~ノルド高原北東部~
人間という限界を置き去りにしたようなガイウス達の強さにリィン達が揃って唖然としていると、そこに近寄ってきたのは一人の男性。リィン達にとっても、そしてクレアにとっても知己である人物であった。
「お、そこにいるのはリィン達か。クレアまで一緒にいるのは驚いたがな」
「あ、貴方は……」
「ラグナ教官!?」
「成程、遊撃士って言っていたから、その一人ってことだね」
「ああ。初対面の子もいるので……ラグナ・シルベスティーレ。トールズ士官学院Ⅶ組の副担任を務めている。そして、そこにいるクレア大尉やあそこにいるミリアムと元同僚ってことになるかな」
元<鉄血の子供達(アイアンブリード)>の一人にして元筆頭格。現在教官職は休職扱いみたいなもので、正遊撃士として働いているとのこと。
「ラグナさん、今そのことを仰るのは……」
「俺からすれば隠す必要もないからな。尤も、もう一人のほうがお前にとって驚くことになるが……背後から襲い掛かろうとする癖はやめろ、リノア」
「ぬー、ラグナのいけず」
「え……」
クレア大尉が珍しく狼狽える様な人物―――髪の色は異なるが、血の繋がった姉妹であるリノア・リーヴェルトがそこにいたからだ。
「貴女は確か……」
「フフ、フィーちゃんやリィン君とは面識があったね。―――リノア・リーヴェルト。そこにいるクレア・リーヴェルトの妹です。よろしくね」
「……」
「クレア大尉が固まっているって……」
「一体何をしたんですか?」
「はぁ……別に驚くことじゃないでしょ、姉さん。既に鉄道憲兵隊を辞めた身だから、こういうことだって考えられるのに、常識の埒外になるとてんでポンコツになるんだから」
「リノア!!」
妹に弄られる姉という構図に、周囲の人達は冷や汗を流した。クレア大尉とはまるで正反対の性格であり、あっという間に彼女のペースにさせられてしまう。まあ、リノアとしては久々に会えた身内と語り合いたいという気持ちもあるとラグナは付け足した。
「はは、済まないな。あれでいてリノアも姉のことが気掛かりだったんだ。多少のことは大目に見てやってくれ」
「はい、解りました」
『それにしても、あの状況からよく抜け出せたわね?』
「誰かの仕業なのかは伏せるが、東側の警戒はかなり緩かったからな。俺やサラにスコール、シャロンさんあたりは脱出に成功してる。他の教官数名もだが、学院長や一部の教官は学院に残ったそうだ。ま、下手な扱いはしないだろう……そんなことをすれば、貴族連合の結束に罅が入りかねない」
トールズ士官学院には貴族出身の生徒もいる。貴族連合が軟禁に留めたのも結束に罅を入れるのを良しをしなかったからだ。ラグナは途中でリノアや協力員と一緒に貴族連合の飛行艇を奪い、ノルド高原まで飛んできたという。その飛行艇は協力員に渡して証拠隠滅を図ってもらったとのこと。
すると、ガイウス達も戦闘が終わったようで、こちらに歩いてきた。
「リィン、無事だったようだな」
「ガイウス。はは、先程の戦闘を見せてもらったけど、凄いな」
「いや、まだまだ精進が足りないと思っている。マキアスにフィー、それにセリーヌもよく来てくれた。さらに、アリーシャも一緒とはこれも風の導きなのかもしれない」
『ま、そういうことにしておくわね』
「ふふ、そうかもしれませんね」
「何はともあれ、こうして無事に再会できた。改めて、よろしくなガイウス」
「ああ、こちらこそだ。リィン」
先頭を切る形でガイウスがリィンと言葉を交わし、固い握手を交わす。別のほうではミリアムがクレア大尉との再会を喜びつつある光景を横目で見ていた。すると、ステラがリィンに駆け寄って抱きしめていた。
「リィン……! 本当に無事で、無事でよかったです……!!」
「ステラ……その、本当にありがとう。ステラだけじゃなく、皆が命を張ったからこそ、俺は今こうしてここにいる」
「謝罪の言葉が出たら一発ビンタ飛ばしてましたけど、及第点ということで許してあげます」
「手厳しいな。まあ、赤点じゃなかっただけ素直に受け取っておくよ」
「フフ、それも貴方の罪ってことで素直に受け取っておきなさい」
「アリサまで……」
自分はそこまでモテる人間ではないと口々にするリィンだが、そこに釘を刺すよう放たれたステラとアリサの言葉に、少しは自分の言動を考えたほうがいいのかなと思い始めた。そして、ステラは少し距離を置いてリィンと向き合った。
