこと。せめて彼だけでも守るために、女王は対話による努力に傾倒していった。その結果としてクーデター事件を含めた<百日事変>が起きた。解決はしたものの、改めて大国としての在り方を自問自答するようになった。次の国家元首に自身の孫娘であるクローディアをそのまま推すべきかどうかを。
その事件を契機にシュトレオンは王族として、王国宰相として王国の政治に携わるようになった。そのことを見た彼女は、強く誇り高き大国としてのあり方……もはや対話だけでは立ち行かぬことを国家元首として痛感しつつあった。なので、彼にこの国の先を託すことに決めた。
シュトレオン王太子はまだ18歳だが実績は十分。クロスベルで開かれた西ゼムリア通商会議において、エレボニアのオズボーン宰相やカルバードのロックスミス大統領と対等以上の振る舞いを見せ、リベールの大国としての存在感を見せつけた。それでなくとも彼自身A級正遊撃士としての実績も持ち得ている。IBCの経済混乱にも動じることなく早急に経済混乱を鎮静化させた手腕。ここまでの功績を上げた以上、反論するものはもういない。自身がこの地位を継いだ時に比べるとその才覚も実績も既に別格である、とアリシア女王は感じている。
孫娘のクローディアもそれを理解しているからこそ、シュトレオンに次期王位を譲り渡した。それだけでなく、エレボニア皇族の一人であるアルフィン・ライゼ・アルノール皇女、それとレミフェリア公国の縁戚でエオリア・メティシエイルが彼を恋慕している。少なくとも、後継者不足という未来はある程度解消されるだろうと。
(せめて、私の孫達が迫り来る時代を乗り越えてほしいと、切に願うことしかできません……貴方がもし生きていたなら、この状況に屈することなく道を見出そうとしていたのでしょうね……ウルフ殿)
一枚の写真立てに視線を落としながら、そう呟いた白隼の国を預かる女王の言葉。それは誰にも聞かれることなく、窓の外に映る空に溶け込んでいった。
リベール王国軍はアレクサンドリア級大型航空母艦『アレクサンドリア』、ファルブラント級巡洋戦艦8隻を中核とした4つの飛行艦隊がヴェストライデ要塞から出撃。その4個艦隊を以てまず攻略したのは現ノルティア州南端にある黒竜門。圧倒的航空火力とリベール王国軍・ZCFで共同開発された導力機甲兵(オーバルブレーダー)の投入で、わずか30分というスピード占拠。撤退するノルティア領邦軍を包囲して拘束に成功した。
その勢いのままノルティア州の州都であるルーレ市を瞬く間に占拠し、ザクセン鉄鉱山もリベール王国軍の管理下に置かれることとなる。その際、鉄鉱山内に停泊していた帝国政府専用列車『アイゼングラーフ号』からRF(ラインフォルト)グループ会長でトールズ士官学院常任理事でもあるイリーナ・ラインフォルトを救出。彼女を拘束していた猟兵達は拘束され、リベール王国の国内法によって即日強制国外追放となった。
―――七耀暦1204年12月8日。
RFグループに勤めている貴族派・革新派の役員全員も拘束され、RFグループからエレボニアの影響力を完全に排除する代わりに人材の派遣を行うという取り決めを決定。その方針をイリーナは同意して書面を交わした。ザクセン鉄鉱山の管理体制についても話し合われ、所有権はリベール王家であるアウスレーゼ家となり、生産量管理を初めとした権利の管理は王国軍が行い、RFグループに採掘委託をする形式を採用。現在鉄鉱山で働いている人達はそのまま継続雇用することを保障した。
そして、現在エレボニア帝国政府からの発注分について全て契約破棄とし、代わりにリベール王国ならびにクロスベル帝国・レミフェリア公国からの兵器発注で損失分をすべて穴埋めすると同時に、現在進められているZCF・フュリッセラ技術工房・ヴェルヌ社・エプスタイン財団による『クロススタープロジェクト』への共同参画による利益享受を取り付けた。