「私自身、何ができるか正直解りません。ですが、ノルドに飛ばされたことはきっと何かの縁なのかもしれません。かつてドライケルス帝が流浪の旅の果てに辿り着いたのがこの地……帝国の外に身を置くことで、皇族の端くれとして何ができるのかを見極めたい。尤も、リィンの力や支えになりたいという想いはありますけど」
「はは……解った。頼りにさせてもらうよ、ステラ」
「ええ。そちらにいらっしゃる方、エリゼさんに話す案件がまた増えたことも含めて」
「その、お手柔らかに頼む……」
「ほっほっほ、青春しておるのう」
思い焦がれる相手にどう反応したものか悩むリィンをからかうかのように呟いたのは彼らと一緒に同行していたアリサの祖父でRF(ラインフォルト)グループ前会長、グエン・ラインフォルトその人であった。彼らがここに来たのは『監視塔』の調査に来ていたとのこと。だが、それだけではないとグエンは呟いた。ともあれ、ここでは誰かの妨害も考えられるため、一行はラクリマ湖畔に戻ってグエンの住む小屋に集まった。
「『監視塔』の屋上に導力通信の妨害装置が?」
「うむ。それこそ高原全域の広範囲をカバーできるほどのな。そちらのフィーちゃんが渡してくれた通信機を解析したが、妨害導力波を発生させて特定の周波数以外の通信をシャットアウトする仕組みじゃ。さしずめ“導力波妨害装置”と名付けてもよいじゃろう」
「そういえば、『情報局』にもそういうものがあったっけ?」
「鉄道憲兵隊も作戦によっては使用することもありますが、高原全域をカバー出来るほどの高性能なものは見たこともありません」
導力通信はまだ新規の分野。それは即ち未知数の分野でもあるため、各国で競うように研究されているのが実情である。それはともかく、現状の高原全体において貴族連合のみという現実。日に日に激しくなっていく戦闘……このままでは、第三機甲師団も危機に瀕するだけでなく、ノルドの民も高原を離れなければならなくなる……すると、そこでクレア大尉はグエンに尋ねた。
「そういえば、グエンさん。他にも何かあるような口ぶりでしたが……」
「それについては、わしよりもリノアちゃんに聞くのが良いじゃろう」
「そこで話を振りますか……『監視塔』の東側にカルバード共和国の基地があることは、みんな知ってるよね?」
「ええ」
「もしかして、共和国軍に動きが?」
「……その共和国軍の基地、今は別の軍隊が駐留していた。それも、掲げられていた旗はカルバード共和国軍ではなかったの」
ここに来て、共和国軍ではない別の軍隊がその基地を占領した。だが、使用している武装についてはヴェルヌ社のものではないぐらいであるという情報しか手に入らなかったという。辛うじてその軍隊が所属している国家の名前を知ることはできたらしい。
「その国家の名前は『クロスベル帝国』。あの精強なカルバード共和国軍をあっさり破った強さ……間違いなく本物だと思う」
「でも、クロスベルって確か……」
「クロスベルの結界が消えたところまでは見たけど、その先はどうなったか解らない」
「ここに来てクロスベル独立国ではないクロスベルの名を冠する国家……情報をかなり制限されているのが、正直もどかしいですね」
エレボニアの内戦が無ければ、周辺国家の動きも知ることができるのだろう。だが、その情報という近代戦の要を封じられてしまっている。この状況でリィン達は……『監視塔』にある妨害装置の停止、最悪破壊することも念頭に行動することを決めた。ひとまず潜入のための準備もあるので、集落で困っていることを解決した後、リィン達は以前の特別実習で見つけた死角―――迫撃砲が置かれていた場所から『監視塔』に潜入することに成功する。
妨害装置を守っていたのは執行者No.Ⅹ<怪盗紳士>ブルブラン、そしてNo.ⅩⅦ<緋水>フーリエの二人。その二人すら訓練を乗り越えた(一部を除く)面々はあっさりと退けた。ブルブランの奇術で動けなくなるも、そこに割って入ったのはNo.Ⅸ<死線>ことシャロン・クルーガー、そして元No.ⅩⅥ<影の霹靂>スコール・S・アルゼイドで窮地を切り抜ける。そして貴族連合が機甲兵と飛行艇を繰り出すも、リィンはヴァリマールを呼び出して搭乗、空と地上の二方面からの攻撃をしっかりしのぎ切り、見事勝利を収めた。
「ハハハハ、ここまでやるとは中々の一興。ならば、その力のすべてを―――」
「させると思う?」