その後、4つの飛行艦隊のうち1つはルーレ市に駐留、1つはセンティラール自治州の西側にあたるラマール州北東部を占領、残る2個艦隊は帝国北東部並びに東端部のガレリア要塞周辺を占領した。物資面である程度解消された正規軍とはいえ、貴族連合軍との戦闘で疲弊していた部分は隠し切れず、リベール王国が投入した新兵器の前に太刀打ちできず、撤退を余儀なくされた。
ゼンダー門に駐留していた第三機甲師団は南西側にいたはずの貴族連合軍壊滅という事実を疑問に思い、軍を南西に動かしたところでリベール王国軍と対面。いったい何が起きたのかを知るために、全軍の一時停止を命令。僅かな護衛と共に、ルーレ市にある旧ログナー侯爵城館―――リベール北方統括府へと赴くこととなった。その統括府の応接室には、二年前に顔を合わせた中将と顔見知りである人物が彼らを待っていた。
~リベール王国暫定統治領(エレボニア帝国ノルティア州)ルーレ市 リベール北方統括府~
ゼクス・ヴァンダール中将を出迎えたのは、彼にとって顔見知りであり<百日戦役>におけるリベールの英雄的存在であり、リベール王国軍総司令でもあるカシウス・ブライト中将その人であった。
「お待ちしておりました、ゼクス中将殿。実際に顔を合わせるのは2年振りになりますかな」
「―――やはり貴公であったか、カシウス・ブライト中将。今回も其方がこの作戦を?」
「いえ、私はあくまでも北方遠征軍全体の指揮を取っているのと、ルーレの統括責任者代理としてこの城館を任されているというだけであります。さて、立ち話も何ですし、どうぞお掛け下さい」
「うむ、忝い」
ルーレの統括責任者としてカシウス・ブライト中将を置く。このことからして、リベールがこの地の重要性を理解している裏返しでもある。エレボニア帝国の軍事力の屋台骨。それを電撃作戦で占領するだけでなく、街への被害はほぼ出ていない。更にはルーレ市民の生活自体も特に混乱が起きていないどころか、普段と変わらない生活がそこにあった……<百日戦役>後に得た元帝国領の統治実績がここに生きていることに、ゼクス中将は感心させられることばかりだと心の中で呟いた。
「道すがらルーレ市内の様子も拝見させてもらった。エレボニアでも同様のことはまず出来ぬだろう奇跡の占領……実に見事であると褒めたいところではあるが、此度のルーレを初めとしたノルティア州の占領についてと、我が第三機甲師団への対処など今後は如何なされるのか……それをお聞きしたく、参った次第だ」
「―――シュトレオン殿下より、第三機甲師団を含めた帝国正規軍への対応については『敵対行動を取らぬ限りにおいて、我が王国軍は関与しない立場を取る』との方針を全遠征軍に徹底させております。尤も、戦闘と相成ればわが軍も応戦せざるを得なくなることを申し上げておきます」
「つまり、攻撃さえしなければ補給や王国領通過も認められるということかな?」
「その通りであると解釈していただいて結構です。下手に追い詰めた帝国軍の怖さを我々はよく理解しておりますゆえ、領邦軍などについてもできる限り命は奪わずに拘束させております」
「……」
<百日戦役>における帝国軍の各地での抵抗活動。それによってカシウス中将の妻が危うく命を落としかけた事実。ゼクス中将もそのことはオリヴァルト皇子経由で聞き及んでいたため、彼の言葉の意味も理解できる。
リベール王国としては必要以上の犠牲など求めていない。だからこそルーレを初めとした占領も敵対勢力は拘束に留めていることも理解できる。その根底にあるのは恐らく“ハーメル”の一件であることも……少し考えた後、ゼクス中将はこう提案した。
「ならば、第三機甲師団の一時的な臨時拠点として黒竜門を借り受けたい。何分、ゼンダー門を失えば拠って立つ地を失うのは貴公とてご存じだろう。内戦が終わり次第、黒竜門は直ちにリベール王国へと引き渡して、我々はエレボニア帝国へと帰還する。その間の租借料は帝国政府に請求してほしい。そして、我が第三機甲師団はリベール王国軍に対して中立の立場を取る。我々はあくまでもエレボニアの内戦を終結させるのが急務。それが皇族に仕えるヴァンダールの剣としての役割でもあろう……身勝手な提案であるのは否定せぬが」
「成程、確かに道理ですな。いいでしょう。通過の際に一定の処置は致しますが、第三機甲師団通過や物資の移動に鉄道路線を使えるよう取り計らいましょう。殿下からも正規軍の臨時拠点の提供には便宜を図るよう伺っておりますので、この程度なら許容範囲であるかと」
何らかの細かい注文をされることは想定していた。下手をすればエレボニア帝国へと追放されることも已む無しと考えていた。だが、カシウス中将がゼクス中将の提案をほぼ無条件で通したことに驚きを隠せなかった。いや、こういった事態を見越していたからこそ、ゼクス中将と面識のある彼を統括責任者代理としてルーレに置いたのだろう……ここまでの恙無さにゼクス中将は感服させられてしまった。
「……2年前のことだ。<百日事変>が収束してリベール王国より帰還した際、私は陛下にこう進言した。『如何なる理由があろうとも、リベール王国と刃を交えることだけは絶対避けるべきことである』と。だが、オズボーン宰相は取り合わずに一蹴し、その進言を理由に第三機甲師団ゼンダー門へと左遷されてしまった……ヴァンダールの剣を学びながらも、己の非力さに打ちひしがれるとは、情けないと思う」
リベールの力を目の当たりにしたからこそ、ゼクス中将はそう進言した。だが、その程度の力など些事であると言いたげなオズボーン宰相の表情に、彼は何も理解していないのだと感じた。
宰相が考えていることなど解らない。だが、それが如何なる力であろうとも、彼らは必ず乗り越えていく。あの空中都市の出現であっても乗り越えてきた白隼の国は恐らく屈することなどないと。仮にその刃が向けられたとき、皇族の守りたるヴァンダール家は一体何ができるのだろうと……ゼクス中将は思わずそう漏らした。
それを聞いたカシウス中将も悲しげな表情を浮かべつつ、自らの思いを吐露する。
「それは私も同じです、中将殿。<百日戦役>で妻を失いかけ、大切なものを失う怖さから剣を置き、遊撃士という道に逃げた。されど、私を奮い立たせてくれたのは私の息子や娘たち……今一度己と向き合うため、再び八葉の剣士となりました。師父からは喜びの手紙を頂きましたが、ブランク解消にはまだまだと思っております」
「ほう。一度剣を置いたお主が再び剣を取るとはな……このような状況でなければ、一介の剣士として手合せを願うところだ。エレボニアの内戦とこの戦争が終わってお互いに生き残れれば、帝都のヴァンダール流の総本山を訪ねてほしい。私も万難を排してでも駆けつけよう。それに、兄や甥たちも喜ぶであろう」
「ええ。その時は是非」
第三機甲師団はゼンダー門を放棄。その統治は秘密裏に交渉していたクロスベル帝国軍によって管理されることとなる。どの軍か解らないよう大型のコンテナによる鉄道輸送によって第三機甲師団は黒竜門へと移動し、帝都方面を窺える位置に陣取ることに成功する。ガレリア要塞の演習場跡地にいた第四機甲師団も同様の措置によって双龍橋へと拠点を移動させた。
~クロスベル帝国クロスベル市~
―――七耀暦1204年12月4日。
クロスベル帝国発足後、特務支援課メンバーは<碧の大樹>に突入。ヴァルド・ヴァレスはワジ・ヘミスフィアの取り成しで星杯騎士団へと送られる形となり、『赤い星座』のシグムント・オルランドとシャーリィ・オルランドは、それぞれランディ・オルランドとリーシャ・マオが一対一の直接対決で勝利。彼らが気絶した後の行方は不明だが、『赤い星座』所有の飛行艇の離脱を確認したことから生存していると思われる。