その言葉と共にブルブランの立っていた妨害装置は完膚なきまでに破壊される。気が付けばリィン達の上には見慣れないタイプの飛行艇があり、そこから降り立った少女は漆黒の軍服に身を包み、その手には両刃の十字槍が握られている。その姿にフーリエは怪訝そうな表情を浮かべ、屋上に降り立つブルブランは愉快そうな表情を垣間見せた。
「げっ、貴女は……」
「これは、これは実に面白い! <死線>に<影の霹靂>、それに君まで来てくれるとは嬉しい限りだよ、<絶槍>クルル・スヴェンド!!」
「その口ぶりだと……君はまさか」
「元執行者、ということだけは言っておくかな……クロスベル帝国軍第二機動師団大将にして帝国執政官、クルル・スヴェンド。悪いけど、この『監視塔』一帯は制圧させてもらった。退きたいならばご自由にどうぞ……死にたいなら、かかってくるといい」
「待ってください。このような行いをして、正当性があると……っ!? リ、リノア?」
その宣言が意味するところは、この『監視塔』はすでにクロスベル帝国軍なるものが支配しているということ。横から掠め取るような行いを認められるわけでもなく、クレア大尉が反論しようとしたところで……彼女は横から突き付けられた導力銃に身動きが取れなくなった。それを突きつけた相手が実の妹であるリノアであるということにリィン達も驚いていた。
「無駄な言い訳をするなら、とりあえず別の場所で話を聞くよ……クロスベル第三機動師団大将、リノア・リーヴェルト。それが今の私の肩書……騙すつもりはなかったし、皆を強くするのも頼まれていたことだから、それを反故にするのは気が引けるけど……無駄な抵抗はしないでほしいかな。従ってくれるなら、武器の取り上げは一切しないって確約する……クルルもそれでいい?」
「ん。“陛下”からそのように扱えって言われてるから……で、いつまでいる気? そんなに死にたい?」
「っ……撤退しますよ、ブルブラン」
「仕方があるまい。それでは、更なる美しき舞台にてまた会おうではないか」
転移術で姿を消した執行者を見て溜息を吐き、ひとまずの危機は去ったが……リィン達は、クルルとリノアによって一時的に拘束されるも、彼女らの提案と引き換えに身柄を解放することに同意した。その条件は―――ゼンダー門にいる第三機甲師団の司令官であるゼクス中将との会談。それをリィン達が以前滞在したノルドの民の集落地にて行うことであった。
そこにはノルドの民が使う移動式住居が用いられ、椅子などを使わず座った状態での会談という形式がとられた。郷に入っては郷に従え……兵士たちは反論の声もあったが、立ち合いにガイウスの父であるラカンが立ち会うことを鑑み、ゼクス中将もその会談を了承した。
その双方の会談が持たれたということで、リィン達は解放されてラクリマ湖畔に移動した。騎神であるヴァリマールについてもリィン・シュバルツァーの功績を鑑みて、特に接収はしないという条件で解放した。そんな中、クロスベル帝国軍第三機動師団の師団長であるリノア・リーヴェルト、エレボニア帝国軍第三機甲師団の司令官であるゼクス・ヴァンダール中将の会談が始まった。
「このような形での会談になったこと、まずはお許しください。ですが、ノルドは現在どの国にも属さない地域。よって、ノルドの民のあり方に倣う形で会談をすべきと判断し、此度の形式を取らせていただきました。クロスベル帝国軍第三機動師団、師団長にして大将のリノア・リーヴェルトと申します」
「確かに、ノルドの流儀に倣って話し合うには椅子など不要ですな。エレボニア帝国軍第三機甲師団司令にして中将、ゼクス・ヴァンダールと申す。貴公とは以前鉄道憲兵隊のことで顔を合わせて以来だが、『クロスベル帝国』とはな……内戦勃発以降、周辺国家の情報は皆無故にそのクロスベル帝国の存在も知らぬ。如何様な経緯があったのか……僭越ながら、まずはそのことを話していただきたい」
「それはご尤もな疑問でしょう。とりわけ高原全体が通信妨害を受けていたわけですし、そもそもこのような辺境では情報が届くのも無理からぬこと。その辺りもお伝えいたしましょう―――」
リノアとゼクス中将の会談は3時間ほどで終了し、その結果を知らせる意味でゼクス中将がラクリマ湖畔に出向いて湖畔の小屋でリィン達にその情報を伝えた。
「―――高原全域がクロスベル帝国の勢力下に!?」
「うむ。高原全体で通信が回復したので改めて調査した結果、『監視塔』だけでなく高原全域の制空権は既にクロスベル帝国の影響下に置かれた。だが、こちらは現状南西からの貴族連合軍との一件もある。彼らも今は貴族連合と事を構える気はない……『監視塔』はクロスベル帝国軍に接収されたが、その代わりとして高原に潜伏している猟兵団の一掃を全て任せてくれるとのこと。こちらとしても二方面と事を構える余力がないため、その提案に同意した」
ノルド高原全域の制空権は確保したが、それはあくまでも安全保障のため。猟兵団の駆逐はノルドの民の安全を確保するため。そのために大規模な地上部隊の軍事行動はノルド高原で行わない……つまり、第三機甲師団と事を構える気はないという宣言だとゼクス中将はそう説明した。
「確かに、北東方面が落ち着けば第三機甲師団は南西部に集中できますが……にしても、リノアさんがクロスベル帝国軍の大将だなんて……」
「考えてみれば、あの子は以前マクダエル議長の秘書をしていました。その伝手で軍に所属していたとしても不思議ではなかった……私の読みも甘かったようです」
「正直、ボクも吃驚したよ。ラグナは何か聞いてないの?」
「ああ。アイツはそういった隠し事が上手いやつだからな。何せ、あのオッサンにすら尻尾を掴ませない曲者だ……俺がこんなことを言うのも変な話だが」
飄々としつつも、その信念は一つの方向を向いていることだけは確かだと付け加えつつ、ラグナは溜息を吐いた。そのことは置いておき、ガイウスが気になることを尋ねる。
「ところで、クロスベル帝国という国家ができたのは本当なのですか? どうにも現実味がなさすぎるのですが……」
「その経緯についても詳細に話してくれた。クロスベル帝国は『クロスベル独立国』と名乗ったクロスベル自治州、そしてカルバード共和国の二国が呑み込まれて成立した東の大国。それが公に成立したのはつい先日―――12月4日のことだ」
「つ、つい最近成立したんですか!?」
「元はカルバード共和国の混乱を収めるべく西部に成立した反体制派の暫定政府がカルバード共和国政府を倒し、その暫定政府に統一される形でカルバード共和国は消滅。そしてつい先日クロスベル自治州全域を統治下に置いて『クロスベル帝国』の建国を各国に向けて宣言した。掻い摘んで説明すれば、こういう流れとなる」
公的な建国宣言は12月4日。それ以前はというと『東クロスベル帝国』という建前で動いていた。そのことは省かれるが、ゼクス中将の説明を聞いてステラは気になる質問を投げかけた。三大国の一角にして南の導力先進国であるリベール王国の動向であった。
「……その、リベール王国は動かなかったのですか? あの国は<不戦条約>の提唱国ですし、当然カルバード共和国が攻められているという状況を看過するとは……あの国の方針からしてそう思えないのです」
「ステラ、リベール王国はその意味で“被害者”の立場になる。しかも、『監視塔』と同じような形でエレボニアとカルバードの攻撃を受けた立場だ」
「ええっ!? 一体、何があったの?」
「そういえば、知らなかったのなら無理もないね。私達がケルディックにいたときに得た情報も話したほうがいいかな」
リィン達はユミルやケルディックで得たリベール王国の情報をガイウス達に話す。これを聞いて愕然としているのはゼクス中将であった。何せ中将本人は二年前の<百日事変>において、導力停止現象が起きていた状況であるにもかかわらず、その導力で動く兵器に包囲された経験を持つ。
「よもやリベール王国に攻め入る……しかも、継承権の有無に拘らず皇族を保護という建前とは……リベールは、どう動く?」
「そこまでは解りません。ですが、現状においてリベール王国の采配を握っているのは王国宰相であるシュトレオン殿下。国家元首であるアリシア女王陛下から全権を委任される形で動いていると聞きました」
「まるでオジサンみたいなかんじだね」
「言わんとしていることは解るが、君なぁ……シュトレオン殿下は『王子』―――王族の人間だぞ。一応貴族であるオズボーン宰相とは立場が違う」
「ええ。しかも、殿下本人が高ランクの遊撃士ということもあって、各方面にコネクションを持っている……無論、遊撃士協会もその一つかと」
エレボニア帝国とは異なり、王国軍だけでなくZCFや遊撃士協会といった横の繋がりを持ちうる。王国単独ではなく、様々な方面の力を集めることで幾度となく窮地を乗り越えてきた南の大国。とりわけ航空戦力に関しては西ゼムリアトップクラス。されど、その全容を知る国はリベール以外に存在しない。