アリオス・マクレインについてはロイド・バニングスが一対一の直接対決で勝利。東方武術における『気』の運用法を応用して本人の持つ後天的な力を解放する『零地点突破』を編み出したことで、ロイド自身の力の制御を可能としたことが大きな要因であった。彼は気絶した後、ワジの部下によってメルカバに収容された。
<碧の大樹>の最奥部にて、イアン・グリムウッドとマリアベル・クロイス、そして<零の御子>であるキーアと対面する特務支援課。その対峙でマリアベルの口からキーアが好かれているのは彼女自身因果律を弄っているからだと……彼女が至宝の代わりとして造られたことも暴露した。だが、ロイドはそれに真っ向から反論した。
「そんな些細なことなんて、俺達には関係ない。仮にそうだったとしても、俺達がキーアと過ごした記憶は紛れもなく本物だ。キーアは道具でも至宝でもなく、一人の女の子としてこの世界に生きている! それを否定する貴女方は、教団の盲信者と何一つ変わりはしない!! 捜査官として、キーアの保護者として貴方たちを拘束させてもらう!!」
マリアベルは躊躇うイアンを魔術で撃ち、キーアに力を送り込んで暴走させようと中心部に近づく。だが、キーアがいたはずの場所に彼女の姿は既になかった。なぜなら、彼らが向き合っていた間に、二人の男性―――ヨアヒム・ギュンターとクラトス・アーヴィング改めガイ・バニングス、そして一人の女性―――ルヴィアゼリッタ・ロックスミスがキーアを救出していたからだ。それを見たマリアベルは魔術を放とうとしたところ、彼女の心臓を撃ち抜く一発の銃撃。それを放ったのは、彼女の親友であるエリィ・マクダエルであった。
「エ、エリィ……あな、た……」
「……」
マリアベルの問いかけに、エリィは何も答えることなく踵を返した。キーアが台座にいないことによって<碧の大樹>は崩壊を始め、マリアベルがどのみち助かる見込みはないと判断して、特務支援課の面々は彼女を置いて急いで脱出に成功。<碧の大樹>の消失に伴ってキーアの姿も元に戻ったのだが、
「!? キーア、とりあえずこれ着てくれ!! ランディ!!」
「ああ!! 俺達は何も見てねえ!!」
「キーアちゃん、とりあえず着替えましょう!! ティオちゃんも手伝って!」
「はい! 男性陣はここで待機です。いいですね!!」
服を何も纏ってない状態だったため、ロイドが条件反射でジャケットでキーアに羽織らせ、ランディも反射的に回れ右をし、エリィは素早い対応でティオに助けを求め、ティオは頷くと釘差しをした上で急いでメルカバの中に入っていった。間違いなく今まで活動した中で最高峰の連携だろうと思うが、こういう時に発揮したのは良かったのか悪かったのか判断に困る、とロイドは思わなくもなかった。
クロスベル全域に大量増殖していた蒼のプレロマ草は何事もなかったかのように消え去ったが、キーアの<零の御子>としての力は残ったままとなった。これについてはクロスベル帝国の国家元首であるリューヴェンシス・スヴェンド皇帝は、クロスベル皇家として彼女の身分を保証。名字については支援課リーダーであるロイドの名字である『バニングス』とした。これはロイド自身の処遇にかかわる部分もあった。
元A級正遊撃士<風の剣聖>アリオス・マクレインについては、今までの功績と勘案する形で皇帝自身が身柄を預かる形とし、今後の働き次第で自由を与えていくという方針を打ち出す。彼の娘であるシズク・マクレインについても身元保証のため、顔見知りであるセシル・ノイエスに預けるのが妥当と判断。ノイエス家の養女として迎え入れられた。
弁護士イアン・グリムウッド、そしてクロスベル独立国初代大統領ディーター・クロイスは極刑となる死刑を言い渡され、即日執行された。彼らはD∴G教団関連を含めてクロスベルだけでなく大陸全体に混乱を齎した。教団によって大切な子どもを失った者たちのことを考えれば生温いかもしれないが、少しでも溜飲を下げるために彼らを断罪した。ディーター大統領の娘であるマリアベル・クロイスについては、<碧の大樹>出現跡地を捜索したが死体は発見されなかった。
ロイドの兄であるガイ・バニングスは、『クラトス・アーヴィング』として行っていた鍛冶職人としての道をそのまま続けることを選択。クロスベル市に移住してセシル・ノイエスと改めて婚約した。捜査官としてのガイ・バニングスは一度死んでいるために警察への復帰はしないが、リューヴェンシス皇帝と支援課主任であるセルゲイ・ロウの要請で支援課の武装サポートを担当することになった。
「けど、いいのか? 兄貴なら捜査官に復帰しても問題ないと……」
「ロイドが俺の道を下地に自分の道を見出した。なら、俺の出る幕はないわけだ。しっかし、甥や姪は何人になるのやら……」
「な、何言ってるんだよ兄貴! 大体、兄貴だってサンサンさんにこの前……」
「やめろ、それ以上言うな。俺にはセシルだけで十分なんだ」
……弟も弟なら、兄も兄であった。この裏で叫び散らす<闘神>の息子の姿があったことも一応述べておく。
その後、ロイドはリューヴェンシス皇帝からその功績を称えて『侯爵』の位を与えられることになる。これは第一夫人となるエリィの縁戚がエレボニアの貴族であることが要因だった。それでなくともマクダエル家はクロスベルでも指折りの名家であり、それと釣り合いを取るためのものだと皇帝本人は説明した。周りの外堀も埋められており、キーアの安全のことを考えるとロイドに拒否権などなかったのである。
加えて第三夫人となるルヴィアゼリッタの父親であるサミュエル・ロックスミス宰相に『伯爵』の爵位を贈られることも要因の一つだった。同じ宰相職であるギリアス・オズボーンも伯爵の爵位を持っているからこその意趣返しも含んでいるのは否定できないが。
―――七耀暦1204年12月6日。
クロスベル帝国の首都であるクロスベル市の皇帝府―――オルキスタワーも大幅な改装工事が行われることとなった。クロイス家が錬金術区画としていた部分はすべて取り払われ、そのうちの下半分は導力ネットシステムのための巨大なサーバーシステムのフロアを設置、上半分は新たに増える職員の勤務スペースを増設するだけでなく、プールなどのジムやスパを作って福利厚生の充実を図る予定となっている。
そして、37Fと38Fを改築して新設された2フロア分の天井の高さを持つ皇帝の執務室で、ロイド達特務支援課メンバーはリューヴェンシス皇帝と対面していた。
「何というか、仕事早くないっすか?」
「オルキスタワーに工作員も兼ねて業者を紛れ込ませていたからな。元々使っていなかったデッドスペースに捻じ込んだだけだ」
「それをサラッと言うのもどうかと」
「えっと、それで俺達を呼んだ理由は何なのでしょうか、陛下」
「真面目だな、ロイドは。単純に言えば新たな『特務支援課』としてのスタートとなるわけだが、この支援要請は任意だ」
彼らの言葉を受け流しつつ、リューヴェンシス皇帝は一枚の書類をロイドに手渡す。それに目を通したロイドは思わず目を見開いた。何故なら、その支援要請はクロスベル帝国ではなくリベール王国センティラール自治州にある街、交易町ケルディックであったからだ。
「帝国内でなく、リベール王国の自治州ですか!?」
「ああ。クロスベル市に関しては旧共和国の遊撃士協会支部も融通してくれているし、帝国軍もいるおかげでだいぶ安定しつつある」
「そこに『ルバーチェ』も入ってるというわけだ。でも、大丈夫なのかい?」
「……マルコーニに関しては残念であったというほかなかったが、ガルシアはレヴァイスと知己であることが大きかったからな。連中はこの国の裏の要として徹底的に鍛え上げたから、余計なことをすればアイツは喜び勇んで処罰するだろう」
クロスベル警察学校と拘置所が飛んだ一件で、マルコーニは単独で脱走した結果魔獣に襲われて命を落とした。この件はリューヴェンシスでも想定外のことだったので、被害者が彼だけに止まったのは幸いと納得するしかなかった。