「彼はアリシア女王陛下やクローディア殿下とは違う力強さを持つ。もし彼が次期国王を見越して采配を振るっているのであれば、今までの『対話努力だけ』のリベール王国ではなくなるだろう……今までにない政治的力強さを得た以上、今度はエレボニアが攻められる側に立たされるかもしれぬ」
「そんな……」
女系の国家元首というのは、どうしても力というインパクトに欠けてしまう部分が存在する。女傑と謳われた人間であっても、性別という壁で冷ややかに見る人間がいるのもまた事実。その意味で男系の才溢れる王族が次期国家元首に近いとなれば、今までにない力強さを発揮しうる。
『ある意味エレボニアの自業自得、とも言えるわね』
「ちょっと、セリーヌ!?」
「いや、実際そうなのだろう。<百日戦役>だけでなく、以前よりリベールへ侵攻をしていた事実は歴史が証明しておる。そして、王子のご両親である王太子夫妻がエレボニア帝国で起きた列車事故のことも……公式には、そのことについて賠償も謝罪もしておらぬ。当時幼かった王子も辛うじて生き延びた……その怒りは御尤もな話だ。その意味で、祖先のように皇族を諌めることができなかったヴァンダール家の責任もあるだろう。仮にその責を取って死罪にされても、ヴァンダール流やヴァンダール家が取り潰しになったとしても、皇族守護職という任を全うできなかっただけの話であると」
「中将閣下……」
誹りを受けようとも、時に皇帝を叱咤して諌める……ヴァンダール流をエレボニア帝国中に広め、ドライケルス帝から“得難き者”と謳われた<殲滅者>ビッテンフェルト・ヴァンダールのように『例え相手が隣国の王族であろうとも、礼儀を失する行為はエレボニア皇族の品位を辱めるだけである』とその時にハッキリと言わなかったヴァンダール家にもその責はある、とゼクス中将は述べた。
「クロスベル帝国については、現状その国家承認を行っているのがアルテリア法国とレマン、オレド、ノーザンブリアの各自治州だと聞き及んだ。だが、帝国以上の経済混乱が既に収束したとなれば、恐らくリベール王国ならびにレミフェリア公国も水面下で国家として認めた可能性がある」
「そうなると、国家として認めていないのはエレボニア帝国だけとなるわけですか」
「そもそも、帝国の内戦が収束しない限り、国家承認どころの話じゃないだろうが……」
流れからして遊撃士協会と七耀教会、エプスタイン財団は既にその前提で動いている可能性がある。クロスベルを掌握したということはIBC(クロスベル国際銀行)もクロスベル帝国政府の管理下に置かれた可能性がある。
『それにしても、アタシらが何もなく解放されたのが気にかかるわね……何か聞いてないの?』
「お主達の処遇であるが、『監視塔』の妨害装置を止めた功績を以て不問に付す―――と言っていた。形はどうあれ、先導してノルド高原の混乱を収束に導いたことは誇るべきであると」
「えっと……正直、いいところは持っていかれてしまいましたが」
色々疑問は尽きないが、リィン達はガイウスら4人を連れてユミルに戻ることとなった。ラグナは猟兵団がまだ高原にいることも考え、集落に留まって様子を見ると伝えたので、リィン達もそれを聞いて『精霊の道』でユミルへと帰って行った。彼らが完全に消えた後で、グエンはラグナに問いかけた。
「……お主も、若いのに中々食えぬお人じゃの。まるで娘を見ているようじゃ」
「フフ……その様子だと、ゼクス中将も気付いておりましたか」
「まあ、勘程度のものではあるがな。ラグナ・シルベスティーレ―――元帝国軍情報局の曲者と名高いお主であり、あのオズボーン宰相の懐刀とも呼ばれた男。そのお主がこのような場所にいるということは……お主も今はクロスベル帝国の人間ではないかとな」
「―――クロスベル帝国第四機動師団司令官にして大将、ラグナ・シルベスティーレ。それが今の俺の肩書です。さて、中将殿にこれからのことをお話せねばなりませんね……」
そういって向き合うラグナとゼクス中将。それは、これから起こることの始まりを告げる狼煙であることを、今は誰も知らないのであった。
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第137話 気紛れ者が敵となる時