治安維持には表だけでなく裏の要素は不可欠。どうあろうとも幸福の絶対量からして富む者もいれば貧困に喘ぐ者も生じる。どんな出来事も表裏一体で成り立っている……片面しかないコインなど平面でなければ存在しえないのだから。
ここにいる支援課のメンバーはそういったクロスベルの表裏を見続けてきた。だからこそ、それを見据えた上で自分たちなりの道を見出せる。リューヴェンシス皇帝もそれを信じているからこそ支援課を皇帝直属機関に置いてその後ろ盾を買って出た。
「まあ、それは置いておくが……現在ケルディック周辺に関しては人材が足りていない状況でな。センティラール自治州は先日温泉郷ユミルが<北の猟兵>の襲撃を受けたそうだ。幸い物的被害は少なく済んだが、それでも治安に不安が残る状態というわけだ」
「でしたら、ケルディックではなくユミルに行くべきなのでは?」
「そちらについては問題ないとシュトレオン殿下から伺っている。一番の懸念はセンティラール自治州で襲撃されていないケルディックの守りが現在手薄になっている。王国軍も守備のために配置されてはいるが、遊撃士の人手が不足している。そこで、ミシェル経由でお前たちに支援要請を頼むことにしたわけだ」
元々特務支援課は遊撃士と同等の仕事に加えて警察としての業務もこなしていた。治安維持と遊撃士のバックアップを兼ねるならば、これほど適した人材はいないという判断から皇帝はその要請を持ち込んだというわけだ。
「無論、隣国であるエレボニア帝国のこともある。キーアについてはセシルさんにお願いする形として、アリオスをその護衛に据えた。お前の兄であるガイ・バニングスもいることだから、多少の荒事は何とかなるだろう。場合によっては俺自ら護衛もしよう」
「えと、皇帝が護衛をやるというのは……」
「署長時代に解ってたとはいえ、かなり無茶苦茶ですよ」
「そういうことをシレッと言っちまうあたり、親父や<猟兵王>のオッサンと大差ねえな」
「褒め言葉と受け取っておこう。というわけで、どうする?」
無茶苦茶な言い分だが、キーアを何が何でも守るという意志を強く感じた以上、それに報いるのが筋だろう。少し考えた後、ロイドが言葉を発する。
「解りました、その支援要請を受けます。対象はここにいる支援課全員でしょうか?」
「いや、ノエルとリーシャ、ティーダとワジはクロスベルに残ってほしい。バックアップも必要だからな。その代わりにルヴィアゼリッタを加えた5人と、遊撃士協会からの助っ人3人を加えた8人が今回の派遣メンバーとなる。それと、あの3人を連れて行ってほしい」
「ユウナちゃん達ですか……」
「ま、ユウ坊達に関しては問題ねえだろ。<碧の大樹>での経験はかなり大きいと思うし、あのオッサンが嬉々として鍛え上げてるからな」
「うかうかしていると、彼女たちに先を越されそうですね。特にランディさんは」
「ぐっ、否定できねえ。そういや遊撃士協会からの助っ人って、エステル達か?」
「ああ。あの3人は元々リベールからの助っ人だからな。終わり次第ケルディックに向かう予定だったから、まとめたというわけだ」
こうしてロイド、エリィ、ティオ、ランディ、ルヴィアゼリッタの支援課メンバーに遊撃士協会からの助っ人としてエステル・ブライト、ヨシュア・ブライト、レン・ブライトの3名。更にユウナ・クロフォード、クルト・ヴァンダール、アルティナ・オライオンの3人を加えた11人がケルディックに派遣されることが決まり、翌日12月7日……奇しくもリベール王国とエレボニア帝国の開戦と重なる形でケルディックに入った。
てなわけで、結構駆け足気味です。ルーレのことについては、アスベル達の行動に関わる部分もありますので、その辺りは次回以降で。ケルディックにここまでの人員を投入した理由はまぁ、解るかと。
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第140話 大人達の深き思い、されど時は進む